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東京高等裁判所 昭和59年(行ケ)63号 判決

事実及び理由

一  請求の原因一ないし三は当事者間に争いがない。また、凧に当つた風がその背面に回り込んで乱気流が生じると凧の飛翔の安定性が害されること、この乱気流を調整し、凧の飛翔の安定性を保つために凧に隙間(風穴)を設けることが本件考案出願前において公知であつたことも当事者間に争いがない。

二  本件考案の特徴

右事実と成立に争いのない甲第二号証(本件考案の出願公告公報)、本件考案の実施品であるダイヤ凧の飛翔状態の写真であることに争いのない乙第一四、第一五号証によれば、本件考案出願前において、糸目一本のダイヤ凧のなかには、揚げるとくるくる回るものもあつたので、これを防ぐため下部に長い尾をつけていたが、尾をつけることは手間がかかり、また、近接した凧の尾が相互にからみ合つて凧が落ちることもあるという欠点があつたこと、本件考案はこのような糸目一本のダイヤ凧におこりやすい欠点をなくすことを目的としたものであること、考案者(出願人)である被告は、従来のダイヤ凧が横骨を境として上下の面積比が一対三であることから、下方部分に対する空気圧が大きくなると、凧全体が受ける風圧配分がくずれること及び凧の後方に乱気流が生じるため強風により凧がゆれることに着目し、前記面積比をいろいろ変え、また、乱気流調整のため隙間を作るなどの実験をくり返した結果、ダイヤ凧が本件考案の登録請求の範囲記載の前記(ロ)、(ハ)、(ニ)の要件を全て備えるならば、尾をつけなくても安定して揚がり飛翔することを見出し、かくて本件考案を完成するに至つたことが認められる。

この事実によれば、本件考案のダイヤ凧は右の三要件が何ら技術的脈絡もなく個別的に存在するものではなく、相互に不可分的なものとして結合されたもので、その結果本件考案はその全体構成により、どのような気象条件の下でも(常識上凧揚げが不可能の場合を除く。)、また、縦長タイプであると横長タイプであるとを問わず、ダイヤ凧を尾をつけなくても安定して揚げることができるという顕著な効果を奏することができたものと認められるのである。

三  取消事由(1)について

1  凧の隙間の適度の大きさが凧の大きさ、形状によつて異なるものであることが当事者間に争いがないことは、弁論の全趣旨に照らして明らかなところであるが、本件考案の(ロ)の要件に適合する面積比のダイヤ凧の大きさ、形状は各種あり得るから、予めその全ての場合を想定し、或は全てに共通するものとして、隙間について適度の大きさを具体的に示すことは困難なことといわなければならない。

原告の主張するように、風の強弱が凧の揚げ方に影響を及ぼすこと、風の強弱を含めあらゆる気象条件に適合して乱気流を調整し安定した飛翔を保つ機能を有する隙間を選定することが不可能であることは見易いところである。さりとて、ある気象条件に適合するものとして選定された隙間が少しでも気象条件が変化すれば、直ちに適合性を失うものとも考えられず、一定の大きさに選定された隙間が適合する気象条件はかなり幅があるものと解される。蓋し、隙間が凧の飛翔の安定性を維持する機能を有することが公知であり、成立に争いのない甲第四、第五、第八号証(第一、第二、第五引用例)にはいずれも隙間の大きさが明示されていない凧が記載されていることに照らせば、隙間の大きさと気象条件の関係を右のように解さない限り、隙間を設けた技術的意義は失われてしまうからである。

しかして、本件考案の(ハ)の要件により、隙間を設定する位置はどのダイヤ凧についても共通なものとして特定されているから、当業者として、現実に凧を揚げ飛翔させてみるという程度の簡単な実験をくり返すことにより、ダイヤ凧の大きさ、形状に応じ、それぞれなるべく多様な気象条件に適合して安定した飛翔を保ち得るような大きさの隙間を選定するということは容易であるということができる。

本件考案の登録請求の範囲には隙間の大きさについて記載がなく、本件考案の明細書(甲第二号証)の考案の詳細な説明の項にも具体的にこれを示した記載が見当らないが、前記のようにダイヤ凧につき乱気流調整のため隙間を設けること自体に技術的意義があり、しかも前記要件(ハ)によりその位置が明示されているのであるから、その大きさが凧の大きさ、形状に依存し、かつ当業者が簡単な実験によつてこれを適宜選定し得るものである以上、本件考案の明細書の記載に実用新案法五条三項、四項の違反があるということはできない。

したがつて、原告の請求の原因四、1、(二)の主張は理由がない。

2  次に、同(三)の主張について検討すると、本件考案が隙間の大きさについて明細書に記載しなかつたのは、それが公知であるからでなく、前記1に述べたところによれば、隙間の大きさは凧の大きさ、形状により異なり一義的に表現することのできない性質のものであつて、位置さえ特定しておけば、凧の大きさ、形状に応じ当業者の実験により個別的に適宜選定することが容易であり、また、そのようにして定める方がより飛翔の安定性に資する隙間が得られることによるものであるということができる。したがつて、本件考案における隙間の大きさについての具体的記載がないからといつて、本件考案の権利範囲が不明確であるとか未完成のものであるとかということはできない。また、本件考案が要件(ロ)において面積比を特定したのは公知技術との差を明らかにしたというより、飛翔効果を得るための比率を示したものと解すべきであつて、隙間の大きさの開示と同列には論じ得ない。

更に、成立に争いのない甲第一一号証の被告の著作に係る「新しい凧―作り方、揚げ方、創作」には原告指摘のような記載があるが、それは隙間は効果的に選定することが必要である趣旨を述べたと解されるし、成立に争いのない甲第一〇号証の被告の著作に係る「やさしいはつめいだこ」には原告指摘のような記載があるが、それは効果的と思われる隙間を例示したにとどまるものと解され、いずれの記載も前記の判断をくつがえすものとはいいがたい。

3  以上のとおりであるから取消事由(1)は理由がない。

四  取消事由(2)について

1  前掲甲第四、第五、第八号証(第一、第二、第五引用例)、成立に争いのない甲第六、第七号証(第三、第四引用例)によれば、第一ないし第五引用例には審決の理由の要点4に摘示されたとおりの事項が記載されていることが認められる。

2  各引用例の記載と本件考案を対比すると、第一ないし第三引用例記載の凧は複数本の骨の交点を中心として隙間を設けた点で本件考案の(ハ)の要件と一部共通するが、他の要件を備えておらず、また、ダイヤ凧でないため右の複数本の骨が本件考案のように横骨と縦骨のみにより構成されるものでなく、その意味で右の(ハ)の要件そのものをみたしているとはいえない。また、第四引用例記載の凧はダイヤ凧であり糸目も一本であるから本件考案の(イ)、(ニ)の要件を備えているが、(ロ)、(ハ)の要件は備えていない。更に、第五引用例の二三頁記載の凧はダイヤ凧で、これに隙間を設けた点では本件考案の(イ)の要件を備え、(ハ)の要件と一部共通するが、他の要件を備えておらず、かつ隙間の位置が異なるから右の(ハ)の要件そのものをみたしているものということはできないし、二八ないし二九頁記載の凧は横骨と縦骨のほぼ交点に隙間を設けた点では本件考案の(ハ)の要件と一部共通するが、ダイヤ凧でなく他の要件を備えていない。

ところで、本件考案は前記二に認定したように、凧がその四要件(ダイヤ凧としての三要件)を同時に備えることにより安定した飛翔効果を得ることができるのであるから、その四要件の組合せに特色がみられるのであつて、これを個別的に観察することは、本件考案の四要件の結合性、一体性を無視することとなり相当ではない。しかして、各引用例の前記記載を検討するも本件考案の(ロ)の要件を開示するものはなく、その他の要件について右記載中に部分的に備えているか、一部共通しているものがみられるにとどまり、本件考案の各要件の結合性、一体性を具体的に示唆するものを見出すことはできない。

3  原告は、第四引用例記載のダイヤ凧に第一ないし第三、第五引用例記載の凧に設けられた隙間を適用することは当業者にとつてきわめて容易であり、また、ダイヤ凧の横骨を境とした上下の面積比が一対三のものが本件考案出願前公知であり、風圧配分のバランスを変化させるため、形状と右の面積比を特定のものとすることは普通に行われていたことを理由として、右要件は公知のものの単なる設計変更にすぎない旨主張する。

前掲甲第二号証によれば、本件考案出願前において、横骨の上下の面積比が一対三のダイヤ凧が公知であつたことが認められ、また、第五引用例の前掲甲第八号証によれば新聞紙からダイヤ凧を作る方法が示され、この方法により横骨の上下の面積比が異なる各種のダイヤ凧を作ることができることが認められる。しかし、前記二に認定したように、本件考案においては、ダイヤ凧について(ロ)、(ハ)、(ニ)の各要件を技術的脈絡をもつて結合しているのであり、特に、(ロ)と(ハ)の要件についてみると、考案の過程において先ず隙間の位置を決めてから次いで横骨の上下の面積比を模索したというのではなく、両者を各種組合せる実験をくり返した結果、隙間の位置については(ハ)の要件のように、面積比については(ロ)の要件のように想到するに至つたものということができるのであるから、隙間の位置及び面積比について個別的に公知事実又は公知技術と対比して、本件考案は当業者がきわめて容易になし得るものであるとすることは相当ではない。

原告はこのほか第四引用例(甲第七号証)のダイヤ凧が「尾はつけなくてもあがりますが、」との記載を引用して、本件考案は格別の効果がなく単なる設計変更の域を出ない、と主張する。しかし、同引用例の右記載に続く「高空での安定性をますためにはつけたほうがよいでしよう。」との記載に照らせば、同引用例は同引用例記載のダイヤ凧が、本件考案について前記二で認定したように、どのような気象条件の下でも(常識上凧揚げが不可能な場合を除く。)、尾をつけなくても安定して揚げることができることを開示したものとは認められないので、原告の右主張は採用できない。

4  以上のとおりであるから、取消事由(2)は理由がない。

五  よつて、原告の本訴請求を失当として棄却する。

〔編註その一〕本願考案の要旨は左のとおりである。

ダイヤ凧に於いて、横骨より上の面積と、下の面積を一対一・五~二・二となし、横骨と縦骨の交点を中心として隙間を設け、且つ横骨と縦骨の交点にのみ糸目を有することを特徴とするダイヤ凧。(別紙図面参照)

〔編註その二〕本件に関する図面は左のとおりである。

別紙図面

<省略>

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