東京高等裁判所 昭和61年(行ケ)142号 判決
一 請求の原因一(特許庁における手続の経緯)、二(本願発明の要旨)及び三(審決の理由の要点)の事実は、当事者間に争いがない。
二 そこで、原告主張の審決の取消事由の存否について判断する。
1 成立に争いのない甲第二ないし第四号証によれば、本願発明は「動力掘削機等の操作装置の改良に関するもの」(本願明細書第一頁第一一行、第一二行)であつて、「従来におけるこの種のものは、走行装置に載置した機枠本体の旋回動作及び掘削作業用主ブームの左右揺動並びに上下昇降作動を運転席前部の各操作レバーによつて操作していたため、運転席の前部にたくさんの操作レバーが必要となり、したがつて、構造が複雑でありながら誤操作による機体の損傷や作業者の危険度が高く作業を能率的に行えない等の欠点を有していた」(同第一頁第一二行ないし第二頁第五行)との知見に基づき、前記本願発明の要旨に記載の構成を採用したものであり、この構成によつて、「運転者は手元操作レバーによつて機枠本体の旋回や主ブーム等の昇降を操作しながら足操作によつて掘削装置の左右方向へのスイング作動を行うことができ、運転操作が容易に行い得るものである。また、従来のものは運転者前方の手動操作レバーが接近して多数あつたので運転者が操作レバーを取違えて誤操作する等の欠点を有していたが本発明によればこのような誤操作をすることなく、安全に且つ、機体等を不測に損傷するようなことがないものである。また、全体として構造が簡単であつて、機体全体をコンパクトに構成できる」(同第五頁第四行ないし末行)、「足踏ペダルの踏込側と掘削装置のスイング作動方向とが常に一致し、運転者が未熟であつても誤操作の恐れがなく、掘削装置側方にいる作業車、掘削装置側方の障害物等に不慮に掘削装置を衝突させる等の事故を未然に防げ、作業の安全を確保できる」(昭和五九年一一月二六日付手続補正書第二頁第七行ないし第一二行)という作用効果を奏するものと認められる。
一方、引用例記載のものは、クローラ走行装置の上部に機枠本体を載置するとともに、該機枠本体の前部に左右方向及び上下方向にスイング作動する掘削装置を連設した動力作業機において、運転者の足元部に、中央を枢支した張出状のV字状足踏ペダルを揺動自在に配設し、該足踏ペダルの踏込み操作を介して、前記掘削装置を左右スイング作動し得るように構成して成る動力作業機であることは、当事者間に争いがない。
2 原告は、本願発明と引用例記載のものとの相違点について審決がした認定、判断のうち、(ア)「一般に、操作方向と稼働部の作動方向とを同一方向にすることは、普通に知られた技術内容である。さらに、本願発明の作業機と同種の機械においても、操作レバーの操作方向を、スイング作動や操向の動作方向と同一方向となし、誤動作を解消せしめんとする技術的事項は、この出願前、普通に知られている(例えば、周知例<1>、周知例<2>)」ことは認めるが、このことから、(イ)「本願発明が引用例の『V字状足踏ペダル』を、左右踏込み操作し、その踏込み側に左右スイング作動し得るようにした点は、当業者の合理的に予測し得る技術的可能性の範囲を出るものとは解せられず、容易に想到することを得たものというべきである。」とした認定、判断は誤りである旨主張する。
成立に争いのない甲第六号証によれば、周知例<1>には、クレーンの油圧操作レバー装置について記載されているが、周知例<1>記載のものは、その実用新案登録請求の範囲に記載のとおり「ブームの起伏、ブームの伸縮、フツクの巻上巻下、旋回、アウトリガ等の各操作レバーをそれらが操作しようとする作動部がクレーンに取付けてある高さの順に従つて上方より下方に向い配列し、各操作レバーの操作を当該作動部の動作方向と同一にしてなるクレーン油圧操作レバー」(第四欄第二行ないし第七行)であつて、操作レバーを手で把持して操作し、操作レバーの操作方向とスイング作動の操向の動作方向を同一方向としたものであることが認められ、また、成立に争いのない甲第七号証によれば、周知例<2>には、左操向クラツチレバー及び右操向クラツチレバー、並びに左ブレーキペダル及び右ブレーキペダルが設置されているブルドーザの操縦装置について記載されているが、周知例<2>記載のものは、左旋回のときは左操向クラツチレバーを手で把持して操作し、左車輪への動力を切つた後左ブレーキペダルを踏み込み、右旋回のときは右操向クラツチレバーを同様に操作して右ブレーキペダルを踏み込み、操作レバーの操作方向と車体それ自体の旋回方向を同一方向としたものと認められる。
右認定事実によれば、周知例<1>及び<2>記載のものは、いずれも操作レバーを手で把持し、その動きを視覚的に確認しながら操作することにより、操作レバーの操作方向と作動部又は車体の動作方向を同一方向とするものであるが、前記本願発明の要旨によれば、本願発明は、操作レバーによることなく、運転者の足元部(16)に揺動自在に配設されたV字状足踏ペダル(15) 踏込み操作を介して、その踏込み側と作動部(掘削装置(6))の左右スイング作動とを同一方向とするものであつて、周知例<1>及び<2>記載の技術的事項が周知であるからといつて、そのことから直ちに当業者において本願発明の右構成を容易に想到し得たということはできない。
被告は、審決が、手で操作する操作レバーに関する周知例<1>及び<2>記載の技術的事項を援用して、前記(イ)のように認定、判断したのは、何ら誤りではないと主張するが、叙上説示の理由により採用することができない。
3 しかしながら、被告の右主張は、周知例<1>及び<2>記載の技術的事項を援用して、前記(イ)のように認定、判断した審決の正当性を支持するため回りくどい論理を用いているものであり、右主張中には、周知例<1>及び<2>記載の技術的事項をまつことなく、審決の右認定、判断の正当性を直截に理由付ける次のような主張、すなわち、「本願発明の動力作業機とほぼ同種の機械において、その操作ペダルの操作方向と稼働部の動作方向とを同一方向とすることは本件出願前普通に知られており、このことは周知例<3>、<4>及び<5>記載の技術的事項から明らかであるから、本願発明が、引用例の『V字状足踏ペダル』を、左右踏込み操作し、その踏込み側に左右スイング作動し得るようにした点は、当業者の合理的に予測し得る技術的可能性の範囲を出るものではない。」旨の主張を包含するものと解するのが相当であり、このことは原告においても当然看取し得るところであるから、以下右主張について検討する。
成立に争いのない乙第一号証によれば、周知例<3>には、無限軌道トラクタ等のような車両の操向用クラツチ及びブレーキの制御操作のための操縦装置について記載されているが、周知例<3>記載のものは、従来この種の車両の旋回及び制動のため左右の駆動輪車軸にそれぞれクラツチ並びにブレーキが設けられ、これら二つの系統をそれぞれ独立したレバー又はペダルで操作しているが、その構造が複雑で保守点検が容易でない欠点を解消すべく、その実用新案登録請求の範囲に記載のとおり「左右のペダルをそれぞれ独立に回動できるように支承する支持軸と、前記各ペダルと一体的に前記支持軸上に支持された一対のカムと、前記支持軸の両側に配設された支持軸と平行な取付軸にそれぞれ中間を取付けられ、一端が前記カムにそれぞれ摺接すると共に他端が駆動輪軸のクラツチ及びブレーキにそれぞれ連係された二対の回動アームとからなり、前記カムは回動初期においてクラツチを解放し、続いてブレーキを作動すべくなした操向用クラツチ・ブレーキ装備の車両における操向操作装置」(第四欄第三五行ないし第五欄第一行)としたものであつて、その考案の詳細な説明に記載された一実施例(別紙図面(三)参照)によれば、「操縦者が右側のペダル板2Rを踏込めば、このペダル板2Rを支持するペダルアーム3Rは支持軸1を中心に回動され、(中略)クラツチが解放する。しかして、右側の駆動輪への動力伝達が断たれる。更にペダル板2Rを踏込めば(中略)ブレーキが作動し、右側の駆動輪軸のクラツチが解放されると共にこの駆動輪軸には制動力が加わることになるから、車両は右旋回することになる。以上の記述から明らかなように、車両の左旋回を行なうには、左ペダル板2Lを踏めばよく車両を制動するには左右ペダル板2L、2Rを同時に踏込めばよい」(第三欄第三九行ないし第四欄第二七行)ことが認められる。
また、成立に争いのない乙第二号証によれば、周知例<4>には装軌車両の操縦ペダル装置について記載されているが、周知例<4>記載のものは、従来建設車両に一般的に用いられる動力伝達機構として操向クラツチ、操向ブレーキを併用した形式では、「動力の伝達を絶つとともに駆動輪を制動する場合には操向クラツチを分離状態にするとともに操向ブレーキを作動して制動するわけである。従つてこのような操作をする場合には操向クラツチ用の操作レバーを手で操作すると同時に次に操向ブレーキ用の操作ペダルを足で踏み込むといつた繁雑な操作をしなければならなかつた。」(考案の詳細な説明第一欄第二六行ないし第三三行)という欠点を解消すべく、その実用新案登録請求の範囲記載のとおり「右左のペダル4、5に夫々右左の操向ブレーキ24、29の制御のロツド23、39及び右左の操向クラツチ1、2の制御のロツド7、38を、クラツチとブレーキとが時差作動するようにして設けてある操縦ペダル装置に於て、そのクラツチ操作及びブレーキ操作が前記の二個の右左のペダル4、5だけで操作されるように前記クラツチ制御のロツド7、38を、中間軸13に接続させるに当り、右又は左の一方のペダル4(又は5)の操作が他方のペダル5(又は4)には影響を及ぼさないように、夫々バネ箱8、35を介して中間軸13の右左レバー14、27に接続するロツド7、38を前記ペダル4、5の突杆41、42に取着けると共に、前記中間軸13に右左の操向クラツチ1、2への圧油制御をする一個の制御弁3を作動せしめる制御レバー15を設けた、ことを特徴とする装軌車輛の操縦ペダル装置」(第四欄第二四行ないし第四一行)としたものであつて、その考案の詳細な説明に記載された実施例(別紙図面(四)参照)によれば、「右ペダル4を踏み込めば(中略)右操向クラツチ1は完全に切りの状態となつて動力が伝達出来なくなる。(中略)更に右ペダル4を踏み込めば(中略)、右操向クラツチ出力軸25が制動されるため右旋回が可能となる。それと反対に、左ペダル5を踏み込めば左操向クラツチ2が切れの状態となり、更に踏み込めば左操向クラツチ出力軸26が制動されるため左旋回が可能となる」(第三欄第四行ないし第二七行)ことが認められる。
さらに、成立に争いのない乙第三号証によれば、周知例<5>には、主操作具とこの両側に位置された各副操作具を備えた操作装置について記載されているが、周知例<5>記載のものは、従来この種の装置において主操作具を操作したとき、その両側位置の棒状体の副操作具を同時に押圧操作し、また、各副操作具を単独で操作するが、副操作具を単独で操作した後に主・副操作具とは別な操作装置を操作する場合、副操作具が操作後の状態から戻ることがあつて、別な操作装置の操作を迅速に行うことが困難であり、かつ、危険を伴う欠点を解消すべく、その実用新案登録請求の範囲記載のとおり「一本の主操作具と、この両側に位置させた各副操作具とを略同軸芯の周りに相対揺動可能に枢支し、前記主操作具と両副操作具とを夫々離脱可能な一方向回転クラツチを介して連動連結すると共に、この各一方向回転クラツチを常時、咬合状態に附勢する弾機を設け、前記両クラツチの回転伝動方向を同一ならしめると共に、前記各クラツチを副操作具の操作時に於て、弾機に抗して離脱させるべく構成してある主操作具と二本の副操作具とを有する捜査装置」(第三頁左欄第四行ないし右欄第六行)としたものであつて、その考案の詳細な説明に記載された実施態様(別紙図面(五)参照)によれば、乗用型動力耕耘機14において「機体を旋回させる場合に、左方へ旋回させるときは、左側副操作具21をふんで下方第2図矢印A方向に揺動させる事に依つて、ワイヤー26及び操作部25を介して左側操向クラツチ24を離脱させて前記駆動車軸3から左車輪5への動力伝達を中止してこれを転動状態ならしめて右車輪5をして機体を左旋回ならしめるのである。又、右旋回を行わしめる場合には、右側副操作具21をふむ事に依つて、前記と同様にして右旋回を行わしめるものである」(第二頁左欄第一行ないし第一〇行)ことが認められる。
以上の周知例<3>、<4>、及び<5>に記載された技術的事項によれば、本件出願当時、本願発明と同種の作業機において作業機の旋回方向と同じ側にあるペダルを踏み込むことによつてその方向に作業機(稼働部ではなく作業機自体)を旋回させること、すなわち作業機を右方向に旋回させる場合には右側の足踏みペダルを踏み込み、左方向に旋回させる場合には左側の足踏ペダルを踏み込み、操作ペダルの操作方向を作業機の旋回方向と同一方向とし誤動作を解消せしめること(前掲乙第一ないし第三号証によれば、周知例<3>、<4>及び<5>には誤動作の解消について明記されていないことが認められるが、前記認定の各記載事項からみて周知例<3>、<4>及び<5>記載のものは前記認定の構成により旋回方向の誤動作を解消せしめるものであることは当業者にとつて自明のことというべきである。)は周知であつたというべきである。
そして、引用例記載のものは、前述のとおり、本願発明と同種の作業機において、運転者の足元部に、中央を枢支した張出状のV字状足踏ペダルを揺動自在に配設し、該足踏ペダルの前後にする踏込み操作を介して稼働部たる掘削装置を左右スイング作動し得るよう構成したものであるから、稼働部の誤動作を解消せしめるために、前記周知の技術的事項を適用して、引用例記載のもののV字状足踏ペダルを左右踏込み側に掘削装置を左右スイング作動し得るように構成することは当業者の合理的に予測し得る技術的可能性の範囲内のものであり、その構成を採択することによつて本願発明が奏することのできる前記1認定の作用効果も引用例記載のものに前記周知の技術的事項を適用することによつて当然に予測し得る範囲内のものにすぎないというべきである。
原告は、本願発明は、一個の足踏ペダル(15)がV字状になつており、中央の枢支部分を中心に左右方向に揺動自在であるため、踏込み側に掘削装置(6)が左右スイング作動する構成であるのに対し、周知例<3>、<4>及び<5>記載のものは、足踏ペダルの構造が床面の左右側にそれぞれ二個配設されている通常の前方押込みペダルにすぎないため、足踏ペダルの操作側と稼働部の動作側とが同一となる技術であつて、例えば、稼働部を右に動作させる場合には右側の足踏ペダルを踏むということにすぎず、足踏ペダルの操作方向と稼働部の動作方向とは全く関係がない旨主張するが、中央を枢支した張出状のV字状足踏ペダルを揺動自在に配設する構成は引用例記載のものが備えている構成であつて、前記周知の技術的事項は、この引用例のV字状足踏ペダルを左右踏込み操作側に左右スイング作動し得るように構成するために適用されるものであり、この適用に当たつて、周知例<3>、<4>及び<5>記載のものの足踏ペダルが床面の左右側にそれぞれ二個配設されている構成のものであることは、本願発明の構成要素として取り込む必要がない事項である意味で、前記相違点の設定、判断に関係がないことであるから、原告の右主張は理由がない。
4 以上のとおりであつて、本願発明と引用例記載のものとの相違点について、審決が操作レバーに関する周知例<1>及び<2>記載の技術的事項を援用して、「本願発明が、引用例の『V字状足踏ペダル』を、左右踏込み操作し、その踏込み側に左右スイング作動し得るようにした点は、当業者の合理的に予測し得る技術的可能性の範囲を出るものとは解せられず、容易に想到することを得たものというべきである。」としたことは的確とはいえないが、本願発明の作業機と同種の機械において操作ペダルの操作方向を作業機の旋回方向と同一方向とし誤動作を解消する技術的事項が本件出願当時周知であつたこと前記3認定のとおりである以上、審決の右認定、判断は結局正当であり、審決には原告の主張する違法はない。
三 よつて、審決の違法を理由にその取消しを求める原告の本訴請求は失当としてこれを棄却する。
〔編註その一〕 本願発明の要旨は左のとおりである。
クローラ走行装置(2)の上部に機枠本体(1)を載置すると共に、該機枠本体(1)の前部に左右方向及び上下方向にスイング作動する掘削装置(6)を連設した動力作業機において、運転者の足元部(16)に、中央を枢支した左右張出状のV字状足踏ペダル(15)を揺動自在に配設し、該足踏ペダル(15)の左右踏込み操作を介して、前記掘削装置(6)を足踏ペダル(15)の踏込み側に左右スイング作動しうるよう構成してなる動力作業機。
(別紙図面(一)参照)
〔編註その二〕 本件に関する図面は左のとおりである。
別紙図面(一)
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(以下省略)