東京高等裁判所 昭和61年(行ケ)128号 判決 1987年4月27日
原告
佐藤吉男
被告
特許庁長官
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第1当事者双方の求めた裁判
1 原告
「特許庁が昭和58年審判第8701号事件について昭和61年4月24日にした審決を取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決
2 被告
主文同旨の判決
第2請求の原因
1 特許庁における手続の経緯
原告は昭和51年7月1日名称を「流体ポンプの性能改善」とする発明(以下「本願発明」という。)につき特許出願したところ、昭和58年2月19日拒絶査定を受けたので、同年4月30日審判の請求をした。特許庁はこれを同年審判第8701号事件として審理した上昭和61年4月24日「本件審判の請求は成り立たない。」との審決をし、その謄本は同年5月16日原告に送達された。
2 本願発明の特許請求の範囲
案内羽根出口2の流路面積をポンプ出口4の流路面積の1/2以下にして損失をはぶいたとしてポンプの流体に与えるエネルギーをそのままにしてポンプのトルクを下げて性能を改善する機構
3 審決の理由の要点
1 本願拒絶査定の理由は、本願の明細書及び図面が次の点で不備であり特許法36条4項、5項の要件を満たしていない、というのである。
(イ) 本願発明の属する技術分野がポンプ、流体エンジンのいずれであるか不明である。
(ロ) ポンプのトルクはオイラーの式として知られる式で表現され(例えば、板谷松樹著「水力学」昭和34年3月5日社団法人日本機械学会発行190~191頁参照)、明細書4頁の(1)式とは異なる。ポンプの揚程は流体の絶対速度、相対速度、周速度により表わされるが、明細書2頁15行~3頁10行の記載では周速度成分のみを問題としており、(1)式が不明である。従つて、明細書2頁15行~5頁16行の記載が不明である。
2 上記明細書及び図面を検討したが、前記の不備が存在しないと認めることができず、また、原告(請求人)が審判で提出した各書面を検討したがこれらによつてその認定を左右することもできない。従つて、本願は、特許法36条4項及び5項(昭和60年法律第41号による改正前のもの、以下同じ。)の要件を満たした明細書を願書に添付した出願ということができず、特許をすべきであるとすることはできない。
4 審決取消事由
本願明細書の記載には、以下に主張する理由により、審決指摘の不備はないから、審決は違法として取消されるべきである。
1 本願発明の要旨
遠心ポンプと内側に設ける案内羽根の組合せにおいて、遠心ポンプ出口の流路面積より案内羽根出口の流路面積を1/2以下にした場合にはポンプ出口までの半径を仮にr、入口=案内羽根出口までの半径をr/2とした場合、ωを回転角速度とした場合はポンプのトルクは次式のようになる。
T≒(γ/g)Q(rω×r-0.87rωi×r/2)・・・・(1)
ここにγは流体の比重量、gは重力加速度、Qは流体の流量、0.87rωはポンプ出口での羽根車から遠心力により相対的に流出する流出速度、iは案内羽根から流出する流速のポンプ出口の流出速度に対する比である。従つて案内羽根の出口の流路面積をポンプ出口の流路面積の1/iとした場合であるからiを2以上にすると(1)式からポンプトルクがいくらでも小さくする事が出来ることを用いたポンプの機構。
2 審決の理由1(イ)について
本願発明は発明の名称も特許請求の範囲も明らかにポンプの性能改善としてあるからポンプであるのは当然である。あくまでもエネルギー増殖ポンプである。
前記本願発明の要旨から明らかなように、相対流速は0.87rωであり、従つて羽根車の回転周速度rωであるから、羽根車出口から流出する流体の絶対流速はこれらのベクトルの合成であるから
従つてこの流速を生ぜしめるトルクは一般に
Tr=(γ/g)Q×1.32rω(=動圧)×r(=半径)・・・(1)
一方i=2の場合は原動軸トルクは
Tp=(γ/g)Q×0.13rω(=動圧)×r(=半径)・・・(2)
従つて(1)式、(2)式の両辺にωを乗ずれば動力となり
従つてポンプを回転するエネルギーよりもポンプの回転によつて流体に与えられたエネルギーは約10倍になる。即ちエネルギー増殖である。
従つてi=2以上では本願発明のポンプはつねにエネルギーを増殖しているのでポンプとかエンジンとか分けて考える必要はないものと考える。
3 エネルギー保存の法則について
右に述べたところはエネルギー保存の法則に反するが、次にエネルギー保存法則そのものが法則としては成立しないことを直接証明する。質量mの物体がvの速度で運動していれば物体の持つ運動エネルギー1/2mV2であるのは当然である。これと同じ物体(質量m、速度V)を用意して2つの物体を壁に衝突させたとき反発せず、すべて熱エネルギーに変化したとすればこれは合計運動エネルギー2×(1/2)mV2に相当する。従つてこの物体では2×(1/2)mV2の運動エネルギーが熱エネルギーに変化する。
この質量mで速度がVの物体2つを正面衝突させると相対的に見て物体は2×Vで壁に衝突させたと同じ事になる。これは片方の物体に座標軸を置くことにより明らかである。これは相対的即ちこの宇宙で両物体だけの関係を考えることから明らかである。
即ち2×Vであれは運動エネルギーは(1/2)m×(2)2×V2である。
しかし速度Vで正面衝突すると言うことは、反発係数を0とした場合衝突してからmの質量の物体が静止することである。従つて衝突してから後、反発係数が0の場合でしかも(-V)で物体が運動していればたしかに速度Vで正面衝突した場合は変型を考えなければ確かに2×Vで壁に衝突したことになり(1/2)m×(2)2×V2に相当する熱エネルギーになる。実際は正面衝突の後静止してしまうので相対的に初期の片方の物体に座標軸を置くともう一方の物体は2×Vで衝突してVにまで速度が下つたことになる。従つて1つの物体のエネルギー変化は変型を考えなければ(衝突の後2つの物体は一体となるので)、
(1/2)m×(2)2×V2-(1/2)2mV2=(1/2)m×2×V2
従つて2つの物体のエネルギーは
2×(1/2)m×2×V2となり元々2つの物体で2×(1/2)m×V2であつたものが正面衝突させることにより2×(1/2)m×2×V2に相当する熱エネルギーになる。これはエネルギーの増殖にほかならない。
以上の証明によりエネルギーは保存法則は成立しない。
本願発明はエネルギー保存の法則が否定された場合にのみ成立するものであり、右法則が否定されなければ本願発明が成立しないものであることは争わない。
4 審決の理由1(ロ)について
明細書では前記本願発明の要旨の(1)式をオイラーの式から求めるのに不備な点があつたので次のように訂正する。
動力
Tω=γQ/g(U2V2cosα2-U1V1cosα1)・・・・(2)
となる事はオイラーの式から全く明らかである。ここにγは流体の比重量、Qは流体の流量、gは重力加速度、U2は出口のポンプの周速度、U1は入口周速度r1×ω又は1つ手前の羽根車出口の周速度、V2V1は出口と入口の絶対速度、α2、α1は出口と入口の周速度方向と絶対流速のなす角度、Wは相対速度、βはマイナスの方向の羽根車周速度と相対流速のなす角度を示す。ここで、
V2cosα2=U2-W2cosβ2
V1cosα1=U1-W1cosβ1
従つて
Tω=γQ/g{U2(U2-W2cosβ2)-U1(U1-W1cosβ1)}・・・・(3)
ここでU1-W1COSβ1のU1は案内羽根が回転していないので0となる
(3)式においてβ1≒180°、β2=90°、即ち案内羽根の角度が180°に非常に近い場合
-W2COSβ2=0、-W1COS β1≒W1と見なせるので
Tω≒γQ/g(U22-U1×W1)となる。
全部同じ流路面積の場合W1=0.87×U2でなければならない。しかもr1=r2-2でなければならないのでU2=r2×ω、U1=r1×ωであるからr2=rとすれば
∴Tω=γQ/g(r2ω2-0.87rω2×r/2)
∴T=γQ/g(r2ω-0.87rω×r/2)
ポンプ出口の流路面積の1/iが案内羽根出口の流路面積とすれば、連続の方程式より案内羽根出口より流出する流速は
0.87rω×iとなり
∴T=γQ/g(r2ω-0.87rω×i×r/2)・・・(4)
となり一致する。
第3請求原因に対する認否、反論
請求原因1ないし3及び本願発明の要旨が原告主張のとおりであることは認める。原告主張の審決取消事由はいずれも失当であり、審決にはこれを取消すべき違法はない。
1 審決理由1(イ)について
明細書5頁15行~6頁13行に記述された「以上の・・・なる」という結論は、「ポンプ出口の流路面積を案内羽根出口の流路面積の3倍以上にすると、理論的には、ポンプ出口を流体原動機として機能させることが可能になる。詳言すれば、外部から機械的エネルギーを受けとり流体にエネルギーを付与し(ポンプとしての作用)、その流体のエネルギーを受けとつてそれを機械的エネルギーに変換し(流体原動機としての作用)外部にとり出すことによつて、最初に要した機械的エネルギーよりも大きな機械的エネルギーを得ることができる。いわば、無から有を生じさせることができる。」ところにあるように解されるが、そのようなことは、エネルギー保存の法則を否定するものであり、不可能であると認められる。
したがつて、前記のように解される前記結論とそれに関連する記載の意味が理解し難く、本願発明の属する技術分野が特定できない。(ポンプ、流体エンジンのいずれに属するのか不明である。)
2 エネルギー保存の法則について
エネルギー保存の法則は、「自然界でいかなる現象が起こつても、エネルギーの総量は常に一定に保たれているという法則」(乙第1号証314頁5欄~315頁1欄参照。)をいうが、この法則の存在は「少なくとも現今までの物理学の全分野において確認された事実となつている」(乙第2号証548頁2欄~549頁1欄参照。)ものと認められる。したがつて、この法則の成立を否定するには、単に数式等を駆使した説明によるだけでなく、実物を用いた実験を行いその法則が事実上も成立し得ないことを客観的に立証する等の手段によつて、現実の諸事象がその法則に従わずに生起し変転していることを具体的に実証することができなければならない。
原告は請求原因4 3においてエネルギー保存の法則が成立しないことを直接証明しようとしている。その説明中には、「従つて1つの物体のエネルギー変化は・・・・(衝突の後2つの物体は一体となるので)
1/2m×(2)2×V2-(1/2)2mV2=(1/2)m×2×V2」との文言があるが、
この数式は、括弧を用いて説明がされているとおり、2つの物体のエネルギー変化を示すものと考えられる。したがつて、この数式を1つの物体のエネルギー変化を示したものであるとする誤つた認識に立つ原告の推論は当を得ないものというほかはない。そして、原告の前記の証明はこの誤つた認識に基づくものであるから、エネルギー保存の法則が否定できることを明らかにしたものと認めることができない。
3 審決理由1(ロ)について
明細書4頁の(1)式中の、例えば、「0.87rω」という数値についてみると、それは、明細書の詳細な説明の文脈からみて、明細書3頁9行の「」に由来し、さらにそれは、同頁1~2行の「」に由来するものと思われるが、2頁17~19行に「ポンプの出口に発生する相対流速の水頭はである事はよく知られた事である。」と記述されたそのことが「よく知られた事である」とは到底認められないので、これら以外には説明がない明細書の記載から、「等式」がどのような技術的根拠に基いて導き出されたのかを理解することはできない。故に、「(1)式は不明である」というほかはない。なお、請求原因44を参照しても理解することができない。
第4証拠
記録中の証拠目録の記載を引用する。
理由
1 請求原因1ないし3の事実及び本願発明の要旨が原告主張のとおりであることは当事者間に争いがない。
2 そこで、先づ審決の理由1(イ)の判断の当否について検討する。
成立に争いのない乙第3号証によれば、流体機械は、(1)流体からエネルギーを受けて動力を発生する機械、即ち流体のエネルギーを機械的エネルギーに変換する機械と(2)流体にエネルギーを付与する機械、即ち機械的エネルギーを流体のエネルギーに変換する機械に分類され、審決にいう流体エンジンは前者に、ポンプは後者に該当すること及びこのことが当業者の技術常識であることが認められる。
ところで、成立に争いのない甲第2号証によれば、本願発明の明細書の発明の詳細な説明の項には、「以上のようにi=3以上の場合にはポンプのトルクTが負の値を示す。・・・これはポンプ自体が回転力を持つて回転する事を表わしている。即ち理論だけを見れば流体エンジンである。なぜならばポンプトルクTは+の値を示したときに原動軸がポンプを回転しようとする力を示すからである。・・・このようにポンプが流体に与えるエネルギーは同じであるがポンプのトルクは非常に下り、ついには理論だけを見れば-になる。従つて性能が非常に良く流体エンジンもすくなくとも理論的には可能と言う事になる・・・」(5頁15行ないし6頁13行)との記載があることが認められる。そして、前記当事者間に争いのない本願発明の要旨と「あくまでもエネルギー増殖ポンプである。」との原告の主張の趣旨に照らして考えると、右記載は「ポンプ出口の流路面積を案内羽根出口の流路面積の3倍以上にすると、理論的には、ポンプを流体エンジンとして機能させることが可能になる。即ち、外部から機械的エネルギーを受取つて流体に付与し(ポンプとしての作用)、その流体のエネルギーを受取つて機械的エネルギーに変換し(流体エンジンとしての作用)、外部に取り出すことによつて、最初に外部から受取つた機械的エネルギーよりも大きい機械的エネルギーを得ることができる。」との趣旨であると解することができる。
しかし、右のようなことはエネルギー保存の法則を否定するものであり、理論上不可能なことといわなければならない。原告は本願発明がエネルギー保存の法則が否定された場合にのみ成立することを認めた上、右法則は法則として成立しないと主張するが、成立に争いのない乙第1、第2号証に照らせば、原告の右主張は被告が主張する理由により採用できないことが明らかである。
そうすると、当業者が前認定の技術常識に立脚して本願明細書及び図面を読んでも、本願発明の属する技術分野がポンプであるか流体エンジンであるかを理解することができないから、本願明細書の発明の詳細な説明の項には当業者が容易に実施できる程度に発明の目的、構成及び効果が記載されておらず、前記当事者間に争いのない特許請求の範囲には発明の構成に欠くことができない事項が記載されていないといわれなければならない。
従つて、審決理由1(イ)の判断は正当である。
3 右に述べた点において本願明細書は特許法36条4項及び5項の要件を満たしていないことが明らかであるから、原告のその余の主張について判断するまでもなく、本願を特許すべきであるとすることはできないとした審決の結論は正当である。
4 よつて、原告の本訴請求を棄却し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して主文のとおり判決する。
(瀧川叡一 牧野利秋 清野寛甫)