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東京高等裁判所 昭和61年(ネ)3296号 判決 1987年7月20日

控訴人(原告)

渡部伸一

ほか一名

被控訴人(被告)

住友海上火災保険株式会社

主文

本件控訴をいずれも棄却する。

控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実

一  控訴人らは「原判決を取消す。被控訴人は控訴人らそれぞれに対し、金四四四万八二〇五円及びこれに対する昭和六一年五月二三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、被控訴人は主文第一項同旨の判決を求めた。

二  当事者双方の主張並びに証拠関係は、次に付加するほかは、原判決事実摘示(ただし、原判決四丁表末行の「入替」を「譲渡」と改める。)並びに原審及び当審記録中の各証拠関係目録記載のとおりであるから、これをここに引用する。

1  控訴人らの主張

(一)  高村と亡和久との間には、本件免責条項に規定する被保険自動車の譲渡はなかつた。

すなわち、昭和六〇年三月ころ、高村と亡和久との間に加害車の売買の話が出たことは事実であるが、売買代金額についても、いちおう目途となる額が出されただけで、確定しておらず、代金支払の方法や期限についても未確定であり、保険の取扱いや自動車の名義変更についての取決めもなかつた。また、加害車は、従前から東大工学部構内に駐車してあつて亡和久ら高村の友人がその許諾を得てこれを使用していたのであつて、高村の下関赴任の前後において管理、使用の実情に全く差異はなかつた。

しかも、高村は、亡和久との前記話合いの後も、自ら加害車を廃車することあるいは第三者に売却することも考えていたのであるから、高村と亡和久との右売買契約は確定的なものではなく、高村の赴任後も、加害車の所有権は依然として同人に留保されていたものと解される。

(二)  本件免責条項は、商法六五〇条一項の存在及び本件約款一般条項第五条に「保険契約者が譲渡する旨を通知し裏書を請求した場合において会社が承認したときはこのかぎりでない。」旨の規定がある点から考えると、被保険自動車の譲渡に伴い事故発生の危険性が増大する場合もあるので、通知、裏書の請求があつたときに解除権を行使したり追加保険料を請求する機会を保険会社に与えたにすぎないと解するべきである。

本件についてみると、高村と亡和久とは同じ東大工学部船舶工学科の卒業生で、年齢、境遇などに殆ど差異はなく、加害車の譲渡により危険の増大も考えられないのであるから、もし高村から右通知、裏書の請求があれば被控訴人においてもこれを承諾したであろう範囲にあつたことは疑がない。かかる場合は、単に通知をしなかつたの一事をもつて免責事由とすべきではない。

(三)  高村の代理人である両親が、被控訴人会社の代理店に本件保険契約の処置につき相談したところ、右代理店は車両入替えの際の便宜や無事故割引の特典をあげてこれを解約しないよう指示した。しかも高村は新車を購入する予定はなかつた。このように被控訴人が本件保険契約の解約を認めずその継続を合意した以上、被控訴人としては加害車についての本件保険契約の有効性を担保したとみるべきであり、したがつて本件事故が発生した後になつて本件保険契約の終了を主張することは、信義則に反し許されない。

2  被控訴人の反論

(一)  控訴人らの主張(一)は争う。保険契約によつて生ずる権利義務の車両譲受人への移転を保険会社の裏書承認にかからしめた趣旨は、自動車の所有者が変われば事故発生の危険ないし発生率が変る可能性があるから、新たな危険関係を引き受けるか否かを保険会社の意思にかからしめるためである。

したがつて、本件免責条項所定の譲渡に当たるかどうかは、当該自動車について従前とは異る危険関係が成立したかどうか、言い換えれば、当該自動車の支配者が変わつたか否かの観点からこれを決すべきであり、当事者間に譲渡の合意がされ、譲受人が自動車を支配下に収め、自己のために運行に用いるに至つたときは、保険契約の対象となる保険事故に該当する事実は以後譲受人のもとにおいて発生する可能性が生じ、保険者としても保険契約上の権利、義務の移転に承認を与えるか否かを判断する必要が生ずるのであるから、譲渡の合意及び引渡の事実をもつて本件免責条項にいう譲渡があつたとみるのが相当である。

本件にあつては、保険契約者である高村と亡和久との間に加害車の譲渡の合意とその引渡がなされ、加害車が既に亡和久の支配下にあつたことは、亡和久が高村から借用して乗車していた従前と異り、亡和久は高村の承諾を得ることなく、もつぱら自分の意思で加害車を運行に供したり、車両の左右ドアに書込みをするなど加害車を勝手に改変したりしていること、高村においても、早急に名義変更の手続をしなければいけないと常々思つていたこと、本件保険契約の解除手続を両親に依頼していることからも明らかである。

(二)  控訴人らの主張(二)は争う。本件約款によれば、被保険自動車の譲渡があつても、譲渡人からの通知に基く保険会社の裏書承認がなされるまでは、本件契約は保険契約者たる譲渡人と保険会社との間に存続することは明らかである。そして裏書承認の申請をするかどうかは、被保険自動車の譲渡後もなお、保険契約を譲渡人のもとで存続させておく利益が存するところから、もつぱら保険契約者である譲渡人の意思にかかつているのであり、また所有者の変更により事故発生の危険率が変わるところから、保険会社の裏書承認があつてはじめて保険契約上の権利義務が譲受人に移転するのである。

したがつて、加害車の譲渡により本件契約上の権利義務が原則的に譲受人たる亡和久に移転することを前提とする控訴人らの主張は失当である。

(三)  控訴人らの主張(三)は争う。(二)で主張したとおり、被保険自動車を譲渡しても、保険契約上の地位は譲渡人が保有し、譲渡によりそれまでの被保険自動車が保険契約の対象でなくなるにすぎない。したがつて被控訴人が高村に対して契約継続を勧めつつ、加害車は譲渡により本件契約の目的ではなくなつたと主張しても、信義則に反するところはない。

理由

一  当裁判所も、控訴人らの本訴請求は理由がなくいずれもこれを棄却すべきものと判断する。その理由は次に訂正、補足、付加するほかは、原判決理由説示のとおりであるから、これをここに引用する。

二  原判決五丁表五行目の「入替」を「譲渡」と改め、同裏三行目の「証言」の次に「並びに弁論の全趣旨」を、同八行目の「から」の次に「高村が同学部構内に駐車してあつて亡和久も」を各加え、同九行目の「一〇万円」を「一〇万円程度」に、同一一行目の中頃の「も」を「は」に、同一二行目の「多かつた」から同一三行目の「となつた」までを「多く、既に亡和久にこれを貸してあつたところから、そのまま亡和久が所持することとして加害車を亡和久に引き渡した」に各改め、同六丁表二行目の「といわれ」から同六行目の「ままであり」までを「ことから解約手続はとられず、そのまま高村と被控訴人との間に本件契約に継続された。高村は、大学卒業後同年四月初旬下関へ赴任した。しかし、加害車の代金の支払や名義変更手続は未だ完了しておらず」に改め、同八行目の「認められ、」の次に「当審における控訴人渡辺伸一の供述中右認定に反する部分は前掲証言に照らして措信できず、他に」を加え、同九行目から同裏八行目までを次のとおり改める。「ところで、本件約款に本件免責条項が設けられているのは、自動車保険にあつては、通常自動車の管理者、運行供用者が変わることにより危険も変わる点にあると解されるから、かかる趣旨にかんがみれば、当事者間に被保険自動車の譲渡の合意がされ、譲受人が当該自動車をその支配下に収め、自己のために運行に用いるに至つたときは、たとえ代金の支払や名義変更手続は完了していなくても、本件免責条項に規定する被保険自動車の譲渡があつたものと解するのが相当であるところ、本件では、前記認定によれば、高村と亡和久との間で代金の支払や名義変更手続は完了していないものの、加害車は高村が大学を卒業した頃以降遅くとも東京から下関に赴任した昭和六〇年四月初旬までに即ち、本件事故発生以前に亡和久に譲渡、引き渡されてその支配下におかれ、同人はこれを自己のために運行に用いるに致つたというべきであるから、本件免責条項により被控訴人は本件事故による保険金支払義務を負わないものというべきである。もつとも、前示のとおり、高村は加害車の引渡の後もその軽自動車税を負担しているが、同税は自動車の所有名義人に対して課されるものであるから、高村がこれを負担していることは加害車の譲渡があつたとの右判断を左右するものではない。」

三  控訴人らは、前記事実二1(二)のとおり本件免責条項は本件については適用がない旨主張するが、成立に争いのない乙第一号証(住友の自家用自動車総合保険普通保険約款・特約条項=本件約款)第六章一般条項第五条によれば、被保険自動車が譲渡された場合でも、保険契約上の権利義務は、当然に譲受人に移転するものではなく、譲渡人が保険契約上の権利義務をも当該自動車の譲受人に譲渡する旨を書面をもつて保険会社に通知し、保険証券に承認の裏書を請求して、保険会社がこれを承認したときに、はじめて保険契約上の権利義務が譲受人に移転し、その後被保険自動車について生じた事故について保険会社は保険金支払義務を負うのであり、右手続がとられないかぎり譲渡された被保険自動車について事故が生じても保険会社は保険金支払義務がない旨定められているのであつて、もとより右通知、裏書の請求が単に保険会社に保険契約につき解除権を行使したり追加保険料を請求する機会を与えるにすぎないものではなく、右手続がとられていない本件にあつては、被控訴人は本件事故につき保険金支払義務を負わないのであり、控訴人ら主張の事情があつても、これによつて本件免責条項の適用が排除されるいわれはない。それゆえ、控訴人らの右主張は理由がない。

控訴人らはまた、被控訴人が前記事実二1(三)のとおり加害車が譲渡されたとして本件契約の終了を主張するのは信義則に反し許されない旨主張するが、前記説示のとおり、本件は、加害車の亡和久への譲渡により加害車が本件契約の対象から外れたか、本件契約は高村と被控訴人との間においてなお継続しているという関係にすぎず、被控訴人において本件契約を継続したことが、それがかりに被控訴人において前記高村の両親に強く勧めた結果であるとしても、加害車についての本件契約の有効性を担保したことになるいわれは全くなく、被控訴人に控訴人ら主張のごとき信義則違反の点は何ら認められないから、控訴人らの右主張も理由がない。

四  以上の次第で、控訴人らの本訴請求を棄却した原判決は相当であつて本件控訴は理由がないからいずれもこれを棄却することとし、控訴費用の負担について民事訴訟法第九五条、第八九条、第九三条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 鈴木弘 時岡泰 宇佐美隆男)

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