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東京高等裁判所 昭和60年(行コ)13号 判決 1987年9月09日

控訴人(原告) 宮城弘子 外二名

被控訴人(被告) 浜松税務署長 小牧税務署長

訴訟代理人 河村吉晃 竹野清一 外二名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実

一  控訴代理人は「原判決を取り消す。被控訴人浜松税務署長が控訴人宮城弘子に対して昭和五五年一月二五日付けでなした同控訴人の昭和五二年分所得税についての更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分を取り消す。被控訴人浜松税務署長が控訴人鈴木多江に対して昭和五五年一月二五日付けでなした同控訴人の昭和五二年分所得税についての更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分を取り消す。被控訴人小牧税務署長が控訴人宇田富江に対して昭和五五年四月一〇日付けでなした同控訴人の昭和五二年分所得税についての更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分を取り消す。第一、二審を通じ、控訴人宮城弘子、同鈴木多江と被控訴人浜松税務署長との間に生じた訴訟費用は同被控訴人の負担とし、控訴人宇田富江と被控訴人小牧税務署長との間に生じた訴訟費用は同被控訴人の負担とする。」旨の判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

二  当事者双方の主張は、次のとおり付加する外は原判決事実摘示と同一であるから、これをここに引用する。

(控訴代理人)

1  被控訴人らの所得税法六〇条一項は適用はないとの主張等について

憲法三〇条、八四条は租税法律主義を明記する。この原則は、私有財産制のもとに国民の財産権を保障し、課税という形による財産権の収奪は、国民の総意の現われともいうべき法律の定めによるべきものとすることによつて、経済生活の安定を図り、経済活動の予測可能性を与えようとするものである。従つて、その法律の定めは明確であり、一義的であつて、何人においても同一に理解されるものでなければならない。

ところで、被控訴人らは、所得税法六〇条一項一号の「贈与」につき、資産の譲渡人側に収入すべき金銭その他の経済的利益が全くない場合のみを意味し、受贈者の負う負担が贈与者に対して経済的利益をもたらすべき負担付贈与は含まないと解している。しかしながら通常私法上の贈与は当然に負担付贈与を含むものであるから、明文の規定がない限り、税法上も「贈与」の中には「負担付贈与」も含まれるものであつて、右の如く明文の規定もないのにこれを制限的に解釈することは、法令の解釈の常識に反し、租税法律主義に反するものであつて違法である。

なお、所得税法三三条に規定する譲渡所得課税の目的である資産の譲渡には無償譲渡は含まれないのであつて、負担付贈与も無償譲渡である以上、右課税の目的とはならないのである。負担付贈与によつて贈与者が受ける経済的利益については、これらの者がその経済的利益について贈与を受けたものとみなし、贈与税を課せばよいことである(相続税法八条参照)。また、租税特別措置法三二条の規定の趣旨は、原判決事実摘示のとおりであるところ、控訴人らの本件土地の取得に投機の目的はないから、本件について同条に定める短期譲渡所得として課税することは許されない。

2  予備的主張

仮に、負担付贈与につき有償譲渡とみるべき場合が存在するとすれば、次のとおり主張する。

(一) 負担付贈与の場合に、その負担の履行により贈与者が経済的利益を受ける場合には、その利益を受ける限度において有償譲渡として取り扱い、負担を越える部分は単純贈与として取り扱うのが妥当である。

すなわち、控訴人弘子の場合は、有償部分一〇〇〇万円、無償部分四八七四万〇二八八円、控訴人多江、同富江の場合はいずれも有償部分八〇〇万円、無償部分四一〇一万八三七八円となるが、右無償部分については単純贈与による取得とみるべきであり、この範囲については所得税法六〇条一項一号を適用すべきである。

(二) 右の主張に従い、本件負担付贈与によつて取得した控訴人らの土地について、負担額に相当する部分の譲渡を短期譲渡とし、負担のない部分の譲渡を長期譲渡として各人の税額を算定すると別表のとおりとなり、これは控訴人らの確定申告による納税額にも満たない。

したがつて、未納税額はなく、本件増額更正処分及び過少申告加算税の賦課処分は違法である。

(被控訴代理人)

1  控訴人らの右主張1は争う。

租税法の解釈は、租税の公共性と公平負担の原則、あるいはそれに由来する実質課税の原則をふまえたうえで、必ずしもその文言のみにとらわれることなく、当該規定の経済的、実質的意義を考慮して総合的かつ合理的になされるべきものである。かかる合理的検討過程からすれば、所得税法六〇条一項一号の「贈与」を限定的に解することはもはや論理的必然というべきであるから、かかる解釈を租税法律主義に反するものとはいえない。

2  予備的主張について

(一) 予備的主張は争う。

(二) 負担付贈与はあくまでも全体として一個の契約であるから、そのことを前提としてその法的性質や経済的実体にふさわしい解釈を考えるべきであり、予備的主張はあまりにも技巧的でありそのように解すべき理由は全くなく、失当である。

三  証拠<省略>

理由

一  当裁判所は控訴人らの請求はいずれも理由がないものと判断する。その理由は次のとおり付加、訂正する外は原判決理由説示と同一であるから、これをここに引用する。

1  原判決二三枚目表八行目末尾に次のとおり加える。

「(本件土地の売却によつて控訴人らに生じた譲渡所得について、被控訴人らは租税特別措置法三二条の規定による短期譲渡所得である旨主張するのに対し、控訴人らは同法三一条の規定による長期譲渡所得である旨主張する。ところで、同法施行令二〇条一項三号、二一条一項の規定によれば、控訴人らの本件土地の取得が所得税法六〇条一項各号に該当するのであれば、長期譲渡所得となり、該当しないとすれば、短期譲渡所得になるという関係にあるのであるから、結局その該当の有無の検討が必要となるわけである。)」

2  原判決二三枚目裏九行目「(総額二六〇〇万円)」を「(総額二六〇〇万円、内訳弘子分一〇〇〇万円、富江分多江分各八〇〇万円)」に、同一〇行目から一一行目にかけての「(総額一億二九六三万三六九二円)」を「(総額一億五六七七万七〇四四円、内訳弘子分五八七四万〇二八八円、富江分多江分各四九〇一万八三七八円―この点は当事者間に争いがない。)」に、それぞれ改める。

3  原判決二四枚目表四行目末尾に次のとおり加える。

「なお、控訴人らが本件土地を取得した当時の相続税財産評価基準に基づく評価額がそれぞれの負担する俊介の債務額にほぼ見合つているとしても、これをもつて、負担付贈与であることを否定することはできない。」

4  原判決二四枚目表六行目冒頭から同二八枚目裏九行目末尾までを次のとおり改める(ただし、後に引用する部分を除く。)。

「所得税法三三条一項の譲渡所得課税は、資産の値上りによりその資産の所有者に帰属する増加益を所得として、その資産が所有者の支配を離れて他に移転するのを機会に、これを清算して課税する趣旨のものであるから、同条項にいう資産の譲渡は、有償譲渡に限られるものではなく、贈与その他の無償の権利移転行為を含むものと解することができる(最高裁昭和五〇年五月二七日判決民集二九巻五号六四一頁参照)。ところで、同法六〇条一項は、これについて一つの例外として、同項各号に定める場合(ただし、同法五九条一項の規定と対比すれば、法人に対するものを除くことは明らかである。以下同じ。)を認めた。すなわち、同法六〇条一項は、同項各号に定める場合にその時期には譲渡所得課税をしないこととし、その資産の譲受人が後にこれを譲渡し、譲渡所得課税を受ける場合に、譲渡所得の金額を計算するについて、譲受人が譲渡人の取得時から引続きこれを所有していたものとみなして、譲渡人が取得した時にその取得価額で取得したものとし、いわゆる取得価額の引き継ぎによる課税時期の繰り延べをすることとした。したがつて、右の課税時期の繰り延べが認められるためには、資産の譲渡があつても、その時期に譲渡所得課税がされない場合でなければならない。ところが、負担付贈与においては、贈与者に同法三六条一項に定める収入すべき金額等の経済的利益が存する場合があり、この場合には、同法五九条二項に該当するかぎりは、同項に定めるところに従つて譲渡損失も認められない代りに、同法六〇条一項二号に該当するものとして、譲渡所得課税を受けないが(つまり、この時期において資産の増加益の清算をしないのであるが)、それ以外は、一般原則に従いその経済的利益に対して譲渡所得課税がされることになるのであるから、右の課税時期の繰り延べが認められないことは明らかである。そこで、同項一号の「贈与」とは、単純贈与と贈与者に経済的利益を生じない負担付贈与をいうものといわざるを得ない。

控訴人らは、(1)所得税法三三条に定める譲渡所得課税の目的となる資産の譲渡には無償譲渡は含まれないこと、(2)負担付贈与は私法上贈与に含まれるのであるから、税法上も贈与に含まれるべきものであり、所得税法六〇条一項一号の贈与について、法文は負担付贈与を除外していないのであるから、これを除外することは租税法律主義に反すること、(3)昭和四八年の改正前の所得税法五九条一項一号の贈与と改正後の同法六〇条一項一号の贈与とは同意義であるところ、前者に負担付贈与が含まれることは明らかであるから、後者についても同様であると解すべきこと、(4)租税特別措置法三二条に定める短期譲渡所得課税は値上り期待による仮需要の抑制のためのものであるところ、控訴人らの本件土地の取得に投機の目的はないから、短期譲渡所得として課税すべきものではないこと等を主張し、控訴人らの本件土地の取得は、所得税法六〇条一項一号の贈与に該当する旨主張する。

しかしながら、(1)については、当裁判所の判断は前示のとおりであり、控訴人らの主張は独自の見解として採用することができない。次に、(2)については、負担付贈与が私法上贈与の一種であり、所得税法六〇条一項一号の贈与について法文上負担付贈与を除外する旨の規定のないことは、控訴人ら主張のとおりであるが、租税法の解釈であつても、必ずしも法文上の文言のみにとらわれるべきものではなく、当該法条の実質的意義を考察し、その意義に照らして合理的な解釈をすべきものであるから、同条一項一号にいう贈与について、贈与者に経済的利益を生ずる負担付贈与を含まないと解することをもつて租税法律主義に反するとすることはできない。(3)について検討すると、控訴人ら主張の昭和四八年法律第八号(同人ら主張の昭和四八年の改正とはこの法律をいうものと解せられる。)による改正前の所得税法五九条一項及び六〇条一項の規定の趣旨及びその各項についての改正の趣旨等については、原判決の理由(原判決二四枚目裏二行目から同二七枚目表一〇行目まで)に摘示されているとおりであり(これをここに引用する。)、右改正の前後を通じ、また右法条各項一号所定の贈与に、贈与者に経済的利益が生ずる負担付贈与が含まれるものということはできないのであるから、控訴人らのこの主張もその前提を欠き採用することができない。なお、所得税法五九条一項二号に定める低額譲渡について同号は右改正の前後を通じ、譲渡の「対価」が低額であることを規定しているが、ここにいう「対価」が客観的な経済的価値の等価性をいうものでないことは、右規定自体から明らかであり、資産の譲渡により譲渡人に生ずる経済的利益については、原則として、譲渡所得課税の目的となるものであり(同法三六条一項)、有償譲渡における対価といい、無償譲渡における負担といつても、その区別は多分に当事者の主観によるものであつて、その経済的実質に着目するときは、右にいう「対価」には負担付贈与において贈与者に生ずる経済的利益を含むものと解するのが相当であり、このような経済的利益が資産の値上りによる増加益の具体化したものというを妨げないものである。そして、(4)については、控訴人らの本件土地の取得に投機の目的がないとしても、これのみをもつてしては、短期譲渡所得としての課税を否定することはできないのであるから、控訴人らのこの主張も採用することはできない。

以上のとおりであるから、負担付贈与により資産の譲渡があつた場合において、贈与者に収入すべき金員その他の経済的利益があるときは、同法六〇条一項一号の適用はなく、同項二号の適用の有無が問題となるにすぎないものと解することができる。

5  原判決二九枚目表六行目「記載があり、」を「記載があることは前示のとおりであり、」に、同行目「九月一日」を「九月九日」に、それぞれ改め、同八行目「二六〇〇万円」の次に「(内訳、弘子支払分一〇〇〇万円、多江、富江分各八〇〇万円)」を、同「支払つたものである」の次に「ことは当事者間に争いがない」を、同三〇枚目表六行目「所得税法」の次に「六〇条一項二号にいう同法」を、それぞれ加える。

6  原判決三〇枚目表一〇行目冒頭「三」を「五」に改め、表九行目の次に行を改めて次のように加える。

「三 控訴人らは、予備的主張として、仮に負担付贈与について有償譲渡とみるべき場合があるとすれば、有償部分と無償部分とを区分し、その負担の履行により贈与者が経済的利益を受ける限度において有償譲渡として取り扱い、負担を超える部分は単純贈与として取り扱うのが妥当である旨主張するが、負担付贈与も無償譲渡の一種であり、有償譲渡ではないのであるから、控訴人らの主張は、その前提において誤つているのみならず、その主張は法律上の根拠に乏しく、独自の見解に基づくものであつて採用することができない。

四  そして、被控訴人らの本件処分の計算根拠についての被控訴人らの主張(原判決事実摘示三1の項)のうち、取得費(同三1(一)(2)の分)及び控訴人弘子の譲渡所得金額(同三1(三)の分)については、その前提をなす事実関係について当事者間に争いがなく、その余の譲渡所得についての総収入金額、譲渡に要した費用(同三1(一)(1)(3))、所得控除額(同三1(二))、課税総所得金額に対する税額、源泉徴収税額(同三1(四))については、当事者間に争いがないのであるから、本件処分は適法である。」

二 以上の認定判断によると、控訴人らの本訴請求はいずれも棄却すべく、これと同旨に出た原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないので民訴法三八四条によりこれを棄却することとし、控訴費用の負担について行政事件訴訟法七条、民訴法九五条、八九条、九三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 柳川俊一 三宅純一 林醇)

別表<省略>

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