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東京高等裁判所 昭和61年(ネ)3167号 判決 1988年2月29日

控訴人

大場英二

右訴訟代理人弁護士

杉山年男

右同

荒川昇二

被控訴人

鈴木敏康

右法定代理人後見人父

鈴木敏

右訴訟代理人弁護士

鈴木俊二

主文

原判決を次のとおり変更する。

一  控訴人は被控訴人に対し、金八、一一六万八、二五二円及びこれに対する昭和五九年四月一五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被控訴人のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は第一、二審を通じてこれを二分し、その一を控訴人の、その余を被控訴人の負担とする。

四  この判決は被控訴人勝訴部分に限り仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴の趣旨

1  原判決中控訴人敗訴の部分を取消す。

2  被控訴人の請求を棄却する。

3  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二  控訴の趣旨に対する答弁

控訴棄却

第二  当事者の主張及び証拠<省略>

理由

一本件事故の発生、その原因と態様、控訴人の責任原因、被控訴人の受傷、控訴人被控訴人間の過失割合、については、当裁判所の判断も原判決と同じであるから、原判決一〇枚目裏一行目から同一一枚目裏一〇行目までを引用する。

ただし、原判決一〇枚目裏七行目の「見通しが悪かつたのであるから、」を「見通しが悪く、且つ右交差点は交通整理の行われていない交差点であつて、被告車進行道路と交差する道路にはセンターラインがひかれてあり、右道路は、被告車進行道路に対して優先する道路であつたのであるから、」と訂正する。

二そこで、本件交通事故により、被控訴人に発生した損害の数額につき判断する。

1  被控訴人の推定余命年数

前記の事実(引用にかかる原判決理由三記載の事実)によれば、被控訴人は、事故発生以来、現在に至るまで高度の意識障害の継続する植物人間の状態にある。そして、更に、その具体的症状についてみるのに、<証拠>によれば、

被控訴人は、昭和三〇年八月一〇日生れの事故当時満二七才の健康な男子であつたが、昭和五八年四月五日症状固定し(右症状固定の時期は当事者間に争いがない。)、現在、脳挫傷による高度の意識障害、呼吸障害、除脈硬直、自律神経症状を呈しており、意味のある発言は不可能な完全失語症、自力移動が不可能な無動症で、眼球運動は多少はあるけれども意識障害のため測定不能であり、且つ、自力では栄養摂取不能で糞尿失禁状態にあり、鼻腔により強制栄養実施中であつて、長期に亘る医療と看護を不可欠とし、しかも回復の見込みは全くなく、高水準の医療看護体制なしには生存することができない植物人間であること、一般に、右のような状態にある者は、肺炎等の感染症(合併症)を併発することが多く、その場合は通常人に比べて死につながる可能性があること、その者の生存可能年数は当該患者の症状、年令、付添看護の体制、担当医の熱意、力量、その他治療条件、生活条件等、具体的に患者の置かれている環境に左右されること、被控訴人は終生介護を必要とする患者であるが、現在、脳損傷が残つているけれども、それ以外は健康な身体と同じで、栄養補給や全身の管理を厳重に行うならば、合併症をおこさないかぎり普通の健康体と同じように生きられる可能性のあること、特に現在いる市立袋井病院のような施設の完備した病院内で看護を続けるならば現症状が固定したままで生存し続ける可能性があること、しかし、他方、被控訴人のような患者が、もし現に受けている袋井病院の医療を享受できない事態に至れば(被控訴人側の事情、袋井病院側の事情の双方の事情によつては、右事態は具体的に現実化する蓋然性がある。)、例えば、自宅に戻つて療養するような場合、その余命は、二週間から一か月位、老人病院のような一般の施設に入れた場合、三か月から六か月位に過ぎないこと、袋井病院においても、右病院は救急の第一線の治療をしなければならないので、ある時期に至れば、急性期の治療対象ではないとして被控訴人を他の病院に移さざるを得ないこともあり得ること、植物状態患者の余命についての一般的大規模な調査は未だなされてはいないが、東北大学脳神経外科教授による第三一回日本脳神経外科学会総会での報告によると、昭和四七年度末における脳神経外科学会認定医指定訓練病院一六〇施設に収容されている植物状態患者の調査では三年以内の死亡率が51.6パーセントであること、厚生省の特別研究植物状態患者研究班の東北地方における植物状態患者の実態調査記録によれば、二年未満の死亡率は五四パーセント、五年未満の死亡率は八八パーセントと報告されていること、自動車事故対策センターの調査データによると、昭和五四年度の介護料援助者四九六人のうち、同年度中に死亡した者は六七人で、そのうち、二年以内での死亡率50.7パーセント、五年以内での死亡率71.6パーセント、その平均生存期間二年一一か月であり、五八年度の調査によれば、七九人が死亡し、その平均生存期間は四年三か月であつたこと、

がそれぞれ認められる。

右の事実によれば、被控訴人の生命は、基本的に前記袋井病院の看護体制によつて維持され、他の施設によつては容易に代替できるようなものではなく、又、右病院における医療看護体制も永続的なものとはいえないという甚だ深刻な状況にある。加うるに、右認定のとおりの若干の統計的データを一瞥することによつても植物人間状態にある被控訴人の余命を健康な通常人の平均余命と同列に論じ難いことは明白であつて、その生存可能年数は通常人の平均余命を大巾に下回るものと認めざるを得ない。そこで、前記のとおりの被控訴人の症状とそれに対する看護の体制、これまでの経過(現実に、被控訴人は、事故発生日の昭和五七年八月二八日以来当審口頭弁論終結日たる昭和六二年一二月二三日に至るまで前記のような状態ではあれ五年間以上もの期間生存して来ている。)、本件にあらわれたその他の諸般の事情を総合して斟酌した上、当裁判所は、被控訴人の余命は、当審口頭弁論終結時(昭和六二年一二月二三日)から向後約一〇年間を経過した昭和七三年三月三一日までと推定するのが相当と判断する。

右の認定を前提として、以下、被控訴人につき発生した損害の数額につき検討する。

2  事故発生時(昭和五七年八月二八日)から昭和五九年三月末日までの損害

(一)付添費 金四二万七、〇六四円

<証拠>によれば被控訴人は昭和五九年二月六日以降同年三月三一日までの間、小林付添婦に対する付添費の支払いとして被控訴人主張の金四二万七〇六四円以上を支払つている事実が認められる。

(二)休業損害 金二〇九万三、七八八円

<証拠>によれば、被控訴人は本件事故当時健康な二七才の男子であり日本電信電話公社に勤務していたところ、右の期間中、就労し得なかつたことにより、給与一二一万四三六四円以上、賞与、手当八七万九四二四円の合計金二〇九万三七八八円以上の損害を被つたことが認められる。

3  昭和五九年四月一日以降の損害

(一)入院治療費

金四、六六八万五、六五九円

<証拠>を綜合すれば、被控訴人の請求している昭和五九年四月一日以降生存期間中(同七三年三月三一日まで)の一四年間の入院治療費は、被控訴人主張のとおり一か月当り、通じて金三七万三、七四六円を超えることが認められる。そして、この分についてホフマン方式により中間利息を控除すると

373746×12×10.4094(14年のホフマン係数)≒4668万5659(円)

金四、六六八万五、六五九円となる。

(二)付添費

金一、八九九万七、一五五円

前記1で認定した事実によると、被控訴人が今后の生存期間中を通じて常時職業的付添人の看護介助を必要とすることが明らかである。ところで<証拠>によれば、被控訴人は、昭和五九年四月一日以降も現に小林正子に付添を依頼し、本訴で被控訴人が請求している一日当り金五、〇〇〇円を超える金額の付添料を右小林に支払い続けていることが認められ、右の支払いは、前記のとおりの被控訴人の状態からして、その生存期間中継続するものと認められる。よつて、その間の右金額による付添費をホフマン方式によつて中間利息を控除して計算すると

5000×365×10.4094(14年のホフマン係数)≒1899万7155(円)

金一、八九九万七、一五五円となる。

(三)逸失利益

金三、八二五万六、六四九円

<証拠>を総合すれば、被控訴人は本件事故によつて受傷し、前記のとおりに健康を損い、労働能力一〇〇パーセントを喪失するに至つたが、このようなことがなければ、従前どおりに日本電信電話公社に勤務を続けることができ、同公社の定める給与、手当、退職金、年金等の収入を得ることができたこと、右給与、手当は被控訴人が本来なら昭和八九年三月三一日まで勤務することができ、その間、被控訴人は原判決添付別表(一)の年収入欄記載の給与、手当を受領することができたこと、これを各年につきホフマン式各期現価額表により年五分の割合による中間利息を控除すると、その現価の合計は、金五、九四九万八、五一一円であること、右退職金は、被控訴人の退職予定日である昭和八九年三月三一日に金一、五五三万四、二一二円を受領することとなるので右同様中間利息を控除すると、現価は、

1553万4212×0.4(30年の現価額ホフマン係数)≒621万3,684(円)

金六二一万三、六八四円となること、右年金については、昭和九〇年九月一日から死亡するに至るまで年額金二一一万三、一〇〇円の年金を受領できたので、昭和五六年簡易生命表により余命を四七・二九年とみると、被控訴人は本件事故にあわなければ、昭和一〇五年三月三一日まで生存できたから一五年間年金を受領できることになり、右同様中間利息を控除すると、現価は、原判決添付別表(二)のとおり、合計金一、〇八〇万一、一〇三円となること、以上の被控訴人の逸失利益を合計すると、金七、六五一万三、二九八円となることを認めることができる。

ところで、植物人間の場合、通常の後遺症患者の場合とは異なり、被控訴人の将来の生活に必要な費用は、専ら入院治療費と付添看護費用に限られるのであつて、通常の場合に必要とされる稼働能力の再生産に要する生活費の支出を免れることになる。従つて、被控訴人の逸失利益を算定するに当つては、本来の余命(昭和七三年三月三一日まで)期間と、それから本件事故にあわなければ生存可能であつた昭和一〇五年三月三一日までの、期間の全ての期間を通じて、五割の生活費控除をするべきである。

そうすると逸失利益は、金三、八二五万六、六四九円であることになる。

(四)慰謝料 金二、〇〇〇万円

前記のとおりの本件にあらわれた一切の事情を考慮すれば、被控訴人が本件事故によつて被つた精神的苦痛を慰謝するものとしては、後遺症によるもの、入院によるもの一切を含め、金二、〇〇〇万円とするのが相当である。

4  以上によれば、被控訴人が本件事故により被つた損害は、前記2及び3で算出した損害金の合計金一億二、六四六万〇、三一五円となる。

5 ところで、前記一のとおり、本件交通事故においては、被控訴人にも過失があり、その割合は被控訴人二割、控訴人八割と認められるから、その分を過失相殺すると、控訴人の負担すべき金額は、金一億〇、一一六万八、二五二円となる。

6  被控訴人が自賠責保険から金二、〇〇〇万円の支払いをうけ、その分損害を填補した事実は当事者間に争いがなく、従つてこれを控除した未填補の損害の額は金八、一一六万八、二五二円となる。

三以上によれば、被控訴人の本訴請求は、控訴人に対し、右金八、一一六万八、二五二円とこれに対する本件訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな昭和五九年四月一五日以降支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるが、その余は失当としてこれを棄却すべきである。

よつて、これと異なる原判決を主文第一、二項のとおり変更し、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、九二条本文、八九条、仮執行宣言につき同法一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官武藤春光 裁判官菅本宣太郎 裁判官秋山賢三)

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