大判例

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東京高等裁判所 昭和61年(ネ)3635号 1989年3月16日

控訴人

前橋信用金庫

右代表者代表理事

大崎林三

右訴訟代理人弁護士

足立博

宮本光雄

被控訴人

黒崎廣

右訴訟代理人弁護士

樋口和彦

田見高秀

大塚武一

飯野春正

茂木敦

下田範幸

嶋田久夫

主文

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人の申請を却下する。

3  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴人

主文同旨

二  被控訴人

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

第二  当事者の主張は、原判決事実摘示と同一であり、証拠関係は、本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これらを引用する。

理由

一  申請の理由1及び2の事実は当事者間に争いがない。

二  被控訴人主張の被保全権利について判断する。

控訴人が昭和六〇年九月二六日被控訴人に対し、控訴人の主張する理由をもって懲戒解雇する旨の意思表示(以下「本件解雇」という。)をしたことは当事者間に争いがないが、被控訴人は、控訴人が本件解雇の理由とする業務上横領(金員着服行為)の存在を否定するので、以下解雇事由の有無について検討する。

1  (証拠略)によると、控訴人の本部業務推進部における定期積金の集中集金のシステム(集金から入金処理まで)は、次のとおりであることが一応認められる。

(一)  集中集金係

(1) 集金

集中集金係(昭和六〇年七月当時被控訴人を含めて八名が配属されていた。)は、定期積金集金カード(以下「集金カード」という。)を携帯して集金先(顧客)を訪れ、顧客から定期積金証書(以下「証書」ともいう。)と掛金(現金が主。小切手の場合もある。)を受け取り、証書と集金カードの回次が符合することを確認した上で、それぞれに領収印を押捺し、証書を顧客に返還して集金先を辞する。以下同様の集金方法を繰り返して当日予定の集金先を回る。

(2) 集計及び整理

集中集金係は、右集金業務終了後、帰店して当日集金してきた掛金を金種別に仕訳けしながら金種類表を作成してその合計額を算出する一方、集金カードに基づいて当日集金することのできた集金件数と金額を調べ、手元の合計金額との突合わせを行う。その上で、当日の集金計画、集金実績(集金口数及び金額)、未収金内訳等を記載した集金日誌を作成し、その後、掛金については、金種類表を添えて現金出納袋に納め、集中集金担当役席(補助者)を通じて本部営業部出納係に提出し、集金カードについては、これを一括しその上にバッチカードをのせて輪ゴムで止め、収納ボックスに収める。なお、集中集金係は、集金日誌に基づいて「定期積金集金件数及び金額」と題する集計用紙の該当者欄に当日の集金件数と金額を記入し、集金日誌とともに担当役席に回付する。

(二)  集中集金担当役席(補助者を含む。)

集中集金担当役席は、集中集金係から回付された集金日誌及び「定期積金集金件数及び金額」と題する集計表を点検押印の上、伝票等とともに各収納ボックスに収めて保管する。なお、本部営業部出納係は、右役席(補助者)を通じて受け取った掛金、金種類表とを係別に照合精査する。

(三)  オペレーター

オペレーターは、前記収納ボックスから前営業日集金分の集金カードを取り出した上、まず、集中集金係別に集金カードを点検し、ユニクリップで留めたり、符箋の付けられたもの(小切手で集金のあった分、あるいは二回以上集金した分である。)を選り別け、これらを別途整理する。他の集金カードについては、係別に収納ボックスに入れ、事務管理部の電算機室に運び、同所で集金カードを係別に取り出し、バッチカードを先頭にして集金カードをMSSR機(読取機)に一括入力(一回につき一四五枚入力可能)すると、係別の「集金先及び掛込金額」(ジャーナル)が打ち出される。なお、前記別途整理した集金カードは、係別に一枚ずつ端末機に入力して処理される。

入力処理ずみの集金カードは、係別に一括して収納ボックスに収められた上、ボックス保管キャビネットに返還、収納される。その後、オペレーターは、テラー別精査カードを端末機にかけ、当日入力ずみの集金件数及び集金額との精査照合をする。

控訴人の本部業務推進部における定期積金の集中集金のシステムは、以上のとおりであることが一応認められる。

2  前記争いのない事実に、(証拠略)を合わせ考えると、次のような事実を一応認めることができる。

(一)  被控訴人は、控訴人の本部業務推進部に所属し、定期積金の集中集金の業務を担当し、昭和五八年一〇月以降預金者である大橋巧(昭和五七年六月八日の契約。昭和六二年六月八日を満期とし、掛金は毎月一万円ずつで六〇回掛け、毎月六日払込みの約定。)について集金業務を行ってきた。

(二)  被控訴人は、昭和六〇年九月六日集金業務引継ぎのため後任の塚田欣也(以下「塚田」という。)とともに大橋巧(以下「大橋」という。)宅を訪れたが、その際に大橋が保管する定期積金証書と集金カードとに回次の不突合があり、かつその第三八回掛金(昭和六〇年七月分)については集金カードに領収印を欠くほか、入金処理を示す電算機による印字をも欠き、入金処理も行われていないことが判明した。

(三)  ところで、被控訴人は、昭和六〇年七月六日集金終了後、帰店して当日集金した掛金及び集金カードの整理をした上、当日の集金実績として件数は八七件であり、金額は一三〇万二九〇〇円である旨記載した集金日誌を作成(なお、当日作成された「定期積金集金件数及び金額」と題する集計表にも被控訴人の集金件数八七件、金額一三〇万二九〇〇円と記載。)してこれを集金カードとともに集中集金担当役席に提出し、一方掛金についても金種類表を添えて出納係に提出した。

(四)  担当オペレーター大坪久美子は、同年七月八日右集金カード(七月六日集金分)をMSSR機(読取機)に入力したところ、被控訴人の分については件数が八六件、金額が一三〇万二九〇〇円と打ち出され、前記集計表に記載されている件数と食い違いがあったので、右集計表の件数「八七」を「八六」と訂正し、その旨を被控訴人に伝えた。

(五)  被控訴人は、昭和六〇年八月六日第三九回(昭和六〇年八月分)掛金を集金するため大橋方を訪れ、同月分の掛金を受け取り、証書の掛金領収印押捺欄(以下「掛金欄」という、集金カードも同じ。)にはその第三九回掛金欄に領収印を押捺したが、所携の集金カード(新カード)には、本来昭和六〇年七月分の掛金領収印を押すべき第三八回掛金欄に同年八月分の掛金領収印を押捺した。

(六)  塚田は、前記のとおり、昭和六〇年九月六日被控訴人とともに大橋宅を訪れたが、その際証書と集金カードとの間に回次の不突合があることに気付いた(証書には第一回から第三九回(昭和六〇年八月分)掛金欄まで間断なく、いずれも各月六日ないしその数日後の日付をもって集金担当者の領収印が押捺され、第三八回(昭和六〇年七月分)掛金は同年七月六日の日付をもって集金担当者の領収印が押捺されているが、集金カードの第三八回(昭和六〇年七月分)掛金欄には昭和六〇年七月六日ではなく、同年八月六日の日付をもって被控訴人の領収印が押捺されていた。)。

そこで、塚田は、直ちに被控訴人にその旨を告げ、被控訴人は大橋方の家人に第三八回(昭和六〇年七月分)掛金の集金の有無を確めた後、調査のため証書を貸して欲しい旨頼んで、これを預った。

塚田は、帰店後上司である業務推進部長小林二郎に当日の模様を口頭で報告したが、被控訴人は報告しなかった。

(七)  被控訴人は、同年九月九日小林部長に現金不足事故のあった旨を口頭で報告し、同部長は、被控訴人に対し所定の事故報告書を提出するよう促した。

(八)  被控訴人は、同日塚田とともに大橋宅を訪れ、同所で証書の記載中、第三八回掛金欄の領収日付「60・7・6」を「60・8・6」と、第三九回掛金欄の領収日付「60・8・6」を「60・9・6」と、第四〇回掛金欄の領収日付「60・9・6」を「60・9・9」とそれぞれ訂正した後、これを大橋に返還した。

被控訴人は、帰店後、塚田に所持金の中から一万円を渡し、これを同日大橋から第四〇回掛金として集金したもののように処理することを頼んだ。そこで、塚田は、集金カードの第四〇回掛金欄に同日付で領収印を押捺し(その結果、証書と集金カードの回次が合致するに至った。)、入金処理手続に付し、右集金カードに基づき入金処理がなされた。

(九)  被控訴人は、同年九月一九日に至って小林部長に事故報告書を提出したが、同部長はそれが規程の趣旨(控訴人の出納事務取扱規程によれば、出納係は現金過不足事故が生じた場合には直ちに店長席にその旨報告するが、その原因が当日中に判明しない場合には、とりあえず仮受(払)金勘定で処理する一方、店長は翌営業日までに現金過剰(不足)報告書を提出すべき旨定められている。)にそわないとの理由で受理せず、被控訴人は、同月二一日重ねて「現金不突合についての報告」と題する書面を小林部長に提出したが、同部長はこれを受理しなかった。以上の各事実が一応認められ、右認定にそわない(証拠略)は採用できず、他に右認定を左右するに足りる疎明はない。

3  ところで、前記のとおり大橋の保管する定期積金証書には第三八回(昭和六〇年七月分)掛金欄に昭和六〇年七月六日付で領収印が押捺されているのであるから、被控訴人は、同日大橋方で第三八回掛金として現金一万円を集金したものと一応認めることができる。

(一)  そこで、右第三八回分の掛金が入金処理されていないことの原因について検討する。

(1) (証拠略)によると、集金カードの掛金欄は三六個所であり、掛金回数が三六回を越えるもの(大橋の定期積金の場合、六〇回掛けであったことは前記のとおり)については、第三六回分の掛金集金の後、担当オペレーターが二枚目の集金カード(以下、便宜一枚目の集金カードを「旧カード」、二枚目の集金カードを「新カード」という。)を作成し、電算機にかけて入金処理を行った上で、これを集中集金係に交付し、第三七回分掛金以降はこの新カードにより集金及び入金業務が行われるのが通常の取扱いであったことが、一応認められる。

ところで、(証拠略)によると、本件新カードの第三七回(昭和六〇年六月分)掛金欄には、被控訴人の領収印を欠くが、入金処理を示す電算機による印字(昭和六〇年六月六日集金)が施されていることが明らかで、これを前認定の新カード作成事務に徴すると、第三七回掛金集金日(昭和六〇年六月六日)までには、まだ新カードが作成されなかったので、被控訴人は大橋方では旧カードによって第三七回の掛金を集金したが、オペレーターは右の掛金については新カードを作成の上、これにより入金処理を行った後、遅くとも第三八回(昭和六〇年七月分)掛金の集金日までに右新カードを被控訴人に交付していたものと一応推認することができる。

(2) もっとも、(証拠略)によると、担当オペレーターは、自発的に新カードを作成することなく、集中集金係からの申出によりこれを作成することがあり、旧カードの掛金欄が満杯となっても、直ちに新カードの交付を受けないで、旧カードにより第三七回分以降の掛金の集金を行う者もいたこと(その場合には、旧カードの欄外に領収印を押捺していた。)、MSSR機は集金カードの裏面にある磁気テープを読み取り作動する仕組みであるから、旧カードによる場合、入金処理を示す印字は第一回掛金欄に重ねて印字されることが一応認められる。

以上の事実からすれば、大橋方での第三八回(昭和六〇年七月分)掛金が旧カードにより集金されたとの可能性について、なお検討する必要がある。

そこで、この点について検討するに、前記認定のとおり、大橋方で集金された第三七回掛金(昭和六〇年六月六日)についての入金処理は、現に新カードによって行われていることに加え、原審における被控訴人本人尋問の結果によると、被控訴人は新カードの交付を受けて後、旧カードを破棄していたことが一応認められ、他に右掛金が旧カードによって集金されたことを疎明するに足りる資料はない。

のみならず、被控訴人が旧カードで右の集金をした場合でも、旧カードが入金手続に付される限り、集金カードの裏面にある磁気テープを読み取り作動するという前記MSSR機の機能からすると、特別の事情なしには、右旧カードだけがMSSR機に入金されなかったということもありえない。

被控訴人は、原審及び当審における本人尋問において、オペレーターが右旧カードをみて、これをたんに繰り越し、すなわち新カード交付の申出がなされているものと勘違いして、MSSR機に入力しなかったか、あるいは旧カード裏面の磁気テープが破損、摩耗していたためMSSR機が作動しなかったため入金処理ができなかった可能性がある旨供述するけれども、(証拠略)によると、オペレーターが被控訴人の供述するような勘違いをしたものとは認められない。また、(証拠略)によると、集金カードが損傷していたり、塵芥が付着していたりしている場合、MSSR機は作動しないが、このような場合には、当該集金カードがMSSR機から判読不能のものとして自動的に排出されることが一応認められるところ、右入金処理の際そのような事故のあったことを窺わせるに足りる疎明はない。これらの点にかんがみ、被控訴人の右供述は信用することができない。

(3) そうすると、前記第三八回(昭和六〇年七月分)掛金につき入金処理がなされていないのは、被控訴人が集金カードを入金手続に付さなかったからであるといわざるをえない。

(二)  次に、被控訴人は、当審における本人尋問において、昭和六〇年七月六日の前記集金に関し現金一万円の不足が生じた原因として、集金洩れないし途中紛失の可能性がある旨供述しているので、この点について検討する。

(証拠略)によると、大橋を含めて集金先保管の証書には、いずれも昭和六〇年七月六日付で被控訴人の領収印が押捺されていることが一応認められるから、被控訴人は同日の集金先から洩れなく掛金を集金したものと推認することができ、これを左右するに足りる疎明はない。

もし、集金洩れ、途中紛失により被控訴人が本部に持ち帰った掛金が一三〇万二九〇〇円になっていたものとすると、被控訴人は帰店後の集計、整理の過程で集金件数と金額との相違に当然気付いて直ちにその原因の調査にあたってしかるべきものであるのに、このような行動をとったことを窺うに足りる疎明はなく、被控訴人は同日の集金実績は件数八七件、金額一三〇万二九〇〇円と集計し、実際の集金額一三〇万二九〇〇円と合致するものとして、じ後の手続に付したことは前記のとおりであるから、集金洩れや途中紛失は認め難いものというべきであり、被控訴人の右供述は信用することができない。

4  以上のとおり、被控訴人が昭和六〇年七月六日大橋宅で集金した第三八回(昭和六〇年七月分)掛金(現金)一万円については、入金処理がされなかったものであるところ、入金未処理の原因として検討した前記諸点に加えて、右事実判明後被控訴人のとった行動、とくに自ら右未入金分を出捐する一方、あえて大橋の保管する定期積金証書に加筆訂正して辻褄を合わせるなどの諸点を勘案すると、被控訴人は大橋宅で集金した右現金一万円を前同日着服して横領したものと認めるのが相当である。

被控訴人は、原審又は当審における本人尋問において、右入金未処理が過誤による集金不足という単なる事故である旨の供述をしているが、そのとおりであるとすると、右入金未処理は、何らかの原因で被控訴人が集金した掛金のうち一万円が不足し、かつ何らかの原因で担当者の過誤により集金カードがMSSR機に入力されなかったという偶発的事故が重なってはじめて成り立つことになるのであり、その可能性は極めて低いといわなければならないのみならず、前記検討の諸点に照らして被控訴人の右供述は信用することができない。

そうすると、控訴人が被控訴人には金員着服行為があるものと認定し、右は就業規則四九条一号、三号及び四号(証拠略)に該当するとして被控訴人を解雇処分に付したことについては、その原因があり、かつ信用に立脚する金融機関の性格上やむを得ないもので、もとより有効といわなければならない。

結局、被控訴人の主張する被保全権利については疎明がない。

三  よって、被控訴人の本件申請は疎明を欠き却下すべきものであるところ、これとその趣旨を異にする原判決は不当であるからこれを取り消すこととし、訴訟費用の負担について民訴法九六条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 猪瀬愼一郎 裁判官 山中紀行 裁判官 武藤冬士己)

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