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東京高等裁判所 昭和60年(行ケ)68号 判決

(争いのない事実)

一 本件に関する特許庁における手続の経緯、本件発明の要旨及び本件審決理由の要点が原告主張のとおりであることは、当事者間に争いがないところである。

(本件審決を取り消すべき事由の有無について)

二 原告は、本件審決は、本件発明と第一引用例記載の方法との相違点の対比判断を誤り、かつ、本件発明の奏する作用効果の顕著性を誤認した結果、本件発明は、第一引用例ないし第三引用例に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとの誤つた結論を導いたものであつて、この点において違法として取り消されるべきである旨主張するが、その理由がないことは以下に説示するとおりである。

前記本件発明の要旨に成立に争いのない甲第三号証(昭五七―二九二七八号特許公報)によると、本件発明は、布の加工方法についての発明であつて、布の立毛面に凹状模様を形成し、該模様凹部を着色することは従来知られていることであり、転写によつて布を着色できることは周知であるが、布の立毛面への凹状模様の形成とその凹部着色に転写印捺を使用した事例はないことから、布の立毛面への凹状模様の形成と該模様凹部への着色を同時に行うことを目的とし、右目的を達成するために転写紙を使用する方法を開発して本件発明の要旨(特許請求の範囲の記載と同じ。)のとおりの構成を採用したもので、<1>ヒータ加熱を併用することによつて高周波容量を節減できるので、高周波プレス単用の場合よりも設備費が大きく軽減され、しかも、高周波出力の制御によつて加工条件を任意に調整できるので、熱プレス単用の場合よりも加工の管理が容易になる、<2>従来は、布の立毛面への凹状模様の形成とその凹部への着色に二工程を要したが、それを一工程で行うことができ、右工程を簡略化することができる、<3>加熱凸型押圧を高周波の作用下で行うことにより、加工時間の短縮、適用可能な繊維種類の拡大、凹状模様の鮮明化及び恒久化を図ることができる、<4>熱プレス単用の場合の、凹部形成力が弱く、セツトが永続せず、染料の吸着が不十分で濃色捺染が困難であるという欠点が、高周波プレスによる繊維内部からの昇温によつて補われ、一方、高周波プレス単用の場合の、凹部形成が不均一になり、転写捺染も濃淡むらを生じるという欠点が、熱プレスによる繊維外面からの均一な加熱によつて補われ、鮮明、均一で、永続性のある凹状模様を形成することができるとともに、均一、濃色な転写捺染を得ることができるという作用効果を奏することが認められる。一方、第一引用例(第一引用例が本件発明の特許出願前に国内で頒布された公開特許公報であることは、原告の明らかに争わないところである。)に、本件審決認定のとおり、高周波陰陽両極板のいずれか一方の極板に凹凸模様の型版を取り付けるとともに、その型版に電熱線を組み込んだ高周波型押装置を使用し、両極板の間に繊維布帛を置き、型版を電熱線で加熱しつつ、高周波押圧を施すことにより、布帛に凹状模様を形成する布帛の加工方法についての記載があり、更に、右の電熱線による外部加熱と高周波による内部加熱の併用により、布帛に過度の温度上昇をもたらすことなく、その内外面を良好に加熱することができる結果、あだ光なく、彫りが深く、耐洗濯性の強いエンボス加工が得られることが説明されていること、また、本件発明と第一引用例記載の方法との間に、本件審決認定のとおりの一致点並びに相違点<1>及び<2>が存すること、すなわち、両者は、ヒータによる外部加熱と高周波による内部加熱を併用する型押装置によつて繊維布帛の表面に押圧を施し、凹状模様を形成する方法である点で一致し、(1)型押の対象とすべく両極板の間に置く布帛が、本件発明では立毛面を有する布であるのに対し、第一引用例記載の方法では布帛とされているにとどまる点及び(2)本件発明では、第一引用例記載の方法と違つて、布ばかりでなく転写紙をも両極板の間に介在させ、凹状模様の形成と同時に熱転写によりその模様凹部に着色を施す点の二点において相違することは、原告の認めるところである。

原告は、本件審決は、右相違点の対比判断を誤つた旨主張するから、まず、右相違点(1)について検討するに、第二引用例(第二引用例が本件発明の特許出願前に国内で頒布された実願昭四七―二〇六三七号の願書に添付した明細書及び図面の内容を撮影したマイクロフイルムであることは、原告の明らかに争わないところである。)に、本件審決認定のとおり、ヒータあるいは高周波により加熱されるエンボス板を用い、立毛織物をその軟化点以上の温度で押圧することにより、立毛織物に凹状模様を形成させ、次いで、着色剤を印捺することについて記載されていることは、原告の認めるところ、右記載内容に徴すれば、立毛面を有する布に凹状模様を形成する際の加熱手段として、第一引用例記載のヒータによる外部加熱と高周波による内部加熱とを併用する手段を用いることに格別の困難性があるとする根拠もないから、第一引用例記載の布帛に代えて立毛面を有する布を用いることは当業者であれば適宜なし得るところであると認められる。原告は、本件審決が相違点(1)について、適宜なし得る材料変更にすぎないと認定したことについて、適宜なし得る材料変更をもつて、単なる材料変更と解したうえで、単なる材料変更であるか否かを問うことができるのは、対比する二発明が使用材料以外の構成要件において同一性がある場合に限られるべきであるところ、本件発明がヒータ、高周波併用の熱転写を施すのに対し、第一引用例記載の方法ではこれを施さない点で、両者は使用材料以外の構成要件が完全に相違するから、本件審決の右認定は誤りである旨主張するが、本件審決は、本件発明と第一引用例記載の方法とを比較し、相違点として凹状模様を形成する対象の違い(相違点(1))だけでなく、転写紙をも介在させて凹状模様の形成と同時に熱転写により模様凹部に着色を施すか否かという点(相違点(2))をも相違点として認定判断をしているのであつて、前示本件審決の理由の要点の記載全体に照らしてみれば、本件審決のこの点の認定判断は、第一引用例記載の方法において布帛に代えて立毛面を有する布を用いることは当業者であれば適宜なし得ることであるという趣旨であることは明らかであるから、原告の右主張は、本件審決の理由を誤解したことに基因するものというべく、採用することができない。また、原告は、本件発明で使用する立毛面を有する布の効果は、ヒータ、高周波併用の転写捺染の効果と密接に結びついており、転写捺染を施さない第一引用例記載の方法における布帛とそれを施す本件発明の立毛面を有する布との、各発明における効果を比較することはできず、本件審決の相違点(1)についての前記認定は、誤りである旨主張するが、本件発明は、前認定説示のとおり、ヒータによる外部加熱と高周波による内部加熱とを併用することにより布の立毛面への凹状模様の形成と該模様凹部への着色を同時に行うことを目的とする布の加工方法についての発明であつて、前掲甲第三号証によれば、本件発明の明細書の発明の詳細な説明の項には、凹状模様の形成と該模様凹部の着色との関係について、「ヒータ7に通電して凸型5を加熱する。次に高周波電源にスイツチを入れ、プレス装置8を作動させて凸型5で陰極板1上の転写紙4及び布3を押圧する。これにより布3は高周波印捺と加熱凸型押圧を同時に受けることになり、立毛面に凸型5に対応する凹状模様が形成される。それと同時に、高周波と加熱凸型と転写紙とによる熱転写が行なわれ、前記凹部が着色される。」(同号証第一頁第二欄第一三行ないし第二一行)旨の記載があり、立毛面の凹状模様は、高周波印捺と加熱凸型押圧とを同時に受けることにより、また、該模様凹部の着色は高周波と加熱凸型と転写紙とによる熱転写によつて行われるものであることが認められ、右事実によれば、ヒータによる外部加熱と高周波による内部加熱の併用は、転写捺染ばかりでなく凹状模様の形成にも関与していることは明らかであるから、右併用の点を転写捺染との関係においてだけ捉え、しかも、本件発明における転写捺染が、立毛面を有する布の立毛面そのものに施すものであるかのような理解のもとに、立毛面を有する布を用いることの作用効果を云々する原告の右主張は、本件発明の明細書の記載に基づく主張とはいえず、採用することができない。

次に、相違点(2)について検討するに、第三引用例(第三引用例が、本件発明の特許出願前である昭和五年二月二一日特許庁資料館に受入れられたものであることは、原告の明らかに争わないところである。)に、本件審決認定のとおり、型押装置に織物と転写紙を重ねて適用し、加熱加圧することにより、織物に型押しされた凹状模様を形成すると同時に、その模様凹部に熱転写による着色を施す織物の加工方法が記載されていることは原告の認めるところ、本件発明の特許出願前に転写捺染の方法として湿式の転写捺染と乾式の転写捺染とがあつたこと、及び右各方式における加熱手段としてヒータを用いることが周知であり、両者の基本的な相違が染料の違いとその違いに基づく水洗等の後処理の必要性の有無という点にあることは当事者間に争いがなく、右事実に前示のとおり第二引用例に立毛織物に凹状模様を形成し、着色印捺することが開示されていることを総合すれば、着色凹状模様を有する立毛織物を得るために、第一引用例記載の高周波型押装置を使用して立毛織物に凹状模様を形成させるに際し、その凹状模様の形成と同時にその凹部に着色を施すことを意図し、その手段として、第一引用例に記載の高周波型押装置の両極板間に立毛面を有する布とともに転写紙をも介在させ、形成された模様凹部に熱転写による着色を施すことは、当業者であれば必要に応じて適宜試みることができることと認められる。原告は、本件発明は、乾式の転写捺染によるものであるところ、第三引用例に記載されている転写捺染は湿式の転写捺染であるから、立毛面を有する布のエンボス加工において、第三引用例記載の湿式の転写捺染を適用しようと考えるのは容易ではない旨主張するところ、原告主張のとおり、本件発明の熱転写が乾式の転写捺染だけを意味し、かつ、第三引用例には、湿式の転写捺染だけが記載されているとしても、上叙のとおり、本件発明の特許出願前周知の乾式の転写捺染と湿式の転写捺染との基本的な違いは染料の違いとその違いに基づく後処理の必要性の有無という点にあつて、第三引用例記載のように、型押装置に織物と転写紙を重ねて適用し、加熱加圧することにより織物に型押しされた凹状模様を形成すると同時に、その模様凹部に着色を施すという点は乾式の転写捺染であると湿式の転写捺染であるとにかかわりなく、双方に共通する転写捺染の基本的な技術的事項であり、そのような基本的な技術的事項が前示のとおり第三引用例に記載されていることのみならず、成立に争いのない甲第六号証(第三引用例)によると、第三引用例から、第三引用例記載の方法に本願発明の特許出願前に周知の乾式転写捺染法を採用し得ないとする根拠を見いだし得ないことを考量すれば、ヒータを組み込んだ高周波型押装置を使用する際において、凹状模様の形成と同時に転写捺染によつて模様凹部に着色を施すことをもねらつて転写紙を介在させることは、当業者にとつて必要に応じて容易に試み得ることと認めるべきである。したがつて、原告の右主張は、採用できない。更に、本件発明の作用効果について検討するに、本件発明の奏する前認定の作用効果のうち、<1>及び<2>の点は、第一引用例記載の電熱線による外部加熱に加え高周波による内部加熱とを併用することによつて生ずる当然の効果ないし両者を併用することから容易に予測し得る効果であつて、本件発明における特有の作用効果であるということはできず、また、<3>の作用効果のうち、凹状模様の鮮明化及び恒久化という点は、前示の第一引用例記載の彫りが深く、耐洗濯性の強いエンボス加工が得られるとの効果と全く同一の効果であり、加工時間の短縮及び適用可能な繊維種類の拡大という効果は、ヒータによる外部加熱と高周波による内部加熱という加熱手段を併用することから容易に予測し得る効果と認められ、更に、<4>の効果も、前示のとおり第一引用例記載の方法の効果は、電熱線による外部加熱と高周波による内部加熱との併用により布帛に過度の温度上昇をもたらすことなく、その内外面を良好に加熱することができることによるものであるところ、転写捺染も転写紙を用いて加熱押圧により被加工布に着色するものであるから、加熱手段として両者を併用する場合の効果として、当業者であれば容易に予測し得る効果と認められる。したがつて、本件発明の作用効果をもつて顕著な効果とみることはできない。なお、原告は、第一引用例記載の技術は、布のエンボス加工に係るものであるのに対し、本件発明で問題とする技術は、布の転写捺染に係るものであつて、ともに繊維を対象とし、物理力を利用する点で同じであるが、前者が物理的加工であるのに対し、後者は化学物質である染料を繊維に染着する化学的加工であつて、両者の技術分野は全く異なる旨主張するが、前記認定のとおり、本件発明は、布の立毛面への凹状模様の形成(エンボス加工)と該模様凹部への転写捺染による着色を同時に行うことを目的とする二つの技術を結合した発明であつて、転写捺染だけを問題とした発明ではなく、更に、エンボス加工と転写捺染は、いずれも布に対する加工方法であつて、しかも、第三引用例には、前示のとおり、凹状模様(エンボス加工)と転写捺染を同時にするという技術が開示されていることからすると、エンボス加工と転写捺染が全く技術分野を異にするものとはいい得ない。また、原告は、ヒータ、高周波併用による転写捺染の効果が顕著であることの証拠として、検甲第一号証の一ないし三、第二号証、第三号証の各一及び二、第四号証の一ないし三並びに甲第一一号証を挙示するところ、右検甲各号証によれば、模様凹部の転写捺染については、ヒータ、高周波併用の場合には均一で濃色のものが得られ、高周波単用の場合には均一で濃色のものが得られないことが認められるけれども、同時に、エンボス加工についても、ヒータ、高周波併用の場合には立毛地に対する凹状模様の彫りが深く、模様の輪郭が明確であるが、高周波単用の場合には立毛地に対する凹状模様は、その輪郭がぼやけ、シヤープではないことが認められ、以上の事実によると、立毛面が完全に倒伏状態になつている場合、つまりエンボス加工による凹状模様の彫りが深く、模様の輪郭が明確である場合には転写捺染もよくできるが、立毛面が完全に倒伏状態になつていない場合、つまりエンボス加工による凹状模様の輪郭がぼやけ、シヤープでない場合には転写捺染もよくできず、エンボス加工の良否と転写捺染の良否は不可分に結びついているものであつて、凹状模様の形成と無関係に、ヒータ、高周波併用により、ヒータ単用ないしは高周波単用の場合に比較して転写捺染が均一で濃色のものが得られるものではないことが認められる(なお、本件発明において、布の立毛面への凹状模様の形成と該模様凹部の着色との関係が無関係でないことは、前記認定の本件発明の明細書の記載(甲第三号証第一頁第二欄第一三行ないし第二一行)に照らし明らかである。)。そして、ヒータ、高周波併用による加熱により布帛にあだ光がなく、彫りが深く、耐洗濯性の強いエンボス加工を得られることは、前示のとおり第一引用例に開示されているところであつてみれば、本件発明の奏する転写捺染の作用効果は容易に予測し得るものとするを相当とし、したがつて、原告の挙示する前記各証拠はいずれも原告に有利な資料ということができない。

叙上認定したところによると、本件発明は、第一引用例ないし第三引用例に記載された技術内容に基づいて当業者が容易に発明をすることができる程度のものとみるを相当とし、本件審決の認定判断は正当というべきである。

(結語)

三 以上のとおりであるから、その主張の点に判断を誤つた違法があることを理由に本件審決の取消しを求める原告の本訴請求は、理由がないものというほかはない。よつて、これを棄却することとする。

〔編註〕 本件発明の要旨は左のとおりである。

高周波陰陽極板のいずれか一方の極板に印捺をすべき模様の凸型を取付けると共に該極板にヒータを組込んだ高周波印捺装置を使用し、両極板の間に立毛面を有する布及び転写紙を介在させ、ヒータで加熱をした凸型により高周波印捺を施すことにより、布の立毛面に凹状模様を形成すると同時に該模様凹部に熱転写による着色を施すことを特徴とする布の加工方法。

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