大判例

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東京高等裁判所 昭和61年(う)207号 判決

所論は,要するに,被告人を死刑に処した原判決の量刑は重過ぎて不当である,というのである。

そこで,原審記録及び証拠物を調査し,当審における事実取調の結果を併せて検討する。

被告人の本件犯行は,S一家6人家族のうち,両親と1歳8か月の男児,6歳の女児,前日誕生日を終えたばかりの9歳の女児の幼い3人の子供を6時間余の間に順次殺害し,そのうち3名の死体を解体或いは切り裂いて損壊した事犯である。まず,殺人の犯行は,当日41歳の誕生日を迎えた母親に対し,その2名の子供の面前であるのも全く意に介せず,頭部を玄能で強打して脳挫創を伴う程の打撃を与え,同女が倒れながら悲鳴をあげて台所に逃げるのを追い掛け,更に玄能の柄が折れるほどの力で数回強打して撲殺し,次いで,出血して倒れている母親の様子を理解すべくもない1歳8か月の幼児が取りすがって泣いているのを見て,若干哀れみを感じたものの,泣き声が通行人らに聞かれるのを恐れると共に,計画通り実行しなければならないとの思いから,予備に買って持ち込んでいた玄能を取り出して同児の頭部を強打して同じく撲殺し,また,母親に対する犯行状況を目の当たりにして殆ど放心状態で立ち尽くしている小学1年生の女児を見て,これにも哀れみを感じながらも,その感情を抑え,玄能で頭部を強打して昏倒させたうえ,手足を動かして苦しみもがいている同女の首を両手で強く締め続けて悶絶死させ,更に,学校から帰って何等の警戒心もなく姉が遠足に行っていることを素直に答えた小学5年生の女児に襲い掛かり,両手を同女の首に掛けて吊り上げ気味に締め付け,ぐったりした同女を倒して電気コードを首に巻き付けて締め付けたうえ,猶も二重巻きにして止どめを刺し,加えて,父親には,まさかりでその頸部,頭部に力一杯切り付け,倒れた同人にも止どめを刺すように最後の一撃を加えて惨殺したものであり,その後の死体損壊の行為は,パンツ1枚になって血に濡れながら,獣蓄解体の道具を使って死体の首,四肢,胴体を切断,切開,粉砕する作業を行ったものであり,この一連の犯罪行為の手段方法は,あらかじめ各被害者に応じた方法,手順を考え,そのための道具を準備したうえ,いずれも完全に絶命するまで執拗に実行したもので,子供ら3名に対する犯行の残忍酷薄さはもとより,両親に対する苛烈を極めた徹底的な攻撃をみると,その残虐性はこれに比するものはないというほかなく,その犯行の罪質,態様は最も凶悪なものであり,5名もの貴重な人命を殆ど半日の内に抹殺してしまった結果が極めて重大であることは,何人も異論を差し挟む余地の全くないものといってよく,両親の暖かい愛に育まれながら長い一生の巣立ちを待っていた幼い3人の子供らの恐怖や苦痛は言うに及ばず,その子供らのことを案ずる間もなく恐怖のうちに被告人の最初の凶行に会った母親及び会社から帰宅して家族の安否に思い至った時には既に遅く強烈な一撃を加えられた父親の無念は察するに余りがあり,非常な痛ましさを禁じえない。そして,かけがえのない両親と3名のはらからを一挙に失った長女の悲嘆と怒り,その他の親族らの苦衷と痛憤を思うとき,同人らが等しく被告人に対する痛烈な非難の言葉と共に極刑に処せられるべきであると供述する心情には排斥しがたいものがある。また,本件の動機をみるに,不動産競売により買い受けた土地建物の明渡交渉が行き詰まり,転売先に期限通り引き渡さないときは,自己が経済的及び社会的に破滅すると考え,これを避けるために,その建物に居住するS一家全員を殺害し,同一家が他に転居したように装って転売先に引き渡すこと,明渡交渉の過程においてS夫婦に抱いた憤懣や憎しみを晴らすことにその動機があったのであるが,被告人が6月初め,任意の明渡がなければ一家全員を殺害するという条件的な殺意を抱いた時点においては,S夫婦に対する憤懣といえども,殺意形成の動機となるほどのものではなく,本件当時においても後者は付随的な動機でしかなかったのであり,本件の主要な動機は前者であって,もともと不動産取引によって利益を得ようと考えて始めたことに端を発しており,このような自己の経済的利益と保身を理由にかけがえのない多数の生命を犠牲にするということの悪質性はいうまでもなく,厳しい非難を免れない。しかも,被告人は,前示のような条件的な殺意を抱くや,自己が夜間高校時代父の会社の養豚,食肉販売部で働いていた際に屠殺場で見かつ経験した屠殺及び解体の方法にヒントを得て殺害及び死体解体方法を考え付き,約1か月に亙ってこれを具体的に確定し,犯行の時刻,手順などを綿密周到に計画する過程で,金物店,屠殺用具店等で多数の道具類を,予備の物まで購入して準備し,しかも,このような行動を家族の者らにも察知されないよう配慮を尽くし,準備のために犯行道具類を保管し,場合によっては死体解体或は梱包の場所とするために密かに偽名でマンションまで借り受けるなどしており,この徹底した計画と準備が逆に被告人の犯意を強固ならしめ,犯行に着手してから十数時聞に及ぶ殺害及び死体解体行為の実行力となり,凶悪,残忍な犯行を継続する要因となったもので,以上の計画段階から犯行の途中までにおいても,これを思い止どまる心機を得なかったというのは,被告人の著しい犯罪性を示すものというほかない。本件は,不動産鑑定士という専門職にあった被告人が建物明渡のために一家全員を殺害しようとした凶悪犯罪として一般社会に与えた衝撃は大きく,果たして人間の所業としても有り得るものかと疑い,世人をして慄然とさせたものである。

しかしながら,被告人が,酷寒の季節には雪が降り込むような茅屋で経済的に貧窮な生活を送り,あまつさえ両親の十分な愛情にも恵まれず,不遇な少年時代を送り,能力的にも優れていたわけでもないのに,他の姉妹や弟らと違い,長男としての自覚を持ち,向上心を持って努力し,当時の被告人のような境遇にあったものとしては数少ない1人として大学まで進学し,更に学友の2倍以上の努力を重ねてこれを卒業したことは,そのこと自体被告人の性格の勤勉,着実,粘り強い面の現れであり,前刑を終え,名誉を回復し,社会的にも貢献できる仕事として不動産鑑定士を目指し,9年もの間仕事と勉学をつづけ,最終試験に合格して晴れて不動産鑑定士の資格を得たこともまた容易になし得ることではなく,感服の気持ちさえ禁じ得ないものがある。そして,同伴者としてこの上ない妻を得,素直な2人の子供にも恵まれ,自己の育った家庭を顧みてひたすら現在の家庭を大切に思い,妻子に対し深い愛情を注ぎ,そのために一生懸命働き,妻子からも敬愛される幸福な家庭を築き,不動産鑑定士としても顧客及び同業界での信用も得て,裁判所の鑑定委員に選任されるなど社会的にも貢献しようという初期の目的を遂げるまでに至っていたことは有利な事情として考慮されるべきであろう。

そこで,以上のように被告人が本件犯行に至った経緯の中に,被告人を窮迫した心理に追い込んだ事態があったことを認め,S夫婦の側にも,必ずしも固有の考えによるものではないとはいえ,法律的な面を除いても,常識的にいささか是認しがたい態度があったことを肯定し,被告人の生育歴,環境,性格,前刑服役後の精進とその成果,本件当時の職業,社会的貢献,家庭の状況,真摯かつ深甚な反省の態度等を被告人のため最大限に斟酌し,死刑が人間存在の根源である生命そのものを永遠に奪い去る冷厳な極刑であり,誠にやむを得ない場合における究極の刑罰であることを念頭において被告人の刑事責任を考察するとき,被告人の本件犯行の罪質が極めて悪質であること,動機が余りにも自己中心的で許しがたいものであること,一連の犯行の態様はこのうえなく冷酷,執拗かつ残虐であること,とりわけ,いささかの汚れもない子供3人を含む5名の命を抹殺した結果は余りにも重大であること,その他,遺族の被害感情や本件の社会的影響の強さを考えると,被告人の刑事責任は誠に重大であり,前示被告人に有利な諸情状を併せ考察しても,その罪責の重大さは揺るがず,被告人に前示のような爆発性,攻撃性の気質の現れとみられる殺人未遂等の前科があり,本件までに既に20年余を経てなお同様の気質を基盤とした一層重大な犯行を犯し,被告人が原審公判で供述するように,「人間を動物のように殺した。」という被告人の著しい反倫理性の性向をも考慮するとき,罪刑の均衡と一般予防の見地から極刑を選択するのは誠にやむを得ないものと認められる。

したがって,原判決が,法律上究極の刑罰をもって臨むほかに到底選択の余地を見いだしがたいとして,被告人を死刑に処したのが重過ぎて不当であるとはいえない。

論旨は理由がない。

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