東京高等裁判所 昭和61年(ツ)10号 判決 1987年7月30日
上告人
株式会社伊藤興業
右代表者代表取締役
伊藤清
上告人
福摩一義
上告人
尾登勝英
上告人
遠藤進
右四名訴訟代理人弁護士
佐藤英二
同
本木国蔵
被上告人
大沼夫
右訴訟代理人弁護士
堀江達雄
主文
本件各上告を棄却する。
上告費用は上告人らの負担とする。
理由
一上告人らの上告理由は、別紙上告理由書のとおりである。
二上告理由第一点について
本件訴訟記録によれば、被上告人は、請求の趣旨として、「上告人らが、本件係争地につき、被上告人の承諾に基づく通行権、囲繞地通行権及び通行地役権をいずれも有しないことを確認する。」旨を主張しているが、その意味するところは、「上告人らが本件係争地につき何らの私法上の通行権を有しないことを確認する。」旨の判決を求めているものと解される。
原判決は、その主文において、「上告人らが、本件係争地につき何ら通行を主張する権利を有しないことを確認する。」旨を判示しているが、その趣旨は、原判決の理由をも総合して判断すれば、「上告人らが本件係争地につき何らの私法上の通行権を有しないことを確認する。」旨を判示しているものと解される(既判力があるのは主文に包含されているものに限られるけれども、主文に包含されている内容を、理由をも考慮して確定することは、もとより差支えない。)。
したがつて、原判決は、当事者の申し立てなかつた事項につき判決をしたものとはいえず、原判決に所論の違法はなく、論旨は、採用することができない。
三上告理由第二点について
まず、本件係争地についての、上告人らのいう「私法上の権利としての通行の自由権」の存否自体が本件訴訟の訴訟物になつているか否かについて検討する。
ある土地について建築基準法四二条一項五号によつてされた道路位置指定処分が効力を発生した場合には、その公法上の効果として、右土地の所有者は、同地が他人によつて道路として通行されることを受忍すべき義務を負うにいたり、その反射的利益として、他人は右土地を道路として通行する自由を有することになるが、同時に右自由は、民法上保護すべき自由権(一種の人格権)の性質を有する私法上の権利であると解すべきである(したがつて、状況によつて、右の他人は、右自由権を妨害されたものとして、右自由権に基づき妨害排除の請求をすることができる。)。しかしながら、右自由権は、他者の利益や権利を侵害しない限り自由に行動することができるという包括的な内容を当然に有し、かつ、人間である以上当然に備わつている権利の現れたものであつて、賃借権、通行地役権のように、具体的土地について当該具体的権利ごとに異なつた特定の支配内容を持ち、かつ、当事者の合意その他の事由(例えば時効)によつて初めて発生する権利とは、その性質を異にするものである。右自由権のこのような性質に鑑み、民事訴訟においてその不存在確認を求めることは許されないと解するのが相当である(他人が道路位置指定処分のあつた土地を道路として通行する自由が問題となる場合における、右土地の所有者と右他人との間の権利関係の特質は、右土地の所有者が右処分があつたことにより、他人が右土地を道路として通行することを受忍する義務を負うか否かというところにあるというべきであつて、事案に応じ、右土地の所有者は、右処分の取消しの訴え又は右処分の無効を前提とする妨害排除の訴えなど右受忍義務の不存在を明らかにし又は前提とする訴えを提起することができると考えられる。)。
既に判示したように、被上告人は、「上告人らが本件係争地につき何らの私法上の通行権を有しないことを確認する。」旨の判決を求め、原判決の主文は、この請求をすべて認容したものであるが、右自由権の性質が右判示のとおりである以上、特段の事情のない限り、被上告人は右自由権の不存在確認を求めてはおらず、原判決の主文で不存在が確認されている権利のなかには、右自由権が含まれていないと考えるのが理論上合理的であるし、現実にも、第一、二審における被上告人の主張及び原判決の判文の趣旨も、これと異なるところはないと解される(もつとも、原判決の理由中、右自由権がおよそ私法上の権利ではありえないかのように判示していると解される部分は、以上の判示に照らし、相当でないといわなければならないが、この部分は、既判力を有しない。)。したがつて、右自由権の存否自体が本件訴訟の訴訟物になつていることはないといわなければならない。したがつてまた、原判決があるがために、上告人らが、今後右自由権の主張をすることが許されなくなるわけでもない。
以上判示のとおりであるから、原審が、上告人らの右自由権の主張に関し判断を示さず又は釈明権の行使をしなかつたことがあつたとしても、何ら違法ではない。原判決には所論の違法はなく、論旨は、採用することができない。
四よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官伊藤滋夫 裁判官鈴木經夫 裁判官山崎宏征)
上告理由
第一点 原判決には、判決に影響を及ぼすこと明らかな法令の違反がある。
一、原審において被上告人が請求の趣旨を変更して求めた判決は
「控訴人と被控訴人らとの間において、被控訴人らが別紙物件目録記載(二)の土地のうち、別紙図面(一)中ホ、ニ、ロ、ハ、D、C、B、A'、I、ホの各点を順次直線で結んだ範囲の土地につき、控訴人の承諾に基づく通行権、囲繞地通行権及び通行地役権をいずれも有しないことを確認する」
と云う通行に関する権利を限定して、これ等の権利が被控訴人らにないことの確認を求めるものである。
これに対して、原審判決は、控訴人の求めた裁判の範囲を逸脱して
「控訴人と被控訴人らとの間において、被控訴人らが控訴人に対して、別紙物件目録記載(二)の土地のうち、別紙図面(一)中ホ、ニ、ロ、ハ、D、C、B、A'、I、ホの各点を順次直線で結んだ範囲内の土地につき何ら通行を主張する権利を有しないことを確認する」
と判決した。
原審判決は、被上告人の申立をこえて通行に関する権利を限定することなく、何ら通行を主張する権利がないものと判決主文に判示した。
これは当事者の求めた以上の事項について判決をなしたものである。
二、原判決は、右のように当事者の求めた事項をこえて判示した理由として、判決理由のなかで、「控訴人の請求の趣旨は囲繞地通行権、通行地役権を例示して、私法上の一切の通行権が存在しないことの確認を求めるにあり、結局主文第一項と同趣の判決を求めるものと解される」と説示している。
ところで、被上告人は第一審においては、横須賀簡易裁判所の判決でも明らかなとおり、
横須賀市三春町三丁目一四番五
宅地 二八、八二平方米
の土地について、上告人らの使用禁止を求めたものである。
これは、右土地について何ら通行権がないから、右土地の使用禁止を求めたものに外ならない。
これに対して上告人らは、右土地は昭和五二年三月一〇日に横須賀市長によつて道路位置指定を受けたものであるので、これによつて上告人らも通行する権利があると主張して争つて来たものである。
横須賀簡易裁判所は、両者の主張をきいた上で、上告人らの主張を認めて、被上告人の通行禁止を求める訴を棄却したものである。
そこで、被上告人は、上告人らの土地使用禁止を求めることは困難として、控訴審において請求の趣旨を土地の範囲を縮少した上で、囲繞地通行権、通行地役権、承諾に基づく通行権と権利を限定して、この不存在の確認を求める訴に変更したものである。
上告人らは、この訴に対応して右いずれの権利でもよいが、土地を通行する権利があるとして並列的に囲繞地通行権、通行地役権、承諾に基づく通行権を追加主張したにすぎないのである。
原審は、上告人らは囲繞地通行権、通行地役権、承諾に基づく通行権以外に通行権の主張立証をしてないとしながら、反面で被上告人の主張については囲繞地通行権、通行地役権、承諾に基づく通行権のみの主張しかないのにも拘らず、これは例示的なもので一切の何ら通行する権利がないと被上告人の申立をこえて判決したものである。
これは、従来の訴訟の経過からみて不当なもので、上告人らに充分な防禦をさせないで不意打的に申立の範囲をこえて判決したものと謂わなければならない。
三、ところで、判決の既判力は、主文について生ずるものである。
原判決主文のとおり、本件土地について上告人らが何ら通行を主張する権利がないとすれば、仮りに被上告人が本件土地を上告人らに使用させない妨害行為にでた場合、上告人らはこれを有効に阻止する権利はないことになり被上告人を相手に、私法上の救済を受けることは困難となる(原判決は、公法上の道路位置指定の効果として上告人らが本件土地を通行し得るものであると傍論で述べているが、これでは、使用妨害の場合に上告人らが直接に私法上の権利として裁判所に救済を求めることは困難である)。
原判決が被上告人の求めた裁判のとおり、囲繞地通行権、通行地役権、承諾に基づく通行権のみの不存在を確認したにとゞまるものであれば、被上告人の本件土地使用妨害に対して、なお、別個の私法上の権利、特に後記のとおり道路位置指定による効果としての私法上の通行の自由権を主張し、被上告人の妨害行為に対して妨害排除、予防の救済を私法上求めることができるものであり、被上告人の妨害行為は上告人らの私法上の権利侵害として不法行為を構成することになるのである。
四、以上の如く、原審において被上告人の求めた裁判と、原審判決主文とはその既判力について差異があり、原審判決は被上告人の申立た以上の裁判をなしたもので、明らかに違法であつて、これが判決に影響を及ぼすものであることも明らかであるから取消されるべきものである。
第二点 原判決は、当事者の主張する権利について請求の当否を判断すべきであるのに、上告人ら主張の権利について判断を遺漏した法令違反があり、これは判決に影響を及ぼすことが明らかであり破棄されなければならない。
一、上告人らは、一審において、本件土地は昭和五二年三月一〇日に横須賀市長の道路位置指定を受けたものであるから、上告人らがこれを通行することができるものであると主張して来ている。
一審判決は、上告人らの主張を認めて被上告人の主張を排斥したものである。
この上告人らの主張する権利は、直接的には道路位置指定と云う公法的行為の反射的効果であるとしても、生活に必須の土地であり、民法上保護に値する私法上の権利でもある。この私法上の権利を通行の自由権として、これに基づき通行妨害に対して妨害を排除し、予防することができるものである。(大阪高裁昭和四九、三、二八判決、東京高裁昭和四九、一一、二六判決)
原判決は、この上告人らの主張については判断をしないで判決したもので判断を一部遺漏した判決で違法なものである(原判決は括弧で道路位置指定にふれているが上告人主張の権利について判断したものとは認め難い)。
二、上告人らの道路位置指定に基づく通行の自由権の主張は、必ずしも明確に一審で表現されていないうらみがある。
仮りに、右自由権の主張がないとしても、上告人らは本件土地について、権利の種類は別として、通行することができる何らかの権利を有すると主張しているのであり、囲繞地通行権、通行地役権等はその例示にすぎない。
本件上告理由第一点が認められず、原判決が被上告人の請求の趣旨を拡張して何らの通行権がないと判決したことが正当であるとすれば、上告人らの原審で主張した権利についても例示的として前記道路位置指定に基づく通行自由権についても、上告人らの本件土地を通行する根拠となる私法上の権利であるので、その有無を判断しなければならないものと謂わなければならない。
しかるに、この判断を遺漏したもので法令の違背の判決であると評さなければならない。