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東京高等裁判所 昭和60年(ネ)2874号 判決 1986年5月28日

控訴人兼附帯被控訴人(以下、「控訴人」という。)

小野博史

右訴訟代理人弁護士

黒田純吉

虎頭昭夫

被控訴人兼附帯控訴人(以下、「被控訴人又は被控訴会社」という。)

硬化クローム工業株式会社

右代表者代表取締役

三浦了

右訴訟代理人弁護士

島田種次

浅見精二

主文

一  控訴人小野博史の控訴を棄却する。

二  被控訴人硬化クローム工業株式会社の附帯控訴に基づき、

1  原判決中、被控訴人硬化クローム工業株式会社敗訴部分を取り消す。

2  控訴人小野博史の本件仮処分申請を却下する。

三  訴訟費用は、第一、二審とも控訴人小野博史の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

(昭和六〇年(ネ)第一五三六号事件)

一  控訴人

1  原判決を次のとおり変更する。

被控訴人は、控訴人の被控訴人に対する雇用関係存在確認等請求事件の本案判決確定に至るまで控訴人を仮に被控訴人の従業員として取り扱え。

被控訴人は控訴人に対し、昭和五六年四月から同年五月末日まで毎月二五日限り金一四万八六四八円の割合による金員、同年六月から本案判決確定に至るまで毎月二五日限り金一五万一六四〇円の割合による金員、昭和五六年四月から本案判決確定に至るまで毎年六月一〇日限り金二五万円、毎年一二月一〇日限り金三三万円の各割合による金員をそれぞれ仮に支払え。

2  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

との判決

二  被控訴人

控訴棄却の判決

(昭和六〇年(ネ)第二八七四号事件)

一  被控訴人

1  原判決中、被控訴人敗訴部分を取り消す。

2  控訴人の本件申請を却下する。

3  訴訟費用は、第一、二審とも控訴人の負担とする。

との判決

二  控訴人

附帯控訴棄却の判決

第二  当事者双方の主張及び証拠関係

次のとおり付加、削除するほかは、原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する。

一  被控訴人の主張の削除

原判決四枚目裏末行「なお、」から原判決五枚目表六行目末尾までを削除する。

二  被控訴人の主張の追加

(第一次懲戒解雇について)

1 被控訴会社就業規則(以下、「就業規則」という。)四〇条一二号は懲戒解雇事由として「無届欠勤一四日を超える者およびはなはだしく職務に不熱心な者」を掲げているが、同号は前段と後段とがそれぞれ独立の二つの懲戒解雇事由を定めているものであり、同号にいう「および」は「または」の意味である。すなわち、就業規則四〇条各号のうち前段と後段とを「および」で結んでいるものとしては、一二号のほかに四号(「業務上の機密をもらし、またはもらそうとしたことが明らかな者および事業上の不利益を図つた者」)、六号(「他の社員に対し不法に退職、欠勤を強要し、またはこれをきようさせんどうした者および就業を妨害した者」)、一四号(「破廉恥な行為により罰金刑以上の罰、および法令にふれる行いのあつた者」)などがあるが、右各号はいずれも前段と後段とが一体となつて一つの懲戒解雇事由を定めたものではなく、前段と後段とがそれぞれ別個の懲戒解雇事由を定めたものであることは明らかである。したがつて規定の体裁を同じくする一二号についてもこれらと同様の解釈をすべきである。

したがつて、控訴人が就業規則四〇条一二号前段の「無届欠勤一四日を超える者」に該当するとしてした第一次懲戒解雇は有効というべきである。

また、「一四日を超える無届欠勤」は「はなはだしい職務不熱心」の徴表であると考えられるので、同号前段に該当する者は同号後段にも該当するというべきである。

さらに、控訴人は、一七日間の無届欠勤のほか、原判決添付別表1ないし4のとおり、他の従業員と比較して、欠勤日数、遅刻早退の回数及びその時間が極めて多く、また早出残業時間、休日出勤時間が極めて少なく、また、終業時刻になると仕事半ばにして退出するという無責任な行為がしばしばあつた。これらの事実にかんがみると、控訴人が「はなはだしく職務に不熱心な者」であつたことは明らかである。

仮に就業規則四〇条一二号の「および」が「かつ」という意味であるとしても、前記したところによれば、控訴人は同号前段及び後段に該当するので第一次懲戒解雇は有効である。

2 被控訴人が控訴人に対し、第一次懲戒解雇処分を行つたことは次のような事情によるものであるから、懲戒処分は合理性を有し妥当な処分である。

(一) 多くの企業が就業規則において無届欠勤を懲戒事由としていることは公知の事実であるが、無届欠勤を懲戒事由とするのは、従業員の無届欠勤を放置すると企業の生産・作業計画が混乱し全体としての生産能率が低下するのみならず、他の従業員に過重又は不測の負担をかけ、従業員の勤労意欲の減退を生じ、ひいては企業秩序を乱し、企業活動に支障を生ずることになるからである。

(二) 被控訴会社は工業機械部品に対する硬化クロームメッキ加工を主たる業務とするものであるが、このメッキ加工はユーザーの機械生産工程上最終工程となるため、機械生産工程における遅延のしわよせがメッキ加工段階に波及し、工期の短縮を迫られる結果となつている。工業用クロームメッキ業界は一種の下請的業種であり取引先に対して経済的弱者の立場にあるため、納期の延長を要請することは困難な事情にある。そこで、被控訴会社においては計画的、効率的な人員配置を図り、計画的生産を行い、加工期間を短縮し納期を厳守すべく努めている。したがつて、従業員の無届欠勤はこの計画的、効率的な人員配置を困難にし、生産工程を混乱させ、他の従業員に過重又は不測の負担をかけるなど、被控訴会社の正常な業務運営に重大な障害となる。特に控訴人の配属された鍍金第二課は、社内的にも中型ロール類等の機械部品のメッキ加工を担当し、他の課に比し最も納期厳守が要請されるのであり、控訴人の長期無届欠勤により業務の支障が生じていた。

(三) 控訴人の無届欠勤は期間にして二一日間、就労日にして一七日間に及ぶものであり、被控訴会社において、このような長期の無届欠勤をした者はいない。

(四) 被控訴会社においては、従業員の給与につき月給制を採用し、欠勤、遅刻、早退などがあつても固定給を減額せず、精勤手当ての減額にとどめる制度をとつている。したがつて、長期無届欠勤者に対し厳正な処分をしなければ、右給与制度が悪用され、被控訴会社が多大な損害を被ることになるのみならず、まじめな従業員との公平を欠くことになる。

(五) 被控訴会社においては、メッキ加工の特殊性や納期を厳守しなければならない事情にあるため不可避的に残業の必要が生じ、そのため、就業規則に「業務の必要上やむを得ないときは、第一二条、第一四条の規定にかかわらず、早出残業もしくは定休日に就業させることがある。」(第一五条)と定め、古くから毎年労働基準法三六条によるいわゆる三六協定を結んでいる。したがつて、被控訴会社が残業を命じた場合は従業員はこれに従うべき義務があるというべきである。控訴人が上司の指示命令による残業等を殆どしなかつたことは欠勤、遅刻、早退の多さと相まつてはなはだしく職務に不熱心であつたと評価されるべきである。そして、控訴人の残業拒否などが、被控訴会社の業務遂行に支障を来たし、同僚従業員の過重な負担となつていた。

(六) 控訴人はかねてから三里塚闘争(新東京国際空港開港阻止闘争)に参加していたものであるが、その一環として、昭和五六年三月四日動労千葉ジェット燃料貨車輸送阻止ストライキの支援のため成田駅に赴き、そこで不退去罪により逮捕勾留され本件無届欠勤をなすに至つたものである。当時、すでに三里塚闘争に関連して多数の被逮捕者、刑事事件が発生しており、三里塚闘争に対し警察当局が厳戒体勢で臨んでいたことは公知の事実である。したがつて、控訴人としては、右ストライキ支援に赴く以上、その支援活動の方法手段のいかんによつては逮捕されるおそれのあることを十分予期し得たはずである。また、成田駅において成田駅長より退去要求がなされた午前一〇時三〇分ころから控訴人が逮捕された同一一時一〇分までの四〇分間のうちに、控訴人としては退去要求に従い、二、三番線ホームから退去することが十分に可能であつた。しかるに、控訴人はあえて不退去罪を犯し、逮捕勾留され本件無届欠勤をなすに至つたのであるから無届欠勤はすべて控訴人の責に帰すべきものである。また控訴人は逮捕勾留されたとしても欠勤する旨の連絡をすることができたにもかかわらず、あえてこれをしなかつたものである。

(七) 就業規則四〇条は、同条各号に該当する場合は懲戒解雇することを原則としており、本件においては情状酌量の余地はない。

以上により、控訴人を懲戒解雇としたことには合理性があり、妥当な処分である。

(第二次懲戒解雇処分について)

1 企業における雇用関係は単に労働力の提供関係に止まるものではなく、労働力提供を中核とした使用者と労働者の継続的人間関係である。この継続的人間関係を円滑に維持するには両者間の信頼関係が不可欠である。したがつて、企業が新規に労働者を採用する場合に労働者との間に安定した信頼関係を結べるものであるか否かについて調査するのは当然である。

その調査の方法としては、特に被控訴会社のような中小企業が小人数を不定期に採用する場合は、履歴書などの提出を求めるとともに面接を行い、学歴や職歴を参考としながら全人的評価を行うのが普通である。

したがつて、労働者が学歴・職歴などを申告するに当たつては真実を申告すべき信義則上の義務を負うものであり、殆どの労働者が真実の申告をしていることは世間の常識である。そして使用者も応募の労働者が虚偽の申告をすることを予期しないのが通常である。したがつて、もし労働者が右の義務に違反して、本来採用され得ないのに経歴を詐つて企業に入るということは労働者の背信性を示すものであると同時に、企業としては、本来採用すべきでない者を採用させられてしまつたという点で既に企業秩序を侵害され、労働者の適正な配置を誤らされ、企業秩序に混乱を生じ、使用者と労働者間の信頼関係は根底から破壊されるに至るのである。

経歴詐称が発覚されない間は、労働者の適正配置の誤り、企業秩序の混乱、信頼関係の破壊等は潜在的なものに止まつている場合もあろうが、ひとたび経歴詐称が発覚するとこれらは顕在化し、雇用関係は継続し難いものとなり、企業は労働者を企業外に排除せざるを得なくなるのである。このような場合に、労働者を企業外に排除し得ないとすれば、企業の定める採用条件は無意味、無力化し、企業は企業秩序を防衛する手段を失うこととなる。

したがつて、重要な経歴の詐称があつた場合には、具体的な企業秩序に対する侵害があつたか否かを問うことなく懲戒解雇を是認すべきである。

以上の観点から、企業が経歴詐称を懲戒解雇事由とすることには充分な合理性があるというべきである。

2 被控訴会社は、控訴人の経歴詐称を理由とする懲戒解雇を行うに当たり、控訴人の思想、信条を問題としたことはない。したがつて、控訴人の憲法一四条、労働基準法三条違反の主張は、本件においては意味がない。なお、憲法一四条の規定は、直接私人相互間の関係に適用されるものではないから、企業者が特定の思想、信条を有する労働者をそのゆえをもつて雇い入れることを拒んでも、それを違法とすることはできず、労働者を雇い入れようとする企業者が、その採否決定に当たり、労働者の思想、信条を調査し、そのため、その者からこれに関連する事項についての申告を求めることは違法ではない(最高裁判所昭和四八年一二月一二日大法廷判決民集二七巻一一号一五三六ページ)。

就業規則四〇条一四号にもあるように、多くの企業は刑事処罰を受けたことを懲戒解雇事由としている。したがつて、企業が労働者を雇い入れるに当たり、応募者が刑事処罰を受けたことの有無、現に刑事被告人であるか否かに重大な関心を持つのは当然である。応募者が刑事処罰の前歴を有し、現に刑事被告人であることが判明すれば、企業がその応募者を採用することはまずあり得ない。

また、企業が労働者を雇い入れるに当たり、応募者が過激な活動歴を有したか否かに重大な関心を抱き、このような経歴を有する者を採用せず、申告された経歴からこの点に不審を抱けば自ら調査することも一般の常識である。

被控訴会社では、控訴人が国立東京水産大学に四年半在籍して中退したとの経歴を申告していれば、それだけで控訴人を採用しなかつたのであるから、控訴人が刑事被告人であつたことや大学在籍中に過激な活動歴を有したことは、控訴人の採否に直接関係のないことであつたが、右事実が判明しておれば、控訴人が採用されなかつたことも明白である。したがつて、控訴人としては、右事実を秘匿するために、大久保金物店に長期在職していたかのような虚偽の職歴を詐称したのである。

以上から明らかなとおり、第二次懲戒解雇は控訴人の「重要な経歴」の詐称を理由とするものであつて、控訴人の思想、信条等を理由とするものではない。

三  控訴人の主張の追加

(第一次懲戒解雇について)

1 被控訴人は、就業規則四〇条四号、六号、一四号はいずれも前段と後段とが別個の懲戒解雇事由を定めたものであり、これらと同じ体裁をとつている一二号も同様であると主張しているが、四号及び六号の前段は「業務上の機密をもらし、またもらそうとしたことが明らかな者」、「他の社員に対し不法に退職、欠勤を強要し、またはこれをきようさせんどうした者」とかなり具体的に規定されているのに対し、後段は「事実上の不利益を図つた者」、「就業を妨害した者」と極めて抽象的に規定されている。したがつて、前段は後段の例示に過ぎないと解釈すべきであり、形式的に前段に該当するからといつて必ずしも実質的に後段に該当するとは限らず、結局のところ、前段及び後段の両方に該当するかどうかを判断しなければならない。また、後段は極めて抽象的な規定であつて、後段が独立して懲戒解雇事由になるとした場合、果たしていかなる場合を指すのか極めてあいまいであるため、前段が後段の解釈基準となつているのである。また、一四号についてみると、「破廉恥な行為により罰金以上の罰にふれる行為のあつた者」であるにもかかわらず「法令にふれる行いのあつた者」に該当しないという場合は考えられないが、逆に、「法令にふれる行いのあつた者」に該当するが、「罰金以上の罰にふれる行いのあつた者」に該当しないということはあり得る(例えば、住所を移動したにもかかわらず法定期間内に届出をしなかつた場合、道路交通法改正前の高速道路におけるシートベルト着用義務違反などの場合である。)。しかしながら、このようなささいな形式的法令違反行為を懲戒解雇事由にするということはおよそあり得ないことである。したがつて、就業規則四〇条四号、六号、一四号の「および」が「または」を意味するという被控訴人の主張は誤りである。

被控訴人は、自ら制定した就業規則の文言を無視して、「および」を「または」の意味に解釈しようとするものであるが、仮にそのように解釈した場合には、無届欠勤をするに至つた事情を考慮することなく、それだけで懲戒解雇事由になるという不都合な結果をもたらすことになり、かかる不合理なことは到底容認することができない。

2 職務不熱心が懲戒解雇事由とされる理由は、不良な労働力の提供が生産工程の阻害要因となり、業務運営に支障をきたすからである。したがつて、生産工程における勤務態度を問題にすることもなく、時間外労働が少ないことをもつて職務不熱心とすることは失当である。

3 被控訴人は、使用者が命ずるときは従業員に時間外労働の義務が生ずると主張しているが、被控訴会社の三六協定は従業員の過半数を代表する者との間で締結されたものではなく、また、その内容は時間外労働が制限されている有害業務について制限超過の残業を認めるものであつて、手続的にも内容的にも無効のものである。

また、三六協定が有効に成立しているとしても、三六協定によつて労働者に時間外労働義務が生じることはない。残業をさせるためには、三六協定の範囲内で、その都度具体的な時間外労働について労働者の明示又は黙示の承諾が必要である。

(第二次懲戒解雇について)

1 我が国においては、学歴社会の傾向が克服されつつあるとはいえ、依然として最終学歴が重視される場合が多く、その場合中途退学者は卒業者ほどの社会的評価を受けない。したがつて、中途退学した場合には、これを学歴とせず、それ以前の最終卒業歴を最終学歴とするのが通常である。最終学歴に対する右のような一般的認識にかんがみると、控訴人の最終学歴は東京都立井草高校卒業であり、東京水産大学中退の事実は採用に際して申告すべき学歴には含まれない。

2 労働者の職歴は多岐にわたることが多く、そのすべてについて真実を告知すべき義務があるとするのは妥当でない。採用される職種と全く関係のない職歴については真実告知義務がないというべきである。

また、控訴人が大久保金物店に在職して門扉の製作販売等を行つていたとの経歴は、メッキ係の職務内容と関連性がないので、控訴人はメッキ工としての経験があるとか、それに近い職種についていたことを申告したものではなく、控訴人が右職歴を告知したことをもつて懲戒解雇を正当ならしめる経歴詐称ということはできない。

被控訴人は、控訴人の経歴詐称がなかつたなら、控訴人の思想、信条、大学在学中の政治活動及び刑事被告人の立場に置かれていることなどが明らかになつたはずであると主張するが、これは事実上控訴人に対し、思想、信条、過去の政治活動、刑事被告人であることなどの告知義務を課すことにほかならない。

しかしながら思想、信条、過去の政治活動歴や刑事被告人の地位にあることなどについては、真実告知義務がないというべきである。なぜなら一定の経歴についての真実告知義務の存否は、使用者がそれを知ることの利益と労働者がそれを知られないことについて有する利益の比較衡量によつて判断すべきであるところ、使用者が右のような事実に関する経歴を知ることは思想信条等を理由とする懲戒解雇の途を開くことになるのでこれを知るべき正当な利益を認めることはできないが、労働者については、このような不当な処置を受けないようにするため、これを知られない利益を認めるべきであるからである。

労働基準法三条は、使用者は、労働者の国籍、信条又は社会的身分を理由として、賃金、労働時間その他の労働条件について差別的取扱をしてはならない、としており、信条を理由として不採用とすることは労働基準法三条及び憲法一四条に違反する。したがつて、労働者の思想信条について告知義務を課し、これを調査するようなことは到底許されないことである。

(懲戒解雇権の濫用)

1 控訴人は、自己の信念に従つて、成田空港への貨車輸送によるジェット燃料輸送期間延長に反対して行われた国鉄千葉動力車労働組合のストライキ支援のために、あらかじめ年休をとつて国鉄成田駅に行つた。控訴人としては、労働組合のスト支援のために国鉄の駅まで行くということは、デモ行進に参加する場合と異なり、警察官との接触は考えられず、逮捕者が出るような事態はあり得ないと考えていた。

控訴人は入場券を購入して駅購内に入り、スト支援の意思を表示しようとしていたところ、警察機動隊が来て駅構内に居た者の退去を求めた。控訴人としては退去しなければならない理由が分からなかつたが、警察の求めに応じてやむなく構外に退去しようとしたところ、なぜかその場に居た者がほぼ全員逮捕されたのである。右逮捕が全く違法であることはその後被逮捕者が全員不起訴になり保釈されたことにより明らかである。

右逮捕があまりにも不当であつたため、控訴人は黙秘権を行使し、住所、氏名を黙秘した。警察留置場では弁護人との間での物の授受は警察官の立合なしに自由にすることはできず、したがつて、控訴人が自筆で欠勤届等を行おうとすれば、警察官を経由して弁護人に手渡すほかはなく、そのようにすれば住所、氏名の黙秘が意味をなさなくなるため、控訴人は自筆での届けを行うことができなかつた。

控訴人としては何らかの形で被控訴会社に欠勤等の連絡をとらなければならないと考え、接見した弁護人にその依頼をしたが、遺憾ながら右届出は行われなかつた。しかし、この間、控訴人は終始被控訴会社に出勤して労働する意思を有していたのである。

2 訴外磯部行雄が控訴人に代わつて被控訴会社に電話の連絡をした経過はすでに主張したとおりであり、これにより被控訴会社は控訴人が一定期間欠勤することを承知した。

3 被控訴会社の業務の実態は極めて短期間的な作業工程が組まれているに過ぎないので、事前に人員配置計画を立てることは無意味であり、むしろ作業に即して現在誰がいかなる作業をなし得るかが把握されていればよいのであつて、控訴人が欠勤してもそれなりに作業工程は組まれ得たのであり、控訴人の欠勤により業務に重大な支障が生じたことは全くない。

4 控訴人は被控訴会社との雇用関係を維持し、勤務を続ける意思を有し、また勤務を継続する能力も有していた。また、被控訴会社に対して欠勤する旨の連絡を行う意思も有していた。

控訴人の出勤を阻み、欠勤の届出を阻んだのは、右に述べたようなやむを得ない事情によるものであり、また仮に被控訴会社に業務上の支障が生じたとしても重大なものであつたとは到底いい難い。

したがつて、控訴人が仮に無届欠勤一四日を超える者であるとしても、これに対し減給を行うのはともかくとして、懲戒解雇を行うことは著しく不合理かつ不相当であつて懲戒解雇権の濫用である。

理由

当裁判所は、控訴人の本件申請は理由がないと判断するが、その理由は、次のとおり訂正、削除するほかは原判決理由と同一であるから、これを引用する。

一原判決三三枚目表末行冒頭から原判決三四枚表三行目末尾までを削除する。

二原判決三九枚目表一〇行目「しかし」から同裏四行目末尾までを次のとおり改める。

「なお、控訴人は、就業規則四〇条一二号によつて懲戒解雇をするためには「一四日を超える無断欠勤」のほかに「はなはだしく職務不熱心である」との要件を充たすことが必要であると主張するが、同号は「無届欠勤一四日を超える者」と「はなはだしく職務に不熱心な者」とを「および」の接続詞によつて並列的に掲げ、右両者がいずれも懲戒解雇の対象になることを規定しているものであるから、控訴人の右主張は同号の文言に反し失当というべきである(同号を控訴人の主張のような意味にするためには、同号の「一四日を超える者および」を「一四日を超え、かつ」とすべきである。)。

もつとも、控訴人は次に述べるように、「はなはだしく職務に不熱心な者」にも該当するので、就業規則四〇条一二号を控訴人の主張どおりに解釈するとしても、控訴人は同号の懲戒解雇事由に該当するものである。」

三原判決四〇枚目表一〇行目「多く」を「著しく多く」と改める。

四原判決四〇枚目裏二行目冒頭から原判決四二枚目表六行目末尾までを次のとおり改める。

「2  以上によれば、控訴人は他の従業員に比較してその出勤状況が著しく悪い上に前記のように長期の無届欠勤をしたものであるから、はなはだしく職務に不熱心な者として就業規則四〇条一二号後段に該当するというべきである。」

五原判決四二枚目表七行目冒頭から同裏五行目末尾までを削除する。

六原判決四三枚目表一行目冒頭から同七行目末尾までを次のとおり改める。

「三 控訴人は、本件懲戒解雇は解雇権の濫用であり無効であると主張するが、前記第一次懲戒解雇に関する認定事実及び控訴人には次のとおり経歴詐称による懲戒解雇事由も存在することなどにかんがみると、控訴人の右主張を採用することはできない。」

七原判決五一枚目表四行目冒頭から原判決五四枚目表一〇行目末尾までを削除する。

以上によれば、控訴人の本件申請はすべて理由がないからこれを却下すべきであり、原判決中、控訴人の本件申請を却下した部分は結論において相当であるから、右部分に対する控訴人の本件控訴は理由がなく、原判決中、控訴人の申請を一部認容した部分は失当であり、右部分に対する被控訴人の附帯控訴は理由がある。

よつて、控訴人の控訴を棄却し、被控訴人の附帯控訴に基づき原判決主文第一項を取り消して、控訴人の申請を却下し、訴訟費用の負担について民事訴訟法九五条、九六条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官森 綱郎 裁判官髙橋 正 裁判官清水信之)

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