東京高等裁判所 昭和60年(行ケ)164号 判決
一 請求の原因一ないし三の事実は当事者間に争いがない。
二 審決摘示に係る第一引用例の記載内容、本願発明と同引用例記載の発明との一致点及び相違点は当事者間に争いがなく、この事実と成立に争いのない甲第二号証(本願発明の公告公報)、第三号証(引用例)によれば、両者は、塗料循環ないし攪拌用ポンプ(以下「塗料循環用ポンプ」という。)による塗装工程、洗滌工程及び濾過工程(塗装工程における塗料液或いは洗滌工程において回収される余剰塗料含有洗滌液(以下両者を含めて「塗料液」又は「電着塗料液」という。)の少なくとも一部を超濾過域に導いて濾過液と濃縮された塗料液とに分離する工程)からなるクローズドサーキツトによる電着塗装方法である点で一致し、本願発明では、濾過工程における超濾過域(実施例である別紙図面(一)第1図の7a、7b)からの濾過液(以下「超濾過液」という。)の少なくとも一部を塗料循環用ポンプ(実施例である同図面第一図の41―a、41―b、41―c、43、53、54)の軸封部であるメカニカルシールのフラツシング(メカニカルシールの冷却、潤滑のためポンプの吐出側からメカニカルシールに液体を供給すること)に使用するシール液として利用するのに対し、第一引用例では、濾過工程における超濾過域(別紙図面(二)第3図の19、19´)からの濾過液(超濾過液)を塗料循環用ポンプのシール液として利用することに関する記載がない点で相違すること、本願の公告公報に「電着塗料液の循環乃至は攪拌用のポンプとして各種のポンプが使用されているが、そのグランド部のシールはグランドパツキングや種々のメカニカルシールによつている。」との記載(三欄一行ないし四行)からみて、前記のように本願発明同様の工程による電着塗装技術である第一引用例記載の発明における塗料循環用ポンプも軸封部としてメカニカルシールを備えているものということができることが認められる。
また、審決摘示に係る第二引用例の記載内容は当事者間に争いがなく、これによれば、同引用例にはポンプのメカニカルシールのフラツシングに使用するシール液として固体粒子を含有するスラリーを分離して濾過した自液を使用する場合があることが記載されているものということができる。しかして、前掲甲第三号証によれば、第一引用例記載の発明における超濾過液は、超濾過装置により電着塗料液から固体粒子を含む濃縮された塗料液(スラリーの一種)が分離された自液であると認めることができるのであるから、同引用例記載の発明において、第二引用例の前記技術を適用し、自液である超濾過液を塗料循環用ポンプのメカニカルシールのフラツシング用シール液として利用することを思い付き、本願発明との前記相違点の構成を着想することに当業者としてさして困難はないものというべきである。
三 そこで、原告主張の取消事由について検討する。
1 取消事由(1)について
(一) 先ず、原告は一般の濾過と超濾過による分離技術の差を強調する。なるほど、成立に争いのない甲第九号証(「塗装技術」一九七一年一〇月号、昭和四六年一〇月一日理工社発行)によれば、超濾過は第二引用例に示されているフイルタ等による一般の濾過に比し一〇〇〇倍も微小な粒子を水その他の低分子量の物質から分離することができる技術であることが認められるから、第二引用例記載の濾過より超濾過による分離技術が濾過特性においてすぐれているということができる。しかし、前記争いのない第二引用例の記載及び成立に争いのない甲第四号証(第二引用例)によれば、メカニカルシールを備えたポンプのフラツシング用シール液とするためスラリーを前記のように濾過するのは、メカニカルシール損傷の原因となるスラリー中の固体粒子を除くことにあることが認められるから、第二引用例にはメカニカルシールの損傷防止のためスラリーから固体粒子を分離した自液をフラツシング用シール液とすることが開示されているものということができる。しかして、第二引用例の濾過よりすぐれた濾過特性を示す超濾過をクローズドサーキツトによる電着塗装技術に用いること自体は既に第一引用例に示されているところであるから、同引用例の超濾過により得られた電着塗料液の自液をメカニカルシールのフラツシング用シール液として利用することは、第二引用例に開示された前記のような技術から容易に着想できるものというべきである。原告主張の濾過による分離技術の差は、右の着想の容易性を否定する根拠とはなり得ない。
(二) また、フラツシング用シール液が塗料液に混入しても、それが電着塗料液の超濾過液(自液)であればもともと塗料液に含有されていたものであるので、水をシール液として用いる場合とは異なり、塗料液の劣化や塗料組成の実質的変動を生じないことは原告の自認するところであるから、仮に原告主張のように電着塗料液の濃度調整に支障があるため塗料循環用ポンプにフラツシング用シール液を用いることが本願出願前知られていなかつたとしても、このことも第一、第二引用例からの前記着想の容易性を否定する根拠とはなり得ない。
(三) 成立に争いのない甲第一〇号証(「塗装技術」一九七一年一一月号、昭和四六年一一月一日理工社発行)、第一一号証(「電着塗装」為広重雄外一名編昭和四四年一二月三〇日日刊工業新聞社発行)によれば、電着塗料液の超濾過液中にアミンが含有されていること、電着塗料浴においてアミン類が蓄積されて増加した場合にはアミンの量を正常値まで減少させる必要がある(これはアミンの量が増加すると塗料浴の組成が劣化するためと推認される。)ことが認められる。したがつて、電着塗料液の超濾過液をフラツシング用シール液として利用すれば、電着塗料浴にアミンが混入することは避けられないところ、前記甲第二号証によれば本願明細書にはこれに対する補償手段を構じた旨の記載はないことが認められるので、電着塗料液の超濾過液を利用する本願発明においてもかかる不都合が生じているものといわざるを得ない。原告は、本願発明において電着塗料液の超濾過液をフラツシング用シール液に用いても格別の不都合は生じない旨主張するが、右に述べたところに照らし不可解というほかなく、この点に関する主張はそれ自体失当なものというべきである。
2 取消事由(2)について
前記争いのない第二引用例の記載によれば、同引用例には、フラツシング用シール液として(イ)外部から注入した清澄な液を使用するのが最もよいが、(ロ)それができない場合にはフイルタ等で固体粒子を除いて濾過した自液を使用してもよいことが示されており、右の記載は(イ)、(ロ)のいずれの方法を適宜選択し得ることを意味しているものということができる((イ)の方法が技術的に可能であつても、コスト面から(ロ)の方法を選ぶことも考えられる。)。そこで、既に述べたところを右の記載に即して再説すれば、第一引用例記載の発明に第二引用例の(ロ)の技術を適用することに困難性がないということができるのであり、審決も結論としてこれと同旨の判断をしているものと認められる。したがつて、外部からの水の導入に関する周知事実に関する審決の判断が仮に相当でないとしても、そのことは審決の前記判断に影響を及ぼすものではないというべきである。
3 取消事由(3)について
前掲甲第二号証によれば、本願発明では、原告が請求の原因四4において主張する(イ)ないし(ニ)の効果を奏することが認められる。
しかし、既に述べたように、クローズドサーキツトによる電着塗装法において、自液である超濾過液をメカニカルシールのフラツシング用シール液として塗料循環用ポンプに供給するという構成を着想することに困難性が認められない以上、原告主張の前記諸効果は当業者が容易に予測できる程度のことと認めるのが相当である。即ち、前記のように超濾過は微小な固体粒子を分離するすぐれた濾過特性を有するものであるから、これをメカニカルシールのフラツシング用シール液として用いれば固体粒子による損傷防止に有効であることは当業者として容易に知ることができるし、(ロ)及び(ニ)の効果は、自液である電着塗料液の超濾過液を使用するものであるという事実から、また、(ハ)の効果は電着塗装がクローズドサーキツトからなつている事実から前同様当業者として容易に知ることができるものというべきである。
4 以上述べたところによれば、原告主張の取消事由はすべて理由がなく、本願発明が第一及び第二引用例記載の発明に基づいて当業者が容易に推考することができると判断した審決は正当である。
四 よつて、原告の本訴請求を失当として棄却する。
〔編註〕 本願発明の要旨は左のとおりである。
導電性の被塗装物品を塗料液中に浸漬し、塗料液槽若しくは該液槽内に設けられている電極と物品との間に電圧を印加し、前記液槽内の塗料をポンプで循環乃至攪拌させながら物品を塗装する塗装工程と、該塗装工程にて形成された塗膜面に付着する余剰塗料を除去する洗滌工程と、前記塗装工程における塗料液或いは前記洗滌工程にて回収される余剰塗料含有洗滌液の少なくとも一部を超濾過域乃至は逆浸透域に導いて濾過液と濃縮された塗料液とに分離する濾過工程とから成る電着塗装方法において、前記超濾過域乃至は逆浸透域からの濾過液の少なくとも一部をグランドシール或いはメカニカルシールのフラツシングに使用するシール液として、前記塗料液循環乃至攪拌用ポンプに供給することを特徴とする電着塗装方法。