大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和61年(ネ)980号 判決

二 被控訴人は、右契約の内容は、日商が証券会社を介して証券取引所における株式売買の取次を行ない、あわせてその売買資金の融通をするというものであった旨主張するのに対し、控訴人は、日商が顧客の売買注文をそのまま証券会社に取り次ぐことはなく、実際に証券会社に売買注文を出すこともあるが、それは自己の計算によるものであり、日商と顧客との契約は証券取引所において形成される株価を利用してなされる信用取引類似の契約であり、いわば日商と顧客との間のマネーゲームともいうべきものであった旨、及び被控訴人がこのことを知悉していた旨を主張する。

右の点についてみるに、前掲各証拠によれば、(一) 証券新報に掲載された日商の証券融資に関する広告(甲第二号証)及びこれを読んだ被控訴人が日商に電話をかけて取り寄せたパンフレット(甲第一号証)の記載は、一見有価証券を担保とする単なる金員貸付の広告のようであるが、証券投資に多少の関心を有する者が読めば、単なる金融以外に、証券会社が行なう株式の信用取引と同様の方法による金融を行なうことの広告であると理解しうるものであった、(二) 右の記載に興味を抱いた被控訴人が日商の営業所を訪れた際も、応対した従業員の佐々木某は被控訴人に対し、融資の実質は信用取引に類似したシステムによる株式売買の取次であり、売買注文はその都度正規の証券会社を通して現物売買として成立させること、委託保証金率が一〇パーセントと低率である点が一般の証券会社において行なう信用取引と異なることなどの説明をした、(三) 前記乙第五号証(約諾書)の第六条には、顧客の注文に対し日商が相手方となって売買を成立させることがある旨規定されているが、右規定自体それが原則である趣旨には読めず、また日商からも被控訴人に対し融資の実体は顧客と日商との間の一種のマネーゲームであるというような説明はなされなかった、(四) そのため被控訴人は、日商が勧誘する取引は、委託保証金率が低率であること以外は証券会社において行なう信用取引とほぼ同様のものであるとの認識のもとに、取引を開始することとし、右約諾書に署名押印した(ただし、右約諾書には、主として顧客に契約不履行があった場合の担保権の行使に関する事項が記載されているだけで、取引の内容の本体に関する記載は殆どなかった。)、(五) 被控訴人は、生命保険会社に勤務するサラリーマンであり(ただし、証券投資に関係する業務を担当したことはない。)、証券会社を介した株式の現物売買を数回行なった経験を有し、信用取引についても多少の知識を有していたが、これに習熟していたということはなく、日商の勧誘する取引は、委託保証金率が低いこと、すなわち少ない資金で多額の株式投資が可能であることに魅力を感じ、委託保証金率が低ければそれだけ追加保証金(いわゆる追証)を要求される機会が増加することには思い至らなかった(日商からは追証に関し事前に特段の説明はなかったが、前記甲第一号証には評価損が保証金の六〇パーセントを超えたときには追加保証金が必要になる旨の一応の記載があった。)、(六) 被控訴人は昭和五九年二月四日に四〇万円の保証金を交付して取引を開始し、以後別紙取引一覧表記載のとおり前後九五回にわたり日商に対し東京証券取引所の株の値動きに照らして買い又は売りの取次の注文を出し、その都度日商から売買成立を告げられたことから正規に証券取引市場における売買が成立し、それに伴って融資が行なわれたものと信じていたが、日商は現実に被控訴人の注文を証券会社に取り次ぐことはしておらず、いずれも自己の介入により控訴人と自己との間に売買を成立させていたにすぎず、したがって、形式的にも実質的にも融資は行なっていなかった、(七) しかし、被控訴人は、日商から証券会社が用いるのと同じ書式の売買報告書や受渡計算書が送付されてきたのでそのことに気付かないまま取引を継続し、その間徐々に保証金を増額して取引を拡大していったところ、同年四月頃からは株が値下がりし評価損が生じたということで追証を要求されるようになり、結局同年七月二三日までに原判決添付目録記載のとおりの本件預託金等の交付を余儀なくされた、(八) 被控訴人は同年七月末頃前記丸山及び控訴人を名指しで攻撃した甲第三号証の証券情報誌の記事を読んで日商のいう融資の実態を知り、右記事が教示したとおりに内容証明郵便をもって正規の証券会社の受渡計算書の交付を要求したのを手始めに、取引の清算と預託した保証金等の回収に努めた結果、日商は同年九月中頃までに合計八七万五〇七六円を被控訴人に返還したが、それ以上は前記取引一覧表記載のとおり日商の取得した債権が被控訴人の取得した債権を上回ることを理由に返還しない、(九) 前記取引一覧表記載の株式の取引価格は、当日実際に東京証券取引所において形成された株価と同一であり、右一覧表記載の各手数料及び金利の額は前記基本契約における手数料及び利息の支払約束(証券会社に売買を取り次ぎ、かつ資金の融通が行なわれることを前提に右約束をしたことは被控訴人も認めるところである。)に基づいて算出されたものである、以上の事実を認めることができ、前記丸山秀夫の証言及び控訴人本人尋問の結果中右認定に反する部分はにわかに措信しがたい。

三 右認定事実に基づいて考察するに、被控訴人は日商との間の前記基本契約締結に際し、日商は株式売買の注文を証券会社に取り次ぎ、右売買に必要な資金を預託保証金の一〇倍を限度として貸し付けてくれると信じていたものであり、日商も、少なくとも外形的には、顧客からの注文は原則として証券会社に取り次ぎ、必要な資金を右の限度で融通する旨の意思を表示したものというべきである。しかし、その後日商が行なったことは、本来例外的であったはずの自己を相手方とする取引がすべてであり、右事実及び弁論の全趣旨(本件における控訴人の主張)によれば、日商には当初から顧客の注文を証券会社に取り次ぐ意思がなく、ただそのことを明白にすることは顧客を勧誘するうえで不利であることから、外形的には証券会社に取り次ぐことを原則とするが如き説明をしたものであることが推認される。日商の右のような行為は有価証券市場によらないで有価証券市場における相場により差金の授受を目的とするものであって、証券取引法二〇一条に該当する違法な行為であったものというべきところ、日商としては右違法行為をすることを前提としながら、被控訴人に本件取引を勧誘するにあたり、これを秘して正確な説明を避け、むしろ被控訴人の認識を誤らせて取引に引き込んだものであり、さらに前記認定事実によれば、その後もできるだけ被控訴人が右の点の誤解に気付かないように仕向けていたことが窺われるのであって、このような方法によって取引を開始し、継続したことは、被控訴人に対する関係においても、契約法上の信義則に違反するものといわなければならない。

もっとも、前記のように自己を被控訴人の取引の相手方とした場合であっても、証券取引所において形成される客観的な株価によって取引がなされる限り、被控訴人にとって証券会社への取り次ぎがなされたのとほぼ同一の経済的効果が得られるともいえるが、公開の株式市場における現物売買を前提とする株式投資を想定していた被控訴人にとって、株式市場の外で日商と対立的立場において純然たる先物取引を行なうということは、予想外の事態であり、この点の誤解が重要でないとはいえない。

弁論の全趣旨によれば被控訴人が支払を約束した売買手数料は証券会社のそれと同一であり、貸付資金に対する利息も一般の信用取引におけるものとほぼ同等であることが認められるが、実際に取り次ぎを行なわず、したがって証券会社に手数料を支払う必要もないのに右手数料の支払を約束させ、実際に融資をするわけでもないのに利息を支払うことを約束させた点においても、前記基本契約は違法であったといわなければならない。控訴人は、自己介入による直接の売買であっても、信用を供与する点に変わりはないから、実質的に融資がなされたのと同一である旨主張するが、証券市場における現物売買を伴っていない以上、実質的にも融資がなされたとはいいがたい。

また、日商は保証金の一〇倍まで融資するということを重要な利点として強調し顧客を勧誘したが、保証金が少ないということは反面日商に追証請求の機会を多く与えることになり、この面からは資金に余裕のない者にとって危険が増大することについては、前記パンフレットの記載以外説明らしい説明もしなかった点においても、投機的取引に習熟していない者に対しそれへの参加を勧誘する際に信義則上要求される説明義務を尽くさなかった違法があるというべきである。

(森 高橋 清水)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!