東京高等裁判所 昭和61年(ラ)177号 決定 1986年5月16日
抗告人
ヤーマン株式会社
右代表者代表取締役
松本行雄
右代理人弁護士
山田勝利
同
川崎達也
主文
本件抗告を棄却する。
抗告費用は抗告人の負担とする。
理由
一 抗告の趣旨
「原決定を取り消す。」との裁判を求める。
二 抗告の理由
別紙抗告状の抗告理由記載のとおり。
三 当裁判所の判断
1 当裁判所も、抗告人は東京地方裁判所が昭和六〇年三月二八日労働組合法二七条八項によりした決定(本件緊急命令)を履行していないものであり、抗告人が林恵子ほか二名と締結した同裁判所同年一二月二三日言渡しの仮処分判決で認容された賃金の仮払及び同判決を債務名義としてすでにされていた民事執行費用の支払を履行するための覚書による合意の履行をしていることをもって右決定(本件緊急命令)に従わない正当な理由とすることができないものであって、抗告人は右決定(本件緊急命令)に違反し、その行為は同法三二条前段に該当するものであるから、諸般の事情を考慮し抗告人を過料七〇〇万円に処するのが相当と判断するが、その理由は、原決定の理由説示と同一であるから、これをここに引用する。
2 そうすると、原決定は正当であり、本件抗告は理由がないからこれを棄却し、抗告費用は抗告人の負担とすることとし、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 西山俊彦 裁判官 越山安久 裁判官 武藤冬士己)
抗告状(昭61・3・31)
東京地方裁判所昭和六〇年(ホ)第一五六九五号労働組合法違反過料事件につき、昭和六一年三月一九日になされた決定(同月二四日送達)は不服であるから即時抗告をする。
原決定の表示
主文 被審人を過料七〇〇万円に処する。
抗告の趣旨
原決定を取消す。
との裁判を求める。
抗告の理由
一 抗告人は、東京地方裁判所昭和六〇年(行ク)第六号緊急命令申立事件にかかる昭和六〇年三月二八日付同庁決定につきこれを履行していないとして、昭和六一年三月一九日同庁から過料金七〇〇万円の決定を受け(昭和六〇年(ホ)第一五六九五号)、同月二四日同決定正本の送達を受けたものである。然し、右金七〇〇万円の過料の決定は、以下に述べる事由から取消されるべきである。
二 右緊急命令の主文は別紙(略)一緊急命令主文のとおりであり、同主文が引用する「昭和五九年一〇月三日付命令(中労委昭和五六年(不再)第五四号事件)により維持された東京都地方労働委員会の昭和五六年八月二五日付命令(昭和五四年(不)第四二号事件の一部)主文第一項」は別紙二都労委命令主文のとおりである。
ところで、他方、右都労委・中労委における事件と当事者および紛争の内容を同じくして、東京地方裁判所民事第一九部に地位保全仮処分申請事件(昭和五六年(ヨ)第二二〇八号)が係属していたが、昭和六〇年一二月二三日、同事件の判決が言渡された。その主文は別紙三仮処分判決主文のとおりである。
三 抗告人は、右仮処分判決に不服であるので、昭和六〇年一二月二六日控訴の手続をした。
しかして、抗告人は、右控訴審において攻撃防御を尽すことは別として、右仮処分判決にはひとまずこれに従い、同判決主文にかかる抗告人の義務は全て履行することとし、昭和六一年一月二二日同仮処分事件の債権者である林恵子外二名と右義務履行に関する覚書を締結し次のとおり合意した。
(一)昭和六一年一月二二日
金一〇、四七七、三六一円
(二)同年二月二五日
金五、三二九、六九五円
(三)同年三月二五日
金五、〇五〇、四七九円
(四)同年四月二五日
金五、一一〇、一一七円
右合計 金二五、九六七、六五二円
右金二五、九六七、六五二円は、右仮処分事件によって、バックペイとして支払いを命ぜられた合計金一、九八〇万円と昭和六〇年七月以降昭和六一年四月分までの賃料合計額とを合計した額である。
また、昭和六一年五月以降においても毎月二五日限り同判決で命ぜられた右林恵子外二名に対する仮払賃金全額(三人分合計一ケ月当り金六一〇、一一七円也)を支払うとの約束もした。
そして現に抗告人は、右の合意に従い、昭和六一年一月二二日に金一〇、四七七、三六一円
同年二月二五日に金五、三二九、六九五円
同年三月二五日に金五、〇五〇、四七九円
を支払い済みであり、今後も右の覚書に約定したとおり任意履行する所存である。
四 前記仮処分判決の主文要旨は、(イ)いわゆるバックペイについては、前記緊急命令が引用する都労委命令の主文にかかる金額の約六割に相当する金額を仮に支払え(緊急命令と同様石井陽子については却下)というものであり、(ロ)いわゆる原職復帰については、これに替って、各債権者ら(石井陽子については右同)に対し、本案第一審判決のあるまで毎月二五日限り各二〇万余円を仮に支払えとするものである。
従って、抗告人が右仮処分判決の命令を履行するところとなれば、抗告人は、バックペイの四割相当部分を除いては、緊急命令に従ってこれを履行すると同一の状態になるものである。
五 右仮処分の申立も救済命令の申立も共に昭和五六年一月二八日なされたものである。
しかして、右仮処分判決は、労働委員会におけるそれと同一の当事者、同一の紛争について、同一の代理人の下に、殆ど同一の証拠を以て、一年以上も長きに渡って審理された結果、中労委の命令が下された昭和五九年一〇月三日より後である昭和六〇年一二月二三日に下されたものである。そして、右仮処分事件においては、右中労委の命令書も緊急命令決定書も証拠として提出されており、同仮処分判決は、これらを十分に知悉し、念頭においた上、原職復帰は認めずにこれに替って昭和六〇年七月から本案第一審判決言渡しまでの賃金相当額の支払いを命じ、かつ約六割相当のバックペイの支払いを命じたものである(因みに、この仮処分判決は、林恵子外債権者らの行為は本来は懲戒解雇の事由に該るものであると認定するなど、都労委・中労委の判断に比し、より具体的かつ詳細に判断しているものである。)。
中労委の命令は、最終的には司法の判断を経てその当否が問われるべき運命にあるものであり、全法律体系に照らすときそれは未だ仮定的なものである。
また、緊急命令を定める労働組合法第二七条八項は「……判決の確定に至るまでその労働委員会の命令の全部又は一部に従うべき旨を命じ、又は当事者の申立により、若しくは職権でこの決定を取消し、若しくは変更することができる。」とするものである。緊急命令も又仮処分的性格を強く有するものであることは明らかである。
抗告人は、中労委の命令および緊急命令によって仮定的・仮処分的法律状態が生成されたその後に、東京地方裁判所によってその中労委の命令および緊急命令を十分に踏まえ念頭において生成された法律状態に従うこととし、完全にこれを履行するものである。
抗告人は、本件過料決定の前昭和六〇年七月二日に、右緊急命令を履行していないため過料の決定を受けた(昭和六〇年(ホ)第九五〇七号)。この過料決定は右仮処分判決が下される前であり、抗告人において前記林恵子外二名に対し何らの履行もなしていない時点におけるものであった(なお、かかる時点においても過料の額は一〇〇万円であった。)。
しかし、中労委の命令がいずれ司法の判断を経てその当否が確定されるものであり、緊急命令も又仮処分的性格を有するものであること、そして、仮処分判決は、中労委の命令および緊急命令のなされた後にそれらを踏まえて下されたものであり、しかもそこで認容された内容は、同判決主文のとおりであり、これを以て債権者らの地位は保全されるものであるとされていることを考えれば、抗告人が同判決で命ぜられたところを完全に履行する限り、抗告人の全法秩序違反の違法性は阻却され、最早過料を課す余地は消失したものというべきである。よって、本抗告に及ぶものである。