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東京高等裁判所 昭和59年(行ケ)60号 判決

一 請求の原因一(特許庁における手続の経緯)、二(本件考案の要旨)及び三(審決の理由の要点)の事実は、当事者間に争いがない。

二 そこで、原告主張の審決の取消事由の存否について検討する。

1 別紙図面(二)記載の樋受金具が本件考案の実施品であることは当事者間に争いがないところ、原告は、被告は右樋受金具(以下「本件実施品」という。)を、昭和四二年九月頃から奥村幸次商店に対し、昭和四三年二月頃から訴外株式会社ヨシカワに対しそれぞれ販売した旨主張するので、右主張事実の存否について検討する。

(一) 証人奥村幸次は、奥村幸次商店は昭和四二年九月頃より被告から本件実施品を購入した旨供述し、同証人の証言により真正に成立したものと認められる甲第四号証(タカヤマ金属工業株式会社の証明願とこれに対する奥村幸次商店の昭和五七年二月一七日付証明書)には、同証人の供述するのと同一の内容の記載がなされていることが認められる。

ところで、証人奥村幸次は、昭和三九年一二月に同証人の母が死亡し、その三回忌の法事を二、三か月早く行つたが、その時分に被告より本件実施品を購入した記憶があるとし、それを根拠として前記のとおり供述し、また、前記証明書(甲第四号証)も右記憶に基づいて作成したものである旨供述するのであるが、右によれば、本件実施品の購入時期は昭和四一年九月あるいは一〇月となり、同証人の供述する昭和四二年九月という時期と一致せず、甲第四号証の購入時期の記載とも符合しないことは明らかである。また、同証人は、昭和四二年九月頃に被告より本件実施品を購入したことは、その頃に父あるいは祖父母のいずれのためであつたか明確ではないが、法事を行つたことから記憶しているとも供述するが、前記母の三回忌について供述しているところを併せ考えると、同証人の記憶なるものは曖昧であつて、一貫性に欠けるものといわざるを得ない。のみならず、同証人の証言によれば、奥村幸次商店が被告から本件実施品を購入した取引を記入した帳簿は廃棄され、右取引の時期について供述したところも、前掲甲第四号の記載も、帳簿に基づくものではないことが認められることを考慮すると、本件実施品の購入時期に関する同証人の証言及び前掲甲第四号証の記載内容はいずれも措信し難く、他に、被告が奥村幸次商店に対し、原告主張日時頃から本件実施品を販売したことを認めるべき証拠はない。

次に、証人吉川健は、訴外株式会社ヨシカワの前身であるヨシカワ商店は昭和四三年一月末あるいは二月頃より被告から本件実施品中、別紙図面(二)、(1)記載の樋受金具を購入するようになつた旨供述し、同証人の証言により真正に成立したものと認められる甲第三号証(タカヤマ金属工業株式会社の証明願とこれに対する株式会社ヨシカワの昭和五七年二月一八日付証明書)には、本件実施品を昭和四三年二月頃より被告から購入した旨の記載がなされていることが認められる。なお、証人吉川健の証言によれば、株式会社ヨシカワは、昭和四七、八年頃前記ヨシカワ商店が法人化されたものであることが認められる。

ところで、証人吉川健は、前記日時頃より被告から前記樋受金具を購入するようになつたことは、その頃同証人が妻と喧嘩をし、妻が四日間実家に帰つていたことから記憶していて、前記証明書(甲第三号証)も右記憶に基づいて作成したものである旨供述する。しかしながら、同証人は、被告が前記樋受金具の売込みに来た際、右樋受金具について、被告より特許出願、実用新案登録出願のいずれであつたか定かではないが、特許庁に「特許出願」中であるとの説明を受けたと明言しており、本件考案の実用新案登録出願が前記のとおり昭和四三年三月七日であることからすると、同証人の前記記憶が正確なものといえるかは極めて疑わしいものといわざるを得ない。のみならず、同証人の証言によれば、ヨシカワ商店が被告から前記樋受金具を購入した取引を記入した帳簿は廃棄され、右取引の時期について供述したところも、前掲甲第四号証の記載も、帳簿に基づくものではないことが認められることをも考慮すると、前記樋受金具の購入時期に関する同証人の証言及び甲第三号証の記載内容はいずれも措信し難く、他に被告がヨシカワ商店に対し、原告主張日時頃から本件実施品を販売したことを認めるべき証拠はない。

(三) 被告が本件実施品を販売することにより本件考案が公然知られ、又は公然実施をされた旨の原告の主張を肯認できないことは、被告による本件考案の実施品の製造の経過に照らしても明らかである。すなわち、

原本の存在及び成立に争いのない乙第三号証(大阪地方裁判所昭和五二年(ワ)第四一五三号事件における証人福本頼信の証人調書)、第六号証(東京高等裁判所昭和五五年(行ケ)第一四九号事件における原告笹本盛雄本人尋問調書)、第一六号証(同右)、第一九号証(前記大阪地裁事件における証人松谷好子の証人調書)、成立に争いのない乙第五号証(請求書)、第七号証(昭和四九年実用新案出願公告第四一五六八号公報)、第九号証の一ないし四八(納品書控)、第一一号証の一ないし六(金銭出納帳)に弁論の全趣旨を総合すると、被告は、昭和四二年一二月中旬頃本件考案に係る構成のうち屈曲突片7を有しない構成の樋受金具を考案し、同年一二月二七日に実用新案登録出願をしたこと、そして、昭和四三年二月初旬頃山本樋受製作所(山本金一経営)に右考案に係る樋受金具(ねじ部材を除く。)の製造を依頼し、同月下旬頃からその納品を受けるようになつたこと、しかし、被告は、右樋受金具にはいわゆる振れ止めがないために、ボルトナツトを緩めた際樋受主体が回動するという欠点があり、これを改良する必要があることに気付き、右考案のものに屈曲突片7を設けた本件考案を考案するに至つたこと、そして、被告は、同年三月二日頃本件考案の実用新案登録出願手続を弁理士に委任し、同月七日右出願がなされたこと(出願日時については当事者間に争いがない。)、右同日被告は、右出願が完了したことを確認した上、午後七時か八時頃前記山本樋受製作所に赴き、同製作所に対して、前記考案に係る樋受金具(屈曲突片のないもの)の製造を中止して、本件考案に係る樋受金具(取付枠部は別紙図面(一)記載のとおりのもの。ねじ部材を除く。)の製造に切り替えるよう依頼し、右実施品は同月二〇日頃から被告に納入されるようになつたこと、被告はこれを組み立てて、その頃から販売するようになつたこと、以上の事実が認められる。

原本の存在及び成立に争いのない乙第一四号証(昭和五二年審判第一三九八三号事件口頭審理調書・証人山本一郎の証人尋問調書)、第一七号証(前記東京高裁事件における証人山本一郎の証人調書)、第二〇号証(前記大阪地裁事件における証人山本一郎の証人調書)には、前記山本樋受製作所が被告より本件考案の実施品(取付枠部は別紙図面(一)記載のとおりのもの。ねじ部材を除く。)の製造依頼を受けたのは昭和四二年一〇月頃であり、同製作所は三徳金属株式会社に右製造を下請させて、同年一〇月下旬か一一月上旬頃から被告に右実施品を納入するようになつた旨の右各事件における証人山本一郎の証言が記載されており、原本の存在及び成立に争いのない乙第二一号証(前記大阪地裁事件における証人小原邦光の証人調書)には、右記載内容に符合する同証人の証言が記載されていることが認められる。

また、原本の存在及び成立に争いのない乙第一八号証(前記東京高裁事件における証人高山冒照の証人調書)には、高山金属工業株式会社は昭和四二年秋に、被告より本件考案の実施品(取付枠部は別紙図面(一)記載のとおりのもの。ねじ部材を除く。)の製造依頼を受け、同年末頃から納品するようになつた旨の同証人の証言が記載されていることが認められる。

しかしながら、右乙号各証の記載内容は、前掲乙第三、第五ないし第七号証、第九号証の一ないし四八、第一一号証の一ないし六、第一六、第一九号証の各記載に照らして措信できず、他に前記認定を左右すべき証拠はない。

2 次に、原告は、昭和四二年九月東洋金属巽工場に鉄骨スレート葺建物が建築された際、建築請負業者である寺島工務店によつて、右建物の屋根に本件考案と同一の構成より成る別紙図面(三)記載のとおりの樋受金具が取り付けられた旨主張するので、右主張事実の存否について検討する。

成立に争いのない甲第一七号証(確認通知書)、証人明石勉の証言(後記措信しない部分を除く。)、同証言により成立の認められる甲第五号証の一(証明書。後記措信しない部分を除く。)、同号証の二(官署作成部分の成立については争いがない。建築確認申請書)、同号証の三(固定資産台帳)、同号証の四(官署作成部分の成立については争いがない。確定申告書)同号証の五(法人の事業概況説明書)、同証言により東洋金属巽工場の建物における樋受金具の取付状態を撮影した写真であることが認められる甲第五号証の六、右樋受金具を撮影した写真であることが認められる同号証の七、並びに検証の結果を総合すると、昭和四二年九月頃東洋金属は、大阪市生野区巽南三丁目六番一〇号(当時の表示 巽四条町三〇六番地の一)所在の巽工場に鉄骨造スレート葺平家建建物を建築したこと(建築請負人寺島工務店)、右建物の屋根には別紙図面(三)記載のとおりの樋受金具が取り付けられているが、右樋受金具は同証人が東洋金属に入社した昭和四五年一一月にはすでに取り付けられていたものであることが認められ、これに反する証拠はない。そして、別紙図面(三)記載の樋受金具が本件考案の構成と同一のものであることは当事者間に争いがない。

ところで、証人明石勉は、右樋受金具は右建物が建築された当初から取り付けられているものである旨供述し、前掲甲第五号証の一にはこれと同旨の記載がなされていることが認められる。

しかしながら、前記建物が建築された当初から前記樋受金具が取り付けられていたことを裏付ける直接的な資料は存しないし、前記日時に前記建物が建築されたことをもつて、前記樋受金具も同時期に取り付けられたものと推認することはできない(ちなみに、東洋金属巽工場内の建物を撮影した写真であることに争いのない乙第二三号証によれば、巽工場内に存する建物の中には、屋根の一部に樋受金具が取り付けられていないものもあることが認められ、同工場の建物の建築時期と樋受金具の取付時期とが必ず一致するとは限らないことがうかがわれる。)。しかも、被告が本件考案を考案する以前に、本件考案と同一の構成の樋受金具が取引に供されていなかつたことは、前掲乙第三、第六、第一六、第一七号証並びに証人奥村幸次、同吉川健の各証言によつても明らかであつて、この点からいつても、証人明石勉の証言及び甲第五号証の記載中、別紙図面(三)記載の樋受金具が前記建物の屋根に取り付けられたのは昭和四二年九月であるとの部分は措信することができない。

他に、原告の前記主張事実を認めるべき的確な証拠はない。

以上のとおりであるから、(1)被告は本件考案の実用新案登録出願前に、本件考案の実施品を各取引先に販売し、また、(2)東洋金属の建物に本件考案の実施品が本件考案の実用新案登録出願前に取り付けられた事実はいずれも認められないとした審決の認定は正当であつて、審決に原告主張の違法はない。

三 よつて、審決の違法を理由にその取消しを求める原告の本訴請求は失当としてこれを棄却することとする。

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