東京高等裁判所 昭和60年(行ケ)167号 判決
一 請求の原因一(特許庁における手続の経緯)、二(本願発明の要旨)、及び三(審決の理由の要点)の事実は、当事者間に争いがない。
二 そこで、原告主張の審決の取消事由の存否について判断する。
1 成立に争いのない甲第二号証及び第三号証によれば、本願明細書には、本願発明は、改良された物理的性質を有する新規でかつ有用な天然及び合成ゴム組成物を製造する際の新規カーボンブラツクの使用に関する(本願明細書第二頁第一三行ないし第一六行)ものであること、一般にゴム組成物を配合及び製造する際の填料及び補強性顔料としては、種々の公知のカーボンブラツクが広く使用されており、通常カーボンブラツクは改良された補強性・例えば引張強さ、モジユラス及びトレツド磨滅を有するゴム加硫物を製造するに際して有効であつて、カーボンブラツクを充填したエラストマー又はゴムで示される性質の改良は、大部分は利用されるエラストマー及びこの中に配合される個々のカーボンブラツクの型による(同第二頁第一七行ないし第三頁第六行、昭和六〇年一月二三日付け手続補正書第二頁第三行、第四行)ものであるところ、本願発明は、新規のカーボンブラツクを用いて更に改良された引張強さ、モジユラス、磨滅抵抗及びトレツド磨滅を有する終産物を得ること(本願明細書第三頁第六行ないし第一一行、前記手続補正書第二頁第五行、第六行)を技術的課題(目的)とし、特許請求の範囲(本願発明の要旨)(前記手続補正書四枚目第二行ないし第一二行)の構成を採用したものであることが認められる。
そして、前掲甲第二号証及び第三号証によれば、本願明細書には、前記記載に続いて、特許請求の範囲記載の各特性値(着色係数関係値、着色対着色係数の着色寄与割合、pH、沃素表面積、BET全表面積)が右記載の数値範囲内にあるカーボンブラツクの実施例として、例1ないし例5(本願明細書第二〇頁第二行ないし第二七頁第三行)が示され、次いでゴム処分物の添加剤として例2ないし例5のカーボンブラツクをそれぞれ天然ゴム配合物(天然ゴム一〇〇重量部)に添加した実施例として例6ないし例9(同第二九頁第一六行ないし第三一頁第一六行)、同様に例2ないし例5のカーボンブラツクをそれぞれ合成ゴム配合物No.1(スチレン/ブタジエンゴム一〇〇重量部)に添加した実施例として例10ないし例13(同第三一頁第一七行ないし第三四頁第一行)、同様に例1のカーボンブラツクを合成ゴム配合物No.2(スチレン/ブタジエンゴム八九・三八重量部、シス―4―ポリブタジエン三五重量部)に添加した実施例として例14(同第三四頁第二行ないし第三五頁第三行)が示され、さらに、道路磨滅率を測定するために、例1ないし例5のカーボンブラツクを用いて製造した合成ゴム配合物を、商品名ヴルカン(Vulcan)(キヤボツトCabot社製)の広汎なゴム品位カーボンブラツク(ヴルカン3、3H、5H、6、6H、9、9H)(以上、例1ないし例5とヴルカン3、3H、5H、6、6H、9、9Hの分析的性質は別紙第Ⅱ表(同第四〇頁)に記載されている。)と対比した結果を明らかにした実施例として例15(同第三五頁第四行ないし第四一頁第九行)が別紙第Ⅰ表(第三六頁)及び同第Ⅱ表(第四二頁)とともに示されていることが認められ、右第Ⅱ表によると、例1ないし例5のカーボンブラツクはいずれも本願発明の特許請求の範囲に記載された数値範囲内の特性値を示すものであるのに対し、右対比のために用いられた商品名ヴルカン及び工業用対照ブラツクIRB No.3のうち、ヴルカン3は沃素表面積、着色係数関係値及び着色寄与率が、ヴルカン3H、5H及びIRB No.3は着色係数関係値及び着色寄与率が、ヴルカン6、6H、9、9Hは着色係数関係値がそれぞれ本願発明の特許請求の範囲に記載された数値範囲外のものであることが認められる。また、右第Ⅲ表には、引張強さkg/cm2、三〇〇%のモジユラスkg/cm2、伸び率、及びシヨア硬さについての対比結果が示されているが、前掲甲第二号証及び第三号証によれば、本願明細書には、「一般に本発明による新規ブラツクは、少くとも天然及び合成ゴム加硫物を補強する際常用のゴム品位ブラツクと同じように有効であることを示す。更に、引張強さ、モジユラス及び伸びの重要な物理的性質は常用のゴム品位ブラツクで得られるのと同じ水準で維持される(中略)しかしながら第1表及び第Ⅲ表の資料によつてトレツド材料の道路磨滅率の著しい改良は、補強剤として常用のゴム品位ブラツクよりもむしろ本発明によるブラツクを使用することによつて達成されることは明らかである。」(同第四三頁第一行ないし第一九行、前記手続補正書第三頁第二行、第三行)と記載されていることが認められ、本願発明の特許請求の範囲に記載された特性値の数値範囲内のカーボンブラツクの奏する作用効果は道路磨滅率の改良にあることが明らかである。
2 引用例には審決の理由の要点2摘示の技術内容が記載されていること、本願発明と引用例記載の発明との一致点、相違点が審決認定のとおりであること、及び引用例(実験番号四四二四―五八及び五九―三六)には本願発明のカーボンブラツクと着色係数関係値のみ相違し、その他の特性値はすべて一致するカーボンブラツクが記載されており、その着色係数関係値を本願明細書記載の計算方法により算出すると、実験番号四四二四―五八のものは二八四、実験番号五九―三六のものは三一九となることは、当事者間に争いがない。
原告は、「着色係数関係値についても引用例には前記したとおり本願発明における三一一~三一六という値の上下の値あるいは近接値を有するカーボンブラツクが記載されているから(中略)その着色係数関係値を三一一~三一六とすることは、当業者ならば容易になし得る程度のこと」であり、「三一一~三一六という値に格別の臨界的意義は認められない」とした審決の認定判断は誤りである旨主張する。
(一) そこで、本願発明において着色係数関係値を特許請求の範囲記載の三一一~三一六の数値範囲内に限定したことの臨界的意義について検討すると、本願明細書には、着色係数関係値について「ブラツクの着色係数値を測定する場合、Da(見掛けの直径)はアメリカ・ケミカル・ソサイエテイ(American Chemical Society)の被覆及びプラスチツク化学(Coatings and Plastic Chemistry)部門〔トロント、カナダ、一九七〇年五月〕の「カーボンブラツクの着色強度(Tinting Strength of Carbon Black)〔Avrom I. Medalia及びL. Willard Richards〕に記載の団塊当り平均量のカーボンと同じ量のカーボンを含有する固体カーボン球の直径(ミリミクロン)として定義される。本発明に対しては見掛けの直径(Da)は〔2270+63.5(DBP)〕/沃素表面積 の計算から得られる。」(本願明細書第四頁第四行ないし第一六行)と記載されているが、三一一~三一六に限定しなければならない技術的意義を説明した記載はないこと、また、道路磨滅率について「道路磨滅又はトレツド磨滅を測定及び比較する方法は文献に公知であり、(中略)磨滅率を測定する方法の場合、比較は磨滅率一〇〇%をもたらす標準対照ブラツクに対して相対的に行なう。」(同第一六頁第六行ないし第一三行、前記手続補正書第二頁第一二行、第一三行)と記載され、別紙第Ⅰ表及び第Ⅲ表には、前記例1ないし例5のカーボンブラツクと商品名ヴルカンの各カーボンブラツクとの道路磨滅率を対比した結果が記載されているが、右ヴルカンと本願発明の特許請求の範囲に記載された特性値との関係は前述のとおりであつて、着色係数関係値のみが本願発明の右数値範囲外のものは、ヴルカン6二九一、ヴルカン6H三〇二、ヴルカン9三〇〇、ヴルカン9H二八六であるところ、いずれも三一一~三一六の近似値を示しているとはいえないから、このものとの対比によつて三一一~三一六との限定に格別の臨界的意義があるとすることはできないこと、しかも道路磨滅率の「比較は本発明によるブラツクの道路磨滅率を同じ沃素表面積を有する常用のカーボンブラツクの道路磨滅率と比較することによつて得られる」(同第三七頁第一〇行ないし第一三行)と記載されているところ、右ヴルカン6、6H、9、9Hと沃素表面積を同じくするものは例1ないし例5のカーボンブラツクにはないことが認められるから、結局本願明細書の記載からは着色係数関係値を三一一~三一六の数値範囲内に限定したことに格別の臨界的意義を認めることはできない。
(二) 一方、成立に争いのない甲第四号証によれば、引用例には、カーボンブラツクとその製造方法に関して、「この発明の一般的方法は、いわゆるカーボンブラツク製造の連続的フアーネス型法である」(第一頁第一八行ないし第二〇行)こと、その目的は、「酸素冨化酸化ガスを熱発生のために、かつ液体炭化水素供給物をより効果的に高品質カーボンブラツクに変じるエネルギーに解放するために、使用して連続的にカーボンブラツクを製造するための実際法を得ること」(第二頁第一三行ないし第一八行)に加えて「従来未知の全く新規のカーボンブラツク製品を得ること」(第三頁第九行、第一〇行)にもあることが記載され、さらに、右記載の方法に従つたカーボンブラツクの具体的な製法と、製造されたカーボンブラツクの性質及び特定用途における効果が実施例1ないし実施例6に記載されており、右実施例の記載によれば、「この実験系で生成されたカーボンブラツクは極めて高い程度の構造を示し、特に全燃焼率二九~三〇%が考慮される際に予想外に微細な個々の粒径を示す。実際に、前記カーボンブラツクの最も粗いものでも、現在市販されている超摩砕フアーネス級カーボンブラツクよりも微細である」(第二〇頁第六行ないし第一二行)こと、「これらカーボンブラツクの高構造品質及び優れた増加可能性の前記指示に関して、前記の四つの実験からの各々の生成物の試料は天然ゴム及びスチレン―ブタジエン合成ゴム処方で試験した」(第二〇頁第二九行ないし第二一頁第一行)こと、右試験においては、天然ゴム及び合成ゴム一〇〇重量部に対して、カーボンブラツクは五〇重量部の割合で混合して用いられたこと(第二一頁第Ⅱ表等)、その結果「前記のゴムは結果として特定の構造の高級及びこの系のカーボンブラツクのゴム増強可能性を強める」(第二三頁第一行ないし第四行)と記載されていることが認められる。
そして、引用例記載の発明におけるカーボンブラツクには、本願発明のカーボンブラツクの着色対着色係数の着色寄与割合、pH、沃素表面積、BET全表面積と数値範囲において一致するものであり、かつ着色係数関係値について本願明細書記載の計算方法により算出すると、二八四及び三一九となるものがあることは前述のとおりである。
そうすると、引用例には、引用例記載の発明におけるカーボンブラツクはフアーネス法によつて製造された右の特性値を有するゴム組成物の増強用配合剤として有用な高品質のカーボンブラツクであること、及び右の高品質カーボンブラツクを配合して増強されたゴム組成物が得られることが開示されているものと理解でき、かつこのカーボンブラツクは、本願明細書記載の前記常用のカーボンブラツクとは異なる新規のカーボンブラツクということができる。
ところで、本願発明の着色係数関係値三一一~三一六は、引用例記載の発明の着色係数関係値二八四と三一九の間に入る値であり、三一六は三一九に近接した値である。
そして、成立に争いのない乙第一号証(昭和四七年特許出願公開第三二〇五四号公報)によれば、右公報は本件優先権主張日前の昭和四七年一一月一四日に公開されたものであるが、右公報には、カーボンブラツク配合のゴム組成物に関する発明について、「天然ゴムと合成ゴムよりなる群より選ばれるゴムと、分解炉カーボンブラツク(フアーネス・ブラツク)タイプのカーボンブラツクであつてその着色力が少くとも約二〇〇、pHが少くとも四、〔着色力+0.6(Da)〕関係値(Daは見かけの直径)が少くとも約三一七であることを特徴とするものよりなり、その際にカーボンブラツク製品がゴム一〇〇重量部に対して約一〇ないし約二五〇重量部の量で存在する組成物」「(第一頁左欄下から第一六行ないし第七行)を特許請求の範囲とすること、右関係値算出のために用いられるDaについて、本願明細書にも記載された「カーボンブラツクの着色力(Tinting Strengh of Carbon Black)」の論文を引用した上、「みかけの直径Daは〔2270+63.5(DBP)〕/〔m2/g単位で表わされるヨウ素表面積(Iodine Surface Area)〕の計算から容易に得られる。」(第二頁左下欄第一三行ないし第一六行)と記載されていることが認められ、右関係値の計算方法は、本願明細書記載の着色係数関係値の計算方法と同一であるから右関係値は本願発明のカーボンブラツクに用いられている着色係数関係値と同義の特性値であることが明白である。
さらに、前掲乙第一号証によれば、実施例7~実施例18(第七頁右上欄第一八行ないし第九頁右上欄第一六行)に、その特許請求の範囲記載の各特性値を有するフアーネスブラツクの加硫ゴム配合剤としての効果が、天然又は合成の加硫ゴムへ配合して得られるゴム組成物についての物理的性質、すなわち、引張強度、三〇〇%モジユラス、伸び率、ムーニー粘度、反撥パーセンテイジ及びシヨア硬度で記載されていることが認められるから、配合されるカーボンブラツクの加硫ゴム組成物の物理的性質に影響を与える特性値として、本願明細書で用いられているpH値、沃素表面積、着色力、DBP吸収量及び着色係数関係値等が本件優先権主張日当時において、当業者に既に知られていたということができる。
このことを前提に、当業者が引用例を見た場合、引用例には、フアーネス法によつて製造される新しい型のカーボンブラツクが天然、又は合成のゴム組成物の物理的性質の改善に効果のあることが記載され、かつ、右の新しい型のカーボンブラツクとして、沃素表面積、着色強度及びDBP吸収量の値に加えて右特性値から容易に算出できる着色係数関係値が示されたカーボンブラツクの具体例が記載されているものと理解できるから、引用例に開示された数値を基にしてそれ以外の数値を有するものの中から、なおゴム組成物用の配合剤として有用なものを探り、それらのカーボンブラツクの有する各特性値を確認する程度のことは当業者であれば格別の創作力を要することなく、実験的労力をかけることにより容易になし得ることである。
しかも、本願明細書の記載からは、本願発明において着色係数関係値を三一一~三一六に限定することに格別の臨界的意義があるといえないことは前述のとおりであり、また着色係数関係値を除いて特性値が本願発明のすべての特性値の数値範囲内であり、かつ右の着色係数関係値が本願発明の近似値である引用例記載の発明のカーボンブラツクを本願発明のカーボンブラツクと対比した場合その作用効果(特に道路磨滅率)において本願発明が格別優れたものであることを認めるに足りる何らの証拠も存しない。
そうであれば、当業者において、引用例記載のカーボンブラツクの中から、審決認定の実験番号四四二四―五八、五九―三六を選択し、そのものの有する着色係数関係値二八四、三一九を基にこれを三一一~三一六又は右数値範囲内の特定の数値とすることは容易に想到し得ることというべきである。
(三) 原告は「着色係数関係値」なる概念は原告が開発し、昭和四七年三月一〇日特許出願(昭和四七年特許願第二四六三二号)により公開した技術的概念であつて、一九六九年四月四日を優先権主張日とする引用例記載の発明が出願された当時何人もこの概念を知らなかつたから、引用例記載の発明に基づいて本願発明の着色係数関係値について評価することは許されない、発明の構成の困難性の有無は、引用例において着色係数関係値なる技術的概念が発明の構成として、あるいはそれに関連して用いられているか、引用例記載の発明の出願当時既に公知の技術的概念である場合に初めていい得ることである旨主張する。
しかしながら、特許出願に係る発明が刊行物である引用例に記載された発明に基づいて容易に発明をすることができたかどうか、すなわち進歩性の有無の判断は、当該特許出願に係る発明の特許出願日(優先権主張がなされている場合は優先権主張日)を基準として、この発明の属する技術分野における通常の知識を有する者、すなわち当業者において引用例を見るならば、引用例たる刊行物に基づいて当業者が容易に発明をすることができたかを判断基準とするものであつて、引用例記載の技術内容をその刊行時、あるいは引用例が特許公報である場合に右公報記載の発明が出願された当時の技術水準に基づいて理解すべきものではない。
そして、着色係数関係値なる技術的概念は、前述のとおり本件優先権主張日当時カーボンブラツクの特性値の一つとして当業者に既に知られていた技術的概念であるから、本件優先権主張日当時において、当業者が引用例を見た場合、右の技術知識を前提に引用例記載の技術内容を解釈することは当然であり、したがつて、着色係数関係値という技術的概念が引用例に明記されてなく、また引用例記載の発明が出願された当時知られていなかつたとしても、その後に当業者に知られるに至つた着色係数関係値についての技術知識を基に引用例のカーボンブラツクに関する記載から着色係数関係値を算出し、その値を知ることができたことは明白であるから、原告の右主張は理由がない。
また、原告は、審決は何らの合理的根拠を示すことなく引用例記載の発明における着色係数関係値二八四及び三一九が三一一~三一六の「上下の値あるいは近似値」であると速断した上着色係数関係値を三一一~三一六とすることは当業者が容易になし得ると判断したのは誤りであるとして、着色係数関係値が二八四であるヴルカン3との対比、引用例には着色係数関係値三一九の場合における道路磨滅率及び沃素表面積に関する具体的実施例の記載がないこと等をその理由として主張している。
しかしながら、引用例記載の二種のカーボンブラツクの有する二八四と三一九という着色係数関係値は、本願明細書記載の商品名ヴルカンの持つ着色係数関係値二八四~三〇四と前掲乙第一号証によつて認められる右公報記載の既知のカーボンブラツクの持つ着色係数関係値三二二~三二七に照らしても、これらの値の間の値であり、ゴム組成物用カーボンブラツクの有する着色係数関係値として特異な値ではなく、まして二八四と三一九の間に入る三一一~三一六の値をその近似値と解釈することは自然であつて、両者を「上下の値あるいは近似値」と認定するために、さらに根拠を必要とするものとは解されず、原告主張の事実は右認定を左右するものではない。そして、引用例に右着色係数関係値が記載されていれば、右数値に近接した値を有するものについてもゴム組成物への配合剤としての有用性の有無を確認してみることは、当業者であれば当然考えるべきことであるということができる。したがつて、引用例記載の発明におけるカーボンブラツクを基に、それに近接した三一一~三一六の値を有するものについてもその有用性を確認し、カーボンブラツクの着色係数関係値として右数値に特定することに格別の困難性があつたものといえないから、原告の前記主張は理由がない。
したがつて、「着色係数関係値についても引用例には前記したとおり本願発明における三一一~三一六という値の上下の値あるいは近接値を有するカーボンブラツクが記載されているから、(中略)その着色係数関係値を三一一~三一六とすることは、当業者ならば容易になし得る程度のこと」であり、「三一一~三一六という値に格別の臨界的意義は認められない」とした審決の認定、判断に誤りはない。
3 次に、原告は、審決が審判請求人(原告)の主張に対し、「トレツドの磨滅性を評価する場合、同じ表面積を有するカーボンブラツクと比較しなければならない理由はない。また、同じ表面積を有する常用のカーボンブラツクを用いた場合と比較しても、本願発明が磨滅性において格別顕著な効果があるとは認められない」とした判断は誤りである旨主張する。
本願明細書には、道路磨滅率の「比較は本発明によるブラツクの道路磨滅率を同じ沃素表面積を有する常用のブラツクの道路磨滅率と比較することによつて得られる」と記載されていること前記認定のとおりであり、その記載が誤りであるとすべき理由は証拠上見当たらない(もつとも、別紙第Ⅰ表に記載された例1ないし例5のカーボンブラツクと商品名ヴルカンのカーボンブラツクとはそれぞれ沃素表面積を異にするものであるから、本願明細書の記載に従つても直ちに前者が後者より道路磨滅率において優れているとはいい難い。)。
しかしながら、前記審決の理由の要点によれば、審決は、本願発明と引用例記載の発明とを対比し、その一致点、相違点を認定した上、相違点について「引用例には、本願発明におけるカーボンブラツクと、着色係数関係値のみ相違し、その他の特性値がすべて一致するカーボンブラツクが記載されていると解することができる」との判断を示し、かつ着色係数関係値についても三一一~三一六とすることは当業者ならば容易になし得る程度のことであることを具体的理由を挙げて判断したものであり(その判断が正当であることは前述のとおりである。)原告指摘の点は、審決が本願発明が引用例記載の発明に基づいて容易に発明できたものであることを明らかにした上、審判請求人(原告)の審判請求書に記載された主張について、本願発明と本願明細書記載の常用のカーボンブラツクとの関連において付加的に判断を示したものであり、その点の判断に誤りがあつても、それがために本願発明が構成上着色係数関係値において本願発明の三一一~三一六に近似するほか本願発明の数値範囲内のすべての特性値を備えた引用例記載の発明に基づいて容易に発明できるものであること、及び本願発明が引用例記載の発明に比べてトレツドの磨滅性を含め格別優れた作用効果を奏するものとはいえないことに何らの影響も与えるものでないから、これをもつて審決を取り消すべきものとすることはできない。
原告は、審決の右判断は審決の中核的判断事項であり、審決の取消事由の中心をなす判断であつて付加的な判断事項ではない旨、また付加的な判断事項であるとしても、審決の判断事項は全部取消事由の対象となる旨主張する。
しかしながら、審決は、本願発明が引用例記載の発明に基づいて容易に発明することができたとして本願を拒絶すべきものとし、その理由を示したものであつて、対比すべきものは引用例記載の発明であり、本願明細書記載の常用のカーボンブラツクではないから、右常用のカ―ボンブラツクとの関連において示された原告指摘の判断が審決の結論に影響を及ぼさない付加的な判断事項であることは前述のとおりである。そして、審決中に示された判断に一部誤りがあつても、それが審決の結論に何ら影響を及ぼさないときは審決の判断に不適切な箇所が存したに止まり、これをもつて審決を違法という瑕疵があるとすることはできないから、原告の右主張は理由がない。
4 以上のとおりであるから、本願発明と引用例記載の発明との相違点である着色係数関係値について、本願発明の三一一~三一六という値にすることは当業者ならば容易になし得る程度のことであるとした審決の判断は正当であり、また、審決は本願発明が引用例記載の発明に比して格別優れた作用効果を奏することを看過したものとすることもできないから、審決に原告主張の違法はない。
三 よつて、審決の違法を理由にその取消しを求める原告の本訴請求は失当として棄却する。
〔編注〕本願発明の要旨は左のとおりである。
天然及び合成ゴムから選ばれたゴム及びフアーネス法のカーボンブラツクから選ばれたカーボンブラツクより成るゴム組成物において、カーボンブラツクは着色係数関係値〔着色+0.6(Da)〕(Daは見掛けの直径を表す)三一一~三一六、着色対着色係数の着色寄与割合〇・七五~〇・八二、pH少なくとも四、沃素表面積六七~一四五m2/g及びBET全表面積一六〇m2/g以下を有し、その際カーボンブラツクはゴム一〇〇重量部に対して約一〇~二五〇重量部の量で存在することを特徴とするゴム組成物。