東京高等裁判所 昭和59年(行ケ)276号 判決 1987年12月24日
原告
山武ハネウエル株式会社
被告
特許庁長官
主文
特許庁が昭和59年10月4日、同庁昭和55年審判第6452号事件についてした審決を取り消す。
訴訟費用は、被告の負担とする。
事実
第1当事者の求めた裁判
原告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、被告指定代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は、原告の負担とする。」旨の判決を求めた。
第2請求の原因
原告訴訟代理人は、本訴請求の原因として、次のとおり述べた。
1 特許庁における手続の経緯
原告は昭和49年3月14日、名称を「開水路用流量計」とする発明について特許出願(昭和49年特許願第28500号)をしたところ、昭和55年2月28日拒絶査定を受けたので、同年4月24日これを不服として審判の請求(昭和55年審判第6452号事件)をし、同年5月24日付手続補正書をもつて明細書の全文(発明の名称を除く。)を補正したが、昭和59年10月4日、「本件審判の請求は、成り立たない。」旨の審決(以下「本件審決」という。)があり、その謄本は、同月24日原告に送達された。
2 本願発明の要旨
開水路を横断し昇降可能に設けられたせき板と、このせき板の上流側液面下に中空孔部の上辺が没する位置に設けられた電磁流量計発信器とを備えたことを特徴とする開水路用流量計。(別紙図面(1)参照)
3 本件審決理由の要点
本願発明の要旨は、前項記載のとおり(特許請求の範囲の記載に同じ。)と認められるところ、原査定の拒絶理由に引用された実公昭39―30822号実用新案公報(以下「引用例という。)には、河川に堰を設け、その堰の両側には溜水マスを形成し、堰の両側の溜水マスの底部は、測定値を機械的に地上の指示部へ伝達する動圧検出型の流量計を介在した流水管によつて連通させた河川流量測定装置が示されている(別紙図面(2)参照)。
そこで、本願発明と引用例記載のものとを比較すると、両者は、開水路を横断する堰の上流側液面下に上辺が没する中空孔部を通して下流側へ流れる流体流量を測定することにより、河川流量を測定する点で一致するものの、(1)本願発明は昇降可能に設けられたせき板を堰として用いているのに対し、引用例記載のものはかかる構成の堰を用いていない点及び(2)本願発明は、流量を測定し、測定データを送信する電磁流量計発信器を備えているのに対し、引用例記載のものは流量測定値を機械的に地上の指針部へ伝達する動圧検出型流量計を備えている点で一応の相違が認められる。
以下、これらの相違点について対比検討するに相違点(1)については、溢水型とはいえ、河川流量を測定するためにせき板を用いることは慣用されており(昭和37年11月25日株式会社コロナ社発行に係る計量管理協会編の計量管理技術双書(5)「流量」第106頁ないし第107頁参照)、かかるせき板は通常昇降可能に設けること、また、放水量制御ではあるが、ダムにおいて堰を昇降させることが慣用されていることを考えると、本願発明において、昇降可能なせき板を用いた点に格別困難性は認められない。相違点(2)については、流量を測定し、測定した流量データを送信する電磁流量計発信器は周知であり、本願発明において、かかる周知の電磁流量計発信器を、動圧検出型流量計に代えて用いた点に格別困難性は認められない。なお、請求人(原告)は、審判請求理由において、本願発明は、(イ)電磁流量計発信器をその中空孔部の上辺が上流側液面下に没するように取り付けているので、圧力損失が全くなく、したがつて、せき板の上下流に落差があまりない場合においても高精度の測定が可能であること、(ロ)流量計として電磁流量計を用いているので、流れの中に浮遊物が含まれていても、これをさえぎることなく通過させることができ、測定精度が損なわれるとか、流量計自体が損傷を受けることが少ないこと、(ハ)せき板が昇降可能であるため、電磁流量計を液体中から容易に取り出すことができ、保守点検が容易であること、を主張しているが、(イ)については、本願発明の電磁流量計も流体抵抗を有しているので、圧力損失が全くないということはあり得ず、引用例記載のものの動圧型流量計に比して、せき板の上下流に落差があまりない場合においても高精度の測定が可能である点は、電磁流量計を用いたことによる予測し得る程度の効果にすぎないと認められ、(ロ)については、電磁流量計自体が有している効果であつて、本願発明において特に電磁流量計を用いたことによる格別顕著な効果とは認められず、(ハ)については、せき板を昇降可能に設けたことによる予測し得る程度の効果にすぎないと認められる。
以上のとおりであるから、本願発明は、引用例記載のものから当業者が容易に発明をすることができたものと認められるので、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
4 本件審決を取り消すべき事由
引用例に、本件審決認定のとおり測定値を機械的に地上の指示部へ伝達する動圧検出型の流量計を介在した流水管によつて連通させた河川流量測定装置が示されていることは認めるが、本件審決は、右部分を除く引用例の記載事項の認定を誤つた結果、本願発明と引用例記載のものとの一致点及び相違点の認定並びに右相違点についての認定判断を誤り、かつ、両者間に本件審決認定の相違点のほかにも相違点があることを看過し、ひいて、本願発明は引用例の記載事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとの誤つた結論を導いたものであつて、この点において違法として取り消されるべきである。すなわち、
1 引用例の記載事項の認定の誤りについて
引用例記載の考案は、もともと本流側と支流側に各溜水マスを設け、その2つの溜水マスの底部を流水管によつて連通させることに基本的な構成があり、流水管の連通部分を堰に形成することは右考案の目的からして全く必要のないことであつて、本件審決が、引用例には、「河川に堰を設け、その堰の両側には溜水マスを形成し、堰の両側の溜水マスの底部は………流水管によつて連通させた河川流量測定装置が示されている。」との記載があると認定したのは、引用例の記載事項の認定を誤つたものである。すなわち、引用例(甲第3号証)の第1頁右欄第14行ないし第25行には「主流河川1の水は流水側の溜水マス4に流入し、その底部の流水管6より流量計7に入る………流量計7から流出した水は流水管6'から流出側の溜水マス5に入り、それより支流河川2へ流出する。しかして主流河川1と支流河川2との水面1'、2'はほとんど同一の水面となつて、両者の間に差圧を生じないから、流量計の作動も円滑に行われて正確に計測することができる。」と記載されており、引用例記載の考案が溜水マス4、流水管6、流量計7、流水管6'、溜水マス5という経路をたどる構造によつて、主流と支流の水面を同一として、差圧の発生を防止し、流量計の作動を円滑にすることを目的としているものであることは極めて明確である。そして、引用例記載の考案に用いられる流量計7は水平型流量計であつて、引用例記載の考案は、あくまでも右水平型流量計を用いることを前提とし、本流における乱流がそのまま水平型流量計に流れ込めば、脈動によるノイズが大きく、流量の正確な計測が困難となるので、溜水マス4、5を設けることにより、流勢の影響を押さえて流量の変化だけが浮子11に反応されるようにしたものであり、堰3は、土盛やせき板等によつてわざわざ形成した本来の堰ではなく、溜水マス4、5を掘り下げて設けたことによつて2つのマスの間の掘り下げない部分によつて自然に形成された隔壁とでもいうべきもので、2つの溜水マス間の流水管連通部の上部を堰と呼んだのは明細書作成者の明らかな誤謬である。被告は、引用例に堰と記載されており、その堰とされている部分3は、主流河川1と支流河川2とを分離してそれらの間に直接水が流れることを阻止しているのであるから、これを堰と称することに誤りはない旨主張するが、原告は、引用例記載のものにおける符号3の部分を堰と称するのが正しいか否かを争つているものではなく、基本的には本願発明における開水路を横断し、昇降可能に設けられたせき板と引用例記載のものにおける符号3の部分とが技術的な意味を同じくするものであるか否かを争つているものであるところ、引用例には堰の製作方法は全く記載されておらず、その構造、機能は引用例記載全体から推測する以外にないが、引用例には、被告の主張する符号3の部分が主流河川1と支流河川2とを分離し、それらの間に直接水が流れることを阻止するものであるとの記載はない。引用例には、「可撓索12は適宜の案内管13を経て堰3の地上へ導出される」(甲第3号証第1頁右欄第6行ないし第7行)との記載があるが、この場合の堰3は、溜水マス4、5の底部を連結する流水管の上部である地上を意味しているものである。引用例記載のものにおいて、河川1、2を分離してそれらの間に直接水が流れることを阻止するものは、明らかに溜水マス4、5である。また、本願発明における昇降可能に設けられたせき板の両側に溜水マスを設けることは、技術的に意味を持ち得ない。したがつて、本願発明におけるせき板と引用例記載のものにおける堰とは、技術的な意味を共通にする余地はなく、「堰」イコール「せき板」として技術概念を転換させる前提として堰を認定した本件審決は誤りである。また、被告は、堰3が本来の堰でないとしても、それは図示されたものがそうであるだけであつて、引用例には「堰を設け」と明記されているのであるから、堰3とは別に本来の堰を用いる技術的思想が記載されている旨主張するが、引用例記載のものにおいては、もともと溜水マス4、5が設けられることによつて流水はせき止められ、底部に設けられた流水管を通じてしか水が流れる余地はないのであるから、そのほかに堰を設けることなどできるはずのないことであり、記載された技術の内容から、設ける余地のない堰をその内容を全く示さないまま、ただ「設ける」と記載されているだけで、技術的示唆があるとすることはできない。
2 一致点についての認定判断の誤りについて
本件審決は、本願発明と引用例記載のものとは、開水路を横断する堰の上流側液面下に上辺が没する中空孔部を通して下流側へ流れる流体流量を測定することにより河川流量を測定する点で一致する旨認定判断しているが、1で述べたように、引用例記載の考案は、本流側と支流側に溜水マスを設け、その2つの溜水マスの底部を流水管によつて連通させることに基本的な構成があり、流水管の連通部分を堰に形成することは引用例記載の考案の目的からして全く必要のないことであり、加えて、流水管連通部は敷設管路であり、単に開水路を横断しているものではないから、引用例記載のものに「開水路を横断する堰」があるとはいえず、また、溜水マス底部間の導水路を電磁流量計の中空孔部と同一視するのは社会通念を無視した認定といわざるを得ず、本件審決の右認定判断は、誤りである。
3 本願発明と引用例記載のものとの相違点の認定の誤り及び両者間に存する相違点の看過について
(1) 本願発明における貫通堰の構造決定要因が、第1に電磁流量計発信器の長所を損なわないようにするという点にあることは、「せき式流量計(溢水堰式開水路用流量計)と電磁流量計の長所を備えた開水路用流量計を提供する」(甲第2号証の4の本願発明の明細書第3頁第7行ないし第8行)という本願発明の目的及び「せき式流量計の有する構造の簡単さ、再現性の高さという長所と、圧損がほとんど無く、信号が流量に比例しており、精度が高くかつ流体の乱れに強いなどの電磁流量計の長所を兼ね備えており」(同号証第5頁第5行ないし第9行)という本願発明の1つの効果から明らかである。そして、本願発明においては、電磁流量計発信器をパイプなしで用いるという発想によつて、これら2つの条件を満足する貫通堰が考え出され、簡単な構成で精度の高い貫通堰式開水路用流量計が産み出されたのである。すなわち、電磁流量計発信器の前後には流水管が接続されていないから、流水管による圧損の分だけ精度は向上し、また、仕切りはせき板で実現できるから、貫通堰の構造は簡単となり、更に、電磁流量計発信器の保守点検のための手段としてせき板を昇降可能に設けることもできたのであつて、本願発明の特徴は、上流側液面下に中空孔部の上辺が没する位置に電磁流量計発信器を備えたせき板を開水路を横断させて昇降可能に設けたことにより、これまで満管路における流量計測にしか適用できなかつた電磁流量計測の原理を開水路に適用し、併せて計器の調整整備を簡便に行えるようにした点にある。これに対し、引用例記載のものにおける「堰」(ただし、これが本来の堰ではなく、溜水マスを掘り下げて設けたことによつて2つのマスの間の掘り下げない部分によつて自然に形成された隔壁であることは前述のとおりである。)の構造決定条件は、動圧検出型流量計を円滑に作動させるような流れ状態を作り出すことであり、このことは、引用例記載のものの作用効果についての「主流河川1と支流河川2との水面1'、2'はほとんど同一の水面となつて、両者の間に差圧を生じないから、流量計の作動も円滑に行われて正確に計測することができる。」(甲第3号証第1頁右欄第22行ないし第25行)及び「この考案は上述したような構成よりなるので、従来正確な流量の計測が極めて困難であつた河川の農業用水または工業用水として使用する水量を極めて簡単にしてかつ正確に計測し得る効果がある。」(同号証同頁同欄第26行ないし第30行)との記載からも明らかである。すなわち、引用例記載のものの特徴は、摺動浮子11による流量変化の把握を基本とする水平型流量計の適用を前提として、河川1、2の分水部両側に溜水マス4、5を形成して、その底部を流水管によつて連通させることにより、河川1、2の水面を平均化し、差圧の発生を防止して摺動浮子11の作動を円滑にし、本来水面差があり差圧発生のある河川取水における本支流間の流量について、右流量計による正確な計測を可能にした点にある。右によれば、引用例記載のものにおいて、流水阻止能力をはるかに超える強度を有する複雑な構造の堰が構築されているのは、引用例記載のものにおける堰の構造決定条件には、本願発明におけるような簡単な構造とすることが含まれないことを明らかに示している。したがつて、本願発明と引用例記載の考案とは、その目的、計測原理自体を異にするものであり、共通点としてはどちらも流量計であること以外には見いだし難い。そこで、本件審決をみるに、本件審決は、本願発明と引用例記載のものとの相違点の1つとして、本願発明が昇降可能に設けられたせき板を堰として用いているのに対し、引用例記載のものはかかる構成の堰を用いていない点を挙げるが、前述のとおり、引用例記載のものの中心は溜水マスであり、溜水マスを掘削した結果、溜水マス底部を連通する流水管敷設部分の上部が自然に形成された隔壁のような形態となつたにすぎず、右構造のものは明細書の記載からしても堰の機能は有しておらず、連通部のほかに流水管敷設部分の上部の構成を独立して認める余地はないから、右の点で相違するとした本件審決の認定判断は誤りである。被告は、いかなる目的で本願発明の堰の構造が決定されたかということと決定された結果の堰の構造が引用例記載のものにおける堰の構造といかに相違するかということとは何の関係もない旨主張するが、技術は一定の目的を実現するための手段であり、目的のない手段は存在する余地がないのであつて、技術の内容はその目的に従つて解釈されるべきものであるところ、目的が異なれば技術構造がたまたま同一であつても、技術内容としては異なるものであり、被告の主張は、失当である。また、被告は、原告が流水管として主張する「パイプなし」ということは、本願発明の実施例として図示されたものがたまたま「パイプなし」の構成のものであるにすぎず、本願発明の本質的なものではない旨主張するが、本願発明の特許請求の範囲には、電磁流量計発信器が取り付けられるせき板の要件として、開水路を横断し昇降可能に設けられるものであることが明記されており、「開水路」が、「パイプあり」の「満管路」に対して「パイプなし」のものであること、また、昇降可能に設けるためには、パイプを用いた構成では技術的に無理なものであることは容易に理解され得る事実であり、その発明の詳細な説明の項の記載からしても、本願発明にパイプを用いる構成を付加して考える余地はなく、被告の右主張は、失当である。更に、被告は、引用例記載のものにおける堰について、流水阻止能力と厚さの問題を取り上げて、技術内容を転換しようとするが、引用例記載のものにおいて堰と称されている部分は、前述のように2つの溜水マスの中間部位であり、わざわざ構築されるものではない。引用例記載のものは、主流河川1から水を引くための支流河川2を構築する際に、主流側の溜水マス4から一定距離を離した位置に溜水マス5を設け、その底部を流水管によつて連通する技術的思想を説くものである。堰3は、流水管の上部の地上は意味するもので、流水阻止能力とか、強度とかを問題にする余地のない部分であつて、右主張も失当である。
(2) 本件審決は、引用例記載のものの要部であり、本願発明には存在しない構成上の相違点である溜水マスの存在にも全く触れておらず、この点を看過したばかりか、本願発明は、電磁流量計発信器をパイプなしで用いるという発想によつて電磁流量計発信器の前後に流水管を接続させず、電磁流量計発信器の保守点検のための手段として上流側液面下に中空孔部の上辺が没する位置に電磁流量計発信器を備えたせき板を、開水路を横断させて昇降可能に設け、そのことにより、電磁流量計の昇降を可能とし、計器の調整整備を簡便に行えるようにしたものであるのに対し、引用例記載のものにおいては、流量検出器を保守点検する場合には、河川を別の堰でせき止め、堰の土を掘り起こした後に流水管と流量計との結合を解き、流量計を引き上げるという困難な作業を必要とし、保守点検後の流量計の再設置も同様に面倒であつて、そこには、流量計を昇降可能に設置するという技術的思想は存在せず、両者は流量検出器の昇降が可能で簡便に計器の調整整備が行えるか否かの点で明らかに相違するにかかわらず、本件審決はこの点を看過している。被告は、本願発明における段部2が引用例記載の装置における溜水マスに相当する旨主張が、溜水マスは、その言葉の意味からしても、引用例の図面に明示されているように、四囲を囲障されたマスであり、単なる段部とは構造的に全く異なるものであり、かつ、溜水マスは、本支流両水面を平均化し差圧を生じないようにして、流量計の作動を円滑にすることを目的とするものであるのに対し、本願発明における段部2は、単に発信器の水没状態が維持できない場合の対応策の例示として示されたものにすきず、しかも、特許請求の範囲に記載されていない要旨外のこと(明細書にも、開水路の底が深い場合には段部2を掘り上げる必要がないと明記されている。)であつて、右主張は失当である。
4 相違点についての認定判断の誤りについて
(1) 本件審決は、本願発明と引用例記載のものとの相違点(1)について、本願発明において、昇降可能なせき板を用いた点に格別困難性は認められない旨認定判断しているが、本件審決が慣用技術として指摘する甲第4号証に記載されている堰は、本件審決自体も指摘するように、水流をせき止めて溢水させることを目的としたもので、溢水を導くための水圧を高める手段であるのに対し、本願発明のせき板は、電磁流量計発信器を水流中の所定の位置に支持し、必要に応じて上下動させる手段であるから、その技術的意味を全く異にし、しかも、本願発明の流量計と溢水型流量計とでは計測原理自体が異なるのであるから、溢水型流量計における堰を慣用技術として本願発明に適用する余地はなく、しかも、本件審決は、せき板を昇降可能に設けることについての容易想到性の根拠として、ダムの堰を挙げているが、ダムにおける堰の昇降目的は堰の基本的機能にかかわるものであるのに対し、本願発明におけるせき板の昇降目的は堰の基本的機能とは全く関係のないものであるから、両者における昇降目的は全く相違しており、ダムにおける昇降可能な堰から、流量検出器の昇降を目的としてせき板を昇降可能にするという技術的思想を当業者が必要に応じて考えつくものではなく、本件審決の前記認定判断は、誤りである。ところで、引用例記載のものにおいて、流量検出器である流量計7を保守点検する場合には、前述のとおり、堰3の土を掘り起こした後に流水管6、6'と流量計7との結合を解き、流量計7を設定位置から引き上げるという面倒な作業を必要とし、保守点検後の流量計7の再設置も同様に面倒であつて、流量計7を設定位置から引き上げ、更に元に戻すための特別な手段はなく、引用例にそれを示唆するものは全くないから、流量検出部の昇降を目的として、せき板を昇降させるという技術思想は、引用例に何ら示唆されておらず、したがつて、「かかるせき板は通常昇降可能に設ける」との本件審決の認定判断も誤りである。被告は、本件審決の前記認定判断に誤りはない旨主張するが、本件審決において、本願発明がせき板を用いる点についての容易想到性の根拠として挙げているのは、溢水型のせき式流量測定に関する文献であり、そこに記載されたせき板は昇降しないものであり、また、せき板を昇降可能に設けることの容易想到性の根拠は、放水量制御技術としてのダムの堰であつて、この2つは、その技術的目的を判然と異にするもので、しかも、昇降可能に設けたダムの堰には、本件審決が予測し得る効果とした本願発明における保守点検が容易であるとの効果がないことは明確であつて、本件審決が、容易想到性の根拠として例示した技術は、いずれも異なる目的に向けられた技術であつて、本件審決は、そうした技術の部分部分を採り上げているものでこのようなこま切れ技術を容易想到性の根拠としたのでは、従来技術を基礎としてその上に成り立つ発明の本質からして成り立ち得る発明は存しないこととなり、本件審決の前記認定判断は、技術の連続性を否定するもので、技術が有機的に結合されてはじめて1つの技術的思想が成り立つ事実を無視したものといわざるを得ない。
(2) 本件審決は、本願発明と引用例記載のものとの相違点(2)について、周知の電磁流量計発信器を動圧検出型流量計に代えて用いた点に格別困難性は認められない旨認定判断しているが、本願発明は、開水路用流量計の流量検出器として電磁流量計発信器をパイプなしで用いるという発想に基づいて完成させたものであり、主流河川1と支流河川2との水面1'、2'がほとんど同一の水面となるような流れに用いることが正確な計測のための条件である動圧検出型流量計を必須構成要件としている引用例記載のものから、電磁流量計発信器をパイプなしで用いるという発想が生じることはあり得ず、したがつて、本願発明は引用例記載のものにおいて、その動圧検出型流量計を電磁流量計発信器で単に置換したものということができないから、本件審決の前記認定判断は誤りである。
5 本願発明の奏する作用効果の看過について
本件審決は、本願発明の奏する圧力損失が全くなく、したがつて、せき板の上下流に落差があまりない場合においても高精度の測定が可能であるという効果について、電磁流量計を用いたことによる予測し得る程度の効果にすぎない旨認定判断しているが、ここにいう「圧力損失」とは、引用例記載のものの動圧型流量計の前後に配置された流水管に発生する圧力損失を指しており、したがつて、圧力損失が全くなくとは、「流量計の前後には配管すべきパイプラインも無いから圧損が全く生ぜず」(甲第2号証の4第6頁第12行ないし第14行)との意味であつて、電磁流量計を用いたことによる効果をいつているのではない。しかるに、本件審決は、本願発明の電磁流量計も流体抵抗を有しているので、圧力損失が全くないということはあり得ない旨誤認し、ひいて、前記認定判断をしたものであつて、右認定判断は誤りである。また、本件審決は、本願発明の奏する流量計として電磁流量計を用いているので、流れの中に浮遊物が含まれていても、これをさえぎることがなく通過させることができ、測定精度が損なわれるとか、流量計自体が損傷を受けることが少ないという効果について、電磁流量計自体が有している効果であつて、本願発明において特に電磁流量計を用いたことによる格別顕著な効果とは認められない旨認定判断しているが、開水路用流量計において、流量計として電磁流量計を用いることは引用例には何ら開示ないし示唆されていないから、右認定判断は誤りである。更に、本願発明は、電磁流量計を開水路の水面上にせき板ごと引き上げることによつて、電磁流量計の保守点検を測定流量からの影響はもちろん配管及びその接続手段からの影響もなく即座に開始できるものであり、復元後も速やかに測定が再開でき、しかも、引上げ部分の構造は簡単かつ小型であるから、昇降操作が楽であるうえ暗渠にも難なく適用することができるという効果を奏するものであるところ、本件審決は、電磁流量計発信器の保守点検の容易性に関して、せき板を昇降可能に設けたことによる予測し得る程度の効果にすぎない旨認定判断しているが、甲第4号証のせき式流量計において、「かかるせき板は通常昇降可能に設ける」という本件審決の認定には根拠がなく、引用例記載のもののような構築物は暗渠には用いられないし、本願発明において流量計の保守点検並びに点検後の再設置のためにせき板を昇降させている点を看過したものである。本願発明は、せき板に電磁流量計発信器を直接取り付けるという構成を採用することにより、開水路への設置及び保守点検後の再設置が極めて容易であるという効果を奏するものであるが、本件審決は、この重要な効果を看過している。被告は、本願発明の効果についての本件審決の認定判断に誤りはない旨主張するが、引用例記載のものとの関係で構成を対比することなく、引用例記載のものからは生じない効果をその構成の自明の効果だからその構成に新規性がないとするのは、問をもつて問に答えるものである。発明の構成はその効果を得るために構成されるものであるから、その効果がその構成から予測されるのは当然のことであつて、原告の右主張は、失当である。
6 進歩性判断の誤りについて
本願発明は、前述のとおり、引用例記載のものや甲第4号証に示すせき式流量計とは全く異なる新しい開水路用流量計であつて、昭和54年7月10日日刊工業新聞社発行の「流量計ハンドブツク」の第231頁(甲第6号証)には、本願発明の装置が潜水型検出器として電磁流量計の特殊検出器の1つとして紹介されている。このことは、本願発明が従来装置の単なる改良や発展ではないことを示しており、したがつて、本願発明は、従来装置から当業者が容易に発明し得たものではない。なお、甲第8号証の1ないし4は、「電磁流量計による流量測定方法」に関する日本工業規格であるが、その制定は本願発明の特許出願後1年近く経過した昭和50年5月1日であり、その後昭和55年11月15日に改定されたが、その時点においてもなお、「電磁流量計は管内を流れる導電性液体の流量を測定するもの」として考えられ(規格1項)、流量計の前後に管路を接続することを前提として規定(規格4項(5)、図2)されているもので、これをそのまま管路を用いず開水路に適用することは、当時の技術として全く考えられていないところであつて、以上の事実によつても、電磁流量計をそのまま開水路に適用した本願発明の進歩性は十分に裏付けられるものである。被告は、甲第8号証の1ないし4の日本工業規格は、電磁流量計が管内流量以外の測定すなわち開水路の流量測定に利用されることを予想し、それを除外しているものといえる旨主張するが、同号証のどこにもそのようなことを推測させる記載はなく、被告が主張するとおりであるとすれば、開水路の流量測定に関する工業規格が別に存するはずであつて、被告の右主張は、いずれも理由がない。
第3被告の答弁
被告指定代理人は、請求の原因に対する答弁として、次のとおり述べた。
1 請求の原因1ないし3の事実は、認める。
2 同4の主張は、争う。本件審決の認定判断は正当であつて、原告主張のような違法の点はない。
1 同4 1の主張について
原告は、引用例に「河川に堰を設け、その堰の両側には溜水マスを形成し、堰の両側の溜水マスの底部は………流水管によつて連通させた河川流量測定装置」の記載がある旨の本件審決の認定は誤りである旨主張するが、右主張は失当である。すなわち、引用例の第1頁左欄考案の詳細な説明の項第6行ないし第8行には、「河川の分水部に堰を設け、その堰の両側には溜水マスを形成してそれぞれ河川と連絡させると共に」と記載されており、引用例の実用新案登録請求の範囲の項にも、「河川1、2の分水部に堰3を設け、その堰3の両側には溜水マス4、5を形成して」と記載され、更に、引用例の第1図と第2図には、符号3を付した部分が図示されていて、これが堰3として説明されている。そして、符号3の付されている部分は、主流河川1と支流河川2とを分離し、それらの間に直接水が流れることを阻止しているのであるから、これを堰と称することに誤りはない。原告は、引用例記載の考案の目的からみて、それを堰というのは、引用例の明細書作成者の明らかな誤謬である旨主張するが引用例記載の考案の目的は、河川の水を利用する場合に、その流量を正確に計測することであることは引用例に明記されていることであり、そのために、本来ならば主流河川1から直接支流河川2へ通水すべきものを、いつたん堰3で阻止しているのであるから、堰3は、引用例記載の考案の目的からみても、本来の堰の役目を果たしているものである。また、原告は、引用例記載のものの堰3は、溜水マス4、5を掘り下げて設けたことによつて、それらの間に自然に形成された隔壁にすぎず、本来の堰ではないと主張するが、堰3の製作方法がどうであれ、それが本来の堰であることは、明細書作成者が「堰」であると記載していることから明らかであるというだけでなく、客観的にもそうであることは前述のとおりである。まして、原告が主張するような堰3の製作方法は、引用例には記載のないことである。仮に、引用例に図示された堰3が、原告が主張するように、本来の堰ではないとしても、それは図示されたものがそうであるだけであつて、引用例には、「堰を設け」と明記されているのであるから、堰3とは別に本来の堰を用いる技術的思想が記載されていることになる。いずれにしても、引用例に本来の堰の記載がないとする原告の主張が失当であることには変りがない。
2 同4 2の主張について
この点の原告の主張は、引用例記載のものにおける「堰3」が本来の堰ではないことを前提とするものであるが、この前提が誤りであることは1で述べたとおりであるから、右主張が失当であることは明らかであり、本件審決における一致点の認定判断に誤りはない。
3 同4 3の主張について
(1) 原告は、本願発明における堰の構造決定要因は、引用例記載のものにおけるそれと相違するので引用例記載のものの堰は、本願発明の堰と基本的に異なるものである旨主張するが、両者における堰の構造決定要因が相違するか否かは、堰の構成の相違点を認定するうえでは関係のないことである。原告が主張する本願発明における堰の構造決定要因は、電磁流量計発信器の長所を損なわないことと簡単な構造とすることであるが、いかなる目的で本願発明の堰の構造が決定されたかということと決定された結果の堰の構造が引用例記載のものの堰の構造といかに相違するかということとは何の関係もないことであり、本願発明と引用例記載のものの間に本件審決認定の相違点(1)が存することに誤りはない。ただ、本願発明の堰の構造がいかなる目的のもとに決定されたかということは、それが予測し難いものである場合には、引用例記載のものとの間の相違点(1)についての進歩性の判断に際しては考慮すべきことであるが、本件審決は、その点をも含めて、溢水型とはいえ、せき板を用いて堰を構成することが慣用技術であるとし、それを例示(甲第4号証)しており、該せき板が土盛りの堰に比して簡単であることは自明であるから、そのことを考慮したうえで、「格別困難性は認められない。」と判断しているのである。また、堰の構造が流量計の長所をゆえなく損なうものであつてはならないことは当然のことであり、引用例記載のものにおける土盛りの堰も、この観点から構成が決定されているはずのものである(引用例記載のものにおいては、流量計の前後に流水管を設けているが、これは流水阻止能力等から決定された堰の厚みが、流量計の長さより大になつた結果、それを補うために設けたものと考えられる。)から、「電磁流量計発信器の長所を損なわないこと」を堰の構造決定要因にして、堰の厚みを不必要に厚くしないということは、当然のことである。この点に関し、原告は、本願発明は「電磁流量計発信器をパイプなしで用いる」ことを要旨とするもののように主張するが、本願発明の要旨は、原告も認めるように、特許請求の範囲に記載されたとおりのものであり、それによれば、「パイプなし」ということは要旨外のことである。実施例として図示されたものが「パイプなし」の構成のものであつても、本願発明はそれに限定されるものではない。右実施例は、せき板の厚みが流水阻止能力等の決定要因により薄いものでよかつたことから、結果的に電磁流量計発信器の長さより小さくて済んだだけのことである。また、引用例記載のものにおける流量計も、その前後に流水管を設ける必要のないものであり、それを設けているのは、堰の厚みが他の要因から厚くなつた結果、長さを補助するためと考えられ、堰の厚みが薄くて済む場合にそれを省略することは当然であつて、この点において、本願発明と引用例記載のものとが基本的に相違するものとは考えられない。なお、原告は、引用例記載のものの堰の構造決定条件は、動圧検出型流量計を円滑に作動させるような流れ状態を作り出すことである旨主張し、該条件を満足させるために、流水阻止能力をはるかに超える強度を有する「堰」が構築されている旨述べているが、これは原告の独断であつて、原告が指摘する箇所には、そのようなことは記載されておらず、したがつて、本願発明と引用例記載の装置とは、その目的及び計測原理自体を異にする旨の主張も失当である。
(2) 原告は、本件審決は、溜水マスの存否という相違点を両者の相違点として認定せず、右相違点を看過したものである旨主張するが、本願発明は、溜水マスを設けないことを要旨とするものではなく、むしろ、図面には溜水マスに相当する段部2を設けたものが示され、それを実施例として積極的に開示しているのであつて、両者間には、原告主張のような相違点は存在しない。また、原告は、本願発明と引用例記載の装置とは、流量検出器の昇降が可能で簡便に計器の調整整備が行えるか否かの点で明らかに相違するのに、本件審決はこの点を看過した旨主張するが、本件審決は、引用例に前記事項の開示がないことを相違点(1)として挙げたうえで、それを格別困難ではないと判断しており、相違点を看過していない。原告は、この点に関して、本願発明は「パイプなし」にしたからせき板を昇降可能にできる旨主張するが、「パイプなし」が本願発明の要旨外のことであることは、既に述べたとおりであり、この主張はその前提を欠くもので、失当である。
4 同4 4の主張について
(1) 原告は、本願発明において昇降可能なせき板を用いた点に格別困難性は認められない旨の相違点(1)についての本件審決の認定判断について、甲第4号証記載の堰は、本願発明のせき板と計測原理が異なるから、それを本願発明に適用する余地はない旨主張する。しかしながら、本件審決が甲第4号証記載の堰を慣用技術例として挙げている趣旨は、計測原理のすべてが本願発明と共通していることをいわんとするものでないことは明らかであり、本件審決は、堰としてせき板を用いることとそれにより河川の流れを測定点に集中させることが本願発明と軌を一にするものであるとの趣旨で甲第4号証を示しているのであつて、この2つの事項は、測定原理とは関係のないことであるから、それを本願発明に適用することに何らの障壁も存しない。また、原告は、ダムにおける堰の昇降目的(放水量の制御)は、本願発明におけるせき板の昇降目的とは全く関係がないから、流量検出器の昇降を目的としてせき板を昇降可能にすることは容易に考えつくものではなく、本件審決の認定は誤りである旨主張するが、本件審決は、両者に目的の差があることを、「放水量制御ではあるが、」と断つたうえで、せき板で構成された堰は通常昇降可能に設けられること(例えば、田への取水の必要のある田植時には、水路を横切るせき板を降下させて、水路からの分水を行うが、稲の取入時には、せき板を上昇させて水路を開放し、田への水の流入を阻止している。)を勘案して、昇降可能なせき板を用いた点に格別困難性は認められないと判断しているのであつて、妥当なものであり、原告の右主張は、失当である。なお、本願発明がせき板を昇降可能にしている理由は、電磁流量計発信器を液体中より取り出して保守点検をすることを容易にすることと緊急時の水路の開放を可能にすることであることは、明細書の記載より明らかであるところ、緊急時の水路の開放は、ダムにおいて堰を昇降する理由と一致し、農業用水取水用のせき板についても同様である。もつとも、それらは、電磁流量計発信器の昇降を目的とするものではないが、計測器一般(例えば、熱対式温度計)において、センサー部分(熱電対)を測定箇所に対して出入自在にすることは計測の技術分野における技術常識であるから、センサーである電磁流量計発信器もその例外ではないはずであり、その必要性をみいだし、それを取りつけたせき板を昇降自在にすることは、何ら工夫を要することなく着想し得るものである。
(2) 原告は、本件審決が、相違点(2)について認定判断した点について、本願発明は、開水路用流量計として、動圧検出型流量計を電磁流量計発信器で単に置換したものではなく、それをパイプなしで用いるという発想に基づいて完成させたものであるから、右認定判断は誤りである旨主張するが、既にのべたように、「パイプなし」ということは、本願発明の構成要件ではないし、引用例記載のものも、堰の厚みが流量計の長さに比して小さければ、あえてパイプを設ける必要のないものであるから、両者は、この点に関し発想を異にするものではなく、本願発明は、引用例記載のものにおける動圧検出型流量計に代えて、単に電磁流量計を用いたものにすぎない。なお、「主流河川1と支流河川2との水面1'、2'はほとんど同一の水面となる」というのは、引用例記載のものが該条件を必要とするということではなく、引用例記載のものの作用効果として述べられていることであるから、引用例記載のものが該条件を必要とすることを前提とする原告の前記主張は、その前提を欠き失当である。
5 同4 5の主張について
原告は、本願発明は、引用例記載の装置において動圧検出型流量計を電磁流量計発信器で単に置換したものではないから、本件審決が圧力損失が少ないという本願発明の効果について、電磁流量計を用いたことによる予測し得る程度の効果にすぎない旨認定判断したのは誤りである旨主張するが、右前提となる主張が失当であることは前項で述べたとおりであるから、それを前提とする右主張は、失当である。なお、原告は、圧力損失が全くないということは有り得ない旨の本件審決の認定判断は誤りであるとも主張するが、流量計の前後に配管が存在すると否とにかかわらず、電磁流量計自体に流体抵抗がある以上、圧力損失はなくならない。したがつて、本件審決に誤りはなく、原告のこの主張は、失当である。また、原告は、開水路用流量計において、流量計として電磁流量計を用いることは、引用例には何ら開示ないし示唆されていないことを理由として、浮遊物に妨害されないという本願発明の効果を、本件審決が「電磁流量計自体が有している効果であつて」、「格別顕著な効果とは認められない。」と判断したことが誤りである旨主張するところ、引用例に電磁流量計を用いることの開示があるか否かということと浮遊物による妨害を受けないという効果が電磁流量計自体が有している効果であるか否かということとは、全く関係のないことであるからこの主張は論理的に誤りであり、失当である。更に、原告は、本件審決が、せき板を昇降可能にしたことによる保守点検が容易であるという本願発明の効果について、「せき板を昇降可能に設けたことにより予測し得る程度の効果にすぎない」と認定判断したのは誤りである旨主張するが土盛りの堰から流量検出器を取り出すためには、土を掘らなければならないが、せき板で構成された堰から流量検出器を取り出すためにはその必要がないことは自明であり、当然に予測できることであるから、これをもつて格別の効果ということはできない。
6 同4 6の主張について
原告は、本願発明の装置が甲第6号証に潜水形検出器として電磁流量計の特殊検出器の1つとして紹介されていることを理由に、本願発明が従来装置(引用例記載のもの)か当業者が容易に発明をすることができたものではない旨主張するが、引用例の記載事項から容易に発明をすることができたものが、その発明時点から後にいかに評価されようと、それが発明時点にさかのぼつて、容易に発明をすることができないものに変身するはずはないから、原告の右主張は論理的に誤りである。また、原告は、甲第8号証の1ないし4を引用して、日本工業規格は、電磁流量計は管内を流れる導電性液体の流量を測定するものと考え、流量計の前後に管路を接続することを前提として規定されているので、これをそのまま管路を用いず開水路に適用することは、全く考えられていないところである旨主張するが、甲第8号証の1ないし3の原告が指摘する箇所には、「1適用範囲 この規格は、電磁流量計を用いて、管内を流れる導電性液体の流量を測定する方法について規定する。」と記載されており、この規格は、電磁流量計を用いた流量測定法のうち、特に管内流量の測定法について規定しているものであつて、電磁流量計とは管内流量を測定するためのものであるという定義付けをしているものではなく、むしろ、電磁流量計が管内流量以外の測定、すなわち、開水路の流量測定に利用されることを予想し、それを除外しているものといえるので、電磁流量計が管内流量測定のためのものであるとの固定観念があつた旨の原告の主張が失当であることを証明しているものである。また、規格4項(5)と図2は、電磁流量計で管内流量を測定する場合には、それを直管部分に配置すべきことを規定しているのであり、開水路の流量測定に際して、流量計の前後に直管を接続せよとの規定ではない。したがつて、原告の前記主張は、失当である。
第4証拠関係
本件記録中の書証目録記載のとおりであるから、これを引用する。
理由
(争いのない事実)
1 本件に関する特許庁における手続の経緯、本願発明の要旨及び本件審決理由の要点が原告主張のとおりであることは、本件当事者間に争いのないところである。
(本件審決を取り消すべき事由の有無について)
2 本件審決は、本願発明と引用例記載のものとの相違点(1)についての認定判断を誤つた結果、本願発明は引用例の記載事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとの誤つた結論を導いたものであつて、この点において違法として取り消されるべきである。すなわち、
前示本願発明の要旨に成立に争いのない甲第2号証の1(本願発明の特許願書並びに添付の明細書及び図面)及び同号証の4(昭和55年5月24日付手続補正書)を総合すると、本願発明は、電磁流量計をせき板に取り付けた開水路用流量計(測定装置)に関する発明であつて、従来、開水路用流量計としては、上縁に一定形状の切欠部を有するせき板とこのせき板の上流側液面の高さを測定する装置とからなるせき式流量計が用いられていたが、せき式流量計は構造が簡単で再現性が高いという特徴を有する一方、せき板の上下流にかなりの落差が必要で損失水頭が大きい、固形物の沈澱や浮遊物の存在により測定誤差を生じやすい、更にはせき板の設計や位置に関する制約条件が多い等の欠点があり、また、河川流量測定のために電磁流量計を用いることも提案され、電磁流量計は圧力損失がほとんどなく、信号が流量に比例しており、精度が高く、かつ、流体の乱れに強い等の長所を有するが、電磁流量計の発信器内部は常に被測定液体で充満されている必要があり、開水路や暗渠において、被側面液体のいかんによつては全く適用できない場合があるという欠点があつたことから、本願発明は、そうした従来の流量計のもつ欠点を除去するとともに、せき式流量計と電磁流量計の長所を備えた開水路用流量計を提供することを目的ないし課題とし、この課題を解決する手段として、本願発明の要旨(特許請求の範囲の記載と同じ。)のとおりの構成、特に昇降可能なせき板に電磁流量計発信器を備えるという構成を採用することにより所期の目的を達したものであつて、右のようなせき板の上流側液面下に中空孔部の上辺が没する位置に電磁流量計発信器を配置した構成により、①流量計を容易に液体中より取り出すことができ、保守点検が容易となり、突発事故で緊急に水路を開放しなければならない場合にも、せき板を引き上げることにより容易に対処でき、②流量計は開水路を仕切る前のせき板に取り付けるだけでよく、また、流量計の前後には配管すべきパイプラインを必要としないから圧損が全く生じることなく、したがつて、上下流の落差を設けることをさほど要求されず、③電磁流量計は、その流体通過孔に流れの支障となるものを何ら有しないから、開水路という開放された環境のもとで、たとい流れの中に漂流物体を含むことがあつても、これをさえぎることなく通過させることができ、このことによつて測定値が損なわれるとか、流量計自体に損傷を与えるとかの事故を招くことが少ないという優れた効果を奏すること、並びに本願発明の構成要素であるせき板は、開水路中に設けられた工作物で、開水路を上流側と下流側とに分離し、上流から下流へ直接水が流れることを阻止し、それによつて水圧を高めて流れをせき板に備えた電磁流量計に集中させるとともに、電磁流量計を流れの中の所定位置に支持し、保守点検等必要に応じて昇降させる手段としての機能を併せ具有するものであることを認めることができる。他方、引用例が本願発明の特許出願前に国内において頒布された実用新案公告公報であることは原告の明らかに争わないところであり、成立に争いのない甲第3号証によれば、引用例には、河川1、2の分水部に堰3を設け、その堰3の両側には溜水マス4、5を形成してそれぞれ河川1、2と連絡させるとともに、堰3の両側の溜水マス4、5の底部は測定値を機械的に地上の指示部へ伝達する動圧検出型の流量計7を介在した流水管6、6'によつて連通させた河川流量測定装置が記載されている(測定値を機械的に地上の指令部へ伝達する動圧検出型の流量計を介在した流水管によつて連通させた河川流量測定装置が示されていることは原告の認めるところである。)ところ、流量計7の流入側のテーパー管8、流出側テーパー管9の中心に横設したロツド10に嵌装された球状浮子11の摺動の変化によつて流量の変化を把握し、その総流量を計測する水平型流量計7(本件審決にいう動圧検出型の流量計)を用いる場合に、前示の構成を採用した結果、河川1、2の水面はほとんど同一の水面となり、両者の間に差圧を生じないため、球状浮子11の作動は円滑に行われることとなり、右流量計による河川取水における本支流間の流量の計測を正確になし得る効果を奏するものであつて、堰3は、水路中に設けられた工作物で、主流河川1と支流河川2とを分離し、それらの間に直接水が流れることを阻止し、主流河川1の流れを流量計7を介在した流水管6に集中させるという機能を果たし、溜水マス4、5及び流水管6、6'は、主流河川から流入する水の流勢を抑え、その流入流出を円滑にすることにより、主流河川から流入する水の乱れがそのまま流量計7に流れ込むことを防止する機能を果たしているものと認められる。そして、前認定したところに基づき、本願発明と引用例記載のものとを対比すると、本願発明のせき板も引用例記載の堰3も共に水の流れを阻止するために水路中に設けられた工作物、すなわち堰であるから、両者は、本件審決認定のとおり、開水路を横断する堰の上流側液面下に上辺が没する中空孔部を通して下流側へ流れる流体流量を測定することにより、河川流量を測定するという点で一致し、(1)本願発明は昇降可能に設けられたせき板を堰として用いるのに対し、引用例記載のものはかかる構成の堰を用いていない点、(2)本願発明は、流量を測定し、測定データを送信する電磁流量計発信器を備えているのに対し、引用例記載のものは流量測定値を機械的に地上の指針部へ伝達する動圧検出型流量計を備えている点で相違しているものと認められる。
ところで、本件審決は、右相違点(1)について、昭和37年11月25日株式会社コロナ社発行に係る計量管理協会編の計量管理技術双書(5)「流量」第106頁ないし第107頁(甲第4号証)を例示して、溢水型とはいえ、河川流量を測定するためにせき板を用いることは慣用されており、かかるせき板は通常昇降可能に設けること、また放水量制御ではあるが、ダムにおいて堰を昇降させることが慣用されていることを考えると、本願発明において、昇降可能なせき板を用いた点に格別困難性は認められない旨認定判断しているところ、原告は右認定判断を争うので、この点について検討するに、前記文献が本願発明の特許出願前に国内において頒布された刊行物であることは原告の明らかに争わないところ、成立に争いのない甲第4号証によれば、前記文献には、「川の流れや管からの流出量の測定にはせきが用いられる。」との記載に続いて、水流をせき止めて溢水させて河川流量を測定するせき(せき板)の構造及び測定方法が記載されていることが認められ、これらの事実から本願発明の特許出願当時、河川流量の測定に溢水型のせき(せき板)を用いることが慣用されていたものと認められる。しかしながら、右の溢水型のせき(せき板)は、流水をせき止めて溢水を導くために水圧を高める手段であつて、前認定説示の本願発明のせき板とは、その構造および機能を異にするばかりか、前記文献には、かかるせき(せき板)、すなわち、慣用されている溢水型のせき(せき板)は通常昇降可能に設けられるものであるとの記載や右のせき(せき板)を昇降可能に設けることを示唆する記載は全く認められず、また、ダムにおいて放水量制御のために堰を昇降させることが慣用されているとしても、ダムに設けられる堰は、河川流量の測定を目的とするものでないから、何ら流量測定手段を具備しておらず、これを昇降可能とした技術的目的も放水量を制御するためというもので、本願発明における測定手段の保守点検を容易にするという技術的目的とは全く異なるものであり、しかも、右周知の河川流量測定のための溢水型のせきに関する技術とダムの放水量制御のための堰に関する技術とでは、その間に技術的関連性も認められないから、このように技術的目的を異にし、技術的関連性の存しない両技術を組み合わせて、流量測定のための昇降可能なせき板を想到することが容易であるとすることはできない。したがつて、右各技術から、本願発明が昇降可能なせき板を用いた点に格別困難性がないと認められるとした本件審決の認定判断は、誤りというべきである。被告は、本件審決が甲第4号証記載の堰を慣用技術例として挙げたのは、堰としてせき板を用いることとそれにより河川の流れを測定点に集中させることが本願発明と軌を一にするものであるとの趣旨であり、この2つの事項は、測定原理とは関係のないことであるから、それを本願発明に適用することに何らの障壁も存しないし、せき板で構成された堰は、通常昇降可能に設けられるものであり、また、本件審決は、ダムにおけるせき板の昇降の目的(放水量の制御)と本願発明におけるせき板の昇降の目的とに差があることを、「放水量制御ではあるが」と断つたうえで、昇降の必要性を見いだしたこと(目的)が格別のことではないことを含めて、それでも昇降可能なせき板を用いる点に格別困難性は認められないと判断しており、本願審決の認定判断に誤りはない旨主張するが、本願審決が甲第4号証を慣用技術を示す文献として例示した趣旨が被告主張のとおりであるとしても、周知の溢水型のせき(せき板)及びダムにおける堰から、本願発明における昇降可能なせき板を設けるという構成を想到することが容易であると認められないことは前認定説示のとおりである。被告は、右主張において、せき板で構成された堰は通常昇降可能に設けられるものである旨主張し、本件審決がこのような事由をも根拠として、本願発明の昇降可能なせき板を用いるという構成の容易性について認定判断しているかのような主張をしているが、前示本件審決理由の要点に照らせば、本件審決が相違点(1)の認定判断において、「かかるせき板は通常昇降可能に設ける」と認定した「せき板」とは、その直前に記載された河川流量測定に慣用されている溢水型のせきのせき板を指称するものであることは明らかであつて、本件審決が被告の主張するような堰を勘案したものとは到底認めることができない。のみならず、仮に、本件審決の右の「かかるせき板は」という文言が、被告が主張するような、例えば、田への取水するためのせき板で構成される堰をも指称するものであるとしても、このような堰は、河川流量測定用のせき(せき板)とは技術的目的を異にし、流量測定手段を具備するものではなく、また、右の堰を前記周知の溢水型のせき(せき板)と結び付け得る技術的関連性も認められないから、被告主張の点は前認定判断を覆し得るに足りる事項とはなり得ず、したがつて、被告の右主張は採用するに由ない。また、被告は、ダムにおける堰や農業用水取水用のせき板は、電磁流量計発信器の昇降を目的とするものではないが、センサー部分を測定箇所に対して出入自在にすることが、計測の技術分野における技術常識である以上、センサーである電磁流量計発信器もその例外ではないはずであり、その必要性を見いだし、それを取り付けたせき板を昇降自在にすることは、何ら工夫を要することなく着想し得るものである旨主張するが被告が主張するように、センサー部分を測定箇所に対して出入自在にすることが、計測の技術分野における技術常識であるとしても、そのうちの特定の技術分野である河川流量の測定装置に関する技術分野において、センサーである流量計等を測定箇所に出入り自在にすることが技術常識であることを認めしめるに足りる証拠はなく、本願発明の奏する顕著な効果を考量すると、右一般論から直ちに、センサーである流量計を流量測定装置を構成する昇降可能なせき板に取り付けるという本願発明の特徴的な構成を想到することができるとは到底認めることができないから、被告の右主張も採用することができない。
そうすると、本件審決は、本願発明と引用例記載のものとの相違点(1)についての認定判断を誤つたものというべく、右誤りが本件審決の結論に影響を及ぼすことは明らかであるから、その余の点について判断を加えるまでもなく、違法として取消しを免れない。
(結語)
3 以上のとおりであるから、本件審決を違法として、その取消しを求める原告の本訴請求は、理由があるものということができる。よつて、これを認容することとし、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法第7条及び民事訴訟法第89条の規定を適用して、主文のとおり判決する。
(武居二郎 舟橋定之 川島貴志郎)
<以下省略>