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東京高等裁判所 昭和60年(行コ)36号 判決 1986年5月29日

控訴人(原告、選定当事者) 石田千秋

被控訴人(被告) 鈴木俊一

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

原判決別紙選定者目録中、5の「原彦沢」を「原彦次」と、8の「峰谷浪子」を「蜂谷浪子」と、10の「峰谷浩」を「蜂谷浩」とそれぞれ更正する。

事実

〔申立〕

控訴人は、「原判決を取り消す。被控訴人は東京都に対して一六四一万二九二〇円及びこれに対する昭和五八年一二月一三日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を、被控訴代理人は主文第一項同旨の判決をそれぞれ求めた。

〔主張〕

当事者双方の主張は、次のとおり付加、訂正する外は原判決事実摘示中「第二 当事者の主張」のとおりであるから、これを引用する。

一  原判決三枚目表二行目の「学校職員の給与に関する条例」の次に「(昭和三一年九月二九日条例第六八号、以下『給与条例』という。)」を加え、三行目の「小学校、中学校等教員職員給料表」を「小学校、中学校等教育職員給料表」と、四行目の「高等学校等教員職員給料表」を「高等学校等教育職員給料表」と、七行目及び八行目の各「等給」を「号給」とそれぞれ改める。

二  同四枚目表五行目の「条例事項」を「条例において規定すべき事項」と、末行から裏一行目の「二号」を「二号給」とそれぞれ改め、三行目の「同法」を削除する。

三  同五枚目表一〇行目から末行の「三二総庶発第六六五号」を「三二総総庶発第六六五号」と、同裏五行目及び七行目の各「昇給」を「昇格・昇給」とそれぞれ改める。

四  同六枚目表一、五、八行目の各「調整」を「調製」と、二行目の「一四九条二項」を「一四九条二号」とそれぞれ改める。

五  同九枚目裏九行目の「教育庁」の次に「の事務担当者」を加え、一〇行目の「(てへん+卯)止」を「抑止」と改める。

六  同一〇枚目表一、二行目及び同裏六行目の各「調整」を「調製」と改める。

七  同一一枚目表三行目の「長」を「知事」と、一〇行目から末行の「本件支出においても、監督義務はない。」を「本件支出についても個別的かつ直接に監督すべき義務はない。」とそれぞれ改める。

八  同一三枚目表一行目の「、法規」を削除する。

九  同一四枚目表一行目の「右支出命令の職権」を「右支出命令を発する権限」と、二行目の「命令をしていないこと、」を「命令を発していないこと、」とそれぞれ改め、四行目の「退職手当」の次に「の支給」を加える。

一〇  同一五枚目裏二行目の「教育機関」の前に「地方公共団体の設置にかかる」を加え、六行目の「都教育」を「東京都の教育」と改め、九行目の「『学校職員の給与に関する条例』」を「給与条例」と改め、一〇行目の「『学校職員の等級別資格基準に関する規則』」の次に「(昭和三三年七月一〇日人事委員会規則第三号)」を加える。

一一  同一六枚目表二、三行目の「『学校職員の給与に関する条例』」を「給与条例」と改め、四行目の「『学校職員の初任給、昇格及び昇給等に関する規則』」の次に「(昭和三四年二月七日教育委員会規則第三号)」を加え、七行目の「基づき」を「則り」と改め、八行目の「第一の事由等の3」を削除し、九行目の「退職する場合」の次に「であつて」を加え、同裏二行目の「退職教頭」を「退職する教頭」と、四行目の「地方公務員は、」を「本件発令当時、地方公務員には」と、七行目の「されている」を「されていた」と、九行目の「行われている」を「行われていた」とそれぞれ改める。

一二  同一七枚目裏四行目の末尾の次に行を改めて次のとおり加える。

「(一) 被控訴人は、本件昇格、昇給処分は都教委のした行政処分として公定力を有し、一見明白重大な瑕疵のために無効とされない限り関係者を拘束するから、右処分を前提とする退職手当は支給されなければならない旨主張するが、本件と同様に地方公共団体の職員の退職手当の支給についてその前提となる免職処分の適否が争われた最高裁判所昭和六〇年九月一二日判決においては、退職手当の支給自体が直接法令に違反する場合だけでなく、その原因となる行為が法令に違反し許されない場合も地方公共団体の公金の支出が違法となる旨判断されていることからして、被控訴人の公定力を前提とする主張は失当である。」

一三  同一七枚目裏五行目の「(一)」を「(二)」と、七行目の「『学校職員の給与に関する条例』」を「給与条例」とそれぞれ改める。

一四  同一八枚目裏五行目の「(二)」を「(三)」と、一〇行目の「(三)」を「(四)」とそれぞれ改める。

〔証拠〕<省略>

理由

一  被控訴人は、被控訴人が本件公金支出の支出命令権者でないこと、本件公金支出を抑止、予防、監督すべき権限を有しないことを理由として、本案前の主張をするが、右主張の理由のないことは、原判決理由説示(原判決二〇枚目表三行目から同裏六行目まで)のとおりであるから、これを引用する。

二  そこで、本案について判断する。

1  都教委が都内の公立学校において教頭職にある者のうち勧奨退職に応じた二九名について、その退職日である昭和五八年三月三一日付けで一日だけ校長に任命したこと、さらに右二九名に対しては、勧奨退職に応じた勤続一五年以上の退職者は二号給昇給させる制度を適用して、二号給昇給させたこと、右二九名に対して右昇給後の号給を基礎として算定した退職手当金が同年四月から五月にかけて支給されたこと、右二九名が教頭職のままで退職した場合の退職手当の金額と、現実に右昇格、昇給後に支給されたそれとの差額が、合計一六四一万二九二〇円であることは当事者間に争いがない。

2  被控訴人は、東京都においては退職した教員に対する退職手当の支出命令権者は知事たる被控訴人ではない旨主張するので、以下この点について判断する。

(一)  普通地方公共団体における退職手当等の公金の支出は、支出負担行為を前提とし、当該地方公共団体の出納長又は収入役に対する支出命令を経て行われるものであるところ(地自法二三二条の三、四)、同法一四九条二号によれば、普通地方公共団体における支出負担行為を行い、支出命令を発する等の予算の執行はその長の専権に属するものとされており、教育委員会の所掌に係る事項に関する予算の執行についても、地方教育行政の組織及び運営に関する法律(以下「地教行法」という。)二四条五号により地方公共団体の長の権限とされている。このことからすると、教育委員会が地教行法二三条三号、三四条に基づいて行うところの教員を採用し、教員の昇格、昇給処分をし、あるいはその退職を承認する等の行為は、実質上地方公共団体の支出負担の原因となるものであるとはいえ、教育委員会が教員に対して有する任命権に基づく人事管理上の処分たるにとどまり、財務会計行為としての支出負担行為には当たらないものであり、地自法一八〇条の二の規定に基づき地方公共団体の長が予算の執行に関する事務を教育委員会に委任しない限り、教育委員会は右教員の採用等の処分に伴うべき支出につき財務会計上の権限を有しないものというべきである。

(二)  ところで、地自法一八〇条の二は、普通地方公共団体の長はその権限に属する事務の一部を、当該地方公共団体の委員会、委員会の委員長、委員もしくはこれらの執行機関の事務を補助する職員もしくはこれらの執行機関の管理に属する機関の職員に委任し、又はこれらの執行機関の事務を補助する職員もしくはこれらの執行機関の管理に属する機関の職員をして補助執行させることができる旨を定め、右委任しうる事務に公金の支出に関する事務が含まれることは明らかである。そして、成立に争いのない乙第一、第二号証、原審証人志賀節昭の証言及び弁論の全趣旨によれば、東京都では地自法一八〇条の二に基づき、都教委と協議のうえ、東京都会計事務規則二条一号、六条一項一号により、教育庁(都教委の事務局)に属する支出の命令に関する事務を教育庁総務部企画室副参事に委任し、さらに、都教委が配付を受けた予算の執行に関する事務について教育庁職員にその補助執行を命じていることが認められ、これら事実によれば、都教委に関する予算の執行としての公金の支出に関する行為のうち、支出命令については教育庁総務部企画室副参事が委任を受け、知事たる被控訴人はその権限を失つたものというべきであるが、支出負担行為については教育庁の職員は被控訴人たる知事の補助執行機関としてこれを行つているにとどまるのであつて、本件退職手当の支給に関する支出負担行為(なお、退職手当についての国の会計事務の取扱は支出決定のときに支出負担行為があつたものとして処理されており、地方公共団体においても同様に理解すべきことは原判決二二枚目表末行の「国の会計に関する」から二三枚目表一行目末尾までに説示されたとおりであるからこれを引用する。)は法律的には知事たる被控訴人が行つたものというべきであり、被控訴人においてその限度において本件退職手当の支給に関与しているといわざるを得ない。

(三)  したがつて、本件退職手当の支出命令権限の点はともかく、支出負担行為(支出決定)に関与する点において、被控訴人は本訴につき被告適格を有するものというべきである。

3  次に、被控訴人の行つた支出負担行為(支出決定)が違法であるか否かについて判断する。

(一)  地教行法二三条三号、三四条によれば、教育委員会の所管に属する学校の校長、教員の任免その他の人事に関することは、教育委員会の独立した職務権限に属するものであつて、普通地方公共団体の長は、当該地方公共団体の各執行機関を通じて組織及び運営の合理化を図り、その相互の間に権衡を保持するため、必要があると認めるときに、教育委員会等に対しその職員の身分取扱等について必要な措置を講ずべきことを勧告することができ(地自法一八〇条の四第一項)、また、教育委員会等において、その事務局等に属する職員の身分取扱等で当該委員会等の権限に属する事項のうち、職員の昇任、昇給等の基準について規則その他の規程を定め、又は変更しようとする場合に、予め協議を受ける(地自法一八〇条の四第二項、地自法施行令一三三条の二)ものとされているにすぎず、教育委員会に対して直接に指揮監督を行う権限を有しない。

(二)  また、都教委のする職員の任命、昇格、昇給、退職の承認等の処分は、これに重大明白な瑕疵があり当然無効とされる場合でない限り、いわゆる公定力を有し、有効なものとして取り扱われるべきものと解される。

(三)  してみると、被控訴人としては、都教委のする右のような処分については、予算の裏付けがあり、かつ、これら処分に重大かつ明白な瑕疵が認められないかぎり、その有効なことを前提として当該職員に対して所要の措置をとらなければならない立場にあるものと解すべきである。

(四)  そして、成立に争いのない乙第三号証の一ないし四、第四ないし第六号証、第七号証の一、二、第八号証、第九号証の一、二、原審証人志賀節昭の証言によれば、本件昇格、昇給、退職承認の各処分及び右各処分を前提とする退職手当の支給のための手続は、形式的には東京都の各該当条例、規則、基準に則つて行われたことが認められるのであつて、控訴人が本件昇格処分の違法事由として主張する、右処分が地公法二四条一項に違反し違法であるか否か、また控訴人が本件昇給処分の違法事由として主張する名誉昇給制度が地公法二五条三項七号によつて条例で定められるべきものか否かは、いずれも簡単に結論を導き出せるような性質の問題ではなく、仮に、これらの点において右各処分に控訴人主張のような違法があるとしても、これをもつて右各処分に重大かつ明白な瑕疵があるということができないものといわなければならない。

(五)  控訴人は、最高裁判所昭和六〇年九月一二日判決(同裁判所昭和五五年(行ツ)第八四号事件)を引用して、退職手当の支給行為が法令に違反する場合だけでなく、その原因となる行為が法令に違反し許されない場合にも、公金の支出は違法となる旨主張する。右判決に係る訴訟においては、本件と同様に、地方公務員への退職手当の支給が違法であるとして地自法二四二条の二第一項四号に基づきその支給決定を行つた市長に対し地方公共団体に代位してその損害の賠償が請求され、右退職手当が当該地方公務員に対する分限免職処分を前提として支給されたところから、分限免職処分ではなく、懲戒免職処分を行うのが相当であつたか否かが争われたものであるところ、右判決は、財務会計上の行為は、単にそれ自体が直接法令に違反する場合だけでなく、その原因となる人事権の行使(具体的には分限免職処分とするか懲戒免職処分とするかの選択)等に違法がある場合にもまた違法となる旨を判示している。しかしながら、右判決の事案においては、公金の支出の原因となつた行為をした者と支出行為を行つた者とが同一人である結果いわば財務会計上の行為自体に、これに先行する支出負担行為の原因たる行為を是認する趣旨が包含されているものとも解しうるのに対し、本件においては右両行為の行為者を異にすることは前述したとおりであり、しかも、退職手当について支出決定を行う者において、その原因となる行為について具体的に指揮監督することができないことも前記のとおりであることからすれば、右最高裁判所判決は本件とは事案を異にするもので、そこに示された法理をそのまま本件に適用するのは妥当ではないというべきである。

三  以上のとおりであるから、被控訴人のした本件退職手当の支給を違法なものということはできず、地自法二四二条の二第一項四号に基づき東京都に代位して被控訴人に対し損害の賠償を求める本件請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がないものというべきであつて、これを棄却した原判決は相当である。よつて、本件控訴は理由がないのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法九五条、八九条を適用し、なお原判決別紙選定者目録中、5の「原彦沢」は「原彦次」の、8の「峰谷浪子」は「蜂谷浪子」の、10の「峰谷浩」は「蜂谷浩」の誤りであることが本件記録上明白であるから、これらを右のとおり更正することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 中島一郎 加茂紀久男 片桐春一)

選定者目録<省略>

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