東京高等裁判所 昭和59年(行ケ)35号 判決
一 請求の原因一ないし三は当事者間に争いがない。
以下、便宜取消事由(2)から判断する。
二 取消事由(2)について
1 当事者間に争いのない本願発明の特許請求の範囲、先願発明の記載内容、デジタル情報伝送に関する部分を除く審決認定の両発明の一致点及び成立に争いのない甲第二号証(本願発明の明細書)、第三号証(同昭和五四年一二月二八日手続補正書)、第四号証(先願明細書)によれば、本願発明も先願発明も交流波の送配電線を利用して信号波によりある情報を送る場合、送信側は交流波に信号波を結合させて複合波を合成し、受信側は右合成の結果生じた変動パターンによつて表わされる情報を抽出する技術に関するものであることが認められ、前記審決認定の一致点に関する争いは、伝送されるべき情報が両発明において実質的に同一のものと認め得るか否かという点にあるということができる。
2 前記争いのない事実と甲第四号証によれば、先願発明では、信号伝送時に送配電線の各相において周期的に電圧を変化(上昇又は降下)させ、線間電圧の正又は負の各半サイクルの期間が異なるように制御し、受信側でこの期間の差を検出して信号が伝送されたことを知るものであること、これを実施例である別紙図面(二)についていえば、先願明細書には、「変形した波形と変形しない電圧波形(1)との位相は(7)の幅の位相差を生ずる。この位相差を検出するが一例として、入力電圧を非常に低い電圧でリミツタをかける。信号を伝達していない、各サイリスタ導通時は第3図(ロ)で示した量子化された信号となるが、等間隔の信号である。送配電線路電圧に位相差を起こして信号を伝達するときは、第3図(ハ)の量子化信号となる。この波形を、電源周波数以上の周波数をカツトする低域フイルターを通す。信号の送られていない場合は、等間隔の量子化信号であり、平坦な直線となり、検出信号はあらわれない。信号の送られている場合は第3図(ニ)の波形となり、この波形を被制御部で検出して遠隔制御するわけである。」との記載があり(四頁二行ないし一七行)、また、信号の伝送周期について、同明細書には「位相差を起こした信号は、実施例では二サイクル周期であるがn(整数、三、四、五……)サイクル周期で繰返して信号とすることもできるし、更に周期的ではなく、一サイクルを単位として位相をずらして信号とすることもできる。」との記載(五頁四行ないし八行)があることが認められる。
この事実によれば、先願発明ではn(整数)サイクル周期で繰返し位相差をおこして信号を送るか、一サイクル単位でのみ一回限り位相差をおこして信号を送るのであるが、受信側での信号の検出について二サイクル周期の実施例において説明すると、信号が送られていない場合には位相差はなく受信側では第3図(イ)の波形(1)で示す電圧が検出され、リミツタにより変換された同図(ロ)に示す等しいパルス幅の矩形波の出力が得られ、これを前記低域フイルターを通すと平坦な直線的出力が得られるのみで、信号は検出されないから、なんらの作動現象をおこさないが、信号が送られている場合には位相差が生じるため、受信側では第三図(イ)の(4)、(5)、(6)をつなげた波形で示す電圧が検出され、リミツタにより変換された同図(ハ)に示す「広―同―狭―同」とパルス幅の異なる矩形波の出力が得られ、これを前同様低域フイルターを通すと同図(ニ)に示すような電源周波数の二分の一の波形の出力が得られ、これにより信号が送られてきたことを知りこれを信号として検出し、予め約束された必要な作動をするのである。
即ち、先願発明では、受信側において信号を検出した場合に予め約束された所定の作動をすればよく、他方信号を検出しない限りその作動をする必要はないのである。しかして、当然のことながら信号は伝送されない限り受信側でこれを検出することはないのであるから、先願発明は送信側から受信側に対し、「信号を伝送したときは作動せよ、信号を伝送しないときは作動しなくてもよい。」という情報を送つているものということができる。換言すれば、先願発明において信号を伝送しない状態は単なる「無」の状態を意味するのではなく、信号を伝送する「有」の状態とともに一定の情報を送つているものと評価して差支えないのである。
そして、成立に争いのない乙第二号証(「データ通信」ウイリアム、R・ベネツト外一名著、甘利省吾監訳、昭和四一年九月発行)によれば、右のような情報の伝達は、あたかも数値符号化された信号「1」を送るときは「作動せよ」、信号「0」を送るときは「作動しなくてもよい」との意味の情報を送ることと技術的に同視し得るのであり、この場合信号「1」を送らないときは、何も信号を送らないままの「無」の状態にしておくか、「1」とは別に「0」信号を送るかは単なる設計事項であると認めることができる。
3 本願発明において、数値符号化された信号「1」と「0」を組合せて任意の情報を送る場合をも包含するものであることについては当事者間に争いがない。そして、この組合せの最小単位のものとして信号「1」、「0」をみる限り、それは、先願発明における信号伝送の「有」、「無」の状態と技術的に変わるところがないこと及び同発明において信号を伝送しない「無」の状態に代えて、本願発明が信号「1」とは別に信号「0」を送ることが単なる設計事項にすぎないことは前記2に述べたことから明らかである。
のみならず、前掲甲第二号証の本願明細書の「発明の詳細な説明」中の「情報は複合波の最小の識別し得る変動パターンによつて示すことができる。デジタル用語で表現すると、“ビツト”は複合波の間隔の最小の識別し得る変動パターンによつて示すことができる。<省略>または<省略>は複合波に間隔の識別し得る変動パターンが存在するか或いは存在しないか、若しくは二個の異なるパターンによつて示すことができる。この最小の識別パターンは信号波を六〇ヘルツ交流波と結合することによつて作られる。」との記載(一一頁一二行ないし一二頁二行)によれば、本願発明においても、先願発明同様最小限信号を送ることと送らないこと即ち「有」と「無」の組合せによる情報の伝達をも包含しているものと認めることができる。
したがつて、両発明において伝送される情報は(それをデジタル情報と呼ぶか否かはさて措き)実質的に同一であるということができ、「デジタル情報を抽出する」構成についての両発明の対応関係に関する審決の判断に誤りはない。
4 よつて、取消事由(2)は理由がない。
三 取消事由(1)について
1 本願発明の甲要件はその文言自体による限り、何ら具体的内容を有しないものというほかない。
原告は、甲要件は少なくとも交流波のピーク振幅のずれをなくし、電圧を一定とすることを意味するものである旨主張する。なるほど、電圧の変化が交流波の機能に影響を及ぼすものであることについては当事者間に争いがなく、前掲甲第二、第三号証によれば、本願明細書の発明の詳細な説明及び図面には、別紙図面(一)に示すように本願発明では複合波の合成に当り、交流波の電圧のピーク振幅位置に振幅のゼロ交差位置が対応するような信号波を使用することにより、交流波の電圧のピーク振幅が変化しないようにしていることが記載されていることが認められる。
しかし、成立に争いのない乙第一号証(電気工学ハンドブツク、昭和四二年一月発行)によれば、同書には「周波数や電圧の大幅な低下は、需要者側・発電側ともに種々の支障があるので避けるべきである」と記載されていることが認められる(九〇一頁右欄四五行ないし四六行)。右記載によれば、電圧低下により交流波の機能が損われるのはその低下が大幅な場合であつて、右機能を維持するためには、電圧低下を零にするまでの必要はなく、僅少な低下は許容されるものということができる。また、原告の引用する前掲甲第二号証(本願明細書)の一六頁七行ないし一〇行の記載によれば、交流波の機能を維持するためには複合波と電力波のピーク振幅のずれを最小にすることが必要であるとされているが、そのことは逆に両者のある程度のずれは許容されることを意味するものということができる。そうであれば、電圧変化に関する限り、交流波のピーク振幅のずれを零とすることは、交流波機能維持のための絶対の要件ではないというべきである。
また、周波数の変化が交流波の機能に影響を及ぼすことがあることは当事者間に争いがなく、更に波形ひずみ率も交流波の機能に影響を及ぼすことがあることについても当事者間に争いのないことは弁論の全趣旨により明らかである。しかして、前掲甲第二、第三号証によれば、本願発明が周波数の変化による複合波の合成を排除しておらず、また、複合波の合成により波形のひずみが生じているものと認められるから、本願発明においては、電圧のピーク振幅のずれがないとしても周波数の変化や波形のひずみの程度いかんによつては交流波の機能が損われることがあり得るものということができる。
したがつて、本願発明の甲要件を原告主張のように解することは困難である。
2 しかして、交流波に信号波を結合させて複合波を合成することにより情報を伝送する技術において、交流波自体が変調されるものである以上、交流波の機能に多かれ少なかれ影響を与えることは避けがたいところであり、もしその影響の程度が右機能を損う域にまで達すれば、需要者側に原告が例示するような電気器具の故障等電力利用上重大な支障を与え、また、発電側にも電力供給上の種々の支障を与えることになることは前掲乙第一号証により当業者にとつて明らかなところであるから、そのような結果を招来しないよう複合波の合成に当り可能な限りの技術的配慮をするのは当業者として当然のことというべきである。
3 このように、本願発明の甲要件に具体的内容を見出すことができず、他方交流波の機能確保が当業者にとつて当然の技術的要請と認められる以上、前記のように本願発明と情報伝送上の一致点を有する先願発明においても、この技術的要請が当然配慮されているものと認めて差支えない。前掲甲第四号証によるも、先願発明において原告主張のように、電圧低下により生ずる支障を承知のうえであえて複合波を合成し、信号を伝送しているものと認めることは到底できない。
4 したがつて、形式上本願発明が甲要件を構成要件とし、先願発明がこれを構成要件としなかつたからといつて、両者が別発明の構成するものとは認められず、原告主張の取消事由(1)は理由がない。
四 先願発明が本願発明出願前の出願にかかり、本願発明出願後に出願公告されたものであり、両発明の出願人、発明者とも同一でないことは当事者間に争いがないから、本願発明につき先願発明と同一であるとして特許法二九条の二により特許を受けることができないと判断した審決に誤りはない。
五 よつて、原告の本訴請求を失当として棄却する。
〔編註その一〕 本件における特許請求の範囲は左のとおりである。
信号波を所定の機能を有する電力線の交流波と結合させて、この交流波の機能を損うことなく、所定の位置間の時間間隔に伝送されるべきデジタル情報の少なくとも一部を表わす変動パターンを有する複合波を作り、そしてこの複合波から変動パターンによつて表わされるデジタル情報を抽出することを特徴とするデジタル情報を電力線を介して伝送する方法。
〔編註その二〕 本件に関する図面は左のとおりである。
別紙図面(一)
<省略>
<省略>
別紙図面(二)
<省略>
<省略>