大判例

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東京高等裁判所 昭和61年(ラ)67号 決定 1988年5月11日

抗告人

甲野太郎

右代理人弁護士

増岡正三郎

増岡由弘

青田容

相手方

甲野二郎

右代理人弁護士

山根彬夫

神谷信行

相手方

乙川花子

相手方

丙谷春子

被相続人

甲野夏子

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

一抗告代理人は「原審判を取り消し、本件を東京家庭裁判所に差し戻す。」との裁判を求め、その理由として、別紙「抗告の理由」記載のとおり主張した。

二当裁判所の判断

抗告理由一について

相続開始後における遺産の法定果実である賃料収入が、遺産分割の対象となる財産に含まれるかどうかについては、種々の見解が存するが、本来遺産というのは、相続開始時において被相続人に帰属していた財産を指すのであるから、相続開始後における遺産の法定果実が、右にいう遺産に属しないことはいうまでもない。もっとも、共同相続人間に合意が存する限り、遺産の法定果実を遺産分割の対象の中に含ましめたうえ、遺産分割の審判をするのも、違法であるとまで断定することはできないが、これはあくまでも便宜的な方法であるにすぎない。本件の場合においては、抗告人主張の法定果実を遺産に含ましめることについて、当事者間に合意が存しなかったのであるから、いずれにしても、原審判が右法定果実を遺産に含めないで審判をしたことに違法な点はない。また、右法定果実がすでに一億数千万円に達しているとしても、管理費用である相手方二郎の報酬額について争いがあり、その純収入額を確定できない等の事情をも考慮すれば、右法定果実を除外して分割をした原審判が不当であるということもできない。

論旨は採用することができない。

抗告理由二について

まず、本件記録によると、原審判理由1(3)(4)の各事実を認めることができる。右認定の事実によると、相手方二郎が被相続人とともに甲野ビルの立案・建築・資金繰り・管理等に従事したのは、単に右ビルが被相続人の遺産として形成されるのに寄与したというにとどまらず、むしろその敷地である本件土地の維持・有効利用に寄与した点に多大の功績があったものと認めるべきであるから、抗告人主張のとおり、ビル完成後においては、相手方二郎は被相続人から給与の支給を受け、またビルの五・六階を無償で使用しているとしても、原審判が相手方二郎に認めた寄与分をもって、不当であるということはできない。

次に、相手方花子の夫が約金六五〇万円を被相続人に融資したという事実は、原審における相手方二郎及び同花子の各供述によって、これを認めることができる。右金員の出捐者が相手方花子ではなく、その夫であっても、相手方花子とは同一家計であるうえ、被相続人が資金繰りに苦しんでいる時に、相手方花子の口添えと努力により、右融資がなされたのであるから、これを相手方花子の寄与と評価しても何ら差支えがないし、相手方花子の寄与分に関する原審判の認定も、不当であるということはできない。

論旨も採用することができない。

抗告理由三について

確かに、原審判がなされた前後以降、東京都区内の地価が狂乱といわれるほど、異常なまでに高騰したことは、抗告人の立証をまつまでもなく、公知の事実である。しかしながら、遺産分割の審判に対する抗告審が、事実審であり続審であるといっても、遺産の評価については、抗告審において無制限な立証が許されると解することはできない。何故なら、遺産の分割はできるだけ相続開始時に接着した時点でなされるのが望ましいから、分割の時点を長期に遅らせることにより、これによって相続開始直後に分割した場合と比較して著しく異る結果を生ぜしめることは、可能な限り排除すべきであるうえ、土地の価格は戦後ほぼ一貫して上昇を続けたという経験的事実に照らせば、抗告審において土地の評価について新たな立証を許すと、必ず原審判が違法になるという事態を招来することになるからである。したがって、遺産の評価については、原審の認定そのものが、原審における資料によっても、違法不当であることを主張立証する場合にのみ、抗告審における判断の基礎となしうるものと解するのが相当である。

これを本件についてみるに、抗告人の主張は、原審判の後における遺産たる土地の高騰を理由に、原審判の違法をいうものであるうえ、本件記録によると、本件遺産分割の調停の申立てが昭和五二年三月七日になされ、昭和五四年二月一四日には調停不調により審判手続に移行しながら、原審判が昭和六一年一月二三日まで遅延したのは、ほとんど専ら抗告人が前記法定果実の純収入額の確定にこだわったためであり、また昭和六〇年一〇月一一日の原審審判期日において、本件土地建物の評価額を金二億四〇九九万四〇〇〇円とすることに、当事者間で合意が成立していることが認められる。そうすると、原審判が、本件土地建物について、右評価額を基礎に分割の審判をしたことに、格別違法不当な点が認められないし、抗告人が原審において、本件土地建物の評価につき一旦合意をしておきながら、自己の意に副わない審判がなされるや、これに抗告を申し立てたうえ、本件土地建物の評価についての不服の主張を追加するのは(抗告代理人が昭和六一年二月二一日に提出した当初の「即時抗告理由書」にはこの点の記載がなく、同年六月六日提出の書面により、はじめてこの点の主張が追加された)、手続上信義に反する行為であるともいえるから、当裁判所がこの点に関する立証を許さないで、抗告審としての判断をしても、抗告人の財産権を不当に侵害し、かつ著しく正義に反する違法不当な裁判をしたということはできない。

論旨は、また採用することができない。

その外、記録を精査しても、原審判に違法不当な点を見出すことができない。

よって、本件抗告を失当として棄却することとし、抗告費用の負担について民訴法九五条本文、八九条を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官枇杷田泰助 裁判官喜多村治雄 裁判官小林亘)

別紙抗告の理由

一 原審判が相続開始後の法定果実を遺産分割の対象としなかったのは、違法であり、仮に違法でないとしても、不当である。

即ち、法定果実たる賃料債権は、遺産分割前は相続人各人がその法定相続分に応じて賃借人から請求取得しうるものではなく、これを取り立てたものは、相続人全員のために保管するのであり、その帰属は遺産分割によって決まるのであって、民法上その帰属が確定しているものでも、また可分のものでもない。遺産分割の本質は、相続財産の有する経済的価値を全体的総合的に把握し、これを共同相続人の具体的相続分に応じて、公平かつ合理的に再分配するところにあるから、相続開始後に遺産から生じた法定果実も、遺産と同一視したうえ、これを遺産分割の対象とすべきである。殊に、本件においては、その法定果実が年額平均金一〇〇〇万円を超え、総額では一億数千万円にのぼるうえ、原審において審理期間が長期化したのは、その純収入額を明確にするためであったにも拘わらず、歴代家事審判官の審理方針・審理経過を無視した原審判は、関係者の信頼を裏切るものであって、違法・不当であり、許されない。

二 相手方二郎及び同花子についての寄与分の認定は、著しく不当であり、原審判は取り消されるべきである。

即ち、原審判は、相手方二郎が被相続人とともに、甲野ビル建築計画の立案、建築業者との交渉、建築資金の金策等にあたり、建築契約、資金の借入及びビル完成後の返済金の資金繰り等に寄与したとして、ビル建築代金の五〇パーセントに相当する金一二〇〇万円を寄与分として認定したが、これは、ビル建築について企画・立案から資金の斡旋、完成まで一切を請け負う企業(いわゆるデベロッパー)の手数料が建物建築費の一〇パーセントを超えることがないことと比較して、極めて過大である。仮にビル完成後建築代金及び借入金の返済に相手方二郎の努力があったとしても、相手方二郎は被相続人から月額一四ないし一六万円の給与の支給を受け、かつビルの五・六階を居住のため無償で使用していたのであるから、ビル完成後については、寄与を考慮する必要がない。

また、原審判は、相手方花子についても、その夫が被相続人に約金六五〇万円を融資したとして、寄与分を認定しているが、右融資を裏付ける客観的な資料がないうえ、夫という第三者の寄与を、相手方花子自身の寄与とすり替えるのも不当である。

三 原審判後、本件遺産分割の対象となる土地の価格は著しく高騰したから、抗告審においては著しい事情の変更があったとして、現在の時価に基づいて決定をすべきである。

昭和六〇年六月二一日の原審審判期日において、本件土地建物の時価につき、審理促進のため、過去二回の鑑定結果を考慮したうえ、金二億四〇九九万四〇〇〇円とすることに、当事者間で合意がなされた。しかしその後土地の時価は著しく高騰し、昭和六三年四月二日現在における本件土地の正常価格は金一五億七九二六万円となり、合意当時の土地の価格金一億八五九二万三四〇〇円と比較して、実に8.494倍にも達している。この点を考慮しないで決定をすることは、抗告審が事実審で、かつ続審であることを無視するものであり、また抗告人の財産権を不当に侵害し、著しく正義に反するもので、許されない。

なおその場合、相続人の一人が本件土地建物をすべて取得し、他の相続人に対し調整金を支払うことは、それが巨額となって不可能であると考えられるので、本件土地建物を処分したうえ、その代金を分割するのが適当であると思料される。

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