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東京高等裁判所 昭和60年(ネ)2952号 判決 1986年12月24日

控訴人 遠藤一夫

<ほか一名>

右両名訴訟代理人弁護士 山下善久

被控訴人 城田玉吉

右訴訟代理人弁護士 三川昭徳

主文

一  原判決中控訴人遠藤一夫に関する部分を次のとおり変更する。

1  控訴人遠藤一夫は被控訴人に対し、金一一万二六八〇円を支払え。

2  被控訴人の控訴人遠藤一夫に対するその余の請求を棄却する。

二  原判決中控訴人有限会社トラストモータースに関する部分を取り消す。

三  本件中右取消しに係る部分を横浜地方裁判所小田原支部に差し戻す。

四  被控訴人と控訴人遠藤一夫との間に生じた訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

五  この判決の第一項1は仮に執行することができる。

事実

控訴人らは「原判決を取り消す。被控訴人の控訴人遠藤一夫に対する請求を棄却する。被控訴人の控訴人有限会社トラストモーターに対する訴えを却下する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の主張及び証拠の関係は、次のとおり附加するほか、原判決事実摘示及び当審記録中の書証目録、証人等目録の記載と同一であるから、これを引用する(ただし、原判決四枚目表初行及び同裏八、九行目の各「同月」をそれぞれ「同年一〇月」と訂正する。)。

(控訴会社の本案前の主張)

控訴会社は有限会社であり、被控訴人はその取締役の一人であるところ、取締役と会社との間の訴訟については社員総会の定める者が会社を代表することとされている(有限会社法二七条の二)。しかるに、本件控訴会社に対する訴えは社員総会の定めた者でない者を代表者として提起され追行されてきた。したがって、右訴え及び訴訟行為はすべて無効というべく、このことを看過してなされた原判決は違法であるから、これを取り消したうえ、右訴えを却下すべきである。

被控訴人が控訴会社の取締役を辞任する旨の意思表示をし、右意思表示は被控訴人主張のとおり昭和六一年九月四日に控訴会社に到達したが、右訴訟行為の瑕疵は被控訴人の辞任によって当然に治癒されるものではない。控訴会社は右辞任前に控訴会社代表者が関わった訴訟行為を追認しない。

(控訴人らの本案の主張)

一  控訴人遠藤は賃料支払催告期間内に催告にかかる賃料につき現実の提供をしている。

すなわち、控訴人遠藤は昭和五九年一〇月四日午前九時頃、金三〇万円を持参して被控訴人方を訪れ、被控訴人に対し全額ではないがとりあえず金三〇万円を持参したから受け取って欲しい旨申し向けたところ、被控訴人はこの件についてはすべて長持不動産に委任しているのでそちらに行ってもらいたい旨答えて、右金員の受領を拒絶した。

そこで同控訴人は、急ぎ不足分を補充し滞納賃料全額を持って長持不動産の営業所に赴いた。しかし、長持不動産では社長が不在であったため、同控訴人は長持不動産の従業員に対し、被控訴人からの指示によるものであることを告げて、金三九万円を提示して支払の申し入れをしたが、同人は社長の許可がない限り受け取れないと言って受領を拒絶した。そこで、同控訴人は暫時同営業所で社長の帰りを待ったが、社長は帰社しなかったためやむなく帰宅した。帰宅後も長持不動産に八回くらい電話したが、遂に同日中に社長と連絡が取れなかったものである。

二  被控訴人及び長持不動産は予め賃料の受領を拒絶していたとみるべきである。すなわち、控訴人遠藤は昭和五九年六月頃から被控訴人及び長持不動産との間で控訴会社の債務の整理について話し合っていたところ、話合いの進行中唐突に当時の控訴会社の経営状態に照らせば不当に短い期間を定めて賃料の催告をしてきたのであり、一〇月四日の被控訴人及び長持不動産社長の行動と合わせ考えると、被控訴人の賃貸借契約を解除しようとする意図があったことは明白であり、予め賃料受領の意思を有しなかったとみるべきである。したがって、控訴人遠藤のなすべき弁済の提供は口頭の提供で足りると解すべきところ、前記経過に照すと、少なくとも口頭の提供があったことは明らかである。

(被控訴人の主張)

一  控訴会社の本案前の主張について

被控訴人は控訴会社の取締役であったところ、昭和六一年九月四日控訴会社に到達した書面をもって控訴会社の取締役を辞任する旨の意思表示をした。したがって、有限会社法二七条の二に違反する不適法状態は解消し、訴訟行為の瑕疵は治癒された。

二  本案について

控訴人遠藤と有限会社長持商事不動産との間の賃料提示に伴う交渉については不知。

被控訴人が予め賃料を受領する意思を有しなかったとの点は否認する。

理由

一  控訴会社の本案前の主張について

《証拠省略》によれば、被控訴人は控訴会社設立以来昭和六一年九月四日まで控訴会社の取締役の地位にあったことが認められる。

有限会社法二七条の二によれば、有限会社においては、会社から取締役に対する訴訟又は取締役から会社に対する訴訟において、代表取締役は当然には会社を代表する権限を有せず、社員総会の定める者が会社を代表することとされている。

しかるところ、控訴会社に対する本件訴えは代表取締役遠藤一夫が本件訴訟について代表権を有することを前提として提起され、その後の審理及び原判決もそのことを前提としてなされたことが記録上明らかである。そうだとすれば、原判決は、控訴会社代表者の訴訟行為を為すにつき必要な授権の欠缺を看過した点において違法であるといわざるを得ず、取消しを免れない。なお、形式的には代表取締役遠藤一夫によってなされた本件控訴にも同じ瑕疵が存在することになるが、原判決の前記違法を理由としてその取消しを求める限度において、右代表取締役による本件控訴の提起は適法と認めるべきである。

そして、被控訴人が昭和六一年九月四日控訴会社の取締役を辞任したことは当事者間に争いがなく(《証拠省略》によっても明らかである。)、したがって、控訴会社代表取締役たる遠藤一夫は当然に本訴訟における控訴会社の代表権を取得したことになるが、同人において控訴会社の従前の訴訟行為を追認しない旨を明らかにしている以上、原審において改めて適法な訴訟行為をさせるのが相当であり、そうとすれば控訴会社に対する本件訴えはこれを却下することなく、本件中右取消しに係る部分を原審に差し戻して審理させるのが相当である。

二  控訴人遠藤一夫に対する請求について

1  請求原因1ないし5の事実及び被控訴人が控訴人遠藤に対し、昭和五九年一〇月一日到達の書面をもって、同年九月末日までの滞納賃料合計三五万八三六〇円を同年一〇月四日までに支払うよう催告したことは当事者間に争いがない。

2  《証拠省略》によれば、右催告にかかる滞納賃料の内訳は、本件土地(一)の分が、昭和五八年一〇月から昭和五九年九月まで一か月一万八七八〇円宛一二か月分として合計二二万五三六〇円、本件土地(二)の分が、昭和五九年二月から同年九月まで一か月一万七〇〇〇円宛(ただし、昭和五九年二月分は内入れ金三〇〇〇円を控除した一万四〇〇〇円)八か月分として合計一三万三〇〇〇円であったことが認められる。

《証拠省略》によれば、右催告書を受け取った控訴人遠藤は、催告金額が自己の認識する滞納額と多少異なると考えたが(ただし、同控訴人は当時本件土地(一)につき昭和五九年三月までの賃料は支払ずみと錯覚する一方、賃料は前払いであり、かつ本件土地(一)の賃料は一か月二万円であると認識していたため、昭和五九年九月末日までに期限が到来したのは、本件土地(一)の分が昭和五九年四月から昭和六〇年三月までの一二か月分二四万円、本件土地(二)の分が昭和五九年二月から同年一〇月までの九か月分一五万三〇〇〇円、合計三九万三〇〇〇円になると考えていたので、催告が過大であると思った訳ではない。)、取敢えず知人から二五万円を借り受け、自己の所持金五万円と合わせて三〇万円を用意し、昭和五九年一〇月四日の午前九時三〇分頃被控訴人方に赴き、被控訴人に対し、全額ではないが滞納賃料を持参したので受け取って欲しい旨申し向けたか、被控訴人は、全額でないのなら受け取れない、この件については長持不動産(弁論の全趣旨により、有限会社長持商事不動産を指すものと認められる。以下においても単に「長持不動産」という。)にすべて任せてあるからそちらへ行って欲しい旨答えて受領を拒否したこと、そこで同控訴人は事態が容易でないことを感じ取り、不足額を知人から更に借り受けて補い三九万円を用意して長持不動産の営業所に赴いたが、社長の植木勝敏は不在であったため、従業員に事情を説明して三九万円を受け取ってくれるよう申し入れたが、従業員は以前同じような例があり、受け取ったところ社長に叱られたので受け取れないと言い受領を拒否されたこと、同控訴人は社長の帰りを暫時待ったが帰ってこないのでやむなく三九万円を持ち帰り、その後同日中に数回長持不動産に電話したが結局社長との連絡がとれなかったこと、翌日になって長持不動産の社長と会ったところ催告期限を徒過したからもはや受け取れないと言われたため、同控訴人は直ちに弁護士に供託手続を依頼し、同月五日、本件土地(一)につき昭和五九年四月から昭和六〇年三月まで一か月金二万円宛一二か月分二四万円、本件土地(二)につき昭和五九年二月から同年一〇月まで一か月一万七〇〇〇円宛九か月分一五万三〇〇〇円の賃料を供託したことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

3  被控訴人が控訴人遠藤に対し、昭和五九年一〇月五日到達の書面により前記催告にかかる賃料の不払いを理由として本件土地(一)、(二)の賃貸借契約を解除する意思表示をしたことは、当事者間に争いがない。

4  控訴人遠藤は、同控訴人が長持不動産の営業所に現金三九万円を持参し、同社の従業員に対し事情を説明して賃料を受領して欲しい旨申し入れたことにより、催告に係る滞納賃料の弁済の提供がなされたものであると主張するので、この点につき検討する。

先ず、長持不動産の弁済受領権限についてみるに、《証拠省略》によれば、長持不動産の代表者植木勝敏は従前から本件各土地の管理について被控訴人に助言を与え、前記催告手続も同人の指導によってなされたことが認められ、また前記のとおり、被控訴人は、同控訴人が催告に係る賃料の一部しか持参していないことを知るや、直ちにこの件に関してはすべて長持不動産に任せてあるのでそちらに行って欲しいと言って自らは受領を拒絶しているのであり、これらを合せ考えると、賃貸借契約解除の過程において被控訴人が控訴人遠藤との対応に戸惑う事態が生じたら植木に処理を任せることとの合意が事前に被控訴人と植木との間に成立していたものと認められ、これらの事実を総合すれば、植木は長持不動産の代表者として被控訴人から前記催告に係る滞納賃料を受領する権限を与えられていたと認めるのが相当である。

そうだとすれば、同控訴人が、長持不動産の営業所に催告に係る金額以上の金員を持参し、同所の従業員に対し、被控訴人に支払うべき賃料を持参した旨告げてその受領を求めたことは、催告に係る滞納賃料の弁済の提供として有効なものといわなければならない。《証拠省略》によれば、同控訴人は長持不動産の従業員に対し現金を提示したり、具体的な金額を告げたりまではしなかったことが認められるが、同所の従業員が社長植木のかねてからの指示によりその種の金員の受領を拒否するとの態度を明確にしたため、そこまでの提供をする余地がなかったものと認められるから、右事実によって弁済の提供としての効果が否定されるものではない。また、催告されたのが何月分の賃料であるかにつき同控訴人に一部錯誤があったこと前記のとおりであるが、金額として全額が提示されている以上、被控訴人の催告に係る賃料の提供としての効果を損なうものではないと解される。

したがって、控訴人遠藤は、催告に係る滞納賃料を催告期限内に提供したことによって遅滞に陥るのを免れたものというべく、同月五日になされた本件各土地賃貸借解除の意思表示はその効力を生ずるに由ないものといわなければならない。

もっとも右催告に係る延滞賃料中昭和五八年一〇月から昭和五九年三月までの本件土地(一)の賃料は後記のとおり供託もなされず現に未払のままになっていることが認められるが、《証拠省略》によれば、これは右賃料が既に支払ずみであるとの同控訴人の誤解に基づくものであって、その後は前記供託の分を含めて本件土地(一)、(二)の賃料とも引き続いて供託がなされていることが認められるのであり、右事実によれば、同控訴人が右未払分の賃料の支払を拒絶する意思であるとも認めがたいから、右未払の事実をもって前記解除が効力を生じたものとすることはできない。

5  控訴人遠藤が同月六日に滞納賃料の供託をしたことは前記のとおりであるところ、右に述べたところにより被控訴人に受領拒絶があったとみられるから、右供託は有効というべきである。ただし、同控訴人は本件土地(一)の賃料滞納が何月分からかにつき認識を誤っていたことから、供託に際し昭和五九年四月から一二か月分と指定し、そのため昭和五八年一〇月から昭和五九年三月まで六か月分の本件土地(一)の賃料の供託がなされなかったことになる。

6  以上により、被控訴人の控訴人遠藤に対する請求は、昭和五八年一〇月から昭和五九年三月までの本件土地(一)の賃料として金一一万二六八〇円の支払を求める限度において理由があるが、その余は理由がない。

三  よって、原判決中控訴人遠藤に関する部分は右と一部結論を異にするのでこれを本判決主文第一項1、2のとおり変更し、原判決中控訴会社に関する部分は、訴訟手続が法律に違背するのでこれを取り消したうえ、これを原審に差し戻すこととし、控訴人遠藤の関係において訴訟費用の負担につき民訴法九六条、八九条、九二条、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 森綱郎 裁判官 髙橋正 清水信之)

<以下省略>

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