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東京高等裁判所 昭和61年(ネ)630号 判決 1989年2月06日

控訴人 日本曹達株式会社

右代表者代表取締役 三宮武夫

控訴人 日曹商事株式会社

右代表者代表取締役 金倉剛敬

右両名訴訟代理人弁護士 横地秋二

同 大塚利彦

同 大野正男

同 吉川精一

被控訴人 ユーゴリニャ

右代表者マネージング・ディレクター リロビック・ペロ

右訴訟代理人弁護士 窪田健夫

同 山口伸人

主文

一  原判決を次のとおり変更する。

1  控訴人らは被控訴人に対し、各自金八七〇五万三五二四円及びこれに対する昭和五二年六月一四日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被控訴人のその余の請求を棄却する。

二  訴訟費用は、第一、二審を通じてこれを二分し、その一を被控訴人の負担とし、その余を控訴人らの連帯負担とする。

三  この判決一1項は仮に執行することができる。

事実

控訴人らは、「原判決を取り消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の主張及び証拠関係は、次のとおり付加するほかは、原判決事実摘示並びに当審記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

(控訴人ら)

一  出火原因について

1  換気筒の構造と火災発見状況

第一次火災の第一発見者は二等航海士であったが、同人は一番船倉船尾側にある四本の換気筒のうち、左舷側の小さい換気筒から煙が立つのを発見し、その後左舷側の大きい換気筒から煙が出るのを見て、火災警報を鳴らし、直ちに船長室に急行し、船長に火災発見を報告した(この事実は原審において被控訴人が自ら主張した事実である。)。そして、船長は直ちに船橋を昇って、前記四本の換気筒全部から煙が出るのを確認し、ほぼ同時に一等航海士も、同じく右四本全部から黒煙が出ているのを見た。

そして、この四本の換気筒のうち大きい方の二本は下部船倉と下部中甲板に、小さい方の二本は下部中甲板と上部中甲板に、それぞれ通じていたから、第一次火災の最初の時期に双方から黒煙が出たという事実は、火災が下部中甲板で発生したことを裏付けるものであり、下部船倉で発生したとすることとは矛盾する。

なお、下部船倉の火災の煙が下部中甲板に上がり、そこから排煙される可能性があるといっても、下部中甲板には沢山の積荷がぎっしり積まれていたのであり、下部船倉から直接に排出される煙とは相当に時間差を生じるはずである。

2  中甲板爆発と下部船倉火源との矛盾

中甲板に充満したタイヤの未燃ガスが一〇メートル前後も離れた下部船倉の火源と接触して爆発するはずはない。もしそうした態様の爆発が生じたのであれば、下部船倉に充満していたはずの未燃ガスも爆発したはずであるが、下部船倉では爆発は起こっていないのである。

また、中甲板に充満したタイヤの未燃ガスが、下部船倉からの熱気で爆発することもありえない。下部船倉に積まれたタイヤ(ブリジストンタイヤ)の場合、その分解ガスが口火なしに発火する温度は摂氏約四五〇度であるが、もし下部船倉の熱気が中甲板をこの温度以上にしたとすると、これよりずっと低い温度で急分解する下部船倉にあった本件高度さらし粉はこの段階ですべて分解し尽くしてしまったはずである。

このように、第一次爆発が中甲板で起こったとしながら、第一次火災の出火場所を下部船倉であるとするのは背理である。

3  下部中甲板の乾燥ココナツの焼毀状況

第一次火災後、下部中甲板の乾燥ココナツは既に炭化しており、しかもその程度は上部表面より内部に向かうほどひどかった。乾燥ココナツは熱伝導が悪いから、これを下部船倉からの熱気で蒸焼きされたなどと説明することはできないし、もし、蒸焼きされるほどの熱が加われば、その前に木製のハッチボードが焼け落ちて積荷が落下してしまうはずである。

そして、本件事故の結果、一番船倉に積まれた二四七三袋の乾燥ココナツの大半は焼毀し、煙で汚損されるに止まったのは三六〇袋に過ぎなかったことから見ても、第一次火災において既に下部中甲板の乾燥ココナツが焼毀したことは明らかである。

また、下部中甲板の積荷からは第一次火災後、第二次火災前に煙が出ている。

これらの事実は第一次火災において、既に中甲板に火があったことを示している。

なお、火災現場の目撃者の供述中にも、下部中甲板の燃焼を窺わせるものがあり、その供述からみても、下部中甲板が出火場所ではないと判断するのは誤りである。

4  乾燥ココナツの燃焼特性と本件の火災経過との符合

乾燥ココナツは、コプラとほぼ同様に自然発火の原因となる不飽和脂肪酸を含んでおり、その上、本件乾燥ココナツは、その船積の際に降雨のため汚染され、自然発火を促進する条件があった。

また、タバコは船舶火災の最も多い原因であるところ、右乾燥ココナツ船積時に荷役作業員がタバコを捨てた可能性がある。

そして、自然発火、タバコによる着火のいずれの場合も、袋入り乾燥ココナツの堆積の内部から燃える場合は、数日ないし十数日間、燻焼して四囲に広がった後、外部の空気に触れて有炎燃焼に至るのであり、それは乾燥ココナツ船積から第一次火災発生までの時間の経過と符合する。

また、乾燥ココナツ内部の燻焼は、二酸化炭素の放出によっても消火されることはないから、二酸化炭素の放出で抑制されたかに見えながら、それが排出されるとまた発煙、発火に至ったという本件の火災経過ともよく符合する。

5  その他の疑問点

(1) 第一次爆発後、露天甲板のハッチ付近に非常に強い熱気があったが、これは火源がこのハッチの直下にあったことを示すものであり、下部船倉に火源があるとしたら、このような強い熱気が感じられるはずがない。

(2) 第一次火災後、下部中甲板にはアンモニア臭があった。これは下部中甲板のラテックスドラムが火災により焼損したことを示すものであり、下部船倉から出火したと考えることとは矛盾する。

(3) 第二次火災前、下部船倉に入って調査されたが、火、煙はなく、また、下部船倉の温度は下部中甲板の温度より低かった。この点も下部船倉から出火したと考えることとは矛盾する。

6  高度さらし粉の性状と火災状況の不一致

高度さらし粉が急分解し有機物と混触してこれを燃焼させると強い塩素臭を発し、白い粉を飛散させオレンジ色の炎を出す。しかるに、第一次、第二次火災ではこのような現象は起こっていない。これは、第一次、第二次火災に高度さらし粉が関与していないことを示すものである。

また、高度さらし粉が急分解すると酸素を放出して有機物を燃焼させるから、二酸化炭素で消火することはできない(このことは、原審以来、被控訴人が強調するところである。)。ところが、第一次火災では二酸化炭素の注入が有効であったから、このことは、第一次火災に高度さらし粉が関与していなかったことを示すものである。

なお、高度さらし粉は、爆薬ではなく、爆発力もないし、さらに衝撃や摩擦で急分解を起こすこともないが、タイヤの熱分解を起こすほどの温度(摂氏三五〇度ないし四〇〇度)の雰囲気に置かれれば、数分以内に急分解を開始し直ちに分解し尽くしてしまう(また、高度さらし粉が一旦分解すると付近の高度さらし粉缶にその発する熱が伝播して連鎖反応を引き起こし、すべての高度さらし粉が爆発するまでこの爆発が継続するというのが被控訴人の原審以来の主張である。)から、高度さらし粉が三〇数時間も分解し続けることはありえない。したがって、第一次火災が下部船倉で生じたとすれば、高度さらし粉が第三次火災まで生き残り得たはずはないのである。

7  まとめ

以上のとおり、第一次火災が下部船倉からの出火によると考えると説明不能な事実が多くあり、他方、下部中甲板の乾燥ココナツから出火したと疑われる状況がある以上、到底、下部船倉から出火したと推認することはできないというべきである。

二  控訴人らの責任について

本件事故は、もっぱら危険物についての調査、確認をせず、法令に反して酸化性物質である本件高度さらし粉と引火性液体キシレンを含むヒノザン乳剤とを混載する等の違法な積付けをした被控訴人の過失により生じたものである。そして、本件において、控訴人らには高度さらし粉の危険性等に関する周知義務違反はないし、たとえその違反があったとしても、その違反と本件事故の発生との間には因果関係がない。

1  被控訴人の危険性調査義務

貨物を安全に目的地まで運送する義務は、海上運送人(船会社)の最も基本的義務であり、船会社は、その安全確保の上でも、危険物の取扱に重大な責任を負っている。そして、危険物船舶運送及び貯蔵規則(昭和三二年八月二〇日運輸省令三〇号、以下「省令三〇号」という。)、国際危険物海上運送規則(国際機関である政府間海事諮問機構(イムコ)が作成した危険物海上輸送のモデル法規。以下「イムココード」という。)、イギリスの危険物船舶運送取扱要領青本(以下「ブルーブック」という。)等は危険物の海上輸送について詳細な規定をしており、船会社は危険物の積載方法、積載場所、混載の可否等についてこれら規定に従わなければならないのであるから、まずその前提として、危険物の性状を調査確認する必要がある。したがって、危険物の輸送を委託されたときは、船会社はその都度当該危険物について前記諸法規をチェックし、化学辞典を参照するなどして必要な調査を行わなければならないのである。

そして、本件高度さらし粉については、その運賃が通常の雑貨の二倍以上と高額であることからみても、危険物として輸送委託がなされたことは明らかである。

なお、船会社が危険物の性状及び取扱方法を調査、確認するというのは、法令上の建前に止まるものではなく、海運業界においては、危険物の性状及び取扱方法を必ずチェックするシステムが確立され、現実に励行されているのであり、被控訴人がこれを全くチェックしなかったとすれば、その過失は重大である。

2  被控訴人の違法積付け

被控訴人は、危険物の調査、確認をしないまま、省令三〇号、イムココード等に違反して、本件高度さらし粉と引火性液体キシレンを含み、毒物でもあるヒノザン乳剤とを混載し、しかも、省令三〇号により船倉内では高度さらし粉の上に他の積荷を積むことを禁止されているのに、本件高度さらし粉の上にヒノザン乳剤等を積付けたのである。

しかも、被控訴人は本件高度さらし粉缶等が風力八程度の荒天で荷崩れを起こして本件事故の誘因になったかのごとき主張をしているが、この程度の荒天で荷崩れを起こしたとすれば、これも積付けの初歩的不手際である。

3  控訴人らの周知義務

(1) 高度さらし粉の危険性についての一般的認識

高度さらし粉の酸化性物質としての危険性はイムココード等にも明示されており、一般にもよく知られていた。被控訴人は高度さらし粉が爆発物であるかのような主張をし、その性質が知られていなかったと強調するが、高度さらし粉、特に本件高度さらし粉にはそのような危険性はないから、その前提に誤りがある。また、荷役作業員や労働基準局等が知らなかったことを挙げて、その危険性が一般に知られていなかったのように主張するが、本件の場合については輸送自体に責任を有する者の認識が問題とされるべきであり、爆発の危険性という誤った前提を除外すれば、その危険性はそれらの人々の間では一般に認識されていたことが明らかである。

(2) 被控訴人に対する危険性告知

本件高度さらし粉には危険物注意のラベルが貼付されており、また、荷送人テナント・トレーディング・リミテッドの代理人ジャパン・エキスプレスから危険物・有害物事前連絡表(以下、「連絡表」という。)が、また被控訴人の船舶代理人南海物産から化学辞典の抜粋が、それぞれ被控訴人に交付され、それらには高度さらし粉の化学品名が明記され、有機物との接触に対する注意が記載され、特に化学辞典には「強力な酸化剤・可燃物と接触すると爆燃が起こる」との「注意」が記載されていた。さらに、マーゴ号にはブルーブックが備え付けられており、そこにも高度さらし粉の強力な酸化性物質としての危険性について具体的な記載があった。したがって、被控訴人側には本件高度さらし粉の危険性についての十分な情報が与えられ、現に積荷監督ディミニックはこれを知っていたとみるべきである(なお、ディミニック自身が原審の証言でこれを認めている。)。

(3) 事故例について

なお、被控訴人は、高度さらし粉の危険性を強調するために高度さらし粉が関与した多くの事故が発生していたと主張しているが、それら事故の殆どは、高度さらし粉の取扱の誤りや高度さらし粉が類焼した事例であって、高度さらし粉の危険性を示すものではない。

4  周知義務違反と事故発生との因果関係

危険物を荷崩れさせたことにより事故に至ったとすれば、その責任はすべてそのような積付けをした被控訴人にあることは明らかであり、その危険性を告知されていれば荷崩れが防止しえたなどということは考え難いから、控訴人らの周知義務と事故の発生とは何らの関係もないことが明らかである。

また、本件高度さらし粉とヒノザンとの混触が火災の原因であったとして場合、その原因はこれらを混載した被控訴人にその責任があることも明らかである。しかも、積荷監督ディミニックは、少なくとも高度さらし粉が酸化性物質であるとの認識を持っていたのであり、それを知りながらヒノザン乳剤と混載したのは、ヒノザンが引火性液体であることを知らなかったからである。したがって、混載の原因に関しても高度さらし粉の危険性周知の問題が無関係であることは明らかである。

(被控訴人)

一  出火原因について

1  第一次火災発見時の発煙状況について

一番船倉船尾側の四本の換気筒のうち小さい方から先ず煙が出たとの控訴人らの主張は何らこれを裏付ける証拠がない。むしろ、積荷に関するマーゴ号の最高責任者である積荷監督ディミニックは、大きい方から先に煙が出ているのを見ている。ディミニックは、船長、一等航海士よりも早く煙を見たと考えられるから、このディミニックの供述と四本全部から煙が出ていたとの船長らの供述との間に、矛盾はない。

このように四本全部から煙が出たのは、下部船倉で発生した火災の煙が上昇し、上部のハッチボードの隙間から下部中甲板に入って下部中甲板にある各換気筒の開口部に吸いこまれた結果であるとも考えられるのであり、発煙状況から出火場所を特定することはできないのである。

2  第一次爆発の場所とその原因について

第一次爆発は下部船倉で燃焼したタイヤから発生した未燃性ガスが、重い二酸化炭素の下部船倉への注入によって上昇して下部中甲板、上部中甲板に充満し、高度さらし粉が燻っていることによる下からの熱で爆発限界に到達し、下部中甲板(又は上部中甲板、又は両方)で爆発したものである。なお、下部船倉で爆発が生じなかったのは、注入された二酸化炭素が充満していたため、下部船倉に爆発するだけの未燃性ガスがなかったためである。

3  乾燥ココナツの焼毀状況について

控訴人らは乾燥ココナツ自体が燃えたことを前提に主張しているが、そのような証拠はない。もし、自然発火等で乾燥ココナツ自体が焦げていたのなら、第一次火災後にこれを検査したローレンス検査人らが見逃すわけがない。

乾燥ココナツが下に行くほどその品質が低下していたというのは、熱が下部から加えられ、蒸焼きにされたことを示しているである。

なお、被害報告書(甲第一二五号証)で、焼失を免れた乾燥ココナツが三六〇袋に過ぎないとされているのも、第一次火災後、荷揚げされた袋が少なかったとすれば、何ら不思議ではないし、「焼失」というのも、熱影響を受けたという趣旨であるとも解しうるのである。

4  乾燥ココナツの自然発火について

乾燥ココナツは、自然発火することで知られるコプラとは製法、衛生管理が全く異なり、またそれに含まれる脂肪酸も不飽和性ではなく、飽和性のものであって酸化しにくく、酸化による熱も発生しない。したがって、発火の可能性はない。

そして、自然発火に至るには、乾燥ココナツ内部での微生物の増殖が必要であるが、乾燥ココナツは四重のクラフト紙とポリエチレンからなる袋に入っているから、仮に袋が雨に濡れても中に湿気が及ぶことはなく、微生物の増殖もない。さらに、仮に微生物が増殖しても、それによる発熱が摂氏七〇度を超えることはないから、自然発火に至る余地はない。

しかも、仮に乾燥ココナツ自体が雨に濡れ、微生物による反応活動が起こったとしても、発火に至るには少なくとも一四日はかかるはずのところ、本件乾燥ココナツが雨に濡れてから第一次火災までは一一日しか経過していないから、この点でも乾燥ココナツ自然発火説は否定される。

また、下部中甲板の乾燥ココナツが自然発火したとしても、その熱が下に移動して、下部船倉の本件高度さらし粉に到達し、これを爆発させることはあり得ない。また、乾燥ココナツ内部で自然発火したとしても、下部中甲板に火災が発生するためには、火が外部に出る必要があるが、そうすれば、当然外部、しかも上の方に焦げた袋が発見されるはずである。ところがそのような袋は発見されていない(この点は、乾燥ココナツのタバコによる着火説にも当てはまる矛盾である。)。

5  その他の疑問点について

(1) 露天甲板の熱気

第一次爆発後、露天甲板まで熱気が出たことは、下部船倉からの熱気が吹き上げたと考えれば、下部船倉出火説と何ら矛盾するものではない。

(2) アンモニア臭

第一次火災後下部中甲板にアンモニア臭がしたことは、ラテックス缶が破損したことを示すだけであり、それが焼損したという根拠はない。結局、アンモニア臭がしたことは、下部中甲板で出火したことと何ら結びつくものではない。

6  高度さらし粉の性状と火災状況について

第一次火災は高度さらし粉自体の爆発ではないから、オレンジ色の炎が出なかったのは当然である。第二次爆発には高度さらし粉が関与していたからオレンジ色の炎が換気筒から噴出した。

第一次火災自体は高度さらし粉が火源であったため、二酸化炭素の注入では完全鎮火が不可能であり、火勢を抑えただけだったので、高度さらし粉の再燃を防止することができなかった。もし、乾燥ココナツ等の一般雑貨が火源であれば、二酸化炭素の注入で完全鎮火が可能であったはずである。

本件事故の特徴は、二酸化炭素の注入で火災を抑制したが、その排出により、火災が発生するということが反復されている点にあり、これは高度さらし粉火災の特徴である。

なお、本件高度さらし粉が第三次火災まで生き残ったのは、六〇パーセント高度さらし粉は七〇パーセントのものと比べれば反応は弱く、必ずしも連鎖的に反応して全部が急分解するものではないことを示すものである。特に、本件においては、第一次火災当時、本件高度さらし粉ドラム缶は密着して整然と並んでいたのではなく、荒天の影響で移動していたから、一個のドラム缶の急分解は他のドラム缶の急分解をもたらすほどの熱伝導をしなかったのである。

7  下部中甲板の火災が下部船倉に延焼する可能性について

控訴人らが主張するとおり、下部中甲板の乾燥ココナツからの出火があったとしても、それが下部船倉に移動するには、積荷の底部にまで達して下部中甲板ハッチボードを燃やし、ボードを下に落とす必要がある。しかし、火災現場を見た者の中でそのような形跡があったと供述する者はいないし、船体(一番船倉)の熱影響による損傷部位自体が下部船倉からの延焼経過を裏付けている。

二  控訴人らの責任について

1  控訴人らの危険性周知義務違反

控訴人らが高度さらし粉の危険性についての周知義務を尽くしていなかったことは次の各事実により明らかである。

(1) 流通関係者の認識の程度

本件事故当時、高度さらし粉の流通に関与する荷役会社、船会社、海事検査人、港湾における荷役作業の安全委員及び労働基準局等も、高度さらし粉の爆発の危険等の真の危険性については認識がなかった。さらに、当時、控訴人日本曹達製造の高度さらし粉を専属的に取り扱っていた化学薬品輸出業者伸和通商株式会社や同じく控訴人日本曹達製造の高度さらし粉の港湾業務を専属的に代行していた乙仲業者新和企業株式会社すら、高度さらし粉の真の危険性についての認識はなかった。

これらの事実は、本件事故後まもなく横浜港に停泊中のマノロ・エバレット号船上で起こった高度さらし粉爆発事故(以下、「エバレット号事件」という。)後の調査で十分に確認されていることである。

(2) 事故の多発と控訴人らの対応

本件事故以前にも、高度さらし粉が原因とみられる多数の事故が発生しており、船舶上の事故の発生も多かったが、控訴人らはその事故原因の調査をせず、また、その流通経路で高度さらし粉がどのように取り扱われているかについての調査をしたこともなかった。

(3) ラベルの不貼付

本件高度さらし粉には何らのラベルが貼られていなかった。これは、連絡表や送り状にラベルについての記載が全くないことなどによっても裏付けられる。

仮に、乙第一一、第一二号証のようなラベルが貼られていたとしても、酸化性物質であることは明示されておらず、危険性を表示するには不十分である。

(4) 告知内容の不十分

ジャパン・エキスプレスが発行した連絡表は、控訴人ら側が被控訴人側に提供した唯一の危険性告知内容であるが、貨物の化学名を「晒粉」と曖昧に表示したばかりでなく、注意事項においても火災、爆発の危険性には全くふれない不十分なものであった。

なお、控訴人らは被控訴人の代理店南海物産が提供した化学辞典、マーゴ号に備え付けられていたブルーブック及び省令三〇号により、高度さらし粉の危険性は告知されていたかのような主張をするが、それらは控訴人らが関与しない資料であり、それらが存在するからといって、控訴人らの周知義務が免除されるものではない。

しかも、右化学辞典の記載は、爆発等の高度さらし粉の真の危険性には触れておらず、その記載事項によっては不十分な認識しか得られないものであった。

2  周知義務違反と本件事故発生との因果関係

本件高度さらし粉の危険性が周知されていれば、被控訴人はその船積を拒否したはずであるから、周知義務違反と本件事故の発生との間に因果関係があることは明白である。また、仮に船積したとしても、全く異なる船積形態、即ち他の貨物と完全に隔離して積み付けるか、甲板積みにして事故の発生は避けられたはずである。

高度さらし粉の真の危険性が認識されれば、その船積みの安全確保が格段に進むことは、エバレット号事件後の関係者の協議、努力によって安全基準を設定する等の成果があったことをみても明らかである。

3  被控訴人の危険性調査義務について

控訴人らは、積荷の危険性を調査するのは海上運送人の基本的義務であると主張するが、それは、危険物の製造者等の危険性周知義務を運送人側の調査義務に転嫁するものであって、不当である。運送人が安全に危険物を運搬するためには、その前提として、荷主側の危険物の内容明示と取扱方法の告知が必要なのであり、ひいては危険物製造者側が危険性を周知徹底させることが必要なのである。

特にマーゴ号のような一般雑貨を運送する船舶の場合には、数百種類の積荷を各港で短時間に積み取っていくため、荷主の適切な申告がなければ、その処理は不可能である。

4  積載方法の違法性について

被控訴人は本件高度さらし粉、ヒノザン乳剤とも、荷主の申告に従い、通常の方法で船倉に積み付けたものであり、この点に何らの過失はない。本件高度さらし粉、ヒノザン乳剤ともそのドラムには危険品を示すラベルは何も貼られていなかった。控訴人らが、積付方法を云々するなら、その前提として危険品ラベルを貼り、適切な積付方法を指導し、事故の発生の危険性について周知徹底させるべきであった。

本件高度さらし粉をヒノザン乳剤と混載した点も、被控訴人は、荷主側からヒノザンが引火性液体を含むことを全く知らされておらず、肥料であると信じていたのであるから、これを被控訴人の過失とはいえない。

なお、本件高度さらし粉が荷崩れを生じたとしても、風力八の荒天というのは、マーゴ号が左右に二〇度前後も揺れるほどの激しさであるから、積付方法が不適切であったということはできない。

理由

第一本件事故の発生等

一  本件事故の発生

昭和四八年七月九日午後二時五分ころ、南緯二九度五〇分、東経三七度三四分のインド洋上を航行中のリベリア船籍の貨物船マーゴ号の一番船倉で火災が発生したことが発見され、同日午後二時四〇分ころ、一番船倉で爆発が起こったこと(一次火災及び一次爆発)、このため、マーゴ号は、南アフリカ共和国のダーバン港に避港したが、同月一一日午後九時五分ころ、同港において、一番船倉で爆発が起こり、火災が発生したこと(第二次火災及び第二次爆発)、更に、同月一四日午前九時以降数度にわたり、同じく一番船倉で爆発が起こり、火災が発生したこと(第三次火災及び第三次爆発)、これら一連の火災と爆発によりマーゴ号の船体は損傷し、積荷も被害を受けたこと、以上の事実は当事者間に争いがない。

二  本件事故と本件各当事者との関係

1  《証拠省略》によれば、被控訴人は、船舶による物品の海上運送を主たる事業とする会社であり、四月一七日パナビエロとの間で、同社所有のマーゴ号についての定期傭船契約を締結し、五月一七日、横浜港においてマーゴ号の引渡を受け、本件事故当時、マーゴ号を貨物運送のために航行させていたことが認められ、この認定に反する証拠はない。

2  控訴人日本曹達が、化学製品の製造販売を目的とする会社であり、本件事故当時、マーゴ号の一番船倉に同社が製造して販売した六〇パーセント高度さらし粉(本件高度さらし粉)が積載されていたこと、控訴人日曹商事が、控訴人日本曹達の一〇〇パーセント出資により設立された控訴人日本曹達製造の化学製品等の販売を目的とする会社であることは、いずれも当事者間に争いがない。

第二本件事故の原因について

一  本件事故原因解明の前提となるマーゴ号の構造、同船の一番船倉の積付状況、コロンボ出港後の航海状況、本件火災、爆発の状況とそれによる損傷状況についての当裁判所の認定、判断は、次のとおり付加、訂正するほかは原判決理由説示第三の一項(原判決一九枚目表一〇行目ないし同三四枚目裏六行目)と同一であるから、これを引用する。

1  原判決一九枚目裏四行目の「甲第一四号証」から同五行目の「第一一一号証」までを「甲第一二、第一一一、第一一二、第一一四号証」と改める。

2  原判決二〇枚目裏一〇行目の「縦約一五・九メートル」を「縦約一五・四メートル」と、同一〇、一一行目の「横約一五・六メートル」を「横は、船首側で一五・六メートル、船尾側で一七・八メートル」とそれぞれ改め、原判決二一枚目表一行目の「狭小になっており」の次に「(但し、下部中甲板の縦は一五・九メートルと大きくなっている。)」を加え、同四行目の「七・五メートル」を「七・一メートル」と、「八・一メートル」を「七・七メートル」と、それぞれ改める。

3  原判決二一枚目裏八行目の「木製ハッチボードで」を「船首、船尾方向と直角に数本の鋼製ハッチビームを渡した上、船首、船尾方向に木製ハッチボード(長さ一・五メートル以上、幅三〇センチメートル)を一〇〇本近く並べることにより」と改める。

4  原判決二二枚目裏五行目の「甲第一一一号証」の次に「、第一一二号証、第一一七号証」を加え、同六、七行目の「第一一七号証」を削除し、同九行目の「甲第一五一号証、」の次に「当審証人大久保俊美知の証言により真正に成立したと認められる乙第六二号証の一、二、」を加え、原判決二三枚目表三行目の「第一一二号証、」を削除する。

5  原判決二三枚目表末行の「一六六缶」の次に「(総重量約四三・七トン)」を加え、同裏一行目の「二段にわたって」を「船首側半分くらいまでは二段、残りは一段にして」と改め、同裏二行目の「荷敷」の前に「二重の」を加え、「その上に」を「右一段積みヒノザンドラム缶の上に当たる位置に」と改め、同裏四行目の「四四五缶」の次に「(総重量約二四・五トン)」を、同裏八行目の「一〇組」の次に「(総重量約一〇トン)」を、同裏一〇行目の「一七五六本」の次に「(総重量八七・八トン)」を、それぞれ加える。

6  原判決二四枚目表九、一〇行目の「、デキストラン(D―グルコースから成る多糖類の一種)一〇〇カートン」を削除する。

7  原判決二四枚目裏八、九行目の「一般雑貨一〇〇ケース」を「デキストラン(D―グルコースからなる多糖類の一種)一〇〇カートン(総重量二・四トン)」と改める。

8  原判決二五枚目裏二行目の「二八〇〇袋」を「二二八〇袋」と改め、同六行目の「六九パレット」の次に「(総重量六九トン)」を、同一〇行目の「収納した缶」の次に「七五缶(総重量一七トン)」を加え、原判決二六枚目表四行目の「一部」を「約三分の一(総重量三〇トン以上)」と改める。

9  原判決二七枚目表五行目の「続き、」の次に「特に同日午前一一時以降は風力八で」を加える。

10  原判決二七枚目裏二行目の「第一一五号証」を「第一一六号証」と改め、「第一二六号証」の次に「、第一六三号証」を加える。

11  原判決二七枚目裏七行目の「見張」を「船橋において見張中」と、同裏末行の「火災警報を聞いた積荷監督ディミニック」を「積荷監督ディミニックは、自室でゴムの燃えるような臭いを感じ、船橋に昇る途中で右火災警報を聞いたが、その時、」と、同二八枚目表一行目の「煙」を「余り濃くない煙」と、同二行目の「その後、船長及び一等航海士は」を「一方、火災警報を自室で聞いた船長と一等航海士は、二等航海士の報告を受けた後に船橋に昇り、」と、同四行目の「ゴムを焼く」を「ゴムを焼くような」と、それぞれ改める。

12  原判決二八枚目裏五行目の「タイヤの燃える」を「タイヤの燃えるような」と改め、同二九枚目表三行目の「変更した。」の次に「そのため、マーゴ号は左舷に大きな横波を受けて激しく横ゆれするようになり、同日午後七時四〇分ころには甲板積貨物のいくつかが海中に放り出されたが、船員がその貨物をしばり直すには余りにも危険な状態であった。」を加える。

13  原判決二九枚目表五行目の「消防官」から同七行目の「スミス等」までを「ダーバン消防署主任官代理ジャック・スミス(以下「スミス消防官」という。)、船主責任相互保険組合の検査人ブライアン・ローレンス(以下、「ローレンス検査人」という。)等」と改め、同裏三行目の「船首倉」の前に「一番船倉に隣接する」を加える。

14  原判決三〇枚目表五行目の「このとき」から同六行目末尾までを削除し、同七行目の「前部」から同裏二行目末尾までを「ハッチボードを取り外して、まず消防官が下部中甲板に降りて調査をしたところ、静かなもやのような煙があるが現在火が燃えているような兆候はなかったので、二酸化炭素を船倉から排出した上、荷役作業員らが下部中甲板に入り、さらに下部船倉の調査をする目的で、まず、下部中甲板ハッチの上に積付けられた乾燥ココナツ袋の荷揚げを開始したが、それはひどく乱れてはいなかったものの、紙製の袋は煙で汚れ、熱にさらされた結果によるものか、手を掛けると破れ易く、また、荷揚作業が進むにつれて、品質が低下してきたので、バケツで掬い入れて搬出を続けた。なお、下部中甲板の乾燥ココナツの船尾側に積付けられていたパレット積ゴム、ラテックス缶の状況は、乾燥ココナツに妨げられ、調査することができなかった。」と改める。

15  原判決三〇枚目裏三行目の「前部に」を「前部のハッチの上に」と、同五行目の「ゴムが燃えた」を「ゴムが燃えるような」と、それぞれ改め、同七行目の「前記煙は、」の次に「下部中甲板ハッチのハッチボードの隙間を通して」を加える。

16  原判決三一枚目表三行目の「大きな爆発音」から同七行目末尾までを、「にぶい爆発音とともに船首楼甲板の換気筒の上まで炎が噴出し(第二次爆発)、ハッチからは黒い煙がゴムの焼けるような臭いと共に出てきた。右爆発により露天甲板ハッチ及び上部中甲板ハッチの各ハッチボードの一部が、それぞれ、上部中甲板、下部中甲板に落ちた。」と改める。

17  原判決三二枚目表二行目の「達したところ、」の次に「約五つのハッチボードがなくなっており、」を、同五行目の「下部船倉」の前に「消防官と荷役作業員らは、そのハッチボードを外して下部船倉に降りたところ、」を、それぞれ加え、同末行の「タイヤの後方」を「焼損の著しいタイヤの船尾側」と、同裏一行目の「免れていた」を「免れていたし、その更に船尾側に積まれた袋入り乾燥ココナツも煙で汚れた程度で、消防官たちがその上に立つことができた」と、同裏二、三行目の「黒くなっていたし」を「煙で黒く汚れていただけであったが、」と、それぞれ改める。

18  原判決三二枚目裏末行の「同月一四日」を「同日から翌一四日早朝にかけて徹夜でタイヤの荷揚げ作業が進められたが、一四日」と改める。

19  原判決三三枚目裏七行目の次に行を改めて「同月一九日露天甲板ハッチのハッチボードの後部が検査のために開けられたところ、上部中甲板から煙と炎が出た。」を加える。

20  原判決三四枚目表末行の次に行を改めて「また、大量の乾燥ココナツの袋が破れたため、下部船倉に残された水は泥のようになっていた。」を加える。

二  第一次火災の出火原因

1  右一で認定した事実に基づき、第一次火災の出火場所について検討するに、① 七月九日積荷監督、船長、一等航海士らが第一次火災を知ったとき、黒い煙が上がりゴムの燃えるような強い臭いがしたこと、② 同月一一日、第一次火災後、初めて一番船倉か開けられた際、上部中甲板には、ゴムが燃えて発生したようなタール状の物質が付着していたこと、③ 同日、スミス消防官らが下部中甲板を検分したが、火元らしい形跡を発見していないこと、④ 同日、下部中甲板からの荷揚中に、下部船倉から煙が上がり、ゴムの焼けるような臭いがしたこと、⑤ その後まもなく、第二次爆発が生じたが、これに続く第二次火災後の同月一三日に下部中甲板が調査されたところ、船尾側のパレット積みゴムの周囲には若干の火災による被害があったが、その被害の大部分は、煙と熱によるものであったこと、⑥ 同日、下部中甲板のハッチボードの中に上側は焦げずに下側が焦げているものがあるのが検分されていること、⑦ 同日、下部船倉前部に積まれたタイヤは火と煙により著しく焼損しており、しかも下に進むにしたがいその焼損度は深刻であったこと、⑧ 一番船倉の積荷のうち、燃焼してゴムの焼けるような臭いを発するものは、下部船倉のタイヤと下部中甲板のパレット積みゴムしかなかったこと(前記認定のとおりラテックスも積まれていたが、《証拠省略》によれば、ラテックスは缶入りで水分を多量に含み、その水分がすべて蒸発しなければ燃焼することがないこと、しかも、加熱されると安定剤として添加されているアンモニアがまず揮発して強い臭いを発することが認められるから、第一次火災の経過とは全く符合しないことが明らかである。また、《証拠省略》中には、ヒノザンはニトリルゴムを含むから燃えるとゴム臭がするとの部分があるが、これに反する《証拠省略》に照らし、採用しがたい。むしろ、《証拠省略》によれば、ヒノザンはニトリルゴムを含有しないと認められる。)、これらの事実に前記認定の一連の火災の経過をも勘案すると、第一次火災は下部船倉で出火したものと推定すべきである。特に、第一次火災ではかなり多量のゴムの燃焼が明らかであるところ、第二次火災後においても下部中甲板のゴムには燃焼した形跡が乏しかったこと、下部中甲板は第一次火災後に消防官が検分しているが火元らしいものが発見されていないことは重視されなくてはならない。

2  控訴人らは、第一次火災が下部船倉で出火したとするには、矛盾、疑問な点があるとして、種々の主張をするので、以下、順次判断する。

(1) 換気筒の構造と火災発見状況

第一発見者である二等航海士が、一番船倉の船尾側換気筒のうち、小さい方(上部、下部中甲板のみに通ずるもの)から先に煙が上がるのを発見したとの点については、これを認めるに足りる証拠はない。そして、積荷監督ディミニックは火災発生を自ら感知し、船橋に昇る途中で火災警報を聞いたのであるから、火災警報と二等航海士の報告とを聞いてから船橋に昇った船長、一等航海士よりも先に換気筒の発煙状況を見たと判断すべきであり、ディミニックが大きい方の換気筒(下部中甲板と下部船倉に通ずるもの)からのみ煙が出ているのを見たことと船長らがすべての換気筒から煙が出ているのを見たこととは矛盾しないというべきである。そして、下部船倉に通じる大きい方の換気筒から初めに煙が出たことは、下部船倉で出火した可能性が大きいことを示すものである。もっとも、右各目撃者の報告する状況からも、大きい方からの発煙開始と小さい方からの発煙開始との間にはあまり時間差がなかったことが窺えるが、前記認定の積付状況及び《証拠省略》によれば、下部船倉及び下部中甲板の積荷の各上部には、ハッチボードとの間に数十センチメートルの空間があったことが認められ、また各ハッチボードの間には隙間があり、下部中甲板ハッチ上の積荷、特に木材にも煙が昇る隙間があったことは前記認定のとおりであるから、後記認定のとおり下部船倉前部で生じた火災による煙が、後部にある下部船倉及び下部中甲板の各換気筒開口部に達する時間に大きな差はなかったものと推認しうるのであり、したがって、各換気筒の発煙開始時間の差が短いからといって、第一次火災が下部船倉で出火したと推認することと矛盾するものとはいえない。

(2) 第一次爆発の発生場所とその火源

前記認定の第一次火災後に検分された上部、下部中甲板内の状況からすると、第一次爆発が中甲板で発生したことは明らかである(この点は当事者間にも争いがない。)。そして、その爆発がゴムの未燃性ガスによるものであり、下部中甲板のみで発生したとすれば、下部船倉から昇る熱気のみで爆発が生じるかどうかには疑問が残る。

しかし、《証拠省略》によれば、前記認定の第一次爆発のような経過、態様、結果の爆発は、可燃性ガスが関与しなくても密閉した船倉内に二酸化炭素が急速に注入され、これが熱膨張することによって生じうることが認められるから、第一次爆発がこのような原因によるものであるとすれば、中甲板に火源がなくても何ら矛盾はない。そして、第一次爆発と第二次爆発とは、共に二酸化炭素注入後まもなく発生していることは、原因についての右のような推測を根拠づけるものともいえる。

また、前記認定のとおり、第一次爆発で露天甲板のハッチカバーが持ち上がり、上部中甲板ハッチのハッチボードが乱れたのに対し、下部中甲板の積荷はハッチ上のものを含めて乱れはほとんど生じなかったのであるが、中甲板で生じた結果から見て爆発がさほど強力ではないと推認されること、下部中甲板ハッチには隙間があったこと及び積荷とハッチボード等との間にはかなりの重量差があることを考えると、下部中甲板の積荷に乱れがないからといって下部船倉では爆発が生じなかったと即断することはできないというべきである。そして、第二次爆発は、その経過から考えて下部船倉でも起こったことが強く推測されるのであるが、前記認定のとおり、第二次爆発後においても、下部中甲板の積荷に顕著な乱れはなかったのである。

しかも、第一次爆発がゴムの未燃性ガスによって下部中甲板で起こったものであり、下部船倉では起こっていないとしても、第一次火災の際には下部中甲板において右ガス爆発の口火となるような炎は一切生じていないとも断定しがたい。

したがって、第一次爆発場所と火源の問題も、第一次火災が下部船倉で出火したとの推認を覆すに足りるものではない。

(3) 下部中甲板の乾燥ココナツの焼毀状況

前記認定のとおり、第一次火災後、下部中甲板から荷揚げされた乾燥ココナツは、袋が破れ易く、荷揚作業が進むにつれて品質が低下していたのであるが、右品質低下が炭化していたことを意味すると解することは困難である。

すなわち、《証拠省略》によれば、本件事故による積荷の最終的な損害調査において、一番船倉に積まれた乾燥ココナツ二四七三袋のうち、三六〇袋が煙による損害を受け、残りは一〇〇パーセント焼失した(burnt and destroyed)とされていることが認められるが、前記認定のとおり第一次火災後の七月一一日の下部中甲板の乾燥ココナツの荷揚げは、下部中甲板ハッチに到達して下部船倉の調査をする目的で行われたのであり、しかも、ハッチに到達する前に第二次爆発のため中断されたのであるから、その間に荷揚げされたのは、下部中甲板の乾燥ココナツのうちハッチ上の一部であって、その数量はさほど多くないことが明らかであって、この分以外が第二次火災以降に「焼失」したとも解しうるし、「焼失」というのも熱の影響等で破袋して汚れたものを含むものとも解しうるから、右「焼失」数量から、第一次火災により乾燥ココナツ自体が燃焼して炭化していたとは、推認しえないのである。そして、《証拠省略》によれば、右一一日の下部中甲板の状況の検分結果につき、ローレンス検査人は前記のように「品質低下」を報告しているが、スミス消防官は、乾燥ココナツについて取り立てて報告していない(同消防官は第二次火災後の下部中甲板の積荷の状況も検分しながら火元らしいものはないと報告している)ことが認められ、この両者の報告を対比すると、ローレンス検査人のいう「品質低下」は、燃焼等による炭化を意味するものではないと解すべきである。この解釈は、《証拠省略》によれば、昭和五八年三月一〇日付け書簡において、ローレンス検査人自身が「下部中甲板の積荷が単に煙により汚れ、熱の為に損傷を受けただけであった」と述べていることが認められることに照らしても、相当性が裏付けられるというべきである。

したがって、前記三六〇袋以外の乾燥ココナツがすべて炭化していたことを前提とした上で、下部船倉の火災によってハッチボードや下部中甲板床を通しての加熱のみで乾燥ココナツが炭化することがあり得るかどうかを論じることは意味がないといわねばならず、下部船倉からの出火による乾燥ココナツの炭化可能性を否定する《証拠省略》は、第一次火災が下部船倉から出火したとの推認を覆すに足りるものとはいえない。

なお、一一日に下部中甲板の積荷の間から生じているかに見えた煙は、ハッチを通して下部船倉からたち昇ったものであることは前記認定のとおりであり、下部中甲板の積荷自体が燃焼して煙を出していたことを認めるに足りる証拠はない。

(4) その他の疑問点

《証拠省略》によれば、一等航海士は七月九日の第一次爆発の直後、露天甲板ハッチからの煙は多くなかったが熱気があったと供述していることが認められるが、その熱気の程度は必ずしも明らかではなく、しかも、爆発直後に煙と共に熱気が出てきたというのであるから、爆発で熱気が吹きあげられる可能性は高いことを考えると、この熱があったことをもって露天甲板から遠い下部船倉で第一次火災が出火したと推認することと矛盾するものとは到底いえない。

また、前記認定のとおり、七月一一日にハッチを開けて消防官らが上部中甲板に入った際、アンモニアの臭気が感じられたものであるところ、ミルトン証言によれば、一番船倉の積荷でアンモニアを含むのは下部中甲板に積まれたラテックスだけであると認められる。したがって、この臭気があったことから、そのとき既にラテックスを入れた缶の少なくとも一つの蓋が外れていたものと推認することができるが、前記認定のとおり第二次火災後の検分でも下部中甲板の積荷に火元らしい痕跡がないと報告され、ラテックスの被害には積極的に触れられていないことに照らすと、ラテックスが焼損していたとまで推認することはできない。そして、第一次火災前後の荒天を考えると、船の動揺によってラテックスの缶の蓋が外れた可能性は高いとみられるのである。

さらに、七月一一日朝の温度測定等で、下部船倉が下部中甲板よりも温度が低いとの結果が得られたことは前記認定のとおりであるが、その差は僅かであり、温かい空気は上昇することを考えれば、右温度測定の結果と下部船倉で第一次火災が発生したと推認することとは何ら矛盾しないというべきである(なお、隔壁に触れての暖かさの違いについても、既に火災が抑制されてから時間が経過し、元々火源が隔壁から離れていたとすれば、温かい空気の上昇による気温の差とみるべきである。)。

3  そこで、第一次火災は下部船倉のうちどの付近で出火したかを検討するに、前記認定のとおり、① 火災発生後初めて下部船倉内が検分されたのは第二次火災後の七月一三日の夜であるが、その際、下部船倉前部の上の方に積んであるタイヤが火と煙で著しく焼損し、しかも、その度合は下に進むほど深刻であったこと、② タイヤの上部に積まれていたデキストランのカートンは、熱と煙で汚損、損壊されていたこと、③ これに対し、そのタイヤの船尾側に積まれた繊維の梱包の被害は重篤ではなく(特に、その上部の焼損を免れていた。)、その更に船尾側の乾燥ココナツは、煙で汚れた程度であり、また、ハッチの真下の前方(前記タイヤより船首側とみられる。)に積まれた藤の杖も煙で汚れた程度であり、右舷側前方に積まれたタイヤの焼損度もさしたることはなかったこと、④ そして、他の下部船倉の積荷の被害状況は積極的に報告されておらず、①ないし③で報告されている積荷より被害は軽微であったと推認されること、以上の事実からすれば、第二次火災までの下部船倉での火災はもっぱら前部のタイヤ付近が中心であり、しかも、タイヤ積付け箇所の最前部ではないこと及びタイヤの燃焼が上部からではなく下部から始まったことが推認され、この推認を覆すに足りる証拠はない。

4  さらに、出火の原因、延焼経路につき検討する。

前記認定のとおり、下部船倉のタイヤ積付位置の下に積まれていた積荷は本件高度さらし粉と農薬ヒノザンであるから、まず、これらが出火の原因になりうるかどうかの判断の前提として、その化学的性質を明らかにする必要がある。

(1) 本件高度さらし粉の化学的性質

《証拠省略》によれば、次の各事実が認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

① 高度さらし粉は、次亜塩素酸カルシウムを有効成分とし、その余の成分として塩化ナトリウム、塩化カルシウム、アルカリ類及びごく僅かな水分を含む化学薬品であり、プールや飲料水の殺菌、消毒を主な用途としている。そして、有効成分の含有量により、それが六一ないし六三パーセントの六〇パーセント高度さらし粉とそれが七二ないし七五パーセントの七〇パーセント高度さらし粉に分けられる。そして、本件高度さらし粉は、前記のとおり六〇パーセント高度さらし粉であった。

② 高度さらし粉は、強力な酸化剤であり、常温でも緩慢な自然分解を続け、酸素を放出し熱を発生させるが、特に水分を吸収したとき、直射日光を受けたとき、酸、有機物、還元性物質が混入したとき、加熱されたとき、強い衝撃を受けたときには、急激に組織分解を起こし、その放出する酸素と熱のために可燃物とともに爆発的に燃焼し、高度さらし粉が爆発したかのような状況を呈することがあるが、高度さらし粉自体が爆発するわけではない。高度さらし粉が爆発的に燃焼する際には、塩素臭を発し白い粉が吹き上げ、カルシウムの燃焼に特有なオレンジ色の炎を上げる。

③ しかし、右に述べた高度さらし粉の危険性は、七〇パーセント高度さらし粉に比べ、六〇パーセント高度さらし粉は相当に低い。また、同じ有効成分のものでも、不純物が含まれていると不純物の性質いかんによっては、その危険性が急激に高まり、外部からの作用がなくても急激な組織分解を起こすことがある。

④ 高度さらし粉は、省令三〇号による危険物の分類においては、酸化性物質ではなく、水又は空気と作用して危険となる物質とされて規制されているが、イムココード(国際危険物海上運送規則)では、酸化性物質、即ち、容易に酸素を遊離し、他の物質の燃焼を刺激し、その火勢を増大させる恐れのある物質に分類され規制されている。

(2) ヒノザン乳剤の化学的性質

《証拠省略》によれば、次の各事実が認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

① ヒノザンは、病害虫防除を目的とした農薬(有機リン製剤)で、その有効成分はO―エチル―S・S―ジフェニルジチオホスフェート(EDDP)であるが、マーゴ号に積まれていたのは、ヒノザン乳剤(五〇パーセントヒノザン)であり、EDDPを約五〇パーセント(四〇パーセント以上)、乳化剤(界面活性剤)を約一〇パーセント、有機溶剤キシレンを約四〇パーセント含んでいた。なお、右成分のうち揮発性のあるのはキシレンだけであった。

② このヒノザン乳剤が自然発火する可能性はなく、空気中で摂氏三四度以上になり、火口を与えると引火するが、火口がない場合には、摂氏五三五度以上に達して初めて発火する。

③ ヒノザン乳剤の揮発性成分であるキシレンは、数種類に分類されるが、その引火点(その温度以上になって発生する蒸気が空気と混合して火口に一時的にさらされるときは、着火または爆発する温度)は、いずれも摂氏二五度前後であり、イムココードにおいては、危険物の一つとして引火性液体のうち高引火点グループに位置づけられており、一般的にも保管には火気厳禁とされている。

(3) 六〇パーセント高度さらし粉とヒノザン乳剤混合時の挙動

《証拠省略》によれば、次の各事実が認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

① 本件事故後にロンドンの船主責任相互保険組合(P&I)の依頼で事故原因調査を担当したミルトン博士は、昭和四八年九月ベニス港に停泊中のマーゴ号甲板上で、小山のように盛った六〇パーセント高度さらし粉にヒノザン乳剤を注ぐ実験を行ったところ、直ちに炎を上げて燃え、大量の黒煙を発することを確認し、更に実験室での実験でも同様な結果をえた(その際、高度さらし粉をタイヤと接触させてもタイヤが引火することはないことも確認された。)。

② 検定新日本社の海事検査人タケイらは、同年八月後半、試験場において気温摂氏五〇度の状況下で、六〇パーセント高度さらし粉とヒノザン乳剤(五〇パーセントヒノザン)とを混合してその反応を確かめる実験を行ったところ、双方を直接反応させても緩やかに反応して発熱する程度であったが、僅かな湿気を有する高度さらし粉をゴム製品と一緒にヒノザンに反応させると一五分後に発火し、更に湿気を多くすると五分後に発火した(なお、高度さらし粉を直接ゴムに反応させようとしても何ら反応は生じなかった。)。

③ ヒノザンの製造者である日本特殊農薬製造株式会社の研究所で、摂氏四〇度程度の温度に保つ坩堝に一〇グラム程度の高度さらし粉を入れ、ヒノザンを少しずつ加える実験をしたところ、発熱現象はどのような濃度割合においても現れたが、一方が他方に比べて格段に少ないときは発火にまで至らなかった。

④ 控訴人日本曹達の研究所は、昭和六二年九月に、六〇パーセント高度さらし粉を入れた容器にヒノザン乳剤(五〇パーセントヒノザン)を適当量注いで蓋をして、温度変化、発火までの時間を測定したところ、高度さらし粉二〇〇グラムにヒノザン一〇ないし一二グラムを加えた場合、高度さらし粉三〇〇〇グラムないし六〇〇〇グラムにヒノザン六〇グラムを加えた場合には、八・五分ないし一五分でいずれも発火したが、高度さらし粉二〇〇グラムにヒノザン六グラムを加えた場合には約一〇分後に温度が約一二〇度ぐらいまで上がったもののその後温度は低下して発火に至らなかった。この実験により、高度さらし粉がヒノザンと混触すると、熱の逃げ易い状況でも条件が整えば、温度の急速な上昇を伴い発火するが、その発火挙動は膨張音を伴って炎が発する程度の穏やかなもので、烈しく爆発するわけではないこと、しかし、一旦発火すれば容器内の高度さらし粉は数秒内に分解して消失することが確認さた。

以上の認定の事実からすると、六〇パーセント高度さらし粉とヒノザン乳剤(五〇パーセントヒノザン)とが混触すると、双方の割合が大きく異なるとき、特にヒノザンの絶対量が少量(六グラム程度)のときには、発火に至らないこともあるが、それ以外の場合には発火に至る蓋然性が高く、特に高度さらし粉に湿気を与えられるとその蓋然性が更に高まるものと判断される。そして、その場合の発火自体は爆発的なものではなく穏やかなものであるが、一旦発火すると同一容器内の高度さらし粉の分解が途中で止まることはなく、その分解は、全量の分解が数秒程度で終わるほどに急速なものであるとみられる。

(4) 高度さらし粉が関与せずに下部船倉前部のタイヤ積付箇所付近から出火する可能性の有無

以上のとおり、第一次火災で燃焼したことが明らかなタイヤの下に積まれていた高度さらし粉とヒノザンとが混触すれば、火源がなくても出火することが確認されたが、第一次火災がこの混触であるかどうかの検討の前提として、この付近を出火場所とする火災が高度さらし粉の関与なしに生じる可能性について、判断する。

前記認定のとおり積荷自体に自然発火する可能性のあるものは高度さらし粉の他にはなかった(後に判断するとおり、乾燥ココナツに自然発火の可能性があったとしても、前記認定のとおり、下部船倉の乾燥ココナツは第一次火災では燃焼していないことが明らかである。)から、高度さらし粉の関与しない出火については、火源が想定されなくてはならないところ、《証拠省略》によれば、下部船倉には電気の配線はなかったことが認められるから、漏電や電気のスパークが火源にならないことは明らかである。また、前記認定のとおり第一次火災発生前の下部中甲板の積荷の状態では容易には下部船倉に人が降りられなかったものであるから、その間誰かが下部船倉に入りタバコの吸殻を捨てたとは到底考えられない。さらに、前記認定の出火場所付近には、コロンボ出港前に捨てられたタバコの吸殻が燻焼を続けこれにより第一次火災発生の時刻ころになって発火に至りうるような積荷はなかったことも明らかである。すると、現実にこの付近で出火している以上、高度さらし粉の関与が強く疑われるのである。

(5) 本件高度さらし粉が漏れ或いはそのドラム缶に異物が侵入する可能性

前記認定のとおり、第一次火災の発生した七月九日の前日から荒天が続き、特に火災が発見された数時間前には、風力八で激しく横揺れし、甲板上の積荷が移動したほどであったから、下部船倉においても、積荷に影響を与えた可能性があり、特に、第二次火災後に検分された下部船倉前部のタイヤが平均に積まれていなかったことはその下部の積荷にも移動が生じたことを推測させるものといえる。

そして、《証拠省略》によれば、本件事故後に横浜港で発生したエバレット号事件に関し、横浜港の港頭地区に保管されている控訴人日本曹達製造にかかる高度さらし粉の入ったドラム缶の調査をした際、へこみがあったり、蓋がはずれたりといった不良缶がかなりの割合で発見されたこと、高度さらし粉ドラム缶の蓋は元々自然分解で発生する気体を外に逃がすために気密にはなっていないこと、ミルトン博士が事故原因調査に絡んで控訴人日本曹達の工場を訪れた際、高度さらし粉の入った製品ドラム缶は雨等の水の侵入を避けるため蓋を下にして置かれていたことが認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

以上認定の各事実を勘案すると、荒天の影響によりドラム缶の蓋が外れて高度さらし粉が外に漏れたか、又は蓋が完全に外れないまでも蓋が液体の浸入を許す状態になったドラム缶があったものと推認することができる。

(6) 本件高度さらし粉が関与して出火に至る可能性

前記認定のとおり、高度さらし粉は、水分を吸収したとき、直射日光を受けたとき、酸、有機物、還元性物質が混入したとき、加熱されたとき、強い衝撃を受けたときに、急激な組織分解を起こし、可燃物と共に燃焼することがあるのであるから、本件高度さらし粉がそうした状況になった可能性があるかどうかを順次検討する。

既に認定した状況からすると水分や直射日光が本件高度さらし粉に作用した可能性はないことが明らかであり、本件高度さらし粉の近くに酸や還元性物質がなかったことも前記認定のとおりである。そして、高度さらし粉は強い衝撃により急激な分解を起こすことがあるといっても、《証拠省略》によれば、ドラム缶入りの六〇パーセント高度さらし粉は、一〇メートル程度の高さから落下したり、重量物を落下させても、分解による温度上昇は殆ど起こらないことが認められるから、仮に荒天の影響で本件高度さらし粉ドラム缶に衝撃が与えられたとしても、それで本件高度さらし粉の急分解が始まったと判断することはできない(もっとも、《証拠省略》によれば、高度さらし粉に不純物が含まれているときは衝撃に対して敏感になることが認められるから、全くその可能性を否定しうるとまではいえない。)。

また、《証拠省略》によれば、高度さらし粉の緩やかな分解が内部に熱を蓄積するような条件下で進むと、外部から加熱されなくても、その熱のために分解が促進されて急分解に至ることがあることが認められ、高度さらし粉内に不純物が存在する場合は、そのような経過による急分解を想定することが可能であることは前記認定のとおりであるが、製造過程で不純物が混入したとすれば、船積み後五〇日以上経過して、初めてその影響により急分解を起こすことは考えがたく、不純物の混入による急分解を考えるとすれば、その混入は火災発生に接着した時期に求めなければならないが、そのような時期における混入の事実を認めるに足りる証拠はない。その他、第一次火災発生以前に本件高度さらし粉が外部から分解を促進するほどに加熱される可能性がなかったことは、前記認定の下部船倉内の積み付け状況から明らかである。

(7) 第一次火災の出火原因

すると、残された可能性は、本件高度さらし粉と有機物との混触しかないということになるが、本件高度さらし粉と混触する可能性のあった有機物は、その上及び横に積まれていたタイヤ、その上及び下に積まれていたヒノザン、その下に敷かれていた荷敷だけである。そして、タイヤは高度さらし粉に接触しても発火する可能性がないことは前記認定のとおりである(もっとも、油脂等が付着していたら発火する可能性は否定しがたいが、その付着を裏付ける証拠はない。)。また、荷敷は横浜港で新しいものが敷かれたのであるから、これに高度さらし粉がこぼれても発火に至るほどの反応は生じないとみるべきである。したがって、本件高度さらし粉と反応して発火に至る可能性のある有機物としてはヒノザンしか考えられないことが明らかである。

そして、ヒノザンについても、高度さらし粉と同様に、荒天の影響により缶の蓋が外れて、液が漏れた可能性が高いものと推測される(なお、下部中甲板のラテックスについても缶の蓋が外れたものがあったことは、前記認定のとおりである。)。

そうすると、他に合理的に推定しうる出火原因が認められない以上、缶から漏れたヒノザンが本件高度さらし紛ドラム缶に浸入したか、双方が缶から漏れて混触するかして反応し、発火して、第一次火災の出火原因となり、これが付近に積まれていたタイヤに延焼したものと推認せざるを得ない。

5  控訴人らは、第一次火災の出火に本件高度さらし粉が関与したとするには、矛盾や疑問な点があるとして、種々の主張をするので、以下、順次判断する。

(1) 第一次火災における臭い及び炎の色

高度さらし粉が急分解し有機物と混触してこれを燃焼させるときには、前記認定のとおり塩素臭を発し、白い粉を吹き上げ、オレンジ色の炎を上げる。そして、第一次火災の際の目撃者は、いずれも塩素臭を感じておらず、白い粉の飛散、オレンジ色の炎も見ていないことも前記認定のとおりである。

しかし、二等航海士が見張していた船橋からは遠く離れた一番船倉の下部船倉のタイヤ等の積荷の下でせいぜい一缶分の本件高度さらし粉が急分解したのであるから、その段階で二等航海士らが塩素臭を感じず、白い粉の飛散やオレンジの炎を見なかったとしても、何ら不自然なことではない。また、第一次火災の発見時には、既にゴム臭、黒煙が上がっていたのであるから、タイヤへの延焼後、ある程度の時間が経過しており、すでに本件高度さらし粉の急分解は終わった後であることが明らかであり、右発見時に二等航海士らが塩素臭を感じず、白い粉の飛散やオレンジの炎を見なかったのも、むしろ当然というべきである。なお、前記認定からすると第二次火災後に下部船倉に降りた際にも白い粉の付着は目撃されていない可能性が高い(その検分者はいずれも白い粉の目撃について供述していない。)が、その検分時にはまだ高度さらし粉ドラム缶の積まれた位置の上には沢山のタイヤが積まれている状況にあったことは前記認定のとおりであり、飛散後のタイヤの延焼、第二次火災による燃焼も加わっていたのであるから、白い粉が目撃されなかったことも、第一次火災における本件高度さらし粉の急分解を否定する理由にはならない。

(2) 第三次火災まで本件高度さらし粉が生き残った理由

第三次火災で本件高度さらし粉が次々に急分解して爆発的な燃焼を引き起こしたことは、前記認定の火災状況からみて明らかであるから、本件高度さらし粉の大部分は第三次火災まで急分解していなかったものと推認される。一方、本件高度さらし粉の積まれた位置の上方のタイヤが第一次、第二次火災で相当長時間燃焼したことは明らかであるから、本件高度さらし粉の大部分はタイヤの燃焼にもかかわらず急分解を起こすほどの熱の影響を免れ得たと推認される。

この事実は、本件高度さらし粉の熱に対する感度は上方でタイヤが燃えるほどの熱源があっても急分解を免れ得る程度であることを示すか、タイヤの燃焼による熱は上方に伝導し、下部には余り伝導しないことを示すもの(或いはその両方を示す。)とみるべきである(なお、前記認定のとおり第二次火災後においても、タイヤの後方に積まれた繊維の梱包の燃焼は僅かであり、更にその後方の乾燥ココナツの袋や前方の藤の杖は燃えていなかったことを考えると、タイヤの燃焼による熱は横にも余り伝導しないことが窺える。)。

したがって、漏れた本件高度さらし粉とヒノザンとが混触し、或いはヒノザンが本件高度さらし粉ドラム缶内に浸入し、それが出火原因となりタイヤに延焼したとしても、その出火場所と他の本件高度さらし粉ドラム缶との位置関係によっては、それらの急分解を起こさせるほどの熱影響を与えない可能性があったと推認させるのであり、一方急分解を開始して出火原因となった本件高度さらし粉は、当該缶内の分については、せいぜい数分程度の短時間でその分解を完了したと考えられるのである。

なお、第三次火災においても一五分ないし三〇分間隔でオレンジ色の炎が吹き出したとの前記認定事実からすると、本件高度さらし粉は第三次火災においても一挙に爆発的燃焼を起こしていないことは明らかである。したがって、六〇パーセント高度さらし粉ドラム缶を積み重ねて中心部に強制的に着火したところ連続的に爆発的燃焼を起こしてすべてが分解し尽くしたとの結果を得たという《証拠省略》の実験と本件高度さらし粉の場合とは前提条件を異にするとみるべきである。

以上のとおり、第三次火災まで本件高度さらし粉の大部分が急分解していなかった事実は、本件高度さらし粉が第一次火災の出火原因になったとの事実と何ら矛盾するものではないのである。

(3) 第一次火災と二酸化炭素注入の効果

第一次火災発見後に二酸化炭素が注入された結果、火災が抑制され、鎮火することができそうにみえたことは前記認定のとおりである。そして、前記認定のとおり高度さらし粉の急分解が関与した火災においては、その分解により多量の酸素が放出されるから、二酸化炭素を注入してもその火災を抑制することができない。このことは、《証拠省略》によっても裏付けられる。即ち、《証拠省略》によれば、控訴人日本曹達の研究所で行った実験では、高度さらし粉とヒノザンの混触による発火、温度の上昇は、二酸化炭素の注入により殆ど影響を受けないとの結果が得られたことが認められる。

しかし、第一次火災が発見され二酸化炭素が注入された時点で主に燃えていたのはタイヤであることは前記認定に照らし明らかであり、また、そのときに高度さらし粉の急分解が同時に進行していたとは考えがたいことは前記認定のとおりであるから、二酸化炭素注入により火災を抑制しえたことが、高度さらし粉関与による第一次火災の出火を否定する理由にはならない。

なお、二酸化炭素の注入によりタイヤ等の燃焼が抑制されたのであれば、なぜ第二次火災が生じたのかについて疑問が残るが、前記認定の七月一一日に下部中甲板に初めて入った消防官はもやのような煙をみていること、その後、二酸化炭素を排出したところ次第に下部船倉からたち昇る煙が強くなり、第二次爆発、第二次火災に至ったことに、第二次火災後に検分されたタイヤの焼損状況を考えあわせると、二酸化炭素の注入にもかかわらず、タイヤのうち燃焼で癒着した部分等に火種が残存して燻焼を続け、それが二酸化炭素の排出により新鮮な空気に触れて、次第に発煙、発火に至ったとの合理的な推定が可能である(本件高度さらし粉が熱の影響で幾分は分解が促進されていたと考えられるから、その放出する酸素がその火種の残存を助けたとも考えられる。)。したがって、第一次火災ではタイヤが主として燃えていたとすれば第二次火災が発生する余地がないとはいえないことが明らかである。

6  下部中甲板の乾燥ココナツ出火説の検討

以上のとおり、第一次火災は下部船倉前部において本件高度さらし粉とヒノザンの混触、或いはヒノザンの本件高度さらし粉ドラム缶内への侵入により出火したものと判断され、この判断と矛盾する点はないことが確認されたが、控訴人らは、下部中甲板の乾燥ココナツから出火したとして、縷縷主張するので、念のため、これについても判断する。

控訴人らは、下部中甲板の乾燥ココナツが自然発火し、或いはタバコの吸殻の火により乾燥ココナツが燻焼後、発火に至った可能性があり、火災の原因が乾燥ココナツであるとすると本件火災の経過ともよく符合すると主張し、原審における大中良彦の証言及びこれにより真正に成立したと認められる乙第二〇号証は、乾燥ココナツの自然発火が第一次火災の原因であることを示唆する内容であり(以下、これを「大中意見」という。)、《証拠省略》及び当審証人秋田一雄の証言は、タバコの吸殻の火により乾燥ココナツが燻焼し続け、第一次火災の出火原因となったことを示唆する内容である(以下、「秋田意見」という。)。

そして、大中意見は、第一次爆発は下部中甲板で発生したとの断定と第一次火災で乾燥ココナツの内部が外部よりも強く焼損していたとの前提から、下部中甲板の乾燥ココナツから出火したものであり、それは自然発火の可能性が高いとしたものである。しかし、同意見は乾燥ココナツが自然発火するものかどうか、自然発火するとしたらその条件はいかなるものかについての考察を欠いている点で問題があるばかりか、第一次爆発の場所、原因について別途の解釈が可能であること、また、第一次火災で乾燥ココナツが焼損したとは認定しがたいことは既に判示したとおりであり、前提自体に疑問がある。しかも、同意見では、下部中甲板には第二次火災後も火元らしいものは認められていないことや第一次火災の際に存在したゴムの焼けるような臭いと黒煙の原因について説明しがたいことが明らかであり、到底採用しがたいといわざるをえない。

また、秋田意見は、タバコの火による燻焼が一定期間継続した後に出火に至る機序とそれが二酸化炭素の注入で抑制された後にまた発火する可能性を一応合理的に説明するものではあるが、本件におけるタバコの火による燻焼開始(タバコ吸殻の投げ捨てとその乾燥ココナツへの着火)自体は推測に基づくものであり、また、大中意見と同じく第一次火災において乾燥ココナツの内部に重大な焼損が生じたとの誤った前提に立っている。そして、秋田意見は乾燥ココナツが発火してゴム等に延焼したとの見解であるが、第二次火災後にも下部中甲板に火元らしいものは認められていない事実、特に下部中甲板のゴムには若干の被害が認められるに過ぎなかったことについての合理的説明を欠いている。したがって、第一次火災の出火原因についての秋田意見も採用しがたい。

以上のとおり、一般論として条件いかんでは乾燥ココナツが自然発火する可能性があるとしても、また、タバコの吸殻の火を原因として乾燥ココナツに着火した場合に燻焼が相当期間継続した後に発火に至る可能性があるとしても、本件において、下部中甲板の乾燥ココナツが第一次火災の発火原因になった可能性はないというべきである。

三  本件事故の原因

以上のとおり、第一次火災は下部船倉における本件高度さらし粉とヒノザン乳剤の混触が原因で出火し、その後、二酸化炭素の注入により、火災は抑制され、鎮火したように見えながら、完全には鎮火しないまま、第二次火災、第二次爆発が生じ、さらに第三次爆発、第三次火災が生じたとみられるのであるから、結局、本件事故全体について本件高度さらし粉がその原因であるということができる。

第三本件事故に対する控訴人らの責任について

一  危険物製造業者の責任

危険物を製造、販売する者は、その製品たる危険物の流通経路において、その危険が現実化することを避けるために、その危険性の内容、程度及び適切な運搬、保管方法等の取扱上の注意事項をその流通に関与する者が容易に知りうるようにする義務、即ち危険性及び取扱上の注意事項を周知させる義務を負うと解すべきである。もっとも、一般人の知識水準に照らし、流通関与者が当然知っていなくてはならない事項については、周知させる義務の対象とはならないというべきであるし、また、衡平上、現実に当該関与者が既にその危険性の内容、程度、取扱上の注意事項を十分に知っている場合には、周知義務違反の責任を問われるべきではない。

これを本件についてみるに、前記第二の二4(1)で認定したように本件高度さらし粉は、強力な酸化剤であって、不適切な取扱によっては火気なしに爆発的な燃焼を生じて火災の原因となる危険性を有したのであるから、これを製造、販売した控訴人日本曹達は、一般人が既にそれを知っていたといえないかぎり、その危険性の内容、程度及び運搬、保管方法等の取扱上の注意事項を周知させるべき義務があったというべきである。

二  高度さらし粉の危険性についての一般人の認識

そこで、右のような高度さらし粉の危険性について一般人が既に知っていたかどうかについて、まず検討するに、《証拠省略》によれば、次の各事実が認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

1  本件事故後まもなく昭和四八年九月、横浜港で荷役作業中のマノロ・エバレット号船上で、控訴人日本曹達製造の高度さらし粉が関与して爆発的火災が起きる事故(エバレット号事件)が起きたが、この事故原因究明の過程で、この流通に関与した船会社、荷役会社の担当者、作業員は一様に、前記のような高度さらし粉の危険性について認識せず、それを単なる漂白、殺菌剤であって、衛生上の注意のみを必要とする貨物として取り扱っていたことが判明した。

2  また、控訴人日本曹達製造の高度さらし粉を殆ど専属的に扱っていた化学薬品の輸出会社伸和通商株式会社の担当者も、高度さらし粉は水や火気に合うと塩素ガスを発生して危険であるといった程度の認識であり、有機物と混触して自然発火に至る危険性の存在とその危険の程度についてははっきりした認識がなかった。さらに、控訴人日本曹達製造の高度さらし粉の港湾業務を殆ど専属的に代行していた乙仲業者新和企業株式会社の担当者も、高度さらし粉が急分解するとどのような危険があるのかについての明確な認識がなかった。

3  横浜港における貨物積込みの安全確保を指導する立場にあった港湾貨物運送事業労働災害防止協会神奈川総支部の安全委員も、昭和四八年当時、高度さらし粉の危険性についての認識は低く、高度さらし粉が爆発的燃焼の原因となるとの認識はなかった。

4  神奈川労働基準局長は、同年一一月同総支部宛に「港湾荷役における『高度さらし粉』等による重大災害防止対策の強化について」という要請をしたが、その中で、「高度さらし粉が一定の条件下において分解爆発の危険性のある化学薬品であり、災害防止上その保管、取扱い運搬に際しては特に留意すべき必要性が要求されており、又危険物船舶運送及び貯蔵規則上危険物に指定されている貨物でありながら、メーカーから港湾荷役作業に至るすべての運送、保管および取扱い段階で、その危険性の明示、取扱基準の明確化並びにその連絡通報について徹底を欠き、そのために危険性を認識せず荷役作業が実施された」と指摘している。また、労働省労働基準局長は、同年一二月、高度さらし粉の安全取扱運搬要領を定め、これを通達したが、その中で、高度さらし粉が一定の条件の下では分解し爆発する危険性を持つとの前提で取扱基準等の周知徹底が必要であると指摘している。

以上の事実によれば、本件高度さらし粉がマーゴ号に積込まれた同年五月当時においても、高度さらし粉輸出のための海上輸送の関与者の一般的認識において、高度さらし粉が熱、有機物等との混触により急分解して発火し、ときに爆発的燃焼に至る事実はほとんど知られていなかったと推認すべきであり、《証拠省略》中には、船乗りなら高度さらし粉の危険性は当然知っている筈であるとの記載部分があるが、その危険性の趣旨がはっきりしないし、これに反する前掲各証拠に照らしても直ちに採用しがたく、また、高度さらし粉が省令三〇号では危険物とされ、イムココードでは酸化性物質として危険物とされていたのは前記認定のとおりであるが、前記認定の事実はこの法令上の規制自体が周知されていたとはいえないことを示しているから、法令の存在自体は右推認を覆すに足りるものではなく、他に右推認を覆すに足りる証拠はない。

三  控訴人日本曹達の周知義務違反の有無

次に、控訴人日本曹達が右のような危険性を周知させる義務を尽くしたかどうかについて検討する。

1  《証拠省略》によれば、次の各事実が認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

(1) 高度さらし粉が発生原因となったと疑われる火災、爆発等の国内事故としては、昭和三九年四月横浜港で船積みの高度さらし粉が冠水し、急分解して発火する事故、昭和四〇年五月に横浜港埠頭でフォークリフトで運搬作業中の高度さらし粉ドラム缶が突然爆発する事故が報告されていたが、本件事故の直前にも、昭和四八年五月に奈良市立小学校プールポンプ室で高度さらし粉発火事故、同年六月に神戸市プールで高度さらし粉爆発事故が発生していた。

(2) 国外での高度さらし粉事故も多数報告されており、高度さらし粉の生産量が増加した昭和四五年以後にその報告例も増加した。例えば、船内で高度さらし粉が関与して爆発、火災が発生したと強く疑われている事故に限っても、昭和四五年三月のニコラス号事件、同年一二月のストラット・タブロット号事件、昭和四七年二月のダイナミック・ベンチャー号事件、同年五月のキャサリナ・ウイアーズ号事件が報告されており、このうちストラット・タブロット号事件の高度さらし粉は控訴人日本曹達製造のものであった。

これらの事故の発生は、高度さらし粉の危険性を示すとともに、高度さらし粉の運送、保管が必ずしも適切に行われないことが多かったことを推認させるものというべきである。

2  《証拠省略》によれば、控訴人日本曹達は、昭和三七年に自社二本木工場で高度さらし粉に不純物が混入したために発火し製品貯蔵倉庫が炎上する事故を、また、昭和三九年に同工場の高度さらし粉充填場で缶の内部に塗られた塗料と高度さらし粉が反応して、近くにあった高度さらし粉缶が次々と爆発的に炎上する事故を経験し、高度さらし粉の前記のような危険性についての認識を深め、そのころ、社内において高度さらし粉取扱の安全基準を作り、また、フォークリフトを加熱のおそれのない電気式のものに変える等の措置をとっていたが、販売部門、特に輸出担当部門においては、その危険性に対する認識自体が低く、一旦出荷された高度さらし粉が流通経路でどのように取り扱われているかについて調査したことはなく、特に前記1のような高度さらし粉の関与が疑われる事故の情報を得ても、その事故の原因の調査、その発生防止策の検討等を行ったことはなかったことが認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

3  《証拠省略》によれば、昭和四八年当時、船舶運送される化学製品の種類は急激に増加する傾向にあり、船主側において船積前にその性質の調査が十分に行えないため、その取扱不適切による事故が急増していたこと、そこで、日本船主協会は本件事故に先立つ昭和四八年一月日本化学工業協会等に対し、船積に際しての危険物及びその他の化学工業品類内容説明書の提出を要請し、同協会は同年二月控訴人日本曹達を含む会員各社にこれを伝達したこと、それにもかかわらず、控訴人日本曹達は本件高度さらし粉の出荷に際してそのような説明書を添付していなかったことが、それぞれ認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

4  《証拠省略》によれば、控訴人日本曹達は、工場からの出荷の段階で高度さらし粉缶に危険物であることを表示するラベル等を貼付することにしていたが、伸和通商が、製造者の表示をしないとの趣旨で「ニュートラルパッキング」出荷との指示をすると、何らのラベル表示をしない趣旨と誤解して、危険物表示ラベルをも貼付せずに高度さらし粉を出荷することがしばしばあったことが認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

5  ディミニックは、昭和五八年五月九日及び同月一六日に原審証人として、本件高度さらし粉にもラベルが貼られていなかったと証言する、そして、《証拠省略》によれば、本件事故後まもなく原因調査に関してミルトン博士の質問を受けた際にも、ディミニックは本件高度さらし粉に何のラベルも貼られていなかったと述べたことが認められ、また、《証拠省略》によれば、連絡表には危険品マーク標示の欄があるのに、何らの記載がないことが認められる。この各事実に前記4の事実を合わせ考えると、本件高度さらし粉についても、危険品標示のラベルが貼られていなかったと推認し得なくもない。しかし、《証拠省略》では、ディミニックはラベルが貼ってあったかどうかの記憶がないとの供述をしており、前記ディミニック証言も全面的に措信するに足りるかどうか疑わしいというべきところ、《証拠省略》によれば、ラベルの不完全な高度さらし粉缶については、その保管を担当していたジャパン・エキスプレスにおいてラベルを補充するシステムであったことが認められることをも考慮すると、いまだ右のように推認をするには足りないといわざるをえない。

しかし、仮に本件高度さらし粉に危険標示のラベルが貼られていたとしても、《証拠省略》によれば、高度さらし粉缶に貼られるラベルは、製品ラベル、「水とあって危険」との日本語及び英語の注意ラベル、「火気、熱、酸、グリース類、油、ボロ布、およびその他の可燃物と直接接触させないで下さい。」との日本語の注意ラベルであったことが認められる。そして、《証拠省略》によれば、本件高度さらし粉の積込みを指示する立場にあったのは、ユーゴスラビヤ人のディミニックであったことが認められるから、仮に本件高度さらし粉にも可燃物等との接触による危険を注意するラベルが貼られていたとしてもその日本語のみのラベルでは、その注意が被控訴人側に伝わらないことは明らかであり、しかもその注意内容自体も高度さらし粉が酸化性物質であることを標示せず、自然発火、特に爆発的燃焼の危険性を警告するものでもなかったから、不十分であったといわざるをえない。

6  《証拠省略》によれば、控訴人日本曹達は、昭和四八年九月の前記エバレット号事件後、港湾関係者等を対象とする高度さらし粉の危険性、取扱方法に関する説明会を開催し、また、関係者にその説明資料を配付したが、それ以前には港湾関係者を対象とするそのような説明会を開催したり、資料を配付したりしたことはなかったことが認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

7  高度さらし粉が、省令三〇号では水又は空気と作用して危険となる物質に分類されているのに対し、イムココードでは酸化性物質に分類されていたことは、前記認定のとおりであるが、《証拠省略》によれば、国際的には、省令三〇号制定の昭和三二年当時には水と作用して危険な物質という面から危険性を認識されていた高度さらし粉も、イムココード制定の昭和四〇年当時には酸化性物質として危険性を認識する傾向に変わっていたことが認められる。したがって、省令三〇号の高度さらし粉の危険性の捉え方は、国際的には遅れていたことは否めないところ、その遅れに関しては、後記認定のとおり国内最有力メーカーである控訴人日本曹達の提供する情報の不足が無縁ではなかったと見る余地もある。

8  《証拠省略》によれば、エバレット号事件をきっかけに高度さらし粉の危険性に対する関心が高まり、前記労働災害防止協会神奈川総支部は、さらし粉及び類似品に関する諸対策を目的とする特別安全専門委員会を設置し、港湾関係業界団体や労働組合及びメーカー(控訴人日本曹達他二社)の代表者の参加をえて安全対策を検討した結果、改めて関係者に対する危険性の周知を強調すると共に、包装、ラベル、保管取扱、本船積付の各面につき詳細な改善策が建議され、保管安全基準、港湾荷役実施要領等が定められたこと、そして、右改善ラベルにおいては、火気、熱、グリース類、油、ボロ布などの可燃物および硫黄、木炭等の還元性物質と直接接触したりすると急速な分解または発火の原因となることが日本語、英語で明記されており、また、梱包についてはバラ積みは避け、原則としてコンテナー詰めまたはパレット積みすることとされたことが認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。この事実は、控訴人日本曹達はじめメーカーが高度さらし粉の危険性や取扱上の注意についての周知徹底の努力をすれば、各面で高度さらし粉の流通上の危険防止に資することが可能であったことを示すものというべきである。

以上の1ないし8の認定事実によれば、日本曹達は、自らは高度さらし粉の危険性を知っていたのであり、他方、流通関与者がその危険性の認識が低く不適切な取扱がなされている実情についても、これを知り、或いはこれを知り得たのに、流通における危険防止に対する義務の自覚が弱く、これを周知させる努力を殆どしなかったし、本件高度さらし粉の出荷に際しても特に船主側から要請されていた説明書の添付はせず、ラベルを貼ったとしても、それは危険性に対する注意喚起としては不十分なものであったのであるから、過失により高度さらし粉の危険性を周知させるべき義務を尽くさなかった違法があると言わざるを得ない。そして、《証拠省略》によれば、控訴人日本曹達は、昭和四八年当時、日本における高度さらし粉生産量の六五パーセントを製造する国内最有力メーカーであり、しかも、その製品の約六五パーセントを国外に輸出していたことが認められるのであるから、それだけに右義務違反を軽く見ることはできない。

四  被控訴人側の危険性認識の有無

1  前記のとおり、控訴人日本曹達に周知義務違反があったとしても、既にその危険性を十分に知っていた者に対してまで、その周知義務違反の責任を負わないと解すべきであるから、被控訴人側が本件高度さらし粉の危険性について十分に知っていたかどうかについて判断する。

《証拠省略》によれば、本件高度さらし粉の積付けに際し、定期傭船マーゴ号に関し被控訴人を代表する積荷監督ディミニックに対し、荷送人テナント・トレーディングの代理人ジャパン・エキスプレスが省令三〇号に基づき日本語で作成した連絡表が交付されたこと、右ディミニックに対し、被控訴人の船舶代理店南海物産によって化学辞典(英文)のさらし粉についての記載のあるページの写しが交付されたこと、そして、右連絡表には、当該貨物(晒粉)は有機還元剤(油、カーボン、硫黄など)に接触させてはならないとの記載があり、また、右化学辞典には、さらし粉について火災の危険の項目に「可燃性物質との化学反応により普通(第六節一六頁)」との記載があり、注意として「強力な酸化剤。可燃性物質と接触すると急激な燃焼が起こる。」との記載があったことが認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。そして、連絡表、辞典の右記載事項が正しく理解されたならば、本件高度さらし粉の発火危険性について一応の認識を得ることが可能であると見られる。そして、ディミニック証言によれば、当時ディミニックは、右化学辞典により高度さらし粉が酸化剤であること、発火の危険性を有することについては理解したことが認められる。しかし、同証言によれば、ディミニックは化学的知識がなく、また高度さらし粉をそれまで船積した経験もなかった(マーゴ号の船長、一等航海士もその経験がなかった)ため、他の原因で火災が生じ加熱されたときに危険があるものと理解して、水や火のない所に積む必要を感じたに止まったことが認められるから、当時、ディミニックが本件高度さらし粉の危険性の内容、程度及び適切な取扱のために注意すべき事項について十分に認識していたとは言いがたいことが明らかである。

したがって、被控訴人側が本件高度さらし粉の危険性について十分に認識していたとはいえないから、控訴人日本曹達が周知義務違反による責任を免れることはできない。

2  もっとも、高度さらし粉は、省令三〇号やイムココードにおいて前記認定のとおり危険物とされており、《証拠省略》によれば、イムココードは酸化性物質と可燃物との混合は容易に発火し、爆発的に燃焼することもあることを明らかにし、引火性液体等との隔離を初めとする積付上の注意事項について詳細に規定していること、また、危険物船舶運送の手引として国際的に権威あるブルーブックも、酸化性物質と引火性液体の隔離積付けを指示していたこと、そして、イムココード、ブルーブックともマーゴ号に備付けられていたことが認められるから、被控訴人側が荷送人代理人、船舶代理店を通じて与えられた連絡表、化学辞典を手掛かりとしてイムココード、ブルーブックについても調査をすれば、本件高度さらし粉の危険性を具体的に知って、適切な積付方法をし、或いは危険物として船積みを拒否することにより、本件事故の発生を未然に防止することも可能であったとみることができる。しかし、この事実をもって、被控訴人側にも本件事故の原因の一つとなる過失があったということができるかどうかは別論として、被控訴人がその危険性を知っていたのと同視することはできない。

また、被控訴人側に、危険物としての高度さらし粉について法令上の規制を遵守すべき義務があるのは当然であるが、だからといって、法令に定められた事項については被控訴人側が知っていたものとみなすこともできない。

したがって、これらの点も、控訴人日本曹達の周知義務違反による責任を免れさせる根拠とすることはできないというべきである。

なお、前記のとおり、イムココードやブルーブックにおいては酸化性物質と引火性液体とは隔離して積むように規定、指示されていたのであるが、《証拠省略》によれば、引火性液体であるキシレンを含むヒノザン乳剤の船積みに際し、連絡表には手で触れると荒れるので、石鹸で洗い流すようにとの注意が記載されたに止まり、引火性液体キシレンを含むことやそれに関連した取扱上の注意には何も触れられていなかったこと、そのためにディミニックはこれを危険性の全くない肥料であると誤認して本件高度さらし粉の近くに積み付けたことが認められる。したがって、ヒノザン乳剤の製造者、荷送人等にも、その危険性を告知すべき義務に違反した疑いがあり、また、被控訴人側においてもこの連絡表の記載に関して調査をしなかった点で過失があったとみることもできるが、これらの点も控訴人日本曹達の周知義務違反による責任を免れさせる根拠とはならないことが明らかである。

五  控訴人日曹商事の責任

1  債務不履行責任

被控訴人と控訴人日曹商事とが、本件高度さらし粉についての運送契約を締結したと認めるに足りる証拠はないから、同控訴人が被控訴人に対して債務不履行による損害賠償義務を負うと解する余地はない。

2  不法行為責任

控訴人日曹商事が控訴人日本曹達の一〇〇パーセント出資により設立された同社の化学製品の販売を目的とした会社であることは前記のとおり当事者間に争いがなく、《証拠省略》によれば、本件高度さらし粉は、昭和四八年五月ころ控訴人日曹商事が荷送人であるテナント・トレーディング・リミテッドに販売したものであることが認められる。したがって、製造者である控訴人日本曹達と右のような関係にある販売者控訴人日曹商事も、控訴人日本曹達とともに危険物である本件高度さらし粉の危険性をその流通関与者に周知させるべき義務を負っていたというべきであるところ、前記認定及び弁論の全趣旨によれば、控訴人日本曹達において高度さらし粉の危険性を周知させる義務を怠っていたのに加え、控訴人日曹商事においても独自に流通関与者に対して本件高度さらし粉の危険性について周知させるための行為はしていないことが認められ、この認定を覆すに足りる証拠はないから、控訴人日曹商事にも過失により危険性周知義務を尽くさなかった違法があるというべきである。

したがって、控訴人日曹商事は、被控訴人に対し、民法七〇九条、七一九条に基づき、控訴人日本曹達と連帯して右周知義務違反による責任を負うというべきである。

六  被控訴人側の過失

1  海上運送人は、その予見が可能であり、結果回避も可能であるかぎり、海上運送における危険を未然に防止すべきであることは当然であるから、定期傭船者が荷送人との運送契約により危険物を船積するに際しては、その危険性の内容、程度及びその適切な積付方法について調査すべき義務があるというべきであり、また、危険物の運送の規制に関する法令がある場合にはこれを遵守すべきことも当然である。

2  そして、本件高度さらし粉の船積に際して危険物としての連絡表が添付されていたことは前記認定のとおりであり、また、《証拠省略》によれば、本件高度さらし粉の運賃は、一メトリックトン当たり六九・六〇ドルであって、プラスチック製品、タイヤチューブ等の雑貨や塩化アンモニウムの運賃の二倍以上の高額であったことが認められ、右運賃は危険物を前提としたものと推認されるから、被控訴人は本件高度さらし粉が危険物であると認識していたものと推認され(る。)《証拠判断省略》しかも、前記認定のとおり被控訴人は連絡表、化学辞典の交付によって不十分とはいえ調査の具体的必要性を感じることはできたはずであり、またその調査の端緒も与えられたのであるから、前記のとおり被控訴人が何らの調査もせずに本件高度さらし粉を漫然と下部船倉にヒノザン乳剤と上下に重ねて積んだのは、過失により調査義務を尽くさなかったことによる違法を犯したものといわざるをえない。

また、前記のとおり、ヒノザン乳剤についても連絡表とこれに付されたドクロマークにより危険物であることが示されていたのであるから、前記のとおりこれを危険性のない肥料であると思い込んで、何らの調査をしないで船積みしたのも、同様に過失により調査をすべき義務を尽くさなかった違法を免れないものというべきである。

そして、《証拠省略》によれば、わが国の大手船会社の場合には、危険物の受入れの際に、その危険性、関連規則の規定等を具体的に調査するシステムが確立していることが認められ、この認定を覆すに足りる証拠はないから、この事実に照らしても、右判断の相当性は裏付けられるというべきである。

3  被控訴人は、一般雑貨を運送する貨物船として各寄港地で多様な積荷を短時間内に船積みしなければならなかったマーゴ号の定期傭船者である被控訴人に対して右のような調査義務を課するのは酷であるとの主張をするが、その主張するような事情は、船側の調査義務が適時、適切に履行されるためにも、危険物製造者、販売者や荷送人の周知義務、告知義務が重視されることを裏付けるものとはいえても、危険物であることを知ってこれを受け入れながら、運送人側にはその危険性を調査すべき義務がないとする根拠にはならないというべきである。

4  そして、前記のとおり海上運送人間で国際的に権威のあるイムココードやブルーブックでは、酸化性物質と引火性液体は隔離して積載するように規定、指示されていたのに、右調査不十分もあって、これを上下段に積むという極めて不適切な積付けをしたのであるから、この点でも被控訴人に過失があったことは明らかである。また、《証拠省略》によれば、省令三〇号は高度さらし粉を船倉内に積むときには上積みとし、その上部に他の積荷を積んではならないと規定していることが認められるから、本件高度さらし粉ドラム缶の上にヒノザン乳剤を積んだ被控訴人は、この点でも法令に反したことが明らかである。

5  さらに、前記認定のとおり、本件事故前の荒天のために下部船倉の積荷、特に本件高度さらし粉やヒノザン乳剤が移動して蓋が外れたものと推認されるところ、《証拠省略》によれば、そのときの風力八は地上一〇メートルで秒速二〇メートル程度の風であり、その程度の荒天は、インド洋上では異例のものとはいえないと認められるから、この程度の荒天で積荷に移動が生じたのは、積付方法にも問題があったのではないかと疑う余地もある。しかし、《証拠省略》によれば、横浜港における本件高度さらし粉等の積付けについては検定新日本社が検査して適切であると判断したことが認められるから、積付けが不適切であったと推認するには足りないというべきである。

七  過失相殺

結局、本件事故は、控訴人らが、高度さらし粉の危険性及び取扱上の注意事項を周知させるべき義務に違反したこと及び被控訴人が危険物についての調査、確認義務に違反し結果的に法令にも反する極めて不適切な積付けをしたことにより、酸化性物質である本件高度さらし粉と引火性液体キシレンを含むヒノザン乳剤とを上下段に直接接して積載し、そのために両者の混触を生じて出火原因となったものであるから、控訴人ら、被控訴人の双方に事故の原因となる過失があったというべきである。そして、いずれの過失も軽視することができないが、前記認定の諸般の事情、特に控訴人側の事情として、被控訴人の調査義務履行の端緒ともなるべき基本的義務の不履行であること、特に控訴人日本曹達が高度さらし粉の国内最大手メーカーであって、その生産量の約三分の二を輸出していたことを考慮し、他方、被控訴人の事情として、比較的容易にできるはずの調査確認を怠った点で軽視しがたいものの、雑貨船として危険物の調査確認に困難な事情があったことを考慮すると、その過失割合を控訴人ら、被控訴人双方が各五割とみるのが相当である。

第四損害

一  《証拠省略》によれば、被控訴人はパナビエロとの定期傭船契約において、発火性または危険性を有する貨物を船積しないこと、これに反して船積した貨物によりマーゴ号及びパナビエロに生じた損害を賠償することを約したことが認められるところ、被控訴人がこの約定に反して、危険物である本件高度さらし粉を船積し、これが原因で本件事故が発生したことは前記認定のとおりである。

二  そこで、被控訴人はパナビエロに対し、本件事故により同社が被った損害を賠償すべき義務があるところ、《証拠省略》によれば、パナビエロが被控訴人に対して本件事故の損害賠償請求をした件について、昭和五二年六月一四日ロンドンで、前記傭船契約の仲裁条項に基づき両当事者がそれぞれ選任した仲裁人は、被控訴人がパナビエロに対し右約定違反による損害賠償金二九万七八四三・〇九スターリングポンド及び内金一三万四七四四・四八スターリングポンドに対する昭和四八年八月一日から同五一年二月九日まで、内金六万五二五五・五二スターリングポンドに対する昭和四九年二月一日から同五一年二月九日まで、内金九万七八四三・〇九スターリングポンドに対する昭和四九年二月一日から同五二年六月一日まで、各年九分の割合による利息を支払うべきことを命じる最終仲裁判断をしたこと、右仲裁の日(昭和五二年六月一四日)に、被控訴人はパナビエロに対し、右仲裁に従いその損害金及び利息の合計金三六万九六五四・〇三スターリングポンドを支払ったことが認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

三  そして、右出捐は、本件事故により被控訴人が被った損害であるというべきところ、《証拠省略》によれば、右出捐時において一スターリングポンドは四七一・〇〇円に相当したことが認められるから、その損害額は一億七四一〇万七〇四八円と算定される。

したがって、前記のとおりその損害の五割は被控訴人自身が負担すべきものであるから、控訴人らは被控訴人に対し、連帯して右金額の五割に相当する損害賠償金八七〇五万三五二四円及びこれに対するその現実損害の発生した日である昭和五二年六月一四日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務があるというべきである。

第五結論

したがって、被控訴人の本訴請求は、控訴人らに対し各自金八七〇五万三五二四円及びこれに対する昭和五二年六月一四日から支払済ずみまで年五分の割合による金員の支払を求める限度で理由があるから認容すべきであるが、その余は理由がないから、棄却すべきである。

これと異なる原判決は、その異なる限度で失当であるから、原判決を本判決主文第一項のとおり変更することとし、訴訟費用の負担について民訴法九六条、八九条、九二条、九三条、仮執行の宣言について同法一九六条を、それぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 森綱郎 裁判官 友納治夫 小林克已)

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