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東京高等裁判所 昭和59年(行ケ)45号 判決

一 請求の原因一(特許庁における手続の経緯)、二(本願発明の要旨)及び三(審決の理由の要点)の事実は、当事者間に争いがない。

二 そこで、原告主張の審決の取消事由の存否について判断する。

1(1) 引用例に審決認定の事項が記載されていることは、原告も認めて争わないところであるが、原告は、審決が本願発明と引用例記載の発明との間の一致点を誤認したと主張する(取消事由の項4、5)。

この点についての判断は、後記2、3で行うこととするが、この判断、特に取消事由の項4についての判断に当たつては、審決がその前提として行つた、「本願発明の要件(4)の『一周期以上の期間』とは、明細書全文の記載に徴して、『一周期の期間又は複数周期の期間』を意味するものと解される。」との認定、判断の当否がまず検討されなければならないので、この点について判断する。

(2) 成立に争いのない甲第一号証(本件出願の昭和五六年六月二五日付け手続補正書)によると、

本願発明は、「入力信号波形を表示すると共に一又は複数掃引期間にわたつて表示波形をサンプリングすることにより、広帯域、高速の入力信号の処理表示ができる装置を提供すること」及び、「入力信号波形のみならず鋸歯状波電圧をもサンプリングし、夫々ランダム・アクセス型メモリーのデータ及びアドレスとして記憶することにより、入力信号を複数掃引期間にわたつてサンプリングしても容易に再現し得る新規な信号処理表示装置を提供すること」(本願訂正明細書の発明の詳細な説明の項第六頁第一行ないし第一一行)を目的として、前記本願発明の要旨にある構成を採用したことにより、

「入力信号に同期して周期的に鋸歯状波電圧(又はスイープ電圧)を発生し、これら入力信号及びスイープ電圧を陰極線等の波形表示装置の直交二軸に印加して、通常のオシロスコープと同様に入力信号波形を表示する。蓄積記憶したい入力信号波形が表示されている所望時に、所望周期のストローブパルスに応じて表示装置の各軸(例えば垂直・水平及びZ軸)に対応する情報を同時にサンプリングしてデイジタル変換する。このストローブパルスは、入力信号と無関係(非同期)であるので、一又は複数掃引期間中の異なる時点における瞬時入力信号及び時間軸信号をサンプリングしてデイジタル変換する。デイジタル変換されたこれら信号はランダムアクセス型の記憶装置に夫々データ及びアドレス情報として蓄積記憶される。」(同第三頁第一七行ないし第四頁第一二行)との作用が働き、

その作用に基づき、「本発明の信号処理表示装置は、複数掃引期間に亘つて異なる入力信号部分をサンプリングして高速及び高周波入力信号も容易に記憶できる。また、記憶装置のアドレスを順次読出してアナログ変換することにより、各時点にサンプリングされた入力信号部分がサンプリング順序に関係なく恰も実時間でサンプリングされたかの如く表示される。この際にアドレス情報は時間軸情報であるので、入力信号波形が正確に再現でき」(同第四頁第一二行ないし第五頁第一行)、また、「従来装置では不可能であつた高周波反復信号を複数回の掃引期間に亘つてサンプリングして取込むことができ、再生に当つてもアドレス順に読出して正確に入力信号を再現することができる。」(同第一七頁第一三行ないし第一六行)という効果を奏する

ものであることが認められる。

(2) 右にみたところによると、本願発明は、

<1> 鋸歯状波電圧を入力信号に同期させて、時間軸発生器から発生すること、

<2> ストローブパルスを入力信号に非同期に、パルス発生器から発生すること、

<3> 入力信号と鋸歯状波電圧をストローブパルスによつて同時に、サンプリング手段によつてサンプリングすること、

<4> サンプリングされた二つの信号をアナログ・デイジタル変換器によつてデイジタル変換すること、

<5> デイジタル変換された入力信号と鋸歯状波電圧をそれぞれデータとアドレスとして記憶装置(記憶手段)に記憶すること

の各手段を有するものであつて、

ⅰ 蓄積記憶される入力信号が超低周波数の場合は、鋸歯状波電圧の一周期及び入力信号の一周期以上を同時にサンプリングし、

ⅱ 右入力信号が比較的低い周波数の場合は、鋸歯状波電圧の二周期及び入力信号の二周期以上を同時にサンプリングし、

ⅲ 右入力信号がⅱの周波数よりも高い周波数の場合は、鋸歯状波電圧の三周期又はそれ以上の周期及び入力信号の三周期以上を同時にサンプリングする

ものであるということができる。

(3) そこで、本願発明において、入力信号の周波数が新しく設定又は変更された場合に、右設定、変更に応じて、鋸歯状波電圧の何周期の期間をサンプリングするように選定したらよいのかについてみると、前掲甲第一号証によると、本願訂正明細書には、いかなる部分のいかなる手段により、いかなる数の鋸歯状波電圧の周期の期間を選定すべきであるかの点についての記載がないことが認められる。しかし、本願発明においては、入力信号を波形表示手段に表示することを前提とし、右表示に際して、入力信号の周波数に応じて表示態様(例えば、表示される入力信号波形の数や掃引期間等)を任意に変更するものであることが、技術常識からみて自明であり、このことからすると、鋸歯状波電圧のサンプリング周期期間の選定も、右表示態様の変更と同様の掃引選択手段により行うことができるものと考えられる。

そして、前記(2)によれば、右サンプリングには、鋸歯状波電圧の一周期の期間にわたりサンプリングする場合(以下「第一の形態」という。)と、鋸歯状波電圧の複数周期の期間にわたりサンプリングする場合(以下「第二の形態」という。)の二つの形態があるが、両形態とも、信号処理表示装置内に含まれている一つの構成要素であるところのサンプリング手段によつてサンプリングが行われるものであつて、第一及び第二の形態のいずれを選択するかは、右にみたように、信号処理表示装置が当然に具備していると考えられる掃引選択手段の任意の設定によつて行われるものというべきである。

そうすると、本願発明の要件(4)における「入力信号及び鋸歯状波電圧を該鋸歯状波の一周期以上の期間にわたりサンプリングするサンプリング手段」は、「入力信号の周波数の高低に応じて、入力信号及び鋸歯状波電圧を、該鋸歯状波の一周期の期間にわたりサンプリングするか、あるいは、複数周期の期間にわたりサンプリングするかを選択できるサンプリング手段」を意味するものということができる。

このように、本願発明においては、入力信号が比較的低い周波数の場合には、右掃引選択手段を第一の形態に設定して、入力信号を到来順に順次サンプリングしていき、一方、入力信号が比較的高い周波数の場合には、右掃引選択手段を第二の形態に設定して、入力信号の複数周期にわたつて入力信号の異なる部分を順次サンプリングしているものであつて、第一の形態と第二の形態は、信号処理表示装置における一つの構成要素であるサンプリング手段によつてサンプリングを行う場合に掃引選択手段の任意の設定によつてもたらされる作動態様の差異にすぎず、右各形態によつて、その装置自体に何らかの違いが来されるものではないものというべきである。

(4) 被告は、本願発明の要件(4)における「一周期以上の期間」とは任意の期間であつて、右「一周期以上の期間」とは、「一周期の期間」又は「複数周期の期間」を意味する選択的記載と解すべきであると主張する。

しかしながら、特許出願に係る一つの発明に選択的記載があるとすべき場合には、この一つの発明の中に、二つ以上の異なつた技術手段が包含されていて、しかも、右技術手段が選択的に利用されることが規定されていなければならないところ、本願発明では、前記(3)でみたとおり、一つのサンプリング手段を用い、記憶される入力信号が低周波の場合は鋸歯状波電圧の一周期の期間にわたり入力信号と鋸歯状波電圧を同時にサンプリングし、また、右入力信号が高周波の場合は、鋸歯状波電圧の複数周期の期間にわたつて入力信号と鋸歯状波電圧を同時にサンプリングするように動作する一つの信号処理表示装置という要件が採択されたものであつて、「一周期以上の期間」との規定において、サンプリングすべき鋸歯状波電圧の掃引範囲を明示しているにすぎないものである。「一周期以上の期間」との構成要件があることから、それが、選択的記載に該当するということはできない。したがつてまた、被告が主張するように、一つの発明について選択的記載がある場合、「発明の進歩性等の判断の運用に当たつては、二つ以上の発明があるとの認定がなされることがあ」るのが実際であるとしても、本願発明について選択的記載があるとは認められない以上、二つの発明が存するものということはできず、被告のこの点に関する主張は理由がない。

(5) したがつて、審決が、本願発明の要件(4)のうちの「一周期以上の期間」には、「一周期の期間」と「複数周期の期間」の二つの態様があることから、本願発明に二つの発明が包含されることを前提として、引用例記載の発明との間の一致点を認定したことは根本的な誤りである。

2 原告は、「本願発明のオシロスコープは、後者(複数周期の期間)の意味の場合にはサンプリングオシロスコープと解され、引用例のオシロスコープとは相違するが、前者(一周期の期間)の意味の場合には単現象の観測に係るものと解してよいから、引用例のものと格別の相違はない。」とした審決の認定、判断が誤りであると主張する(取消事由の項4)。

この主張についてみるに、1でみたように、本願発明の要件(4)には、選択的記載は含まれておらず、本願発明は、低周波から高周波にわたるまでの広帯域入力信号をサンプリングして蓄積記憶できる一つの信号処理表示装置に係るものであるから、本願発明を「一周期の期間」に係る発明と「複数周期の期間」に係る発明とに分けてそれぞれについて引用例記載の発明と対比することはできない。

審決の右説示の、「オシロスコープ」とは、実時間サンプリングを行うオシロスコープであり、「サンプリングオシロスコープ」とは、等価時間サンプリングを行うオシロスコープのことを指すものと解される(実時間サンプリング、等価時間サンプリングについては、別紙(3)参照)ところ、本願発明を「一周期の期間」と「複数周期の期間」とに分けることはできず、両者の形態がともに一体になつて一つの信号処理表示装置が構成されているのであるから、審決でいう本願発明のオシロスコープが、審決において認定したように第二の形態において引用例記載の発明におけるものと相違する以上、本願発明のオシロスコープと引用例記載の発明とは相違するものといわざるを得ない。

本願発明が二つの発明から成つているとの誤つた前提に立つた審決の前記認定、判断は誤りである。

3 次に原告は、「両者(本願発明と引用例記載の発明)は、時間軸情報を記憶する点でも同じである(引用例の前記ハの記載によると、水平軸レジスタの出力は階段波電圧であるが、この階段波電圧は本願発明の鋸歯状波電圧と同等のものである。)。」とし、「本願発明と引用例のものは、オシロスコープの入力信号のみならず時間軸情報をも記憶手段に記憶する点で同一である」とし、また、「本願発明の要件(4)の鋸歯状波のサンプリングの点も、引用例には記載されてないものの実は示唆されている。なぜならば、引用例の前掲ニの記載によると、時間軸情報を入力信号と同様な取扱いをして、デイジタルに記録することがうかがい知れるからである。」とした審決の認定、判断は誤りであると主張する(取消事由の項5)。

引用例に、「第7図に示すように水平軸レジスタ9の出力は0、1、2、3、……50vなる階段波と」なる(第三頁左欄第七行ないし第九行)との記載(審決認定のハの記載)があることについては、原告も認めて争わないところであるが、成立に争いのない甲第三号証(引用例)によると、引用例記載の発明においては、入力信号に同期した鋸歯状波電圧を発生するものでないばかりか、鋸歯状波電圧をサンプリングして記憶するものでもないことが認められるから、引用例の右記載をもつてしても、そこでいう「階段波」が、本願発明の要旨にある鋸歯状波電圧に対応するものであるということはできない。

したがつて、このように、引用例記載の発明における階段波電圧が本願発明の鋸歯状波電圧と同等のものであるとした審決の認定、判断は誤りであり、このことを根拠としてなした「本願発明の要件(4)の鋸歯状波のサンプリングの点も、引用例には記載されてないものの実は示唆されている。」との審決の認定、判断も誤りである。そして、「両者(本願発明と引用例記載の発明)は、時間軸情報を記憶する点でも同じである(引用例の前記ハの記載によると、水平軸レジスタの出力は階段波電圧であるが、この階段波電圧は本願発明の鋸歯状波電圧と同等のものである。)」とし、「本願発明と引用例のものは、オシロスコープの入力信号のみならず時間軸情報をも記憶手段に記憶する点で同一である」とした審決の認定、判断も、右のように引用例記載の発明における階段波電圧が本願発明の鋸歯状波電圧と同等のものであるとした認定、判断を前提としてなされたものと解されるから、右認定、判断も誤りであるというべきである。

4 以上判示したところによると、「以上を総括すると、本願発明と引用例のものは、オシロスコープの入力信号のみならず時間軸情報をも記憶手段に記憶する点で同一である」とした審決の認定は誤りであり、審決は、本願発明と引用例記載の発明との間の相違点を看過、誤認したものであり、この誤りは、原告主張のその余の点について判断するまでもなく、本願発明の進歩性を否定した審決の結論に影響を及ぼすことが明らかであるから、審決は違法であつて取消しを免れない。

三 よつて、審決の違法を理由にその取消しを求める原告の本訴請求は正当としてこれを認容することとする。

〔編註その一〕 本願発明の要旨は左のとおりである。

周期的入力信号に同期して鋸歯状波電圧を発生する時間軸発生器と、上記入力信号及び上記鋸歯状波電圧を直交二軸に印加して上記入力信号の波形を表示する波形表示手段と、上記入力信号と無関係に所定周期でストローブパルスを発生するパルス発生器と、上記波形表示手段に所望波形が表示されているとき上記ストローブパルスに応じて上記入力信号及び鋸歯状波電圧を該鋸歯状波の一周期以上の期間にわたりサンプリングするサンプリング手段と、該サンプリング手段の出力信号をデイジタル変換するアナログ・デイジタル変換器と、該変換器によりデイジタル変換された上記入力信号及び鋸歯状波電圧を夫々データ及びアドレスとして記憶する記憶手段とを具えることを特徴とする信号処理表示装置。

(別紙(1)の図面参照)

〔編註その二〕 本件に関する図面は左のとおりである。

別紙(一)

<省略>

<省略>

<省略>

別紙(二)

<省略>

<省略>

<省略>

(以下省略)

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