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東京高等裁判所 昭和60年(行ケ)113号 判決

(争いのない事実)

一 本件に関する特許庁における手続の経緯、本願発明の要旨及び本件審決理由の要点が原告主張のとおりであることは、本件当事者間に争いのないところである。

(本件審決を取り消すべき事由の有無について)

二 原告は、本件審決は、本願発明と引用例記載の技術との構成及び作用効果上の差異を看過した結果、本願発明をもつて引用例記載の技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとの誤つた結論を導いたものである旨主張するが、以下に説示するとおり、本件審決の認定判断は正当であり、原告の右主張は、理由がないものというべきである。

前記本願発明の要旨に成立に争いのない甲第二号証(本願発明の特許公報)を総合すると、(1)本願発明は、フルオラン化合物を呈色反応性無色物質として含有する自己発色性のない感圧並びに感熱複写紙に関するものであるところ、前記本願発明の要旨中、一般式(Ⅰ)で表わされるようなフルオラン化合物を感圧複写紙に適用するには、例えば、特公昭四六―四六一四号特許公報に記載されている方法によればよく、また、一般に感圧複写紙用染料を感熱複写紙用染料として適用することは、特公昭四五―一四〇三九号特許公報に記載されているような方法で可能であり、右の一般式(Ⅰ)の化合物についても同様の方法で感熱複写紙に適用し得るのであるが、その場合には、感圧複写紙のように染料をゼラチン等のマイクロカプセルに封入した状態で使用するのでなく、染料自体を発色剤と共に微粉砕した状態で使用する関係上、特に染料自体の安定性が重要視されるところであり、例えば、単品で緑色又は黒色に発色する感圧複写紙用染料として、ベルギー特許第七四四七〇五号明細書にみられる2―アニリノ―6―ジエチルアミノフルオラン(緑色発色)及び2―アニリノ―3―メチル―6―ジエチルアミノフルオラン(黒色発色)等が知られているものの、これらの染料を前記特公昭四五―一四〇三九号特許公報の方法に従つてPVA水溶液と微粉砕後ビスフエノールA等と混合して感熱複写紙用塗料を調合すると、その段階で既に塗料自体が緑色又は黒色(自己発色)し、安定性の面で実用性に耐え得る感熱複写紙を製造することが非常に困難であつたこと、(2)本願発明の発明者は、右のような自己発色の欠点の解決を目的として研究中、前記一般式(Ⅰ)に示すようにアニリノ基にハロゲンを導入することにより、自己発色を完全に防止し得ることを知り、かつ、ハロゲンの導入により、耐光性、耐水性及び昇華性等も改良され、非常に有用な染料となることを発見したものであつて、これらフルオラン化合物は感熱複写紙用染料として非常に有用であるのはもとより、感圧複写紙用染料としても実用価値の高いものであるところ、本願発明の発明者は、これらの化合物を合成中、更に、フエニル基に導入されるハロゲンの位置が前記一般式(Ⅰ)に示すオルトのもののみが黒色に発色し、他はすべて緑系にしか発色しないことを発見し、これらの知見に基づき、本願発明の要旨(特許請求の範囲の記載に同じ。)のとおりの構成を採用し、これにより、所期の目的を達成したものであること、(3)参考例及び実施例に基づいて本願発明を説明すると、2―パラクロロアニリノ―6―ジエチルアミノフルオランをアルキルナフタレン―KMCA(商品名)を溶媒として溶かし、公知の方法によりゼラチン・アラビヤゴム水溶液の微細なカプセルに封入し、この水分散液を上葉下面に、酸性白土かフエノール化合物等の固体酸を下葉上面にそれぞれ塗布し、感圧複写紙を得ることができるが、この複写紙は、局部的に加圧することにより緑色に発色し、製造工程中における自己発色は全くなく(参考例1)、また、2―パラクロロアニリノ―6―ジエチルアミノフルオランとビスフエノールAとをそれぞれポリビニールアルコールの水溶液と摩砕した後、両者を混合して紙に塗布する公知の方法により感熱記録紙を得ることができるが、この記録紙は、熱ペン等の加熱により緑色に発色し、この記録紙の製造工程中はもとより、貯蔵中においても自己発色は全く起こらなかつた(参考例2)ところ、本願発明の2―オルトクロロアニリノ―6―ジエチルアミノフルオランを用いて参考例1の方法により感圧複写紙を得ることができるが、この複写紙は、顕色剤としての固体酸が酸性白土のときは黒色に、また、フエノール化合物のときは緑色にそれぞれ発色し、製造中における自己発色は全くなかつた(実施例)ことが認められる。他方、引用例の記載内容が本件審決の認定のとおりであることは原告の認めるところであり、これに成立に争いのない甲第三号証(引用例)を総合すると、引用例は、本願発明の当初の特許出願前に頒布された西独特許公開明細書であつて(この点は、原告の明らかに争わないところである。)、これには、種々のフルオラン化合物が感圧及び感熱複写紙として用いられていること、それらがいろいろの色に発色すること、その一つである2(N―P―クロルフエニルアミノ)―6―ジエチルアミノフルオランがシリカゲル上で暗緑色に発色すること、及び種々のフルオラン化合物について、顕色剤等との調合の際に自己発色の点を考慮することなく感圧及び感熱複写紙が製造されていること(実施例19、21ないし23、及び25ないし28)が記載されていることが認められる。

そこで、本願発明と引用例記載の技術とを対比考察するに、引用例記載の2―(N―P―クロルフエニルアミノ)―6―ジエチルアミノフルオランが、本件審決の認定のとおり、本願発明の明細書の発明の詳細な説明における命名法に即していえば、2―パラクロロアニリノ―6―ジエチルアミノフルオランであり、本願発明の2―オルトクロロアニリノ―6―ジエチルアミノフルオランと比較すると、アニリノ基のクロルの置換位置が本願発明ではオルト位であるのに対し、引用例記載のものではパラ位である点でのみ異なつていることは、原告の認めるところ、本願発明と引用例記載の技術との右の相違点について検討するに、本願発明は、前認定のとおり、2―オルトクロロアニリノ―6―ジエチルアミノフルオランを黒色呈色反応性無色物質として含有する自己発色性のない感圧及び感熱複写紙の構成を採用するものであるところ、前認定のとおり、引用例には、種々のフルオラン化合物が感圧及び感熱複写紙として用いられること及びそれらがいろいろの色に発色することが開示されているばかりか、成立に争いのない乙第二号証(特許異議の申立てにおいて提出された「発色確認試験方法とその結果」と題する書面)によると、フルオラン化合物は、同じ構造のものであつても、顕色剤が異なれば発色する色が相違するものであることが認められ、また、本願発明に関する前認定の事実中、2―アニリノー6―ジエチルアミノフルオランが緑色に、2―アニリノ―3―メチル―6―ジエチルアミノフルオランが黒色にそれぞれ発色することが従来から知られていることにもみられるように、フルオラン化合物は、構造がわずかに相違しても、発色する色が相違するものであることが従来から知られていたのであるから、当業者であれば、引用例記載の2―パラクロロアニリノ―6ージエチルアミノフルオランが前認定のとおりシリカゲル上で暗緑色に発色するからといつて、本願発明の2―オルトクロロアニリノ―6―ジエチルアミノフルオランが当然に暗緑色のみに発色するものと考えることはなく、むしろ、前示引用例記載の技術事項に基づき、本願発明の右のフルオラン化合物のようにクロルをオルト位に置換し、かつ、顕色剤を適宜選択することによつて、黒色に発色する感圧及び感熱複写紙を得る構成を試みてみようとすることは容易になし得ることといわざるを得ない。また、引用例には、種々のフルオラン化合物について、顕色剤等との調合の際に自己発色の点を考慮することなく感圧及び感熱複写紙が製造されている旨の開示があることは前認定のとおりであり、しかも、本願発明に関する前認定の事実によると、本願発明の発明者にしても、既に、参考例1として明細書に記載されている引用例記載のものと同じ2―パラクロロアニリノ―6―ジエチルアミノフルオランを用いた複写紙がその製造工程中全く自己発色しないという知見を得ていたほどであるから、当業者であれば、本願発明の自己発色性がない感圧及び感熱複写紙の構成にしても、引用例に開示されている右技術事項に基づき容易に想到し得るものといわなければならない。更に、右認定判断によると、本願発明の感圧及び感熱複写紙が黒色に発色し、かつ、自己発色しないという作用効果も、当業者であれば、引用例に開示されている前示技術事項に基づき容易に予測し得るところであつて、格別のものというを得ないものというべきである。以上によれば、本願発明は、引用例記載の技術に基づき当業者が容易に発明をすることができたものと認めるのが相当である。原告は、一般当業者間において、フルオラン化合物について、クロルがパラ位に置換したものもオルト位に置換したものも同色を示すものと考えられていたものであつて、引用例にもその例が記載されているところであるから、当業者は、引用例記載の2―パラクロロアニリノー6―ジエチルアミノフルオランが暗緑色に発色するのであれば、本願発明の2―オルトクロロアニリノ―6―ジエチルアミノフルオランも当然に暗緑色に発色するものと考え、黒色に発色するとは考えない旨主張するところ、前掲甲第三号証(引用例)によれば、引用例には、原告主張のような同色を示すものが記載されていることが認められるが、前説示によると、右のような例もあり得るというにすぎず、かえつて、一般当業者間においては、わずかな構造の相違やどのような顕色剤を用いるかによつて異なる色に発色するものと考えられていたものであつて、原告主張のようにパラ位に置換したものもオルト位に置換したものも当然に同色に発色するものと考えられていたとは認められず、したがつて、原告の右主張は、採用することができない。また、原告は、本願発明は単品にて黒色に発色するという格別の効果を奏するものである旨主張するが、黒色に発色するということが格別の効果というを得ないことは、前説示のとおりであるから、原告の右主張も、採用の限りでない。なお、この点に関して、原告は、本件審決は本願発明の作用効果を判断する前提において本願発明の要旨の認定を誤つている旨主張するが、たとい、原告主張のような要旨認定の誤りがあるとしても、それは、本願発明の効果が格別のものではない旨の前示判断を左右するものではないから、結局、原告の右主張も、採用するに由ないものといわざるを得ない。更に、原告は、以上判断を加えた主張等を前提として、本願発明は引用例記載の技術から容易に発明をすることができたものではない旨主張するが、叙上説示するところによれば、本願発明は引用例記載の技術に基づいて容易に発明をすることができたものというべきであり、したがつて、原告の右主張もまた、採用することができない。

(結語)

三 以上のとおりであるから、その主張の点に判断を誤つた違法のあることを理由に本件審決の取消しを求める原告の本訴請求は、理由がないものというほかない。よつて、これを棄却することとする。

〔編註〕 本願発明の要旨は左のとおりである。

下記一般式(Ⅰ) <省略>

(ただしRはメチル基またはエチル基を表わす)

で表わされるフルオラン化合物を黒色呈色反応性無色物質として含有する自己発色性のない感圧ならびに感熱複写紙。

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