東京高等裁判所 昭和60年(行コ)68号 判決 2001年7月04日
《目次》
主文 83
略語例
事実 83
第一部 当事者双方の求める裁判
第二部 当事者双方の主張
第一章 控訴人らの主張<省略>
第二章 被控訴人の主張<省略>
理由 83
第一 本件処分の存在等 83
第二 控訴人らの本件訴訟の原告適格 83
第三 本件訴訟における審理、判断の対象事項、司法審査の在り方 84
一 行訴法一〇条一項との関係 84
二 原子炉設置許可に際しての安全審査の対象事項 85
三 原子炉設置変更許可処分と本件訴訟における審理、判断の対象 86
四 本件処分の専門技術性とその司法審査の方法 87
第四 本件処分の手続的適法性 88
第五 本件処分の規制法二四条一項一号ないし三号要件適合性 89
一 規制法二四条一項一号及び二号要件適合性 89
二 規制法二四条一項三号要件適合性 89
第六 本件処分の規制法二四条一項四号要件適合性 89
一 はじめに 89
1 総説
2 本件安全審査の適否の審査方法等
3 新たな安全審査指針の策定等と本件安全審査
4 公衆の許容被曝線量について
二 圧力容器、配管等の材料の欠陥等の有無 92
1 総説
2 圧力容器等の脆性破壊問題
3 控訴人らのその余の主張について
三 反応度事故(暴走事故)発生の危険性 94
1 BWRの固有の自己制御性
2 暴走事故の可能性に関する控訴人らの主張について
四 過渡変化・事故解析の内容等 96
1 本件安全審査における過渡変化・事故解析
2 スクラム失敗、スクラム遅れの考慮
3 制御棒の挿入失敗の想定等
4 燃料破損限界の想定、浸水燃料の破裂の考慮等
五 本件原子炉施設の自然的立地条件に係る安全性 99
1 本件原子炉施設の敷地の地質、地盤等
(一) 本件安全審査における審査
(二) 平成九年変更許可申請に際しての調査結果
(1) 本件敷地の基礎岩盤
(2) 基礎岩盤の均質性
(3) 基礎岩盤の地耐力等
(三) 本件安全審査の適否
2 本件原子炉施設に係る耐震安全性
(一) 耐震安全性に係る安全審査の方法等
(二) 本件敷地周辺の断層等の状況
(1) 本件敷地近辺の活断層等
(2) 本件敷地周辺のその他の活断層
(三) 本件原子炉施設の耐震設計
(1) 耐震設計上考慮すべき地震等
(2) 本件敷地基盤における設計用地震動
(3) 本件安全審査における耐震設計の審査の適否
3 控訴人らの主張等について
(一) 審査基準の不備の主張について
(二) 本件敷地の地盤に関する主張について
(三) 本件敷地付近における地震動に関する主張について
(四) 地震の影響評価等に対する主張について
(五) 阪神大震災の影響に関する主張について
(六) 安全審査会の審査の手続に関する主張について
(七) 証人生越忠の証言について
六 チェルノブイリ事故について 105
1 チェルノブイリ事故の概要等
2 チェルノブイリ事故と本件原子炉の安全性
第七 結論 108
略語表 108
控訴人
相沢一正
外一一名
右一二名訴訟代理人弁護士
矢田部理
同
宮澤洋夫
同
村井勝美
同
丹下昌子
同
水口二良
同
伊東正勝
同
天野等
同
伊東良徳
同
青木秀樹
同
秋田一惠
同
酒向徹
被控訴人
通商産業大臣訴訟承継人
経済産業大臣
平沼赳夫
右指定代理人
畠山稔
外一八名
右訴訟代理人弁護士
高津幸一
同
和田衞
主文
一 原判決中控訴人黒田定夫に関する部分を取り消す。
二 控訴人黒田定夫の本件訴えを却下する。
三 控訴人黒田定夫を除くその余の控訴人らの本件各控訴をいずれも棄却する。
四 控訴人黒田定夫と被控訴人との関係における訴訟費用は第一、二審を通じて同控訴人の負担とし、控訴人黒田定夫を除くその余の控訴人らの各控訴費用は右の各控訴人らの各負担とする。
事実
第一部 当事者双方の求める裁判
一 控訴人の控訴の趣旨
1 原判決を取り消す。
2 本件処分を取り消す。
3 訴訟費用は、一、二審を通じて、被控訴人の負担とする。
二 控訴の趣旨に対する被控訴人の答弁
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人らの負担とする。
三 控訴人らの本訴請求の趣旨
本件処分を取り消す。
第二部 当事者双方の主張
原審における当事者双方の主張は、原判決第二編(一―三頁から二―二七五頁まで)に摘示されているとおりであるから、この摘示を引用する。以下に、当審における当事者双方の追加、補足主張を摘示することとする。
第一章 控訴人らの主張<省略>
第二章 被控訴人の主張<省略>
理由
第一 本件処分の存在等
日本原電が昭和四六年一二月二一日に内閣総理大臣に対して本件申請を行い、内閣総理大臣が昭和四七年一二月二三日に本件処分を行ったこと、控訴人らが昭和四八年二月一九日に本件処分について内閣総理大臣に対して異議申立てを行い、内閣総理大臣が同年七月二七日付けで右異議申立てを棄却したことについては、いずれも当事者間に争いがない。
なお、その後、昭和五三年法律第八六号により規制法が改正され、内閣総理大臣の行った本件処分は通商産業大臣が行ったものとみなされることとなり、さらに、平成一一年法律第一六〇号により規制法が改正され、右のとおり通商産業大臣が行ったものとみなされた本件処分が、更に被控訴人(経済産業大臣)が行ったものとみなされることとなった。
第二 控訴人らの本件訴訟の原告適格
一 行訴法九条にいう「当該処分の取消しを求めるにつき法律上の利益を有する者」とは、当該処分により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある者をいうのであり、当該処分について定めた行政法規が、不特定多数者の具体的利益を専ら一般的公益の中に吸収解消させるにとどめず、それが帰属する個々人の個別的利益としてもこれを保護すべきものとする趣旨を含むと解される場合には、かかる利益も右にいう法律上保護された利益に当たり、当該処分によりこれを侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある者は、当該処分の取消訴訟における原告適格を有するものというべきである。そして、当該行政法規が、不特定多数者の具体的利益をそれが帰属する個々人の個別的利益としても保護すべきものとする趣旨を含むか否かは、当該行政法規の趣旨・目的、当該行政法規が当該処分を通して保護しようとしている利益の内容・性質等を考慮して判断すべきである。
これを規制法二三条、二四条の規定に基づく原子炉設置許可処分についてみると、原子炉設置許可の基準として同法二四条一項三号(技術的能力に係る部分に限る。)及び四号が設けられた趣旨は、原子炉が、原子核分裂の過程において高エネルギーを放出するウラン等の核燃料物質を燃料として使用する装置であり、その稼働により、内部に多量の人体に有害な放射性物質を発生させるものであって、原子炉を設置しようとする者が原子炉の設置、運転につき所定の技術的能力を欠くとき、又は原子炉施設の安全性が確保されないときは、当該原子炉施設の従業員やその周辺住民等の生命、身体に重大な危険を及ぼし、周辺の環境を放射能によって汚染するなど、深刻な災害を引き起こすおそれがあることにかんがみ、右災害が万が一にも起こらないようにするため、原子炉設置許可の段階で、原子炉を設置しようとする者の右技術的能力の有無及び申請に係る原子炉施設の位置、構造及び設備の安全性につき十分な審査をし、右の者において所定の技術的能力があり、かつ、原子炉施設の位置、構造及び設備が右災害の防止上支障のないものであると認められる場合でない限り、主務大臣は原子炉設置許可処分をしてはならないとした点にある。そして、同法二四条一項三号所定の技術的能力の有無及び四号所定の安全性に関する各審査に過誤、欠落があった場合には重大な原子炉事故が起こる可能性があり、事故が起こったときは、原子炉施設に近い住民ほど被害を受ける蓋然性が高く、しかも、その被害の程度はより直接的かつ重大なものとなるのであって、特に、原子炉施設の近くに居住する者はその生命、身体等に直接的かつ重大な被害を受けるものと想定されるのであり、右各号は、このような原子炉の事故等がもたらす災害による被害の性質を考慮した上で、右技術的能力及び安全性に関する基準を定めているものと解される。右の三号(技術的能力に係る部分に限る。)及び四号の設けられた趣旨、右各号が考慮している被害の性質等にかんがみると、右各号は、単に公衆の生命、身体の安全、環境上の利益を一般的公益として保護しようとするにとどまらず、原子炉施設周辺に居住し、右事故がもたらす災害により直接的かつ重大な被害を受けることが想定される範囲の住民の生命、身体の安全等を個々人の個別的利益としても保護すべきものとする趣旨を含むと解するのが相当である。
そして、当該住民の居住する地域が、前記の原子炉事故等による災害により直接的かつ重大な被害を受けるものと想定される地域であるか否かについては、当該原子炉の種類、構造、規模等の当該原子炉に関する具体的な諸条件を考慮に入れた上で、当該住民の居住する地域と原子炉の位置との距離関係を中心として、社会通念に照らし、合理的に判断すべきものである。
二 本件においては、控訴人らが別紙当事者目録記載のとおりの各住所に居住していることが記録上明らかであるところ、乙第二号証(添付書類7)及び控訴人相沢一正の本人尋問の結果によれば、控訴人黒田定夫を除くその余の各控訴人らの右の各住所は、いずれも本件原子炉施設から約三キロメートルないし約二〇キロメートルの範囲内の地域にあることが認められる。そうすると、乙第一号証(本件申請の申請書)及び同第二号証(添付書類2)によれば、本件原子炉が電気出力約一一〇万キロワット、熱出力約三三〇万キロワットの沸騰水型の原子炉であることが認められることなどからして、右の各控訴人らは、いずれも本件原子炉の設置許可の際に行われる規制法二四条一項三号所定の技術的能力の有無及び四号所定の安全性に関する各審査に過誤、欠落がある場合に起こり得る事故等による災害により直接的かつ重大な被害を受けるものと想定される地域内に居住する者というべきであるから、本件処分の取消しを求めるについて、行訴法九条にいう「法律上の利益を有する者」に該当するものと認めるのが相当である。
これに対し、控訴人黒田定夫は、本件訴訟の原審における口頭弁論終結時においては右と同様の地域内に居住していたものの、その後その住所を移転し、本件原子炉施設から一〇〇キロメートル余もの遠隔地である栃木県足利市内の住所に居住するに至ったことが認められるから、現時点においては、もはや本件原子炉施設における事故等がもたらす災害により直接的かつ重大な被害を受けることが想定される地域内に居住する者には該当しないこととなったものというべきである。もっとも、本件原子炉施設について想定される事故等の態様や規模のいかんによっては、その事故等のもたらす災害によってこのような遠隔の地に居住している者であっても被害を被るという事態も想定されないではないところである。しかし、このような遠隔地に居住する住民について想定される被害は、もはや原子炉施設周辺に居住している住民について認められる個別、具体的な被害の域を超えて、むしろ広く一般公衆について等しく考えられる抽象的、一般的な被害という性質を有するにすぎないものというべきであり、したがって、このような被害の可能性を理由に、本件訴訟の原告適格を認めることは困難なものといわなければならない。そうすると、控訴人黒田定夫については、本件訴訟の原告適格を認めることはできず、したがって、同控訴人の本件訴えは、不適法な訴えとして却下を免れないものというべきである。
第三 本件訴訟における審理、判断の対象事項、司法審査の在り方
一 行訴法一〇条一項との関係
1 行訴法一〇条一項は、取消訴訟においては、自己の法律上の利益に関係のない違法を理由としては、処分の取消しを求めることができないものとしている。この規定の趣旨は、前記の第二において説示したところに従って、当該処分により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある者に該当するとして、当該処分の取消しを求めるについて行訴法九条にいう法律上の利益が認められる者であっても、およそその者の法律上の利益の保護という観点とは無関係に、専ら他の者の利益等を保護するという観点から当該処分の要件として定められているにすぎない事項については、そのような要件に違背しているとの理由では、当該処分の取消しを求めることはできないとすることにあるものと解される。
したがって、この行訴法一〇条一項の規定によっても、処分の取消しを求める者の側で主張し得る当該処分の違法理由が、その処分の取消しを求めようとする者個々人の個別的利益を保護するという観点から定められた処分要件の違背のみに限定されるというものではなく、不特定多数者の一般的公益保護という観点から設けられた処分要件であっても、それが同時に当該処分の取消しを求める者の権利、利益の保護という観点とも関連する側面があるようなものについては、その処分要件の違背を当該処分の取消理由として主張することは、何ら妨げられるものではないというべきである。この理は、例えば、土地収用法上の事業の認定の要件の一つとして、事業計画が土地の適正かつ合理的な利用に寄与するものであること(土地収用法二〇条三号)、あるいは、当該土地を収用する公益上の必要があること(同条四号)といった公益目的からする処分要件が定められている場合に、自己の所有地を収用されることとなる者が、右の公益目的から定められた要件の違背を主張して、当該事業認定処分の取消しを求めることができるものと解されることからしても、明らかなものというべきである。
2 このような観点に立って、規制法二四条一項各号の定める原子炉設置許可処分の各要件についてみると、まず、三号の技術的能力に係る要件及び四号の災害防止の観点からする要件が、いずれも控訴人ら住民の生命、身体の安全等を個々人の個別的利益としても保護しようとする趣旨から設けられたものであることは、前記の第二において説示したとおりであり、したがって、これらの要件が、控訴人らの法律上の利益に関係を持つものであることは明らかなものというべきである。
また、三号の経理的基礎に係る要件も、災害の防止上支障のないような原子炉の設置には一定の経理的基礎が要求されることなどから設けられたものであり、控訴人らの生命、身体の安全の保護という観点と無関係なものではないものと解されるところである。
さらに、一号及び二号の各要件も、これが公益あるいは国益の保護という観点から設けられた要件であること自体は明らかなものというべきであり、したがって、規制法にこれらの要件が規定されていることを根拠として、本件原子炉施設の周辺に居住している住民について本件訴訟の原告適格が認められることとなるものでないことはいうまでもないところである。しかしながら、他方で、仮に平和目的以外に利用されるおそれがあり、あるいは、原子力の開発及び利用の計画的な遂行に支障を及ぼすおそれのあるような公益目的に合致しない原子炉の設置等が行われるといった事態があり得るものとすれば、そのような原子炉の設置等によって、その生命、身体の安全等に危険が及ぶという事態を防止するという観点においては、これらの要件が控訴人ら住民の権利、利益の保護という観点とも関連する側面があることは否定できないところというべきである。
したがって、規制法二四条一項各号の定める原子炉設置許可処分の各要件の存否は、いずれも本件処分の取消訴訟における裁判所の審理、判断の対象事項に含まれるものというべきであり、三号の経理的基礎に係る要件並びに一号及び二号の各要件が本件訴訟の審理、判断の対象事項に含まれないとする被控訴人の主張は、失当なものというべきである。
同様に、本件処分に係る安全審査手続それ自体の違法性の有無が本件訴訟の審理、判断の対象から除かれるとする被控訴人の主張も、理由がないものというべきである。
3 もっとも、右の規制法二四条一項四号の災害防止に係る要件に関する事項であっても、それが専ら控訴人ら以外の個人の利益保護を目的とするものであり、控訴人らの個人的利益とはおよそ係わりのないようなものである場合には、仮にその点に関して本件処分に違法とされる点があったとしても、それは右の行訴法一〇条一項にいう自己の法律上の利益に関係のない違法といわざるを得ないこととなるから、本件訴訟においてこれを審理の対象とすることはできないことになる。したがって、本件訴訟の原告である控訴人ら以外の本件発電所における作業者の被曝の危険性に関する問題等は、本件訴訟の審理の対象から除かれるものというべきである。
二 原子炉設置許可に際しての安全審査の対象事項
規制法は、その規制の対象を、製錬事業(第二章)、加工事業(第三章)、原子炉の設置、運転等(第四章)、再処理事業(第五章)、核燃料物質等の使用等(第六章)、国際規制物資の使用(第六章の二)に分け、それぞれにつき内閣総理大臣の指定、許可、認可等を受けるべきものとしているのであるから、右の第四章所定の原子炉の設置、運転等に対する規制は、専ら原子炉設置の許可等の同章所定の事項をその対象とするものであって、他の各章における規制の対象とされている事項までをその規制の対象とするものでないことは明らかである。
また、規制法第四章の原子炉の設置、運転等に関する規制の内容をみると、原子炉の設置の許可、変更の許可(二三条ないし二六条の二)のほかに、設計及び工事の方法の認可(二七条)、使用前検査(二八条)、保安規定の認可(三七条)、定期検査(二九条)、原子炉の解体の届出(三八条)等の各種の規制が定められており、これらの規制が段階的に行われることとされている(なお、本件原子炉のような実用発電用原子炉については、規制法七三条は、二七条ないし二九条の適用を除外するものとしているが、これは、電気事業法(昭和五八年法律第八三号による改正前のもの。以下同じ。)四一条、四三条及び四七条により、その工事計画の認可、使用前検査及び定期検査を受けなければならないこととされているからである。)。したがって、原子炉の設置の許可の段階においては、専ら当該原子炉の基本設計のみが規制の対象となるのであって、後続の設計及び工事方法の認可(規制法二七条)の段階における規制の対象とされている当該原子炉の具体的な詳細設計及び工事の方法は、規制の対象とはならないものと解すべきである。
右にみたような規制法による規制の構造からすると、原子炉設置の許可の段階の安全審査においては、当該原子炉施設の安全性に係わる事項のすべてをその審査の対象とするものではなく、その基本設計の安全性に係わる事項のみをその審査の対象とするものと解するのが相当である。すなわち、原子炉施設自体の安全性に直接関係する問題とは別個の問題と考えられる原子炉施設から排出される温排水の熱による影響、固体廃棄物の最終処理の方法、使用済燃料の再処理及び輸送の方法並びに国、県等の行う防災対策に係わる事項はもとより、原子炉施設の安全性に関係する事項ではあっても、原子炉施設の詳細設計やその具体的な工事方法、あるいは設置後の原子炉施設の運転管理の方法等の細目的な事項は、原子炉設置許可の段階の安全審査の対象とはならないものというべきである。
この点について、控訴人らは、実用発電用の原子炉については、前記のように規制法二七条、二八条等の規定の適用が除外され、設置許可処分後の設置工事の認可や使用前検査の手続は専ら電気事業法の定めるところによるものとされており、しかも、これらの手続においては、当初の原子炉設置許可処分の内容が後続処分の内容等を統制し得ない法構造になっているものとし、このことを理由に、これらの後続手続の段階における規制の対象となる事項が原子炉設置許可処分の段階における規制の対象から除外されるものとする右のような考えは、関係法規の法構造を看過した不当なものであると主張する。しかしながら、電気事業法の定めるところに従って行われる設置工事の認可や使用前検査の手続においては、当然に、その申請に係る工事の内容等が人体に危害を及ぼす等の危険のないものとなっているか否かの点が、独立して審査されることとなっているのであり(同法四八条二項等)、原子炉設置許可処分の段階でこれらの点についても審査を行っておくのでなければ、後の手続においてはこれらの点の審査が行えないものとする法構造にはなっていないのであるから、右の控訴人らの主張には理由がないものというべきである。
したがって、原子炉設置許可に際しての安全性の審査において、核燃料の生産、原子炉の運転、発電、平常運転時の放射性物質及び温排水の監視及び処理、事故時の防災、廃棄物の処理ないし処分、使用済燃料の輸送及び再処理、廃炉の処理ないし処分という原子力発電に関するシステムの全過程がその審査の対象となるものとする控訴人らの主張は失当なものというべきである。同様に、原子炉施設の詳細設計、施工、定期点検等の作業現場の実態が事故発生の危険に満ちたものであるとし、原子炉施設の安全確保のためには、原子炉設置許可処分の段階においてこれらの事項についても厳重な審査を行う必要があり、本件訴訟においてもこれらの点を審理、判断の対象とすべきものとする控訴人らの主張も、失当なものとする以外ない。
三 原子炉設置変更許可処分と本件訴訟における審理、判断の対象
乙第八七ないし第九八号証によれば、本件原子炉施設については、設置者である日本原電が平成二年三月二二日(平成二年一〇月三一日一部補正)付けでした高燃焼度八×八燃料の採用等に関する設置変更許可申請及び平成三年七月二六日(平成三年九月二六日一部補正)付けでした起動領域計装の採用等に関する設置変更許可申請に対し、前者については平成三年五月二二日付けで、後者については平成四年二月一八日付けで、それぞれ平成三年変更許可処分及び平成四年変更許可処分が行われ、その後、これらの変更許可処分に基づく施設、設備の変更が現に行われるに至っていることが認められる。
ところで、当初の原子炉設置許可処分の後にその変更許可処分が行われた場合、一般論としていえば、この両処分が別個独立の行政処分の性質を有するものとして、それぞれが独立して取消訴訟の対象となることはいうまでもないところである。しかしながら、本件のように、当初の原子炉設置許可処分に対する取消訴訟の係属中に、原子炉設置変更許可処分が行われ、当初の原子炉設置許可処分の許可内容に沿って設置されていた原子炉施設の施設、設備の内容がその変更許可処分による許可内容に沿って現実に変更された場合には、少なくともその安全性の問題に関しては、後の変更許可処分によって変更を許可された後の内容が、そのまま当該原子炉に係る原子炉設置許可処分の処分内容となるものと解するのが相当である。なぜなら、原子炉設置変更許可処分があった場合、この原子炉設置変更許可処分は、それが直ちにその処分内容に沿った原子炉施設の変更を義務づけるものとまではいえないにしても、当該施設に係る当初の原子炉設置許可処分の内容の変更を目的とする処分であることからして、この変更許可処分に基づく当該原子炉施設の変更が現に実施された以上、実体的には、両処分を一体的なものとして取り扱うことが相当なものと考えられるからである。すなわち、原子炉設置許可処分に対する取消訴訟においては、当該原子炉施設全体の安全性に関する行政庁の判断の適否が審理、判断の対象となるものというべきところ、原子炉施設においてはその施設、設備の各部分が相互に補完しあって機能していることからして、その施設、設備がいったん変更された以上、その変更後の施設、設備を除いてその原子炉施設の安全性の有無を判断することはできないものといわざるを得ないところである。また、原子炉施設の安全性の審査に関して、当初の原子炉設置許可処分と後の原子炉設置変更許可処分の二つの処分を峻別し、その結果として、当該原子炉施設の施設、設備の一部が変更されたにもかかわらず、当該原子炉施設の右の変更許可処分後に残存している施設部分、あるいは右の変更許可処分に係る変更部分のみについて、それぞれ独立してその安全性の有無を審査するものとすれば、右の変更後の施設、設備が全体として安全性を欠くものと判断された場合には、その原因を当初の設置許可処分と後の変更許可処分のいずれに帰すべきかという、判断が困難でしかも実益に乏しい問題に直面することとならざるを得ないのである。さらに、行政庁の側では、原子炉設置変更許可処分を行う際には、その変更許可処分による変更の対象とはならない施設、設備との関連性を含めて、当該原子炉施設の全体としての安全性の有無を判断しているはずであるから、右の変更許可処分に存する実体的な違法事由の有無については、当初の原子炉設置許可処分の取消訴訟においてこれを審理、判断し得るものとしても、特段の不都合はないものと考えられるのである。
以上に検討したところからすれば、本件訴訟においては、専ら本件原子炉施設の右の各変更許可処分に係る変更前の施設、設備に関する事項については、その安全性の有無は審理、判断の対象から除外されるものというべきであるが、右の変更許可処分に係る違法事由については、これも現時点における本件原子炉施設の安全性の有無に係わる事項として、審理、判断の対象に含まれることとなるものというべきである。
したがって、本件訴訟において、原子炉設置変更許可処分があった後においても、なお変更前の当初の原子炉設置許可処分に関する実体的な違法事由の有無が全面的にその審理、判断の対象事項となるものとする控訴人らの主張は失当なものというべきであるが、他方、当初の原子炉設置許可処分と後の原子炉設置変更許可処分とが別個の処分であることを理由に、右の原子炉設置変更許可処分後の原子炉の現在の設計全般が本件訴訟の審理、判断の対象となるものではないとする被控訴人の主張も、右に説示したところに反する限度で失当なものというべきである。
四 本件処分の専門技術性とその司法審査の方法
1 内閣総理大臣が原子炉設置の許可をする場合には、あらかじめ、核燃料物質及び原子炉に関する規制に関する事項等を所掌事務とする原子力委員会の意見を聴き、これを尊重しなければならないものとされており(規制法二四条二項)、原子力委員会には、学識経験者及び関係行政機関の職員で組織される安全審査会が置かれ、原子炉の安全性に関する事項の調査審議に当たるものとされている(設置法一四条の二、三)。
また、規制法二四条一項三号は、原子炉を設置しようとする者が原子炉を設置するために必要な技術的能力及びその運転を適確に遂行するに足りる技術的能力を有するか否かにつき、同項四号は、当該申請に係る原子炉施設の位置、構造及び設備が核燃料物質、核燃料物質によって汚染された物又は原子炉による災害の防止上支障がないものであるか否かにつき、それぞれ審査を行うべきものとしている。原子炉設置許可の基準がこのように定められている趣旨は、原子炉が原子核分裂の過程において高エネルギーを放出する核燃料物質を燃料として使用する装置であり、その稼働により、内部に多量の人体に有害な放射性物質を発生させるものであって、原子炉を設置しようとする者が原子炉の設置、運転につき所定の技術的能力を欠くとき、又は原子炉施設の安全性が確保されないときは、当該原子炉施設の従業員やその周辺住民等の生命、身体に重大な危害を及ぼし、周辺の環境を放射能によって汚染するなど、深刻な災害を引き起こすおそれがあることにかんがみ、右のような災害が起こらないようにするため、原子炉設置許可の段階で、原子炉を設置しようとする者の右の技術的能力並びに申請に係る原子炉施設の位置、構造及び設備の安全性につき、科学的、専門技術的見地からする十分な審査を行わせることにあるものと解される。
右の原子炉を設置しようとする者の技術的能力の点を含めた原子炉施設の安全性に関する審査は、当該原子炉施設そのものの工学的安全性、平常運転時における従業員、周辺住民及び周辺環境への放射線の影響、事故時における周辺地域への影響等を、原子炉設置予定地の地形、地質、気象等の自然的条件、人口分布等の社会的条件及び当該原子炉設置者の技術的能力との関連において、多角的、総合的見地から検討するものであり、しかも、その審査の対象には、将来の予測に係る事項も含まれているのであって、右の審査においては、原子力工学の分野を初めとする、多方面にわたる極めて高度な最新の科学的、専門技術的知見に基づく総合的判断が必要とされることが明らかである。規制法二四条二項が、内閣総理大臣が原子炉設置の許可をする場合において、同条一項各号の定める許可の基準の適用について、あらかじめ原子力委員会の意見を聴き、これを尊重しなければならないものと定めているのは、右のような原子炉施設の安全性に関する審査の特質を考慮し、右の許可の基準への適合性の有無に関する判断については、これを、各専門分野の学識経験者等を擁する原子力委員会の科学的、専門技術的知見に基づく意見を尊重して行う内閣総理大臣の合理的な判断にゆだねる趣旨と解するのが相当である。
2 以上の点を考慮すると、右の原子炉施設の安全性の有無に関する判断の適否が争われる原子炉設置許可処分の取消訴訟における裁判所の審理、判断は、原子力委員会あるいは安全審査会の専門的技術的な調査審議及び判断を基にしてされた被控訴人行政庁の判断に不合理な点があるか否かという観点から行われるべきであって、現在の科学技術水準に照らし、右の調査審議において用いられた具体的な審査基準に不合理な点があり、あるいは当該原子炉施設が右の具体的審査基準に適合するとした原子力委員会あるいは安全審査会の調査審議及び判断の過程に看過し難い過誤、欠落があり、被控訴人行政庁の判断がこれに依拠してされたと認められる場合には、被控訴人行政庁の判断に不合理な点があるものとして、右判断に基づく原子炉設置許可処分は違法とされることとなるものというべきである。
また、右の原子炉設置許可処分に対する取消訴訟においては、原子炉設置許可処分が右のような性質を有することにかんがみると、被控訴人行政庁の判断に不合理な点があることの主張、立証責任は、本来、控訴人らが負うべきものではあるが、当該原子炉施設の安全審査に関する資料をすべて被控訴人行政庁の側において所持していることなどを考慮すると、まず、被控訴人行政庁の側において、その判断の依拠した前記の具体的審査基準並びに調査審議及び判断の過程等、被控訴人行政庁の判断に不合理な点のないことを相当の根拠、資料に基づいて主張、立証する必要があり、被控訴人行政庁においてこのような主張、立証を尽くさない場合には、被控訴人行政庁のした判断には不合理な点があることが事実上推認されることとなるものというべきである。
したがって、この点について、本件処分が原子炉周辺住民の生命、身体の安全を侵害するおそれのある行政処分であることなどを理由に、本件処分に当たっておよそ行政庁の側に判断の幅を認める余地がないものとし、あるいは、本件原子炉が安全であることについて、全面的に被控訴人行政庁の側に主張立証責任があるものとする控訴人らの主張は、右に説示したところに反する限度で、失当なものというべきである。
第四 本件処分の手続的適法性
本件処分が行われるに至る手続的な経過からして、当裁判所も、本件処分に、その手続面において処分の取消理由となるような違法は認められないものと判断するが、その理由は、原判決がその「理由」欄の第四章(原判決三―五六頁一一行目から三―九四頁末行まで)において説示するところと同一であるから、右の説示を引用する。
ただし、原判決三―六二頁八行目に「しかし、」とある部分から一〇行目から一一行目にかけて「前判示のとおりである。」とある部分までを「しかし、規制法二四条二項が、内閣総理大臣の行う原子炉設置の許否に関する判断を、各専門分野の学識経験者等を擁する原子力委員会の科学的、専門技術的知見に基づく意見を尊重して行うその合理的判断に委ねる趣旨と解されることは、前記のとおりである。」に、同一一行目に「その裁量権」とあるのを「その判断権」に、同三―六三頁五行目、同三―八三頁九行目及び同三―八四頁八行目にそれぞれ「専門技術的裁量」とあるのをいずれも「専門技術的判断」にそれぞれ改め、同三―八五頁一行目に「裁量により」とあるのを削除し、同二行目の「右の専門技術的裁量」とある部分から同三行目の「及ぶものである。」とある部分までを「専ら、右のようにして行われた判断に不合理な点があるか否かという観点から行われるべきである。」に、同三―八八頁六行目から七行目にかけて「判断すべき事項であって、前記の専門技術的裁量に属するというべきである。」とあるのを「判断すべき事項に属するものというべきである。」にそれぞれ改める。
なお、控訴人らは、本件安全審査に用いられた審査基準や専門技術的知見が一九六〇年代以前でなければ通用しないような極めて古いものであり、この点で本件安全審査に重大な手続的瑕疵があるものと主張する。しかし、この点は、結局は本件安全審査の実体面における適否の問題に帰着するものというべきであり、その点を離れて、右の審査基準等の適否がそれ自体で直ちに本件処分の手続面における違法を招来するものとまですることは困難なものというべきであるから、この点については、後の該当箇所において改めて判断を加えることとする。
第五 本件処分の規制法二四条一項一号ないし三号要件適合性
一 規制法二四条一項一号及び二号要件適合性
規制法二四条一項一号の原子炉が平和の目的以外に利用されるおそれがないこととの要件、さらには、同二号の原子炉設置の許可が原子力の開発及び利用の計画的な遂行に支障を及ぼすおそれがないこととの要件に関しては、控訴人らは、本件処分がこれらの要件に違反するとする理由として、本件原子炉における使用済燃料から再処理により抽出されるプルトニウムが平和目的以外に利用されないという具体的根拠がないこと、あるいは、本件原子炉の使用済燃料の再処理及び固体廃棄物の最終処分の技術が確立していないばかりか、そのめども立っていないことを主張するにとどまっている。
しかし、右の主張にあるような、本件原子炉の使用済燃料から抽出されるプルトニウムが平和目的以外に利用される可能性があり得るとの極めて一般的、抽象的な危険のみで、本件処分が右の一号要件に違反することとされるものでないことは明らかなものというべきである。しかも、証人児玉勝臣の証言によれば、使用済燃料の再処理の過程で抽出されるプルトニウムについては、国内においては規制法等による厳しい規制が行われている上、その再処理が海外の再処理工場において行われる場合においても、国際査察機関の査察によって、国際規制物質たるプルトニウムの軍事目的等への転用が防止される仕組みとなっていることが認められるところである。
また、本件申請では、使用済燃料については、原則として動燃の再処理施設においてその再処理が行われるものとされ、固体廃棄物の最終処分の点に関しても、一応これを本件原子炉の敷地内に貯蔵、保管し、その後海洋投棄処分など適当な措置を講ずるものとされているところ(乙第一、第二号証)、本件処分の当時は、我が国においては原則として動燃のみが使用済燃料の再処理事業を行うものであることを規制法自体が予定していたこと(四四条)などからして、このような使用済燃料の再処理あるいは固体廃棄物の処分方法が、法の予定するところに反するものとして、本件処分の違法事由になるものと考えることは到底困難である。
したがって、規制法二四条一項一号及び二号要件に関する控訴人らの主張には、理由がないものというべきである。
二 規制法二四条一項三号要件適合性
当裁判所も、本件処分に、規制法二四条一項三号の経理的基礎及び技術的能力に関する要件との関係において、これを違法とすべき事由があるものとは認められないものと判断するが、その理由は、原判決がその「理由」欄の第五章の二及び三の各項(原判決三―九五頁七行目から三―一〇二頁八行目まで)において説示するところと同一であるから、右の説示を引用する。
ただし、原判決三―九九頁一行目に「専門技術的裁量」とあるのを「専門技術的判断」に、同三―一〇〇頁八行目に「裁量権の逸脱又は濫用があった」とあるのを「その判断に不合理な点がある」に、同三―一〇一頁五行目に「裁量権の逸脱等」とあるのを「不合理な点」にそれぞれ改める。
なお、この点について、控訴人らは、本件原子炉施設について本来必要とされるシビアアクシデント防止のための装置等の設置をも要求するならば、日本原電については、本件原子炉を設置するために必要な経理的基礎が欠けているものというべきこととなるものと主張する。しかし、控訴人らの主張するシビアアクシデント対策に係る指針が、原子炉設置許可の際の安全審査の基準等とまでされているものではなく、シビアアクシデントによるリスクを一層軽減するための原子炉設置者及び行政庁の努力指針という趣旨で策定されたにとどまるものと解されることは、後記第六の一の3において説示するとおりであるから、このシビアアクシデント対策に必要な費用をも含めて右の経理的基礎の要件の有無を判断すべきものとする控訴人らの主張は、その前提を欠く失当なものというべきである。
第六 本件処分の規制法二四条一項四号要件適合性
一 はじめに
1 総説
当裁判所も、前記のような原子力委員会あるいは安全審査会の専門技術的な調査審議及び判断を基にしてされた本件処分における規制法二四条一項四号の要件適合性の審査に、不合理な点があるものとすることはできず、したがって、右の要件との関係で本件処分を違法とすべき事由は認められないものと判断する。その理由は、以下において、主として当審における控訴人らの主張に対する判断を中心として、当裁判所の判断を付加、補足するほかは、原判決がその「理由」欄の第六章(原判決三―一〇二頁九行目から三―四一七頁末行まで)において説示するところと同一であるから、右の説示を引用する。
ただし、原判決三―一〇三頁一行目及び同三―一一三頁六行目にそれぞれ「専門技術的裁量」とあるのをいずれも「専門技術的判断」に、同八行目から九行目にかけて「裁量権の逸脱等があったもの」とあるのを「その判断に不合理な点があるもの」に、同三―一一四頁二行目から三行目にかけて「裁量権の逸脱等」とあるのを「不合理とされる点」に、同三―一二四頁五行目に「裁量事項」とあるのを「事項」に、同八行目及び同三―一二五頁四行目にそれぞれ「裁量権の逸脱等」とあるのをいずれも「不合理な点」に、同三―一四四頁三行目に「その後」とあるのを「その後、後記のとおり、平成二年一一月になって新たな勧告が出されるに至るまでの間は、」に、同三―一五〇頁四行目に「裁量権の逸脱等」とあるのを「不合理な点」にそれぞれ改め、同行の次に行を改めて「なお、その後平成二年一一月にICRPが採択した新たな線量限度に関する勧告との関係で、なお本件安全審査が合理的なものといえるか否かの点については、後に改めて判断を加えることとする。」と加え、同三―一五七頁七行目、同三―一五八頁一〇行目、同三―一九一頁一〇行目、同三―一九七頁六行目、同三―二〇一頁二行目、同三―二〇三頁一〇行目、同三―二〇四頁六行目、同三―二〇六頁八行目から九行目にかけて、同三―二一七頁一行目、同三―二二二頁八行目から九行目にかけて、同三―二五二頁八行目から九行目にかけて、同三―二五三頁二行目及び一〇行目、同三―二七二頁一〇行目、同三―二七九頁九行目、同三―二八三頁六行目、同三―二八七頁三行目、同三―二九三頁九行目、同三―二九六頁一〇行目、同三―三〇七頁二行目、同三―三一九頁五行目から六行目にかけて、同三―三二〇頁一一行目並びに同三―三二一頁六行目にそれぞれ「裁量権の逸脱等」とあるのをいずれも「不合理な点」にそれぞれ改め、同三―三三二頁二行目から六行目までの括弧書きの部分を削除し、一〇行目に「裁量権の逸脱等」とあるのを「不合理な点」に改め、同三―三三四頁九行目に「これらのうち」とある部分から一〇行目に「ついてみるに、」とある部分までを削除し、同三―三四〇頁一〇行目に「裁量権の逸脱等」とあるのを「不合理な点」に改め、同三―三四一頁一一行目に「これらのうち」とある部分から同三―三四二頁一行目に「ついてみるに、」とある部分までを削除し、同頁四行目に「裁量権の逸脱等」とあるのを「不合理な点」に改め、同三―三四三頁一行目に「これらのうち」とある部分から二行目に「ついてみるに」とある部分までを削除し、同三―三四九頁四行目、同三―三五〇頁八行目、同三―三五三頁五行目及び七行目並びに同三―三五八頁五行目にそれぞれ「裁量権の逸脱等」とあるのをいずれも「不合理な点」に改める。
2 本件安全審査の適否の審査方法等
控訴人らは、原子炉施設の内蔵する危険性の巨大さからすれば、原子炉施設の危険性を他の工学的施設の危険性と同一のレベルの問題としてとらえることはできず、原子炉設置許可に際しての安全審査においては、このような原子炉施設の持つ巨大な危険性に対応した、災害及び障害の発生の完全な防止という観点に立った厳格な審査が必要とされるものと主張する。
しかしながら、前記引用に係る原判決の説示(第六章の第一の四の1の部分(原判決三―一一五頁二行目から三―一二〇頁九行目まで)における説示など)にもあるとおり、科学技術を利用した各種の実用機械、装置等にあっては、程度の差こそあれそれが常に何らかの危険を伴うことは避け難い事態ともいうべきところであり、ただ、その科学技術を利用することによって得られる社会的な効用、利便等との対比において、その危険の内容、程度や確率等が社会通念上容認できるような水準以下にとどまるものと考えられる場合には、その安全性が肯定されるものとして、これを日常の利用に供することが適法とされることとなるものと解すべきである。この理は、原子炉施設における安全性の問題についても基本的に異なるところはないものというべきであるから、原子炉施設の場合に限って、どのような異常事態が生じた場合においても災害及び障害の発生が完全に防止されるといった、ある意味では理論上達成不可能な水準の安全性の確保が要求されるものとすることには、理由がないものというべきである。この場合に、具体的にどの程度の安全性のレベルをもって原子炉設置許可を相当とする基準とすべきかの点については、科学的、専門技術的知見をも踏まえた総合的な判断が必要とされることになるものというべきであるから、この点に関する判断を、我が国の原子力行政の責任者として原子炉設置許可の衝に当たる被控訴人等の行政庁の専門技術的判断にゆだねざるを得ない面があるものと考えられることは、前記第三の四の1において説示したところからも明らかなものというべきである。
また、本件処分が原子炉の設置を一定の要件の下に許容することを前提とした法規である規制法に基づいて行われる処分であることからすれば、その取消訴訟である本件訴訟においても、本件処分を違法とすべき瑕疵があるか否かを、右の規制法の定めとの関係において判断すべきこととなることも、いうまでもないところである。ところが、控訴人らの主張の中には、ややもするとこのような視点を離れて、原子炉施設の持つ危険の巨大さなどからして、およそ本件原子炉の設置を許可することがいかなる要件の下においても許容されないとするかのような主張、さらには、我が国におけるエネルギー政策の在り方という観点からして、もはや原子力発電の必要性は失われており、世界各国のすう勢がそうであるように、我が国も脱原子力発電の方向に向かうべきであることからして、本件処分が取り消されるべきであるとする主張等が含まれている。しかし、原子炉施設の危険性等を理由にその設置の差止めを求める民事訴訟における主張としてならばともかく、専ら本件処分が右の規制法の定めに反して違法とされるものか否かが争われることとなるにすぎない本件行政訴訟における主張としては、右のような主張は当を得ないものというべきである。
3 新たな安全審査指針の策定等と本件安全審査
控訴人らは、本件処分の後に新たに策定された各種の安全審査指針等を援用し、本件処分における安全審査が、これらの新たな安全審査指針等に定められている事項を考慮することなしにされたものであるから、本件処分はこの点からして違法とされるべきであると主張する。確かに、本件原子炉の安全性は、単に本件処分当時のいわば過去の科学技術水準に照らしてこれが肯定されればそれで足りるというものではなく、むしろ現在の時点における最新の科学技術水準に照らしてみても、その安全性が肯定される必要があるものと考えられ、したがって、これらの本件処分の後に新たに策定された各種の安全審査指針等の基礎となっている現在の科学技術上の知見等に照らしてみた場合に、本件処分の安全審査に違法とされるべき点があるものと考えられる場合には、その点からして、本件処分が違法とされる余地があるものと考えられるところである。
しかしながら、控訴人らの援用する「発電用軽水型原子炉施設の火災防護に関する審査指針」(昭和五五年一一月六日原子力委員会決定)(甲第三〇八号証七九頁以下)に定められた火災防護に関する審査指針及び新安全設計審査指針(平成二年八月三〇日原子力安全委員会決定)(甲第三〇八号証七頁以下)の指針五(火災に対する設計上の考慮)に定められた火災発生防止等に関する審査指針は、その内容からしても、被控訴人の主張するとおり、本件安全審査の当時においても火災発生の防止対策としていわば常識ともされていた考え方を基本として、更に入念な安全審査を行うための指針として、火災の防護に関し考慮すべき事項を整理、体系化したというにすぎないものであって、本件安全審査の基礎とされた本件処分当時のこの問題に関する知見にその後の新しい科学技術上の知見等からみて誤りとされる点があるものとして、これを覆すような内容の全く新たな審査指針を策定したというものでないことは明らかである。また、このことは、右の新安全設計審査指針の指針八(運転員操作に対する設計上の考慮)に定められた運転員の誤操作を防止するための設計上の考慮、あるいは指針三(外部人為事象に対する設計上の考慮)及び指針四(内部発生飛来物に対する設計上の考慮)に定められた飛行機の落下や各種爆発、内部発生飛来物による事故に対する設計上の考慮についても、全く同様に当てはまるものと考えられるところである。したがって、これらの新たな審査指針が策定されたことによって、その策定以前の時点に行われた本件安全審査が、当然に違法とされることとなるものではないというべきである。
また、控訴人らの主張するシビアアクシデント対策に係る事項は、原子力安全委員会が同委員会の原子炉安全基準専門部会に設けられた共通問題懇談会の提案(甲第三〇八号証八七〇頁以下)を受けて平成四年五月二八日に決定した「発電用軽水型原子炉施設におけるシビアアクシデント対策としてのアクシデントマネージメントについて」と題する対応方針(甲第三〇八号証八九二頁以下)において、我が国の原子炉施設の安全性が現行の安全規制の下で十分確保されており、シビアアクシデント(設計基準事象を大幅に超える事象であって、安全設計の評価上想定された手段では適切な炉心の冷却又は反応度の制御ができない状態であり、その結果、炉心の重大な損傷に至る事象)が工学的には現実に起こるとは考えられないほど発生の可能性は十分低くなっているものと判断されるということを前提としながらも、この低いリスクを一層低減するものとしてアクシデントマネージメント(設計基準事象を超え、炉心が大きく損傷するおそれのある事態が万一発生したとしても、現在の設計に含まれる安全余裕や安全設計上想定した本来の機能以外にも期待し得る機能又はそうした事態に備えて新規に設置した機器等を有効に活用することによって、それがシビアアクシデントに拡大するのを防止するため、若しくはシビアアクシデントに拡大した場合にもその影響を緩和するために採られる措置)の整備を促進することは意義深いものであるとし、原子炉設置者においてアクシデントマネ―ジメントの整備を継続的に進めることが必要であるとして、原子炉設置者及び行政庁に対してそのために一層の努力を要望したというにとどまるものであることが認められる。したがって、これは、右の原子力安全委員会の判断によって、原子炉設置許可の際の安全審査に関して何らかの新たな基準等が策定されるに至ったというものでないことは明らかであるから、これによって、この原子力安全委員会の判断が出される前にされた本件安全審査が当然に違法とされるものではないというべきである。
4 公衆の許容被曝線量について
控訴人らは、許容被曝線量の点について、職業人について許容集積制限線量を五レム、公衆人について線量限度を一年につき0.5レムとする当時のICRPの勧告に従って、これを一年につき0.5レムとする基準によってした本件安全審査が、その後一九九〇年(平成二年)一一月にICRPが従前の線量限度を変更し、職業人については五年平均で二〇ミリシーベルト(二レム)(ただし、年五〇ミリシーベルトを超えてはならない。)、公衆人については一年につき一ミリシーベルト(0.1レム)を線量限度とする従前より厳しい内容の勧告を採択したことによって、現時点においては違法とされるに至ったものと主張する。確かに、右のICRPの勧告における線量限度に関する数値の変更は、関係する各専門領域の世界各国の専門家の間における最新の科学技術上の知見を踏まえて行われたものと考えられるところである。
しかしながら、被控訴人の主張するとおり、本件安全審査においては、本件原子炉施設の平常運転に伴って環境に放出される放射性物質による公衆の被曝線量が許容線量等を定める件において定められている許容被曝線量である年間0.5レムを下回り、かつ、実用可能な限り更に一層低く押さえられるようになっているかが審査され、公衆の被曝線量の最大値が、放射性希ガスから放出されるガンマ線による全身被曝線量については年間約0.8ミリレム、液体廃棄物中の放射性物質に起因する全身被曝線量については年間0.05ミリレムと評価されており、この評価に不合理な点があるものとすることができないことは、前記引用に係る原判決の説示(原判決三―二五三頁三行目から三―三二〇頁末行まで)にあるとおりである。
そうすると、この評価値は、控訴人らの援用するICRPの一九九〇年勧告が定めている周辺公衆に対する線量限度である年間一ミリシーベルト(0.1レム)との対比においても十分低い値になっているものというべきであるから、右のICRPの勧告に定める線量限度の数値が改定されたことから、直ちに右改定前の数値を前提として行われた本件安全審査が違法とされることとなるものではないというべきである。
二 圧力容器、配管等の材料の欠陥等の有無
1 総説
本件安全審査においては、本件原子炉施設の事故防止に係る安全確保対策として、圧力容器については脆性破壊防止を十分考慮した延性の高い材料を使用するなどの方策が講じられること、圧力バウンダリを構成する機器及び配管については必要に応じて耐食性に優れたステンレス鋼が使用されることなどが確認されたことを始めとして、本件原子炉施設における圧力バウンダリの健全性に影響を及ぼすおそれのある設備については、その材料の材質等の面からしても、いずれもその健全性を損なうような異常状態の発生を防止し得る信頼性が確保されるものと判断されていることは、前記引用に係る原判決の説示(原判決三―一六四頁一一行目から三―一六九頁八行目まで、三―二〇六頁一〇行目から三―二〇九頁三行目まで、三―二二二頁一〇行目から三―二二九頁七行目まで)にあるとおりである。
2 圧力容器等の脆性破壊問題
控訴人らは、圧力容器に使用されている鋼材の脆性破壊の問題に関しては、本件処分の当時はほとんど問題の解明がされておらず、その後になって、その危険性に関する研究と認識が深化してきたのであり、これらの新しい専門技術的知見からすれば、この点に関する本件安全審査の内容は、明らかに不合理な点があるなど、極めて不十分なものであると主張する。
確かに、証人井野博満の証言、甲第三六三(第三八五)、第三八一の一及び四、第三八六の二号証によれば、一九七七年(昭和五二年)に廃炉となったBWRである旧西ドイツのグンドレミンゲン原子炉の圧力容器から切り出された鋼材の試験片を調査した結果、材料試験炉で短時間に中性子の加速照射を行った鋼材に比べると、はるかに脆化が進んでいることが明らかとなり、その原因はいまだ明らかとはなっていないものの、右の井野証人のモデル計算による研究等の結果では、中性子の照射量のみならず、その照射速度の遅速、さらには鋼材に含まれている不純物の量等によって鋼材の脆化の程度に著しい差を生ずる結果となること、すなわち、中性子の照射量が同じでも照射速度が遅いほどその脆化の程度が大きくなること、また鋼材に含まれている銅等の不純物の影響によってもその脆化の程度に差異が生ずる結果となることが明らかにされていることが認められる。このような研究の結果等を基に、右の井野証人は、本件安全審査において用いられた圧力容器の鋼材の材料試験炉での短時間の加速照射によるデータを基にした脆性遷移温度の予測評価は、科学的な合理性を欠くものであるとする証言を行っている。もっとも、同証人の証言によっても、これらの諸要素をも考慮に入れた正確な脆化の予測式といったものは、いまだ出現していないというのである。
しかしながら、本件安全審査においては、右の原子炉圧力容器を含む圧力バウンダリの脆性破壊防止という観点から、前記引用に係る原判決の説示にもあるとおり、(一)原子炉容器の母材として、脆性破壊防止を十分考慮して、延性の高い低合金鋼(原子力発電用マンガン・モリブデン・ニッケル鋼板二種相当品及び原子力発電用鍛鋼品二種相当品)を使用すること、(二)右の鋼材を使用した原子炉圧力容器の仕様は、その初期における脆性遷移温度を摂氏マイナス一二度からプラス四度程度とし、四〇年間の使用の末期においてもその脆性遷移温度が摂氏三二度以下にとどまるようにすべきものとし、しかも、圧力容器が圧力を受けている間は、容器の温度を脆性遷移温度より摂氏三三度以上高くすることができるように(なお、運転温度は摂氏二八六度とされている。)設計されること、また、(三)圧力容器等の脆性遷移温度の実際の変化を監視するために、圧力容器内に照射試料を挿入することになっていること等が確認されているところである(乙第一、第二、第五、第三五号証)。
右の事実からすると、本件原子炉施設の圧力容器等については、中性子の照射による脆性破壊の危険に対する対策の面でも、その運転中の最低使用温度と圧力容器等に使用されている母材の脆性遷移温度との間に常に摂氏三三度以上の温度差を維持するという設計方針が採用されていることを始めとして、このような事象に対して十分に余裕を持たせた設計が行われているものと考えられるところである。したがって、仮に控訴人らの主張するように、現時点における最新の専門科学的知見に照らしてみれば、本件安全審査の際に用いられた鋼材の脆性遷移温度の予測評価の内容に不合理とされる点が出てきており、現実のその脆性遷移温度がこれよりはある程度高くなることがあり得るものとしても、これによって、本件原子炉の圧力容器等の構造や材質に関する基本設計の内容について、その脆性破壊の危険性という観点から行われた本件安全審査の内容が、直ちに合理性を欠き違法とされるものとまですることは、困難なものと考えられるところである。
また、この圧力容器等の脆性破壊による危険の問題は、むしろ、現実に進行していくその脆化の程度、態様等に応じて、廃炉の時期の問題をも含めた原子炉施設の適切な運転等の管理の問題として対処されるべき問題と考えられるのであり(現に、前記の井野証人の証言も、この問題に関する安全審査の在り方等について新たに具体的な審査基準等を提言するといった内容のものではなく、このような問題を持った原子炉施設の使用期限を更に三〇年あるいは四〇年も先に延ばそうとすることの問題点を指摘するもののようにも考えられるところである。)、少なくともこの点に関する本件原子炉施設の基本設計の安全性に係わる事項を対象として行われるにすぎない本件安全審査の内容については、控訴人らの主張するような理由によって、これが合理性を欠くものとまですることは困難なものというべきである。
3 控訴人らのその余の主張について
控訴人らは、また、炉心シュラウド、配管等の応力腐食割れ(SCC)対策に関する審査の不備等をも主張する。しかし、本件安全審査において、配管等の応力腐食割れ問題については、その発生を防止するための具体的な対策として、鋼種の選択、溶接工法、運転方法という諸対策が既に確立しており、これは、原子炉施設の詳細設計や具体的な工事方法、あるいは具体的な運転管理の段階で対処すれば足りる問題であって、その具体的な細目等が原子炉施設の基本設計に関する原子炉設置許可処分の段階での安全審査の対象となる事項ではないものと考えられることも、原判決が説示するとおりである。
さらに、控訴人らは、炉心シュラウドの構造やその設置位置等からして、これが炉心部分の高さで破断するなどした場合に、スクラム不能の状態を招来し、大事故に至る危険があるものと主張する。しかし、本件安全審査においては、炉心シュラウドを含む炉内構造物について、その性能、機能等が圧力バウンダリの健全性に影響を及ぼさないようなものとなっていることが確認されており、この審査に不合理とされる点が認められないことは、前記の原判決の説示にあるとおりである。控訴人らの右の主張は、これらの事実を措いて、単に炉心シュラウドの位置、構造等のみからして、これが破断した場合の抽象的な事故の危険をいうにすぎないものといわざるを得ず、この点に関して、本件安全審査の合理性が否定されることとなるような点があるものとまでは認められないというべきである。
なお、控訴人らは、本件の申請書等の記載に再循環系主配管の内径の記載がないことを理由に、本件安全審査においては、この再循環系配管の口径の概略値の確認がされていないものと主張する。しかし、被控訴人の主張にもあるとおり、この再循環系配管については、その肉厚がその最高使用圧力等との関係で自ずから合理的な範囲内のものとして定まってくるものと考えられるから、右のような申請書の記載ではこの配管の内径が定まらないというものでないことは明らかなものというべきである。
三 反応度事故(暴走事故)発生の危険性
1 BWRの固有の自己制御性
本件安全審査においては、沸騰水型の軽水型原子炉(BWR)である本件原子炉にあっては、核分裂反応の割合が増大して燃料及び冷却水の温度が上昇すればそれに伴って核分裂反応が抑制されるという、核分裂反応に対する固有の自己制御性があり、燃料について制御不能な核分裂反応が生じることはあり得ないこと、また、本件原子炉施設には、燃料の核分裂反応を安定的に制御する原子炉出力制御設備が設けられることなどが確認され、その結果、本件原子炉施設は、燃料の核分裂反応を確実にかつ安定的に制御することができるものと判断されていることは、前記引用に係る原判決の説示(原判決三―一六一頁六行目から三―一六二頁七行目まで)にあるとおりである。
なお、被控訴人の主張等からすると、右のBWRにおける固有の自己制御性は、主として、①ドップラ効果、②ボイド効果及び③減速材温度効果に基づく負の反応度出力係数によるものであることが認められる。右①のドップラ効果とは、燃料中の全ウラン量に対するウラン二三五の占める重量の割合の低い低濃縮度のウランが燃料として使われているBWRにあっては、核分裂反応を起こさないウラン二三八が燃料の温度が上昇すると中性子を吸収しやすくなる性質を持っていることから、核分裂反応が過大となって燃料の温度が上昇すると、中性子がウラン二三八に吸収されて不足することとなり、その結果、核分裂反応が抑制されることとなることをいうものである。また、右②のボイド効果とは、核分裂反応の増加により燃料から冷却水に伝達される熱の量が増えると、冷却水の温度が上昇し、原子炉内での蒸気泡(ボイド)の発生が多くなり、これによって減速材を兼ねている冷却水の密度が減少するため、中性子の減速効果が低下し、ウラン二三五による核分裂反応が抑制されることをいうものである。さらに、右③の減速材温度効果とは、冷却水の温度上昇に伴って冷却水自体の体積が膨張することにより冷却水の密度が減少し、中性子の減速効果が低下する結果、核分裂反応が抑制されることをいうものである。これらの各効果がそれぞれ働くことによって、原子炉に負の反応度出力係数を与える結果、核分裂反応が確実かつ安定的に制御され得ることとなるのである。
2 暴走事故の可能性に関する控訴人らの主張について
(一) 控訴人らは、再循環系配管の破断事故、再循環ポンプの停止事故等の再循環系の事故によりボイドが大量に発生して原子炉出力が相当下がったときに、再循環ポンプが誤って再起動しあるいはタービントリップ、タービンバイパス系の不作動が起こるといったボイド消滅の強力な要因が生じた場合、あるいは主蒸気系の弁閉鎖等の主蒸気系の事故により原子炉内の圧力が急上昇して炉心のボイドが消滅した場合等を例に引いて、これらの場合にスクラムの遅れや失敗等が伴うことにより、原子炉出力が一気に上昇し、暴走事故に至る可能性があると主張する。そして、米国の原子炉研究者であるR・E・ウェッブ博士の著述になる「沸騰水炉における反応度事故と不安定性出力振動」と題する論文(甲第三〇三号証)には、これらの控訴人らの主張に沿う記述があることが認められるところである。
しかしながら、前記のようなBWRにおける固有の自己制御性からすれば、控訴人らの主張するように、何らかの原因によってボイドが消滅し、原子炉出力が一時的に上昇したとしても、原子炉の出力の急上昇は直ちに燃料の温度の急上昇をもたらすこととなり、これによる負のドップラ効果のため原子炉の出力の上昇が抑制されることとなり、さらに、減速材温度効果、ボイド効果による負の反応度の追加が生じるため、これによっても出力の上昇が抑制されることとなるはずである。これらの各効果による総合的な核分裂反応の制御効果を無視して、専らボイド効果のみを取り上げて核暴走事故の危険があるとする控訴人らの主張は、被控訴人も主張するとおり、合理性を欠くものというべきである。
しかも、本件安全審査に当たっては、ボイドが消滅するような運転時の異常な過渡変化として、「発電器トリップ」、「タービントリップ」、「主蒸気隔離弁の閉鎖」あるいは「圧力制御装置の故障」による主蒸気系の弁の急閉に伴う原子炉圧力の上昇という事態、「再循環流量制御系の誤動作」や「給水制御器故障」による冷却材流量の増加という事態、さらには「再循環冷水ループの誤動作」や「給水加熱喪失」による原子炉への冷水の注入という事態を想定し、それぞれの事態における過渡変化について解析評価を行った結果、いずれの事象が発生した場合においても、燃料被覆管及び圧力バウンダリの健全性は確保され得るものであることが確認されている(乙第二、第五、第三五号証)。また、同じく再循環ポンプが二台停止するという事態に関しても、これに伴う炉心流量の減少によるボイド量の増加という事態を想定した解析評価を行い、その結果として、燃料被覆管の損傷といった事態には至らないことが確認されている(乙第二、第五、第三五号証)のである。
(二) なお、控訴人らは、「再循環流量制御系の誤動作」あるいは「発電機負荷喪失・バイパス弁不作動」という事態について、独自の解析を行い、その結果として、前者の場合については一秒足らず、後者の場合については0.4秒程度のそれぞれスクラム遅れが生ずると、破局的な水蒸気爆発に至る計算になるなどと主張する。控訴人らのこの計算結果からすると、その前提要件、計算方法等が正確なものであるものとすれば、控訴人らの主張する右のような危惧にも、それなりの根拠があるものとも考えられるところである。
しかし、この控訴人らの主張する計算等の内容は、スクラム遅れの時間としてどの程度の時間を考慮すべきかの点(この点については、後の四の2の項において判断を示すこととする。)を除いては、これによっても、前記の本件安全審査に当たって行われた解析評価の内容等について、どの点にどのような過誤等があるとするのかを具体的に指摘、論証するものとまではいえず、このような控訴人らによる計算によって異なる結果が得られたとの事実のみから、直ちに本件安全審査の際の解析評価の内容等の合理性が覆されるものとまで断ずることは困難なものというべきである。すなわち、この控訴人らによる独自の計算等が本件安全審査に当たって行われた解析評価の内容と異なる結果となったとの一事のみからしては、本件安全審査の際の解析評価の前提要件の設定や計算方法等のその内容が、原子力工学等の専門技術的な観点からして合理性を欠きあるいは過誤があるとされるものとまですることは、困難なものといわなければならない。
むしろ、この控訴人らの主張する計算等の内容については、被控訴人が指摘するように、例えば、再循環流量制御系においては、主制御器のほか、再循環両ループに速度要求誤差制限器が設置されているから、仮に主制御器の誤動作が起こったとしても、それぞれの系統における流量は、最大毎秒一〇パーセントの増減に制限されることとなっているのに、このことを考慮にいれないで計算を行っていること、また、炉心から冷却材への熱伝達について、炉心における熱量の増加分が、過渡変化開始直後から徐々に冷却材に伝わっていくことになるものであり(乙第八八、第一七〇号証)、これによって原子炉内のボイドの減少が抑えられ、正の反応度の添加が抑制されることとなることを無視して、炉心から冷却材へ熱が全く伝わらない時間があることを前提として計算を行っていること、さらに、負荷の喪失等によるボイドの減少に関して、ボイドが減少するのに要する時間的な経過を考慮した場合には全反応度が一ドルを超えて超即発臨界に至ることはないものと考えられる(乙第一〇九号証)にもかかわらず、この時間的な経過を無視した誤った計算を行っていることなど、その内容の合理性、正確性等にはなお疑問の余地があるものとも考えられるところである。
そうすると、控訴人らの右の主張等から直ちに、本件安全審査の前提とされた右のような過渡変化解析の内容を合理性を欠くものとまですることは、困難なものというべきである。
(三) また、控訴人らは、本件安全審査が、スクラム失敗に起因する反応度事故の可能性を全く検討していない点において、合理性を欠くものであるとも主張する。しかしながら、本件安全審査においてスクラム失敗を伴う過渡現象についての事故解析がされていないことから、本件安全審査を不合理なものとすることができないことは、前記引用に係る原判決の説示(原判決三―二一八頁一〇行目から三―二二二頁九行目まで)にあるとおりである。そもそも、本件原子炉における原子炉緊急停止装置については、本件安全審査において、電源が何らかの原因で喪失した場合においても制御棒が自動的に炉心内に挿入されるように設計されるとともに、右装置を作動させる回路が多重性及び独立性を有するように設計され、さらに右装置を含む安全保護設備については、その信頼性を常に保持するため、運転開始後もその性能が引き続き確保されていることを確認するための試験を行えるように設計されることなどが確認された結果、これが確実に所期の機能を発揮し、信頼性が確保されるものと判断されている(原判決三―一七三頁一行目から三―一七四頁八行目まで)のである。そうすると、安全審査における解析評価に当たって、想定された異常事象の発生に加えて、原子炉が所期のスクラムに失敗するという事態までを想定していないからといって、これによって、本件安全審査の合理性が否定されることとなるものとまですることは困難なものというべきである。なお、この過渡変化解析等においてスクラム失敗という事態を考慮しないことの当否の問題については、控訴人らの主張にかんがみ、後に改めて判断を加えることとする。
(四) その他、控訴人らは、冷却材喪失事故(LOCA)時のスクラム失敗、原子炉の緊急停止に失敗しホウ酸水注入系の作動によって原子炉内にホウ酸水が注入された場合などを例に引いて、暴走事故の危険性を主張しており、前記のウェッブ論文(甲第三〇三号証)には、この主張内容に沿う記述がみられるところである。
しかし、これらの主張も、帰するところは、想定された各種の事象の発生に加えて、スクラム遅れやスクラム失敗という独自の仮定を置くことによる暴走事故の可能性を主張するものである。そうすると、本件安全審査においては、前記認定のとおり、本件原子炉施設の安全保護設備等の設計の総合的な妥当性や原子炉緊急停止装置の機能、信頼性が確認されていることからして、これらの控訴人の主張も、本件安全審査の合理性を否定するには足りないものというべきである。
四 過渡変化・事故解析の内容等
1 本件安全審査における過渡変化・事故解析
昭和四七年の本件処分時の安全審査に当たって、本件原子炉の運転中に発生する異常な過渡変化として、合計一四に上る代表的な異常事象を想定し、これらの事象について、安全保護設備のうち最もその評価結果が厳しくなるような機器の一つが単一の事象に起因して故障しその機器の有する安全上の機能が発揮されないことを想定するなどの厳しい前提条件を設定した解析が行われ、その結果、本件原子炉施設が、異常な過渡変化が発生した場合においても、燃料被覆管及び圧力バウンダリの健全性を確保することができるものとなっていることが確認され、本件原子炉施設の安全保護設備の設計が総合的にみて妥当なものと判断されていることは、前記引用に係る原判決の説示(原判決三―一七四頁九行目から三―一七九頁七行目まで)にあるとおりであり、また、あえて放射性物質を環境に異常に放出するおそれのある事態として合計六つの態様の事故を想定し、同様の前提条件を設定した事故解析が行われ、その結果、本件原子炉施設が、右のような事故が発生した場合においても、放射性物質の環境への異常放出を防止することができるものとなっていることが確認され、本件原子炉施設の安全防護設備等の設計が総合的にみて妥当なものであると判断されていることも、前記引用に係る原判決の説示(原判決三―一八三頁三行目から三―一九一頁六行目まで)にあるとおりである。
その後、平成三年変更許可処分の際の安全審査に当たっては、高燃焼度八×八燃料の採用等のための燃料設計仕様の変更に伴い、本件原子炉の反応度係数、最小限界出力比等が変更されることなどから、これらの変更に係る原子炉施設の安全性の総合的な妥当性を確認するため、炉心あるいは圧力バウンダリの健全性に影響を及ぼす可能性のある運転時の異常な過渡変化として合計一二に上る事象を想定し、これらについて安全保護系、原子炉停止系等の設計の妥当性を確認するための過渡変化解析の審査が行われるとともに、原子炉施設から放出される放射性物質による環境への影響が大きくなる可能性のある合計一一に上る事象を想定し、これらについて工学的安全施設等の設計の妥当性を確認するための事故解析の審査が行われている(乙第九〇、第九一号証)。さらに、平成四年変更許可処分の際の安全審査に当たっては、核計装の信頼性の向上等を図るために原子炉核計装として起動領域計装を採用することに伴い、原子炉核計装の構成の変更及びスクラム信号の変更によって核計装機能及び安全保護機能に係る設計の変更が生じることから、運転時の異常な過渡変化として「原子炉起動時における制御棒の異常な引き抜き」を想定し、これについて、改めて右の変更を前提とした解析の審査が行われている(乙第九六、第九七号証)。
ところで、原子炉設置変更許可処分が行われ、当初の原子炉設置許可処分の許可内容に沿って設置されていた原子炉施設の施設、設備の内容がその変更許可処分による許可内容に沿って変更された場合には、少なくともその安全性の問題に関しては、後の変更許可処分によって変更を許可された後の内容がそのまま当該原子炉に係る原子炉設置許可処分の処分内容となるものと解するのが相当であることは、前記のとおりである。そうすると、本件原子炉施設の安全審査における過渡変化・事故解析の内容等の適否を検討するに当たっても、右の昭和四七年の本件処分時の安全審査に当たって行われた過渡変化・事故解析の内容に加えて、さらに右の平成三年変更許可処分及び平成四年変更許可処分の各安全審査に当たって行われた過渡変化・事故解析の内容をも併せて、これらを総合した解析評価の結果について、その当否を検討すべきこととなるものというべきである。
2 スクラム失敗、スクラム遅れの考慮
控訴人らは、昭和四七年の本件処分の安全審査に用いられた安全審査指針にはそもそも過渡変化・事故解析に関する指針が存在せず、その際に行われた過渡変化・事故解析においてはスクラム遅れが考慮されておらず、この点において、右の過渡変化・事故解析の内容は、現在の科学技術水準からして不当、違法なものというべきであると主張する。確かに、原子炉施設の安全評価に関する審査指針において、過渡変化・事故解析に当たって適切なスクラム遅れ時間を考慮すべきことが明記されるようになったのは、本件処分が行われた後の平成二年八月になってからであることがうかがえるところである(甲第三〇八号証一〇二頁以下掲記の安全評価審査指針(平成二年八月三〇日原子力安全委員会決定)のⅡの5・2の(6)参照)。
しかしながら、乙第八八号証によれば、前記の平成三年変更許可処分の安全審査に当たって行われた解析評価においては、「原子炉起動時における制御棒の異常な引き抜き」という過渡変化時における中性子束高スクラム、「外部電源喪失」という過渡変化時におけるタービン主蒸気止め弁閉鎖スクラム、「給水加熱喪失」という過渡変化時における中性子束高スクラム、「負荷の喪失」という過渡変化時におけるタービン蒸気加減弁急速閉鎖スクラム、「原子炉冷却材流量制御系の誤動作」という過渡変化時における中性子束高スクラム、「主蒸気隔離弁の誤閉止」という過渡変化時における主蒸気隔離弁閉鎖スクラム、「給水制御系の故障」という過渡変化時におけるタービン主蒸気止め弁閉止スクラム、「原子炉圧力制御系の故障」という過渡変化時における主蒸気隔離弁閉鎖スクラム、「給水流量の全喪失」という過渡変化時における原子炉水位低スクラム、「原子炉冷却材喪失」という事故時における原子炉水位低スクラム、「原子炉冷却材流量の喪失」という事故時におけるタービン主蒸気止め弁閉鎖スクラム、「原子炉冷却材ポンプの軸固着」という事故時におけるタービン主蒸気止め弁閉鎖スクラム、「制御棒落下」という事故時における中性子束高スクラム、「主蒸気管破断」という事故時における主蒸気隔離弁閉鎖スクラムについて、また、乙九三号証によれば、平成四年変更許可処分の安全審査に当たって行われた解析評価においては、「原子炉起動時における制御棒の異常な引き抜き」という過渡変化時における原子炉出力ペリオド短スクラムについて、それぞれ右の安全評価審査指針のⅡの5・2の(6)にいう適切なスクラム遅れ時間を考慮した解析評価が行われ、しかも、乙第九〇、第九一、第九六、第九七号証によれば、これらの解析評価がいずれも右の安全評価審査指針に適合していることが確認されていることが認められるのである。したがって、右のような各過渡変化解析や事故解析の内容が現在の科学技術水準からして不当、違法なものであるとする控訴人らの主張には、理由がないものというべきである。
また、控訴人らは、この解析評価において考慮すべきスクラム遅れ時間の点に関して、事故時の作動の遅れを見込んだ場合には、右の各安全審査に当たって行われた解析において見込まれている0.06秒とか0.09秒とかいったスクラム遅れ時間は非常識であり、少なくとも0.4秒、さらには一秒あるいは二秒といった程度のスクラム遅れ時間を考慮すべきものと主張する。しかしながら、本件原子炉施設における原子炉緊急停止装置が、その回路の多重性及び独立性あるいはその性能の継続的な試験可能性の確保といった観点からして、確実に所期の機能を発揮し、その信頼性が確保されるものと判断されていることは前記のとおりであり、したがって、本件原子炉の安全審査における解析評価に当たって、想定された異常事象の発生に加えて、原子炉が所期のスクラムに失敗するという事態までを想定しないとその合理性が否定されることとなるものとまで考えられないことは前記のとおりである。むしろ、前記の安全評価審査指針において過渡変化等解析に当たって適切なスクラム遅れ時間を考慮すべきものとしている趣旨は、被控訴人の主張するとおり、原子炉緊急停止装置に何らかの故障を仮定するというものではなく、過渡変化時等に原子炉のスクラムの効果を期待する場合に、スクラムを生じさせる信号の検出器の応答遅れ時間及び動作装置入力端子までの論理回路、信号伝達回路の遅れ時間を考慮すべきものとする点にあるものと考えられるところである。すなわち、ここにいうスクラム遅れ時間とは、本件原子炉施設に関して一般に想定される安全保護系、原子炉停止系等を構成する各機器を念頭において、先行の原子炉施設の実績等を踏まえながら、工学的にその仕様上生じ得る機器又は回路の作動に要すると見込まれるいわば仮定上の時間をいうものと解すべきであり、例えば、これを安全保護系を構成する回路についていうと、その回路が電気信号等を伝達するものであることからして、電気信号等を回路全体に伝達するのに要する時間も、一般的にいって一〇〇分の一秒単位の、いわば瞬時ともいうべき時間と考えられるのである。そうすると、控訴人らの主張する0.4秒さらには一秒ないし二秒といった時間は、このようなスクラム遅れ時間というものの性質からして、現実的でないものというべきである。例えば、控訴人らは、前記のとおり、発電機負荷喪失という事態について、技術的には0.4秒程度のスクラム遅れは十分に起こり得るものであると主張するところ、被控訴人の主張によれば、平成三年変更許可申請の際のこの発電機負荷喪失という過渡変化の解析においては、安全評価審査指針の定める適切なスクラム遅れ時間として、0.08秒という時間が考慮されているにとどまることがうかがえるのであるが、前記のようなスクラム遅れ時間というものの性質からして、この0.08秒という時間が合理性を欠くものであることを認めるに足りるまでの資料は見当たらないのである。
さらに、控訴人らは、本件原子炉と同一のBWRである米国のブラウンズ・フェリー原子力発電所三号炉で一九八〇年(昭和五五年)六月に発生したスクラム失敗事故等を例に引いて、スクラム失敗という事態が現に発生する可能性のある事態である旨を主張する。しかしながら、乙第一〇五証によれば、右のプラウンズ・フェリー原子力発電所三号炉における事故は、修理の目的で手動スクラム操作により制御棒の挿入を図ったところ、全制御棒の約三分の一が部分挿入の位置にとどまり、全挿入に至らなかったというものであるが、これは、BWRの停止装置においては、スクラム排出ヘッダに水が溜まっていると、制御棒を押し上げる力が弱くなり、制御棒が完全に挿入されなくなるところ、右のブラウンズ・フェリー原子力発電所三号炉においては、スクラム排出ヘッダとその下流端にあるスクラム排出容器を細い管で連結する構造となっていたため、水の流れが悪くなり、スクラム排出ヘッダに水が残ったことによって生じたものであることが認められるのである。これに対し、本件原子炉を含む我が国のBWRにおいては、右の事例を教訓として、細い連絡管をなくして、スクラム排出ヘッダとスクラム排出容器とを一体構造とし、スクラム排出ヘッダに水が溜まらないようにする対策が講じられていることが認められる(乙第一〇五、第二、第三五号証)から、右のブラウンズ・フェリー原子力発電所三号炉におけるスクラム失敗の例も、本件安全審査の合理性を否定するに足りるものではないというべきである。
また、一九六五年(昭和四〇年)七月に旧西独のカール原子力発電所で発生した運転中の定例試験時に原子炉保護系のリレー数個に固着が発見されたという例は、スクラム・リレーの製造過程において被覆コーティングが適切に熱処理されなかったことによるものであり(乙第一〇六号証)、さらに、昭和五六年一二月に敦賀発電所一号炉において発生した制御棒の駆動機構の機能試験中に制御棒の引抜操作ができなかったという例も、制御棒駆動水圧制御ユニット内の引抜側隔離弁の一部に損傷があったことによるものであって(乙第一〇七号証)、これらの事例では、いずれも用いられた材料の品質管理や制御棒駆動系の運転管理の在り方が問題とされることとなるものというべきではあるが、これによって、原子炉施設の基本設計や基本的設計方針の安全性が問われることとなるというものではないことが認められるものというべきである。
3 制御棒の挿入失敗の想定等
控訴人らは、また、現行の安全評価審査指針においては、原子炉のスクラムの効果を期待する場合において、当該事象の条件において最大反応度を有する制御棒一本が全引抜位置にあるものとして停止効果を考慮しなければならないものと明記されているのに、昭和四七年の本件処分の安全審査に当たって行われた過渡変化・事故解析においてはこの点が考慮されていないこと、同様に、現行の安全評価審査指針においては、過渡変化・事故解析において、制御棒引抜監視装置による効果は原則として考慮できないこととなっているのに、昭和四七年の本件処分の安全審査に当たって行われた過渡変化・事故解析においては、出力運転中の制御棒引抜事故に対しては、制御棒引抜監視装置の作動によって制御棒引抜動作を阻止することが前提とされていることを引いて、本件安全審査が現在の科学技術水準からすれば不合理なものと考えられることになるものと主張する。
まず、前者の制御棒一本の挿入失敗を想定する必要があるとの点については、確かに、前記の現行の安全評価審査指針のⅡの5「解析に当たって考慮すべき事項」の「5・2安全機能に対する仮定」の(6)において、原子炉のスクラムの効果を期待する場合においては、当該事象の条件において最大反応度価値を有する制御棒一本が全引抜位置にあるものとして停止効果を考慮すべきことが要求されているところである。しかしながら、昭和四七年の本件処分の安全審査に当たって行われた過渡変化・事故解析においてはともかく、その後の平成三年変更許可処分及び平成四年変更許可処分の各安全審査に当たって行われた解析評価においては、右の現行の安全評価審査指針の定めを基に、原子炉のスクラム効果を期待する場合において、当該事象の条件において最大反応度価値を有する制御棒一本が全引抜位置にあるものとして停止効果を考慮した評価がされており(乙第八八、第九三号証)、これらが右の安全評価審査指針に適合していることが確認されているところである(乙第九〇、第九六号証)。そうすると、現時点における本件原子炉施設の安全性に関していえば、控訴人らの右の指摘は妥当しないものというべきことになる。
また、後者の制御棒引抜監視装置による効果の点については、確かに、現行の安全評価審査指針のⅡの5「解析に当たって考慮すべき事項」の「5・2安全機能に対する仮定」の(1)において、想定された事象に対処するための安全機能のうち、解析に当たって考慮することができるものは、原則として重要度分類指針において定めるMS―1及びMS―2に属するものによる機能とするものと定められているところ、右重要度分類指針によれば、制御棒引抜監視装置はMS―3に属するものとされているところである。しかしながら、右の安全評価審査指針のⅡの5・2の(1)の定めのただし書では、MS―3に属するものであっても、その機能を期待することの妥当性が示された場合においては、これを含めることができるものとされている。しかも、本件原子炉施設については、平成三年変更許可処分の安全審査に当たって行われた「出力運転中の制御棒の異常な引き抜き」という過渡変化の解析評価において、制御棒引抜監視装置は事象発生前から動作しており、かつ、発生後も引き続き動作するため、その動作を考慮することができるものとして、解析評価が行われ(乙第八八号証)、これが安全評価審査指針に適合していることが確認されているのである(乙第九〇、第九一号証)。したがって、この点に関する控訴人らの主張も、理由がないものというべきである。
さらに、控訴人らは、本件安全審査に当たっての冷却材喪失事故(LOCA)の解析が、昭和五六年七月二〇日の原子力安全委員会決定に係るECCS性能評価指針の定めに照らして不合理なものとなっているとも主張する。しかし、この点についても、平成三年変更許可処分の安全審査に当たって、冷却材喪失事故について改めて右のECCS性能評価指針の定めに則った解析評価が行われ(乙第八八号証)、これが右の指針に適合していることが確認されていることが認められる(乙第九〇、第九一号証)から、この点に関する控訴人らの指摘も、理由がないものというべきである。
4 燃料破損限界の想定、浸水燃料の破裂の考慮等
控訴人らは、燃料破損限界の想定あるいは浸水燃料の破裂の考慮の点に関しても、昭和五九年一月一九日に原子力安全委員会が決定した反応度投入事象評価指針に定められた燃料の破損限界に関する新たな判断基準や浸水燃料の破裂による衝撃圧力等の影響に関する審査指針を考慮せずにされた本件安全審査が、現在の科学技術水準からして不合理なものであると主張する。
しかしながら、これらの点についても、平成三年変更許可処分の安全審査に当たっては、「制御棒落下」事故の解析評価において燃料の破損限界や浸水燃料の破裂による衝撃圧力等を考慮した解析が行われ(乙第八八号証)、また、平成四年変更許可処分の安全審査に当たっては、「原子炉起動時における制御棒の異常な引き抜き」という過渡変化の解析評価において浸水燃料の存在を考慮した解析が行われ(乙第九三号証)、その結果がいずれも右の評価指針等に適合していることが確認されている(乙第九〇、第九一、第九六、第九七号証)ところである。したがって、これらの点に関する控訴人らの指摘も、理由がないものというべきことになる。
五 本件原子炉施設の自然的立地条件に係る安全性
1 本件原子炉施設の敷地の地質、地盤等
(一) 本件安全審査における審査
本件安全審査において、本件原子炉施設の自然的立地条件に係る安全性に関して、本件原子炉施設の敷地の地盤に係る条件が本件原子炉施設における大きな事故の誘因とならないものと判断されており、この判断に不合理な点が認められないことは、前記引用に係る原判決の説示(原判決三―一五七頁三行目から三―一五八頁末行まで)にあるとおりである(なお、証人大崎順彦の証言参照)。
(二) 平成九年変更許可申請に際しての調査結果
また、乙第一四五、第一六七ないし第一六九号証によれば、その後、平成九年九月一七日付けで、本件原子炉施設について、使用済燃料乾式貯蔵設備の設置に係る平成九年変更許可申請の申請書が提出され、その後、平成一一年三月一〇日付けで、右の設置変更を許可する平成一一年変更許可処分が行われているが、右の平成九年変更許可申請に当たって行われた本件敷地及び敷地周辺の地表地質調査、ボーリング調査、ボアホールテレビ調査等の最新の調査結果によれば、本件原子炉施設の敷地の地盤、地質等は、次のようなものであることが確認されており、安全審査会の調査審議の結果としても、この調査結果等は妥当なものであるとする結論が出されている。
(1) 本件敷地の基礎岩盤
本件敷地の地質は、新第三系鮮新統の久米層、第四系更新統の段丘堆積物及び第四系完新統の沖積層、砂丘砂層で構成されており、本件敷地の基礎岩盤を構成する久米層は、本件敷地全域にわたって標高プラス七ないしマイナス四〇〇メートル以深に分布している。ボーリング調査の結果によれば、この久米層が節理の少ない塊状の良好な地盤であり、有意な断層や破砕帯のないこと、本件敷地全域にわたりほぼ水平に堆積し、褶曲構造のないことが認められ、また、ボアホールテレビ調査の結果によれば、すべりを生じさせるような弱層等の不連続面も存在しないことが認められる。
(2) 基礎岩盤の均質性
本件敷地の基礎岩盤である久米層を対象として、物理試験、三軸圧縮試験等の岩石試験、PS検層、ボーリング孔を利用した弾性波速度測定等の原位置試験が行われたが、その結果は、久米層が、地盤物性の場所的変化が小さく、下方への連続性が認められ、異方性のない良好な地盤であることを示すものとなっている。
(3) 基礎岩盤の地耐力等
岩石試験の結果から算定される本件敷地の基礎岩盤である久米層の有する許容支持力度は、長期許容支持力度が一平方メートル当たり二〇〇トン以上、短期許容支持力度が一平方メートル当たり四〇〇トン以上であるものと算定された。
(三) 本件安全審査の適否
右の平成九年変更許可申請に当たって行われた調査結果等は、本件原子炉施設の基礎岩盤が平坦かつ均質な砂質泥岩層であるとした当初安全審査の合理性を基礎付けるものとなっており、また、本件原子炉施設の基礎岩盤への常時荷重が原子炉建屋の自重や形状からして一平方メートル当たり約六〇トン程度と算定できることとの関係で、本件敷地の基礎岩盤が十分余裕のある支持力を有するものとした当初安全審査の合理性を確認するものとなっているということができる。したがって、この点からしても、本件安全審査における本件原子炉施設の敷地の地質、地盤等の点に関する判断については、その合理性が認められるものというべきである(なお、証人伯野元彦の証言参照)。
この点について、控訴人らは、本件安全審査においては、各種の調査結果のデータ等安全審査を行う上で必要な具体的なデータが何ら提出されておらず、本件安全審査は申請者の主張をそのまま鵜呑みにしたにすぎないものであると非難する。しかし、少なくとも右の平成九年変更許可申請に際しての調査結果に現われた各種のデータからすれば、これが当初の本件安全審査の内容の合理性を確認する内容のものとなっていることは右のとおりであるから、右の控訴人らの非難は当たらないものという以外ない。
2 本件原子炉施設に係る耐震安全性
(一) 耐震安全性に係る安全審査の方法等
本件安全審査において、本件原子炉施設の自然的立地条件に関して、地震との関係において本件原子炉敷地周辺の地質構造等が、本件原子炉施設における大きな事故の誘因とならないものと判断されており、この判断に不合理な点が認められないことは、前記引用に係る原判決の説示(原判決三―一五七頁三行目から三―一五八頁末行まで)にあるとおりである(なお、証人大崎順彦の証言参照)。
しかしながら、原子炉施設に関する耐震設計の審査指針としては、本件処分の後、原子力安全委員会によって、最新のものとしては昭和五六年七月二〇日付けの耐震設計審査指針(甲第三〇八号証六二頁以下)が決定されており、むしろこの耐震設計審査指針が原子炉施設の耐震安全性の問題に関する最新の科学技術的知見を踏まえて定められたものと考えられることからすれば、本件原子炉施設の耐震安全性の問題に関する本件安全審査の適否についても、これを右の耐震設計審査指針の内容に照らして検討してみることが相当なものと考えられるところである。
右の耐震設計審査指針の定めによれば、原子炉施設の耐震設計においては、原子炉施設を構成する各施設の重要度等に応じて定められた各クラス別に、各施設が、敷地に影響を与えた過去の地震の生起状況を主体とし、近距離に存在する活断層の状況などを考慮して定める設計用最強地震(証人伯野元彦の証言によれば、過去の地震歴、活断層の状況等からみた、将来起こり得る最強の地震)及び設計用限界地震(証人伯野元彦の証言によれば、活断層の状況のほか、地震地体構造をも調査し、直下地震の存在等をも考慮に入れて考えた、右の設計用最強地震を上回るような、およそ現実的ではないと考えられる限界的な地震として想定される地震)による地震力あるいは一定の方式で算定された静的地震力等に耐えることなどの方針を満足しているものであることが要求されている。そこで、以下に、この耐震設計審査指針の定めとの関係で、本件原子炉施設に係る耐震安全性の問題に関する本件安全審査の前記のような判断が合理性を持つものといえるか否かを検討することとする。
(二) 本件敷地周辺の断層等の状況
平成九年変更許可申請に際し、本件敷地周辺の地質・地質構造を把握するための空中写真判読、地表地質調査等の調査が行われているが、その結果(乙一四五号証)などからすれば、本件原子炉施設の耐震設計上考慮の対象となる本件敷地周辺の断層等の状況は、次のとおりであることが認められる。なお、乙第一三三、第一三四、第一四〇、第一四二ないし第一四四号証によれば、文献上本件敷地を中心とする半径三〇キロメートル以内の周辺海域には活断層、断層等は示されていないから、断層等の状況は専ら周辺陸域についてこれを検討することで足りるものと考えられる。
(1) 本件敷地近辺の活断層等
まず、主要な文献上に示されている本件敷地を中心とする半径三〇キロメートル以内の周辺陸域の活断層等としては、鹿島台地西縁部の第四紀後期層の撓曲(乙第一三一号証)、鹿島台地西縁部の活断層(活撓曲を含む。)(乙第一三三号証)、活断層の疑いがあるリニアメント(確実度Ⅲ)として、棚倉破砕帯西縁断層の一部、水府村付近の四本のリニアメント、関口―黒磯リニアメント及び関口―米平リニアメントの七本のリニアメント(乙第一三四号)、鹿島、行方などの活傾動(乙第一三四号証)がある。
このうち、鹿島台地西縁部の撓曲、鹿島台地西縁部の活断層(活撓曲を含む。)及び鹿島、行方などの活傾動については、地表地質調査の結果付近にリニアメントが判読されないことなどから、少なくとも第四紀後期以降の活動性はないものと判断され(乙第一四五号証)、これらは耐震設計に当たって考慮すべき活断層には当たらないものと考えられる。また、棚倉破砕帯西縁断層の一部は、これと連続して最終活動時期が一様と判断される南方延長部において段丘面に変位地形が認められないことなどから、第四紀後期以降活動した事実はないものと判断され(乙第一三四号証)、水府村付近の四本のリニアメントも、一部に断層が認められるが、いずれも小規模な断層で断層面が連続していないことなどから、これは主として浸食に対する抵抗差によって形成された崖線等であるものと考えられ(乙第一四五号証)、したがって、これらも耐震設計上考慮する必要はないものと考えられる。
さらに、関口―黒磯リニアメントの推定位置付近には断層が認められないことなどから、右リニアメントは浸食に対する抵抗差によって形成されたものと考えられ(乙第一四五号証)、また、関口―米平リニアメントについても、ほぼ直線状の谷にみられる急崖等は熱水変質を受けた破砕部とその周辺の花崗岩類との浸食に対する抵抗差を反映したものと考えられること(乙第一四五号証)から、これらも耐震設計上考慮する必要はないものと考えられる。
(2) 本件敷地周辺のその他の活断層
本件敷地を中心とする半径三〇キロメートル以遠の断層であって、本件敷地への影響を考慮する必要がある断層として、関谷断層、神縄・国府津―松田断層帯及び烏山―菅生沼断層が存在する。このうち、烏山―菅生沼断層については、その部分にリニアメントが見つからず、また、その断面図でレベルの食い違いがみられないこと(乙一四五号証)から、本件原子炉施設の耐震設計との関係では、関谷断層と神縄・国府津―松田断層帯について検討すれば足りるものと考えられる(乙第一六四号証、証人伯野元彦の証言)。
(三) 本件原子炉施設の耐震設計
(1) 耐震設計上考慮すべき地震等
本件安全審査においては、過去の地震歴の調査結果等から、本件敷地付近に比較的大きな地震動を与えたと思われる過去の地震として、一六八三年の日光地震から一九三八年の磐城沖地震までの五つの地震を選定していることは、前記引用に係る原判決の説示(原判決三―一五八頁で引かれている同二―一〇九頁三行目ないし一一〇頁一〇行目)にあるとおりである。
これに対し、平成九年変更許可申請の際の調査結果においては、種々の地震資料による過去の地震歴の更に詳細な調査結果等から、東海地点に震度五程度以上の影響を与えたと推定される地震として、八一八年の関東諸国の地震から一九三八年の福島県東方沖地震までの合計一二の地震を選定し、そのうち本件敷地への影響が最も大きな地震としては、鹿島灘の地震(一八九六年、マグニチュード7.3、震央距離三五キロメートル)が選定されており(乙第一五六号証)、安全審査会における調査審議の結果でも、この調査結果、選定等は適切なものであるとする結論が出されている(乙第一六四号証、証人伯野元彦の証言)。
(2) 本件敷地基盤における設計用地震動
本件安全審査においては、本件原子炉施設の耐震設計上考慮すべき設計用地震動の設定に当たって、前記のとおり選定した過去の地震のうち本件敷地付近に最も大きな地震動を与えたものを日光地震(一六八三年、マグニチュード7.3、震源距離八二キロメートル)、東京湾北部地震(一八九四年、マグニチュード7.5、震源距離一〇二キロメートル)及び磐城沖地震(一九三八年、マグニチュード7.5、震源距離一〇二キロメートル)であるものとし、これらの地震による敷地基盤における地震動の最大加速度をいずれも七一ガルであるものと推定し、その結果、設計用地震動の最大加速度を右の最大加速度に対して十分余裕をとって一八〇ガルと設定したこと(乙第二号証)が妥当なものと判断されていることは、前記引用に係る原判決の説示(原判決三―一五八頁で引かれている同二―一一〇頁一一行目から二―一一一頁一〇行目まで)にあるとおりである。
これに対し、右の平成九年変更許可申請の際の調査結果においては、本件敷地への影響が最も大きな地震として選定された鹿島灘の地震(マグニチュード7.3、震央距離三五キロメートル)を基に、前記のとおり検討の対象とすべき活断層である関谷断層及び神縄・国府津―松田断層帯の存在を考慮に入れて、設計用最強地震(歴史地震としてはマグニチュード7.3の一八九六年の鹿島灘の地震、活断層の地震としてはマグニチュード7.5の関谷断層の地震)の基準地震動の最大加速度振幅が一八〇ガル、設計用限界地震(活断層の地震としてはマグニチュード8.5の神縄・国府津―松田断層帯の地震、地震地体構造による地震としてはマグニチュード7.75の太平洋プレートと陸側のプレート境界の地震、直下地震としてはマグニチュード6.5の震源距離一〇キロメートルの地震)の基準地震動の最大加速度振幅が二七〇ガル(活断層及び地震地体構造による地震の場合)及び三八〇ガル(直下地震の場合)と策定されており、これらの地震動の策定は、既存の種々の研究内容と比較しても整合性、信頼性のある適切なものであることが認められる(乙第一五七、第一六四号証、証人伯野元彦の証言)。
(3) 本件安全審査における耐震設計の審査の適否
右の平成九年変更許可申請の際の調査結果による設計用最強地震動の数値等を前記の本件安全審査における設計用地震動の数値と対比すると、設計用最強地震の最大加速度の一八〇ガルという数値は、本件安全審査における設計用地震動の最大加速度の数値の一八〇ガルと同一になっている。したがって、この点で、本件安全審査における耐震審査が、現行の耐震設計審査指針に照らしてみても、妥当なものであることが確認されたこととなるものというべきである。
もっとも、本件安全審査においては、右の平成九年変更許可申請がその前提とする現行の耐震設計審査指針の要求している安全審査の方法である設計用限界地震に基づく基準地震動をも想定した上での審査、すなわち、活断層及び地震地体構造から想定される地震については二七〇ガル、直下地震から想定される地震については三八〇ガルの各最大加速度振幅の地震動に対しても、本件原子炉施設のうちの安全対策上特に緊要な施設の機能が保持されるように設計されているか否かの点の審査は、直接には行われていないということになる。しかし、本件原子炉施設の耐震設計においては、地震力によって建物等に発生する応力を弾性限度内に収めるという、いわゆる弾性設計が行われており、そのため、経験上、構造物は設計地震動に対して概ね四倍程度の安全余裕度を持つこととなるものと考えられているところである(乙第一六四号証、証人伯野元彦の証言)。しかも、平成七年九月に資源エネルギー庁が行った検討の結果によれば、本件原子炉施設について、右の設計用限界地震動の最大加速度振幅である二七〇ガル及び三八〇ガルという数値を基に、現行の耐震設計審査指針に定められた方法によって審査を行った場合においても、その耐震安全性が確保されることが確認されていることが認められるのである(乙第一〇二、第一六四号証、証人伯野元彦の証言)。
これらの事実からすれば、現行の耐震設計審査指針の定めとの関係においても、本件原子炉施設に係る耐震安全性の問題に関する本件安全審査の判断は、合理性を有するものであることが認められることとなるものというべきである。
3 控訴人らの主張等について
(一) 審査基準の不備の主張について
控訴人らは、本件安全審査の時点では、原子炉施設の耐震設計に関する審査基準の定めは極めて不十分なものであり、現行の耐震設計審査指針にあるような設計用最強地震及び設計用限界地震という二種類の設計用地震を想定してそれらに対応した耐震設計を要求するといった具体的な審査基準の定めは置かれていなかったから、このような不十分な審査基準によってされた本件安全審査は、現時点における科学技術水準からすれば、不合理なものというべきであると主張する。
しかし、本件原子炉施設の耐震設計が、現行の耐震設計審査指針を前提とし、同指針に定められている設計用最強地震動及び設計用限界地震動の最大加速度の数値等を基にした場合においても、その耐震安全性が確保されるものとなっていることが確認されていることは、前記のとおりである。したがって、控訴人らのこの主張には、理由がないものというべきである。
なお、控訴人らは、鳥取県西部地震の際に活断層の全く知られていない地点でマグニチュード7.3もの地震が発生していることからして、直下地震としてマグニチュード6.5のものを想定すれば足りるものとしている現行の耐震設計審査指針の定めが誤りであることが明らかになったものとし、また、この鳥取県西部地震の際の地震動の数値をもとに計算してみると、現在の安全審査の手法で想定される設計用限界地震の最大速度振幅が現実に生じたものよりはるかに小さくなるから、この点からしても、現行の耐震設計審査指針の定めは不合理なものであることが明らかであると主張する。確かに、平成一二年の鳥取県西部地震の際にマグニチュード7.3という規模の地震動が観測されていること(甲第三七一、第三七三号証)からすると、原子炉施設の更なる耐震安全性の確保という配慮から、このような観測結果をも踏まえたより慎重な審査指針が策定されることが望ましいものとも考えられるところである。
しかしながら、現行の耐震設計審査指針における直下地震の想定は、原子炉施設の敷地等の調査の結果その近傍に直下地震が発生するという事態が考えられない場合においても、十分な耐震安全性を確保するという見地から敢えてこれを設計用限界地震の一つとして無条件で想定すべきものとされているという性質のものであること、また、鳥取県西部地震については科学的な研究、考察がいまだ十分に行われているものとはいい難いことがうかがえ、さらには、前記のとおり、原子炉施設の耐震設計においてはいわゆる弾性設計が行われていることなどから、現実の構造物は設計地震動に対して相当程度の安全余裕度を持つこととなるものとされているところである(証人伯野元彦の証言)。これらの事情からすると、鳥取県西部地震の際に実測値として右のような観測値が得られたとの一事をもって、現行の耐震設計審査指針の定めが直ちに合理性を欠くものとされることとなり、それによって、この点に関する本件安全審査の内容自体が違法とされることとなるものとまですることは、なお困難なものというべきである。
(二) 本件敷地の地盤に関する主張について
控訴人らは、本件敷地の地質は、軟岩に属する砂質泥岩であって、劣悪な岩盤であり、また、本件敷地の地盤は、砂質泥岩層に砂(固結)が含まれており、一様な基盤とはいえないものであるなどと主張する。確かに、本件敷地における弾性波による物理探査、ボーリング調査等の結果によれば、本件原子炉施設の支持地盤は、新第三紀に形成された砂質泥岩であることが認められる(乙第二号証)ところである。
しかし、平成九年変更許可申請に当たって行われた本件敷地及び敷地周辺の地表地質調査、ボーリング調査、ボアホールテレビ調査等の最新の調査結果によれば、久米層からなる本件敷地の基礎岩盤が、久米層がほぼ水平に堆積し、断層、弱層等のない良好な岩盤であり、岩石検査の結果によっても、地盤物性の場所的変化が少なく、異方性のない良好な地盤であることが確認されており、その許容支持力度の面でも十分余裕のあるものであることが確認されていることは、前記のとおりである。したがって、この点に関する控訴人らの主張にも、理由がないものというべきである。
(三) 日本敷地付近における地震動に関する主張について
控訴人らは、また、本件原子炉の耐震設計上考慮すべき地震の範囲、内容等について、本件安全審査に当たって考慮の対象とされた地震の範囲等に一部脱落があるなどの著しい不備があり、本件敷地がいわゆる「地震の巣」に取り囲まれていることが考慮されておらず、さらには、そもそも、本件安全審査がその前提としている同一地域では同様の規模で地震が発生するものとする知見自体が当てにならないものであるなどと主張する。
しかし、控訴人らが検討の対象から脱落しているとする一六七七年の「磐城・常陸・安房・上房・下房の地震」等については、これらが本件原子炉の設計用地震動を設定するに当たって現に検討の対象とされていることが認められる(甲第二六六号証)ところである。また、この「磐城・常陸・安房・上房・下房の地震」については、かつてはそのマグニチュードが7.4であるものとされてきた(乙第一七二号証)のが、本件設置許可処分後に発行された文献である「理科年表昭和六四年」(乙第一七三号証)等の記載では、その地震の規模がマグニチュード8.0に修正されている。しかし、この地震については、同時に、その震源も本件原子炉施設からより遠い位置に修正されている(乙第一七二、第一七三号証、証人伯野元彦の証言)から、この地震に対する評価の変更が、本件原子炉施設の耐震安全性に影響を与えるものとまでは考えられないところである。さらに、控訴人らの主張にある「地震の巣」の点も、これを中小規模の地震が比較的発生しやすい地域を指すもの(乙第九九号証)と解する限り、これによって、大規模の地震が近距離で発生した場合を想定して検討される原子炉施設の耐震安全性の問題に関する判断が左右されるものではないというべきである。
また、平成九年変更許可申請の際の調査において本件敷地に影響を与えたと推定される過去の地震歴を調査するための資料としては、我が国において最も信頼性が高い資料と一般に認められている各種の地震資料が用いられていることが認められる(乙第一五六、第一六四号証、証人伯野元彦の証言)のであり、これらの資料に基づく検討、判断は、地震は同一地域においてほぼ同様の規模でくり返し発生している例が多く、過去に地震が発生している地域では将来も同様の発生機構により同様の地震が発生する可能性が高いものとする地震学における一般的な知見(証人大崎順彦の証言参照)を基にして行われているものと考えられるところである。これらの点からすれば、控訴人らの右のような非難も、根拠がないものというべきである。
その他の耐震設計上考慮すべき地震の範囲等に関する控訴人らの主張も、前記のとおり地震学等に関する一般的な知見等からして妥当なものであることが確認されている本件安全審査におけるこの点に関する判断の合理性を覆すに足りるものとまですることは、困難なものというべきである。
(四) 地震の影響評価等に対する主張について
控訴人らは、原子炉施設の敷地に対する地震の影響評価を地震規模・震源距離を関数とする金井式あるいは大崎の方法によるべきものとする本件安全審査の耐震安全審査の判断基準自体に問題があるものとし、むしろ、地震動の揺れの大きさは、断層距離や地盤の良否に支配されるものであるから、本件安全審査における耐震設計の審査には合理性がないものと主張する。
しかしながら、地震学における一般的な知見では、震度と震源距離又は震央距離との間には一般的に相関関係が認められているところであり、また、平成九年変更許可申請に際し、本件敷地に対して地震動による影響を与える可能性のある活断層について、その規模や活動性をも評価した検討が行われており、その検討、評価の結果が相当なものと認められることは、前記のとおりである。さらに、本件敷地基盤における地震動の最大速度振幅を算定するために用いられている金井式は、岩盤上(基盤)における地震動の最大速度振幅、震源距離及びマグニチュードの関係を表す実験式であり、地震工学の分野において一般にその妥当性が十分に認められており、今日においてもなお重用されているものであることから、本件原子炉を支持する岩盤上における地震動を算定する算式としてこの金井式を用いることは妥当なものと考えられていることが認められるのである(乙第一六四号証、証人大崎順彦及び同伯野元彦の各証言)。また、控訴人らは、金井式の基となったデータはマグニチュード4.0ないし5.1程度の限られた範囲の地震に関するものであると主張する。しかし、確かに、金井式が当初作成されるに当たって基礎とされたデータは控訴人らの主張するような範囲のものであったが、その後、マグニチュード5.4を超えるような規模の地震に関する金井式の適用の可能性が検証され、これを可とする結論が得られていることが認められるところである(乙第一七五号証)。
次に控訴人らは、金井式による計算では、遠くの巨大地震の加速度が著しく過小評価される場合が多く、現に阪神大震災で起こった震源距離の近い地点の震度より震源距離の遠い地点の震度の方が大きくなっている現象を説明できないことになるなどと主張する。しかし、控訴人らの主張は、阪神大震災等における地震計で測定された地表面上の観測データを根拠とするものと考えられるところ、基盤における地震動は、基盤と表層との間の地層を通過して地表面に達するまでの間に大きく増幅される特性をもっているため、基盤における地震動を金井式によって計算した数値と地表面における地震計等による観測値との間には、当然大きな開きが生じることとなり、したがって、金井式による計算値と地震計で測定されたデータとの間に違いがあっても、それが金井式の妥当性を疑わせることとなるものではないものと考えられるところである(乙第一六四号証、証人伯野元彦の証言)。
さらに、控訴人らは、金井式では、震央距離が大きいのに震度階が異常に高くなる異常震域と呼ばれる区域があることが考慮されていないから、金井式を用いて策定された設計用地震動には不備があるものと主張する。しかし、異常震域と呼ばれる現象は、深い場所で発生した地震(深発地震)では、震央付近では無感であるのに、東日本の太平洋側では有感となる現象をいうものとされ、したがって、一般にこの異常震域が現れるような地震は、深発地震であるためその震源は遠いものと考えられる(乙第九九、第一七四号証)。ところが、原子炉施設の耐震設計に当たって考慮する必要があるのは、その敷地に大きな影響を与えることとなるような地震、すなわち、震源が浅く、震源距離も比較的短く、かつ、規模の大きな地震なのであって、深発地震による影響というのは、このような原子炉施設の耐震設計において考慮されるべき地震の影響に比べると相対的に小さいものと考えられるところである。そうすると、金井式を用いてこのような地震による影響を評価することをしなくても、それによって、原子炉施設の耐震設計の妥当性が失われることとなるものとまでは考えられないものというべきである。
また、控訴人らは、本件敷地の岩盤が軟岩であることからして、本件申請で用いられている表層と地盤(基盤)との地震動の比率に関する考え方(基盤で一八〇ガルの加速度を持った地震を考えることは、地表面での約三五〇ガルないし五五〇ガル程度の地震を予想していることになるとする考え方)が誤りであると主張する。しかし、この点も、本件原子炉施設の敷地における表層と基盤との地震動の比率に関する知見に照らして、本件申請で用いられている右のような考え方については、その妥当性が認められるものというべきである(証人伯野元彦の証言)。
なお、控訴人らは、本件安全審査に用いられた河角マップについても、現在の時点でみればその裏付けとなる理論が誤っており、これが欠陥のあるものであるとも主張する。しかし、本件安全審査においては、河角マップは、本件原子炉施設の所在地である東海村周辺の地震活動性を他の地域のそれと比較するための資料として用いられているにすぎず、これが設計用地震動の策定の根拠とされているものではなく、また、このマップを、各地方における地震の活動度及び地震発生の度合いを推定するための資料として用いることは、一般に是認されているところであることが認められるのである(証人大崎順彦の証言)。
したがって、控訴人らのこれらの点に関する主張も、本件安全審査の合理性を覆すに足りるものではないというべきである。
(五) 阪神大震災の影響に関する主張について
なお、控訴人らは、本件原子炉施設の設計用地震動の加速度が一八〇ガルにすぎず、阪神大震災と同規模の震災が発生すると、それだけでその地震動に耐えられないことが明らかであるなどと主張する。
しかし、本件安全審査あるいは平成九年変更許可申請の際の調査においては、過去の地震歴や活断層の活動性等からして、本件敷地について耐震設計上考慮すべき地震を適切に選定した上で、その耐震安全性が検討、審査されていることは前記のとおりである。すなわち、本件敷地周辺には、阪神大震災における活断層のような本件原子炉施設に影響を与える活動性の高い活断層は見当たらないことが確認されているのである。また、原子力安全委員会は、平成七年一〇月五日、阪神大震災の教訓を踏まえた上でも、なお現行の耐震設計審査指針が妥当なものであるとする「平成七年兵庫県南部地震を踏まえた原子力施設耐震安全検討会」の報告書を妥当なものとして了承しているところでもある(乙第一〇三号証の一、二)。
また、控訴人らは、阪神大震災を契機として、専門家の間で、現実の鉛直地震力が水平震度の二分の一を超える場合があることから、これまで水平動に重点が置かれてきた耐震設計を改める必要が指摘されているのに、本件耐震設計では、鉛直地震力が水平震度の二分の一にしか設定されていないから、この点で本件耐震設計の基準は誤っているとも主張する。
しかし、阪神大震災における観測記録では、上下動の最大加速度振幅は水平動の最大加速度振幅に比べて平均的に二分の一を下回るという結果が得られており、水平方向の最大加速度の発生時刻における水平方向に対する上下方向の加速度振幅の比を分析した結果でも、これが二分の一を大きく下回ることとなっており、しかも、原子炉施設はその構造からして全体的に上下方向には特に剛性の高い構造となっていて、上下動が原子炉施設の耐震安全性に与える影響は小さいものとみなすことができることが認められるのである(乙第一〇三号証の一)。
これらの事実からすれば、控訴人らの右の各主張も、いずれもその根拠に乏しいものというべきである。
(六) 安全審査会の審査の手続に関する主張について
控訴人らは、安全審査会の八四部会における本件原子炉の地震、耐震設計等に関する審査が、地盤、地震を専門分野とする審査委員の関与がないままにされたものであり、専門家によって実質的に行われたものとは到底いえず、この点で、本件安全審査は違法なものというべきであると主張する。
しかしながら、本件安全審査には、大崎委員が審査委員として関与しており、同委員は、耐震工学の専門家ではあるが、当然のこととして、耐震工学上必要とされる地質、地盤及び地震に関する知見をも十分に有しており、安全審査会及びその八四部会において地質及び地盤に関する安全性あるいは耐震性に関する問題が議論される場合には必ず出席していたことが認められるところである(証人大崎順彦の証言)。また、本件原子炉施設の敷地の地質、地盤、さらには本件原子炉施設の耐震安全性の問題に関する本件安全審査が、その後の平成九年変更許可申請の際の各種の調査結果等からして、現行の耐震設計審査指針の定めに照らしてみても、その実体的な内容の面で合理的なものであることが確認されていることは前記のとおりである。これらの点からすると、これらの地質、地盤、耐震安全性等の問題に関する本件安全審査の内容自体に不合理な点があるものとは考えられず、控訴人らのこの点に関する主張も、本件安全審査の合理性を覆すには足りないものとする以外ない。
(七) 証人生越忠の証言について
証人生越忠は、本件敷地の地盤や本件原子炉施設の耐震安全性の点について、我が国においては未だ知られていない活断層が多数存在する可能性が高く、これまで活断層の存在が確認されていなかった地点で大きな規模の地震が発生した実例も少なくないこと、活断層の活動度の大きさと地震発生の可能性の間にも必ずしも関連性が認められないこと、本件敷地付近における活断層の調査結果や考慮すべき地震の規模等のデータの正確性、その評価方法等の妥当性にも疑問があること、本件敷地の地盤の性質等からして耐震設計上の最大加速度振幅の策定にも不合理な点があることなどを指摘し、本件安全審査が不合理なものであると証言する。
しかし、生越証人は、古生物層位学を中心とする地質学の専門家であって、一般に原子力発電所の安全審査に当たってその知見等が必要とされるものと解される地震学、耐震工学、建築学といった各専門分野については、専門外であることを自ら認めており、また、本件原子炉施設の敷地の地盤や周辺の地質・地質構造等に関するデータ等についても、自らが現にその調査を行うなどして何らかの知見等を得たとするものでないことを認める証言をしているところである。しかも、その証言内容には、例えば、層せん断力係数を算定する際の地震力について動的地震力と静的地震力とを混同してその立論の根拠とするなどの誤りがあること(証人伯野元彦の証言)が認められるのである。さらに、そもそも同証人の証言は、結局は、本件敷地が他の地域に比べて相対的に耐震安全性の面で優れているか否かという観点を離れた一般論、抽象論として、我が国においては、どの地域に活断層が存在するかを確定することは不可能であり、地震がどの地域で起こるかの予測も不可能なのであるから、原子力発電所の設置に適した立地点なるものは存在しないものとし、原子力発電所の設置を絶対的に認めないとする立場に立ったものであることが明らかである。そうすると、この生越証人の証言は、前記のとおり原子炉の設置を一定の要件の下に許容することを前提とした法規である規制法の定めに照らして本件処分の適否を判断するという本件訴訟の性質とも相容れない前提に立ったものとせざるを得ないのである。
これらの点からすれば、右のような生越証人の証言も、本件原子炉施設の耐震安全性等の点に関する本件安全審査の合理性を覆すには足りないものというべきである。
六 チェルノブイリ事故について
1 チェルノブイリ事故の概要等
一九八六年(昭和六一年)四月二六日、旧ソビエト連邦ウクライナ共和国のチェルノブイリ原子力発電所で事故が発生したが、原子力安全委員会ソ連原子力発電所事故調査特別委員会の右のチェルノブイリ事故に関する昭和六一年九月九日付けの第一次調査報告書「ソ連原子力発電所事故調査報告書―第一次―」(乙第七八号証)及び昭和六二年五月二八日付けの最終報告書「ソ連原子力発電所事故調査報告書」(乙第七九号証)並びに弁論の全趣旨によれば、右の事故の概要とその評価は、次のとおりであるものとされている。
(一) チェルノブイリ原子力発電所では、一九八六年(昭和六一年)四月二五日に保守のため四号炉を停止することとなっており、炉の停止前に、外部電源が喪失してタービンへの蒸気供給が停止した場合に、タービン発電機の回転慣性エネルギーによりECCSの一部など所内の電源需要にどの程度対応できるかを調べる試験を行うことになっていた。四月二五日午前一時、試験計画に従って運転員は定格出力三二〇万キロワットで運転していた炉の出力低下を開始し、一三時五分、炉の出力が一六〇万キロワットとなり、一四時、試験計画に従ってECCSが切り離され、その後約九時間にわたって、ECCSを切り離したまま、一六〇万キロワット運転が続いたが、これは、運転規則に違反するものであった。二三時一〇分、運転員は一六〇万キロワットから出力低下を再開し、低出力時の運転規則に従って局所出力自動制御系から平均出力自動制御系に切り替えたところ、平均出力自動制御系と出力の同期がとれず、自動制御装置が作動しなかったため、出力が急激に低下し始め、三万キロワット以下にまで低下した。四月二六日午前一時になって、運転員は制御棒を手動で引き抜くことにより出力を二〇万キロワットに何とか維持することができたが、それ以上の出力上昇は困難な状況であった(なお、七〇万キロワット以下での長時間運転は、運転規則に違反していた。)。それにもかかわらず、試験を実施するための準備が進められ、一時三分、七分に、既に作動していた六台の主循環ポンプ(各ループ三台ずつ)に加えて、さらに各ループ一台のポンプを起動させた。この結果、炉心での発熱量に対して流量が過大となり、炉心ボイド率の減少の結果、流動抵抗が減少し、炉心流量は規定値よりも増大した(冷却材流量を過大にすることは、運転規則により禁止されていた。)。炉心ボイド率の減少に伴い反応度が減少し、また気水分離器圧力及び水位が低下した。運転員は、給水流量を増やしたが、低出力下では出力及び給水の制御が難しく、気水分離器水位の回復は困難であった。気水分離器水位及び圧力に関する原子炉緊急停止信号による炉の停止を防ぐため、一時一九分、運転員は同信号をバイパスさせた(これも規則違反である。)。運転員は気水分離器水位の低下を防ぐため気水分離器への給水流量をさらに増やし始め、これに伴い気水分離器から低温の冷却水が炉心に流入したため、ボイド率がさらに減少し負の反応度が印加され、出力維持のために自動制御棒が上限停止位置まで上昇した。そのため、運転員は手動制御棒を引き抜いて出力を調整しなければならなくなり、この結果、反応度操作余裕がさらに低下した。一時二二分三〇秒、運転員は計算機からの出力データにより反応度操作余裕が炉の緊急停止を要する値以下の値になっていることに気付いたが、運転員はこれを無視して炉を停止しなかった(これは、重大な運転規則違反であり、もしこの時点で炉を停止していれば、今回の事故は当然防げたはずであった。)。
一時二三分、原子炉は出力二〇万キロワットの運転状態にあったが、低出力運転のため反応度出力係数は正となっており、ほとんどの制御棒が引き抜かれていたため、原子炉の緊急停止のための反応度操作余裕が極端に減少し、かつ、冷却材ボイド係数が大きくなっており、圧力の低下及び給水流量の急減により冷却材温度が飽和温度近くになり炉心全体でボイドが発生しやすい状況になるなど、原子炉は非常に不安定な状態になっていた。試験に先立ち、運転員は第八タービン発電機トリップによる原子炉緊急停止信号をバイパスした。これは、最初の試験が不成功の場合、速やかに再試験ができることを意図したものであるが、試験計画にも違反していた(この違反がなければ、今回の事故を防止し得た可能性が高く、これが最後の重大な違反となった。)。一時二三分四秒、運転員は第八タービン発電機の蒸気停止加減弁を閉じ、試験を開始した。同弁閉により蒸気流が絶たれたためタービン発電機がコーストダウンし始め、気水分離器圧力が上昇し始めた。また、八台の主循環ポンプのうち四台がコーストダウンしている第八タービン発電機から負荷を取っていたため、炉心流量が減少し始めた。同時に、第八タービン発電機に接続している給水ポンプのコーストダウンにより給水流量が減少し、それに伴い冷却材の温度が上昇した。この結果、炉心ボイド率が増加するとともに出力がゆっくりと上昇し始めた。これを見て、一時二三分四〇秒、直長は運転員に炉の緊急停止を命じ、緊急停止用ボタンが押されたが、ソ連の発表によれば制御棒が効き始めるまでには六秒程度を要する制御棒配置にあったため、出力上昇を抑えることはできず、出力はさらに上昇し、一時二三分四四秒に出力は定格の約一〇〇倍となった。この結果、多量の蒸気発生、燃料過熱、燃料の溶融破損、微細化した粒子状の燃料による急激な冷却材沸騰、燃料チャンネルの破損へと進行した。
一時二四分、爆発が二回発生した。全ての圧力管及び原子炉上部の構造物が破壊されるとともに、燃料及び黒鉛ブロックの一部が飛散した。クレーンと燃料交換機が落下し、上部遮蔽体はほぼ垂直位置となるまで移動した。原子炉建家の屋根も破壊された。また、炉心の高温物質が吹き上げられて原子炉施設、機械室等の屋根に落ち、三〇を超える箇所から火災が発生した。これに伴い、多量の放射性物質が環境に放出された。
ソ連の推定によれば、放出された燃料は、プラント敷地内に0.3〜.05パーセント(炉心初期蓄積量に対する割合)、敷地から二〇キロメートル以内に1.5〜2パーセント、そして二〇キロメートル以遠に一から1.5パーセント散在したとされている。なお、このチェルノブイリ事故によって、発電所敷地内はもとより、敷地外の旧ソ連各地、さらにはヨーロッパ諸国等に放射線物質による汚染が拡がり、ヨーロッパ諸国においても、葉菜について放射線物質の沈着による汚染が認められ、牧草を食べる動物の肉類中にも放射線濃度の上昇がみられる事態となった。
(二) ところで、チェルノブイリ発電所で右の事故を起こした原子炉は、旧ソ連が独自に開発した、黒鉛を減速材とし、軽水を冷却材とする黒鉛減速軽水冷却沸騰水型炉(RBMK)である。本件原子炉を含む我が国のBWRにあっては、ボイド係数が負の値を有し、前記のとおり、原子炉内でのボイドの増加によって中性子の減速効果が低下し、核分裂反応が抑制されるという性質があるのに対し、右のチェルノブイリ発電所の原子炉は、大きな正のボイド係数を有しており、低出力では反応度出力係数が正となる設計、すなわち固有の自己制御性がなくなるという設計上の特徴を有している。ところが、このような炉特性に対応した原子炉緊急停止系の設計が不十分であって、この点に対する対策は、運転規則によってしか担保されておらず、警報、インターロック、自動停止等の設備面における対策が何ら採られていなかった。すなわち、チェルノブイリ四号炉の原子炉緊急停止系は、緊急停止時に制御棒を挿入し、十分な負の反応度を投入することにより原子炉を停止させる設計ではあるが、この反応度投入速度は反応度操作余裕がある値以上ないと保障されないものであり、しかも、この反応度操作余裕の確保は、運転規則によってしか担保されていなかったのである。
しかも、右のとおり、チェルノブイリ事故は、原子炉の通常停止の過程で、発電所外部の電源が喪失してタービンへの蒸気供給が停止した場合、タービン発電機の回転慣性エネルギーがどの程度発電所内の電源需要に応じることができるかという、極めて特殊な試験を行おうとした際に、運転員が多数の規則違反を犯したという特殊な状況の下で発生したものである。すなわち、運転規則では低出力(原子炉熱出力七〇万キロワット以下)での連続運転は厳重に制限されていたのに、運転員が二〇万キロワットの低出力で運転を継続したため、原子炉が不安定な状態に置かれていた上、運転規則に違反してほとんどの制御棒が引き抜かれていたことから、反応度操作余裕が不足して停止機能も大幅に低下しており、しかも、二基のタービン発電機の停止信号に基づいた原子炉の自動停止系のための保護信号もバイパスされているという状態で試験が強行され、原子炉に擾乱が与えられたため、原子炉の出力が上昇し、その出力上昇を抑制することができず、事故に至ったものである。
以上を総合すると、右のチェルノブイリ事故は、いわゆる反応度事故であり、その原因は、そもそも原子炉の設計内容自体に多重防護の思想の適用という面で不十分、脆弱な面があったことが背景となり、それに加えて、運転員の多数かつ重大な規則違反行為により、設計者が予想しなかったような危険な状態を原子炉に導き、しかも、運転員は、数々の規則違反を犯しながら、原子炉が今どれほど危険な状態になっているかについての認識がなかったか、あるいは極めて不十分であったということにあるものと解されるところである。
2 チェルノブイリ事故と本件原子炉の安全性
控訴人らは、右のチェルノブイリ事故が、急性放射能障害により多数の人命を奪い、大量の放射性物質を広大な旧ソ連領土のみならずその国境を越える世界にも飛散させ、全世界に計り知れない被害をもたらした大事故であり、しかも、これまで関係者の間では起こり得ない類型の事故として扱われていた核暴走事故(反応度事故)であることなどからして、このような事故が発生したこと自体が、本件安全審査が規制法二四条一項四号要件に違反していることを示すものであると主張する。
しかし、本件原子炉を含む我が国のBWRについては、それが原子炉出力の過渡期の変化に対して反応度出力係数が出力の変化を抑制する効果を持つ設計となっていて、固有の安全性を有しており、しかも、このような原子炉の特性を前提とした上で、出力の上昇により燃料温度が急激に上昇した場合等を想定しても安全性が確保できる設計となるなど、適切な設計上の安全確保対策が講じられていることは、前記引用に係る原判決の説示及び前記の当裁判所の補足説示にあるとおりである。すなわち、本件原子炉については、本件許可処分あるいはその後の各変更許可処分の際の安全審査において、その基本設計に関し、原子炉に異常な反応度が投入され核分裂反応が異常に急上昇する事象に対しては、すべての出力領域で反応度出力係数が負となること、すなわち自己制御性を有していることが確認されており、さらに、反応度が投入される事象に対する設計の妥当性を評価確認するため、厳しい条件を仮定した反応度投入事象を想定して解析評価等を行った上で、その安全性が確保されることが確認されていることも前記のとおりであって、そもそも、チェルノブイリ事故の要因となった前提事実自体が存在しないものと考えられるところである。さらに、チェルノブイリ事故の発生については、運転員の多数かつ重大な規則違反行為の存在という、基本的に原子炉設置許可の段階の安全審査の対象とはならない事項がその大きな原因となったものと考えられることも前記のとおりである。
このような点からすると、確かに、前記の原子力安全委員会ソ連原子力発電所事故調査特別委員会の各報告書でも指摘されているように、このチェルノブイリ事故は、原子力発電所のような複雑巨大なシステムにおいて、人間と機械とがどのように役割を分担すべきか、それぞれが相手の領域を侵さないようにどのような防護策を用意すべきかという、基本的な問題の重要性を改めて示したものと考えられるところである。しかし、本件訴訟の審理の直接の対象事項となる原子炉設置許可の段階におけるその基本設計に係る原子炉の安全性という問題に関していえば、いわゆる反応度事故に対する安全性という面で、チェルノブイリ事故を発生させた原子炉と本件原子炉とを直ちに同一視することはできず、したがって、チェルノブイリ事故が発生したという事実から、本件原子炉の基本設計に係る安全性に関する事項について行われた本件安全審査の合理性が、直ちに否定されることとなるものとすることは困難なものというべきである。
第七 結論
以上のとおり、原判決中、もはや本件処分の取消しを求める訴えの原告適格を有しないこととなった控訴人黒田定夫の訴えをも適法なものとして、この訴えに係る請求について本案の判断を示した部分は、現時点においては失当というべきこととなり、同控訴人の訴えは却下を免れないものというべきであるが、その余の控訴人らの請求を棄却した部分は相当であり、右の各控訴人らの控訴にはいずれも理由がないものというべきである。よって、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官・涌井紀夫、裁判官・宇田川甚 裁判官・合田かつ子は、退官したため、署名・押印することができない。裁判長裁判官・涌井紀夫)
略語例
以下、本判決においては、原判決別紙略語表記載の略語のほか、別紙略語表記載の略語を用いることとする。ただし、正式の用語を用いる場合もある。
略語表
新安全設計審査指針
発電用軽水型原子炉施設に関する安全設計審査指針(平成二年八月三〇日原子力安全委員会決定)
安全評価審査指針
発電用軽水型原子炉施設の安全評価に関する審査指針(平成二年八月三〇日原子力安全委員会決定)
重要度分類指針
発電用軽水型原子炉施設の安全機能の重要度分類に関する審査指針(平成二年八月三〇日原子力安全委員会決定)
ECCS性能評価指針
軽水型動力炉の非常用炉心冷却系の性能評価指針(昭和五六年七月二〇日原子力安全委員会決定)
反応度投入事象評価指針
発電用軽水型原子炉施設の反応度投入事象に関する評価指針(昭和五九年一月一九日原子力安全委員会決定)
耐震設計審査指針
発電用原子炉施設に関する耐震設計審査指針(昭和五六年七月二〇日原子力安全委員会決定)
地質、地盤の手引き
原子力発電所の地質、地盤に関する安全審査の手引き(昭和五三年八月二三日原子炉安全専門審査会作成)
平成三年変更許可処分
通商産業大臣が平成三年五月二二日付けで日本原電に対してした東海第二発電所原子炉設置変更許可処分
平成四年変更許可処分
通商産業大臣が平成四年二月一八日付けで日本原電に対してした東海第二発電所原子炉設置変更許可処分
平成九年変更許可申請
日本原電が平成九年九月一七日付けで通商産業大臣に対してした東海第二発電所原子炉設置変更許可申請
平成一一年変更許可処分
通商産業大臣が平成一一年三月一〇日付けで日本原電に対してした東海第二発電所原子炉設置変更許可処分(平成九年変更許可申請に対する許可処分)