東京高等裁判所 昭和61年(う)235号 判決 1986年5月08日
被告人 伊藤鷹康
昭一一・六・一九生 自動車修理業
主文
本件控訴を棄却する。
当審における未決勾留日数中一〇〇日を原判決の本刑に算入する。
当審における訴訟費用は全部被告人の負担とする。
理由
本件控訴の趣意は、弁護人三枝其行及び被告人各作成名義の控訴趣意書に、これに対する答弁は、検察官須田滋郎作成名義の答弁書に記載されているとおりであるから、これらを引用する。
第一弁護人の事実誤認の控訴趣意について
所論は、原判示第一の事実について、本件の改造拳銃六丁は、いずれも材質がアンチモニアのモデルガンに真ちゆうのパイプをハンダ付けしたものであるところ、アンチモニアの溶解温度が摂氏三八〇度、ハンダのそれが同一八〇度であるのに対し、弾丸発射時に発する摩擦熱は同四〇〇度であるから、このようなものに実包を装填して発射しても銃身が炸裂してしまい実包を発射しえないことは明らかであり、右改造拳銃で実包を発射するためには強力な撃鉄バネを取り付ける必要があることや、現に被告人の作成した実包による発射実験ではベニヤ板に当り痕を残すのみで全くこれを貫通しなかつたことを併せ考えると、本件改造拳銃に実包の発射によつて人畜を殺傷する威力があり、したがつて拳銃にあたるとした原判決には事実の誤認があるというのである。
しかしながら、たしかに、原審で取調べられた神奈川県警察科学研究所技術吏員戸叶和夫作成の各鑑定書によれば、起訴にかかる本件改造拳銃のうちには、撃発操作には支障がないものの弾倉に若干の回転不能が認められるものがある他、ハンマーブロツクの形状が悪いため撃発の作動に若干の不良があり、右ハンマーブロツクをとりはずさないと実包が発射されないものや、排きよう子桿ばねを装填したり(所論にいうような強力な撃鉄バネではない)、ガムテープで弾倉を固定したり、あるいは復原子を外し撃鉄を起した後に引鉄を戻し撃鉄を固定するなどの措置を講じないと、実包が発射されないものが含まれていることが認められるのであるが、同じく右各鑑定書によれば、現にこのようなわずかなかつ容易な措置を講じさえすれば、いずれも実包を発射することができ、発射された実包は一・五メートルの距離に置かれた厚さ二・五ミリメートルのベニヤ板五枚ないし七枚を貫通する威力を有していることが認められるのであるから、その材質の溶解温度や実包発射の際発生する摩擦熱の大きさなどを按ずるまでもなく、いずれの改造拳銃も、いわゆる人畜を殺傷する威力を具えたものであることは明らかであつて、拳銃にあたることは疑いを容れないところというべきであり(なお、本件改造拳銃の一つが、被告人の製造した手製の実包による発射実験ではベニヤ板に当り痕を残しただけで右ベニヤ板を貫通しなかつたことをもつて、右拳銃には人畜を殺傷する威力はないとの所論についていえば、前記戸叶和夫作成の昭和六〇年八月一三日付鑑定書によれば、右実験にかかる拳銃は、そもそも起訴されていない物件に関するものであつて、所論は前提を欠くものである。)、原判決には所論のような事実の誤認はなく、所論は採用できない。論旨は理由がない。
第二弁護人及び被告人の法令適用の誤りをいう控訴趣意について
所論は、原判示第一の事実について、訴因変更により追加された拳銃三丁(押収番号略)は、被告人が逮捕後に警察官の求めに応じて押収された部品を用いて組み立てたものであるが、被告人としてはそれらの部品を廃棄するつもりでいたものであつて、これらを用いて拳銃として完成させる意思はなかつたのに、警察官の説得により製造工程を明らかにするという目的で組み立てたものであるから、これをしも被告人が製造した拳銃にあたるとした原判決には事実誤認ないし法令適用の誤りがあるというのである。
たしかに、右所論の三丁の拳銃は被告人の検挙当時拳銃として完成されておらず、所論のような事情から被告人の逮捕後に警察署内で、被告人方から押収された部品を使つて被告人が組み立てたものであり、これらも被告人が製造した拳銃であるとして訴因変更により審判の対象に組み込まれ、原判決においてもそのように認定されているという経緯は、被告人にとつては、心情的に割り切れないものがないではないと思料されるけれども、原判決は、被告人の検挙後における警察署内での組み立て行為が拳銃の製造にあたるとしているわけではなく、そもそも拳銃の部品はもともと分解可能なものであるところ、右三丁の拳銃についてみれば、本件検挙当時右三丁とも銃身はすでに切削開孔されていて貫通しており、内二丁については撃鉄及び引鉄も設備されていたものであつて、かつ使用された部品のうち弾倉はすでに切削開孔して貫通しているのを用いているのであるから、ドライバー、金づちなど簡単な工具を使えば比較的短時間(所論の六時間余の主張は、起訴されていないかつ銃身内及び弾倉内とも超硬合金をもつて閉塞されている部分を使用して拳銃を組み立てたときの所要時間をもつて弁解するものであつて、前提を異にしている)に拳銃に組み立てられるまでに準備されていたものにほかならず、かつ、これらの部品が被告人方居室のシヨルダーバツクやテレビ台の中など場所的に近接したところに置かれていて、被告人が組み立てようと思えばいつでも容易に拳銃に組み立てうる状況の下に保管されていたこと(その詳細は原判決の説示するとおりである。)自体をもつて、拳銃の製造にあたるとしているのであるから、所論はそもそも原判決の論難としては当を得ないものであるといわなければならない。そして、被告人が本件で検挙されるまで継続的に回転弾倉式モデルガンを改造して多数の拳銃を製造してきたことに徴すれば、これらの部品を廃棄するつもりでいたとか、拳銃に組み立てる意思はなかつた旨の被告人の供述が到底信用できないものであることは明らかであつて、本件の検挙がなかりせば、被告人がいずれ近い時期にこれらの部品を使用して拳銃に組み立てる意思の下に、これらの部品を右のような状況で保管していたものと容易に認めることができるのであるから、原判決がこれをもつて拳銃の製造にあたるとしたのは正当であり、原判決には所論のような事実の誤認も法令適用の誤りもないといわなければならない。所論は採用できず、論旨は理由がない。
第三量刑不当の控訴趣意について
所論は、被告人に対する原判決の量刑が不当に重い、というのである。
そこで、原裁判所が取り調べた証拠を調査し、当審における事実の取調べの結果を参しやくして検討すると、被告人の情状は、原判決が「量刑の事情」の項で詳細適切に説示しているとおりであつて、再犯のおそれも強く、犯情はまことによくないといわざるをえないのであるから、被告人を懲役四年に処した原判決の量刑はまことにやむをえないところと思料され、重過ぎて不当であるとは到底いえない。論旨は理由がない。
よつて、刑訴法三九六条により本件控訴を棄却し、当審における未決勾留日数の算入につき刑法二一条を、当審における訴訟費用を負担させることにつき刑訴法一八一条一項本文を各適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 石丸俊彦 新矢悦二 日比幹夫)