東京高等裁判所 昭和60年(行ケ)118号 判決
一 請求の原因一(特許庁における手続の経緯)、二(本件補正前の実用新案登録請求の範囲)及び三(本件補正却下決定の要点、審決の理由の要点)の事実は、当事者間に争いがない。
二 そこで、原告主張の審決の取消事由の存否について判断する。
1 本件補正における実用新案登録請求の範囲は、<1> 現像タンクの現像液中に、一部が浸漬された状態で回転自在に設けてなる現像液塗布ロールと、<2> その上部周面に圧接された筋目入り加圧ロール、<3> 及び前記塗布ロールの周面に弾接され定位置に固定された一枚又は複数枚のワイパーブレードよりなり、<4> 前記加圧ロールは定位置に固定されて回転駆動されるとともに、<5> これに対応する塗布ロールは、該塗布ロールの端部軸を縦長のガイド溝よりなる凹入部に下から嵌入した状態でばねの附勢に抗して押し下げ、かつ押し下げ位置に保持する可動軸支板に支承し、<6> この軸支板により塗布ロールの押し下げを操作するように構成したことを特徴とする複写機の現像装置(<1>ないし<6>の符号は便宜上付したもの)であることは、当事者間に争いがない。
本件補正却下決定は、本件補正の内容が、実用新案登録請求の範囲において、「塗布ロールを定位置に固定された加圧ロールと固定ワイパーブレードとに下側からばねの附勢で同時に弾接し且つ同時に離間すべく」を削除する点を含むものと認定したものであるが、これに対し、原告は、右決定が削除されたと認定した点は本件補正における実用新案登録請求の範囲の記載から自明であり、本件補正により削除されたものとはいえない旨主張する。
そこで、本件補正前の実用新案登録請求の範囲と本件補正における実用新案登録請求の範囲とを、塗布ロールと加圧ロール及び固定ワイパーブレードとの配置構造関係について対比すると、本件補正における実用新案登録請求の範囲には、本件補正却下決定が摘示した事項のうち、「塗布ロールが下側からばねの附勢で加圧ロールに弾接する」点は、前記<1>、<2>、<5>の要件を総合することにより記載されているものと認められる(塗布ロールが下側から加圧ロールに弾接する点は、本件補正前の実用新案登録請求の範囲と本件補正における実用新案登録請求の範囲との間で相違がないことは被告において認めて争わないところである。)が、「塗布ロールを加圧ロールと固定ワイパーブレードとに同時に弾接し且つ同時に離間する」点及び「塗布ロールを固定ワイパーブレードに下側から弾接する」点は、前記<1>ないし<6>の個々の要件のいずれによつても記載されているものとは認められず、また、前記<1>ないし<6>の要件を総合しても、これが記載されているものと認められず、かつこれが当業者にとつて自明の事項ともいうことができない。また、この点は、本願考案を作用的に表現したものであり、本件補正により構造的な文言に改めただけであるとする根拠もない。
したがつて、原告の前記主張は採用することができない。
2 原告は、現像液に一部が浸漬された状態の塗布ロールに加圧ロールとワイパーブレードを設ける場合において、ワイパーブレードの取付位置は、塗布ロールの回転が反時計方向であれば、塗布ロールの周面の現像液汲上げ側とし、しかもロールの上半部を選定するのが技術常識であり、この場合に塗布ロールのみを押し下げるように降下させると、塗布ロールは加圧ロールと固定ワイパーブレードから同時に離間し、引き上げると同時に弾接することは自明であり、ワイパーブレードを塗布ロールの下半部に設けた場合でも塗布ロールの押し下げ距離を若干大きくすれば同様の結果を得られるから、「塗布ロールを加圧ロールと固定ワイパーブレードとに同時に弾接し且つ同時に離間すること」は、当業者にとつて自明の事項である旨主張する。
ワイパーブレードの取付位置を現像液汲上げ側とし、しかもその上半部に設けることが当業者にとつて技術常識であつたことは証拠上明らかでないが、仮にそのことが技術常識であつたとしても、ワイパーブレードの取付位置が前記上半部と下半部のいずれの場合においても、この状態で塗布ロールのみを押し上げ、又は引き上げると、塗布ロールは加圧ロールと固定ワイパーブレードとに同時に弾接し、かつ同時に離間するとは限らないのであつて、塗布ロールと加圧ロール及び固定ワイパーブレードとの配置の仕方及びそれらの構造によつては、(イ) 塗布ロールは、加圧ロールから早く離間するが、固定ワイパーブレードからは遅く離間し、又は固定ワイパーブレードに早く弾接するが、加圧ロールに遅く弾接する、(ロ) 塗布ロールは、固定ワイパーブレードから早く離間するが、加圧ロールから遅く離間し、又は加圧ロールに早く弾接するが、固定ワイパーブレードに遅く弾接するなど、三者の部材の弾接、離間の時間的前後関係には様々の態様があり得ることは明らかであり、本件補正によつて改められた実用新案登録請求の範囲には、それらの各場合を排除して、「塗布ロールを加圧ロールと固定ワイパーブレードとに同時に弾接し且つ同時に離間する」ために必要な塗布ロールと加圧ロール及び固定ワイパーブレードとの配置構造関係が記載されているものとは認められず、また、右配置構造関係は、当業者が原告の主張する前記技術常識をわきまえておりさえすれば、自明的なこととして理解することができる事項とも認めることができない。
したがつて、原告の前記主張は理由がない。
3 原告は、本件補正前の実用新案登録請求の範囲に記載された「塗布ロールを定位置に固定された加圧ロールと固定ワイパーブレードとに下側からばねの附勢で同時に弾接し且つ同時に離間すべく」するという点は機能そのものであり、作用効果であるから、考案の構成に欠くことのできない事項ではない旨主張する。
願書に添附すべき明細書の実用新案登録請求の範囲には考案の詳細な説明に記載した考案の構成に欠くことができない事項を記載しなければならない(実用新案法第五条第四項)。ここにいう考案の構成に欠くことができない事項とは、考案の目的を達成するために必要不可欠な技術的手段を指称するが、この技術的手段は通常複数の手段からなつており、個々の技術的手段は、接続、位置などの面において一定の相互関係に立つているから、それらの関係が考案の構成に欠くことができないものである限り、これもまた実用新案登録請求の範囲に記載しなければならない。前記1において本件補正における実用新案登録請求の範囲に記載されていないものと認定した「塗布ロールを加圧ロールと固定ワイパーブレードとに同時に弾接し且つ同時に離間する」点及び「塗布ロールを固定ワイパーブレードに下側から弾接する」点についてみると、成立に争いのない甲第二号証の一ないし四によれば、本願考案は、塗布ロールと加圧ロール及びワイパーブレードとの離間を別個の機構の操作によつて行う従来技術の欠点を改良することを技術課題とし、その解決のために「塗布ロールを加圧ロールと固定ワイパーブレードとに同時に弾接し且つ同時に離間」し、これに関連して「塗布ロールを固定ワイパーブレードに下側から弾接する」構成を採択したものと認められるから、本件補正前の実用新案登録請求の範囲には、この点を塗布ロールと加圧ロール及び固定ワイパーブレードの配置構造に関するもので本願考案の構成に欠くことができない事項として記載したものと認めるのが相当であり、これを効果に関する記載であるとみる余地はない。
また、考案を開示して完全な法的保護を図ろうとする場合、実用新案登録請求の範囲の一部を機能的に表現せざるを得ないことがあり、そのようなとき、その部分につき具体的な技術的手段を記載しないで機能ないし作用を中心に記述することも許されないわけではないが、このような機能的記載事項も実用新案登録請求の範囲の一部をなすものであるから、一定の事項を機能的に表現したものとしながら、それは考案の構成に欠くことができない事項でないとすることは許されないこというまでもない。
原告の前記主張は以上の説示に反する見地に立つて本件補正却下決定の判断の誤りをいうものであつて、採用できない。
4 以上の理由により、本件補正却下決定が、本件補正は、実用新案登録請求の範囲において、「塗布ロールを定位置に固定された加圧ロールと固定ワイパーブレードとに下側からばねの附勢で同時に弾接し且つ同時に離間すべく」を削除する点を含むものであり、その結果実用新案登録請求の範囲は実質上拡張されたものと認めて本件補正を却下したことは正当であるから、本件補正却下決定が違法であることを前提として、審決の判断が誤りであるとする原告の主張は、その前提を欠き失当というべきである。
三 よつて、審決の違法を理由にその取消しを求める原告の本訴請求は失当としてこれを棄却することとする。
〔編註〕 本件補正前の実用新案登録請求の範囲は左のとおりである。
現像タンクの現像液中に一部が浸漬された状態で回転自在に設けられた現像液塗布ロールと、その上部周面に圧接されて回転駆動する筋目入りの加圧ロール3、及び前記塗布ロールの周面に弾接された一又は複数枚のワイパーブレードとよりなる複写機において、前記加圧ロールとワイパーブレードとを夫々定位置に固定して設けると共に、これに対応する塗布ロールを前記定位置に固定された加圧ロールと固定ワイパーブレードとに下側からばねの附勢で同時に弾接し且つ同時に離間すべく下方へ押下げ可能に軸支せしめたことを特徴とする複写機の現像装置。