東京高等裁判所 昭和59年(行ケ)242号 判決
一 本件に関する特許庁における手続の経緯、本願発明の要旨及び本件審決理由の要点が原告主張のとおりであること、本願発明が乙構成要件を採用した理由がコレクタ飽和電流の減少を図ることにあること、第一引用例及び第二引用例がいずれも本願発明の特許出願前に国内において頒布された刊行物であり、そこに本件審決認定のとおりの事項が記載されていること、本願発明と第一引用例記載のものとの間に本件審決認定のとおりの一致点及び相違点が存すること、ベース領域の厚さは少数担体の拡散距離より小さくなければならないことがトランジスタとして動作するための必須の要件であること、トランジスタの高周波特性(周波数特性及び出力特性)をよくするためには、トランジスタが、(イ)faαc'∞Dm/W2(Wはベース領域の幅、Dmはベース領域内の少数キヤリアの拡散定数)で与えられるα―遮断周波数fαcを大きくすること、(ロ)ベース抵抗rbを小さくすること、(ハ)コレクタ容量を小さくすること、の三つを満たすことを考えなければならないことが本願発明の特許出願前公知であることは、いずれも当事者間に争いがない。
二1 前示本願発明の要旨に成立に争いのない甲第二号証の一(本願公報)を総合すると、本願発明は、半導体装置に関する発明であつて、動作中に順方向にバイアスされるpn接合部の拡散容量を減少させ、拡散コンダクタンスを増加させると同時に、動作時に逆方向バイアスの加わることのあるpn接合部の接合容量を減少させることにより、良好な高周波特性を有する半導体を提供することを目的として、本願発明の要旨のとおりの構成を採用したものであること、右構成、特に<1>エミツタ領域及びベース領域の厚さの和(We+Wb)を電子拡散距離(エミツタ領域内での電子拡散距離)及び正孔拡散距離(ベース領域内での正孔の拡散距離)の和(Lne+Lph)より小さくすることにより、拡散容量を小さくし、拡散コンダクタンスを大きくして高周波用限界を高くし、非常に高い周波数まで均一で良好な特性を示すトランジスタとなり、<2>コレクタ領域の厚さWcを電子拡散距離より大にすることにより、飽和電流Icoを小さくすることができ、不要な電力消費を減少し、雑音を少なくし、ベース・コレクタ間の降伏電圧を低下させないことができるほか、コレクタ領域が空乏層となつてパンチスルー電流が流れることがなく、コレクタ領域の不純物濃度を所望の値に低く設定できるから、ベース・コレクタ間容量も小さくでき、エミツタ・ベース間の周波数特性の改善と相まつてトランジスタの高周波特性を一層良好にする、という所期の効果を奏し得たものと認められる。
2(一) 他方、成立に争いのない甲第三号証(第一引用例)によれば、
(1) 第一引用例の「マイクロアロイの製造」の項(第四九頁右欄第二二行ないし第五〇頁左欄第五行)には、マイクロアロイトランジスタの製造方法に関して、ゲルマニウム母材を望みの厚さ(約〇・一mil・二・五μm)にジエツトエツチし(赤外線透過によるゲルマニウム厚さの測定によりベース厚さの制御が行える。)、これに直径が三milないし八mil(七五μmないし二〇〇μm)程度のインジウム接点をエツチくぼみの底部に約一mil(二五μm)の厚さまでジエツトプレート(鍍金)し、これに更に四分の一ないし一%のガリウムを含むインジウムからなるハンダ滴を有するリード線を接触させて加熱すると、ジエツトプレートインジウムとハンダとは殆ど同じ融点で融解し、ハンダはジエツトプレート電極へ流れ込み、少量のゲルマニウムを融解し、溶融した金属は十分に混じり合うので、冷却時にガリウムがゲルマニウム表面でゲルマニウムと混じりあつた状態で固化し、再結晶領域を形成すること、及びエミツタ領域及びコレクタ領域の再結晶領域の幅(厚み)は、それぞれ〇・〇〇一五mil(〇・〇三八μm)となることが推論されると記載されていることが認められ(右によれば、ベースの厚みは、25μm-(0.038μm)×2=24μmとなると解される。)、
(2) また、第一引用例の「背景」の項(第四九頁左欄第一行ないし右欄第九行)には、アロイ工程により良好な高周波特性を有するトランジスタを製造するための方法として、主にベース領域を所望の厚みに精度よく薄く形成すること、そのためには、エミツタとコレクタを形成するためのベースへの合金の浸入はベース幅に比較して小さくなければならないこと、及び合金の深さ、すなわちエミツタ領域及びコレクタ領域の厚みの変動がベース領域の幅に影響を及ぼさないためには、合金深さは〇・〇一mil(〇・二五μm)以下である必要があることが記載されていることが認められる。
(二) 以上によれば、第一引用例記載の高周波マイクロアロイトランジスタにおけるエミツタの厚み(再結晶領域)Weとエミツタ中の電子拡散長LneとのWe《Lneという関係は、エミツタ領域及びコレクタ領域を形成するためのベースへの合金の浸入深さはベース幅より小さくしなければならないという、マイクロアロイ工程を用いる製造方法から必然的に生ずる関係を示すに止まり、第一引用例の記載からは、We《Lneという関係がマイクロアロイトランジスタの高周波特性の改善にいかなる影響を及ぼすのかを把握することはできない。
そうだとすれば、第一引用例に高周波トランジスタの高周波特性改善のために一般的に要請されるベースwbと少数キヤリアの拡散長LphのWb《Lphという関係(この点は前示のとおり当事者間に争いがない。)を合わせたWe+Wb《Lne+Lphという関係、すなわち甲構成要件が記載されているとしても、そのことから直ちに右甲構成要件が高周波用トランジスタ一般の高周波特性を更に改善するための要件となることを開示しているものと解することはできない。
(三) 被告は、第一引用例の<1>及び<2>の記載からみて、甲構成要件がトランジスタの高周波特性の改善に寄与していることは明らかであるとしているが、右の記載は、いずれも高周波用のマイクロアロイトランジスタのベースの厚みを精度よく形成するためには、最終的にはエミツタあるいはコレクタとなるところの、合金の深さ、すなわち再結晶領域の幅(厚み)を制御することが重要であることを開示しているだけであつて、合金の深さ、すなわち再結晶領域の幅を小さくすることが高周波特性の改善のための要件となることを開示しているものと解することはできないから、被告の右主張を採用することはできない。
3 そこで、本願発明は第一引用例及び第二引用例の記載に基づいて当業者が容易に発明できたものと認められるとする本件審決の判断の当否について検討する。
(一) 前記2において認定したとおり、第一引用例記載のマイクロアロイトランジスタの製造に当たつては、ベース領域を所望の厚みに精度よく薄く形成するためには、エミツタ領域及びコレクタ領域の厚みをベース領域の幅に比較して必然的に小さくせざるを得ないのであるから、コレクタ領域の厚みが薄いことによつて逆方向電圧が加えられた状態での飽和電流が好ましくない大きさに達したとしても、右飽和電流を小さくするために、コレクタの厚みを第二引用例に記載されているトランジスタのコレクタにならつて少数キヤリアの拡散長よりも大きくすることは、製造技術上不可能なことであり、したがつて、第二引用例に記載されたトランジスタのコレクタの厚みを少数キヤリアの拡散長より大きくして、飽和電流を減少させるという技術的事項は、本来的に第一引用例に記載されているマイクロアロイトランジスタには採用し得ないものと解するほかない。
(二) また、第一引用例及び第二引用例記載の技術的事項を組合せて本願発明に想到することが容易であるといい得るためには、第一引用例におけるマイクロアロイトランジスタに関する技術的事項がマイクロアロイトランジスタ特有のものとしてではなく、トランジスタ一般に応用し得る技術的事項としても把握できるものでなければならないところ、第一引用例の記載から把握されるWe+Wb《Lne+Lphという関係のうち、We《Lneの関係は、前認定説示のとおり、高周波マイクロアロイトランジスタを製造するに際して、薄いベースを形成するために必然的に生ずるものであつて、右の関係は高周波マイクロアロイトランジスタ特有のものであつて、これ自体が高周波特性の改善に影響を及ぼすものであるとは認められないから、マイクロアロイトランジスタ以外のトランジスタに良好な高周波特性をもたせようとする場合に、We《Lneの関係をエミツタの形成のために採用することは容易に想到し得るものではないというべきである。
(三) 更に、本願発明の奏する効果については、<2>の効果、すなわちベース領域厚さを薄くして少数キヤリアの走行時間を短くできる、という効果は技術常識上そのとおりであるとしても(この点は前示のとおり当事者間に争いがない。)、第一引用例には、<1>の効果、すなわちエミツタ・ベース間の拡散容量を小さく、しかも拡散コンダクタンスを大きくできるという効果がWe+Wb《Lne+Lphという関係によつて奏される旨の記載はなく、また、右の関係から右効果を当然に推察できるものではないし、更に、<3>の効果、すなわちベース・コレクタ間容量を小さくできる、という効果についても、第二引用例に記載はなく、またこれが高周波特性の改善にどのように影響するかについても記載はないのであるから、本願発明が<1>ないし<3>の効果を奏すること、及びこれにより高周波特性を顕著に改善できるという効果については、各引用例には記載がないというべきである。
(四) そうだとすれば、第一引用例記載の甲構成要件と第二引用例記載の乙構成要件とを組合せることは当業者として容易に想到し得るものと解することはできないのであつて、第一引用例記載の半導体装置に第二引用例記載のトランジスタにおけるコレクタの構成を採用してコレクタ飽和電流の減少を図ることは、当業者が容易に想到実施し得る程度のものであるとしたうえで、本願発明は第一引用例及び第二引用例の記載に基づいて当業者が容易に発明できたものと認められるとする本件審決の判断は誤りであり、右判断に誤りはないとする被告の主張も採用することができない。
4 叙上の事実によれば、本件審決は、第一引用例の記載事項の技術的意義を誤認ないし看過したことから、第一引用例記載のマイクロアロイトランジスタの甲構成要件と第二引用例記載のトランジスタの乙構成要件を直ちに結びつけ、本願発明を容易に想到し得るものとして、旧特許法(大正一〇年法)第一条の特許要件を具備しないものと判断したものであつて、右判断に誤りがあることは明らかである。
三 以上のとおりであるから、その主張の点に判断を誤つたことを理由に本件審決の取消しを求める原告の請求は理由があるものということができる。よつて、これを認容することとする。
〔編注1〕本件における別紙は左のとおりである。
一 特許庁における手続の経緯
原告は、昭和三五年二月四日、名称を「半導体高周波増幅変換装置」(後に「半導体装置」と補正)とする発明(以下「本願発明」という。)について特許出願(昭和三五年特許願第三五七一号)をしたところ、昭和三九年九月四日拒絶査定を受けたので、同年一〇月二四日これを不服として抗告審判の請求(昭和三九年抗告審判第三四一号)を請求したが、昭和四四年三月二四日、「本件審判の請求は、成り立たない。」旨の審決がなされた。そこで、原告は、東京高等裁判所に右審決の取消請求訴訟を提起し、昭和四四年(行ケ)第四九号審決取消請求事件として審理された結果、昭和四四年一二月一六日、原告勝訴の判決がなされ、同判決はそのころ確定し、特許庁において更に審理されることとなつたので、原告は、昭和五二年八月三日付手続補正書により明細書の全文を補正した。そして、昭和五三年三月八日、本願発明は出願公告(昭和五三年特許出願公告第六五〇七号)されたが、訴外鈴木邦三等から特許異議の申立てがなされ、昭和五九年九月一一日、右鈴木からの特許異議の申立ては理由があるものとする決定と同時に「本件審判の請求は、成り立たない。」旨の審決(以下「本件審決」という。)がなされ、その謄本は、同月二二日原告に送達された。
二 本願発明の要旨
エミツタ領域、ベース領域、コレクタ領域を備え、前記エミツタ領域及びベース領域の厚さの和を電子拡散距離及び正孔拡散距離の和より小ならしめ、かつ前記コレクタ領域の厚さを少数キヤリアの拡散距離より大ならしめた部分を具えることを特徴とする半導体装置。(別紙図面(一)参照)
三 本件審決理由の要点
1 本願発明の要旨は前項記載のとおり(本願発明の明細書(以下「本願明細書」という。)の特許請求の範囲の記載と同じ。)と認められる(なお、右要旨とする構成のうち、「エミツタ領域及びベース領域の厚さの和を電子拡散距離及び正孔拡散距離の和より小ならしめ」という構成要件を、以下「甲構成要件」と称し、「コレクタ領域の厚さを少数キヤリアの拡散距離より大ならしめた」という構成要件を、以下「乙構成要件」と称する。)。
2(一) これに対し、特許異議申立人鈴木邦三が提出した「IRE Transactions on Elentron Devices」 Vol. ED-5 No.2 一九五八年四月号第四九頁ないし第五四頁(以下「第一引用例」という。なお、職権による調査の結果、同引用例は昭和三三年六月一六日に特許庁資料館に受入れされたもので、本願発明の特許出願前公知であつたものと認められる。)記載のものは、マイクロアロイトランジスタに関する論文であつて、このマイクロアロイトランジスタは高周波特性が良好であることを開示するとともに、その第五三頁左欄の本文下から第一一行ないし第一〇行には、「薄い再結晶領域あるいはマイクロアロイコンタクトを用いた高周波トランジスタでは、We≪Lneである。」との記載があり、この記載におけるweがエミツタ再結晶領域の幅であり、Lneがエミツタ中の電子拡散距離であることが同第五二頁右欄本文下から第五行ないし第三行に記載されており、これにベース領域の厚さは少数担体の拡散距離より小さくなければならないことがトランジスタとして動作するための必須の要件であることを併せ考えれば、第一引用例には、「エミツタ領域、ベース領域、コレクタ領域を具え、前記エミツタ領域及びベース領域の厚さの和を電子拡散距離及び正孔拡散距離の和より小ならしめたトランジスタ」、すなわち、甲構成要件を具える半導体装置が記載されているものと認められる(別紙図面(二)参照)。
(二) なお、請求人(原告)は、特許異議申立人鈴木邦三に対する特許異議答弁書において、第一引用例記載のトランジスタにおける薄いエミツタ領域は薄いベース領域を得んがために付随的に生じたものであり、甲構成要件を満たすと考えられる構造が本願発明の技術的思想を全く示唆することなく報告されていたのみである旨の主張を行い、更に、第一引用例記載のトランジスタは結果として甲構成要件を満たしているけれども直接甲構成要件を教示しているわけではないとして、甲構成要件を具える場合においても、エミツタ領域の厚さが電子拡散距離より大きく、ベース領域の厚さが電子拡散距離より小さい場合も当然存在し、この場合は第一引用例記載のトランジスタとは異なる条件となる旨主張しているが、甲構成要件を具えたトランジスタが第一引用例により公知であつたことはこれらの主張自体からも明らかであり、請求人(原告)もこれを争わないところであつてみれば、この主張に格別の意義を見出すことはできない。
3 そこで、本願発明と第一引用例記載のものとを対比すると、両者は、「エミツタ領域、ベース領域、コレクタ領域を具え、前記エミツタ領域及びベース領域の厚さの和を電子拡散距離及び正孔拡散距離の和より小ならしめた部分を具える半導体装置」である点、すなわち、甲構成要件を具える半導体装置である点で一致するが、本願発明は、コレクタ領域に関し、「コレクタ領域の厚さを少数キヤリアの拡散距離より大ならしめる」という構成要件、すなわち乙構成要件を具備するものであるのに対し、第一引用例記載のもののコレクタ領域の厚さについては、少数キヤリアの拡散距離との比較における開示がない点に相違が認められる。
4(一) ところで、本願発明が、コレクタ領域の厚さを少数キヤリアの拡散距離より大ならしめるという乙構成要件を採用した理由については、出願当初の明細書第五頁第一七行ないし第六頁第二行に、「通常の動作ではコレクタは常に逆方向電圧を加えられた状態にあるのでコレクタ領域の長さwcは微少振巾動作の場合に於いてはwcが正孔拡散長より大なる方がIcoが小なる利点を有するが、スイツチ用トランジスタではwcが少なる方がよいことがある。」(なお、この記載中の「正孔拡散長」が「電子拡散長」の誤りであつた旨請求人(原告)は述べているが、ここではそのまま引用した。)旨記載されており、Ico、すなわちコレクタ飽和電流の減少を図ることにあるものと認められる。また、出願公告がなされた明細書においても乙構成要件に基づく効果が記載されており(本願発明の特許公報である特公昭五三―六五〇七号特許公報(以下「本願公報」という。)第三頁第六欄第二二行ないし第四頁第七欄第一五行)、この効果が出願当初の明細書に記載された発明の要旨を変更することなく補正されたものである以上当然のことではあるが、コレクタ飽和電流の減少を一次的な効果とし、このコレクタ飽和電流の減少に伴う効果が二次的な効果として記載されているものと認められ、乙構成要件がコレクタ飽和電流の減少を図る意図のもとに採用されたことは明らかである。
(二) 一方、特許異議申立人鈴木邦三が提出した米国特許第二、八五八、四八九号明細書(以下「第二引用例」という。なお、同引用例には特許庁資料館に昭和三四年一月二九日に受入れられたことを示す押印があることからみて、本願発明の特許出願前に公知であつたものと認められる。)には、高出力のパワートランジスタに関する発明が記載されており、その第二頁第四欄第六二行ないし第七二行には、その第1図図示の構成に関して、「拡散技術を用いることにより表面からエミツタ接合15とコレクタ接合13までの距離を制御することも可能である。この距離は拡散距離の二倍のオーダーとすべきことが判る。エミツタ接合とコレクタ接合との間の距離は拡散距離の<省略>以下とすべきである。このような構造のトランジスタでは、エミツタ効率が向上し、コレクタでの飽和電流が減少する。」と記載されている。この記載における「表面」にはコレクタ電極が設けられることが同頁同欄第一一行ないし第一七行、特に第一六行ないし第一七行に記載されている。そして、第二引用例記載の「表面からコレクタ接合までの距離」及び「拡散距離」が、それぞれ本願発明の「コレクタ領域」及び「少数キヤリアの拡散距離」に相当するものと認められるから、この第二引用例が、本願発明の乙構成要件と乙構成要件を具備するトランジスタがコレクタ飽和電流を減少し得ることを開示していることは明らかであつて、請求人(原告)もこれを争わないところである(前記特許異議答弁書)。
(三) してみると、第一引用例記載の半導体装置に第二引用例記載のトランジスタにおけるコレクタの構成を採用して、コレクタ飽和電流の減少を図ることは、当業者が容易に想到実施し得る程度のものと認められる。
5(一) なお、請求人(原告)は、前記特許異議答弁書において、甲構成要件及び乙構成要件がともに公知であつたことは争わず、本願発明は、これら公知の二つの要件を組み合わせることによつてトランジスタ全体として新規な卓越した効果を生み出したものである旨主張するところ、その根拠を要約すれば、甲構成要件を具備する公知のものではコレクタ領域が少数キヤリアの拡散長より短くなつて乙構成要件を具備せず、また、乙構成要件を具備する公知のものでは、エミツタ領域及びベース領域の厚さの和が各領域の少数キヤリアの拡散長の和より長く甲構成要件を具備しておらず、各構成要件を開示している証拠が他方の構成要件については全く示唆せず、あるいは逆のことを教示している事実によつて証明されるというにあるものと認められる。
しかしながら、前記のとおり、第二引用例に乙構成要件によつてコレクタ飽和電流が減少することが開示されている以上、コレクタ飽和電流を減少させるためにこの乙構成要件を採用することに格別の困難があるものとは認められない。
(二) また、請求人(原告)は、本願発明は甲構成要件及び乙構成要件を組み合わせることによつてトランジスタ全体として新規な卓越した効果を生み出したものである旨主張するので検討すると、甲構成要件及び乙構成要件を具備した本願発明に係る半導体装置によつて得られる効果は、本願公報第四頁第七欄第一五行ないし第三七行に記載されたとおり、<1>エミツタ・ベース間の拡散容量を小さく、しかも拡散コンダクタンスを大きくできる、<2>ベース領域厚さを薄くして少数キヤリアの走行時間を短くできる、<3>ベース・コレクタ間容量を小さくできる、という点にあるものと認められる。なお、<2>及び<3>の効果についての記載は、昭和五二年八月三日付全文補正明細書によつて追加されたものである。
しかしながら、右<1>の効果は、本願公報第三頁第六欄第一五行ないし第二〇行に、「ベースのn層の厚さを小さくすることはもちろん、エミツタのp層の厚さをも小さくして、このn層とp層の和を電子拡散距離と正孔拡散距離の和より小さくすれば、拡散容量は小さくなつて拡散コンダクタンスが大きくなる。」と記載されているところから明らかなように、「エミツタ領域及びベース領域の厚さの和を電子拡散距離及び正孔拡散距離の和より小ならしめる」という甲構成要件に基づく効果と認められ、エミツタ領域及びベース領域に関して甲構成要件を具備する第一引用例記載のマイクロアロイトランジスタにおいても、この効果は具有しているものと認められる。更に、<2>及び<3>の効果は、本願公報第三頁第六欄第三七行ないし第四三行に、「コレクタ領域の厚さが少数キヤリア拡散距離より長くなされていれば、マイクロアロイトランジスタとは違つてコレクタ領域が空乏層となつてパンチスルー電流が流れることなく、コレクタ領域の不純物密度を所望の値に設定することができ、ベース・コレクタ間容量も小さくすることができる。」旨の記載があり、更に、同第四頁第七欄第一〇行ないし第一五行に、「コレクタ領域の不純物密度を所望の値に低く設定できることは、ベース・コレクタ間の耐圧を低下させることなくベースの不純物密度を高くなし得るから、…ベース領域の厚さを所望の値まで薄くすることができる。」旨記載されているところから明らかなように、コレクタ領域の厚さを少数キヤリアの拡散距離より大とした乙構成要件に基づくものと認められ、乙構成要件を具有する第二引用例記載のトランジスタも当然に具有するものと認められる。
(三) してみると、本願発明によるトランジスタは、甲構成要件及び乙構成要件のそれぞれが有する効果を共に達成し得るに過ぎないものと認められ、これら公知の両構成要件からは予想し得ない格別の効果を達成し得るものとは認められない。
(四) なお、本願公報第四頁第七欄第二九行ないし第三四行には、「本発明によるトランジスタでは、・・・npn形トランジスタでエミツタ厚さ〇・一μm、ベース厚さ〇・二μm、コレクタのベース近傍の不純物密度をやや低くしてコレクタ厚さを五〇μm程度とすれば、最大発振周波数は五GHzにも達する。」旨の記載があるけれども、この記載は昭和五二年八月三日付の全文補正明細書において追加されたものであり、特許異議申立人鈴木邦三が、「この記載が出願当初の明細書のどこに根拠を置いたものか、また、その出願時点でこの様なトランジスタが実現されていたならば、あるいは充分予測できたならば必ずやその優秀な性能について開示がなされていたのではないか。」との指摘を行つたのに対して、請求人(原告)は何らの答弁も行つていないから、本願発明の特許出願時点においてこのような特性を有するトランジスタが得られていたものとは直ちには認め難く、加えて、本願発明の要旨とする構成を具備することのみによつて常にこのような特性を有するトランジスタが得られるというものとも認められないから、この効果をもつて本願発明の効果とすることはできない。
6 以上のとおり、本願発明は、その特許出願前国内において頒布された第一引用例及び第二引用例の記載に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと認められ、しかも、その達成する効果も各引用例に記載された構成によつて達成される効果を超える格別のものとは認められないから、本願発明は、旧特許法(大正一〇年法)第一条にいう発明に該当せず、本願発明の特許出願は同条の特許要件を具備しないものと認める。
〔編注2〕本件における図面は左のとおりである。
別紙図面(一)
<省略>
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別紙図面(二)
<省略>
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