東京高等裁判所 昭和59年(行ケ)40号 判決
1 請求の原因1ないし3の事実は当事者間に争いがない。
2 そこで、原告主張の審決の取消事由の存否について判断する。
(一) 前示要旨の本願発明において「法面の安定化と共に緑化をはかるようにした」とは、用いられる吹付け材のモルタルと有機フアイバーの混合比が安定化と緑化とを同時に満足するものであることを意味することは当事者間に争いがない。
しかしながら、成立に争いのない甲第六号証によれば、本願発明の明細書の特許請求の範囲に記載された技術的手段は、右の吹付け材を用いてこれを法面に吹付けて法面を被覆することのみであつて、モルタルと有機フアイバーとの混合比の範囲については、「安定化と共に緑化をはかるように」としているのみで具体的には何らの限定もなく、右以外には法面の安定化と共に緑化をはかるべき何らの技術的手段を講じることも明記されていないこと、発明の詳細な説明にも、「法面の安定化と共に緑化をはかるようにしたこと」なる文言が右以外の格別の技術的意義を有することを明らかにするに足りる記載はないことが認められる。したがつて、本願発明は、法面に吹付けを行う法面工法において、吹付け材として法面の安定化と緑化とを同時に満足するに足りる混合比の有機フアイバー入りモルタルを用いてこれを法面に吹付けて法面を被覆することを必須の構成要件とするものというべきである。
ところで、成立に争いのない甲第四号証によれば、第三引用例記載の発明は、建設工事におけるモルタル又はコンクリートの吹付け工法に関するものであつて、法面をも適用対象とするものであり、「従来使用していたワイヤーラスに適宜な棘状の加工を施し、吹付け材料に繊維若しくは繊維状物質を投入攪拌して吹付けることを特色」(第二欄第一行ないし第四行)とし、これにより吹付け材のはね返り率を減少させて法面への付着をよくし、法面を安定化させるものであつて、混入される繊維もしくは繊維状物質については、その種類に限定はなく(第二欄第三二行には腐食性繊維を混入できる旨の記載がある。)、また、モルタルとの混合比についても格別の限定はなされてないことが認められるが、ただその混合比は発明の目的、技術的課題に徴し少なくとも法面の安定化に寄与するものでなければならないとされていることが看取される。
右認定事実によれば、第三引用例記載の発明は、本願発明と同じく、法面に吹付けを行う法面工法において、吹付け材として有機フアイバー入りモルタルに相当する腐食性繊維を混入したモルタルを用いてこれを法面に吹付けて法面を被覆するものであり、ただ本願発明における有機フアイバー入りモルタルは法面の安定化と緑化とを同時に満足するに足りる混合比のものであるとされているのに対し、第三引用例には、その混合比が前記のとおり法面の安定化に寄与するものであるほか、法面の緑化をも同時に満足するに足りるものであるかについては明記されていない点において、一応相違しているにすぎないというべきである。
原告は、審決が、右相違点について、「第三引用例記載の発明も吹付け材に腐食性繊維入りのモルタルを用いている以上、腐食性繊維の混入比の問題はあるとしても、植物の生育に寄与するものであり、第三引用例に明記していないだけで法面の緑化に関して本願発明と同様の作用効果を奏するもの」と認めたのは誤りであるとし、第三引用例に、セメント四五〇kgに対し、砂一六六一kg、麻繊維一~二kgの割合で混合する旨の記載があることを理由に、「緑化工技術」に記載された技術的事項を援用して第三引用例記載の発明は、植物の生育に適しない旨主張するので、以下に検討する(被告は、原告が「緑化工技術」のセメント混合比に関する記載をとり込んで、あたかも本願発明における混合比がそこに記載された範囲のものであるかのように主張するものとして論難するが((事実摘示第三2(一)(2)参照))、右は、「緑化工技術」を援用して第三引用例記載の発明の要旨についての審決の認定の誤りを攻撃する原告の主張の趣旨を正解しないことによるものであつて、採用できず、したがつて、右被告の主張に対する原告の反論((前同第二4(一)(二)のうち))については、以下の検討からは省くこととする。)。
前掲甲第四号証によれば、第三引用例には、実施例として原告主張の混合比(重量比)の吹付け材が記載されていることが認められ、成立に争いのない甲第一〇号証によれば、「緑化工技術」は本願発明の特許出願後に刊行された技術文献であるが、右文献に掲載されている小田善一郎「硬質地を対象としたON緑化法」には、セメントを、直接種子などと混ぜて吹付ける場合における吹付け材料総量に対するセメントの混合比(容量比)について、「セメントの混合比を<省略>以上にすると植物の生育は著しく劣り、特に<省略>では全く発芽しない。」(第二〇頁左欄第二二行、第二三行)と記載され、この記載と同頁図―3「セメント混合比と生育(三ケ月後)」を総合すると、第三引用例記載の実施例では、セメントの混合比(容量比)は五・五一分の一である(この点は当事者間に争いがない。)ので、種子を吹付け材中に混入して吹付けるときは、植物は発芽してもその生育に適するとはいえないものと認められる。しかしながら、本願発明における緑化は、播種によるものに限定されるものでなく、植栽によるものを含むことは当事者間に争いがないところ、第三引用例記載の前記実施例において、成立に争いのない甲第五号証及び前掲甲第六号証により認められる本願発明の別紙図面第1図に示すように、吹付けたモルタルとは異なる組成の客土中に植物の苗を植栽し、その苗を植栽した部分を除き残りの法面全体にピートモス入りモルタル吹付けを行う方法を採用する場合には、植物の生育に適しないとはいえないばかりでなく、第三引用例記載の発明は、前記実施例に記載された混合比のものに限定されるものでない(前掲甲第四号証によれば、第三引用例記載の発明は、「ワイヤーラスを吹付面に張り、この上に繊維または繊維状物質を混入したモルタルまたはコンクリートを吹付けることを特徴とするモルタルまたはコンクリート吹付け工法」を特許請求の範囲とするものであつて、混入する繊維又は繊維状物質とモルタル又はコンクリートの原材料であるセメントとの混合比については限定されていない。)から、前記実施例に記載された混合比を理由に、第三引用例記載の発明が植物の生育に寄与するものでないとはいえない。
また、原告は、第三引用例記載の発明において吹付け材中に混入される麻繊維は、クツシヨン作用及びからみ付け作用を行うもので、吹付け体とモルタルやコンクリートとの一体化をはかるためのものであり、本願発明のように植物の生育という作用は全く有していない旨主張する。
前掲甲第四号証によれば、第三引用例には、第三引用例記載の方法で吹付けた場合従来の方法に比して著しくはね返り率を減少させることができ、これにより法面の安定化という目的を達成することができる旨記載されていることは原告指摘のとおりであるが、そのことから直ちに第三引用例記載の発明が法面の緑化を達成できる混合比の吹付け材を用いることを排除するものといえないことは前記認定事実に照らし明らかである。
したがつて、第三引用例には、法面の緑化についての明示的な記載は存しないが、第三引用例記載の発明は、モルタルと腐食性繊維との混合比を法面の安定化と同時に緑化をも満足するに足りるものとして用い、これを法面に吹付けて法面を被覆する方法をも含むものというべく、第三引用例記載の発明について、「植物の生育に寄与するものであり、第三引用例に明記していないだけで法面の緑化に関して本願発明と同様の作用効果を奏するもの」とした審決の判断には誤りはない。
(二) 第三引用例記載の発明は、前述のとおり、吹付け材中のモルタル又はコンクリートの原材料であるセメントと腐食性繊維の混合比を法面の安定化と同時に緑化を満足するに足りるものとした吹付け材を用いた法面工法を含むものとすれば、本願発明は第三引用例記載の発明と実質的に同一というべきであるが、審決は、第三引用例記載の発明は、「法面の緑化に関して本願発明と同様の作用効果を奏するもの」と認められるとしたうえで、更に第一引用例及び第二引用例の記載事項を周知技術として援用して、「本願発明は第一ないし第三引用例記載の発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと認められる」と判断しているので、なおこの点についても検討を加える。
成立に争いのない甲第二号証によれば、第一引用例記載の発明は、ポリ酢酸ビニールを用いた地表面の安定化工法に関するものであり、第一引用例には、ポリ酢酸ビニールの乳濁液と種子又は根茎に必要に応じてピートモスなどの土壌、フアイバー類、肥料等を加えた混合物を道路の法面の如き傾斜地に吹き付けた場合には、地表面に種子や土壌、フアイバー類がよく貼り着き、ポリ酢酸ビニールの硬化後は法面が安定化し、高い成功率をもつて緑化しうることが記載されており、また、成立に争いのない甲第三号証によれば、第二引用例記載の発明は、法面緑化吹付工法用組成物に関するものであり、第二引用例には、ピートモスを主成分とし、これにリグニンスルフオン酸塩、ポリビニールアルコール、肥料を配合し、種子及び水を加えた組成物を用いて法面に緑化吹付工法を行つたところ、法面に良好に固着し、雨水による流亡も受けず、植生は極めて良好であつた旨記載されていることが認められる。
右認定事実によれば、粘着物質に有機フアイバーであるピートモスを混入して法面に吹付けて法面の安定化と緑化をはかることは第一引用例及び第二引用例に開示され、本願発明の特許出願当時当業者によく知られていたことが明らかである。
もつとも、第一引用例記載の発明における粘着物質は、ポリ酢酸ビニールであり、第二引用例記載の発明における粘着物質は、ポリビニールアルコールであつて、いずれもモルタルに比して粘着力が弱いことは技術常識上明らかであるが、前掲甲第六号証によれば、本願発明の明細書の発明の詳細な説明にも記載されているように、法面保護工としてのモルタル吹付けやコンクリート吹付け工は、本願発明の特許出願前から行われ周知の方法であると認められる。
したがつて、第三引用例記載の発明において用いられる吹付け材が法面の緑化を満足させるセメント腐食性繊維の混合比のものを含まないとしても、従来周知のモルタルを吹付けて法面を安定化する施工に当たり、モルタルに有機フアイバを混入して安定化と同時に緑化をもはかれるようにすることは、第三引用例記載の発明に第一引用例及び第二引用例により周知の方法を適用することによつて、当業者が容易に想到することができたものというべきである。
原告は、緑化と法面との一体化とを同時に達成できない第一ないし第三引用例記載の各発明を組合せても本願発明は達成できない旨主張するが、本願発明と同一の吹付け材料を混合して法面の吹付けを行う第三引用例記載の発明において、その材料の混合比を法面の緑化をも達成できるものにするため第一引用例及び第二引用例により周知の方法を適用することに格別の困難があるものとは認め難く、本願発明の奏する作用効果も、右適用により通常予測される範囲を出るものではない。
したがつて、「本願発明は第一ないし第三引用例記載の発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと認められる」とした審決の判断には誤りがない。
(三) 以上のとおりであるから、審決の判断は正当であつて、審決には原告の主張する遺法の点はない。
3 よつて、審決の違法を理由にその取消を求める原告の本訴請求は失当として棄却することとする。
〔編註〕 本願発明の要旨は左のとおりである。
法面に吹付けを行う法面工法において、吹付け材として有機フアイバー入りのモルタルを用い、その有機フアイバー入りモルタルを法面に吹付けて法面を被覆し、法面の安定化と共に緑化をはかるようにしたことを特徴とする法面工法。