大判例

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東京高等裁判所 昭和60年(行ケ)59号 判決

(争いのない事実)

一 本件に関する特許庁における手続の経緯、本願発明の要旨及び本件審決理由の要点が原告主張のとおりであることは、当事者間に争いのないところである。

(本件審決を取り消すべき事由の有無について)

二 原告は、本願発明と引用例記載のものとの相違点についての本件審決の認定判断が誤りである旨主張するが、以下説示するとおり本件審決の認定判断は正当であつて、原告の主張は、理由がないものというべきである。

前示本願発明の要旨に成立に争いのない甲第三号証(昭和五九年七月二日付手続補正書による訂正明細書)を総合すると、本願発明は、「簡単で比較的低コストで実施することができるデジタルメモリを利用したコイン検査装置に関する」発明ではあるが、特許請求の範囲の記載から明らかなように、その構成は、機能を示すためのブロツク図のように表現されており、被検コインからの数値データを発生させるためのセンサー手段、真のコインに関するコイン検査のための基準値を蓄積することのできるデジタルメモリ手段、センサー手段からの数値データとメモリ手段からの基準値とを比較して所定の許容誤差範囲内において一致したときに被検コインについて真のものであることを示す信号を発生する比較手段とからなるコイン検査装置と規定されているのみで、特許請求の範囲の記載において、前記各手段を構成する具体的な電子回路の構成を規定したところはなく、その特徴は、センサー手段と独立して、コイン検査のための基準値を蓄積するための手段としてデジタルメモリ手段を採択したところにあるものと認められる。そして、引用例(優先権主張日前に日本国内において頒布された特許公報であることは、原告の明らかに争わないところである。)に、本件審決認定のとおりの構成を有するコイン試験装置をもつコイン選択機構が記載されていること、並びに本願発明と引用例記載のものとの構成が、本件審決の認定判断のとおり本願発明がコイン検査のための基準値を蓄積するための手段としてデジタルメモリ手段を採択したのに対し、引用例記載のものには特に「デジタル」であるとの明記がない点を除き、共通したものであることは、原告の認めるところである。

ところで、原告は、本件審決の右相違点についての認定判断を争い、本件審決は、優先権主張日当時のコイン検査装置の欠点及び技術動向を看過した結果、コイン検査装置においてデジタルメモリ手段を適用することは装置の目的と期待する効果を考慮して選択できるものとの誤つた認定判断をした旨主張する。確かに、成立に争いのない甲第一六号証、第一七、第一八号証の各一ないし五、第一九号証及び第二〇号証並びに弁論の全趣旨を総合すると、優先権主張日当時に一般にみられたコイン検査装置、その欠点及び技術動向は原告主張のとおりであり、その主張するような長所と短所があつたこと(優先権主張日当時、当業者において、検査値電圧信号を独立に発生させたアナログ基準電圧と比較するという構成が実用性がないものと認識し、その構成について顧みることがなかつたとの点を除く。)を認めることができるけれども、引用例の前示記載内容及び成立に争いのない甲第五号証(引用例)によれば、引用例は、名称を「貨幣試験方法及び選択機構」とする発明に係る特許公報であるところ、そこには、貨幣のサイズ、形状のほか、貨幣の材質をも検査するための方法及び装置が記載されており、引用例記載の装置において、貨幣の材質の検査に関しては、コインの物理的特性を試験し、それの関数である信号の数値データを発生するためのセンサー手段、コイン検査時の該センサー手段からの数値データと所定の設定レベルとを比較して、センサー手段からの数値データが二つの設定レベル間にあり、したがつて、所定の大きさの通過帯が装置内で満足された場合にのみ出力が出る検知器と論理回路からなる手段とから構成されたコイン選択機構による検査が行われていることが認められる。これによれば、引用例には、本願発明と同様に、センサー手段と基準値を蓄積するための手段とを独立させて設け、かつ、電子的な機構によつてコイン検査を行う技術的思想が示されていることは明らかである。なお、原告は、優先権主張日当時の当業者は、検査値電圧信号を独立に発生させたアナログ基準電圧信号と比較するという構成を実用性のないものと認識していた旨主張し、甲第一八号証の三の記載を援用するところ、前掲甲第一八号証の三中には、「標準電圧Esのドリフトが大きくなると選別誤差も増大する。」(第七一頁左欄第一六行ないし第一七行)との記載が認められるが、引用例の存在並びにそれに記載された前示の構成からすると、優先権主張日当時の当業者の一般的な認識が原告主張のようなものであつたものとは認めることができない。そして、優先権主張日前において、アナログメモリ手段とデジタルメモリ手段の各特性に基づくそれぞれの長所、短所が当業者に広く知られていたこと(このことは、原告の認めるところである。)を考慮すると、引用例に記載された前示の構成を有するコイン選択機構において、基準値がアナログメモリ手段によつて蓄積されているとしても、アナログメモリ手段の不都合を解決するために、廉価で、寸法がコンパクトであるうえ、高い信頼性と同時に基準値の変更、追加が極めて容易なデジタルメモリ手段の長所に着眼し、これを採用することに格別の困難性はなく(これを覆すに足りる証拠はない。)、したがつて、本願発明は引用例から容易に想到し得るものと認めるべきである。そうすると、本件審決が、コイン検査装置における基準値を蓄積するための手段を、アナログメモリ手段とするかデジタルメモリ手段とするかは、適用する対象装置の目的と期待する効果を考慮して選択し得る事柄とした判断には、何ら誤りはない。次に、原告は、本件審決が本願発明の奏する顕著な作用効果を看過した旨主張し、本願発明は、コイン検査装置について「コイン検査のための基準値を蓄積することのできるデジタルメモリ手段」を採用したことによる相乗効果として、高速の連続的コイン検査処理ができること(原告主張の効果(一))になつたこと及びコイン検査装置として汎用性のあるものとなつたこと(原告主張の効果(二))を主張するところ、コイン検査装置にデジタルメモリ手段を適用したことのみから高速の連続的処理が実現され得るものではなく、この作用効果を得るためには、デジタルメモリ手段以外の装置全体の構成を考慮に入れることが必要であることは明らかなことであり、前認定のとおりデジタルメモリ手段以外の構成について何も考慮されていない本願発明においては、その作用効果として、高速の連続的コイン検査処理が実現されるものではない。また、検査装置として汎用性のあるものになつたとの点についても、前示のとおり、デジタルメモリ手段が、小型で安価であり、かつ、大量のデータを書き込み、記憶、読み出しができるという特性をもつことは周知のことであり、デジタルメモリ手段はこれらの特性をもつていることによつて基準値の変更、追加が容易になるという属性を有し、また、それ自体が汎用性を備えているものであるから、原告主張の効果(二)はデジタルメモリ手段それ自体が有する特性に由来するものであり、コイン検査装置に適用したことに基づく相乗効果として評価し得るものとは認められない。したがつて、本件審決が本願発明の顕著な作用効果を看過した旨の原告の主張は、理由がなく、本件審決が、本願発明の効果はデジタルメモリ手段のもつ特性から充分に予測され得る程度のものと判断したことには何ら誤りはない。

以上の検討から明らかなように、本件審決が、本願発明は引用例記載の発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとしたのは正当であつて、これを取り消すべき違法の点はない。

(結語)

三 以上のとおりであるから、その主張の点に認定判断を誤つた違法があることを理由に、本件審決の取消しを求める原告の本訴請求は、理由がないものというほかない。よつて、これを棄却することとする。

〔編註その一〕 本願発明の要旨は左のとおりである。

コインの物理特性を試験しそれの関数である信号の数値データを発生するためのセンサー手段、所定の額面の真のコインに関するコイン検査のための基準値を蓄積することのできるデジタルメモリ手段、コイン検査時の該センサー手段からの数値データと該メモリの手段からの基準値とを比較して該信号値が該基準値に対し所定の許容誤差範囲内において一致したとき被検コインについて真のものであることを示す信号を発生する比較手段とからなるコイン検査装置。(別紙図面(一)参照)

〔編註その二〕 本件に関する図面は左のとおりである。

別紙図面(一)

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(以下省略)

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