東京高等裁判所 昭和61年(行ケ)109号 判決 1988年5月30日
原告
昭和電工株式会社
被告
特許庁長官
主文
特許庁が、昭和60年審判第9805号事件について、昭和61年3月26日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた判決
一 原告
主文同旨
二 被告
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二請求の原因
一 特許庁における手続の経緯
訴外昭和油化株式会社は、昭和47年10月6日にした特許出願(同年特許願第99917号)を原出願とし、これに基づく分割出願として、昭和53年6月22日,名称を「インフレーションフイルム成形法」とする発明(以下、「本願発明」という。)につき特許出願をした(同年特許願第74867号)。原告は、昭和54年10月1日、右訴外会社を吸収合併し、これに基づく出願人名義変更届けを昭和55年3月18日にした.本願発明は昭和57年3月6日に特許出願公告された(同年特許出願公告第11768号)が特許異議の申立があり、昭和60年4月23日に拒絶査定がされたので、原告は、同年5月22日、これに対し審判の請求をした。特許庁は、同請求を同年審判第9805号事件として審理した上、昭和61年3月26日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同年4月21日、原告に送達された。
二 本願発明の特許請求の範囲
メルトインデツクスの低い低密度ポリエチレン、高密度ポリエチレン又はポリプロピレンを空冷式インフレーシヨン法により溶融押出する際、ダイスより押出された管状のフイルム口径を、フロストラインの温度とそれより30度℃高い温度の間で、ダイスの口径より小さくくびれさせてから膨張比2以上に拡大してバブルを形成させ引取速度と押出速度の比を五以上にするインフレーシヨンフイルム成形方法。
三 審決の理由の要点
1 本願発明の要旨は、前項の特許請求の範囲に記載されたとおりである。
2 これに対し、本願の原出願前に出願され同出願後の総和53年2月25日に出願公告された昭和44年特許願第19622号の願書に最初に添付された明細書及び図面(以下、「引用例」という。)には、「樹脂溶融体を円形ダイスから吐出して形成した円筒体を、気体噴出用の円形スリツトを有する冷却装置を用いて外部から冷却するとともに、円筒体内部に筒体膨張用の加圧気体を導入し、該円筒体を膨張させ、膨張したフイルムを、加圧気体を内部に閉鎖する役割りをはたすピンチロールではさみ、引取るようにしたインフレーションフイルム成形方法」の発明(以下、「先願発明」という。)が記載されている。
この先願発明に関して、引用例には、①成形に用いられる樹脂には、エチレン重合体、イソタクチツクポリプロピレン系重合体などがあり、密度0.920、メルトインデツクス1.0を有する低密度ポリエチレンが用いられること、②円筒体の径は「ダイの口径に対する円筒体の径(それぞれ外径または内径の対比で)の円筒体の口径/ダイの口径の式で表わされる比が0.7~1.3の範囲にあればよく、直円筒でない場合」(6頁10~13行)もあり、該比が「1.3より以上の範囲はタテ方向の配向を緩和するに十分でなく、0.7以下の範囲は成膜の安定性を欠く」(6頁19~21行)こと、③筒体の径は、「ダイと膨張開始点の間で、筒体形成部の溶融体の粘弾性と引取張力の関係で実際にはこの比が1.0以下にもなり得る」(6頁14~17行)こと、④ブロー比は、「3倍以上10倍以下が適当であり、好ましくは5倍以上8倍以下がよい」(11頁3、4行)こと、⑤ダイ出口での溶融樹脂吐出速度を1.9m/minとし、引取速度を10m/minとすること(実施例1参照)が記載されている。
3 本願発明と引用例の記載とを対比すると、右①の記載は、先願発明において、メルトインデツクスの低い低密度ポリエチレン、高密度ポリエチレン又はポリプロピレンという範囲に入るものを用いることを示し、②の記載は、先願発明において、円筒体をダイスの口径より小さくくびれさせてから膨張させることもその態様として包含していることを示し、④の記載は、先願発明において、ブロー比を2以上とすることを示し、⑤の記載は、先願発明において、引取速度と押出速度との比を5倍以上とすることもその態様として包含していることを示しているといえるから、本願発明と先願発明とはメルトインデツクスの低い低密度ポリエチレン、高密度ポリエチレン又はポリプロピレンを空冷式インフレーシヨン法により溶融押出する際、ダイスより押出された管状のフイルムの口径をダイスの口径より小さくくびれさせてから、膨張比2倍以上に拡大してバブルを形成させ、引取速度と押出速度の比を5倍以上にするインフレーシヨンフイルム成形方法である点で一致し、引用例には、ダイスの口径より小さくくびれさせる温度を、フロストラインの温度とそれより30度℃高い温度の間とすることについて明記されていない点で相違している。
4 そこで、右相違点について検討する。
くびれを形成させる温度について、本願明細書には、「ダイスとフロストラインの間に於いて、フロストラインの温度(凝固温度)とそれより30度℃高い温度の間である。この温度範囲では溶融樹脂がより弾性を帯ているようである。」(本願公告公報4欄35~38行)と説明されている。
この説明は、単に、くびれを形成させる温度が、フロストラインの温度とそれより30度℃高い温度との間にあることを説明しているだけであり、本願明細書の他の記載をみても、この温度の限定により格別の効果を奏するものとは認められず、温度の限定に格別の技術的意義があるとは認められないので、温度の限定があるからといつて、本願発明と先願発明とが別異の発明であるとすることはできない。
しかも、上記本願明細書の説明からみると、本願発明において、くびれが形成される位置は押出された溶融樹脂がゴム弾性を有していると認識される範囲であると認められ、また、引用例の③の記載からすると、先願発明におけるくびれが形成される位置は、溶融樹脂が弾性を有している範囲にあると認められるから、両者とも、くびれは溶融樹脂が弾性を帯びている温度範囲において形成されているとするのが相当であり、また、くびれが形成される温度範囲が異なるとする証拠も提出されていないので、本願発明と先願発明の間で、くびれを形成させる位置が実質上異るとすることはできない。
また、本願発明においてもたらされる本願明細書記載の効果は、格別のものではない。
以上のとおりであるから、本願発明は、先願発明と同一である。
5 そして、先願発明の発明者と本願発明の発明者とが同一であるとも、また、本願出願時に、先願発明の出願人と本願出願人とが同一であるとも認められない。
6 してみれば、本願発明は、特許法29条の2により特許を受けることができない。
四 審決を取り消すべき事由
審決の理由の要点1、2は認める。同3のうち、引用例の②、④の記載が示すところとして認定している点及び本願発明と先願発明とが「ダイスより押出された管状のフイルムの口径をダイスの口径より小さくくびれせてから、膨張比2以上に拡大してバブルを形成させ」る点で一致するとした認定を争い、その余は認める。同4のうち、本願明細書の記載事項は認めるが、その余は争う。同5は認める。同6は争う。
審決は、引用例の記載内容を誤認して本願発明と先願発明との相違点を看過し(取消事由(1))、審決認定の相違点についての判断を誤り(取消事由(2))、その結果、本願発明は先願発明と同一であるとの誤つた結論に至り、特許法29条の2を不当に適用したものであるから、違法として取り消されなくてはならない。
1 相違点の看過(取消事由(1))
(一) 審決は、引用例の「②の記載は、先願発明において、円筒体をダイスの口径より小さくくびれさせてから膨張させることもその態様として包含していることを示し」と認定しているが誤りである。
引用例には、「くびれ」「くびれさせてから膨張させる」という技術的思想は全く記載されていない。引用例の②の記載は、円筒体の口径/ダイスの口径の式で表わされる比の範囲と直円筒でない場合のありうることを上位概念的に又は単に範囲を広く記載して示したにすぎないものであり、「くびれ」の必要性、「くびれさせてから膨張させる」必要性の記載はなく、示唆もない。実施例においても全く示されていないばかりか、むしろくびれのない形のものが好ましいものとして積極的に開示されているのみである。
すなわち、先願発明は従来の技術が吐出直後か膨張開始点までの間における横膨張があることによる欠点に着目し、横膨張を起こさないようにするとともに、押出方向でも延伸を与えないよう押出し速度、引張速度を規定したものであり、積極的にくびれを与えるような技術思想はない。引用例の「ダイの口径と同じ径を有する円筒体を形成するのが最も望ましく、」(甲第3号証6頁6ないし8行)との記載がこのことを明瞭に裏付けている。しかし、実際問題として多少の変動は考えられるので、引用例において意図し、かつ認識した発明としてはダイスと同じ径の筒体であるが、その径の変動幅として0.7~1.3と記載したにすぎない。換言すれば、先願発明は、本願明細書添付図面(別紙図面)第1図に「空冷インフレーシヨン法における従来のバブルの形状」として示されているbタイプのものをもつとも望ましいものとし、その直円筒部分の口径の変動(不安定性)の限界を見出したものであり、比が1未満の条件を好ましく選択する意思を示したものではない。バブルの形状は単にこのような形があるといわれてもすぐに実施できるわけでなく各種の条件が合致しない限り実施できない。
先願発明においてくびれを持たせる発明までも認識していたとすれば、事実はくびれを持たせた方がダイスと同じ径の円筒よりも優れた効果を有するのであるから、前記のごとく「ダイの口径と同じ径を有する円筒体を形成するのが最も望ましく」などと記載するはずはない。「望ましく」ということはこれから外れるほど効果が劣ると認識しているからに他ならない。そのために、先願発明では、ダイスの径と同一の筒体を中心にしてこれから多少の径の増減が起こる場合、増減のある径を有する筒体をすべて同一視してこれを許容しているのである。ところが実際はダイスの口径より大きい場合は同一径の場合に比し劣るが、膨張させる寸前のくびれは逆に優れているのである。つまり、引用例では、くびれを発明として把握していないことになる。このことは引用例に記載の実施例1、2がダイスと同径もしくはダイスよりすこし大きい径のものしか示していないことからも明らかである。
被告は、引用例では、円筒体の口径/ダイスの口径の式で表わされる比が0.7~1.3の範囲から外れた場合にどのようになるかを十分に認識しており、この認識がある以上、引用例には、右の比を0.1~1.3の範囲とする発明が記載されているべきであると主張するが、誤りである。
発明というためには、少なくとも発明が成立する程度に構成、効果等が記載されていなければならない。特許法29条の2でいう他の発明とは、単なる技術的事項あるいは要素とは異なる。引用例におけるくびれの記載は、発明としては望ましくはないが、許容できるとして詳しい説明もせず、漠然と記載したにすぎない。しかし、実際にはくびれがある場合はダイスの径と同じ筒体より優れているのであるから、引用例におけるくびれは発明に含まれていないか又は発明としての認識がなかつたことになる。したがつて、いずれにしてもこのような引用例におけるくびれの記載をもつて本願発明が記載されたということはできない。
被告は、また、右の比が0.7から1未満の間では、ダイスから吐出された円筒体は、先細りの形態をとり、その後膨張されることになる旨主張するが、「先細り形態をとり、その後膨張される」との根拠はない。右の比の変化が何故先細り形態と結びつくのか、また、その結果としてのその後の膨張なる技術思想を引き出しうるのか、全く不明である。
(二) 審決は、引用例の「④の記載は、先願発明において、ブロー比を2以上とすることを示し」と認定しているが、誤りである。右④の記載には、ブロー比が3未満のことは示されていない。
また、審決は、先願発明のブロー比と本願発明の膨張比が異なることを意識していない。先願発明のブロー比は、ダイス口径で製品フイルム口径を割つた数値であるのに対し、本願発明の膨張比は、くびれの一番細くなつた時点(すなわち、バブルの膨張直前の場所)の管状のフイルム口径で膨張されたフイルムの口径(製品フイルム口径)を割つた数値である。このことは、本願明細書に「本発明のくびれを発生させたバブルによるインフレーシヨン成形の他の利点は、ダイスの径を小さくせず、或いは折径をあまり大きくせずに実質的な膨張比を大きくすることができるので、」(甲第2号証4欄7ないし10行)と記載されていることから、本願発明でいう膨張比がダイスの径を変えることなく変えられるということ、及びくびれを発生させることにより変えられるということが分かり、本願発明でいう膨張比はダイスの径をベースとせず、くびれ部分の径をベースにしていることが明らかである。
被告は、本願発明でいう膨張比が、原告主張のとおりのものであつたとしても、先願発明のブロー比から換算される膨張比は2倍以上であることは明らかであると主張しているが、数値が重なる場合があるということをもつて同一技術思想とする飛躍がある。先願発明は、ダイスの径と押出後の円筒体の径とをほぼ等しくすることを基本思想としているから、ブロー比はダイスの径に対する膨張後の倍率で表わせばよい。引用例には、くびれの技術思想は開示されていないのであるからくびれを前提とする本願発明の膨張比をブロー比と同一視することはできない。結果的に両者は重なることはあつても、技術思想としては両者は判然と区別される。
(三) 審決は、先願発明と本願発明の一致点として、「ダイスより押出された管状のフイルムの口径を、ダイスの口径より小さくくびれさせてから膨張比2倍以上に拡大してバブルを形成させ」る点を挙げているが、右(一)、(二)に述べとおり、先願発明にはくびれを形成させる技術的思想はなく、先願発明のブロー比と本願発明の膨張比は異なるから、右の認定は誤りである。
本願発明は、管状フイルムの口径を必ずダイスの口径より小さくくびれさせることにより膨張比をダイスの口径と製品フイルムの口径の比(先願発明のブロー比)以上に大きくすることにより、縦横の強度比のバランスのよりよいフイルムを製造でき、また、先願発明のブロー比が小さいままでもくびれを大きくとることにより実質的な膨張比を大きくとれる点において、本願発明と先願発明とは本質的に異なるのである。
2 相違点についての判断の誤り(取消事由(2))
審決は、本願発明と先願発明との間の審決認定の相違点につき、くびれを形成させる温度の限定は単なる説明でしかなく、技術的意義は認められない旨、しかも、くびれが形成される位置は溶融樹脂がゴム弾性を有していると認識される範囲であると認められ、本願発明及び先願発明は両者とも、くびれは溶融樹脂が弾性を帯びている温度範囲において形成されている旨判断しているが、誤りである。
本願発明における温度限定は、審決の述べるような単なる現象の観察結果の説明ではなくて、積極的にくびれを形成させた直後に膨張させる本願発明における重要な要件である。この温度範囲をとることにより、本願明細書に記載されている「バブルの膨張比を大きくしてもより安定化することにより、厚みむらも少なく、縦横の強度及びそのバランスの良いフイルムを得ることができる」(甲第2号証2欄29ないし32行)、「ダイスの径を小さくせず、或いは折径をあまり大きくせずに実質的な膨張比を大きくすることができる」(同4欄8ないし10行)、「膨張比が大きくできることにより、より薄いフイルムも容易に製造できる」(同4欄14・15行)との効果を得ることができたものである。
バブルの形状を決定する要因は、空冷リングの冷却方法、フイルムの引取速度、溶融樹脂温度、樹脂のメルトインデツクス等があげられる。したがつて、これらの条件により、いろいろなタイプのバブルが形成される。本願発明のインフレーシヨンフイルムは、くびれのあるものであり、本願明細書に記載されている形成条件(同号証3欄20行ないし30行)により形成される。くびれのあるバブルにおいても、その形状は、その要因により異なり、それに伴なつてフイルムの性質も変る。本願発明において、くびれを形成させる温度は、ダイスとフロストラインの間において、フロストラインの温度(凝固温度)とそれより30度℃高い温度の間であるが、形成条件によつては、例えば、冷却風量を増加すると、この温度範囲より高い温度でくびれが生ずる。フロストラインの温度とそれより30度℃高い温度の間では溶融樹脂がより弾性を帯びており、この状態でバブルを引取りながら膨張させると縦横とも分子配向に優れかつバランスがよく強度の大きいフイルムが安定的に得られる。これに対し、前記の温度範囲より高い温度のところにくびれを生じさせる成形法では低い弾性のところから膨張が起るのでバブルが不安定となり優れたフイルムは得られない(甲第5号証参照)。
このように、本願発明におけるくびれを形成させる温度条件は単にくびれが形成されている箇所における温度を表示したにすぎないものではなく、くびれを形成させる温度を限定することにより、前記の効果を奏するのである。そして、この温度限定があるから、くびれを起こさせてのち膨張させるという1つの具体的に明確で、先願発明とは別異の技術的思想に結びついたわけであり、温度限定は充分な技術的意義を有する。
被告は、原告の主張する効果が温度限定に基づくものではないと主張するが、温度はくびれた筒体からの膨張を効果的に発現する手段であるから、効果の1要因であり、特許請求の範囲で温度を限定したのはこれを明確にするためである。また、溶融樹脂が弾性を有している位置が広く存在することは、もし弾性がなければ引取力に耐えられるものではないことからも明らかである。したがつて、引用例の場合に「くびれ」の記載もないのに、直ちにそのようなくびれが本願発明と実質上異るとすることができない位置に発生するとの審決の結論は全くその根拠を欠くものである。
3 以上のとおり、本願発明は、先願発明とは別の技術的思想を基礎として発展させたものであり、先願発明と同一ということはできず、また、引用例において本願発明の目的、構成及び効果が全く開示されていないのに、先願発明に特許法29条の2の先願の地位を認めることは、いたずらに明細書の記載内容を技術的に広く認めることとなり、後願者に対する関係上不当に有利に扱うこととなるので、審決における同法29条の2の適用は不当である。
第三請求の原因に対する認否、反論
一 請求の原因1ないし3の事実は認める。同4の主張は争う。
二 審決の認定判断は正当であり、原告主張の審決取消事由はいずれも理由がない。
1 取消事由(1)について
(一) 引用例の②の記載の示すとおり、先願発明では、円筒体の口径/ダイスの口径の式で表わされる比が0.7~1.3の範囲から外れた場合に、どのようになるかを十分に認識している。引用例にこの認識がある以上、引用例には右の比が0.7~1.3の範囲とする発明が記載されている。そして、ダイスから吐出された円筒体の形態は、右の比が0.1から1未満の間では、先細りの形態をとり、その後膨張されることになる。してみれば、引用例には、ダイスの口径より小さくくびれさせてから膨張させるという技術思想が記載されている。
また、審決認定の③の記載のとおり、右の比の値を1.0以下にするにはどのようにすればよいかも引用例に示されている。
(二) 審決が、引用例の④の記載がブロー比を2以上とすることを示すとし、本願発明と先願発明とが膨張比2以上に拡大してバブルを形成させる点で一致するとしたのは誤りである。これらの「2以上」は「3以上」とすることが正確である。しかし、3以上において、本願発明の膨張比と引用例のブローは重複する場合があるから、両者はこの範囲において一致することにおいて変りはない。
(三) 以上のとおりであるから、審決には原告主張の相違点の看過はない。
2 取消事由(2)について
審決が述べているとおり、本願発明「フロストラインの温度とそれより30度℃高い温度の間で」の要件は、ただ単に、くびれが形成されている箇所における温度を表示したにすぎないものであることは明らかであつて、本願発明にこの要件があるからといつて、本願発明が先願発明と別異のものになるものではない。
原告は、フロストラインの温度とそれより30度℃高い温度の範囲をとることにより本願明細書記載の効果を得たものである旨主張するが、原告主張の効果は、くびれを形成させる温度の限定のない発明(昭和57年11月29日付手続補正により補正される以前の本願発明)においても奏されるとしていたものであり、温度範囲を、「フロストラインとそれよりも30度℃高い温度の間」としたことによりもたらされるものではない。
第四証拠
本件記録中の書証目録の記載を引用する。
理由
一 請求の原因1ないし3の事実及び本願発明の要旨が審決認定のとおりであることは、当事者間に争いがない。
二 そこで、原告主張の審決取消事由(2)について検討する。
1 前示当事者間に争いのない本願発明の特許請求の範囲と成立に争いのない甲第2、第4号証により認められる本願明細書及び図面(昭和57年11月29日付手続補正書による補正後のもの、以下、この補正後の明細書を図面を含め「本願明細書」という。)の記載によれば、本願発明は、「ポリオレフイン系樹脂を管状に溶融押出して、空冷法によつてインフレーシヨンフイルムを成形する方法に関するものである」(甲第2号証1欄30~32行)こと、この空冷法によつてインフレーシヨンフイルムを成形する従来法を樹脂バブルの形状によつて分類すると、本願明細書添付図面(別紙図面)第1図に示すように、a、b、cの3つのタイプがあり、この樹脂バブルの形状を決定する要因としては、「空冷リングの冷却方法、フイルムの引取速度、溶融樹脂温度、樹脂のメルトインデツクス等があげられるが、この内で冷却方法に最も大きく支配され、次で引取速度が大きく影響する」(同2欄36行~3欄3行)こと、「本発明のインフレーシヨンフイルム成形に於いてバブルの形成条件は、引取速度が大、冷却空気量は小、M・Iは低い点bタイプに近く、又バブルの形状もbタイプに近いが、樹脂温度は低めであり、バブルの形状も第2図に示す如く管状体の膨大部の直前に於いてくびれている点がbタイプのものと少々異なる」(同3欄20~26行)ものであり(別紙図面第2図参照)、本願発明は、このように従前の方法とは異なり、「ダイスより押出された管状のフイルムの口径を、ダイスの口径より小さくくびれさせてから膨張比2以上に拡大してバブルを形成させ」(同2欄24~26行)るものであり、この「くびれを発生させるためには、押出速度に対してある程度以上の引取速度と、樹脂温度のコントロールが必要である」(同4欄31~33行)ところ、このくびれを発生させる温度を、「溶融樹脂がよりゴム弾性を帯びている」(同4欄38行)と認められる温度範囲である「ダイスとフロストラインの間に於いて、フロストラインの温度(凝固温度)とそれより30度℃高い温度の間」(同4欄35~37行)とすることによつて、「従来法では無理だつた横方向の強度を向上させ縦方向の強度とのバランスのよいフイルムを容易に成形することが可能となり、さらに膨張比が大きくできることにより、より薄いフイルムも容易に製造でき」(同4欄11~15行)、「フイルム厚みが均一化される利点がある」(同4欄17、18行)インフレーシヨンフイルム成形法を完成させたものであることが認められる。
審決は、くびれを形成させる温度について、本願明細書の説明は、「くびれを形成させる温度が、フロストラインの温度とそれより30度℃高い温度との間にあることを説明しているだけであり、」「この温度の限定により格別の効果を奏するものとは認められず、温度の限定に格別の技術的意義があるとは認められず」と述べる。しかし、前叙のとおり、本願明細書には、「フロストラインの温度とそれより30度℃高い温度の間」は、この温度範囲外におけるよりも「溶融樹脂がよりゴム弾性を帯びている」旨を示し、一方、溶融樹脂温度がバブルの形状を決定する要因の一つであり、これを制御することが必要であることも説明されているのであるから、これらの説明に徴すれば、右の温度範囲においてくびれを形成させることが本願発明の前示効果に寄与するところがなく格別の技術的意義がないと直ちにいうことは早計にすぎるものというべきである。
現に、成立に争いのない甲第5号証によれば、メルトインデツクス0.05、密度0.950の高密度ポリエチレンを材料とし、押出し機先端温度及びダイス温度を210度℃、引取速度25m/min、膨張比3.0、風冷ブロアー5HPで、フイルム厚さ20μmとなるようにフイルム成形を行つたインフレーシヨンフイルム成形実験において、ブロアーの吸い込み口開口の開度を8mmとした開度Aのものと、同じく開度を15mm幅とした開度Bのものとの比較結果は、開度Aのものにおいてくびれは温度139度℃の位置に形成されるの対し、開度Bのものにおいてくびれは温度165度℃の位置に形成され、いずれの場合も、フロストラインの温度は124度℃であつたこと、開度Aのものは冷却風の流れが均一であるのに対し、開度Bのものは冷却風が強くバブルの振動が激しく、得られたフイルムの厚みの均一性において開度Aのものが開度Bのものに勝り、また、その衝撃強度も開度Aのものが420kg・cm/mmで、開度Bのものの210kg・cm/mmに勝る結果が得られたことが認められる。右実験は、前示実験条件からバブルにくびれを形成させる温度を開度Aのものにおいて本願発明の規定する温度範囲のものとし、開度Bのものにおいて右温度範囲外のものとした以外は、本願発明の特許請求の範囲に示す要件の下で行われたものと推認できるところ、右の実験結果によれば、くびれを形成させる温度の差異が得られるフイルムの物性に影響を及ぼすものえあり、本願発明の規定する温度範囲においてくびれを形成させる方がこの温度範囲外においてくびれを形成させるより、厚みむらが少なくて強度の良いフイルムを得られることを示しているから、本願発明の規定するくびれを形成させる温度の規定が本願発明の奏する前示効果に寄与しており、この温度の限定が右の効果発生に必須の要件であるとした本願明細書の記載を裏付けているものと認められる。
したがつて、審決の前示判断及び被告が取消事由(2)に対する反論で述べるところは、いずれも誤りであるといわなければならない。
2 一方、引用例に審決認定のとおりの先願発明が開示され、これに関する①ないし⑤の記載があることは、当事者間に争いがない。
右事実によると、引用例には、先願発明おいて、バブルにくびれが形成されることがあることは認められるが、成立に争いのない甲第3号証により引用例の全記載を精査しても、引用例にはくびれを形成させることの必要性、くびれを形成させる温度条件についての記載は見当たらず、また、くびれが本願発明の規定する温度範囲において生じているものと解される記載はないことが認められる。
したがつて、引用例には、本願発明の必須の要件である「ダイスより押出された管状乃フイルムの口径を、フロストラインの温度とそれより30度高い温度の間で、ダイスの口径より小さくくびれさせ」る構成及びその効果について開示するところがなく、この点の開示がない以上、本願発明を先願発明と同一ということはできない。
3 以上のとおりであるから、原告のその余の主張について判断するまでもなく、審決は違法として取り消しを免れない。
三 よつて、原告の本訴請求を正当として認容し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 瀧川叡一 裁判官 牧野利秋 裁判官 木下順太郎)
<以下省略>