東京高等裁判所 昭和60年(行ケ)231号 判決
一 請求原因一ないし三の事実(特許庁における手続の経緯、本願発明の要旨及び本件審決の理由の要点)については、当事者間に争いがない。
二 取消事由に対する判断
1 本願第一発明
いずれも成立に争いのない甲第二号証(特願昭五〇―一二二八七六号の特許願書に添付の明細書及び図面)、第一二号証(昭和五五年一一月一七日付手続補正書)、第一三号証(昭和五八年四月一九日付手続補正書)及び第一四号証(昭和六〇年三月八日付手続補正書)によれば、本願第一発明は、高圧電気点火式内燃機関の点火時期の整備または車検等に使用するエンジンテスターの作動方式に関するもので、従来のエンジンテスターはエンジンの高圧電気点火装置のデイストリビユーターポイントまたは点火コイルの一次側にテスターの入力用リード線を接続して右点火装置の発生する点火高圧電流信号を入力し、テスターのタイミングライトを点滅していたため、常に入力用リード線を被側定点火装置に接続する作業が必要となり、手数がかかるとともに入力用リード線類がエンジンのフアンに絡むなどの危険があつたが、本願第一発明は、右欠陥を除去し、かつ、点火時期を測定するタイミングライトの点滅とともに、エンジンの回転数及びドエル角を表示できるものを提供することを目的とし、本願発明の要旨1記載の構成を採用したものであることが認められる。
2 第一引用例記載の発明
成立に争いのない甲第三号証(特開昭四九―一一六四二三号公報)(第一引用例)によれば、第一引用例記載の発明は、エンジンの点火時期を点検するときに使用されるタイミングライト装置に関し、エンジンの点火パルスを静電誘導によつて検知するものであることが認められ、そして、同引用例には、右発明が、テストされるべき内燃機関の高圧コードの絶縁被覆上に金属板を密着させた静電結合ピツクアツプにより点火パルス(信号)を検知し、この点火パルス(信号)に基づいて閃光放電管を発光させるタイミングライト装置である旨記載されていることについては、当事者間に争いがない。
3 第二引用例記載の発明
(一) 成立に争いのない甲第四号証(実公昭四六―一八四七八号公報)(第二引用例)によれば、第二引用例記載の発明は、エンジンの回転数及びドエル角の測定回路に関するもので、両回路を別個に設け、切替スイツチで直流電流計に接続する回路を切替えることにより一台の計器で右両機能の測定ができるようにしたものであることが認められる。
そして、同引用例には、テストされるべき内燃機関のイグニツシヨンコイル(点火コイル)の一次側のマイナス(負)側に測定回路の入力端子を接続し、これより得られる点火信号に、高周波成分を抵抗、コンデンサにより吸収し、ダイオードにより一極性をカツトする波形処理を施すことによつて、入力端子に信号がある期間すなわち接点(ポイント)が開いている期間と、入力端子に信号がない期間すなわち接点(ポイント)が閉じている期間に相当する波形とし、その高低レベルの期間からドエル角(アングル)を測定し、また、接点(ポイント)の開時期信号をとりだして内燃機関の回転速度を測定することが記載されている点については、当事者間に争いがない。
(二) ところで、本件審決は、右波形処理によつて得られる波形を「パルス波形」であると認定するのに対し、原告は、同波形は「パルス波形」ではなく「矩形波」もしくは「方形波」である旨主張するので、この点につき判断する。
別紙図面(四)第2図の(a)ないし(i)の波形が第二引用例記載の発明の実施例の回路の各点(別紙図面(三)第1図、別紙図面(四)第1図)における一次側信号の波形であることについては、当事者間に争いがないところ、同回路の構成からみて、本件審決にいう「入力端子に信号がある期間すなわち接点(ポイント)が開いている期間と、入力端子に信号がない期間すなわち接点(ポイント)が閉じている期間に相当する波形」が同図の(c)または(h)の波形に相当するものであるということができる。
右(c)及び(h)の波形は、成立に争いのない乙第一号証(電気工学ポケツトブツク編集委員会編「電気工学ポケツトブツク3版」八―三頁昭和四九年一一月三〇日株式会社オーム社発行)及び第四号証(猪岡国夫著「パルス回路の設計」一〇頁、一一頁昭和五一年八月二〇日(改訂第五版)CQ出版株式会社発行)によれば「方形パルス」ないしは「方形波」といわれるものであることが認められ、また、前掲甲第四号証によれば第二引用例においてもこれを「矩形波」と表現していることが認められる(第三欄三〇行及び三八行)。しかしながら、右乙第一、第四号証及びいずれも成立に争いのない乙第二号証(電気工学用語辞典編集委員会編「電気工学用語辞典」三七九頁ないし三八一頁昭和三七年九月一日株式会社技報社発行)第三号証(電子工学研修会編「エレクトロニクス用語事典」三二八頁、三二九頁昭和四四年七月二五日(初版)株式会社オーム社発行)、第五号証(玉虫文一外七名編集「岩波理化学辞典」一〇四九頁一九七一年五月二〇日(第三版)株式会社岩波書店発行)によれば、「パルス」とは、広義の意味においては非正弦波のことをいい、パルスの波形の違いによつて「方形パルス(波)」「三角パルス(波)」「インパルス」等の名称がつけられていることが認められる。そして、第二引用例においても、前記のとおり、別紙図面(四)第2図の(c)に相当する波形を「矩形波」と表現するほか、前掲甲第四号証によれば、第二引用例は、(d)に相当する波形を「微分波」、(e)に相当する波形を「パルス」とそれぞれ表現し、更に、「ダイオード25の陰極の電位波形は、トランジスタ14のコレクタの矩形波の微分波形になりこの正パルスはダイオード26にて、アースに流れ、負パルスだけ、ダイオード25、切替スイツチCを通して直流電流計Dに流れる。」と記載(第三欄三七行ないし第四欄三行)していることが認められ、同引用例は必ずしも「微分波」と「パルス」とを対置する用語として使い分けてはいないことが認められる(なお、甲第二号証によれば、本願明細書も、その発明の詳細な説明においては別紙図面(一)第3図の波形(C)を微分波、波形(D)をパルス波、波形(I)を整形波と呼んで波形によつてその名称を使い分けてはいるが、特許請求の範囲の記載においては単に「パルス波形」とのみ表現していることが認められ、本願第一発明においても、必ずしもパルス波を微分波及び整形波と並列的に対置させる用語として使用しているものとは解されない。)。
してみると、第二引用例における「矩形波」なる用語は広義の「パルス波形」の一種として使用しているものと解することができ、また、そのような用語の使用は必ずしも誤りとはいい難いから、本件審決の、右波形処理によつて得られる波形を「パルス波形」であるとした前記認定に、誤りはないものというべきである。
4 取消事由(1)について
(一) 本願第一発明と第二引用例記載の発明とを対比すると、内燃機関の点火信号を採取する方法が、本願第一発明においては、「二次側点火電気系統に対して対向電極となる静電容量型検知導体」によるのに対して、第二引用例に記載されたものにおいては、一次側に入力端子を接続する方法をとつている点が相違することについては当事者間に争いがない。
(二) 原告は、右相違点のほか、
(1) 本願第一発明は、点火信号の接点開時期及び接点閉時期をそれぞれパルス波形化させることを特徴とするのに対し、第二引用例の装置にあつては、点火信号の接点開の期間と接点閉の期間に相当するパルス波形とするものである点
(2) 本願第一発明は、回転速度測定のためのパルス波形化とドエル角測定のためのパルス波形化とを同一のステツプで共通処理し、同ステツプで得られたパルス波形を使用して回転速度及びドエル角の測定を同時並行的に処理するのに対し、第二引用例記載の発明は、回転速度及びドエル角の測定は二者択一的である点において、相違点を有する旨主張するので、以下判断する。
まず、右(1)の点についてであるが、請求の原因四4(一)の(1)及び(2)の事実は当事者間に争いがなく、これによれば、本願第一発明と第二引用例記載の発明とは、それらの実施例で比較する限りにおいては、点火信号をパルス波形化する際の具体的態様は異なるということができる。しかしながら、本願第一発明の要旨は、前記の特許請求の範囲の記載からみて、点火信号をパルス波形化する際の具体的な処理態様にあるのではなく、単に、点火信号を波形処理することにより最終的に開時期信号成分と閉時期信号成分をパルス波形化することにあるものと認められ(なおパルス波形化ステツプとして予備処理段階を設けたことについて、格段の技術的意義を認めるに足りる証拠はない。)、一方、第二引用例記載の発明においても、点火信号が波形処理されて最終的に右(c)及び(h)に相当する方形波状のパルス波形を得ているものであり、同パルス波形は点火信号の接点開の期間と接点閉の期間に相当するパルス波形とするものであるが、接点開の期間及び接点閉の期間の各当初の立上りもしくは立下りは点火信号の接点開時期及び接点閉時期に相当するから、同パルス波形も点火信号の接点開時期及び接点閉時期に相当する信号を内在するものと認められる。したがつて、このような差異をとらえて本願第一発明と第二引用例記載の発明との相違点であると解することはできず、この点に関する原告の主張は採用できない。
次に、右(2)の点について判断する。第二引用例記載の発明における波形処理によつて得られる右波形(c)及び(h)は、同じ入力信号から同様な信号処理によつて同様な波形のパルスとして得られたもので、それから開時期信号成分のみを取り出して回転速度を測定し、開時期信号成分と閉時期信号成分とを取り出して比較処理してドエル角を測定しているのであるから、第二引用例に開示された技術思想として、パルス波形をドエル角測定及び回転速度測定に共通的に使用する構成を把握することは可能である。また、第二引用例記載の発明は、ドエル角測定回路と回転速度測定回路を別個に設け、スイツチの切替えによつて一台の計器でエンジンの回転数及びドエル角の測定を行う構成となつていることは、前認定のとおりである。これに対し、本願第一発明が第二引用例記載の右のような切替スイツチと計器の構成を排除するものであるか否かについては、その特許請求の範囲の記載自体からは必ずしも明らかでないが、仮に、本願第一発明が右構成を包含しないとしても、両者の相違は、ドエル角測定回路と回転速度測定回路を別個に設けた装置において、切替スイツチと一台の計器を設けるか(第二引用例)、スイツチを設けることなく二台の計器を設けるか(本願第一発明)の点において相違することになるが、右の相違は必要に応じ選択される設計的なものにとどまるのであり、また、原告が主張する本願第一発明における同時・並行処理等の効果(請求の原因四1(四))も、二台の計器を設けたことによりもたらされる予測の域を出でないものというべきである。してみると、この点も本願第一発明と第二引用例記載の発明との実質上の相違点であると解することはできず、原告の主張は理由がない。
5 本願第一発明の容易想到性及び進歩性
(一) 第一引用例記載の発明は、前認定のとおりであるほか、同引用例には、内燃機関の点火状態を観測するための装置であるタイミングライト装置において、閃光放電管を発光させるためのトリガ信号を、内燃機関の二次側点火電気系統に属する高圧コードに電極となる金属板を絶縁被覆を介して対向させた静電結合ピツクアツプにより検知することが記載されていることについては、当事者間に争いがない。
また、成立に争いのない甲第五号証(自動車工業全書編集委員会編監修斉藤孟「自動車の整備Ⅰ」昭和五五年七月二〇日山海堂発行)によれば、右二次側で得られる点火信号の波形は、その一次側で得られる点火信号の波形と同様によく知られ、その中に接点開時期信号成分及び閉時期信号成分を含むものであることも周知の事実であることが認められるから、「静電結合ピツクアツプにより二次側の点火信号を検知する手段」(静電容量型検知導体)を第二引用例記載の発明における点火信号の検知手段に用い、ドエル角及び回転速度を測定する本願第一発明の構成を着想することは、当業者であれば容易にできるものと認めざるを得ない。
原告は、一次側信号と二次側信号とでは、電圧レベル、接点開時期信号成分と接点閉時期信号成分の相互関連性、極性などの点で波形的性質の基本的差異があるとして、一次側信号の処理方法を二次側信号に適用することの困難性を主張するが、電圧レベルの高い二次側から信号成分を検知すること自体については、右判示のとおり、既に第一引用例に開示されているところであり、また、両信号における接点開及び閉の信号成分の相互関連性の有無、極性に関する差異については、波形処理の具体的回路の設計に際して問題となるものであるところ、本願第一発明の要旨が点火信号をパルス波形化する際の具体的処理態様にあるのではなく、単に点火信号を波形処理することにより最終的に開時期信号成分と閉時期信号成分をパルス波形化することにあることは前判示のとおりであるから、原告の右主張は失当である。
(二) 原告は、いずれもダイオードによつて入力信号の一方の極性成分をカツトしてからその後の処理を行うことを基本とする第一、第二の各引用例を組み合わせても、二次側信号の波形特性上、回転速度の測定は可能であつてもドエル角の測定は不可能である旨主張する。
しかしながら、引用例の組合せによる容易想到性の判断は、各引用例の開示する技術手段の組合せを意味するものであつて、各引用例に記載された実施例の単なる結びつけではなく、前記判断も、第一引用例からは内燃機関の二次側点火電気系統に発生する点火信号を静電結合ピツクアツプによつて検出する技術手段を引用しているにすぎないものであつて、検出信号を処理する回路は引用の対象外であり、また、第二引用例においては、内燃機関のイグニツシヨンコイルの一次側から得られる点火信号に波形処理を施すことによつて、その接点開時期信号成分及び閉時期信号成分をパルス波形化し、このパルス列からドエル角を測定し、開時期信号成分を取り出して回転速度を測定する技術手段を引用しているものであり、第二引用例の実施例記載の回路の入力端子pに第一引用例に開示された内燃機関の二次側点火電気系統の高圧コードに結合された静電結合ピツクアツプを接続することが容易であると判断するものではないから、原告の右主張は理由がない。
そして、第二引用例記載の回路にダイオードが接続されているとしても、その機能を波形処理の観点でとらえる限り、入力される点火信号と波形との関連において、その波形処理に際し必要に応じてダイオードを省略しあるいは別の素子に変更すればよく、そのようなことは設計変更の範囲内に属する事項であると認められる。
(三) 原告の、本願第一発明の進歩性に関する主張は、第一引用例と第二引用例との組合せによつてはドエル角と回転速度の両方の測定をすることはできないことを前提とするものであるところ、第一引用例の開示する点火信号の検出手段を第二引用例に適用する場合の具体的な回路は同引用例記載の実施例の回路に限定されず、所定の動作を行う範囲内で実施例の回路を設計変更した回路、あるいは所定の動作を行うように設計変更した回路も当然に含まれるべきであり、当業者であれば通常予測されるような回路の設計変更によつても、ドエル角の測定が不能である旨の主張立証がない以上、原告の右主張は採用できない。
三 以上によれば、原告主張の取消事由は理由がなく、(本件審決の理由の要点5の判断も誤りではない。)本件審決はその結論において正当であるから、原告の本訴請求を失当として棄却することとする。
〔編注1〕本願発明の要旨は左のとおりである。
1 テストされるべき内燃機関の二次側点火電気系統に発生するデイストリビユータの接点開時期信号成分及び閉時期信号成分を含んだ点火信号を前記二次側点火電気系統に対し対向電極となる静電容量型検知導体により採取し、前記点火信号を波形処理して前記開時期信号成分及び閉時期信号成分をパルス波形とし、前記パルス波形から開時期信号成分のみを取り出して回転速度を測定し、前記パルス波形から開時期信号成分と閉時期信号成分とを取り出して比較処理しドエル角を測定することを特徴とするエンジンテスターの作動方式(以下「本願第一発明」という。)。
2 二次側点火電気系統に発生するデイストリビユータの接点開時期信号成分及び閉時期信号成分を含んだ点火信号を採取可能であり且つ前記二次側点火電気系統に対し対向電極となる静電容量型検知導体、全検知導体に接続され前記開時期信号成分及び閉時期信号成分を波形処理してパルス波形とするパルス波形回路、前記パルス波形回路に接続され開時期パルスを採取する接点開時期選択回路、前記パルス波形回路に接続され閉時期パルスを採取する接点閉時期選択回路、前記接点開時期選択回路及び前記接点閉時期選択回路に接続され前記開時期パルスと閉時期パルスとを比較処理する接点閉期間整形回路、及びトリガー回路を介して前記パルス波形回路に接続されたタイミングライトを有しており、前記二次側からの点火信号を処理して、タイミング、回転速度、ドエル角を測定することを特徴とするエンジンテスター(以下「本願第二発明」という。)。
(別紙図面(一)参照)。
〔編注2〕本件における図面は左のとおりである。
別紙図面(一)
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別紙図面(二)
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別紙図面(三)
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別紙図面(四)
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