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東京高等裁判所 昭和60年(ネ)1663号 判決 1986年8月28日

控訴人 中栄信用金庫

右代表者代表理事 小沼肇

右訴訟代理人弁護士 高橋茂

控訴人 神奈川県信用保証協会

右代表者理事 佐藤実

右訴訟代理人弁護士 野原薫

被控訴人 近藤良平

右訴訟代理人弁護士 磯貝英男

同 松井茂樹

同 森健市

主文

原判決を取り消す。

被控訴人の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

一、控訴人らは、主文同旨の判決を求め、被控訴人は、「本件控訴をいずれも棄却する。」との判決を求めた。

二、被控訴人の請求原因

1. 原判決別紙物件目録記載の土地(以下「本件土地」という。)は、昭和五一年一一月五日当時、被控訴人の父近藤博司(以下「博司」という。)の所有であった。

2. 博司は昭和五二年六月二九日死亡し、被控訴人は、相続により本件土地の所有権を取得した。

3. 本件土地には、控訴人中栄信用金庫(以下「控訴人信用金庫」という。)を根抵当権者とする原判決別紙第一登記目録記載の根抵当権設定登記(以下「本件根抵当権設定登記」といい、その原因となった同目録記載の内容の根抵当権設定契約を「本件根抵当権設定契約」という。)がされ、また、控訴人神奈川県信用保証協会(以下「控訴人信用保証協会」という。)を譲受人とする同第二登記目録記載のとおりの本件根抵当権一部移転の附記登記(以下「本件附記登記」という。)がされている。

4. よって、被控訴人は、本件土地の所有権に基づき、控訴人信用金庫に対し本件根抵当権設定登記の抹消登記手続を控訴人信用保証協会に対し本件附記登記の抹消登記手続を求める。

三、控訴人らの答弁

1. 請求原因1は認める。

2. 同2は、不知。

3. 同3は認める。

四、控訴人信用金庫の抗弁

1. 博司はその所有地の買替計画を実行するため、これに関する包括的代理権を長男である被控訴人及び孫である近藤一英(以下「一英」という。)に与えていた。

本件根抵当権設定契約は、右の包括的代理権に基づき一英が博司の代理人として、昭和五一年一一月五日控訴人信用金庫との間に原判決別紙第一登記目録記載の条項で締結したものである。

2. 仮に一英に本件根抵当権設定契約を締結する代理権がなかったとしても、次のとおり表見代理が成立する。

すなわち、博司は、昭和五一年六月頃、一英が控訴人信用金庫から一三〇〇万円を借入れるに当たり、一英のため物上保証人となることを承諾し、一英に自己の所有する農地につき極度額を一六〇〇万円とする根抵当権設定契約を締結する代理権を与えていたし、また同年一一月頃には、一英が右借入金債務の追加担保として本件土地につき根抵当権設定契約を締結する代理権を与えていた。本件根抵当権設定契約は、一英が右の基本代理権を踰越して締結したものであるが、(一)本件根抵当権設定に必要な根抵当権設定契約証書、登記申請に関する博司名義の委任状、博司の印鑑登録証明書、登記済権利証等一切の書類が整っていたこと、(二)昭和五一年当時、博司は高齢でかつ病弱であったことから、近藤家では相続税軽減のため市街化区域内にある博司所有の土地を市街化調整区域内の土地と買い替える計画を樹て、一英に右計画実行に当たっての事務処理を委ね、かつ必要に応じて博司の実印を使用することを認めていた。そして、現に一英は、前記のとおり博司所有の農地を担保に供して控訴人信用金庫から一三〇〇万円を借受け、これを同人が土地買替えに関する売買の仲介を依頼していた筑城彌(以下「筑城」という。)に使用させていたこと(三)控訴人信用金庫は、一英や筑城から近藤家の前記内情を聞かされていたので、一英が博司から同人所有の土地につき包括的な処分権限を任されているものと考えていたこと、以上の事実から、控訴人信用金庫には一英が博司の代理人として本件根抵当権設定契約を締結する代理権があるものと信ずべき正当な理由があった。なお、右の事情の下では、本人の意思確認は不要である。

五、控訴人信用保証協会の抗弁

1. 本件根抵当権設定契約の効力については、控訴人信用金庫の前記主張をすべて援用する。

2. 信用保証委託契約の成立

筑城が事実上の代表者である有限会社相模商事(以下「相模商事」という。)は、控訴人信用保証協会との間に昭和五一年五月八日、同年九月三〇日、同五二年一二月三〇日、それぞれ信用保証委託契約を締結したうえ、同控訴人の連帯保証(信用保証)のもとに控訴人信用金庫から次のとおり金員の貸付を受けた。

(一)貸付日 昭和五一年五月一三日

貸付金額 一八〇〇万円

貸付利息 年九・六パーセント

最終弁済期日 昭和五八年三月一〇日

返済方法 昭和五一年六月より昭和五八年三月までの間毎月一〇日限り二二万円宛(但し、最終月は一八万円)割賦返済する。

期限の利益喪失に関する特約 借主が債務の履行を怠ったとき又は手形交換所の取引停止処分を受けたときは何ら通知催告を要せず直ちに期限の利益を喪失し一時に残債務全額を支払う。

(二)貸付日 昭和五一年一〇月四日

貸付金額 二〇〇〇万円

貸付利息 年九・四パーセント

最終弁済期日 昭和五六年九月二五日

返済方法 昭和五一年一〇月より昭和五六年九月までの間毎月二五日限り三三万円宛(但し、最終月は残金全額)割賦返済する。

期限の利益喪失に関する特約 (一)の場合と同じ

(三)貸付日 昭和五二年一二月三一日

貸付金額 一〇〇〇万円

貸付利息 年八パーセント

最終弁済期日昭和五三年一二月二五日

返済方法 昭和五三年一月より同年一二月までの間毎月二五日限り八三万円宛(但し、最終月は残金全額)割賦返済する。

期限の利益喪失に関する特約 (一)の場合と同じ。

3. 代位弁済

その後、相模商事は前記各借入金の返済を停止したうえ、昭和五三年一〇月二六日手形交換所の取引停止処分を受けたので控訴人信用金庫に対する期限の利益を喪失し、一時に残債務全額を支払うべき義務が生じた。

そこで控訴人信用保証協会は控訴人信用金庫の請求により、昭和五四年九月二六日、前項(一)の残元金一二九四万円・利息金一五〇万〇八九六円、同(二)の残元金一四〇六万円・利息金一六五万四七六四円、同(三)の残元金七五一万円・利息金七五万二二三三円以上総合計三八四一万七八九三円を代位弁済し、同日同額の求償権を取得した。

4. 本件根抵当権一部移転の附記登記の手続

右代位弁済に先立ち控訴人信用金庫の申立てで、本件土地につき昭和五四年九月一二日任意競売開始決定があり、同月一三日その旨の登記がなされたので、控訴人信用保証協会は控訴人信用金庫から同月二六日被担保債権確定後の本件根抵当権の一部を譲受け、本件附記登記を経由した。

六、抗弁に対する答弁

1. 控訴人信用金庫の抗弁1の事実は、否認する。

2. 同2のうち、一英が控訴人信用金庫から一三〇〇万円を借受けるに当たり、博司から同人所有の農地につき極度額を一六〇〇万円とする根抵当権設定契約を締結する代理権を与えられていたことは認めるが、その余は否認する。一英は、博司所有の農地の買替えについて包括的に委任されていたものではなく、博司、被控訴人及び一英が相談して具体的に決定された方針に従って事務作業を担当していたにすぎない。のみならず、本件根抵当権の設定は、博司にとって従前の取引きとは全く関連性がないうえ極めて不利益な内容のものであり、しかも控訴人信用金庫に提出された本件根抵当権設定契約証書にはその極度額及び作成日付の各欄が白地のままであったという重大な不備が存在していたことでもあったから、金融機関たる控訴人信用金庫としては、当然に一英の代理権の有無につき本人たる博司に確認すべき注意義務があるにもかかわらず、なんら確認の手段をとっていない。したがって、控訴人信用金庫には一英に代理権があるものと信ずべき正当な理由は存しない。

3. 控訴人信用保証協会の抗弁2及び3は、いずれも不知。

4. 同4のうち、控訴人信用保証協会が控訴人信用金庫から本件根抵当権の一部の譲渡を受けたことは知らないが、その余の事実は認める。

七、証拠関係<省略>

理由

一、請求原因1及び3の各事実は当事者間に争いがなく、<証拠>によれば、請求原因2の事実が認められる。

二、そこで、控訴人らの抗弁につき判断する。

1. まず、本件根抵当権設定契約締結の経緯についてみると、<証拠>を総合すれば、次の事実が認められる。

本件根抵当権設定契約は、根抵当権者控訴人信用金庫、根抵当権設定者近藤博司、債務者有限会社相模商事、債権の範囲信用金庫取引、手形債権、小切手債権として昭和五一年一一月五日設定された極度額六〇〇〇万円のものである(本件根抵当権設定契約が上記内容のものであることは当事者間に争いがない)。筑城が事実上の経営者として不動産業を営む相模商事は、控訴人信用金庫と昭和五〇年八月二五日信用金庫取引を開始し、訴外中村光一を根抵当権設定者兼連帯保証人として極度額二四〇〇万円の根抵当権設定契約を締結したうえ二〇〇〇万円を借入れ、同年九月二五日には右極度額を三〇〇〇万円に増額し、逐次借入れを増し、昭和五一年一〇月には借入残高一億〇三〇〇万円に達した。そして同年一〇月二七日相模商事から借入金返済の名目で更に一五〇〇万円の追加融資申込みがあったところから、控訴人信用金庫は筑城に対し極度額の増額と追加担保の差入を要請し、筑城はこれを了承し博司の本件土地を追加担保として差し入れる旨申し出た。

そこで、控訴人信用金庫は、根抵当権設定契約証書(追加設定用)用紙の債務者欄に相模商事の記名押印をさせ、登記申請用の委任状に控訴人信用金庫の記名押印をしたうえ、右書類を筑城に交付し、筑城はこれを被控訴人方に持参して一英に対し担保となる本件土地所有者である博司に代って根抵当権設定者兼連帯保証人として押印するよう要請した。一英は、契約証書の根抵当権設定者兼連帯保証人欄その他指定個所と委任状に博司の実印を押捺し、本件土地の登記済権利証と博司の印鑑登録証明書を筑城に交付した。控訴人信用金庫は、筑城の承諾のもとに契約証書に極度額六〇〇〇万円と記入したほか所要事項を記入し、もって本件根抵当権設定登記がされたが、前記中村光一設定の根抵当権の極度額も同時に六〇〇〇万円に増額登記された。

2. 原審証人近藤一英は、第一回尋問では契約証書に相模商事の記名押印があったとしながら、第二回尋問ではこれを否定し、また、筑城からは、先に一英名義で控訴人信用金庫から借入れた分の担保を抜くための差し換えに担保提供を要請されたと証言するが、そうであるとするなら右契約証書の債務者欄に一英自身が署名押印する必要があり、相模商事の記名押印があればこれに疑問を抱くはずであるのに筑城に問いただした形跡も見られないし、担保提供を求められた理由として証言するところも、原審及び当審における証人筑城彌の証言とくいちがっていて信用できない。また証人筑城彌は、当審において担保提供を求めるため自ら被控訴人宅に赴いたことはないと証言するが、原審(第二回)における証言に照らし、信用しない。右両名の証言中前記認定に反する部分は措信せず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

3. そこで、一英が右のように博司の実印を使用し、登記済権利証及び印鑑登録証明書を筑城に交付したことについて博司及び被控訴人が許諾を与えていたかどうかにつき判断する。

<証拠>によれば、次の事実が認められ、右各証言及び本人尋問の結果中右認定に反する部分は措信せず、他に右認定を覆えすに足りる証拠はない。

(一)  被控訴人は、父博司及び長男一英とともに伊勢原市内において酪農を営んでいるものであるが、同市内の市街化区域内に存する右各人名義の所有地を売却して市街化調整区域内の農地に買替える計画を樹て、相模商事にその仲介を依頼し、昭和四七年には博司名義の土地を、昭和五一年五月頃には一英名義の土地をそれぞれ買い替えたことがあった。右買替えは、築城との間では現金で処理することなく、売却土地の価額に見合う代替土地の提供をうけることにより処理されていた。

(二)  博司は昭和五一年一一月当時八六歳で、同年夏頃から脳軟化症で床に臥すようになったことから被控訴人が、博司とも相談はするものの、主に一英と協議して右計画を推進し、筑城との具体的折衝はすべて一英に当たらせていた。そして、各人の不動産の登記済権利証及び実印を含む印鑑はすべて被控訴人が管理し、必要なときは一英が被控訴人の承認のもとに交付をうけて使用していた。

(三)  一英は、昭和五一年六月頃、筑城から事業資金として一三〇〇万円の融通方申入れをうけ、被控訴人及び博司と相談のうえこれを承諾することに決め、筑城の紹介で控訴人信用金庫から、自己が債務者となり博司を根抵当権設定者兼連帯保証人、被控訴人を連帯保証人として極度額一六〇〇万円の根抵当権設定契約を締結したうえで一三〇〇万円を借りうけ、うち一二六〇万円を筑城の主宰する相模観光の口座に振込んで筑城に貸渡し、その返済は筑城が直接控訴人信用金庫に対してすることにした。右根抵当権設定契約証書の博司の押印は被控訴人又は一英によってされた。

右認定の事実によると、被控訴人は、遅くとも博司が病床に就いてからは博司を包括的に代理していたものであり、一英も被控訴人と協議しながらも所有地の買替えの関係では中心的立場にあって筑城に対して事業資金の援助をしてきたものと認めるのが相当であり、原審証人筑城彌(第二回)の証言によれば、筑城は本件根抵当権設定契約証書作成の際に一英に対し相模商事の借入れについての追加担保を要請したと認められる反面、従来一英が被控訴人や博司に無断でその実印を使用し、登記済権利証や印鑑証明書を他人に交付したことを認める証拠はないから、一英が本件根抵当権設定契約証書及び委任状に博司の実印を押捺し、登記済権利証及び印鑑登録証明書が筑城に交付されているところからみると、博司の包括的代理人としての被控訴人が一英から相模商事のために追加担保を提供することの申出をうけこれを承諾したものと認めるのが相当である。

なお極度額を六〇〇〇万円とすることについては、前記認定のとおり後に控訴人信用金庫と筑城の合意で決められ、契約証書に押印した時点では筑城から一英に告げられた証拠はないが、被控訴人及び一英において特に極度額について申出のない以上、提供した担保物件の価額の限度において極度額の設定を筑城に委ねた趣旨と解され、筑城が極度額を六〇〇〇万円と定めたことは博司に対しても効力を生ずるものと解すべきである。

4. 控訴人信用金庫の抗弁1の主張は、上来認定の事実関係における一英及び被控訴人の博司に対する関係に基づき一英又は被控訴人のした行為の効果が博司に対して生ずるとの主張も含むものと解されるところ、叙上判示の理由により本件根抵当権設定契約は有効に成立し、これに基づく本件根抵当権設定登記も有効と解すべきであるから、抗弁1は理由がある。

5. <証拠>によれば、控訴人信用保証協会の抗弁2ないし4の事実が認められる。

三、そうすると、被控訴人の本訴請求はいずれも理田がなく棄却すべきであるから、これを認容した原判決を取り消して被控訴人の請求をいずれも棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、八九条の規定を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 西山俊彦 裁判官 越山安久 武藤冬士己)

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