東京高等裁判所 昭和59年(行ケ)97号 判決
【事実】
第二 請求の原因
一 特許庁における手続の経緯
原告は、昭和四九年六月一二日、別紙のとおり「吉向焼」の漢字を横書きしてなる商標(以下「本願商標」という。)につき、第一九類「台所用品、日用品」を指定商品(後に昭和五五年九月八日付手続補正書をもつて第一九類「陶磁器製日用品、陶磁器製台所用品」に補正される。)とし、昭和四五年商標登録願第四〇八三七号(登録第一一〇四九四〇号)、昭和四五年商標登録願第四〇八三八号(登録第一三七九五〇九号)、昭和四五年商標登録願第四〇八三九号(登録第一二三六二四一号)及び昭和四九年商標登録願第七九六二七号の各商標との連合商標として商標登録出願をしたところ(昭和四九年商標登録願第七九六二六号)、昭和五三年三月二二日拒絶査定を受けたので、同年七月一〇日これに対する審判を請求し、特許庁昭和五三年審判第一〇八七六号事件として審理されたが、昭和五九年二月六日右審判の請求は成り立たない旨の審決があり、その謄本は同年三月五日原告に送達された。
二 本件審決の理由の要点
本願商標の構成及び指定商品は、前項記載のとおりである。
よつて検討するに、「原色陶器大辞典(加藤唐九郎編、株式会社淡交社昭和五四年五月一五日発行)」、「やきもの辞典(編者光芸出版、株式会社光芸出版昭和五一年三月二五日発行)」等には、「吉向焼」は初代吉向治兵衛(通称亀次)が明和初年京都で陶法を修め、大阪の十三に開窯し、初め亀次の名に因んで亀甲焼と称したが、水野忠邦候(ママ)から吉向号を拝領して以来吉向焼を名乗り、のち江戸に移つたが、その名声はいよいよあがり、周防岩国藩主吉川候、信州須坂藩主堀候、美作津山藩主松平候に招かれて各地において焼いており、初代治兵衛は江戸で没したが江戸での養子が江戸吉向となり(江戸吉向は明治に入つて廃窯した。)、大阪吉向は亀治によつて受け継がれ、その後五代目になつて松月軒吉向と十三軒吉向の二家に分かれた(現在の東大阪市日下町の十三軒と枚方市の松月軒とがそれである。)旨が記載されており、また、「新訂陶磁用語辞典(編者雄山閣編集部、雄山閣出版株式会社昭和四九年三月二五日発行)」には、初代治兵衛は江戸、摂津、伊予、信濃等で焼いているため各地に吉向焼がある旨記載されている。これらの記載によれば、「吉向焼」なる陶器は古くから前記の各地において焼かれており、それぞれの土地にあるものと認め得るところであるから、陶磁器の取引者間においては焼物の一種を指称するものとして理解されているものといえる。
しかして、本願商標は「吉向焼」の文字を普通に用いられる書体をもつて横書きしてなるものであるから、これをその指定商品中例えば茶わん、さら等の陶器製商品に使用するときは、この種商品の取引者は前記の事情よりして、その商品が焼物の一種たる「吉向焼」であることを表現する文字として理解し把握するに止まり、自他商品の識別標識とは認識し得ないものといわなければならない。
してみれば、本願商標はその指定商品中吉向焼の茶わん、さら等の陶器製商品については商品の品質を表示するにすぎないものであり、また、これを前記商品以外の陶磁器製商品に使用するときは、その商品の品質について誤認を生じさせるおそれがあるものといわざるを得ないから、結局、本願商標は商標法第三条第一項第三号及び同法第四条第一項第一六号に該当し、登録を受けることができない。
なお、請求人は、本願商標について、原審甲第一号証(吉向窯の由来のパンフレツト)に記載されているとおり、天明元年に吉向家の初代十三軒松月が将軍家の慶事に際して亀鶴の食篭を献上し、亀甲にちなんだ「吉向」の窯号を賜つたものであり、吉向家は代々受け継がれ、請求人は第七世に当り「松月」を号して株式会社吉向陶荘の代表者として製陶業に勤しんでおり、自ら製作する芸術陶器及び株式会社吉向陶荘にて製造する陶板料理等の陶磁器製日用品、台所用品には必ず「吉向」の商標を表わしている、吉向窯にて製作される陶器は緑色が有名であつて原審甲第二号証(昭和四六年ないし昭和五〇年の既往五か年売上高表)に示されているように売上総量は増加の一途を辿つており、昭和五〇年度には一二、〇五〇点に達した、これは商標「吉向」及び「吉向焼」が需要者、業者間にて商品が請求人の業務に係るものであると認識されるに十分な数字である。本願商標「吉向焼」は吉向家当主の請求人とその縁者及び株式会社吉向陶荘においてのみ、焼物に使用する商標であつて、吉向家以外の者が「吉向」「吉向焼」の商標を焼物に使用することはあり得ないし、本願商標は吉向家ゆかりの者が家伝の手法に従つて製作した焼物を意味し、吉向家以外の者が本願商標を使用することはないのであるから、焼物に「吉向焼」の語を表示した場合、直ちに請求人と直結し、商品の出所を表示できるのである旨主張している。
しかしながら、原審甲第一、第二号証のみをもつてしては本願商標がその指定商品に使用された結果、取引者、需要者間において請求人の業務に係る商品であると認識されるに至つたものとは認め得ないところであるから、請求人の主張は採用し難い。
【理由】
一請求の原因一及び二の事実は、当事者間に争いがない。
二そこで、審決にこれを取消すべき違法の事由があるかどうかについて判断する。
1 <証拠>によれば、吉向焼は、江戸時代後期の文化年間に伊予国大洲出身の戸田治兵衛が大阪十三村で焼いたのに始まり、江戸、摂津、周防、信濃の各地において焼かれていた陶器であることが認められ、審決が、「吉向焼」なる標章は、陶磁器の取引者間においては焼物の一種を指称するものとして理解されている、としたことに誤りはない。
右認定に反する請求の原因1の主張は理由がない。
2 原告は、「吉向」の銘を印して陶磁器の製造販売しているのは原告のみであり、「吉向」の銘を印した原告製造にかかる陶磁器製品は既に多量に販売されているから、本願商標を使用した陶磁器が原告の製作にかかる作品であることは、陶磁器の取扱業者、需要者に認識されるに至つており、本願商標は出所表示機能を備えている旨主張する。
しかし、「吉向」の銘を印した陶磁器製品が原告の製造にかかるものとして陶磁器の取扱業者、需要者に認識されているかどうかはともかくとして、本願商標は「吉向焼」の標章からなる商標であるから、「吉向」の標章についていえることが、「吉向焼」の標章について妥当することにはならず、この点において原告の主張はすでに理由がなく、<証拠>も「吉向焼」の標章から成る本願商標が使用による特別顕著性を備えるに至つたことを認めしむるに足るものではなく、<証拠>も、原告の依頼により予め用意された文面を用いその取引先が好意的に作成したものであることなど弁論の全趣旨によれば、一般需要者にまで本願商標が原告の製作する商品を表示するものとして広く認識されていることを証するものとはなし難く、他にこれを認めるに足る証拠はない。原告の主張は理由がない。
(舟本信光 杉山伸顕 八田秀夫)