東京高等裁判所 昭和59年(行ケ)77号 判決 1985年11月14日
原告
内海征夫
被告
特許庁長官
主文
特許庁が昭和55年審判第21417号事件について昭和59年1月18日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実
第1当事者の求めた裁判
1 原告
主文同旨の判決
2 被告
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
との判決。
第2請求の原因
1 特許庁における手続の経緯
原告は、昭和51年3月10日、名称を「電話転送装置」とする発明について特許出願をしたところ、昭和55年10月28日拒絶査定を受けたので、同年11月27日審判を請求し、昭和55年審判第21417号事件として審理されたが、昭和59年1月18日「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決があり、その謄本は、同年2月20日原告に送達された。
2 本件特許出願にかかる発明の要旨
1 着信電話回線に接続され着信信号を検出する信号受信回路と、この回路の出力により局線起動制御回路を介して応動し発信電話回線に対して直流ループを作るとともにMF信号制御回路を起動する局線起動回路と、前記MF信号制御回路の出力により制御され予め記憶させてある被呼者電話番号信号を送出するMF信号発振回路と、被呼者が応答した場合にこれを検出する被呼者応答検出回路と、この回路の出力によつて作動し着信電話回線に対して直流ループを作るとともに通話路を閉じ前記着信電話回線と発振電話回線とを交流的に接続して両回線間の通話を可能にする応答回路と、被呼者が応答した際に予め記録してある通知音を送出するための通知音制御回路とを備えたことを特徴とする電話転送装置。
2 タイマーを設置してこれによりMF信号制御回路を介してMF信号発振回路より送出する被呼者電話番号信号を変更することを特徴とする特許請求の範囲第1項記載の電話転送装置。
3 着信電話回線に接続され、着信信号を検出する信号受信回路と、この回路の出力に応動し着信電話回線に対して直流ループを作る応答回路と、前記信号受信回路の出力により局線起動制御回路を介して応動し発振電話回線に対して直流ループを作るとともにMF信号制御回路を起動する局線起動回路と、前記MF信号制御回路の出力により制御され予め記憶させてある被呼者電話番号信号を送出するMF信号発振回路と、前記応答回路の作動に応じて閉路するかもしくは被呼者が応答した場合にこれを検出する被呼者応答検出回路の作動に応じて閉路し前記着信電話回線と発振電話回線とを交流的に接続して両回線間の通話を可能にする通話路と、被呼者が応答した際に予め記録してある通知音を送出するための通知音制御回路とを備えたことを特徴とする電話転送装置。
4 着信電話回線にリモートコントロール用の受信回路を接続しこれによりMF信号制御回路を介してMF信号発振回路より送出する被呼者電話番号信号を変更することを特徴とする特許請求の範囲第3項記載の電話転送装置。
5 タイマーを設置してこれによりMF信号制御回路を介してMF信号発信回路より送出する被呼者電話番号信号を変更することを特徴とする特許請求の範囲第3項記載の電話転送装置。
6 着信電話回線にリモートコントロール受信回路を接続し、リモートコントロール信号を受信してこれによりMF信号制御回路の動作を止めMF信号発振回路よりの被呼者電話番号信号の送出を阻止するとともに通話路を閉成することを特徴とする特許請求の範囲第3項記載の電話転送装置。
7 着信電話回線に設けたリモートコントロール受信回路によりリモートコントロール信号の受信がなされる前に、MF信号発振回路より被呼者電話番号信号の送出が行なわれたときは、局線を一旦解放し電話局の交換機の接続動作をリセツトして発信音に戻すことを特徴とする特許請求の範囲第3項記載の電話転送装置。
(別紙(1)参照)
3 審決の理由の要点
本件特許出願にかかる発明の要旨は、前項記載のとおりであり、昭和55年12月27日付手続補正書により補正された明細書の特許請求の範囲の第1項には次のとおり記載されている。
(1) 着信電話回線に接続され着信信号を検出する信号受信回路と、この回路の出力により局線起動制御回路を介して応動し発信電話回路に対して直流ループを作るとともにMF信号制御回路を起動する局線起動回路と、前記MF信号制御回路の出力により制御され予め記憶させてある被呼者電話番号信号を送出するMF信号発振回路と、被呼者が応答した場合にこれを検出する被呼者応答検出回路と、この回路の出力によつて作動し着信電話回線に対して直流ループを作るとともに通話路を閉じ前記着信電話回線と発信電話回線とを交流的に接続して両回線間の通話を可能にする応答回路と、被呼者が応答した際に予め記録してある通知音を送出するための通知音制御回路とを備えたことを特徴とする電話転送装置。
なお、本願の特許請求の範囲の第1項には、「……前記着信電話回線と発振電話回線……」と記載されているが、前後の関係及び発明の詳細な説明に照らして、前記のとおり「……前記着信電話回線と発信電話回線……」と認定した。
これに対し、原査定の拒絶理由に引用された、特公昭45―39648号公報(以下、「引用例」という。)には、着信電話回線に接続され着信信号を検出する信号受信回路と、この回路の出力により局線起動制御回路を介して応動し発信電話回線に対し直流ループを作る局線起動回路と、電話局からのダイヤル音を検出するとダイヤルパルス信号制御回路を起動してその出力により制御され予め記憶させてある被呼者電話番号信号を送出するダイヤルパルス信号発生回路と、被呼者が応答した場合にこれを検出する被呼者応答検出回路と、この回路の出力によつて作動し着信電話回線に対して直流ループを作るとともに通話路を閉じ前記着信電話回線と発信電話回線とを交流的に接続して両回線間の通話を可能にする応答回路とを備えた電話転送装置、が記載されているものと認められる。
本願の特許請求の範囲の第1項の発明(以下、単に、「本願発明」という。)と引用例に記載された発明とを対比すると、両者は、次の1ないし3の点で相違すると認められるが、その余の構成に実質的な差異があるものとは認められない。
1 発信電話回線への被呼電話番号信号の送出が、本願発明では、発信電話回線に対する直流ループの作成とともに行なわれるのに対し、引用例に記載された発明では、直流ループの作成の後ダイヤル音を検出した時に行なわれる点。
2 被呼電話番号信号を、本願発明がMF信号発振回路から送出するのに対し、引用例に記載の発明では、ダイヤルパルス発生回路から送出する点。
3 本願発明の、「被呼者が応答した際に予め記録してある通知音を送出するための通知音制御回路」が、引用例に記載された発明には備えられてない点。
前記の相違点について検討するに、相違点1については、一般に電話局に対し発信(発呼)するために送受話器をオフフツク(直流ループを作成)すると、電話局の交換機において電話番号信号を受信する準備ができたことを表わすダイヤル音が発呼した電話回線に送り返され、これを聴取してダイヤルを行なうことにより確実に電話番号信号を交換機に入力できることは当業者に周知であり、たとえば、同じ時間に同じ交換機に収容された多数電話回線から発信が行なわれた場合等においてはダイヤル音が発信した電話回線に送られないことがあり、その状態で発信電話回線から被呼電話番号信号を送つても交換機へ正確に入力されない可能性があることは明らかである。したがつて引用例に記載された発明のようにダイヤル音を検出して電話番号信号を送出する構成の方が確実に被呼電話機への接続が行なわれることは自明であり、確実な接続に配慮をしない場合には本願発明のように発信のための直流ループの作成とともに電話番号信号の送出を行なうように構成することは当業者が任意に採用しうる設計的事項と認められる。相違点の2については、電話技術において、電話機から発生する電話番号信号として、直流信号の断続によるダイヤルパルス(DP)信号方式と複数の周波数信号を用いる多周波(MF)信号方式が周知であり、いずれの信号方式を用いるかはその電話回線が接続される電話交換機の機能に応じて定まることは明らかである。してみれば、引用例において電話番号信号の発生器としてダイヤルパルス発生器を用いていたのを、本願発明のようにMF信号発振器に変更することは交換機の機能に応じて任意に採用できたものといわざるをえない。さらに、相違点の3については、電話交換機を介する接続動作において接続の状態を加入者電話機に表示または通知するために各状態に応じて異なる信号音を電話回線に送ることが、たとえば、ダイヤル音、話中音、リングバツク音等として周知であるばかりでなく着信側の電話機が応答した時に予め記録された音声を通知することも周知(必要なら、たとえば、特開昭48―70406号公報を挙げることもできる。)である。そうすると、引用例に記載された発明では発信電話回線において被呼電話番号信号を送出した後被呼者が応答したことを検出しているので、その際に被呼者に対してその発信に関する情報を表示または通知を行なうことが望ましい場合には応答検出により通知音を被呼者に送出するような制御回路を設けることは前記周知の技術にもとづいて当業者が容易に想到することができたものというほかない。そして、通知情報の信号形式として信号音または予め記録された音声を使用することは前記周知技術に示されているところである。また、通信音制御回路を設けることによる、転送であることを示す信号音または音声を被呼者に知らせることができるという本願発明の効果は、前記周知の通知のための技術を引用例の発明に応用することにより当然に予測される範囲のものと認める。
さらに、以上の相違点の1ないし3を総合して考えても、そこに格別の作用効果を見出すことができない。
なお、請求人(原告)は、上申書を提出し、その中で特許請求の範囲の補正案を提示しているが、本願出願については審判請求の日から30日以内に既に明細書の補正がなされている。したがつて、請求人に本願明細書につき補正すべき機会が適法に与えられており、かつこの適法に存在した補正の機会を有効に活用しなかつたことに対して特段の理由も見出せない以上、更に明細書の補正の機会を与えるために特許法第159条第2項に規定する拒絶理由を発する必要は認められない。
以上のとおりであるから、本願発明は、前記引用例に記載された発明および周知技術にもとづいて当業者が容易に推考することができたものと認められ、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないというべきであるから、特許請求の範囲の第2項に記載された事項および特許請求の範囲の第3ないし第7項に記載された発明について論及するまでもなく、本願は拒絶すべきものと認められる。
4 審決を取り消すべき事由
引用例に審決が認定した内容の電話転送装置に関する記載があることは争わないが、以下述べるとおり、審決は、本願発明の課題及び構成を着想することの困難性を誤認して、本願発明と引用例記載の発明との相違点3についての認定、判断の誤り、さらに本願発明の奏する顕著な作用効果を看過し、その結果、本願発明は引用例記載の発明及び周知技術に基づいて容易に推考することができたものと誤つて認定、判断したものであつて、違法である。
本願発明は、電話転送装置において、(イ)発呼者には秘密に電話が転送されること、(ロ)転送先は転送元になりすまして電話に出ることができること、(ハ)そのために、どこから転送された電話であるかを示す通知音を転送先に与えるものであることという課題のもとに創作されたものであつて、その構成は、通常の発呼操作による発呼を転送用に設置された手段が検出して自動的に転送手段を付勢し、この転送手段が転送先電話機を発呼し、転送先電話機の応答検出によつて自動的に、すなわち、人手を介さずに、特定の転送元電話機からの転送か、または通常の電話による呼出しかを着信側で識別することができるように、予め記録してある通知音を送出するための、転送元電話機と一体に結合された通知音送出手段を採用した点に特徴がある。そして、右構成により、本願発明にかかる電話転送装置においては、発呼者よりの発呼があつた場合に、相手方が不在であつても、自動的に、発呼者には秘密に電話が転送され、転送先には転送電話装置よりの転送であることや転送元電話機の設置場所等を認識させる通知音を与え、転送先は転送元になりすまして通話することができるという顕著な作用効果を奏するものである。
ところで、引用例記載の電話転送装置は、本願発明の「被呼者が応答した際に予め記録してある通知音を送出するための通知音制御回路」を備えていないものであるところ(相違点3)、審決は、電話交換機を介する接続動作において接続の状態を表示または通知するための各状態に応じてダイヤル音、話中音、リングバツク音等異なる信号音を電話回線に送ること及び着信側の電話機が応答した時に予め記録された音声を通知することがいずれも周知であるとして、電話転送装置において、被呼者に対してその発信に関する情報を表示または通知することが望ましい場合には、応答検出により通知音を被呼者に送出するような制御回路を設けることは、右各周知技術に基づいて当業者が容易に想到することができたものである旨認定、判断している。
しかしながら、ダイヤル音、話中音、リングバツク音等は交換機から発呼者に対して電話機の状態を示すために送出される音であつて、このような可聴音を送出する技術は、本願発明の特徴である前記通知音送出手段とは全く無関係であつて、右技術手段を示唆するところは全くない。
また、審決において、着信側の電話機が応答した時に予め記録された音声を通知することが周知であることを例証するために、引用された特開昭48―70406号公開特許公報(甲第3号証、以下「周知例1」という。)記載の発明は、発呼先電話機から指定された電話番号に対応する電話機との間を自動着信課金サービスの目的をもつて接続し、被呼者が応答したときに料金支払いの承諾を得るために予め記録しておいた音を送出する自動着信課金サービスに関するものであつて、本願発明とはその課題、構成及び作用効果を異にしており、本願発明における通知音送出手段に関する技術を示唆するものではない。
さらに、被告が本訴において、被呼者が応答した際に予め記録してある通知音を発信側である電話装置から着信側へ送出する技術が本願発明の出願当時周知であつたことを立証するために提出した特開昭49―57797号公開特許公報(乙第1号証、以下「周知例2」という。)及び特開昭48―89696号公開特許公報(乙第2号証、以下「周知例3」という。)は、いずれも単なるメツセージ送出装置に関するものであつて、電話転送装置とは全く関係なく、これまた本願発明における通知音送出手段に関する技術を示唆するものではない。
以上のとおり、周知例1ないし3は、電話転送装置における本願発明のような通知音送出手段に関する技術を示唆するものではなく、引用例及びこれらの周知例に基づき本願発明の課題及び構成を着想することは困難であり、また、本願発明は前記のとおりの顕著な作用効果を奏するものであるにもかかわらず、審決は、これらを看過誤認し、その結果、本願発明に関する進歩性の判断を誤つたものである。
第3被告の答弁及び主張
1 請求の原因1ないし3の事実は認める。
2 同4は争う。
審決の認定、判断は正当であり、審決には原告主張のような違法はない。
引用例には、審決が認定した内容の電話転送装置に関する記載がなされているが、引用例記載の電話転送装置は、発信電話回線が起動して被呼者電話番号信号(ダイヤル信号)が電話局へ送られると電話交換機の作用により被呼者電話機に接続され、被呼者が応答すると電話交換機の作用により発信側電話機の電話線の電圧極性が反転されて、これを転送電話装置の発信側電話機の応答検出回路で検出し、この応答検出回路の出力によつて着信電話回線に対し直流ループを作る(発呼加入者電話機へ応答を行うことを意味する。)制御とともに発信電話回線との接続の制御を行うものであつて、例えば、自宅または事務所を不在した時に、そこにかかつてくる電話を、別の予め指定された別の場所の電話に転送することができるという点では本願発明の主たる目的と一致している。
引用例記載の電話転送装置は、本願発明の「被呼者が応答した際に予め記録してある通知音を送出するための通知音制御回路」を備えていないけれども、被呼者が応答した際に予め記録してある通知音を送出する技術は、本願発明の特許出願当時周知のものである。
すなわち、周知例1には、発信側である交換機から着信加入者(被呼者)への接続が行われて呼出しが行われ、被呼者が応答すると、これを電話線A、B、の極性反転検出リレーEの動作により検知して通知情報であるアナウンスBが被呼者に通知される、という動作を行う技術が示されている。
また、周知例2及び3には、火災、侵入などの異常状態を検出すると、そこに設置された電話装置の電話回線が捕捉され自動ダイヤルにより特定の相手方を呼出し、相手方(被呼者)が応答すると、応答検出手段の出力により、予め記録されたメツセージが送出される技術が示されている。これによれば、被呼者が応答した際に予め記録してある通知音を発信側である電話装置から着信側へ送出する技術が示されており、そのための通知音制御回路が含まれていることは明らかである。
右のとおり、被呼者が応答した際に予め記録してある通知音を送出する技術は周知であるから、例えば、転送先の被呼側電話機に応答する人にとつて、発呼者と通話する前に転送電話からの呼出しであることを知つている方が営業政策等のうえで望ましいというように、被呼者応答時にその発信に関する情報を表示または通知を行うことが望ましい場合には、引用例記載の電話転送装置に右周知技術を適用して、応答検出回路の出力により予め記録された通知音を送出させるように制御することは、当業者が容易に想到することができたものというべきである。
原告は、周知例1ないし3に記載されている技術は、本願発明とはその課題を異にしていて、本願発明における通知音送出手段に関する技術を示唆するものではない旨主張するが、右各周知例に示される技術は、被呼者応答時に予め記録された通知音を送出する技術であり、本願発明と引用例記載の発明との実質的相違点が、「被呼者が応答した際に予め記録してある通知音を送出するための通知音制御回路」を備えるかどうかという点だけにあり、他に具体的構成に相違がない以上、右相違点に対応する同様の機能を有する右周知技術を適用することは自然のことであり、右適用をするために、周知例に本願発明の課題(但し、原告が主張する、転送先は転送元になりすまして電話に出ることができることという課題は、明細書のどの部分に記載されているのか明確ではない。)が開示または示唆されていなければならないということはない。
また、原告は、審決において周知技術として引用されたダイヤル音、話中音、リングバツク音等の技術は、本願発明の特徴である前記通知音送出手段とは全く無関係である旨主張するが、審決の引用の趣旨は、電話機からダイヤルにより相手方の電話機を呼び出す電話技術において、電話をかけている発信加入者に接続の状態を表わす可聴信号音を報知する技術が周知であることを示すためのものである。
さらに、原告は本願発明の奏する作用効果の顕著性を主張するが、右作用効果は、引用例記載の電話転送装置に前記周知技術を適用することによつて、当然に予測されるところである。
なお、本願発明は、特許請求の範囲第1項の、「(上略)被呼者応答検出回路と、この回路の出力によつて作動し着信電話回線に対して直流ループを作るとともに通話路を閉じ前記着信電話回線と発信電話回線とを交流的に接続して両回線間の通話を可能にする応答回路」を構成要件としている。ところが、この構成によれば、被呼者が応答をすると応答回路の動作により発呼者と被呼者とが接続されて通話可能になり、本願発明の別の構成要件である「被呼者が応答した際に予め記録してある通知音を送出するための通知音制御回路」の通知音送出動作が通話可能な状態になる動作と並行して行われることになり(通知音が発呼者へも送られ、発呼者からの音声も発生する。)、本願発明の構成は必ずしも、通話前に被呼者に転送電話であることを知らせるという効果を奏するものとはいい難い。
以上のとおりであつて、本願発明は、引用例記載の発明及び周知技術に基づいて当業者が容易に推考することができたものであるとした審決の認定、判断に誤りはない。
第4証拠関係
証拠関係は、本件訴訟記録中の書証目録記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。
理由
1 請求の原因1ないし3の事実は当事者間に争いがない。
2 そこで、審決を取り消すべき事由の存否について検討する。
1 成立に争いのない甲第4号証、第9号証によれば、本件特許出願にかかる特許請求の範囲第1項ないし第7項記載の発明は、「不在時に掛つてきた電話を自動的に人間が直接出られる他の電話機に切換えるとともに各種の機能を付加して多機能化した(これに続く「ことのできる」という原文の文字は補正に当たり削除するのを看過したことによる誤記と認める。)電話転送装置を提供しようとするもの」(明細書第5頁第10行ないし第13行、昭和55年12月27日付手続補正書第2頁第3行ないし第7行)であり、前示発明の要旨記載の構成を採用したことにより、例えば、「ある得意先が電話機Aを用いて電話機Bを呼んだ場合に、営業所の所員が不在であると、電話機Bのベルが鳴るとともに本発明転送装置Sが起動してプツシユホンCから発信し、予め記憶させておいた転送先の電話機Dの番号のMF信号を自動的に送信する。電話機Dが応答してプツシユホンCと電話機Dが接続されると直ちに本発明装置の応答回路が動作し電話機Bのベルが鳴り止み、同時に電話機Aは本発明装置の仲介であたかも電話機AとBとで話しているようにDとの間で通話できる」(明細書第6頁第4行ないし第14行)こと、「通信音制御回路9は被呼者を呼び出す際、磁気記録装置等に予め記録してある通知音を送出してこれが転送されたものであることを報せるものである。この通知音としては単なる発振音でなく、場合により「東京」「大阪」等の音声を単時間繰り返すことにより転送された営業所名を告知する手段を取ることもできる」(明細書第8頁第13行ないし第19行)こと、したがつて、右電話転送装置は、「設置個所に人が不在の場合にも、自動的に予めセツトされた他の電話機に転送して発信者に不快感を与えることなく通話を可能とするもの」(明細書第12頁第8行ないし第11行)であることが認められる。
右認定事実によれば、本願発明にかかる電話転送装置においては、発呼者からの発呼があつた場合に、相手方が不在であつても、転送用に設置された手段が右発呼を検出して自動的に転送手段を付勢し、予め指定された転送先電話機を発呼するが、転送先が応答した際には、転送先において、それが特定の転送元電話機からの転送であることを認識できるように、通知音を送出する手段が講じられており、転送先は転送電話であることを認識して、発呼者と通話をすることができるものであることが認められる。
2 引用例には、「着信電話回線に接続され着信信号を検出する信号受信回路と、この回路の出力により局線起動制御回路を介して応動し発信電話回線に対し直流ループを作る局線起動回路と、電話局からのダイヤル音を検出するとダイヤルパルス信号制御回路を起動してその出力により制御され予め記憶させてある被呼者電話番号信号を送出するダイヤルパルス信号発生回路と、被呼者が応答した場合にこれを検出する被呼者応答検出回路と、この回路の出力によつて作動し着信電話回線に対して直流ループを作るとともに通話路を閉じ前記着信電話回線と発信電話回線とを交流的に接続して両回線間の通話を可能にする応答回路を備えた電話転送装置」(別紙(2)参照)が記載されていること、引用例記載の電話転送装置には、本願発明における「被呼者が応答した際に予め記録してある通知音を送出するための通知音制御回路」が備えられていないこと(審決が指摘する相違点3)は、当事者間に争いがない。
3 被告は、周知例1ないし3に示されるように、被呼者が応答した際に予め記録してある通知音を送出する技術は本願発明の特許出願当時周知であつたから、転送先の被呼者が応答した際にその発信に関する情報の表示または通知を行うことが望ましい場合には、引用例記載の電話転送装置に右周知技術を適用して、応答検出回路の出力により予め記録された通知音を送出させるように制御することは、当業者が容易に想到することができたものというべきであり、本願発明の作用効果も当然予測されるところであつて、審決の認定、判断に誤りはない旨主張するので、まず周知例1ないし3に示される技術内容について検討する。
成立に争いのない甲第3号証によれば、電話交換機において、発信加入者の要求に基づく特殊な通話形態を設定するような電話サービスのうち自動着信課金サービスでは、発着両加入者の通話に先立ち、着信加入者による相手方の確認及び通話の諾否の判断に資するため、着信加入者に対し、発信者名など所要の情報を通知するのが一般的であるところ、周知例1に記載されている発明は、この「着信加入者に対し所要の情報を通知する通知方式に関するもの」(明細書の項第2欄第2行ないし第4行)であり、周知例1には、「着信加入者への通知内容は発信者名、発信地名(または発信局名)の発信加入者に応じて内容の異なる相手確認のための情報(可変情報)とサービスの内容、操作方法等の予め決められた内容の情報(着信加入者に対する固定情報)とで構成され」(同第4欄第3行ないし第8行)、「着信加入者が応答時、まず着信加入者に対する固定情報を予め録音されている録音再生装置より自動通知し、同時に発信加入者に対しては該発信加入者の発信者名、発信地名(または発信局名)を着信加入者へ直接告げることを要求する旨の情報を予め録音されている録音再生装置より自動通知を行ない、上記発着両加入者に対する自動通知が同時に終了するように制御し、該自動通知終了後一定時間着信加入者に対し発信加入者より直接可変情報を通知するものである。」(同第4欄第9行ないし第20行)と記載されていることが認められる。
次に、成立に争いのない乙第1号証によれば、周知例2記載の発明は、「自動ダイヤル通報装置、特に火災、侵入などの異常事態が発生した時、これを検出しその検出信号により、電話回線を利用して特定の場所へ自動ダイヤルし、異常事態発生の旨を通報する自動ダイヤル通報装置に関する」(明細書の項第1欄第17行ないし第2欄第4行)ものであり、周知例2には、異常事態を検出するとそこに設置された電話装置の電話回線が捕捉され自動ダイヤルにより特定の相手方を呼び出し、相手方(被呼者)が応答すると、応答検出手段の出力により、予め記録されたメツセージが送出される技術が示されていることが認められる。
成立に争いのない乙第2号証によれば、周知例3記載の発明は、「電話回線を利用して防災情報を自動的に監視所に通報するようにした装置に関する。」(明細書の項第1頁左欄第18行、第19行)ものであり、周知例3には、「この発明によれば、例えば一つの建物に設けられた複数の防災感知器の一つが動作すると、これ等に対して共通の起動スイツチが動作して、これにより所定のダイヤル信号が電話回線を通つて送出される。このダイヤル信号により監視所が応答すると、この応答信号と上記防災感知器の動作とにより、その感知器に対応した、その防災内容を示す情報を記憶した手段が読出され、これが上記電話回線を通じて送出される。」(同頁右欄第12行ないし第20行)と記載されていることが認められる。
以上認定の事実によれば、周知例1ないし3には、被呼者が応答した際に予め記録してある通知音を送出する技術が示されており、右技術は本願発明の特許出願当時周知であつたことが認められるが、周知例1記載の発明は電話交換機において着信加入者が応答時に、着信加入者に対し所要の情報を通知する通知方式に関するもの、周知例2記載の発明は自動ダイヤル通報装置に関するもの、周知例3記載の発明は電話回線による自動防災通報装置に関するものであつて、いずれも電話転送装置とは直接の関連性を有しないものであるから、電話転送装置において、転送先が応答した際、転送先において、それが特定の転送電話機からの転送であることを認識できるように通知音を送出する技術に利用しうることを、右周知技術が示唆しているものということはできない。
なお、審決において、ダイヤル音、話中音、リングバツク音等が周知のものとして挙示されている趣旨は、電話交換機を介する接続動作において接続の状態を加入者電話機に表示または通知するために各状態に応じて異なる信号音を電話回線に送る技術が周知であることを示すためのものであり、その限りにおいて当該技術内容を引用するにすぎないことは、審決の説示自体から明らかであるところ、右技術が前記機能を有する通知音を送出する電話転送装置の技術を示唆するものでないことは明白である。
そして、電話転送装置に右通知音制御回路を結合することによつて、転送先電話機に応答する者は、それが通常の電話ではなく、特定の転送元電話機からの転送電話であることを明確に認識することができ、発呼者との間に意識のずれを生ずることなく(右通知音制御回路の備えられていない電話転送装置においては、転送先の被呼者は、当該発呼が通常の電話であるのか、あるいは転送による電話であるのかを識別することができず、一方発呼者は最初にかけたところと通話しているものと認識しているから意識のずれを生じ、両者の間に適切な応答ができない場合が生ずる。)、通話することができるという格別の効果が当業者において当然に予測できるような範囲内のものとは到底考えられない。
被告は、本願発明においては、転送通知音が転送先の被呼者に送られるのに平行して、発呼者からの音声も被呼者に伝達され(また転送通知音が発呼者へも送られ)るので、本願発明の構成は必ずしも通話前に被呼者に転送電話であることを知らせるという効果を奏するものでない旨主張するが、もともと、本願発明は、被告の指摘するような効果に係わりなく、被呼者に転送通知音を送るという構成を採ることにより充分の効果を生ずるものであるから、本願発明が被告の指摘するような効果を奏するものでないからといつて、前記のような本願発明が奏する効果の顕著性を損うものでないというべきである。
以上のとおり、周知例1ないし3には、電話転送装置において、転送先が応答した際、転送先において、それが特定の転送元電話機からの転送であることを認識できるような通知音を送出する技術に利用しうることを示唆するところはなく、引用例記載の電話転送装置に前記周知技術を適用して、応答検出回路の出力により予め記録された通知音を送出させるように制御する本願発明のような構成を採用することは、当業者が容易に想到することができたものとは認め難いし、しかも、本願発明は前記のような顕著な作用効果を奏するものであるから、本願発明は引用例記載の発明及び周知技術に基づいて当業者が容易に推考することができたものとした審決の認定、判断は誤つているものといわざるをえず、審決は違法として取消しを免れない。
3 よつて、審決の取消しを求める原告の本訴請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第7条、民事訴訟法第89条の各規定を適用して、主文のとおり判決する。
(蕪山嚴 竹田稔 濱崎浩一)
<以下省略>