東京高等裁判所 昭和60年(ネ)1087号 判決 1986年9月29日
控訴人
桑原芳雄
外七名
控訴人ら訴訟代理人弁護士
植木敬夫
被控訴人
住宅・都市整備公団
右代表者理事
竹岡勝美
同
坂弘二
右訴訟代理人弁護士
鵜澤晉
同
田口邦雄
同
横山茂晴
同
片岡廣榮
同
遠藤哲嗣
同
大橋弘利
右指定代理人
矢野修
外二名
主文
本件各控訴をいずれも棄却する。
控訴費用は控訴人らの負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 控訴人ら
1 原判決を取消す。
2 被控訴人の請求を棄却する。
3 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
との判決及び仮執行免脱宣言
二 被控訴人
控訴棄却の判決
第二 当事者の主張
一 被控訴人の請求原因
1 日本住宅公団(以下「公団」という。)は、控訴人ら(控訴人矢嶋百合子については亡矢嶋正夫)に対し、原判決別紙各控訴人別賃貸借目録の「建物」欄記載の各建物部分(以下「本件各建物」という。)を、同目録の「賃貸年月日」欄記載の各時期に、賃料は毎月分を各月末日に支払うとの約定で賃貸したが、右家賃は同目録の「従前家賃」欄及び「備考」欄記載の各金額であつた。
2 従前家賃は、建物の改良による増額を除いて改定されないまま推移したため、その間の物価の上昇その他経済事情の変動及び後に管理開始された公団賃貸住宅家賃との均衡上本件各建物の家賃として低額に過ぎて不相当となり、昭和五三年九月一日現在において、同目録「改定家賃」欄記載の各金額(以下「改定家賃」という。)を相当とするに至つた。改定家賃は、客観的に相当と認められる家賃を下回る極めて控え目な金額であるが、これは、政策的な配慮に基づくものである。
3 そこで、公団は、1項の賃借人らに対し、それぞれ書面をもつて本件各建物の家賃を昭和五三年九月一日以降改定家賃に増額する旨の意思表示をし、右各書面は、それぞれ同目録「家賃改定通知日」欄記載の日ころ到達した。なお、公団は、右増額請求について、昭和五三年一月六日付けで別紙一のとおり旧日本住宅公団法施行規則(昭和三〇年建設省令第二三号)一〇条の建設大臣の承認を申請し、同年二月二七日付けで、別紙二のとおり建設大臣の承認があつた。
4 矢嶋正夫は、昭和五六年二月二一日死亡し、控訴人矢嶋百合子が相続により賃借人の地位を承継した。
5 公団は、住宅・都市整備公団法の成立に伴い、昭和五六年一〇月一日解散し、同日、被控訴人が公団の一切の権利義務を承継した。
6 よつて、被控訴人は、控訴人らに対し、それぞれ同目録「家賃未払額」欄記載の各未払家賃及びこのうち「月別内訳」欄記載の各未払額に対する「支払期日」欄記載の各期日の翌日から本案判決確定までそれぞれ借家法七条二項所定の年一割の割合による利息を支払うよう求める。
二 請求原因に対する控訴人らの答弁請求原因1項、3項及び4項は認めるが、同2項は否認する。
三 控訴人らの主張
1 施行規則一〇条は、旧日本住宅公団法(昭和三〇年法律第五三号。以下「公団法」という。)三二条の委任に基づき規定されたいわゆる法規命令としての性質を有する規定であつて、公団と控訴人らとの間の賃貸借関係に民法、借家法等の一般私法に優先して適用され、あるいは私法規定とともに附合契約条件の一部となり当事者を拘束するものである。したがつて、施行規則一〇条所定の建設大臣の承認は、公団が家賃変更請求をする場合の効力要件となるものであるから、建設大臣の承認があつても、公団の家賃変更請求の内容が承認の趣旨、範囲と異なるときはその限度で変更請求の効力は生じない。ところで、別紙一の承認申請は、新旧住宅相互間における家賃に著しい不均衡が生じており、建設年度の古い住宅に必要な維持管理経費の確保が困難となつているとして、この状態を放置することは公団賃貸住宅居住者間における家賃負担の不均衡を拡大させ、その他の賃貸住宅の居住者との間の不均衡をも拡大させ、良好な居住環境の維持も困難となるおそれがあることを変更の理由として挙げ、変更家賃の算定方法については、右承認申請書添付の「変更限度家賃算定基準」によるものとしている。ところが、被控訴人は、本件訴訟においては、一般経済事情の変動に応じて家賃を増額することにより団地間の不均衡を是正することを変更理由としており、改定家賃の額についても、公団賃貸住宅を民間住宅並みに見立てたうえで、利回り法、スライド法、差額配分法等の一般的相当賃料算定手法により得られたとする家賃を基礎にして、その相当性を主張立証しようとしているのであつて、建設大臣の承認した算定基準によつていない。すなわち、被控訴人は、家賃変更理由のみならず変更家賃額においても建設大臣の承認の範囲を逸脱し、特に後者においては、大臣承認と全く無関係に増額請求をしているのである。したがつて、本件増額請求は、手続上の要件を欠く無効なものであるから、この点ですでに失当である。
2 本件増額請求は、控訴人らとの賃貸借契約五条に違反し無効である。
(一) 被控訴人と控訴人らとの本件各賃貸借契約には、別紙三A、Bの契約書抜粋のとおりの約定(賃貸借契約書五条。以下「五条約定」という。)があるから、五条約定は、民法、借家法、公団関係諸法令に優先して適用されることになる。そして、五条約定は、整然たる体系をなす公団関係諸法令のひとつである公団賃貸住宅団地管理規程(昭和四〇年住宅公団規定第五二号)の定める統一様式により決められているのであるから、その意味内容は公団家賃に関する諸法令の体系全体と整合的に解釈されなければならないが、その立場でみると、五条特約は、家賃増額原因を制限的に規定する約定であつて、施行規則一〇条一号等の定める「物価その他経済事情の変動に伴い必要があると認めるとき」の内容を特定し、五条約定の定める場合以外には増額を許さないとする趣旨であることが明らかである。
(二) すなわち、五条約定自体、初期のA契約からその後細心の配慮のもとにB契約に改められているが、いずれも「物価その他経済事情の変動に伴い必要があると認めるとき」というような広義の事由を除外していることが文言上明らかである。これは、施行規則九条一項が定める家賃算出費目のうち経済事情の変動によつて影響を受ける特定の費目の増額がある場合に限つて家賃増額がありうることとしたものであつて、控訴人らないしその被相続人は、入居に際して、公団職員からそのように説明されている。
(三) 公団家賃に関する諸法令との関係でみると、施行規則一〇条は「物価その他経済事情の変動に伴い必要があると認めるとき、賃貸住宅相互の間における家賃の均衡上必要があると認めるとき、賃貸住宅について改良を施したとき」を家賃変更事由として挙げ、公団業務方法書(昭和三〇年住宅公団規程第六号)一八条も同一の規定をしており、右方法書に基づく前記管理規程一〇条では若干の付加訂正を施しながらやはり経済事情の変動を増額事由のひとつとしているのであるが、これらにもかかわらず管理規程の定める契約書様式によつてなされた契約上の五条約定では、その文言上右のような経済事情の変動という事由が除かれている。その結果右管理規程を更に具体化した公団賃貸住宅団地管理業務細則(昭和四三年住宅公団達第一〇号)では、一一条ないし一四条において家賃の算定、調整方法等を定めながら、経済事情の変動を家賃増額事由とする趣旨の規定は全く存在しないのであり、これは、既に管理規程に基づく五条約定により右事由を変更事由としないこととしたため、その必要がないことになつたからである。かえつて、右業務細則一三条では、賃貸住宅相互間の家賃の均衡上必要があるときだけを家賃変更事由と定めている。以上によれば、五条約定一号は当初家賃算出の前提となつた施行規則九条一項の各費目のうち経済事情の変動に伴い影響を受ける維持管理費、地代(但し、敷地が借地の場合)及び公租公課が増加した場合にだけその増加に対応して家賃を増額できるとした規定であり、二号は「同一事業年度に完成する賃貸住宅相互間」又は「同一賃貸住宅団地内に事業年度を異にして完成する賃貸住宅相互間」において家賃の均衡上必要がある場合に、業務細則所定の方法によつて総家賃の調整を行うための約定であることが明らかである。
(四) このような五条約定があるのは、公団家賃体系が施行規則(九条)、業務方法書、管理規程、業務細則等の関係規定により原価主義により規制されていることを理由とするものである。公団の会計も原価主義により制度化されているのであつて、このことは、公団会計規程(昭和三一年住宅公団規程第四号)及び公団会計事務細則(昭和三五年住宅公団達第一三号)の諸規定を見れば明らかである。原価主義によれば、家賃を変更するために資産の再評価をすることは許されないので、五条約定では、施行規則九条一項の費目のうち、償却費が除かれているのである。
(五) 以上のとおり、公団は、五条約定に基づいてのみ家賃の変更を請求できるものであるところ、本件の増額請求は、これと無関係に借家法七条一項によるものとして、利潤追求を目的とする民間借家と同様の相当賃料算定方法により算出された試算賃料を基礎として行なわれたものであり、五条約定に違反するばかりでなく公団関係諸法令にも違反し、ひいては公共料金に関する法体系を破壊するものでもあつて、到底許されない。なお、公団法四八条は公団に利益が生ずる場合について規定しているが、同条は公団の原価主義に基づく事業活動からも損益計算上利益が発生することを避け難いところからその場合の処分について規定しているものであつて、公団が営利活動を行ないこれによつて利潤をあげることを許容した規定ではない。
3 仮に公団が借家法七条一項により家賃増額請求をすることが許されるとしても、そこでは、従前家賃が事情の変更の結果不相当となつたことが必要であるが、公団賃貸住宅家賃の場合には客観的相当賃料と従前家賃の間に乖離が生じたことだけでなく、公団の公共的性格に照らしたうえでこの乖離によつて公団と各控訴人の間の利益が具体的に公平を欠き不相当になつたことをも必要とするものである。ところが、被控訴人は、右のような不相当性が生じたことを何ら主張立証しないのであるから、この点でも本件請求は失当である。
四 控訴人らの右主張に対する被控訴人の答弁
1 控訴人らの主張1項は争う。建設大臣の承認は、独立行政法人たる公団の業務運営に対する国の監督手段としての性質を有するものであり、行政組織内における内部行為であつて行政処分ではないから、公団のする家賃増額請求の私法上の効果に何ら影響を及ぼすものではない。
2 同2項の事実中本件各賃貸借契約に五条約定があることは認めるが、その余の主張は争う。公団賃貸住宅の賃貸借には実定法上特別の規律がない限り民法、借家法等の私法が適用される。そして、公団法には公団住宅使用関係について特殊な公法的規制はなく、公団の公共的性格だけからそのような特殊な規律を見出すこともできないので、公団賃貸住宅の家賃増額については借家法七条一項が適用されるのであり、五条約定は、これと同趣旨を明らかにしたものにすぎない。また、公団賃貸住宅家賃変更の場合に原価主義によらなければならないという規制は関係法令中に存在しない。かえつて、施行規則九条一項は地代相当額を家賃の構成要素とすべき旨を明定しているのであつて、このことだけでも公団賃貸住宅家賃が原価の回収のみを目的としているものでないことは明白であるうえ、施行規則一〇条によれば同規則九条による家賃算定の基礎とされた土地、建物の価格が上昇した場合に家賃の増額請求を許しているのであつて、その趣旨は借家法七条一項と同じであり、五条約定も同趣旨に出たものである。
3 同3項の主張は争う。
第三 証拠関係<省略>
理由
一公団が請求原因1項のように控訴人らないしその被相続人に対し本件各建物を賃貸し、従前家賃が同項のとおりであつたこと、矢嶋正夫については同4項のように賃借人の地位の承継があつたこと、公団は、同3項のとおり家賃の増額請求をしたが、右増額請求に関する建設大臣宛の承認申請及び同大臣の承認が別紙一、二のとおりであることは、いずれも当事者間に争いがなく、同5項の事実は当裁判所に顕著である。
二控訴人らの主張1項について
1 公団と公団賃貸住宅入居者との間の公団賃貸住宅使用関係は私法上の賃貸借関係であると解されるから、公団は、法令又は賃貸借契約上特別の定めのない限り、借家法七条一項に基づいて、入居者に対し、家賃の増額を請求することができると解するべきである。ところが、施行規則一〇条は、物価その他経済事情の変動に伴い必要があると認めるとき(一号)、賃貸住宅相互の間における家賃の均衡上必要があると認めるとき(二号)、賃貸住宅について改良を施したとき(三号)には、建設大臣の承認を得て家賃を変更することができると定めていたのであり、右各号所定の事由は、借家法七条一項の賃料増額請求が許されうる場合の事由と重なり合い、これと同様の事情変更があつた場合をいうものと解されるから、公団が借家法七条一項により家賃増額請求をする場合には、建設大臣の承認を要するものとされていたことが明らかである。右施行規則一〇条は、公団法三二条一項に直接の根拠を置いて定められたものであるが、公団賃貸住宅の家賃変更について特にこのような規制が加えられたのは、公団が公団法一条の掲げる業務を行ない国民生活の安定と社会福祉の増進に寄与することを目的とするものであるところから、賃貸住宅供給事業に伴う家賃について借家法七条一項の増額の要件がある場合にも、増額請求権の行使の是非及びその内容について右公共的性格に由来する特別な政策的配慮が加えられるべきこととしなければ右の公共目的を達成することができないので、この点を公団だけの判断にかからしめることなく、公団に対して一般的な監督権限を有する建設大臣の判断をも経るべきものとして公団の家賃増額請求権行使の是非態様を規制し、もつて公団の公共目的の円滑な達成を図ろうとしたことにあると解される。このように、建設大臣の承認は公団法の規定に根拠を置き公団の業務に対し具体的な規制を加える趣旨のものであるが、右規制が公団賃貸住宅入居者に対する公団の私法上の権利行使について行なわれるものであり、特に家賃増額請求権が公団の一方的な意思表示により相当額の限度でその効果を生ずる形成権であること及び家賃が公団賃貸住宅使用関係において中心的な契約条件でありその変更は入居者の権利義務に直接変動を及ぼす性質のものであることに鑑みると、建設大臣の承認は、公団のする家賃増額請求が私法上の効力を生ずるために必要な効力要件であると解するのが相当である。したがつて、公団が借家法七条一項に基づいて家賃の増額を請求する場合には、同条同項の要件を満たすほか建設大臣の承認を得たうえその承認の範囲内ですることを要するのであつて、右承認の範囲を逸脱する場合にはその限りで家賃変更請求の私法上の効果が生じないものと解するべきである。被控訴人は、施行規則一〇条は公団に対する国の監督手段として定められているものにすぎず、組織の内部行為として行政処分性も有しないので、建設大臣の承認は家賃変更の効力要件ではないと主張するが、右承認が公団に対する監督権の行使としてなされるものであることは承認をもつて効力要件とするのに何ら妨げとなるものではなく、また、行政処分性を有しないとしてもそれだけで建設大臣の承認の有無が家賃増額請求の私法上の効果に影響を及ぼすことにならないとすべき理由はないので、採用することができない。
2 控訴人らは、被控訴人が本件家賃増額請求の理由として本件訴訟上主張するところは、建設大臣の承認を申請した際に主張していた理由と異なるので、結局本件家賃増額請求については建設大臣の承認を得たことにはならないと主張する。しかし、別紙一及び二の承認申請書及び承認書の記載によれば、右承認は、要するに長期間従前家賃が増額されずこの間の経済状勢の変動に伴い従前家賃が不相当に低額となり公団賃貸住宅管理上の支障が生ずる事態となつたとしてなされた申請に対して与えられたものであることを認めることができ、被控訴人が本件訴訟において右と同様の理由を家賃増額請求の根拠としていることは被控訴人の主張に照らして明らかである。したがつて、控訴人らの右主張は、前提を欠くものであり、採用することができない。
3 次に、控訴人らは、被控訴人が前記承認により承認された変更限度家賃算定基準による計算方法を離れて改定家賃の相当性を主張していることを問題にしている。そこで、この点について検討するに、本件承認は、別紙一及び二記載のとおり「変更限度家賃算定基準」をもつて増額すべき家賃の算定方法を定めるとともに、右方法によつて算定した金額が一定の限度を超えるものである場合には当該限度額をもつて増額家賃の限度とする旨の申請を承認しているのであるから、前記承認の性質に照らすと、公団のなす増額請求は、右基準を逸脱することが許されないものというべきである。しかし、<証拠>によれば、公団は、後記のとおり財団法人日本不動産研究所に本件各建物の本件各増額請求基準日当時の相当家賃額の鑑定評価を依頼し、その鑑定評価書をもつて本件各改定家賃の相当性立証のための主要な証拠としているので、一見、建設大臣の承認した算出方法を無視しているかの如くに見えるが、右鑑定評価は本件各増額請求がなされた後に依頼され、その結果もそれ以後に得られたものであつて、本件改定家賃は、右鑑定評価を基礎として決められたものではなく、それ以前の決定にかかるものであること、かえつて、前記変更限度家賃算定基準は公営住宅法一三条三項のいわゆる公営限度額方式と呼ばれる算出方法に準じた基準であるが、公団は、右基準により改定家賃を算出、決定して、前記の日時に控訴人ら入居者に通知して増額請求をしたものであり、したがつて、改定家賃における増額部分は、右基準の定める一定の限度額を上回るものでもないことを認めることができ、右認定を覆えすに足る証拠はない。そうすると、本件改定家賃は前記承認の範囲を逸脱するものとはいえないので、控訴人らの前記主張も、採用することができない。
三控訴人らの主張2について
1 公団と控訴人らとの間の本件各建物賃貸借契約に別紙三A、Bのとおり五条約定があることは、当事者間に争いがない。控訴人らは、五条約定は家賃増額事由を制限的に約束したものであり、これ以外の一般的経済事情の変動、特に建物及び敷地価格の上昇を理由とする増額請求は許されないと主張する。しかし、五条約定は、借家法七条一項施行規則一〇条と趣旨を同じにするものであつて、経済事情の変動、維持管理費の増加、賃貸住宅相互間に生じた家賃の不均衡等のため従前家賃が不相当に低額となつたとき家賃を増額することができる旨定めたものと解するべきであり、これが借家法七条一項及び施行規則一〇条の定める家賃増額の要件を特に制限する趣旨のものであるとは認められない。控訴人らの主張2の(二)のように五条約定AとBの間に文言の相異があることは右の判断を左右するに足るものではなく、控訴人らが控訴人ら主張のような説明を受けたとの点も、これに添う控訴人金久保吉雄、同伊藤文雄、同有澤習之各本人尋問の結果は直ちに採用し難く、そのほかに右事実を認定するに足る証拠はない。
控訴人らは、右主張2(三)の諸規定をもつて五条約定の趣旨を控訴人ら主張のように解するべきことの裏付けとするが、これらの規定は、管理業務細則一三条を含めて何ら前記判断に抵触するものではない。更に、控訴人らは、右主張2(四)のように公団賃貸住宅家賃が原価主義によつて規制されているとしてこれを五条約定を控訴人ら主張のように解するべき裏付けとするが、右主張の関連諸規定を精査しても、公団賃貸住宅の当初家賃の決定は別にして、その後の変更について右主張の原価主義による規制があるものとまでは認められないので、採用することはできない。<証拠>は、当裁判所の右認定判断を動かすものではない。
四そこで、本件改定家賃の相当性について検討する。
<証拠>によれば、本件各賃貸借契約が締結された昭和三三年一二月一〇日ないし同四七年四月二一日から本件家賃増額の始期とされた昭和五三年九月一日までの間に、本件建物敷地価格、公租公課及び消費者物価等がいずれも大幅に上昇し、経済事情に著しい変動が生じ、本件各建物より後に建築され賃貸借が開始された他の公団賃貸住宅の家賃との間に著しい不均衡が生ずるようにもなつたため、従前家賃は不相当に低額となつたこと、財団法人日本不動産研究所の不動産鑑定士は、公団の依頼により、所属団地、管理開始時期、建物の型式、床面積、施工方法、資材、品質等において本件各建物とそれぞれほぼ同一条件にある公団賃貸住宅について、昭和五三年九月一日当時の相当賃料額を鑑定評価しているが、これによれば、管理開始当初の賃料を基礎として利回り法、スライド法により、又はこれらに差額配分法を加えて(東伏見団地の場合)各試算賃料を算出したうえ、これらを総合評価し敷金の運用益をも考慮する手法によつて得られた昭和五三年九月一日現在における相当賃料(月額)は、控訴人桑原芳雄の関係では金二万八九〇〇円、その余の控訴人らの関係では各金三万二九〇〇円とされていること、右評価方法を格別不当とする点は見当らないこと、管理開始後にいわゆる空家家賃により入居し又は改良工事により家賃が中途増額されている場合の右評価時点の相当賃料額も右評価額を下回るものではないことを認めることができ、右認定を覆えすに足る証拠はない。
そうすると、従前家賃は昭和五三年九月一日までの間に経済事情の変更により不相当に低額となり、その後に建築された公団賃貸住宅家賃との間にも不均衡が生じているのでこれを増額すべき理由があるところ(控訴人らの主張3は採用できない。)、本件各増額請求は、右のように認められる相当賃料の範囲内でその四〇ないし五四パーセントにあたるにすぎず、前記のように建設大臣の承認に沿うものであることも考えれば、この程度の増額は公団の公共性、非営利性を損うものとも認められない。したがつて、右増額請求はいずれも有効であつて、本件各賃貸借の賃料は昭和五三年九月一日以降いずれも公団の請求額に増額されたものというべきである。
五以上によれば、控訴人らに対し、それぞれ原判決別紙賃貸借目録の「月別内訳」欄記載の未払額の合計である同目録「家賃未払額」欄記載の各未払家賃の支払い及びそのうち右「月別内訳」欄記載の各月分未払賃料に対する同目録「支払期日」欄記載の各期日の翌日から本案判決確定までそれぞれ借家法所定年一割の割合による利息の支払いを求める被控訴人の請求は理由があるので、これを認容し仮執行の宣言を付した原判決は相当である。
よつて、本件各控訴をいずれも棄却することとし、控訴費用の負担について民訴法九五条、八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。なお、仮執行免脱宣言を付することは相当でないと認められるので、当審における控訴人らの右宣言を求める申立ては却下する。
(裁判長裁判官田中永司 裁判官豊島利夫 裁判官加藤英継)
別紙一
建設大臣 桜内義雄殿
日本住宅公団 総裁 澤田 悌
家賃等の変更について(申請)
賃貸住宅の家賃及び敷金を下記により変更したいので、日本住宅公団法施行規則(昭和三〇年建設省令第二三号)第一〇条の規定に基づき、承認を申請します。
記
一 家賃を変更する理由
賃貸住宅の家賃は、空家家賃として変更されたものを除き、入居時の家賃を一切変更することなく今日に至つている。この結果、新旧住宅相互間における家賃に著しい不均衡が生じているほか、建設年度の古い住宅に必要な維持管理経費の確保が困難となつてきている。ちなみに、当公団が発足した直後の昭和三一年度に供給した住宅の平均家賃四、六〇〇円に対して、昭和五一年度に供給した住宅の平均家賃は四〇、七〇〇円であり、八・八倍(同平均原価家賃六五、九〇〇円に対して一四・三倍)となつている。
なお、既に多くの地方公共団体及び地方住宅供給公社において、家賃の変更が行われ、公団住宅の家賃が、公営住宅の家賃を下回るといつた不合理な事例も生じている。
以上のような状況をこのまま放置することは、公団住宅居住者間における家賃負担の不均衡をますます拡大させるばかりでなく、その他の賃貸住宅の居住者との間の不均衡をも拡大させ、社会的不公正を増大させることとなり、また、良好な居住環境の維持も困難となるおそれがある。
二 家賃の変更の対象とする住宅及びその実施期日
(1) 家賃の変更の対象は、昭和三一年度から昭和四七年度までに管理開始された住宅とし、その実施期日は、昭和五三年七月一日とする。
(2) 前項の規定にかかわらず、次の各号に掲げる住宅については、それぞれ当該各号に定めるところによる。
一 市街地住宅で当該住宅についての譲渡契約が家賃の変更の実施期日までに締結されている住宅及び当該住宅の敷地となつている土地を公共事業等の用に供することが確実な住宅 家賃の変更の対象から除外する。
二 昭和四六年一〇月一日以降に管理開始された住宅で、傾斜期間が五年であるもの 傾斜期間終了後の家賃となつた年度の翌々年度の四月一日から実施する。
三 賃貸借契約に定める入居開始可能日が昭和五二年七月一日以降である住宅 家賃の変更の実施期日を一年間繰り下げる。
三 変更家賃の算定方法
(1) 変更家賃は、基準家賃に、変更限度家賃から基準家賃を控除した額に二分の一を乗じて得た数を加えた額を基準とする。この場合において、変更家賃と現行家賃との差額が、五〇〇円未満のときは変更しないものとし、七、〇〇〇円を超えるときは現行家賃に七、〇〇〇円を加えた額とする。
(2) 前項において、次の各号を掲げる用語の意義は、それぞれ当該各号に定めるところによる。
一 基準家賃 管理開始された際の家賃。ただし、傾斜家賃適用住宅にあつては、傾斜期間終了後の家賃とする。
二 変更限度家賃 別紙の変更限度家賃算定基準により算定した家賃
四 家賃の変更の特別措置
家賃の変更の実施期日において、現に生活保護法(昭和二五年法律第一四四号)による住宅扶助の給付を受けている居住者のうち、変更家賃が当該住宅扶助の限度額を超えることとなる者については、当該住宅扶助の限度額まで減額することができるものとする。
五 増収額の使途
家賃の変更による増収額は、維持管理経費と家賃の抑制に要する費用に充てるものとする。
六 敷金の変更
家賃の変更に伴い、変更家賃と現行家賃との差額の三か月分に相当する敷金を請求するものとする。
(別紙)変更限度家賃算定基準
変更限度家賃は、次の各号に掲げる費用の合計額を一二で除して得た額(月割数)とする。
一 償却費
住宅の建設(土地の取得及び造成を除く。)に要する費用(当該費用のうち借入金に係る部分に対する建設期間中の支払利息等を含む。)に公営住宅法(昭和二六年法律第一九三号)第一三条第三項の規定に基づき建設大臣が地域別に定める率を乗じて得た額に償却期間七〇年(簡易耐火構造住宅にあつては、四五年)、年利率五パーセント(団地高層住宅及び面開発市街地住宅にあつては、四・五パーセント)の元利均等償還半年賦率を乗じて得た額に二を乗じて得た額
二 修繕費
(1) 工事費(エレベーター又は給湯設備が設置された住宅にあつては、エレベーター又は給湯設備の設置のための工事費を除く。)に公営住宅法施行規則(昭和二六年建設省令第一九号)第六条の規定に基づき建設大臣が地域別に定める率(以下「推定再建築費率」という。)を乗じて得た額に一〇〇分の一・二(簡易耐火構造住宅にあつては、一〇〇分の一・五)を乗じて得た額
(2) エレベーター又は給湯設備が設置された住宅にあつては、エレベーター又は給湯設備の設置のための工事費に推定再建築費率を乗じて得た額に、それぞれ一〇〇分の一〇又は一〇〇分の一八を乗じて得た額を(1)の額に加算した額
三 管理事務費
工事費に推定再建築費率を乗じて得た額に一〇〇分の〇・五を乗じて得た額
四 地代相当額
土地の固定資産税評価額(土地の取得及び造成に要する費用(当該費用のうち借入金に係る部分に対する建設期間中の支払利息等を含む。)がその額を超える場合にあつては、土地の取得及び造成に要する費用の額)に一〇〇分の五(団地高層住宅及び面開発市街地住宅にあつては、一〇〇分の四・五)を乗じて得た額。ただし、土地が借地の場合にあつては、地代の年額とする。
五 損害保険料
主体工事費に推定再建築費率を乗じて得た額に一〇〇分の〇・〇七二を乗じて得た額。
六 公租公課
固定資産税及び都市計画税の年額(現行家賃の算定に際して含まれている公租公課相当額がその額を超える場合にあっては、当該公租公課相当額)
七 引当金
第一号から第六号までの合計額に一〇〇分の一を乗じて得た額
なお、第一号から第三号まで及び第五号を適用する場合において、当該住宅が空家変更家賃適用住宅で特別修繕を実施したものにあつては、特別修繕に要した費用について当該各号に定める修正に準じて修正を加え、当該各号に加算するものとする。
別紙二
日本住宅公団総裁 沢田 悌殿
建設大臣 桜内義雄
家賃等の変更について(承認)
昭和五三年一月六日付け五三−七〇で申請のあつた賃貸住宅の家賃等の変更については、日本住宅公団法施行規則(昭和三〇年建設省令第二三号)第一〇条の規定により、申請書中記二−(2)−ニ及び記六を除き、かつ、実施期日は昭和五三年九月一日とすることを条件として承認する。
この場合において記二−(1)中「管理開始された住宅」を「管理開始された住宅(昭和四六年一〇月一日以降に管理開始された住宅で、傾斜期間が五年であるものを除く。)」と変更するものとする。
なお、家賃の変更の実施にあたつては、老人世帯、母子世帯、心身障害者世帯のうち生活に困窮する世帯について、申請書中記四に準ずる措置を講ずること、今回の増収分は昭和五四年度以降に管理開始する住宅の家賃の抑制に要する費用に充てないこと及び入居者に対し引き続き家賃の変更の趣旨の周知に努めることに十分配意されたい。
また、未入居住宅等及び長期未利用地については、別途その解決に全力をあげてあたられたい。
別紙三
契約書抜粋
A (控訴人石村海三、同有澤習之、同金久保吉雄、同仲佐武雄、同矢嶋百合子、同伊藤文雄関係)
「甲(公団)ハ、賃貸住宅ニ係ル地代相当額、火災保険料、賃貸住宅ノ維持管理費、賃貸住宅及ビソノ敷地ニ賦課サレル固定資産税ソノ他ノ公租公課等ノ負担ガ増加シタトキ若シクハ甲ガ賃貸スル賃貸住宅相互間ノ家賃ノ均衡上必要ガアルト甲ガ認メタトキ又ハ甲ガ賃貸住宅ニ改良ヲ施シタルトキハ、前条ノ家賃ノ額及ビ第六条ニ規定スル敷金ノ額ヲ増加スルコトガデキルモノトシマス。」
B (控訴人桑原芳雄、同吉成勝好関係)
「甲(公団)は、次の各号の一に該当するときは、家賃及び敷金の額を増加することができるものとします。
一 賃貸住宅の敷地に係る地代、賃貸住宅に係る維持管理費、又は賃貸住宅、賃貸住宅に附帯する施設(賃貸住宅に附属する設備を含みます。以下「附帯施設」といいます。)若しくは賃貸住宅の敷地に賦課される固定資産税その他の公租公課の負担が増加したとき。
二 甲が賃貸する住宅相互間の家賃の均衡上必要があると甲が認めたとき。
三 甲が賃貸住宅、附帯施設又は賃貸住宅の敷地に改良を施したとき。」