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東京高等裁判所 昭和60年(行ケ)147号 判決

事実及び理由

(争いのない事実)

一  本件に関する特許庁における手続の経緯、本願考案の要旨及び本件審決理由の要点が原告ら主張のとおりであることは、本件当事者間に争いのないところである。

(本件審決を取り消すべき事由の有無について)

二 原告らは、本件審決は、本願第一考案と第一引用例ないし第三引用例記載の考案との構成及び作用効果上の差異を看過した結果、本願第一考案をもつて第一引用例ないし第三引用例記載の考案に基づいて当業者が極めて容易に考案をすることができたものとの誤つた結論を導いたものである旨主張するが、以下に説示するとおり、本件審決の認定判断は正当であり、原告らの右主張は、理由がないものというべきである。

前記本願考案の要旨に成立に争いのない甲第二号証(本願考案の願書並びに願書添付の明細書及び図面)を総合すると、(1)本願第一考案は、シメジ、エノキダケ、ナメコ及びマツシユルームなどの茸培養体の培養及び移送に用いられる培養袋に関するものであるところ、従来、茸培養体の培養及び移送は、ポリプロピレンなどの瓶に滅菌した大鋸屑を入れ、茸菌(いわゆる種ごま)を種づけしたうえ、茸菌の必要とする空気を雑菌が入らないように供給するため、瓶の開口部に綿で封をして行われるか、又はポリプロピレン袋に茸菌を種づけした大鋸屑を入れ、袋の開口部を綿で封をして行われていたが、これら開口部の封は、綿を圧縮して行うものであつて、熟練した技術を必要とするため、ときにバクテリアなど雑菌が侵入する欠点があつたので、右の欠点の解決を目的として、本願考案の要旨1の構成(実用新案登録請求の範囲1の記載に同じ。)を採用し、これにより、所期の目的を達成したものであること、(2)本願第一考案で用いられるプラスチツクフイルムは、ポリプロピレン、ポリエステル、ポリカーボネート、高密度ポリエチレン、ナイロン、ビニロン、ポリ塩化ビニル、塩化ビニリデン系共重合体フイルムなどの合成樹脂フイルムであるが、その袋の中に大鋸屑を入れ、大鋸屑中の雑菌を加熱滅菌するため、耐熱温度の高い、ポリプロピレン、高密度ポリエチレン、ポリエステル及びナイロンなどの厚さ一〇μないし一〇〇μのものが好ましく、また、本願第一考案で用いられる多孔プラスチツクフイルムは、茸菌が培養、育成されるのに必要な酸素の供給をバクテリアなど雑菌の侵入を防ぎつつ行わせるためのものであるから、その穴径は、バクテリアよりも小さく、しかも、茸の培養に必要な酸素を供給することができるものでなければならず、したがつて、直径〇・四μ以下の小孔が多数穿孔されているもの、殊に、直径〇・〇二μないし〇・三μの小孔が空孔度(ASTMD―二八七三)二〇%以上設けられている厚さ一〇μないし一〇〇μのポリプロピレン、ポリエステル、ポリエチレン及びナイロンなどのフイルムが好ましいことが認められる。他方、第一引用例に本件審決認定のとおりの技術事項の記載があることは原告らの認めるところ、右記載に成立に争いのない甲第四号証(第一引用例)を総合すると、第一引用例は、本願考案の実用新案登録出願前に日本国内において頒布された実用新案公報であつて(この点は、原告らの明らかに争わないところである。)、第一引用例記載の考案は、上方周縁部に通気口を形成した合成樹脂製袋体に、上方開口の有底容器全体を収納せしめるようにした培養器に関するものであるところ、従来、一般に使用されている培養器は、牛乳瓶形状に形成されているガラス瓶又はポリ瓶の口を、綿栓又はスポンジ栓によつて密封するよう構成されているが、口の大きさの割合に対して通気口が大きいため、培養器中の上方の水分が蒸発し、かつ、その通気口を通じて雑菌が侵入するため、培養器中の上方の菌糸が死滅することが度々あり、また、原菌の接種が一個所の通気口を通じてしかなされないため、原菌を均一に培養器中に拡散することができず、更に、培養器の口そのものが小さいため、茸採取量がおのずから少ない等未だ多くの欠点があつたので、このような欠点を解消し、培養器の水分の蒸発を抑制して一定の湿度を保持するとともに、雑菌の侵入を防ぎ、かつ、液体種菌を培養器中に均一に注射接種して茸の量産を図ることを目的として、上方周縁の適当個所に複数個の通気口を設けるとともに、この通気口にスポンジ性の連続気泡形発泡樹脂成型体を貼着してなる耐熱性合成樹脂製袋体の内部に、上方開口の有底容器全体を収納し、かつ、上記袋体の上端部をほぼ円錐状に絞つて密封したことを特徴とする食用茸の人工栽培用培養器の構成を採用し、これにより、所期の目的を達成したものであることが認められる。

そこで、本願第一考案と第一引用例記載の考案とを対比考察するに、両者は、本件審決認定のとおり、プラスチツクフイルムの一部分が、バクテリアなど雑菌の侵入を防ぎ、かつ、茸菌の培養に必要な酸素を供給することができる多孔プラスチツクよりなる茸菌培養体袋の構成の点において一致し、(1)多孔プラスチツクの形状が、前者ではフイルムであるのに対し、後者ではスポンジ性の連続気泡形発泡樹脂成型体である点及び(2)多孔プラスチツクに設けた穴径が、前者では〇・〇二μないし〇・四μであるのに対し、後者ではそれが明らかでない点において相違することは、原告らの認めるところであるから、前認定の事実に基づき、右相違点(1)及び(2)について順次検討すると、(1)本願第一考案において用いられるフイルムは、ポリプロピレン、ポリエステル、ポリカーボネート、高密度ポリエチレン、ナイロン、ビニロン、ポリ塩化ビニル、塩化ビニリデン系共重合体フイルムなどの合成樹脂フイルムであるところ、第三引用例にその記載があることについて原告らの認める本件審決認定の技術事項に成立に争いのない甲第六号証(第三引用例)を総合すると、第三引用例は、本願考案の実用新案登録出願前に日本国内において頒布された実用新案公報であつて(この点は、原告らの明らかに争わないところである。)、第三引用例記載の考案は、内面が熱接着性である不通気性包材の両端縁の間隙を保持して突き合わせた接合部の内面に通気性を有するフイルターテープを熱接着してなる包装袋であり、そのフイルターテープは、クラフト紙、カード紙、和紙等の紙材、発泡ポリスチレン、発泡ポリスチロール等の連続気泡の発泡合成樹脂シート、ポリエチレン、ナイロン等の合成樹脂不織布シート等の単層若しくは複合体よりなることが認められ、また、ポリエチレン、ナイロン等をフイルムとしても用いることは、従来慣用の技術であるというべきであるから、当業者であれば、右の第三引用例に開示された技術事項及び慣用の技術事項に基づき、第一引用例記載の考案において用いられているスポンジ性の連続気泡形発泡樹脂成型体に代えて、本願第一考案において用いられているようなフイルムを採用することは極めて容易なことであるといわざるを得ず、また、(2)本願第一考案において用いられている多孔プラスチツクフイルムは、前認定のとおり、例示されているものでは、ポリエチレン、ナイロンなどの厚さが一〇μないし一〇〇μ程度のものであるというのであつて、極めて薄いものであり、孔に侵入したバクテリアなど雑菌を孔の途中で阻止するというような機能を有するものではないから、バクテリアなど雑菌の袋内部への侵入を防ぐためには、バクテリアなど雑菌が孔に侵入すること自体を阻止せざるを得ず、そのためには当然のこととして、多孔プラスチツクフイルムの穴径は、バクテリアなど雑菌の粒子直径よりも小さくするほかはないところ、本願考案の実用新案登録出願前に日本国内において頒布された刊行物であることについて原告らの明らかに争わない第二引用例には、本件審決認定のとおり、バクテリアの粒子直径は〇・三μないし一〇μ、かびの粒子直径は二μないし二〇μ、ビールスの粒子直径は〇・〇二μないし〇・三μである旨記載されていることは、原告らの認めるところであつて、当業者であれば、第二引用例記載の右技術事項に基づき、本願第一考案の多孔プラスチツクフイルムについてその穴径を〇・〇二μないし〇・四μとする構成を採用するがごとき程度のことは極めて容易になし得ることというべきであり、更に、以上の説示に照らしおのずから明らかなように、バクテリアなど雑菌の侵入を防止し得るという本願第一考案の効果は、右の構成を採用したことによる当然の効果であり、また、必要な酸素を供給するという効果や原告らの主張する茸菌の成育の際の炭酸ガスの排出の効果にしても、右の穴径の構成を採用したうえで、当業者において空孔度を適宜選択することによりもたらすことのできる効果であつて、いずれも格別のものということはできず(本願第一考案の効果に関し、原告らの挙示する甲第一〇号証ないし第一二号証も叙上認定を覆すに足りない。)、したがつて、本願第一考案は、第一引用例ないし第三引用例記載の考案に基づき当業者が極めて容易に考案をすることができたものと認めるのが相当である。原告らは、第三引用例記載のフイルターテープの形状はシート又はフイルムと解するのが相当であるとした本件審決の判断は、本願第一考案の多孔プラスチツクフイルムと第三引用例記載のフイルターテープあるいは第一引用例記載のスポンジ性の連続気泡形発泡樹脂成型体とのミクロ構造、特に穴径における顕著な差異を看過した点において誤つている旨主張するが、本件審決の右判断は、第三引用例記載の「シート等」の中にフイルムが含まれているか否かについて判断するにすぎないものであつて、穴径における差異等について判断するものではなく(穴径については、本件審決は、相違点(2)に関して別に判断を示している。)、したがつて、原告らの右主張は、本件審決の判断しない事項についてその誤りをいうものにすぎず、採用することができない。また、原告らは、本願第一考案と第一引用例記載の考案との相違点(1)についての本件審決の判断は、本願第一考案の多孔プラスチツクフイルム、第一引用例記載のスポンジ性の連続気泡形発泡樹脂成型体及び第三引用例記載のフイルターテープのミクロ構造の穴径の差異や機能特性又は用途上の差異を考慮しない点において誤つている旨主張するが、本件審決の右判断は、多孔プラスチツクの形状が、本願第一考案ではフイルムであるのに対し、第一引用例記載の考案ではスポンジ性の連続気泡形発泡樹脂成型体であるとの相違点について、右のスポンジ性の連続気泡形発泡樹脂成型体に代えて、フイルムを用いることが極めて容易であるか否かについて判断するにすぎないものであつて、穴径の差異等は右判断を妨げるものとは解し難く、したがつて、原告らの右主張も、採用するに由ないものといわざるを得ない。更に、原告らは、本願第一考案と第一引用例記載の考案との相違点(2)についての本件審決の判断は、第一引用例記載のスポンジ性の連続気泡形発泡樹脂成型体あるいは第三引用例記載のフイルターテープの穴径が〇・四μよりもかなり大きいという実態と相いれないものであつて、本願第一考案のように多孔プラスチツクフイルムの穴径をバクテリア等の直径よりも小さく〇・〇二μないし〇・四μとすることは事理上当然のことではないのに、事理上当然のことであるとした点において誤つている旨主張するが、仮に、第一引用例記載のスポンジ性の連続気泡形発泡樹脂成型体あるいは第三引用例記載のフイルターテープの穴径が〇・四μよりもかなり大きいものであるとしても、右のスポンジ性の連続気泡形発泡樹脂成型体に代えて、第三引用例記載のフイルターテープをなすシートあるいは慣用されているフイルムを用いる場合において、本願第一考案の多孔プラスチツクフイルムのように極めて薄いものを用いる場合には、バクテリアなど雑菌の袋内部への侵入を防ぐためには当然のこととして、穴径がバクテリアなど雑菌の直径よりも小さいものを用いるほかないことは、前説示のとおりであるから、本願第一考案のように多孔プラスチツクフイルムの穴径をバクテリア等の直径よりも小さくすることは事理上当然のことであるとした本件審決の判断は、正当というべきである。なお、原告らは、本願第一考案における穴径の数値限定は、酸素の供給と茸菌の成育の際の新陳代謝による炭酸ガスの排出の必要性を勘案した臨界的条件としての数値限定である旨、また、培養体に対する適度の水分の維持に関しるる主張するが、本願第一考案における酸素の供給及び炭酸ガスの排出の点は、前説示のとおり空孔度を適宜選択することに帰する問題であり、培養体に対する適度の水分の維持の問題は、原告らの主体自体から明らかなとおり本願考案の実用新案登録請求の範囲3に関する問題であつて、本願第一考案とは関係がないものというべきである。したがつて、原告らの叙上各主張は、いずれも採用の限りでない。更に、この点に関して、原告らは、食用茸の人工栽培用容器は、本願考案の実用新案登録出願当時、種々の材料のものが用いられており、その穴径にしても、〇・〇二μないし〇・四μであることが当然であるとされていたものではなく、むしろ、穴径が〇・五μよりも大きいものが用いられていたものであつて、当業者にとつては、本願第一考案の多孔プラスチツクフイルムのような穴径のものを用いることは、事理上当然のこととされていたものではない旨等主張するが、たとい、本願考案の実用新案登録出願当時、食用茸の人工栽培用容器として種々のものが用いられ、その穴径が〇・五μよりも大きいものであつたとしても、本願第一考案の多孔プラスチツクフイルムのような厚さの極めて薄いものを用いる場合において、バクテリアなど雑菌の袋内部への侵入を防ぐためには、穴径がバクテリアなど雑菌の直径よりも小さいものを用いるほかはなく、このことは、何ら考案力を要しない当然のことといわざるを得ないことは、前説示に照らし明らかであるから、原告らの右主張も、採用することができない。更にまた、原告らは、本願第一考案は、それが現に広く実施されていることにみられるとおり、実用価値があるなど顕著な効果を奏するものである旨主張するが、茸菌が培養、育成されるのに必要な酸素の供給をバクテリアなど雑菌の侵入を防ぎつつ行うことができるという本願第一考案の効果が格別のものということができないことは、前説示のとおりであるから、原告らの右主張もまた、採用の限りでない。

(結語)

三 以上のとおりであるから、その主張の点に判断を誤つた違法のあることを理由に本件審決の取消しを求める原告らの本訴請求は、理由がないものというほかない。よつて、これを棄却することとする。

〔編註〕本願考案の要旨は左のとおりである。

1  プラスチツクフイルムの一部分が、穴径〇・〇二~〇・四μの多孔プラスチツクフイルムであるフイルムより成ることを特徴とする茸菌培養体袋。(別紙図面(一)参照)

2  多孔プラスチツクフイルムがポリプロピレン、ポリエステル、高密度ポリエチレン、ナイロンより選ばれたものである実用新案登録請求の範囲第一項記載の茸菌培養体袋。

3  多孔プラスチツクフイルムの大きさが茸菌培養体容量の一ιに対して一〇~一〇〇cm2の面積である実用新案登録請求の範囲第一項記載の茸菌培養体袋。

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