東京高等裁判所 昭和61年(行ケ)223号 判決
一 請求の原因一(特許庁における手続の経緯)、二(本願発明の要旨)及び三(審決の理由の要点)の事実は、当事者間に争いがない。
二 そこで、原告主張の審決の取消事由の存否について判断する。
1 成立に争いのない甲第二号証、第三号証の一、二によれば、本願発明は、カメラ等のオートフオーカスを行うために、被写体までの距離を自動的に検出する距離検出装置の光学系に関するもの(全文補正明細書第一頁第一六行ないし第一八行)であつて、従来、この種の距離検出装置の光学系には、基線長lだけ離間配置された測距用レンズ1、2による像をそれぞれ多数の受光素子から成る受光素子アレイ3、4に供給し、両アレイで検出された像パターンに対応した電気信号を比較し、その一致によつて距離を検出する方式(同明細書第一頁第一九行ないし第二頁第八行、別紙図面(一)第1図参照)とか、基線長だけ離間配置されたミラーM1、M3とM2、M4及びレンズ5、6を介して被写体の像を受光素子アレイ7、8に導き、これら受光素子において検出した像パターンに対応した電気信号を比較し、その一致によつて距離を検出する方式(同明細書第三頁第八行ないし第一六行、別紙図面(一)第2図参照)があるが、前者は、正確な一致検出が困難で、高価、耐久性の各点に問題があり(同明細書第二頁第九行ないし第三頁第七行)、後者も、正確な一致検出が困難で、高い工作精度が必要になるという問題があつた(同明細書第三頁第一七行ないし第四頁第六行)との知見に基づき、右各問題点を除去することを目的として(同明細書第四頁第七行ないし第二〇行)、本願発明の要旨とする構成を採用し、右構成によつて、全く同じ大きさ及びボケ具合の二つの像をパターン比較することができ、最も鮮明な像が得られる合焦状態で二つの像の一致を検出できることのほかに、検出精度が高く、スプリツトイメージと同等の効果が得られ、高精度な位置合わせ及び光軸合わせが容易になる(同明細書第九頁第一〇行ないし第一〇頁第三行)という作用効果を奏するものと認められる。
一方、引用例には、光軸方向に移動可能な凸レンズL1と、その後方に凸レンズL1と光軸を一致させるとともにその結像予定面に焦点を一致させて平行光束を作るように配置したアフオーカルレンズ系LAから凸レンズL1を除いたレンズと、このレンズの後方に凸レンズL1の光軸を中心とする対称位置に配置した同形の部分反射面M1、M2と、部分反射面M1、M2の後方に凸レンズL1の光軸に相当するフアインダー光軸8から等距離でしかも光軸8に直交する平面内に配置された一対の同径の別体の凸レンズL3、L3と、この一対の凸レンズL3、L3の各焦点面上にその両凸レンズL3、L3の光軸に直交する方向に配置された一対の受光素子3、4とから成るオートフオーカス用距離検出装置の光学系(別紙図面(二)参照)が記載されていることは当事者間に争いがない。
2 原告は、本願発明と引用例記載のものとの相違点(2)、すなわち、一対の同径の凸レンズが、本願発明は一体に成形されているのに対し、引用例記載のものは別体である点について、審決が「同一平面上に並列して配置される同径の複数の凸レンズを一体に成形して構成することは、例えば、フライアイレンズにおいて周知技術であり、引用例記載のものの一対の同径の凸レンズに前記周知技術を適用することは、当業者が格別困難なく推考できたものと認められ、レンズを一体化したことによる作用効果も自明の範囲を越えるものではない。」とした認定は誤りである(ただし、周知技術としてフライアイレンズを例示した点の当否は争わない。)と主張する。
被告が当審に至り審決認定の周知技術を立証するため提出した、成立に争いのない乙第一号証(周知例)によれば、周知例記載の発明は、「集光レンズを複数個組合せ一体としたレンズを、発生源から発せられるレーザビームが透過するように装置し、レーザビームを数か所に分けて同時に集光できるようにしたことを特徴とするレーザ照射装置」(特許請求の範囲)に関するものであり、周知例の明細書の項の発明の詳細な説明には、「レンズ15は、扇形の二個の部分レンズ15a、15bを第4図に示すごとく組合せ一体化したものである。一体化の手段としては、例えば機械的に、あるいは接着剤により二個のレンズを接合してもよいし、同時に成型したものでもよい。」(第三欄第一四行ないし第一九行、別紙図面(三)第3図及び第4図参照)と記載され、かつ右第3図及び第4図には、部分レンズ15a、15bが共に同径の凸レンズとして図示されており、右部分レンズは一対を成すものとされていることが認められ、周知例の刊行時期、刊行形態及び技術内容に照らせば、周知例記載の技術は本件出願前周知のものであつたと認めるのが相当である(周知例に示されている限りにおいて、一体に成形された一対の同径の凸レンズが本件出願前周知であつたことは、原告も認めて争わないところである。)。
原告は、周知例記載の一体化レンズは、本願発明のようにこの一体化レンズを合焦点位置検出に適用することを示唆するものではなく、周知例記載の一体化レンズには、本願発明におけるように、アフオーカルレンズの後方にその光束を二分するように設けて、その一体化レンズに対するアフオーカルレンズの相対前後動により二つの結像に相違が生じるという現象を利用して、これを合焦状態を検出するのに用いるという技術的思想は全くなく、単に光束を二分割するのに用いられているにすぎない旨主張する。
そこでまず、本願発明における「一体に成形された一対の同径の凸レンズ」と前記一体化レンズとの技術的異同についてみてみる。
(一) 前掲甲第二号証、第三号証の一、二によれば、本願発明における「一体に成形された一対の同径の凸レンズ」は、「平行光束を作るように配置したレンズ」の後方に、「光軸方向に移動可能な凸レンズ」「の光軸から等距離でしかも該光軸に直交する平面内に配置されて一体に成形された」構成のものであり、「光軸方向に移動可能な凸レンズ」(凸レンズL1)と「平行光束を作るように配置したレンズ」(凹レンズL2)とによつて得られた平行光束を当該「一体に成形された一対の同径の凸レンズ」(L3、L´3)によつて二分して、同一光路長位置(f3=f3´)にある結像予定面(13)上の焦点面に二つの像として結像させること(全文補正明細書第六頁第一二行ないし第一五行)を使用目的とするものであることが認められるのに対し、前掲乙第一号証によれば、周知例記載の一体化レンズの使用目的は、発光源から発せられた平行レーザビームを(同一ビーム長位置にある面の)二つの照射点に集光させること(第四欄第三行ないし第六行、別紙図面(三)第3図参照)であることが認められ、前者の平行光束が後者の平行レーザビームに、また、前者の像の結像が後者の照射点への集光にそれぞれ対応することは明白であるから、両者の使用目的は、平行光束(レーザビーム)を実質的に同一光路(ビーム)長位置にある面に二つの像として結像(二つの照射点に集光)させることにおいて共通性があるということができる。
(二) 本願発明における凸レンズの構成は、「一体に成形された一対の同径の凸レンズ」であること、一方、周知例記載の一体化レンズの構成は、例示した種々の手段を用いて、二個の同径の凸レンズを「組み合わせ一体化したもの」であることは、いずれも前述のとおりであつて、両者は、その表現形式がやや異なるものの、実質的に、一体に成形された一対の同径の凸レンズであることにおいて共通性があるというべきである。
(三) 本願発明における「一体に成形された一対の同径の凸レンズ」は、前述したような構成を備えることにより、光軸方向に移動可能な凸レンズ(凸レンズL1)と平行光束を作るように配置したレンズ(凹レンズL2)とによつて得られた平行光束を二分し、同一光路長位置(f3=f3´)にある結像予定面(13)上の焦点面に二つの像として結像させる(全文補正明細書第六頁第九行ないし第一五行、別紙図面(一)第3図及び第4図参照)という機能を有し、これに基づき、<1> 全く同じ大きさ及びボケ具合の二つの像をパターン比較することができ、<2> 最も鮮明な像が得られる合焦状態で二つの像の一致を検出することができ、<3> 高精度な位置合わせ及び光軸合わせが容易になる(同明細書第九頁第一一行ないし第一五行、同頁第一九行ないし第一〇頁第一行)という作用効果を奏するものであり、一方、前掲乙第一号証によれば、周知例記載の一体化レンズの作用効果は、一本のレーザビームを二個所同時に集光できる点(第四欄第六行ないし第九行)にあることが認められるから、両者は形式的にはその内容を異にするもののようにみられる。しかしながら、その内容の相違は、本願発明がオートフオーカス用距離検出装置であるのに対し、周知例記載の発明はレーザ照射装置であるという両者のレンズの適用個所の違いに基づく必然的な違いであつて、両者の使用目的、構成に何らの違いも存しないこと前述のとおりである以上、周知例記載の一体化レンズを本願発明のようなオートフオーカス用距離検出装置に適用すれば(たとえ周知例に、その一体化レンズを合焦点位置検出に適用して本願発明のようにすることの示唆がなくても、周知例記載の一体化レンズはこれを合焦点位置検出に適用する技術的適性がないとはいえないことは、後述する。)、当然に、前記<1>、<2>、<3>に示すような作用効果を奏することは明らかであり、結局のところ、両者の作用効果は、単なる表現上の差にすぎないものというべきである。
してみれば、本願発明における「一体に成形された一対の同径の凸レンズ」と周知例記載の一体化レンズとは使用目的、構成、作用効果に実質的な違いはないことが明らかである。
3 原告は、引用例記載のものは、その構成上、一対の凸レンズ、受光素子に入射される光量は少なく、しかも、一対の凸レンズに入る光量にバラツキがないようにして受光素子に対する入射光条件を同一に設定することが困難であり、したがつて、検出精度を上げにくいものであり、要するに、アフオーカルレンズを通過する全体光を二分して利用しているものではなく、引用例記載のものにおける一対の同径の別体の凸レンズを周知例記載の技術のように一体化して利用しても、本願発明のように、アフオーカルレンズの通過光を有効に利用できるものとはならず、検出精度を高くできるという作用効果を奏し得ない旨主張する。
前掲甲第二号証、第三号証の一、二によれば、本願発明のオートフオーカス用距離検出装置は、凸レンズL1及び凹レンズL2を通る光束を平行にし、この平行光束が一対の同径の凸レンズL3、L3´に供給される旨の合焦点位置検出手段に関する記載があるにすぎないが、本願発明がオートフオーカス用距離検出装置を対象にするものであつたとしても、右装置がカメラ等に用いられる(全文補正明細書第一頁第一六行ないし第一八行)からには、別途右凸レンズL1及び凹レンズL2を通過した光束の像と同等の像をフイルム等の結像面に結像させるための撮影光学系の構成を当然に具備するものと認められる。
してみれば、本願発明においては、被写体からの光束は、一対の同径の凸レンズL3、L3´を介して受光素子列に供給される光束と、右凸レンズL3、L3´を介さずに又は介して右フイルム等の結像面に供給される光束とに分配されるものと解することができる。
一方、成立に争いのない甲第四号証によれば、引用例記載の自動焦点カメラは、アフオーカルレンズ系を通つた平行光束のうち、一対の部分反射面(ミラー)M1、M2及び一対の同径の別体の凸レンズ(結像レンズ)L3、L3を介して受光素子に供給される光線と、右一対の部分反射面(ミラー)M1、M2を介さずに結像レンズL2を介してフイルム2に供給される光線とに分配されることが認められ、このことは一対の同径の凸レンズが引用例記載のもののL3、L3のように別体であるか、本願発明のL3、L3´のように一体であるかに関係ないから、光束(光線)が合焦点位置検出手段と、フイルムへの結像手段(撮影光学系)とに供給、分配される点は、本願発明と引用例記載のものとの間に相違はないというべきである。
そして、本願発明あるいは引用例記載のものの合焦点位置検出手段において、検出精度の高低は、第一に、被写体からの光束(光線)のうち、合焦点位置検出手段にどれだけの割合の光束(光線)が供給、分配されるかによつて決められ、第二に、合焦点位置検出手段に分配された光束(光線)が最終的に焦点検出のための電気信号に変換される場合の、右光束(光線)と右電気信号との間の変換効率の大きさによつて決められるものと考えられるところ、前記第一の点についてみると、光束(光線)の分配の割合を決める要素は、本願発明においては、凸レンズL1によつて前置される光束(光線)分配光学系であるのに対して、引用例記載のものにおいては、一対の部分反射面(ミラー)M1、M2であるが、前掲甲第二号証、第三号証の一、二、第四号証によれば、右分配光学系や右部分反射面(ミラー)M1、M2については本願明細書にも引用例にも、その寸法や光束(光線)の分配の割合が何ら示されていないことが認められること、また、前記第二の点についてみると、右甲号各証及び前掲乙第一号証によれば、本願発明における凸レンズL3、L3´や引用例記載のものにおける凸レンズ(結像レンズ)L3、L3、周知技術における一体化レンズ15a、15bの各光透過率や引用例記載のものにおける部分反射面(ミラー)M1、M2の光反射率がそれぞれ不明であることが認められ、一対の同径の別体の凸レンズL3、L3を周知例記載の一体化レンズとしてみても、その光透過率に特に差が生じるものと認められないことからみて、本願発明と引用例記載のものの一対の同径の別体の凸レンズL3、L3を周知例記載の一体化レンズとしたものとの間において、光束(光線)の有効利用の優劣、検出精度の高低があるか否かの判断は、いずれもできないものといわざるを得ず、結局のところ、右の点に関し本願発明に特有の作用効果と目すべきものがあるとは認められない。
したがつて、たとえ周知例に、その一体化レンズを合焦点位置検出に適用して本願発明のようにすることの示唆が存しなくても、周知例記載の一体化レンズはこれを合焦点位置検出に適用する技術的適性がないとはいえず、引用例記載のものの一対の同径の別体の凸レンズを周知例記載の技術のように一体化して利用しても本願発明のような作用効果を奏し得ないとすることもできない。
4 そして、周知例記載の技術が本件出願前周知であつた以上、「同一平面上に並列して配置される同径の複数の凸レンズを一体に成形して構成すること」を周知技術としてとらえることができることは当然である。
三 以上のとおりであるから、引用例記載のものの一対の同径の別体の凸レンズに代えて、同一平面上に並列して配置される同径の複数の凸レンズを一体に成形して構成する周知技術を適用することは、当業者が格別困難なく推考できたものであり、レンズを一体化したことによる作用効果も本願発明に特有なものとすることはできないから、本願発明と引用例記載のものとの相違点(2)に関する審決の認定、判断には誤りはなく、審決には原告の主張する違法はない。
四 よつて、審決の違法を理由にその取消しを求める原告の本訴請求は失当として棄却することとする。
〔編註その一〕 本願発明の要旨は左のとおりである。
光軸方向に移動可能な凸レンズと、その後方に該凸レンズと光軸を一致させると共にその結像予定面に焦点を一致させて平行光束を作るように配置したレンズと、該レンズの後方に前記凸レンズの光軸から等距離でしかも該光軸に直交する平面内に配置され一体に成形された一対の同径の凸レンズと、該一対の凸レンズの各焦点面上にその両凸レンズの光軸に直交する方向に配置された一対の受光素子列とからなることを特徴とするオートフオーカス用距離検出装置の光学系
(別紙図面(一)参照)
〔編註その二〕 本件に関する図面は左のとおりである。
別紙図面(一)
<省略>
<省略>
(以下省略)