東京高等裁判所 昭和60年(行ケ)46号 判決 1985年7月24日
原告 大竹貿易株式会社
右代表者代表取締役 大竹成正
右訴訟代理人弁理士 大島泰甫
被告 岡田電気株式会社
右代表者代表取締役 岡田實
右訴訟代理人弁理士 佐藤正年
同 木村三朗
同 佐々木宗治
主文
特許庁が昭和五六年審判第二五五四二号事件について昭和六〇年一月二四日にした審決を取消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
原告は、主文同旨の判決を求め、被告は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求めた。
第二請求の原因
一 特許庁における手続の経緯
被告(昭和五六年一一月一三日有限会社岡田電気工業所を組織変更)は、別紙(1)に記載のとおりの構成からなり、商品の区分第一一類「電気機械器具、その他本類に属する商品」を指定商品とする商標(昭和四九年二月一八日登録出願、昭和五二年五月一六日設定登録、登録第一二六九六一〇号、以下「本件商標」という。)の商標権者である。
原告は、被告を被請求人として昭和五六年一二月二二日本件商標につき、商標登録無効の審判を請求し、特許庁同年審判第二五五四二号事件として審理されたが、昭和六〇年一月二四日右審判請求は成り立たない旨の審決があり、右審決の謄本は、同年二月二五日原告に送達された。
二 審決の理由の要点
1 本件商標の構成、指定商品、出願、登録関係は、前項のとおりである。
2 これに対し、審判請求人(本訴原告)の引用する登録第五七七三四七号商標は、別紙(2)に記載のとおりの構成からなり、商品の区分旧第六九類「電動機、発電機、その他本類に属する商品」を指定商品とし、昭和三三年二月三日登録出願、同三六年七月一〇日設定登録、同五七年二月二六日商標権存続期間更新の登録がされたものである(以下これを「引用商標」という。)。
3 そこで、本件商標と引用商標との類否について判断するに、本件商標は、その構成からみて、菱形図形枠内に表わされている部分が特定の文字若しくは図形を表現したと理解できる程度に表示されていないとみられる。したがって、本件商標は何ら特定の称呼、観念を生じない単に図案化された図形と看取される。
これに対し、引用商標は、別紙(2)のとおり、四角形図形内に「OEC」の欧文字を横書し、この図形の両側に縦長の長方形を附加してなるものである。したがって、引用商標は、右欧文字をとらえて「オーイーシー」の称呼を生ずる。
そうすると、本件商標と引用商標とは、称呼上はもとより外観、観念においても類似性のない非類似の商標と認められ、本件商標が商標法四条一項一一号に違反して登録されたものではないから、同法四六条一項一号の規定を適用して、その商標登録を無効とすることはできない。
三 審決の取消事由
審決は、以下に詳述するとおり、本件商標と引用商標との類否判断を誤った違法のものであるから、取消されるべきである。
1 審決は、本件商標について、菱形図形枠内に表わされている部分が特定の文字若しくは図形を表現したと理解できる程度に表示されておらず、特定の称呼を生じない単に図案化された図形と看取されると判断する。
しかし、本件商標は、その構成のとおり、菱形枠内に欧文字の「O」と「C」を左右に表わし、両者間に、図案化した「E」の文字を表わしてなるもので、「E」の文字は、縦線部分を「O」の輪郭に沿って円弧状に表わし、上下の横線部分は、外側縁を菱形枠図形の角部に間隔をあけて沿わせた山形形状に表わし、かつ、「C」の文字に近接する端部は、「C」の輪郭に沿った形状に切断された態様で表わしたものであり、本件商標に接する者は、何人も、欧文字の「O」と「C」を認識できることは疑う余地がなく、また、その間にある図案化した文字も、前述のとおり「E」の特徴として三本の横線及びこの横線を左端において連結する縦線が存在し、これを欧文字「E」と判断する要件はすべて具備している。
レタリングがもてはやされている今日では、かなり変形化、図案化された文字が通用し、看者の目もこのような変形化、図案化された文字に慣れており、いわんや前記中央部の図形が前述のとおり「E」の文字の特徴をことごとく備えている以上これを「E」と判断することは極めて容易である。なおわが国においては、小学校高学年において広くローマ字に接し、欧文字のアルファベットを読めない者は皆無の状況にある。
また、人間にはある形象に接した場合に、それを具体的な事物や文字として認識しようとする習性があるから、本件商標のように、欧文字「O」と「C」を明瞭に認識することができ、その間の形象が「E」の特徴を備えている以上これを「E」と読まない者は皆無といえる。
更にまた、本件商標は、商標権者である被告会社の商号の頭文字に相当するOECに由来するものであることは想像に難くない。そうすると、本件商標は、OECを意識し、OECと読ませる意図の下に作られた商標であると推測することもでき、したがって看者もまたOECと読むのは当然である。
以上のとおり本件商標から「オーイーシー」の称呼を生ずることは明らかであり、同一の称呼を生ずる引用商標と類似の商標である。
2 仮に、本件商標における前記「E」の部分が欧文字「E」と認識できないとしても、これに接する需要者の多くは、「O」、「C」の欧文字を認識し、これに基づいて、「オーシー」と称呼する。そうすると、「オーイーシー」の称呼を有する引用商標との称呼上の相違は、わずかに中間音「イー」の有無のみである。ところで、この「イー」の音は、同じイ段の音である後続の「シー」の音に吸収される弱い音であるから、引用商標にあっては、語頭音の「オー」と語尾音の「シー」が聴覚上印象に残る結果本件商標と称呼上類似する。
第三請求の原因に対する認否及び主張
一 請求の原因一、二の事実は認める。同三の主張は争う。
二 本件商標は、以下に主張するとおり、引用商標と類似するものではなく、これと同旨に出た審決の判断に誤りはない。
1 本件商標の菱形図形枠内中央の図形は何を表わしたものか分らないとみるのが相当であり、また、その左右に配された円形部分も、単に円形図形とのみ認識されるだけであり、したがって、本件商標を全体として観察した場合に何ら特定の称呼、観念を生じない。
これに対し、引用商標はその構成上「オーイーシー」の観念、称呼を生ずる。
このように、両者は、外観においてはもとより、観念、称呼においても全く異なる非類似の商標である。
2 被告は、電気設備工事及び制御関係機器の製造を主力とする会社であって、製造工場、公共企業体などの受電設備など各種電気設備、し尿処理・空調・ガントリーエレベーターなどの設計・施行を業としている。そして、本件商標は、このように被告が設計・施行した機械・設備等に使用されるものであるが、その場合被告の商号と共に使用されるのであって、本件商標が単独でこれら電気機器等に使用されることがない。
このようなことから、仮に本件商標から特定の観念、称呼を生ずるとしても、それは、「岡田電機の社章」又は「岡田電気のマーク」との観念、称呼を生ずるに過ぎない。したがって、引用商標の観念、称呼とは全く異るものである。
3 また仮に、原告が主張するように、本件商標の菱形図形枠内の左右に配してある円形図形が欧文字の「O」「C」であるとして、本件商標から「オーシー」の称呼を生ずるとしても、引用商標の称呼である「オーイーシー」とは判然と区別することができ、称呼上類似しない。蓋し、「オーシー」は二音構成であるのに対し、「オーイーシー」は三音構成であり、しかも中間音「イー」は母音であり、母音「オー」に続き、子音と母音からなる「シー」に先行するので、明瞭に三音節に発音され、両者は全体として音調を異にし、混同されることはない。
第四証拠関係《省略》
理由
一 請求の原因一、二の事実は当事者間に争いがない。
二 そこで、原告主張の審決取消事由について検討する。
1 本件商標は、別紙(1)のとおり、菱形図形枠内の左側部分には同一の太さで描かれた正円を配し、右側部分には右正円とほぼ同一の太さ及び大きさで描かれたC型の円弧を配し、右正円と円弧との間の中央部には、外側縁が上下において菱形図形枠の上下角部とほぼ平行するように山型を形成し、その左側は前記正円の輪郭に沿って右山型部分と円弧状に連り、右側は前記C型円弧の輪郭に沿った形状で切断してなり、また内側縁が直角の型とその中央部に前記正円とほぼ同一の太さで描かれた短い横線とからなる図形を配した構成のものである。
本件商標のこのような構成に徴すると、菱形図形枠内の前記正円及び円弧は、それぞれゴシック(サンセリフ)型書体による欧文字の「O」及び「C」を表わしたものであることを極めて容易に看取することができると認められる。また、右両者の間に配された図形は、その内側縁部分においては、右「O」及び「C」と同一の書体をもって表わした場合における欧文字「E」の特徴をそのまま具備しており、ただその外側縁を菱形図形枠並びに右「O」及び「C」の関係で凹凸化したものであることから、欧文字「E」をやや図案化したものであることをさほど困難なく看取することができると認められる。
このように、本件商標が欧文字「O」、「E」、「C」を順次左横書してなるものであることに徴すると、本件商標からは、「オーイーシー」の称呼が生ずると認めるのが相当である。
2 一方、引用商標は、その構成に照らして「オーイーシー」の称呼を生ずることは明らかである。
3 そうすると、本件商標と引用商標とは称呼を共通にする類似の商標といわなければならない。
なお、被告は本件商標が被告の商号と共に使用されていることから、仮に本件商標から特定の称呼を生ずるとしても、それは、「岡田電気の社章」又は「岡田電気のマーク」であるに過ぎない旨主張する。しかし、商標の類否の判断は、商標それ自体によってされるべきであることはいうまでもないところであり、その場合に本件商標から右被告が主張するような称呼のみしか生じないということは、経験則に照らして到底ありえないところである。したがって、被告の右主張は採用できない。
4 以上のとおりであるから、本件商標からは何ら特定の称呼を生じないことを理由として、本件商標と引用商標とは類似しないとした審決の判断は、その余の点について判断するまでもなく失当であり、審決は取消を免れない。
三 よって、審決の取消を求める原告の本訴請求を正当として認容し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 瀧川叡一 裁判官 牧野利秋 清野寛甫)
<以下省略>