東京高等裁判所 昭和61年(ネ)1673号 判決 1987年4月28日
控訴人 帝都信用金庫
右代表者代表理事 鈴木英男
右訴訟代理人弁護士 山田森一
右訴訟復代理人弁護士 古川晴雄
被控訴人 甲野花子
右訴訟代理人弁護士 花輪達也
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
一 控訴代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人は、控訴人に対し、金九六万三六四〇円及びこれに対する昭和五五年九月一一日から支払ずみまで年一八・二五パーセントの割合による金員を支払え。訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、主文同旨の判決を求めた。
二 当事者の主張は、次に付加するほか、原判決の事実摘示と同一であるから、これを引用する。
1 控訴人の主張
(一) 被控訴人が控訴人に乙山堂の債務として一〇〇万円を弁済した昭和五四年一〇月八日当時、控訴人は、乙山堂に対し、証書貸付による債権一〇〇万円及び手形割引による債権一〇〇万円(同年六月二二日に乙山堂の割引依頼により東西洋行株式会社振出、金額一〇〇万円、満期同年一〇月二五日の約束手形を割り引いたもの。以下この手形を「①手形」という。)の二口の債権を有していた。被控訴人の右一〇〇万円の弁済は、右証書貸付分の債権に対するものであり、右手形割引分の債権はなお残っていたのであるから、その時点で控訴人が被控訴人の保証契約の解約に応じることはあり得ない。
(二) 右の①手形は、昭和五四年一〇月二九日に控訴人が乙山堂の割引依頼により東西洋行振出の金額一一三万二〇〇〇円、満期昭和五五年一月二八日の約束手形(以下「②手形」という。)を割り引くことによって切り替えられ、この②手形と、昭和五四年一一月二〇日に控訴人が乙山堂の割引依頼により割り引いた東西洋行振出の金額六一万八〇〇〇円、満期昭和五五年一月二五日の約束手形(以下「③手形」という。)とを合わせたものにつき、昭和五五年一月二九日に本件手形の割引による切替えが行われたのである。このように①手形の割引による債権が②及び③手形の割引を経て本件手形の割引による債権に引き継がれてきたのであるから、その間に同一性が維持されているものであり、したがって、本件手形の割引が被控訴人主張の保証契約の解約後に行われたとしても、右割引による債権について被控訴人が免責されることはない。
2 右主張に対する被控訴人の認否及び反論
(一) 昭和五四年一〇月八日当時控訴人が乙山堂に対し、被控訴人の弁済した一〇〇万円のほかに更に一〇〇万円の債権を有していたとの事実は否認する。
(二) 仮に控訴人が乙山堂に対し①手形の割引による債権を有していたとしても、同手形はその満期である昭和五四年一〇月二五日に決済ずみである。したがって、その後に控訴人が②、③手形及び本件手形の割引をしても、①手形の割引による債権と同一性はなく、被控訴人の保証契約の解約後に新たに発生した債権であるから、被控訴人に支払義務はない。
三 《証拠関係省略》
理由
一 昭和五四年三月九日に控訴人と乙山堂が本件信用金庫取引契約を締結し、乙山堂が控訴人から割引を受けた手形の支払が拒絶されたときは、乙山堂は直ちにその手形を手形金額で買い戻し、支払拒絶の翌日から完済まで年一八・二五パーセントの割合による遅延損害金を支払う旨を約したこと、右同日、本件信用金庫取引契約に基づいて乙山堂が控訴人に対して負担する一切の債務につき被控訴人がこれを連帯保証したことは、当事者間に争いがない。
そして、《証拠省略》によれば、控訴人が昭和五五年一月二九日本件信用金庫取引契約に基づき乙山堂に対して本件手形を割り引いたこと及び控訴人が同手形を満期に支払呈示したが支払を拒絶されたことが認められる。
二 被控訴人は、本件信用金庫取引契約又は被控訴人の保証契約は、昭和五四年一〇月八日被控訴人が控訴人に対して乙山堂の債務一〇〇万円を弁済した際に合意解約されたと主張するが、これに沿う《証拠省略》は、《証拠省略》に照らしてたやすく信用できず、他に控訴人との間において右合意解約が成立した事実を確認するに足りる証拠はない。
三 そこで、被控訴人の保証契約の解約申入れの主張について検討する。
1 《証拠省略》を総合すると、被控訴人は、昭和五三年一〇月ころ乙山堂の代表取締役であった春夫と内縁関係に入り、乙山堂の事務を手伝っていた関係から、昭和五四年三月九日乙山堂の本件信用金庫取引契約について連帯保証を引き受けることになったものであり、その保証期間及び保証限度額についての定めはなかったこと、本件信用金庫取引契約に基づき、乙山堂は控訴人から、同年六月二二日に①手形の割引により一〇〇万円、同年八月二九日に証書貸付により一〇〇万円の各融資を受けたこと、被控訴人は、同年八月ころから春夫との内縁関係を解消して郷里である高知県に帰郷することを考えていたが、同年九月にはその決意を固め、帰郷が本決まりになったこと、そこで、被控訴人は、本件信用金庫取引契約の保証人を替わってもらいたいことなどを春夫の子供である丙川松子及び丁原一夫に相談したところ、同人らから、控訴人との関係を清算したうえで帰郷するよう勧められ、その清算金を丁原一夫が出してくれることになったので、被控訴人は、同年一〇月七日控訴人豪徳寺支店に対し、乙山堂の債務を被控訴人の方で弁済して清算したい旨を申し出たこと、これに対し、同支店係員は、乙山堂の債務が一〇〇万円であると伝えたこと(右係員は、当時まだ①手形の満期が未到来であったので、前記証書貸付分の金額のみを被控訴人に伝えたものと推測される。)、このため、被控訴人は、同月八日、丁原一夫から用意してもらった一〇〇万円を持参して丙川松子とともに同支店に赴き、右一〇〇万円を支払い、これによって清算ずみになったことを同支店係員に確認し安心して帰ったこと、被控訴人が右清算後に帰郷するつもりであることは右支払のころ同支店にも伝えられていたこと、被控訴人は、本件信用金庫取引契約の締結当時から同支店に定期積金をしていたが、右一〇〇万円の支払後間もなくその解約を申し出て解約金を受け取ったこと、以上の各事実が認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。
右認定事実によれば、被控訴人が控訴人に一〇〇万円を支払った際に、被控訴人の保証契約につき合意解約が行われたものとまでは認めがたいけれども、被控訴人から控訴人に対して右保証契約の解約申入れがなされたものと認めることができる。
2 ところで、保証期間及び保証限度額について定めのない継続的保証において、保証契約締結後に予期し得なかった事情の変更が生じ、保証人に引き続き責任を負わせることが当事者の意思解釈及び信義則上不相当とされるに至った場合には、解約により債権者に看過できない損害を及ぼす等の特段の事情があるときを除き、保証人において保証契約を解約することができるものと解される。
本件についてみると、前認定の事実によれば、被控訴人が乙山堂の保証人となったのは乙山堂の代表者である春夫と内縁関係にあったからであり、被控訴人が右内縁関係を解消して遠く高知県に帰郷することになれば、乙山堂との関係は断絶し、以後乙山堂と控訴人との取引状態を監視することもできなくなることは明らかであって、かかる事態は、保証契約締結の際には当事者双方とも予期しなかったところであると認められる。このような事情の変更が生じたため、被控訴人は、わざわざ控訴人に乙山堂の債務返済を申し出て、控訴人係員から言われたとおり一〇〇万円を支払い、これによって清算ずみになったことを確認し、今後は帰郷する旨を控訴人に伝えているのであり、もし右機会に、控訴人係員が①手形の割引分もあることを正確に被控訴人に知らせていれば、一緒に解決されたであろうことは、《証拠省略》から窺い知ることができる。控訴人としては、被控訴人の右申出があった後は、保証人について事情が変更したことを認識し、乙山堂との新たな取引を控えるなどの方策をとることが十分可能であったものであり、控訴人が被控訴人の右申出に対応してこのような方策をとっても看過できない損害を被るおそれがあったことを認めるに足りる証拠はない。また、本件全証拠によっても、被控訴人の右解約申入れについて、申入後相当の予告期間を置かなければ控訴人に著しい不都合や支障が生じる状況であったとも認められない。
これらの諸事情に基づいて考えると、被控訴人の前記解約申入には首肯できるやむを得ない事由があり、右解約申入後の新たな取引についてなお保証責任を負わせることは当事者の意思解釈及び信義則に照らして不相当というべきであるから、控訴人に前記特段の事情のあることが認められない本件においては、右解約申入によって被控訴人の保証契約はそのころ有効に解約されたものと解するのが相当である。もとより、①手形の割引による債権は右解約前に既に発生していたものであるから、これについては、免除等のない限り、被控訴人の保証責任が消滅しないことは当然である。
四 しかるところ、《証拠省略》によると、乙山堂は、①手形の満期である昭和五四年一〇月二五日近くにその決済資金に充てるため②手形の割引を控訴人に申し込んだが、控訴人は、東西洋行及び乙山堂の信用度等を考慮して、①手形を決済した後でなければ②手形の割引に応じないこととし、このため、乙山堂では、自己資金により①手形を満期に決済し、その後の同月二九日に②手形の割引を受けたこと、乙山堂は、同年一一月二〇日に控訴人から更に③手形の割引を受けたが、右②及び③手形についても、右①手形の場合と同様に、それぞれの満期である昭和五五年一月下旬に自己資金でその決済をしたうえで、同月二九日に本件手形の割引を受けたものであることが認められ(る。)《証拠判断省略》
してみると、被控訴人が保証責任を負うべき①手形の割引による債権は同手形の満期決済により消滅したものであり、②、③手形及び本件手形の各割引による債権は、前記の保証契約解約後に生じた別個の債権で、①手形の割引による債権とは法律上同一性がないものと認めるべきであるから、前述したところにより、それについては被控訴人に保証責任はないといわなければならない。
五 以上により、控訴人の本件請求は失当としてこれを棄却すべきである。よって、これと同旨の原判決は相当であり、本件控訴は理由がないから、これを棄却することとし、控訴費用の負担につき民事訴訟法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 村岡二郎 裁判官 佐藤繁 鈴木敏之)