東京高等裁判所 昭和60年(ネ)1709号 判決
四 ≪証拠≫によれば、昭和五七年四月二日本件小切手の支払がされたことが認められ、また、控訴会社が同年六月一日期限を経過しても本件土地を取得できず、ために被控訴会社との間で本件土地売買契約を締結することができなかったことは、当事者間に争いがない。
そうすると、控訴会社は自社を素通りして既に訴外財団法人衣服協会(以下「衣服協会」という。)に渡っている本件申込証拠金五〇〇万円(本件小切手)につき、本件合意及び右三で認定した≪証拠≫による合意に基づきこれを被控訴会社に返還しなければならないところ、控訴人は要素の錯誤を理由として右各合意の無効を主張するので判断するに、右三における事実認定に供した各証拠(証人猪狩の証言及び控訴会社代表者の供述にあっては、後記信用しない部分を除く。)に官署作成部分の成立に争いがなくその余の部分は前掲証人渡辺の証言により真正に成立したものと認められる≪証拠≫を総合すると、控訴会社は、被控訴会社に対する本件土地転売が実現できなかったときは、自社を素通りしたにもかかわらず、五〇〇万円の返還義務を負担させられることになるけれども、他方、衣服協会がその働きかけに功を奏して本件土地(三重県)の払下げを受けられることになると、衣服協会からの買受けと被控訴会社に対する売渡しとの間で一億円を超える莫大な転売利益(これは単なる仲介の場合の手数料を遙かに上回る。)を挙げ得る思わくがあったため本件合意及び≪証拠≫による合意に及んだこと、したがって、右各合意は、衣服協会が右払下げを受けられるかどうかという不確実な事象をその要素としていること、ところで、衣服協会はかねて控訴会社に対し前渡金として三〇〇〇万円を要求していたが、控訴会社も被控訴会社も衣服協会がたやすく払下げを受けられることについては疑問を持っていたため、五〇〇万円なら出してもよいというので振り出したのが本件小切手であること、その際衣服協会関係者から、払下げの決議があった旨の三重県土木部担当者名義の通知書(≪証拠≫はそのコピー)を示され、合意に際してはそのコピーを見ながら控訴会社(代表取締役河野)と被控訴会社(取締役伊藤及び渡辺)は払下げは大丈夫であろうと話し合ったこと、ところが右通知書は真正な文書ではなく、このことは合意の翌日被控訴会社が調査して判明したこと、しかし、右払下げの可能性はこのこととは関係なく依然存在しており、衣服協会及びその関係者はその後も三重県に対し働きかけを続けていたこと(払下げが実現しなかったのは、衣服協会において主として資金面での内部事情から次第に後退し、三重県に提出すべき計画書等の書類も満足なものを作らなかったことによる。)、以上の事実を認めることができる。右証人猪狩及び控訴会社代表者は、合意の際の状況として更に進んで、被控訴会社の方から控訴会社に対し衣服協会への払下げは確実である旨積極的に申し向け、このような根拠があると言って右通知書のコピーを示したという趣旨の証言及び供述をしているけれども、これらは右の他の各証拠に照らしたやすく信用することができず、ほかにはこの点に関する証拠はない。
右認定の事実関係に照らして考えるに、本件合意及び≪証拠≫による合意は、もともと衣服協会が本件土地(三重県)の払下げを受けられるかどうかという不確実な要素をはらんでいるものであり、現に当事者双方ともこの点に疑問を持ちながら交渉の場に臨んだものである以上、≪証拠≫の通知書があるからといって簡単にこの疑問を解消し、払下げは決まったものとして合意を成立させたと見ることは不自然であり(そのような合意であれば、≪証拠≫を確かめてから合意するのが普通であり、現に控訴会社は翌日そうしているのであるから、これを否定すべきである。)、このことが法律行為の要素を成していると解することはおよそ不可能である。≪証拠≫を巡って双方の間で言い交された「払下げは大丈夫であろう。」というのも、一応の見通しを話し合ったにすぎず、合意成立の単なる動機と認めるのが相当である。のみならず、控訴会社は、右払下げが見込みどおり実現して本件土地売買契約を締結できた際には一億円を超える莫大な転売利益が入るとの思わくの下に合意したものである以上、見込み違いの場合における五〇〇万円程度の危険は自ら負担してしかるべきであり、被控訴会社においては、控訴会社が立てている見通しのいかんについては本来関知しないところであり、信義に反する仕方でこれを利用したというわけではないから、これらの点からしてもそれが表示されても単なる動機にすぎず、要素の錯誤の成立する余地はない。
したがって、控訴人の抗弁は採用しない。
(賀集 梅田 上野)