東京高等裁判所 昭和61年(う)703号 判決
論旨は,要するに,原判決は,本件出火原因は,被告人が,解体した家屋の廃材を焼却した場所と出火場所である岩田利喜男方物置小屋との距離が約6.5メートルと近かつたので,右焼却によつて生じた輻射熱によるものと認定したが,右認定は科学的合理的根拠を欠いた推測に基づくにすぎないものであり,…中略…被告人に対し有罪を言い渡した原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認があるというのである。…中略…
原判決挙示の関係証拠によれば,被告人は,昭和59年6月12日午前9時ころから原判示の被告人方庭内において,約12名の作業員の協力の下に,解体した自己所有の木造麦わらぶき2階建家屋から出た大量の麦わら,竹枝柱等の廃材を,建設用重機械(ユンボ)を使用するなどして,径約3メートルないし4メートル余,深さ約1.5メートルの穴に次々に投棄して焼却し始めたこと,同焼却場所中心部から約6.5メートル南西方には岩田利喜男方の木造平家建トタンぶき物置小屋(外壁もほぼトタン張りであるが,切妻屋根の破風部分にはベニヤ板が用いられている建坪約18平方メートルのもの。以下本件小屋という)が存在していたこと,当日は気温約27度,湿度約42パーセント,風向きは北東,風速は1.6メートルであつたこと,焼却を開始して約30分経過したころから火勢が強烈となつたこと,同日午前11時ころには本件小屋付近の,焼却場所から約4.5メートルの距離にある桑の木やつつじの木の葉が熱のため焦げてしおれたこと,同日昼ころ帰宅した岩田利喜男は,右のたき火の煙が自宅に入つてきており,室内が熱かつたので窓を閉めてエアコンデイシヨナーをつけたこと,焼却に従事していた作業員らはたき火が熱くて近寄れず,休み休み作業していたこと,焼却は同日午後も続けられ,同日午後2時30分ころになつて被告人及び作業員らは作業を中止して付近で休憩したが,同日午後2時50分ころシユーという音がして本件小屋の前記ベニヤ板のあたりから炎が吹き出し,わずかの間に屋根と外壁とのすき間から盛んに炎が吹き出して一気に燃え上がり,本件小屋が全焼するに至つたこと,本件小屋内には古新聞,古雑誌,よしず,古むしろなどが保管されていたが,自然発火するような物や灯油などはなく,電気の設備もなかつたこと,当時子供の火遊びや人の出入りもなく,本件小屋付近に存在した火気は前記焼却場所におけるたき火だけであつたことが認められる。それ故,右たき火以外に本件小屋の出火の原因は考え難いのであるが,右たき火から本件小屋への接炎(火炎の接触)や飛び火のあつたことは認められない。しかし,主として本件火災を調査した消防司令補である原審証人古川有一の供述によると,本件焼却場所から北方数メートルの所にある桐の木及び南方数メートルの所にある柏の木(いずれも高さ約8メートル)の上部の葉が枯れたように変色しており,これはたき火によるものと認められるところ,これからするとたき火の炎の高さは,7ないし8メートルにも上つたと推認され,その炎熱は800ないし1,000度に及んでいたと推測されているのであり,その熱の輻射により本件小屋内部は長時間にわたつて加熱・蓄熱され,これによつて本件小屋内にあつた古新聞等の可燃物がすべて加熱されて水分が蒸発し,分解が始まり,炭化が始まつて終了し,その温度が430度程度に上がつて口火がなくても発火する状態となり,ついに一気に燃え上がつたものと推認するのが合理的である。以上によれば,本件小屋の出火原因が,本件たき火の炎から発した輻射熱にあるとした原判決の事実認定は正当であると認められる。
なお,当審において取り調べた「鉱山保安テキスト<坑外>」によれば,火災の際,燃焼物の火炎は,およそ800ないし1,000度程度であるから,それから放射される輻射熱は,かなりの距離にある可燃物に大きな熱量を与えて発火させるに至ることが認められ,また,建物火災の場合,延焼するかどうかの限界となる隣接する建物との間隔(延焼限界距離)は,燃焼建物の高さ,建物の材質及び風速などにより異なるが,輻射熱による延焼限界距離は,裸木建物の場合,おおむね(dは延焼限界距離,hは燃焼建物の高さ)であることが認められるので,hを火炎の高さとして本件にあてはめると,かりに所論のとおり本件焼却場所の炎の高さが2ないし3メートルであつたとしても,右延焼限界距離は7ないし8メートル程度になり,炎の高さが4メートルになれば右距離は10メートルになるのであるから,この点からしても前認定は不合理ではない。