東京高等裁判所 昭和61年(ネ)1961号 判決 1986年12月24日
一九一四号事件控訴人・一九六一号事件被控訴人(被告) 山下米夫 外一名
訴訟代理人 林千春
一九一四号事件被控訴人・一九六一号事件控訴人(原告) 株式会社ホタカ
訴訟代理人 八戸孝彦
主文
一 当事者双方の控訴に基づき、原判決を次のとおり変更する。
1 第一審原告に対し、
(一) 第一審被告山下米夫は金四七万円及びこれに対する昭和六〇年二月四日から完済まで年六分の割合による金員を
(二) 第一審被告山下リエは金二三万五〇〇〇円及びこれに対する右同日から完済まで右同割合による金員を
各々支払え。
2 第一審原告のその余の請求を棄却する。
二 訴訟費用は、第一、二審を通じてこれを六分し、その三を第一審原告の、その二を第一審被告山下米夫の、その一を第一審被告山下リエの各負担とする。
三 この判決は第一審被告らに対し金員支払を命ずる部分に限り仮に執行することができる。
事実
一 昭和六一年(ネ)第一九一四号事件において、第一審被告ら代理人は、「原判決中第一審被告ら敗訴部分を取り消す。第一審原告の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも第一審原告の負担とする。」との判決を求め、第一審原告代理人は、控訴棄却の判決を求めた。
昭和六一年(ネ)第一九六一号事件において、第一審原告代理人は、「原判決中第一審原告敗訴部分を取り消す。第一審原告に対し、第一審被告山下米夫は金六五万八〇〇〇円、同山下リエは金三二万九〇〇〇円及び右各金員に対する昭和五九年八月一八日から各完済まで年六分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも第一審被告らの負担とする。」との判決及び仮執行宣言を求め、第一審被告ら代理人は、控訴棄却の判決を求めた。
二 当事者双方の主張及び証拠の関係は、主張につき次の1、2のように付加するほか原判決事実摘示(原判決書中二丁裏八行目「被告らを」を「被告らに対し」に、三丁表四行目「との間」を「との間で」に、同丁裏五行目「昭和五九年八月二一日」を「昭和五九年二月二一日」に改め、同所六行目「とみるべきであり、」の下に「原告の仲介行為によつて被告らと川勝との間で本件土地建物についての売買契約が成立した場合には、被告らは不動産仲介業者である原告に対し相当額の報酬を支払うべきことが右仲介委託契約の内容となつていたとみるべきである。そして、」を、同所九行目「あるから、」の下に「原告は」を加え、五丁表七行目「否認した」を「否認する」に、同丁裏二行目「一言の説明が」を「一言の説明も」に改める。)と同一であるから、これを引用する。
1 第一審原告の報酬請求権に関する補充的主張
仮に抗弁主張に係る解除(解約)があつたとしても、これには遡及効がなく将来に向かつてのみ契約関係を終了させるにとどまるものであるから、それのみで当然に仲介契約に基づく報酬請求権を確定的に消滅させるものではない。すなわち、第一審原告は右仲介契約に基づき請求原因1のとおり第一審被告らのため媒介行為をしたものであつて、この媒介があつたからこそ第一審被告らは本件土地建物と売主川勝とを知り、かつ、直接取引によつて第一審原告の媒介内容とほぼ同一の内容で本件土地建物を購入し得たものであることが明らかであり、このような場合には、不動産仲介業者である第一審原告は、右直接取引の当時たとえ仲介契約が既に終了していたとしても、従前の媒介行為が右直接取引の成立に寄与した割合に応じた相当額の報酬をなお第一審被告らに対し請求し得るものと解すべきである。
そして、本件における右寄与の割合は一〇割と見るのが相当であり、解約後の直接取引であるからといつて特に減額すべき事情はない。
2 右主張に対する第一審被告らの認否
否認し争う。そもそも仲介契約が成立していないこと、第一審原告の媒介行為とその後の直接取引による売買との間にはいかなる因果関係もないことは、従前の主張のとおりである。
理由
一 請求原因1の(一)、(二)の各事実は当事者に争いがなく、同(三)の事実も、昭和五九年二月二三日の川勝宅における売買交渉において原告社員が二名加つていたこと及び売買代金を四五五〇万円とするとの合意に達したことを除き、当事者間に争いがない。また、請求原因2の事実も当事者間に争いがない。
二 右争いのない事実、成立について争いのない甲第四号証、原審証人川勝昭平、同塚原光志朗及び同伊藤衛男の各証言、原審における第一審被告山下米夫本人の供述並びに弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められ、右証人川勝及び伊藤の各証言並びに米夫本人の供述中右認定に反する部分はその余の右各証拠に照らして採用し難く、他にこの認定に反する証拠はない。
1 昭和五九年二月当時、第一審被告(以下単に「被告」という。)ら夫婦は本件土地建物の近辺で居住用一戸建不動産を購入しようとしていたところ、同月一三日被告米夫は第一審原告(以下単に「原告」という。)会社主催の建売り現場に立ち寄り、原告社員出雲の応待を受けたが、同所の物件は意に添わず、引き続き出雲に本件土地建物まで案内されて、これが売りに出されていることを教えられた。
2 同月一八日被告ら夫婦は出雲の案内で本件建物の内部を見せてもらつた。その際売主の川勝昭平を紹介されたが、被告らと川勝とが直接売買について話し合うことはなく、事実上封じられている雰囲気であつた。一方、同日川勝は、被告らが全く気付かないうちに、出雲が持参してきた川勝の手取額を四四五〇万円とする内容の一般媒介契約書に署名した。川勝においては、原告会社が買手に対して幾らで売るかについて関心が乏しく、自己の手取額を四五〇〇万円にしたいというのが本意だつたようである。他方原告会社は川勝から受け取るべき一五〇万円ほどの仲介報酬を上乗せした四六〇〇万円で買手に売るつもりであつたが、出雲は被告らに対しこれが必ずしも確定的な代金額であるようには告げず、被告らは四五〇〇万円を希望価格として提示した。
3 同月二一日ころ、被告らは原告会社に本件土地建物を購入したい旨電話連絡し、原告会社による川勝との打合せの結果、同月二三日川勝方で売買取引することが約束された。
4 同月二三日、被告米夫は、被告リエの代理人の地位も兼ねて、原告会社の指導に応じて手付金分として二〇〇万円を用意して川勝方に赴き、原告社員二名の仲介の下に、川勝と売買交渉した。同席上、被告米夫は売買代金を四五〇〇万円とするよう求め、これに対し原告社員は四六〇〇万円とするよう求め、しばし折り合わなかつたが、結局、原告社員が川勝と話し合つて同人の手取額が二、三十万円少なくなることの了解を得た上、原告会社の川勝から得る報酬額も二、三十万円少なくした四五五〇万円を提示し、これにつき被告米夫もおおむね了解するに至つた。引き続いて、本件土地建物の引渡時期を定めようとしたところ、建築中の引越し先の家の完成時期について確信のなかつた川勝において同年九月でなければ駄目であると言い始めた。原告会社も被告らも、物件の引渡日が半年も先の売買であるとは全く考えていなかつたので、被告米夫においてその場で被告リエに電話連絡した上、急きよこの売買の話はなかつたことにしようと述べるに至り、一同やむを得ないところと了解して散会した。被告米夫においては、右は業者たる原告会社の説明不足でないかとの不信、不満を抱き、その場の雰囲気上原告社員は、売買成立時に被告米夫に署名してもらうべく用意していた媒介契約書を示す機会を逸した。
三 右によれば、遅くとも右二月二一日被告米夫が原告会社に対し本件土地建物を購入したい旨電話したころまでには、被告らと原告会社との間に本件土地建物売買に関する仲介委託契約(以下「本件仲介契約」という。)が成立したと見るのが相当であり、もとより、原告会社の仲介により右購入契約が成立した場合には被告らは仲介業者である原告会社に対し相当額の報酬を支払うべきことが黙示的にないしは商法第五一二条により本件仲介契約の内容となつていたと認めるに十分である。媒介契約書がないことによつてこれが否定されるべきいわれはなく、前記被告米夫本人の供述中これに反する部分は到底採用できない(米夫本人の他の供述部分によれば、右につき被告らが何らかの支払をすべきであると考えていたことが容易に窺える。)。もつとも、証人塚原の証言によれば、原告会社は顧客が逃げることを恐れてあえて被告らに対し右報酬についての説明をしなかつたことが認められるのであり、契約書のないことも含めて、被告らの不満には一部理由があり、これらは報酬額の算定に当つてしかるべく斟酌すべき事由ということができる。
一方、右二の認定事実によれば更に、右二月二三日結局原告会社による仲介が功を奏せず、被告米夫において川勝との売買(交渉)はなかつたことにする旨告知し一同やむを得ないところとして散会した時点において、本件仲介契約は被告らの告知により将来に向かつて有効に解約されたとみるのが相当であり、これを否定すべき証拠はない。
四 かくして、その後昭和五九年八月一三日直接取引により川勝と被告らとの間に本件土地建物を四五〇〇万円で売買する契約(以下「本件売買」という。)が成立したことは当事者間に争いがないものの、原告の主張請求中この時点においてなお本件仲介契約が存続していたことを前提とする部分は採用することができない。
そこで、本件のように、一般顧客が不動産仲介業者に対して一定の不動産売買の媒介を依頼し、これに応じた業者が当該媒介行為をしたけれども奏功せず、売買が成立しない間にその仲介契約が解約された場合における業者の報酬請求権の帰すうについて考えるに、このような通常一般の不動産仲介契約においては、特約のない限り、依頼者においては、業者が媒介してくれた取引を成立させなければならないものではなく、またこの成立がない限り業者に対して報酬支払義務のみならず費用償還義務も負わず、更にいつでも自由に、何らの損害賠償義務を負うことなく仲介契約を将来に向かつて解約し得るものと解するのが相当であるところ、依頼者についてこのように有利に解すべきことの反面、信義公平の原則に照らして、依頼者は右自由な解約により業者に対する報酬支払義務を確定的に免れ得るものではなく、業者が媒介してくれた当該取引を後になつて別途成立させた場合には、この成立に右業者の媒介行為が寄与している限り、その割合に応じて、換言すれば、右媒介行為と当該取引の成立との間に相当因果関係の認められる範囲内において、業者に対して報酬を支払うべき義務を負うものと解するのが相当である。
右のような不動産仲介契約は、民法上の典型契約としては準委任の一種かもしれないが、民法上の委任の規定、あるいは請負の規定では律しきれない特殊類型の契約というべきであり、本件当事者間に口頭により成立したと認められる仲介契約上の報酬請求権についても右のように解するのが相当であり、別異に解すべき格別の事情は見当らない。
五 右により更に、前記認定事実、前掲各証拠(後記措信しない部分を除く。)、成立について争いのない甲第一、第二号証の各一、二、甲第三号証、甲第五号証、甲第六号証の一、二、乙第二号証及び乙第四号証、原本の存在及び成立について争いのない乙第三号証及び乙第五号証、前掲証人川勝の証言及び被告米夫本人の供述により真正に成立したものと認められる乙第一号証並びに弁論の全趣旨に基づき、昭和五九年八月一三日に直接取引により成立した本件売買と同年二月一三日から同月二三日までの間に被告らのため原告会社がした媒介行為(以下「本件仲介」という。)との相関関係の有無・程度について検討すると、次のように認定判断することができ、前記証人川勝の証言及び被告米夫本人の供述中これに反する部分はその余の前掲各証拠に照らして措信採用できず、他にこれを覆すに足りる証拠はない。
1 右二月二三日本件仲介契約が解約された後本件売買が成立するに至つた経緯及び原告会社がこれを知り川勝からは四五万円の支払を受けたことは、原判決理由説示(原判決書七丁裏一〇行目から八丁裏三行目まで。同八丁表初行「右行員」を「株式会社三和銀行烏山支店行員」に、末行「始め」を「初め」に改める。)のとおりであるから、これを引用する。
2 本件売買における物件引渡期限について見るに、契約書(乙第一号証)には記載されていないけれども、昭和五九年九月早々には引き渡すことが双方に了解されていた(現実の引渡しは結局同年八月末ころであつた。)。これは、本件売買時には川勝の引渡し先の家がほぼ完成しつつあつたためである。その他の契約内容においては前記二月二三日の売買交渉時と同じであり、四五〇〇万円という本件売買の代金は、右売買交渉時双方が希望していた価格にほかならない。
3 被告らは本件仲介時のほかには本件土地建物を見分することなく本件売買を結び、三和銀行烏山支店の支店長室を借りたとはいえ、責任ある仲介人もないまま、市販の契約書に印紙も貼らずに本件売買を成立させた。そして、本件土地建物が第三者に売り渡されていないことを被告らが知つたのはその一〇日ほど前にすぎず、それから本件売買に至るまでの間被告らと川勝との間で売買につき密度の高い格別の話合いがあつたものでもない。
4 右のように迅速かつ円満に本件売買が成立したのは、本件仲介により大筋の合意がいつたんは成立し、契約締結に向かつての相互の信頼関係もかなりの程度形成されていたからであり、本件仲介時に問題となつた引渡期限の点(この点で結局本件仲介は功を奏しなかつた。)も解決し、しかも被告らも川勝も本件売買に関して原告会社に対して仲介報酬を支払う意思がなく、双方ともに四五〇〇万円という代金に満足したものである(右につき被告らは、本件売買は専らないしは主として三和銀行の行員の貢献により成立したものであるかのごとく主張するけれども、そのような媒介が銀行業務に含まれないことは別としても、前掲各証拠によれば、右の銀行員自身が預金受入れや融資の準備をするという立場で二月二三日の川勝方における売買交渉の場に出向いていることが認められるのであるから、右銀行員の寄与貢献それ自体が原告会社の本件仲介に基礎を置くものというほかない。)。
六 以上によれば、原告会社のした本件仲介は本件売買の成立との間に相当因果関係のあることが明らかであり、売買成立のためにかなりの程度の貢献をしているものというべきところ、翻えつて考えるに、不動産仲介業者にとつては目的物件の探索と紹介それ自体が時間と費用を要するものであり、かかるサービスそのものが重要な商品価値を有するものとされているのであるから、本件において原告会社の仲介行為との因果関係の下に本件土地建物を買い受けることができた被告らは、原告会社に相当額の報酬を支払うべきことはけだし当然というべきである。
とはいえ、前記のとおり原告会社は、客が逃げることを恐れて依頼者である被告らに対し報酬の点を明確にせず、売主である川勝との間では一般媒介契約書を作成しながら被告らとの間ではあえてこのような措置を講じなかつたのであるから、被告らにおいて自分達は売却の相手方としての一顧客にすぎないとの不満を抱くことにも一部理由があり、この点は報酬額の算定に当たつて斟酌すべきである。
その他本件に現われた一切の事情を総合勘案するとき、原告会社が被告らに対し請求し得る報酬額は、売買代金を四五〇〇万円として宅地建物取引業法第四六条による建設大臣の告示によつて計算した最高額である一四一万円の半額七〇万五〇〇〇円をもつて相当と認める。これは、一般媒介契約書まで作成した川勝の場合が四五万円であることに比して、一見高額ではあるけれども、川勝の場合は裁判に至らない間に円満解決したものであつて、被告らの報酬を算定する際の直接の基準とすることはできない。右は要するに、本件売買に対する本件仲介の寄与度は五割を下らないと認めるものであり、かつそれを超えては認められないというものである。
右報酬額を被告らの取得持分三分の二と三分の一(当事者間に争いがない。)で按分すると、被告正夫については四七万円、被告リエについては二三万五〇〇〇円となる。
最後に、右報酬についての遅延損害金について見るに、被告らが本件土地建物につき所有権移転登記をした日の翌日から右報酬債務について当然に履行遅滞に陥るとは認められないので、原告の附帯請求はこの点において一部失当であり、被告らに対する本訴状送達の日の翌日(いずれも記録上明らかな昭和六〇年二月四日)以降につき年六分の商事法定利率による遅延損害金を求める範囲に限り附帯請求を認容する。
七 以上の次第で、原告の請求は本判決主文第一項1の範囲内で認容することができ、その余の請求は失当として棄却すべきであつて、これと結論の一部を異にする原判決に対する本件各控訴はいずれも一部理由があるので、これにより原判決を主文第一項のように変更することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九六条、第八九条、第九二条及び第九三条を、仮執行宣言につき同法第一九六条を各適用し、主文のように判決する。
(裁判長裁判官 賀集唱 裁判官 安國種彦 裁判官 伊藤剛)