東京高等裁判所 昭和60年(行ケ)205号 判決 1991年2月27日
原告 株式会社 ソディック
右代表者代表取締役 古川利彦
右訴訟代理人弁護士 小坂志磨夫
安田有三
右訴訟代理人弁理士 高野昌俊
被告 三菱電機株式会社
右代表者代表取締役 片山仁八郎
右訴訟代理人弁理士 大岩増雄
高田守
竹中岑生
主文
特許庁が、同庁昭和六〇年審判第一二五二号事件について、昭和六〇年九月二四日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた判決
一 原告
主文同旨
二 被告
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二請求の原因
一 特許庁における手続の経緯
原告は、発明の名称を「数値制御通電加工装置」とする登録第七三二二二三号特許(訴外池貝鉄工株式会社が昭和四三年九月一二日出願、昭和四八年一一月一〇日出願公告(特公昭四八―三七三二〇号)、その後右訴外会社から特許を受ける権利を譲り受けた原告代表者古川利彦のため昭和四九年六月一八日特許権設定登録。昭和五八年七月二日原告代表者古川利彦から原告が特許権を譲り受け、同年九月二八日その移転登録を経たもの。)につき、その存続期間の終了まで特許権者であった。
被告は、原告を被請求人として、昭和六〇年一月一四日、本件特許明細書の特許請求の範囲第1項に記載された発明(以下「本件発明」という。)についての特許(以下「本件特許」という。)を無効とすることについて審判を請求したところ、特許庁は、右請求を同庁同年審判第一二五二号事件として審理の上、昭和六〇年九月二四日、「本件発明についての特許を無効とする。」旨の審決をし、その謄本は同年一〇月二四日、原告に送達された。
二 本件発明の要旨
加工材と加工電極との間の加工電圧と基準電圧との差電圧に応動し加工材または加工電極を相対的に駆動するサーボ装置と、予定された加工形状を前記加工電極が追跡するようにデジタル量として指令信号が記憶されている記憶媒体と、前記指令信号を読取り前記サーボ装置へ伝達する読取装置と、前記各指令信号をデジタル量の加工に先だって順次読取るために前記読取装置の読取位置へ前記記憶媒体を移動しかつ前記加工材と加工電極との短絡に際しては前記記憶媒体を逆方向に移動させる制御装置とを有し、短絡事故に際し加工材または加工電極が前記追跡軌跡を逆方向にたどり得ることを特徴とする数値制御通電加工装置。
三 本件審決の理由の要点
1 本件特許の出願日及び設定登録の日は一項のとおり、本件発明の要旨は二項のとおりである。
2 そして、請求人(被告)は本件発明に係る特許が無効であるとする理由として、本件発明は、昭和四三年六月一五日に出願され、昭和五四年五月二五日に登録された第九五一七五四号特許に係る特許発明(以下これを「引用発明」という。)と同一であるから、本件発明に係る特許は特許法第三九条第一項の規定に違反して特許されたものである、と主張している。
3 これに対して被請求人(原告)は本件発明は引用発明と同一でないとして、大略、次の二点を主張しているものと認められる。
第一点、本件発明と引用発明とはその構成要件が相違している、すなわち、引用発明は短絡事故に際し加工材または加工電極が追跡軌跡を逆方向にたどり得る構成がない。そのため、両者は同一発明でない。
第二点、引用発明に係る明細書及び図面の記載による説明からは、この引用発明は短絡事故に際し上記のような追跡軌跡を逆方向にたどる動作を行うことはできない。
4(一) 一方、引用発明についてその明細書をみると、この引用発明に係る明細書の特許請求の範囲には、「電極と加工物間の電圧と設定電圧との差電圧に応動し、電極又は加工物を相対的に駆動するサーボ装置、予定された加工形状を前記電極が追跡するようにデジタル量として情報信号が記録されているテープと、前記情報信号を読取り前記サーボ装置へ伝達する読取装置と、前記各情報信号をデジタル量の加工に先だって順次読取るために前記読取装置の読取位置へ前記テープを移動しかつ前記加工物と電極との短絡に際しては前記テープを逆方向に移動させる制御装置とを有するデジタル制御による通電加工装置。」と記載されている。
(二) つぎに、この引用発明に係る明細書及び図面(本判決別紙引用発明図面)の記載を検討すると、この引用発明の目的はその明細書に記載されているように、「情報テープを用いる線状電極利用の通電加工装置において、加工中の短絡に際しては線状電極に対して加工物を加工軌跡に沿って加工開始点に向かって後退させ、その後退途中で短絡が解消したら直ちに加工方向に移動させて、短絡解消のための無駄時間(加工に寄与しない時間)を少なくして加工効率の向上を図ること」にあるものと認められる、これをみると、引用発明は加工中に短絡が生じたならばこの短絡を解消させるまで、線状電極に対して加工物を加工軌跡に沿って加工開始点に向かって後退し得るようになっていなければならないことになる。
更に、この引用発明に係る明細書及び図面についてその実施例に関する記載を検討すると、その第4図に関する説明で符号8で表わされた単位動作信号発生回路はその第3図に示すコードを使用する場合には一九組の二倍の三八組が用意されている旨の記載があり、この第4図にはデコーダ7と該単位動作信号発生回路とはアンドゲート9、9'・・・を介してではあるが各単位動作信号発生回路と結ばれていることが示されていることからみて、デコーダ7はその全部が図示されていなくとも三八本の出力線があることになる。そして、この第3図に示すコードを使用する場合、デコーダ7の機能は一九種類のコード区分けするものであることを合わせ考えてみると、デコーダ7はこの一九種類のコードのうち一種類のコードを読解するたびに二本の出力線に同時に出力が出ることが容易に推察され、さらに単位動作信号発生回路を二つの群すなわち8、8"・・・を正方向、8'、8'''・・・を逆方向、というように分けていることなどから、この二本の出力線のうち一本が第4図のシュミット回路10と同11とのいずれか出力のある一方によって前記の二本のうちの一本が選ばれ、結局一組の単位動作信号発生回路が選ばれるようになっていることが容易に理解できるように、この明細書及び図面は記載されているものと認められる。
そのように理解できれば、この第4図及び同図に関する説明、特に第4図のシュミット回路10と同11とテープ移動方向を決定する制御装置との配線状態及びこれに関する説明からみて、テープが正方向の送り状態にある場合とそれが逆方向の送り状態にある場合とを明確に区別しているものと認めることができる。
(三) そうしてみると、この引用発明に係る明細書及び図面に記載されている実施例は、加工中に短絡が生じたならばテープを正方向の送り状態から逆方向の送り状態に変えてテープに記録された情報を読取り、テープの送り状態が逆方向にあることを識別できることから、テープに記録された移動の情報の移動の向きを逆向きに解することにより、線状電極つまり電極に対して加工物を加工軌跡に沿って加工開始点に向って後退し得るようになっている、言換えれば、電極に対して加工物が追跡軌跡を逆方向にたどり得るようになっている、ものと認めることができる。そして、引用発明はその目的から考えて、必ず、短絡が生じたならばこのように逆方向に動き得るものでなければならないものと認められる。
したがって、引用発明の目的及び前記の同発明の実施例からみて、引用発明は、短絡事故に際し、加工物又は電極は追跡軌跡を逆方向にたどる(なお加工物と電極との移動関係は単に相対的な関係にある。)構成があり、このように逆方向にたどる動作を行うことができるものと認められる。
(四) この結果、引用発明は、その明細書及び図面の記載、特に、その発明の目的に関する記載からみて、その特許請求の範囲には記載されていないが、短絡事故に際し加工物または電極が追跡軌跡を逆方向にたどり得るようになっていることが必須の構成になっているものと認められるため、引用発明の要旨はその特許請求の範囲の記載にこのことを加えて、次のように認定する。
即ち、引用発明の要旨はその明細書及び図面の記載からみて、次のデジタル制御による通電加工装置にあるものと認められる。
「電極と加工物間の電圧と設定電圧との差電圧に応動し、電極又は加工物を相対的に駆動するサーボ装置、予定された加工形状を前記電極が追跡するようにデジタル量として情報信号が記録されているテープと、前記情報信号を読取り前記サーボ装置へ伝達する読取装置と、前記各情報信号をデジタル量の加工に先だって順次読取るために前記読取装置の読取位置へ前記テープを移動しかつ前記加工物と電極との短絡に際しては前記テープを逆方向に移動させる制御装置とを有し、短絡事故に際し加工物または電極が前記追跡軌跡を逆方向にたどり得るようになっているデジタル制御による通電加工装置。」
5 ここで、本件発明と引用発明とを対比検討する。
本件発明に係る明細書及び図面並びに引用発明に係る明細書及び図面をみて検討すると、本件発明の①加工材、②加工電極、③加工電圧、④基準電圧、⑤指令信号、⑥記憶媒体、⑦記憶される、⑧数値制御通電加工装置のそれぞれは、引用発明の①'加工物、②'電極、③'電圧、④'設定電圧、⑤'情報信号、⑥'テープ、⑦'記録される、⑧'デジタル制御による通電加工装置のそれぞれに対応し、この対応関係にある両者は単に表現が相違するのみでその内容は実質的に異なるものではないと認められる。
そうしてみると、本件発明と引用発明とは実質的に同一の発明であると認められる。
6 なお、前記の審判被請求人(原告)の各主張点についてみると、その第一点は前記のように、引用発明にも、本件発明の必須の要件である「短絡事故に際し加工材または加工電極が追跡軌跡を逆方向にたどり得ること」に相当する構成があるものと認められるため、両発明の実質的構成要件は相違しない。そのため、審判被請求人(原告)のこの第一点の主張は採用できない。
次に、前記の審判被請求人(原告)の主張の第二点についてみると、前記のように、引用発明に係る明細書及び図面をみると、この引用発明は短絡事故に際し加工物又は電極は加工軌跡即ち追跡軌跡を逆方向にたどるように構成されているものと認められ、当然に追跡軌跡を逆方向にたどる動作を行うことができるものである。そのため審判被請求人(原告)のこの第二点の主張も採用できない。
さらに、審判被請求人(原告)はこの第二点の主張に関連して引用発明のデコーダの出力線のうち意味のあるものは一九本である、と述べているが、この引用発明に係る図面の第4図のデコーダ7の機能はたしかに一九種類のコードを区分けするものではある。しかし、その区分けの結果一九種の出力が出ることになるが必ずしも出力線のうち意味のあるものは一九本になるとは限らず出力に意味のあるものが三八本あって悪い理由は認められない。そのため、この第二点の主張に関連して審判被請求人(原告)が述べている前記のことは誤りであって採用できない。
7 結局、本件発明と引用発明とは先に述べたように実質的に同一の発明であると認められ、引用発明は本件発明の出願の日より前の日に出願されたものに係るものと認められるので、本件発明に係る特許は、特許法第三九条第一項の規定に違反して特許されたものであり、特許法第一二三条第一項第一号に該当し、無効にすべきものである。
四 本件審決の取消事由
本件審決は、引用例に記載された発明の認定を誤ったことにより、本件発明と引用発明とが実質的に同一の発明であると判断を誤り(主位的取消事由)、仮に本件発明と引用発明とに同一性が認められるとすれば、本件審決は、引用発明の出願願書に添附された明細書の要旨がその後の手続補正によって変更されたものであり、その結果引用発明の出願は、手続補正書提出の日である昭和四六年七月三〇日とみなされることを誤認看過し、引用発明は本件発明の出願日前に出題されたと誤って認定判断したことにより、引用発明は本件発明の先願発明であると認定判断を誤った(予備的取消事由)ものであるから、違法として取り消されなくてはならない。
1 主位的取消事由について
本件審決は、引用発明の特許請求の範囲には、本件発明の構成の内、短絡事故に際し加工材または加工電極が追跡軌跡を逆方向にたどり得るようになっている構成(以下「逆方向軌跡の構成」という。)の記載がないけれども、引用発明の明細書の記載並びに図面から、引用発明は逆方向軌跡の構成を備えているものと認められる旨認定判断している。
しかしながら、本件審決は、引用発明が逆方向軌跡の構成を備えている旨認定する根拠とした事項について、法の解釈を誤りあるいは技術的事項についての事実の認定を誤ったものであり、その結果、引用発明は逆方向軌跡の構成を備えている旨誤った認定判断をし、本件発明と引用発明との間に実質的な同一性があると認定判断を誤ったものである。
(一) 本件審決は、引用発明が逆方向軌跡の構成を備えている旨認定する根拠の一つとして、「加工中の短絡に際しては線状電極に対して加工物を加工軌跡に沿って加工開始点に向って後退させ、その後退途中で短絡が解消したら直ちに加工方向に移動させ」ることが引用発明の目的として、引用発明の明細書に明記されていることを挙げている。
しかし、逆方向の軌跡が発明の目的として記載されているからといって、そのことを根拠に発明の同一性を判断することは許されない。
特許法第三九条第一項における発明の同一性の判断に当たっては、発明の把握は特許請求の範囲に記載されている技術的事項に基づいて行われるべきである。明細書及び図面は特許請求の範囲の解釈に当たって参酌されるものにすぎない。特に、発明の目的は、発明の主観的な技術的課題に止まり、解決手段たる客観的な発明の構成とは次元を異にするからである。
逆方向の軌跡が発明の目的として引用発明の明細書に記載されていることを根拠に発明の同一性を判断することは、特許法第三九条第一項における発明の同一性の判断に関する法解釈を誤ったものである。
なお、逆方向軌跡の構成に関しては、引用発明の出願過程において、昭和五二年六月二九日付手続補正書によって補正された特許請求の範囲中に、「短絡事故に際し加工物又は電極が加工軌跡に沿って逆方向に移動し得るように構成した」と記載されていた。これに対し、審判官が右の記載は所望の動作に過ぎず構成ではない旨の拒絶理由を引用発明の出願人に通知したところ、引用発明の出願人は、昭和五二年一一月二八日付意見書で、「本願発明に対し後願の関係にある特公昭四八―三七三二〇号公報を添付しますから御酌量下さい。」と記載し、本件発明の公報を添付すると共に、同日付手続補正書によって、特許請求の範囲中の前記逆方向軌跡の構成に関する記載を削除し、引用例(甲第三号証)のとおりの特許請求の範囲とするように補正した(甲第四号証の二一)。
本件審決は、引用発明の出願人が自ら削除して発明の構成から除外した要件を、「特許請求の範囲に記載されていないが」これを加えて引用発明の要旨を認定すべきであるとしたものである。本件審決が、特許法第七〇条、第三六条の解釈を誤っていることは、ここにも如実に現れている。
(二) 本件審決は、引用発明の明細書中の実施例についての記載中のデコーダ7は、一九種類のコードのうち一種類のコードを読解するたびに二本の出力線に同時に出力が出ることが容易に推察され、右二本の出力線のうち一本がシュミット回路10と同11とのいずれか出力のある一方によって選ばれ、結局一組の単位動作信号発生回路が選ばれるようになっていることが容易に理解できることを、引用発明が逆方向軌跡の構成を備えている旨認定する根拠の一つとしている。
しかし、デコーダ7から同時に二本の出力線が出る旨の認定判断及び一組の単位信号発生回路が選ばれることが容易に理解できる旨の認定判断は、次のとおりいずれも誤っている。
(1) デコーダ7が一九種類のコードのうち一種類のコードを読解するたびに二本の出力線に同時に出力が出ることが容易に推察されると認定している点はデコーダの技術常識から到底あり得ないことである。
即ち、デコーダは、コード化された情報を解読(デコード)するもので、複数個の入力端子と複数個の出力端子を有し、入力端子のある組合わせに信号が加えられたとき、その組合わせに対応する一つの出力端子に信号が現れる装置をいう(甲第五号証の二)。つまり、デコーダとは、複数の入力信号(コード化された情報)に対し、一つの出力端子に信号が現れるものをいうのであり、同時に二つの出力が出れば、それはデコーダではない。
また、引用発明の図面中第3図に一九種のコードの二倍の三八個の出力線が図示されていても、同時に二つの出力があることはデコーダとしてあり得ない。さらに、引用発明の明細書の「二の八乗種にも及ぶコードの判別をデコーダ7によって区分け」する(甲第三号証の三頁五欄三八行から三九行まで)との記載からも、同時に二つの出力があるとは考えられない。
(2) 次に、前記同時に出力された二つの出力のうち一つがシュミット回路10と同11とのいずれか一方によって選ばれ、結局一組の単位動作信号発生回路が選ばれる点についてみると、ここにいう「一組の単位動作信号発生回路」とは、引用発明の明細書に「シュミット回路10の出力がアンドゲート9、9"……に印加されているので、それ等のアンドゲート9、9"……のうち一個以上がデコーダ7の出力を受けてアンド論理を構成し、正方向単位動作信号発生回路8、8"……のうち一個以上が動作して出力信号を出す。」(甲第三号証三頁6欄一九行から二四行まで)とある「一個以上」の単位動作信号発生回路をいうものと解するべきである。そうすると、テープ移動の正方向時、ある一種類のコードに対応する選ばれた一つの出力に対し、一個以上例えば二個の正方向単位動作信号発生回路8、8"(偶数列)が動作する。同様に、テープ移動の逆方向時には、ある一種類のコードに対応する選ばれた一つの出力に対し、一個以上例えば二個の逆方向単位動作信号発生回路8'、8'''(奇数列)が動作する。
しかし、一個以上の正方向あるいは逆方向の単位動作信号発生回路が動作するためには、一個以上、例えば二種類のコードを同時に読み取らなければならないが、テープに記録された異なるコードを同時に読み取ることは、引用発明の読取装置では不可能であるから、引用例の第4図記載の装置は実施不能である。
(三) 本件審決は、引用発明の明細書中の実施例は、短絡が生じると、テープを逆方向の送り状態に変えて、テープに記録された情報を読み取り、テープの送り状態が逆方向にあることを識別できることから、テープに記録された移動の情報の移動の向きを逆向きに解することとなっていることを引用発明が逆方向軌跡の構成を備えている旨認定する根拠の一つとしている。
しかし、引用発明の明細書中の実施例は、テープの送り状態が逆方向にあるとき、テープに記録された移動の情報の移動の向きを逆向きに解することとなっているものではなく、本件審決の右認定判断は誤りである。
2 予備的取消事由
仮に、本件発明と引用発明との間に同一性が認められるとすれば、引用発明の明細書中、逆方向軌跡の構成が認められる根拠とされる記載は、次の(一)ないし(三)のとおり全て昭和四六年七月三〇日以後の補正により挿入されたものであり、これらの補正は引用発明の願書に添附した明細書の要旨を変更するものであった。したがって、引用発明の出願日は、右補正のされた昭和四六年七月三〇日以後とみなされるから、引用発明は、昭和四三年九月一二日出願の本件発明の先願とは言えない。
よって、引用発明は、本件発明の出願日より前の日に出願されたものに係るものであるとの本件審決の認定は誤りであり、その結果、本件審決は、本件発明にかかる特許は特許法第三九条第一項の規定に違反して特許されたものであると判断を誤った違法があるから、取り消されなくてはならない。
(一) 本件審決が、引用発明が逆方向軌跡の構成を備えている旨認定する根拠の一つとする、引用発明の明細書中の引用発明の目的についての「加工中の短絡に際しては線状電極に対して加工物を加工軌跡に沿って加工開始点に向かって後退させ、その後退途中で短絡が解消したら直ちに加工方向に移動させる」旨(甲第三号証二頁4欄三一行から三八行まで)の部分は、昭和五二年六月二九日付の手続補正書(甲第四号証の一八)による補正により挿入されたものである。
(二) 本件審決が、引用発明が逆方向軌跡の構成を備えている旨認定する根拠の一つとする、引用発明の明細書中の実施例についての記載中のデコーダ7は、一九種類のコードのうち一種類のコードを読解するたびに二本の出力線に同時に出力が出るという特殊な構成のものであることは、引用発明の明細書(甲第三号証)の二頁3欄二行から四一行まで、二頁4欄一一行から一五行まで、二頁4欄二〇行から三頁5欄三五行まで及び三頁6欄四行から四頁8欄一七行まで等の記載を総合して認定したものと思われるが、引用発明の明細書のこれらの部分は、全て引用発明の特許出願後の補正(その最初のものは昭和四六年七月三〇日付にされたものである。甲第四号証の三参照。)によって挿入されたものである。デコーダそのものは出願当初の引用発明の明細書(甲第四号証の一)に記載されているが、それらの記載は、いずれもコードを読解するたびに一つの出力をするという技術常識に沿うものを指称しており、第4図の電気系ブロック線図に7として示されるデコーダが、本件審決の認定するような一種のコードを読解するたびに二本の出力線に同時に出力するとか、被告の主張するような四本の出力線に同時に出力するという特殊の構成を有するものではないことが明確に示されている。また第4図ではデコーダ7は、単に番号7のブロックとして記載されているが、ブロックで図面を表すことは、当該ブロックの構成が、当業技術者が直ちに知り得る内容であること、即ち、通常の構成のものであることを示している。
更に、右二本の出力線のうち一本がシュミット回路10と同11とのいずれか出力のある一方によって選ばれ、結局一組の単位動作信号発生回路が選ばれるようになっていることが容易に理解できる根拠として本件審決が認定する、単位動作信号発生回路が偶数列と奇数列の二つの群に分けられ、これら両者は異なることは、甲第三号証三頁6欄一九行から二四行までの記載に基づくものと解されるが、この点も昭和五二年六月二九日付補正書(甲第四号証の一八)による補正により挿入されたものであり、引用発明の出願当初の明細書にはこの点を示唆する記載はない。
(三) 本件審決が、引用発明が逆方向軌跡の構成を備えている旨認定するもう一つの根拠とする、テープの送り状態が逆方向にあるときは、テープに記録された移動の情報の移動の向きを逆向きに解することも引用発明の出願当初の明細書(甲第四号証の一)には記載はなかった。
第三請求の原因に対する被告の認否及び反論
一 請求の原因一ないし三の事実は認めるが、同四の主張は争う。本件審決の認定判断は正当であり、原告主張の取消事由はない。
二 主位的取消事由について
1 本件発明と引用発明が実質的に同一発明である旨の本件審決の認定判断は正当である。
本件審決が、本件発明と引用発明とを実質的に同一の発明であると認定した理由は次のとおりとするのが妥当である。
(一) 「逆方向軌跡」をとり得ることが、明細書及び図面、特にその発明の目的に関して記載されている。
(二) 実施例の記載中のデコーダ7は、三八組の単位動作信号発生回路8が用意されていることからみて三八本の出力線がある。そして、一九種類のコードのうち一種類のコードを読解するたびに、二本の出力線に同時に出力が出ることが容易に推察され、右二つの出力のうち一方がシュミット回路10、11のいずれか一方により選ばれ、一組の単位動作信号発生回路が選ばれることが容易に理解できる。
(三) 実施例は、短絡が生じると、テープを逆方向の送り状態に変えて、テープの送り状態が逆方向にあることを識別できることから、テープに記録された移動の情報の移動の向きを逆向きに解することとなっている。
2 引用発明において「逆方向軌跡」をとり得ることは、明細書及び図面、特にその発明の目的の記載からみて明らかである。
引用発明の特許請求の範囲についてみる。
構成要件の一つであるテープには、予定された加工形状を電極が追跡するようにデジタル量として情報記号が記録されている。つまり、テープを移動させて読み取りを行えば、電極と加工物とは、テープの移動方向に応じて、相対移動するとともに、その移動に際しては記録されている加工形状を追跡することとなる。
他の構成要件である制御装置は、加工に先立ってテープを所定の方向に移動させ、加工物と電極との短絡に際してはテープをそれとは逆方向に移動させることとなっている。
したがって、制御装置がテープを所定方向に移動させれば、加工物と電極とが加工のために加工軌跡にそって正方向に相対移動し、短絡事故発生時、それとは逆の方向にテープを移動させれば加工軌跡を逆方向にたどるように加工物と電極とが相対移動することとなる。
このように、引用発明の特許請求の範囲に記載された構成によれば、短絡事故に際し、加工物と電極とが加工軌跡にそって逆方向に相対移動することが明らかである。
本件審決は、本件発明と引用発明との同一性を疑いの余地なく明らかにするため、特許請求の範囲の文言を厳密に比較したもので、発明の目的としてのみ記載されている事項を根拠として発明の同一性を判断しているものではない。このように引用発明の特許請求の範囲の記載によっても、発明の詳細な説明の記載によっても、引用発明にあっては「逆方向軌跡」をとり得るための構成がその要旨に含まれていることは明らかである。
原告は、引用発明の出願人が出願手続において自ら削除して発明の構成から除外した要件を特許請求の範囲に記載されていないがこれを加えて引用発明の要旨を認定することには法解釈の誤りがあると主張する。
しかし、引用発明の出願人は、右のような削除の補正を行うに当たって、昭和五二年一一月二八日付意見書において、「短絡事故に際し加工物又は電極が加工軌跡に沿って逆方向に移動し得るように構成した」という文言は、特許請求の範囲中の右文言の前に記載した構成要件から得られる一つの作用状態を記載したもの、つまり、そのような短絡事故発生時の逆方向移動は、特許請求の範囲に示された構成要件によって当然達成される機能である旨主張している(甲第四号証の二〇、二頁三行から五行まで)。したがって、出願人自らがそのような逆方向移動動作を、引用発明における必須の構成要件から除外したという事実は全く認められず、右原告の主張は認めることができない。
3 本件審決が掲げる前記1(二)の理由について
引用発明の明細書には、当業者が容易にその実施をすることができる程度に記載されているものとして引用発明は特許されているものであり、その明細書及び図面の記載によれば、逆方向軌跡が技術的に達成できることは明らかである。
引用発明の実施例においては、Xパルスモータ駆動回路及びYパルスモータ駆動回路に接続される一組の単位動作信号発生回路が正方向動作のため、又は逆方向動作のため選ばれる。
本件審決は、デコーダ7は三八本の出力線を有していると認定している。
デコーダ7が一九種類のコードの内容を区分けし、引用発明の第3図をみるとXパルスモータ駆動回路とYパルスモータ駆動回路との各々に並列的に信号を送っていることからして、デコーダ7は、まず各々のコードをX方向移動量、Y方向移動量の二種類に区分けするものであることがわかる。したがって、X方向成分のための出力端子とY方向成分のための出力端子との二つの出力端子が、一九組のコード一つづつに対してデコーダ7内においてそれぞれ必要となり、このことから結局、三八本の出力端子がデコーダ7内に存在しなければならないことになる。
本件審決は、このような理由から、デコーダ7が三八本の出力線を有しているとしており、引用発明の明細書及び図面に基づいた正確な認定を行っている。
本件審決は、このような認定を前提として、「二本の出力線に同時に出力が出る」としている。
このような設定をした理由は、
(一) デコーダ7の機能は、一九種類のコードを、X方向動作用、Y方向動作用、正方向動作用、逆方向動作用、の四つの情報に区分けすることにあり、この区分けのうちX及びY方向動作用の情報の区分けは、右のように三八本の出力線にて行うようになっている。
(二) デコーダは、さらに、正及び逆方向動作用の情報を区分けしなければならないが、引用発明の第4図では、デコーダの四本の実線出力線の上の二本が最終的にYパルスモータ駆動回路に接続され、下の二本が最終的にXパルスモータ駆動回路に接続されている。
(三) このようにXパルスモータ駆動回路及びYパルスモータ駆動回路のそれぞれに二本ずつ出力線が接続されていることから、三八本の出力線のそれぞれから、更に二本の出力線が、正及び逆方向動作用の情報を区分けして伝達するために伸びていることが容易に推察される。
というものであり、このような考え方は引用発明の明細書及び図面の正確な理解に基づいており、何らの誤認もないことが明らかである。
原告は、二本の出力線に同時に出力が出ることは、デコーダの技術常識から到底あり得ないと主張し、その根拠としてデコーダとは複数の入力信号(コード化された情報)に対し、一つの出力端子に信号が現れるものをいう、と主張している。
しかしながら、出力端子に現れた信号を、正及び逆方向動作用の二本の出力線に同時に出るようにするためには、出力端子と二本の出力線とを接続すれば、それで何も問題がないことはいうまでもない。一つの出力端子に二本の出力線を接続したときに二本の出力線に同時に出力が出ないとは、到底考えられない。
また、デコーダとは、コード化された情報を解読(デコード)するものであって、その出力信号を一本の出力線に出力するものに限られる訳ではない。甲第五号証の二の「一つの」出力端子とは、「ある」又は「特定の」出力端子と解されるべきである。原告の主張は、デコーダの技術的本質に基づくものではなく曲解に過ぎない。
次に、原告は、本件審決のいう「一組の単位動作信号発生回路」とは、引用例三頁6欄一九行から二四行にいう「一個以上」をいうと解するべきであると主張する。この「一組の単位動作信号発生回路」とは、X方向動作用及びY方向動作用のものであって、Xパルスモータ駆動回路及びYパルスモータ駆動回路にそれぞれ出力するためのものであり、「一個以上」存在することは明らかである。一個以上の正方向単位動作信号発生回路又は逆方向単位動作信号発生回路が動作することは、Xパルスモータ駆動回路及びYパルスモータ駆動回路が動作するために必要である。引用発明が実施不能ということはない。
4 本件審決が掲げる前記1(三)の理由について
引用発明の明細書には、当業者が容易にその実施をすることができる程度に記載されているものとして引用発明は特許されているものであり、その明細書及び図面の記載によれば、逆方向軌跡が技術的に達成できることは明らかであることは、前記のとおりである。
本件審決が認定した、実施例は、短絡が生じると、テープを逆方向の送り状態に変えて、テープの送り状態が逆方向にあることを識別できることから、テープに記録された移動の情報の移動の向きを逆向きに解することとなっていることは、引用例の明細書の記載から当然に導き出せるものである。
引用例の明細書によれば、短絡が生じるとテープを逆の送り状態に変え、テープが逆方向に送られるものであり、このとき電極に対して加工物が追跡軌跡を逆方向にたどり得るようにするものである。
このように逆方向軌跡をたどり得るためには、テープに記録された移動の情報を逆向きに解することは自ずから導き出される。逆方向軌跡をとるためには、それまでの移動の情報を逆向きに解していけばよいことは、論を待たないところである。
三 予備的取消事由について
1 本件審決の「引用発明は、本件発明の出願日前に出願された。」との認定に誤りはない。
通電加工装置において、線状電極が逆方向軌跡をとり得ることについては、引用発明の出願当初の明細書に記載されている。引用発明における出願手続中の補正は、この当初の明細書に記載された事項の範囲内においてなされたものであり、要旨を変更するものではない。
即ち、引用発明の出願当初の明細書(甲第四号証の一中の明細書)五頁一二行から一七行までに、テーブル4を軌跡3に沿って逆方向移動させる制御が行えることが記載され、また同明細書の四頁末行から五頁三行までに、電極1と加工物2間の電圧と設定電圧5とを比較して得られる誤差電圧6を用いてテープの移動方向の選択を行うことが記載され、さらに同明細書の三頁一行から八行までに、引用発明が解決しようとした技術的課題は短絡発生時加工軌跡3に沿って電極を逆戻りさせることのできるデジタル制御方式の放電加工装置を実現することにある旨の記載があり、これらの記載によれば引用発明の目的である短絡時の逆方向移動が自明の事項として導き出されるのであり、原告主張のような要旨の変更はない。
2 引用発明における出願手続中の補正が要旨を変更するものである旨の原告の主張は、審判手続ではされていない。
審判手続で争うことのなかった事由を取り上げようとする原告の主張は、原告が争わなかったため審理されなかった事項について、本件審決が誤りであるとし、その取消しを求めることに帰する。これは、専門官庁機関としての特許庁審判官による審判の審理段階と、審決取消訴訟の審理段階を定めた訴訟構造から許されないものである。
第四証拠関係《省略》
理由
一 請求の原因一ないし三の事実は当事者間に争いがない。
二 主位的取消事由について
1 《証拠省略》によれば、引用例には、引用発明について次のとおりの記載があることが認められる。
(一) 特許請求の範囲の欄に、請求の原因三(本件審決の理由の要点)4(一)に認定されているとおりの記載。
(二) 発明の詳細な説明の欄に次のとおりの記載。
(1) 本発明は線状電極を用いて任意連続図形の放電加工又は電解加工を行う通電加工装置の改良に関するものである。
(2) 線状電極を用いて任意の連続形状を加工する通電加工装置では電極と加工物がしばしば短絡事故を起こすこともよく知られている。この場合第1図(本判決別紙引用発明図面第1図。以下図面は、本判決別紙引用発明図面参照。)に示すごとく線状電極1がZ軸方向に張られているため、加工物2や線状電極1をZ軸方向に移動させて電極1と加工物2間の絶縁を回復させることはできない。この絶縁を回復させる唯一つの方法は、短絡の発生した時点より以前の加工軌跡3に沿って電極1を逆戻りさせる以外に方法はない。この点が線状電極1を用いた加工装置のデジタル制御化を困難ならしめる問題点である。
(3) 従来のデジタル制御方式に於ては、その入力装置として使用するテープの情報書式としては、文字記号(A~Z)と数字(0~9)を組合わせた語を用いてシーケンス情報と数値情報を現わし、この語を数個集めて一ブロックの命令を構成している。従ってテープリーダを逆転させて情報を逆に読取ると、文字・数字の記号が反対に現われるので、特別のバッファメモリ等を用いた数値制御補間装置等を必要とし、演算部分と記憶部分が非常に大型・高価となり、前記の逆戻し制御への適用は不適当である。
(4) そこで、制御用テープにその送り方向のどちらから読んでも同じ内容の情報を得ることのできるコードを形成するものである。即ち加工物2と線状電極1との相対X方向移動量並びに移動方向及びY方向移動量並びに移動方向、加工電圧、加工の開始又は停止、回転及び傾斜等の単位情報の組合わせより成る制御情報をテープの幅方向横一行の一コードとして記憶させ、その各異なる制御情報を順次に各横行に記憶させた記憶テープを第3図のように構成する。そのようなテープを用いると、これを正方向に移動させながら電極1と加工物2を関係的に移動させて通電加工を行なわせ、電極1と加工部2間に短絡を生じた場合、これを検知してテープを逆方向に移動させ、電極1を加工軌跡3に沿って出発点に復帰させる制御装置が簡単に得られることになる。上記の短絡検出装置としては、電極1と加工物2間の電圧と設定電圧5とを比較しその差電圧6を用いて行なう。
(5) 前記情報コードの内容は次のとおりである。テーブル4を移動させる情報を第2図に示す例えば九種の簡単な運動に分解する。その分解運動に便宜上符号「0、0」「0、1」「-1、1」等をつける。その左側(上側)の符号0、-1等はX方向成分、右側(下側)符号0、1等はY方向成分とし、又その「-」記号は逆方向運動を表すものとする。…(中略)…上記のようにコード化された九種類の符号を高い加工電圧(放電加工が可能な状態の電圧)H、低い加工電圧(放電加工が不可能な電圧でテーブル送りのみを行なう状態)Lに対応して二組合計一八組を用意する。第3図の右より六列目の符号は上記加工電圧H、Lを表わし、スペースがH、マークがLに対応する。左端八列目の符号は加工開始及び停止を表わし、スペースが「加工中」、マークが「加工停止」に対応している。
(6) このようにコード化することにより、テーブル送り情報はテーブル送り方向のどちらから読んでも同じ内容を持つもので、前記従来のコード情報による不都合を解消してテーブル4を軌跡3に沿って逆方向に移動させることの可能なデジタル制御による線状電極利用の通電加工装置が、小型安価に得られるものである。
(7) 本発明は上記のような情報テープを用いる線状電極利用の通電加工装置に係り、短絡に際しては線状電極に対して加工物を加工軌跡に沿って加工開始点に向かって後退させ、その後退途中で短絡が解消したら直ちに加工方向に移動させて、短絡解消のための無駄時間(加工に寄与しない時間)を少なくして、加工効率の向上を図ることを目的とする。
(8) この手段として、電極1と加工物2間の電圧と設定電圧5との差電圧6に応動し、電極1又は加工物2を相対的に駆動するサーボ装置12、13、予定された加工形状を前記電極1が追跡するようにデジタル量として情報信号が記録されているテープ15と、前記情報信号を読取り、前記サーボ装置12、13へ伝達する読取装置16、7、9、9'…、8、8'…と、前記各情報信号をデジタル量の加工に先だって順次読取るために前記読取装置の読取位置へ前記テープ15を移動しかつ前記加工物2と電極1との短絡に際しては前記テープ15を逆方向に移動させる如くテープ移動方向を決定する制御装置14とを有し、短絡事故に際し加工物2又は電極1が加工軌跡に沿って逆方向に移動し得るように構成したものである。
(9) 第4図は本発明装置の電気制御回路の一例を示すブロック図である。…(中略)…テーブル15の八単位のコード(第3図横に八列)を読取ったテープリーダ16からの信号は夫々の線(但し図面では線56で表わす)でデコーダ7に入力される。この種のコードを用いるとパリティテェック等を考えなければ八単位コード中に最大2a種の可逆可能な単位動作を収容することができる。2a種にも及ぶコードの判別をデコーダ7によって区分けし、単位動作信号発生回路8、8'、8"…のアンドゲート9、9'、9"…に信号を送る。アンドゲート9、9'、9"…の他の入力はシュミット回路10及び11から得ている。そして第3図に示すコードの場合には一九組の二倍計三八組の単位動作信号発生回路8が用意される。然し三八組の単位動作信号発生回路8の中にはその機能を共通に使用し得る回路が含まれており、そのため実際には回路構成は簡略化される。その二分の一(図示の場合一つ置き8、8"…)はシュミット回路10からの信号によるアンドゲート9、9"…からの入力とFF(フリップフロップ)からのリセット信号入力55とで動作する正方向単位動作信号発生回路、他の二分の一(図示の場合一つ置き8'、8'''…)はシュミット回路11によるアンドゲート9'、9'''…、入力55からの信号で動作する逆方向単位動作信号発生回路である。
(10) シュミット回路10の出力がアンドゲート9、9"…に印加されているので、それ等のアンドゲート9、9"…のうち一個以上がデコーダ7の出力を受けてアンド論理を構成し、正方向単位動作信号発生回路8、8"…のうち一個以上が動作して出力信号を出す。…(中略)…上記の出力信号を受けてY・Xパルスモータ駆動回路が作動し、その出力でY方向・X方向送り用サーボモータ12、13を作動させて、加工物2を載置したテーブル4を正方向にX軸・Y軸上を移動させる。
(11) 加工電圧が標準電圧5より低くなって差電圧6が「負」の場合は、シュミット回路11がオンしてアンドゲート52が論理積を構成し、前述の要領でテープ15を逆方向に送り、デコーダ7によってコードの逆読取りを行う。そしてデコーダ7の出力はシュミット回路11の出力を受けたアンドゲート9'、9'''…により、逆方向単位動作信号発生回路8'、8'''に入力され、その回路出力によってパルスモータ12又は13が正常加工時とは逆に回転する。これによりテーブル4を逆方向に移動させて線状電極1に対して加工軌跡3に沿って加工物を加工開始点に向って後退させる。
この後退により電極1と加工物2間の短絡が解消し、差電圧6が「正」になると直ちにシュミット回路10がオンしてテープ15を正方向に送る。
(12) 本発明装置は上記の構成であるから、前記の目的がよく達成される。
(三) 図面として本判決別紙引用発明図面のとおりの図示。
その第4図では、
(1) デコーダ7からの出力とシュミット回路10の出力が印加されているアンドゲート9の出力が正方向単位動作信号発生回路8を動作して出力信号を出し、その出力信号がYパルスモータ駆動回路に入力すること、
(2) 同じくデコーダ7からの出力とシュミット回路10の出力が印加されているアンドゲート9"の出力が正方向単位動作信号発生回路8"を動作して出力信号を出し、その出力信号がXパルスモータ駆動回路に入力すること、
(3) また、デコーダ7からの出力とシュミット回路11の出力が印加されているアンドゲート9'の出力が逆方向単位動作信号発生回路8'を動作して出力信号を出し、その出力信号がYパルスモータ駆動回路に入力すること、
(4) 同じくデコーダ7からの出力とシュミット回路11の出力が印加されているアンドゲート9'''の出力が逆方向単位動作信号発生回路8'''を動作して出力信号を出し、その出力信号がXパルスモータ駆動回路に入力すること、
が図示されている。
2 右1(一)認定の引用発明の特許請求の範囲の記載中には、引用発明が「逆方向軌跡の構成」、即ち「短絡事故に際し加工材または加工電極が追跡軌跡を逆方向にたどり得るようになっている構成」を有する旨の直接の記載も、実質的には「逆方向軌跡の構成」を表すものであると解することのできる記載も認められないことは明らかである(引用発明の特許請求の範囲には「逆方向軌跡の構成」が記載されていないことは、本件審決も認定するところである(前記請求の原因三(本件審決の理由の要点)4(四)参照)。
被告は、引用発明の特許請求の範囲には、制御装置がテープを所定方向に移動させれば、加工物と電極とが加工のために加工軌跡に沿って正方向に相対移動し、短絡事故発生時、それとは逆の方向にテープを移動させれば加工軌跡を逆方向にたどるように加工物と電極とが相対移動することとなることが記載されており、短絡事故に際し、加工物と電極とが加工軌跡に沿って逆方向に相対移動することが明らかである旨主張するが、短絡事故発生時、逆の方向にテープを移動させれば加工軌跡を逆方向にたどるように加工物と電極とが相対移動することとなることは記載されておらず、右主張は認められない。
3 右1(二)の(2)ないし(7)に認定した引用例の発明の詳細な説明の欄の記載によれば、引用発明は、情報テープを用いるデジタル制御の線状電極利用の通電加工装置に係り、短絡に際しては線状電極に対して加工物を加工軌跡に沿って加工開始点に向って後退させ、その後退途中で短絡が解消したら直ちに加工方向に移動させて、短絡解消のための無駄時間(加工に寄与しない時間)を少なくして、加工効率の向上を図ることを目的とするものであることが認められる。
4(一) 右1(二)の(8)認定の引用例の発明の詳細な説明の欄の記載によれば、右の目的を達成する手段として、特許請求の範囲記載の構成を有し、短絡事故に際し加工物2又は電極1が加工軌跡に沿って逆方向に移動し得るように構成したものであるとされていることが認められるが、その具体的な技術手段については右(8)には記載されていない。
(二) 右1(二)の(5)及び(9)ないし(11)認定の引用例の発明の詳細な説明の欄の記載及び右1(三)認定の本判決別紙引用発明図面第3図、同第4図の図示によれば、右第4図にブロック図として示された引用発明の電気制御回路の一実施例とされているもの(以下「実施例」という。それが引用例の特許請求の範囲に記載された発明の実施例といえるか否かは後に判断する。)の具体的技術手段は次のとおりのものとされていることが認められる。
即ち、テープに記録させた情報コードは、テーブルを移動させる情報をY方向成分とX方向成分に分解して表されているものであるところ、デコーダ7は、入力されたコードを判別し、これをY方向成分とX方向成分の二つの成分に分け、各方向成分につき、正常時に作動する正方向単位動作信号発生回路を動作させるアンドゲートへの出力と、短絡時に作動する逆方向単位動作信号発生回路を動作させるアンドゲートへの出力を出力する。
そして、正常加工時には正方向単位動作信号発生回路を動作させる二つのアンドゲートへシュミット回路10の出力が印加されて、Y方向とX方向の二つの正方向単位動作信号発生回路が動作して出力信号を出し、その出力信号を受けてYパルスモータ駆動回路及びXパルスモータ駆動回路が動作し、その出力でY方向送り用サーボモータ13、X方向送り用サーボモータ12を作動させる。
短絡時には、シュミット回路11がオンしてアンドゲート52が論理積を構成し、テープを逆方向に送り、デコーダ7によってコードの逆読取りを行う。そして逆方向単位動作信号発生回路を動作させる二つのアンドゲートへシュミット回路11の出力が印加されて、Y方向とX方向の二つの逆方向単位動作信号発生回路が動作して出力信号を出し、その出力信号を受けてYパルスモータ駆動回路及びXパルスモータ駆動回路が動作し、その出力でY方向送り用サーボモータ13、X方向送り用サーボモータ12が正常加工時とは逆に回転する。これによりテーブル4を逆方向に移動させて加工軌跡3に沿って加工物を加工開始点に向って後退させる。
即ち、一種類の情報コードに対応するテーブルの動きは、Y方向送り用サーボモータとX方向送り用サーボモータとの動きの組合せによって実現されるので、情報コードを判別したデコーダからは、Y方向送り用サーボモータにつながるY方向単位動作信号発生回路へのY方向成分の出力信号と、X方向送り用サーボモータにつながるX方向単位動作信号発生回路へのX方向成分の出力信号とが一組となって出力される。このY方向単位動作信号発生回路とX方向単位動作信号発生回路の二つを一組とみて、デコーダからは、一種類の情報コードに対応して正常加工時に作動する組と短絡時に作動する組の二組の単位動作信号発生回路へ出力されるものである。各組のX方向単位動作信号発生回路同士、Y方向単位動作信号発生回路同士への出力信号はそれぞれ同じであるが、正常加工時に作動する組と短絡時に作動する組とは各方向送りサーボモータが反対方向に回転するように結線されており、どちら組のアンドゲートにシュミット回路からの信号が加わるかによって動作する組が選択される。
右のとおり、デコーダは、一つのコードを判別すると二組四本の出力線に出力するもので、その各出力線が別々のアンドゲートを介して、別々の単位動作信号発生回路と結ばれているものであり、機能を共通にする回路を簡略化しなければ、第3図に示す一九種類のコードを判別する場合には一九の二倍の三八組、各組二本で合計七六本の出力線とその各々につながる同数のアンドゲートと単位動作信号発生回路が用意されているものである。
以上のような構成により、逆方向軌跡を達成することができる。
(三) 右のとおり、引用例の発明の詳細な説明の欄に記載された第4図に示された実施例についての記載は、逆方向軌跡を達成する具体的手段を開示しているものと認められる。
5 前記1(二)の(4)、(8)ないし(11)認定の引用例の発明の詳細な説明の欄の記載によれば、引用発明の第4図に記載された実施例においては、通電加工中に短絡が生じると、電極と加工物間の電圧と設定電圧の差電圧によってこれを検出し、シュミット回路11から出力が出て、テープを逆方向に送るとされているのであるから、テープが正方向の送り状態にある場合と、短絡が生じて、テープが逆方向の送り状態にある場合とを明確に区別しているものと認められる。
また、前記認定の記載によれば、短絡が生じた場合には、シュミット回路11からの出力により、テープを逆方向に送ると共に、逆方向単位動作信号発生回路に結ばれるアンドゲートへも入力し、デコーダからの出力との論理積により、逆方向単位動作信号発生回路へ入力され、その逆方向単位動作信号発生回路からの出力によって、パルスモータが正常加工時とは逆に回転するとされているのであるから、テープに記録された移動の情報の移動の向きを逆向きに解し、線状電極又は加工物が追跡軌跡を逆方向にたどり得るための解決方法が記載されているものと認められる。
6(一) 右3ないし5認定の事実によれば、本件審決の認定判断中、「引用発明の目的はその明細書に記載されているように、「情報テープを用いる線状電極利用の通電加工装置において、加工中の短絡に際しては線状電極に対して加工物を加工軌跡に沿って加工開始点に向かって後退させ、その後退途中で短絡が解消したら直ちに加工方向に移動させて、短絡解消のための無駄時間(加工に寄与しない時間)を少なくして加工効率の向上を図ること」にあるものと認められる。」との認定、「引用例の第4図に示された実施例においては、テープが正方向の送り状態にある場合とそれが逆方向の送り状態にある場合とを明確に区別しているものと認めることができる。」との認定(以上、請求の原因三(本件審決の理由の要点)4(二)参照)及び「引用発明に係る明細書及び図面に記載されている実施例は、加工中に短絡が生じたならばテープを正方向の送り状態から逆方向の送り状態に変えてテープに記録された情報を読取り、テープの送り状態が逆方向にあることを識別できることから、テープに記録された移動の情報の移動の向きを逆向きに解することにより、線状電極つまり電極に対して加工物を加工軌跡に沿って加工開始点に向って後退し得るようになっている、言換えれば、電極に対して加工物が追跡軌跡を逆方向にたどり得るようになっているものと認めることができる。」との認定(請求の原因三(本件審決の理由の要点)4(三)参照)は正当であり、原告主張の誤りは認められない。
(二) もっとも、前記4に認定したところによれば、本件審決の認定中、引用例の発明の詳細な説明の欄及び第4図に記載された引用発明の実施例のデコーダ7はその全部が図示されていなくとも三八本の出力線がある旨、デコーダ7はこの一九種類のコードのうち一種類のコードを読解するたびに二本の出力線に同時に出力が出ることが容易に推察される旨及びこの二本の出力線のうち一本が第4図のシュミット回路10と同11とのいずれか出力のある一方によって選ばれる旨の認定(請求の原因三(本件審決の理由の要点)4(二)参照)はいずれも誤りであることは明らかである。
しかし、本件審決の「引用発明に係る明細書及び図面に記載されている実施例は、加工中に短絡が生じたならば、電極に対して加工物を加工軌跡に沿って加工開始点に向って後退し得るようになっているものと認めることができる。」旨の認定が正当であり、原告主張の誤りは認められないことは前記判断のとおりであり、その結論に至る過程における前記の誤りは右認定の結論的な正当性を左右するものではない。
(三) また、原告は、デコーダとは、複数の入力信号(コード化された情報)に対し、一つの出力端子に信号が現れるものをいうのであり、同時に二つの出力が出れば、それはデコーダではない旨主張し、成立について当事者間に争いのない甲第五号証の一ないし三(電気用語辞典編集委員会編「新版電気用語辞典」昭和五八年七月二〇日株式会社コロナ社発行)によれば、デコーダとは、複数個の入力端子と複数個の出力端子を有し、入力端子のある組合わせに信号が加えられたとき、その組合わせに対応する一つの出力端子に信号が現れる装置をいうことが認められる。
しかし、引用例においては、前記4認定のとおり、一九種のコードの中の一種類のコードを判別して、七六本の出力線の中のそのコードに対応する四本の出力線に信号を出力するものがデコーダ7として説明、図示されていることは明らかであり、一般的な「デコーダ」の意味にかかわらず、引用例記載のデコーダについて前記4のように認定したことに誤りはない。
(四) 更に、原告は、デコーダから同時に出力された二つの出力のうち一つがシュミット回路10と同11とのいずれか一方によって選ばれ、結局一組の単位動作信号発生回路が選ばれる点についてみると、ここにいう「一組の単位動作信号発生回路」とは、引用発明の明細書中の「一個以上」の単位動作信号発生回路をいうものと解するべきであるところ、ある一種類のコードに対応する選ばれた一つの出力に対し、一個以上の正方向あるいは逆方向の単位動作信号発生回路が動作するためには、一個以上、例えば二種類のコードを同時に読み取らなければならないが、テープに記録された異なるコードを同時に読み取ることは、引用発明の読取装置では不可能であるから、引用例の第4図記載の装置は実施不能である旨主張する。
しかし、引用例において、「一組の単位動作信号発生回路」とは、一種類の情報コードに対応するテーブルの動きを実現する、Y方向送り用サーボモータにつながるY方向単位動作信号発生回路と、X方向送り用サーボモータにつながるX方向単位動作信号発生回路との二つを一組とみているものであり、デコーダからは、一種類の情報コードに対応して正常加工時に作動する組と短絡時に作動する組の二組四本の単位動作信号発生回路へ出力され、どちらの組のアンドゲートにシュミット回路からの信号が加わるかによって動作する組が選択され、逆方向軌跡を達成することができることは、前記5(二)認定のとおりであり、原告の主張は採用できない。
7 ところで、特許法第三九条第一項の同一性の判断に当たっては、先願と後願の特許請求の範囲に記載された事項を対比すべきものであり、先願の特許請求の範囲の記載内容に表された技術的思想を理解するために明細書の発明の詳細な説明の欄の記載を参酌することができるのは当然であるが、他方、明細書の発明の詳細な説明の欄の記載からすれば発明の必須の構成とされている事項であっても、特許請求の範囲に全く記載されていない事項を記載があるものとすることはできないものというべきである。
これを、引用例記載の発明についてみると、引用例の発明の詳細な説明の欄の記載によれば、右3のとおり、逆方向軌跡が引用発明の目的とされており、右4、5のとおり、実施例においては、テープが正方向の送り状態にある場合と、短絡が生じて、テープが逆方向の送り状態にある場合とを明確に区別しており、テープに記録された移動の情報の移動の向きを逆向きに解し、線状電極又は加工物が追跡軌跡を逆方向にたどり得るための解決方法が記載されていて、逆方向軌跡を達成する具体的手段が開示されているものであるけれども、右2のとおり、引用発明の特許請求の範囲の記載中には、引用発明が「逆方向軌跡の構成」を有する旨の直接の記載も、実質的には「逆方向軌跡の構成」を表すものであると解することのできる記載も認められず、更に、引用例の発明の詳細な説明の欄の前記認定のような記載を参酌しても、引用発明の特許請求の範囲の記載中には、実質的には「逆方向軌跡の構成」を表すものであると解することのできる記載は認められないのであるから、引用発明の特許請求の範囲に「逆方向軌跡の構成」を加えて認定することはできない。
そうすると、前記認定のとおり、引用例の発明の詳細な説明の欄に実施例として記載された逆方向軌跡を達成する具体的手段を備えたものは、引用例の特許請求の範囲に記載された発明の実施例ではないというべきであるから、引用発明の実施例と本件発明が実質的に同一であるということもできない。
したがって、引用発明の要旨の認定に当たって、特許請求の範囲に記載されていない「短絡事故に際し加工物または電極が前記追跡軌跡を逆方向にたどり得るようになっている」ことを加えて認定し、その結果、本件発明と引用発明は実質的に同一の発明であるとした本件審決の認定判断は誤りであるというほかない。
8 なお、付言するに、《証拠省略》に、前記のとおり当事者間に争いがない請求の原因一(特許庁における手続の経緯)を総合すれば、
(一) 引用発明は昭和四三年六月一五日特許出願され、再三の手続補正(その一部は却下決定)の後、昭和四九年七月五日、拒絶査定を受けたこと。
(二) これに対する不服の審判手続において、昭和五二年六月二九日付補正書で、引用発明の特許請求の範囲が、当時既に特許登録済であった本件発明の特許請求の範囲の表現に類似した、「電極と加工物間の電圧と設定電圧との差電圧に応動し、電極又は加工物を相対的に駆動するサーボ装置、予定された加工形状を前記電極が追跡するようにデジタル量として情報信号が記録されているテープと、前記情報信号を読取り前記サーボ装置へ伝達する読取装置と、前記各情報信号をデジタル量の加工に先だって順次読取るために前記読取装置の読取位置へ前記テープを移動しかつ前記加工物と電極との短絡に際しては前記テープを逆方向に移動させる制御装置とを有し、短絡事故に際し加工物又は電極が加工軌跡に沿って逆方向に移動し得るように構成したデジタル制御による通電加工装置。」と補正されたこと。
(三) これに対し、審判長が昭和五二年九月二八日付拒絶理由通知書により、拒絶理由を通知したが、その理由は、「本件出願は、明細書および図面の記載が下記の点で不備のため特許法第三六条第四項および第五項に規定する要件を満たしていないものと認める。」というもので、記の欄中には、「3 特許請求の範囲の欄中の「短絡事故に際し加工物又は電極が加工軌跡に沿って逆方向に移動し得るように構成した」という文言について 上記文言は所望の動作を述べたものとしか認められない。動作は発明の構成に欠くことのできない事項に該当しない。」との記載が含まれていたこと。
(四) 引用発明の出願人は、同年一一月二八日付手続補正書で、特許請求の範囲から「短絡事故に際し加工物又は電極が加工軌跡に沿って逆方向に移動し得るように構成した」とある部分を削除し、前記1(一)認定のとおりに補正すると共に、同日付意見書で、「拒絶理由通知中の3にご指摘の文言は、その前に記載した本願発明の構成から得られる一つの作用状態を記載したものでありますので削除します。……(中略)……なお、本願発明に対し後願の関係にある特公昭四八―三七三二〇号公報(即ち、本件発明の特許出願公告公報)を添付しますから、ご酌量下さい。」との意見を提出したこと、その結果、同年一二月九日、出願公告の決定がされたこと。
が認められる。
右認定事実によれば、引用発明の出願人は、右最終補正前の「短絡事故に際し加工物又は電極が加工軌跡に沿って逆方向に移動し得るように構成した」との記載がなくてもその前に記載された構成に逆方向軌跡の構成が含まれるものと判断を誤り、右の記載は引用発明の構成に欠くことのできない事項ではないとして、自らの判断でことさらに右の記載を削除したものであり、その結果、引用発明の特許請求の範囲には、引用発明が「逆方向軌跡の構成」を有する旨の直接の記載も、実質的には「逆方向軌跡の構成」を表すものであると解することのできる記載も、更に引用例の発明の詳細な説明の欄の前記認定のような記載を参酌して実質的には「逆方向軌跡の構成」を表すものであると解することのできる記載もない状態になったものであることが明らかである。
三 以上のとおり、本件審決は、引用例に記載された発明の認定を誤り、本件発明と引用発明とが実質的に同一の発明であるとして判断を誤った違法なものであるとして、本件審決の取消を求める原告の本訴請求は理由があるから、これを認容することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 元木伸 裁判官 西田美昭 島田清次郎)
<以下省略>