大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和60年(行ケ)157号 判決

一 請求の原因一(特許庁における手続の経緯)、二(本願発明の要旨)及び三(審決の理由の要点)の事実は、当事者間に争いがない。

二 そこで、原告主張の審決の取消事由の存否について判断する。

原告は、相違点(1)につき、本願発明において、連鎖延長剤として、エチレングリコールと分子量一八〇〇未満の少なくとももう一種類のポリオールとの混合物を使用することは、当業者にとつて容易に想到し得る程度のことにすぎないとした審決の判断は誤りである旨主張するので、まず、この点について検討する。

1 成立に争いのない甲第二号証(特許願書)、第四号証の二(昭和五七年二月八日付け手続補正書)によれば、本願明細書の発明の詳細な説明には、「圧縮表面を有する成形品が、型内発泡(略)により、たとえばいくつかの反応性水素とポリイソシアネートとを含有する化合物を基礎とする反応性で発泡性の混合物を型内に導入することにより、ポリウレタンフオームから製造されることは公知である。」(同願書添付の明細書第二頁第一四行ないし末行)、「圧縮外側スキンを有するポリウレタンフオーム、いわゆる一体的フオーム(integral foams)は、長い間商業的規模で製造されてきた。処理後に、エラストマーと似た範囲の性質を有する材料を与える特別な、直鎖のまたは僅かに枝分れている出発材料は、重応力成形品(heavily stressed mouldings)に使用される。」(同第三頁第一五行ないし第四頁第三行)、「出発原料は、好ましくは、いわゆる反応射出成形法(RIM法)によつて処理される。これは、充填法であり、高反応性の液体出発成分が、いわゆる強制制御混合ヘツド内での混和後に、高出力、高圧計量ユニツトを通じて型内に急速に導入され(中略)成形品が製造される。(中略)これらのPUR―エラストマーの弾性率は、温度によつて実質的に影響を受けてはならない。エラストマーは、高い温度下で十分に剛直でしかも低温時でも柔軟であらねばならない。」(同第四頁第五行ないし第五頁第一行)、「この性質は、連鎖延長剤としてエチレングリコールを使用することによつて最もよく得られることが確認されている。残念ながら、このようにして製造された材料は、型からの除去に際し全く不適当な表面硬度を有する欠点がある(不適当な“生強度”)。この不適当な生強度は、成形温度が五〇度Cであつても屈曲に際する成形品の表面の亀裂の表われおよび表面層の分離に反映される。さらに、型のシーリング面のまわりのばりが極端にもろく、密着性の膜をつくらないので型の洗浄が複雑となることが明らかとされている。これらの性質は、成形温度を上げることにより僅かに改善され得るが、この手段は、成形品が型から外されるとき、成形品の剛直性に悪影響を与える。したがつて、商業的規模で全ての実際的必要条件を満たす成形品を製造することは、エチレングリコールが、連鎖延長剤として使用される場合でもRIM法では実質的に不可能である」(同第五頁第二行ないし第一九行)、「少なくとも、もう一種類のポリヒドロキシル化合物が、エチレングリコールへ加えられるなら、少なくとも二種類のポリヒドロキシル化合物の混合物が、連鎖延長剤として使用されるなら、優れた生強度を有する成形品が前記の方法によつて得られることが予期せざることに確認された。このようにして、PUR―エラストマーは、成形品が、かなりの程度で引張られねばならないアンダーカツト付型からの除去に耐え得て、かつ表面亀裂の進展を伴わない。」(同第五頁末行ないし第六頁第九行)、「発泡性混合物は、成形品が、〇・八ないし一・一g/ccの密度を有するような量で型内に導入される。」(同第二六頁第七行ないし第一〇行)と記載されていることが認められる。また、前掲甲第二号証によれば、連鎖延長剤以外の原料及び成形条件は後記例2のものと同一とし、連鎖延長剤としてエチレングリコールのみを用いた場合(例1、比較例)、「型からの除去後、得られるポリウレタンエラストマーは、表面からの皮の部分的分離を示し、屈曲により非常に重大な亀裂形成が周辺帯域にみられ」(前記明細書第二九頁第一行ないし第四行)たのに対し、連鎖延長剤としてエチレングリコールとトリメチロールプロパンを用いて得られたPUR―エラストマー(例2、本願発明の実施例)は、「何ら表面損傷を伴なうことなく型から除去され得、かつ屈曲によつて、周辺帯域に何ら亀裂を示さな」かつた(同第三〇頁第一七行ないし末行)ことが認められる。

前記本願発明の要旨及び右認定の事実によれば、重応力成形品に使用することができ、弾性率が温度によつて実質的な影響を受けない、〇・八ないし一・一g/cm3の密度を有するポリウレタン成形品は、連鎖延長剤としてエチレングリコールを用いることにより製造することができることは本件優先権主張日当時公知であつたが、右成形品は、その製造時に型から除去する際、不適当な生強度を有するという欠点があつたため、本願発明は、右密度を有する成形品の製造時に生ずる不適当な生強度を改善することを技術的課題とし、連鎖延長剤として、エチレングリコールと分子量一八〇〇未満の少なくとももう一種類のポリオールとの混合物を用いることにより、得られる成形品が、弾性率の温度安定性を保持して重応力成形品として使用することができる上、良好な生強度を有し、離型時に生じる表面の亀裂や表面層の分離、型の汚染を防止することができるという作用効果を奏するものであると認められる。

2 一方、成立に争いのない甲第三号証の二(引用例)によれば、引用例記載の発明は、緻密な表面(実質的に微細細胞の、実質的に非発泡のインテグラルスキン)を有するポリウレタンフオーム、例えば軟質又は半軟質ポリウレタンフオームの製造、それの出発原料及びその結果得られたポリウレタンフオームに関する(引用例第一頁左下欄第一八行ないし右下欄第三行)ものであることが認められ、引用例には、分子量七五〇ないし一〇、〇〇〇を有する少なくとも一種のポリオキシアルキレンポリオール、右ポリオキシアルキレンポリオールの重量を基準にして一〇ないし二五重量%量の、分子量五〇〇以下を有する少なくとも一種の脂肪族ジオール、及び前記ポリオキシアルキレンポリオールの重量を基準にして一ないし七重量%量の、分子量五〇〇以下を有する少なくとも一種の脂肪族トリオールを含有するポリオール混合物が記載されており、このポリオール混合物は、反応触媒の存在下でポリイソシアネートと反応させることにより緻密な表面を有するポリウレタンフオームに成形し得ること、並びに右のようにして得られたポリウレタンフオームの中心部の密度は一二五ないし一三〇kg/m3であることがそれぞれ開示されていることは当事者間に争いがない。そして、前掲甲第三号証の二によれば、引用例の発明の詳細な説明には、「ポリオール成分のうちの通常のものは低い温度例えば五〇度C以下では通常混和し易くないことがわかつている。また、それから製造したポリウレタンフオームは望まれる多くのものを残している。即ち、不満足な外観および性質を有する緻密な表面を持つている。」(第一頁右下欄第一三行ないし第一八行)、「要求されたポリウレタンフオームの性質に適した分子量を有するポリオキシアルキレンポリオールを調節した量のある種の脂肪族ジオールおよびトリオールと組み合わせることによつて、有利な低温度特性を有するポリオール混合物の得られることを本発明に従つて今、見出した。(中略)このようなポリオール混合物が望ましい外観およびその他の性質を有する緻密な表面を持つモールデイングしたポリウレタンフオームを与え得ることもまた見出した。」(第一頁右下欄第一九行ないし第二頁左上欄第八行)と記載されていること、引用例に実施例として記載されているポリウレタンフオームの全体の密度は二〇〇kg/m3であること(第三頁右下欄表)がそれぞれ認められる。

右事実関係によれば、引用例記載の発明は、緻密な表面を有する、軟質又は半軟質のポリウレタンフオームの製造に用いられるポリオール混合物について、低温下でも混和しやすいポリオール混合物を提供することを技術的課題とし、前記分子量のポリオキシアルキレンポリオール、脂肪族ジオール及び脂肪族トリオールを前記重量%量で組み合わせて用いることにより、低温下でも十分に混和することができ、このポリオール混合物から製造されたポリウレタンフオームは望ましい外観と性質を有するものであるということができる。

なお、前掲甲第二号証及び成立に争いのない甲第八号証(宣誓供述書)によれば、引用例に実施例1として記載されているポリオール混合物の弾性率の温度安定性は、本願発明の実施例(本願明細書記載の例2)のそれに比して著しく劣ることが認められる。

3 ところで、前掲甲第三号証の二によれば、引用例の発明の詳細な説明には、「分子量五〇〇以下を有する適当な脂肪族ジオールには、モノエチレングリコール、ジエチレングリコール、モノプロピレングリコール、ジプロピレングリコール、ブタン―一、四―ジオールおよびヘキサン―一、六―ジオールが含まれる。本発明のポリオール混合物は二種のこのようなポリオールを含んでもよい。(中略)分子量五〇〇以下を有する適当な脂肪族トリオールには、トリメチロールプロパンおよびグリセリンが含まれるが、トリメチロールプロパンが好ましい。」(第二頁左下欄第一行ないし第一三行)と記載されていることが認められる。

しかしながら、前記認定のとおり、引用例記載の発明は、低温下でも混和しやすいポリオール混合物を提供することを技術的課題とし、そのために脂肪族ジオールと脂肪族トリオールを用いているのに対し、本願発明は、連鎖延長剤としてエチレングリコールを用いてポリウレタンフオームを製造する際の不適当な生強度を改善することを技術的課題とし、そのためにもう一種類のポリオールを用いているものであつて、両発明は、技術的課題を異にし、しかも、引用例記載の発明により得られたポリオール混合物を用いて成形したポリウレタンフオームは、中心部の密度が〇・一二五ないし〇・一三〇g/cm、全体の密度が〇・二g/cm3程度の半軟質のものであつて、引用例記載の発明は、本願発明におけるような〇・八ないし一・一g/cm3という高密度の成形品についてはその対象としておらず、連鎖延長剤としてエチレングリコールを用いて右密度の成形品を製造する際に生じる不適当な生強度を改善する手段について示唆するところはもとより、右不都合が生じること自体の認識もないものである。

してみれば、エチレングリコールが脂肪族ジオールの、トリメチロールプロパンが脂肪族トリオールのそれぞれ最も代表的な化合物であるとしても、本願発明において、連鎖延長剤として、エチレングリコールと分子量一八〇〇未満の少なくとももう一種類のポリオールとの混合物を使用することは、引用例の記載から当業者にとつて容易に想到し得る程度のことではないと認めるのが相当である。

4 被告は、生強度の点について、引用例には「望ましい外観およびその他の性質を有する緻密な表面を持つ」と記載されているから、引用例記載の発明も良好な外観を有する成形品を得るという本願発明と同一の作用効果を奏するものである旨主張する。

しかしながら、前記のとおり、引用例記載の発明には、〇・八ないし一・一g/cm3の密度を有するポリウレタン成形品を製造する際、連鎖延長剤としてエチレングリコールを用いた場合に不適当な生強度が生じるというようなことの認識はなく、しかも、引用例記載の発明により得られる成形品は半軟質のものであることからすると、引用例に記載されている、右「望ましい外観」が、本願発明において、生強度の改善により離型時に生ずる表面の亀裂や表面層の分離が防止されることによつて得られる外観と同一のものであるとは認め難いから、被告の右主張は理由がない。

以上のとおりであつて、相違点(1)につき、本願発明において、連鎖延長剤として前記混合物を使用することは、当業者にとつて容易に想到し得る程度のことにすぎないとした審決の判断を誤りであり、右誤りが審決の結論に影響を及ぼすことは明らかであるから、原告主張のその余の取消事由について検討するまでもなく、審決は違法として取消しを免れない。

三 よつて、審決の取消しを求める原告の本訴請求は正当としてこれを認容する。

〔編註〕 本願発明の要旨は左のとおりである。

a) 有機ポリイソシアネート、

b) 一八〇〇ないし一〇、〇〇〇の範囲の分子量を有するポリヒドロキシル化合物、

c) 連鎖延長剤として働く平均分子量六〇〇以下のポリオール混合物、

d) 通常の発泡剤及び

e) ポリウレタン化学で通常使用される任意に加えてもよい助剤および添加剤、

を基礎とした発泡性反応混合物の型内発泡によるポリウレタンエラストマーから圧縮周辺帯域と気泡質芯とを有する成形品の製法において、

A) ⅰ)エチレングリコールと、ⅱ)分子量一八〇〇未満の少なくとももう一種類のポリオールとの混合物であつて、成分ⅱ)が、ⅰ)+ⅱ)の総計を基礎にして五ないし三〇%Wの量である混合物c)を連鎖延長剤として使用すること、

B) 混合物c)を成分b)基礎として一〇ないし三〇%Wの量で使用すること、

C) ポリイソシアネートa)発泡性混合物がイソシアネート値九〇ないし一二〇を有するような量で使用すること、

及び

D) 得られた成形品が〇・八ないし一・一g/cm3の密度を有すること、

を特徴とする前記成形品の製法。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!