東京高等裁判所 昭和59年(行コ)2号 判決 1984年4月16日
控訴人(原告) 西山敏子
被控訴人(被告) 横浜市建築主事
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
第一当事者の申立て
一 控訴人
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人が、訴外大蔵産業株式会社(以下「訴外会社」という。)に対し、確認番号五四南第二九八号により建築確認(以下「第一次確認」という。)をした建築物について、昭和五五年二月五日付でした検査済証の交付(以下「本件検査済証交付」という。)を取り消す。
3 被控訴人が、訴外会社に対してした昭和五四年九月一一日付確認番号五四南工一〇号による建築確認(以下「第二次確認」という。)は無効であることを確認する。
4 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
二 被控訴人
本件控訴を棄却する。
第二当事者の主張
次のとおり補正するほかは、原判決事実摘示のとおりであるから、これをここに引用する。
一 原判決三枚目裏二行目に「(一)」とある次に「(1)」を加え、同四枚目表一、二行目を「(2) 前項の事実は、建築確認申請書に敷地の境界線を明示した配置図の添付を要求する建築基準法施行規則一条違反にもあたる。」と、同三行目に「(2)」とあるのを「(3)」とそれぞれ改める。
二 原判決四枚目表六行目に「図面」とある次に「(第一次申請の際添付された図面と異なる内容虚偽のもの)」を、同七行目に「築造」とある次に「される」をそれぞれ加える。
三 原判決四枚目裏六行目に「危険がある。」とあるのを「危険があり、また、本件建物の屋根、庇が控訴人所有地にはみ出し、控訴人方居宅では日照が妨げられ、健康な生活を阻害されている。」と改める。
四 原判決五枚目表三行目末尾に続けて「また、本件擁壁の築造により控訴人所有擁壁は礎石を取り除かれ、極めて危険な状態となつている。」を加える。
五 原判決六枚目表六行目に「冒頭」とあるのを「(1)」と、同末行に「(1)、(2)」とあるのを「(2)、(3)」とそれぞれ改める。
第三証拠関係<省略>
理由
一 請求の原因1(処分の存在)(一)ないし(三)の事実は、いずれも当事者間に争いがない。
二 そこで、まず、控訴人に本件各訴えの利益が認められるか否かを検討する。
建築基準法(以下「法」という。)六条一項及び三項によれば、建築主は、同条一項各号に掲げる建築物の建築等をしようとする場合においては、当該工事に着手する前に、その計画が当該建築物の敷地、構造及び建築設備に関する法律並びにこれに基づく命令及び条例(以下「建築関係法令」という。)の規定に適合するものであることについて、確認の申請書を提出して建築主事の確認を受けなければならず、建築主事は、申請に係る建築物の計画が建築関係法令の規定に適合するかどうかを審査し、審査の結果に基づいてこれらの規定に適合することを確認したときは、その旨を文書をもつて当該申請者に通知しなければならない、とされており、また、法七条一項ないし三項によれば、建築主は、法六条一項の規定による工事を完了した場合においては、その旨を建築主事に文書をもつて届け出なければならず、建築主事が右届出を受理した場合においては、建築主事又はその委任を受けた当該市町村若しくは都道府県の吏員(以下「建築主事等」という。)は、右届出を受理した日から七日以内に、届出に係る建築物及びその敷地が建築関係法令の規定に適合しているかどうかを検査し、建築主事等が右検査をした場合において、当該建築物及びその敷地が右法令の規定に適合していることを認めたときは、当該建築物の建築主に対して検査済証を交付しなければならない、とされている。そして、以上の規定は、法八八条一項により擁壁等の工作物に準用されている。
ところで、これらの規定による建築確認及び検査済証交付の制度は、法一条に定めるとおり、国民の生命、健康及び財産の保護を図り、もつて公共の福祉の増進に資することを目的とするものであり、当該建築物又は工作物の建築主のみならず、近隣居住者の生命、健康及び財産をもその保護の対象とする趣旨であると解すべきであるから、当該建築物等により、生活環境上の悪影響を受け、火災の危険にさらされ、あるいは財産を毀損されるなどの被害を被るおそれのある近隣居住者は、当該建築物等に係る建築確認や検査済証交付に違法ないし瑕疵があることを主張して、その取消し又は無効確認を訴求する法律上の利益を有するものと解するのが相当である。
これを本件についてみるに、控訴人が本件土地に隣接する土地を所有していることは、被控訴人において明らかに争わないところであり、控訴人は、本件建物及び本件擁壁が建築、築造されることにより、控訴人所有地上の居宅に火災の際延焼の危険が生じ、同居宅の日照が妨げられ、あるいは控訴人所有擁壁の礎石が取り除かれ、同擁壁が危険な状態となるなどの被害を被ると主張するものであるところ、成立に争いのない甲第三号証、弁論の全趣旨により本件擁壁工事現場の写真であることの認められる甲第二号証の一ないし五、同じく本件擁壁工事現場の写真であることに争いのない甲第一八ないし第二一号証に弁論の全趣旨をあわせれば、このような被害のおそれがないとはいえないことが認められるから、控訴人は、本件検査済証交付の取消し及び本件第二次確認の無効確認を求める訴えの利益を有するものというべきである。
三 ところで、控訴人は、本件検査済証交付の取消しを求めるにつきその違法事由として、第一次申請の際添付された地積測量図によれば、隣接する控訴人所有地との境界を誤り、本件建物の敷地に控訴人所有地の一部が取り込まれており、したがつて本件建物は法六五条該当建築物でないにもかかわらず、控訴人所有地との境界から民法二三四条一項所定の五〇センチメートルの距離を置かないで建築されることになる旨を主張する。
しかしながら、建築物の敷地、構造、建築設備等に関する建築関係法令の規定は、行政庁が法一条の目的を実現するため、建築確認や違反建築物に対する是正措置をなす際の最低の基準を定めたものと解される。したがつて、建築主事等は、検査済証の交付にあたり、届出に係る建築物及びその敷地が技術的見地からして法一条の目的の実現のために定められた建築関係法令の規定に適合しているかどうかを検査する義務を負うのみであつて、当該敷地と隣接地との境界の位置、当該敷地についての所有権その他の使用権原の有無や当該建築物及びその敷地が民法二三四条一項の規定に適合するか否かといつた私法上の権利義務に関する事項についてまで検査する権限も義務も有しないと解すべきである。
よつて、法七条二項による検査の対象には、右のような事項は含まれないものというべきであるから、本件検査済証交付の違法事由として控訴人が主張する前記事実が仮に肯定されたとしても、そのことは本件検査済証交付を何ら違法ならしめるものではない。
また、控訴人は、右事実は建築基準法施行規則一条違反にもあたるとして本件検査済証交付の違法を主張するが、右に説示したところからすれば、仮に確認申請書に添付された配置図記載の敷地の境界線(成立に争いのない乙第一号証の一、五によれば、第一次申請の際の申請書には敷地の境界線を明示した配置図が添付されていることが認められる。)に誤り等があつたとしても、建築確認ないし検査済証交付が何ら違法となるものではないと解されるから、右主張も失当である。
四 次に、控訴人は、第二次確認の無効確認を求めるにつきその無効事由として、第二次申請の際添付された図面によれば、控訴人所有地との境界を誤り、本件擁壁の敷地に、訴外会社が何ら使用権原を有しない控訴人所有地の一部が取り込まれているにもかかわらず、第二次確認はこれを看過してなされた旨を主張するが、先に検査済証交付について述べたところと同様、建築主事は、建築確認申請の審査にあたり、当該敷地と隣接地との境界の位置や建築主が当該敷地について正当な使用権原を有するか否かといつた私法上の権利義務に関する事項を判断する権限も義務も有しないのであり、右審査の対象には、このような事項は含まれないものというべきであるから、控訴人が主張する前記の点が肯認されたとしても、第二次確認は何ら瑕疵あるものとはならない。
五 以上の次第であつて、右二に判示したところによれば、控訴人に本件検査済証交付の取消し及び第二次確認の無効確認を求める訴えの利益がないものとして、本件各訴えを却下した原判決は、相当でないといわなければならない。しかし、控訴人は、当審においても原審におけるのと同旨の主張を記載した準備書面を陳述し、その立証として書証を提出した上、他に主張・立証はないとしており、その他記録からうかがわれる本件訴訟の経緯にかんがみれば、控訴人において新たな違法ないし無効事由を主張する余地はないものと認められるから、右三、四に判示したところにより控訴人の本訴各請求は、あらためて事実審理をするまでもなく理由のないことがその主張自体に徴し明らかであるというべきである。このような場合、当裁判所としては、民事訴訟法三八八条の規定を適用して本件を原審に差し戻すまでもなく、原判決を取り消して控訴人の本訴各請求をただちに棄却すべきものと解されるところ、本件においては、控訴人のみが控訴し、被控訴人からの控訴がないから、いわゆる不利益変更禁止の法理(民事訴訟法三八五条参照)により、原判決の結論を維持するほかなく、本件控訴を棄却するにとどめざるをえない。
よつて、控訴費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 鈴木潔 鹿山春男 河本誠之)