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東京高等裁判所 昭和61年(行ケ)233号 判決

事実及び理由

一  請求の原因一ないし三の事実及び審決がその理由の要点1ないし3で認定している事実は、当事者間に争いがない。

二  そこで、原告主張の審決取消事由について検討する。

1  取消事由(1)について

前示当事者間に争いのない審決の理由の要点1が示すとおり、本願明細書には、宙返りコースタにおいて軌条を走行する乗物の動力としてプラツトホームを高位置とした位置のエネルギーを利用することが本願出願前すでに従来例として存在していたことが記載されており、また、同じく審決の理由の要点2に示すとおり、第一引用例には、仏国特許明細書(FR―PS九〇九六一一)に乗物を高い位置に引揚げて位置エネルギーを与え、そこから傾斜する軌道上を降下させて加速をつける宙返りコースタが開示されていることが記載されている。これらの記載によれば、宙返りコースタにおいて、その乗物を駆動する手段として、乗物を高位置に引揚げて、そこからの落勢によつて乗物に加速を与えること、すなわち宙返りコースタの乗物の駆動手段として位置エネルギーを利用することが本願出願前公知の技術であつたことは明らかである。

そして、宙返りコースタの乗物の駆動手段として位置エネルギーを利用するにおいては、まず乗物を引揚げ手段により所定の高さにまで引揚げなければならないことは理の当然であり、これを前示当事者間に争いのない第一引用例に示されている「中間谷部よりも後方及び前方を高位置となるように傾斜させて後方斜面部4及び前方斜面部3を形成しかつ該中間部にはねじり状の宙返り部2を有する軌条25を敷設し、かつ該軌条25の全体は平面的に見れば有端の略直線状として敷設し、乗物5は前後方向に往復運動し、さらに、該宙返り部2と上記後方斜面部4との間の低位置をなす谷部後半部にプラツトホーム35、36を設ける」構成の宙返りコースタ(別紙第二図面参照)に適用すれば、乗物を引揚げる位置は、必然的に、乗物の発進方向(プラツトホームから前方斜面部へ向けての方向)と逆の後方斜面部の高位置となることは明らかといわなければならない。

原告は、建築基準法施行令(昭和二五年政令三三八号)一四四条七号の規定とこれを解説した昭和五一年六月二二日発行の「遊戯施設の構造基準・同解説」(甲第九号証)の記載及び昭和五〇年五月三一日発行の「JIS遊戯施設(コースター)の検査標準」(甲第三一号証)の記載を挙げて、本願出願前のコースタについては車両が前方に引揚げられるもののみが考えられており、本願考案のように後方に引揚げられるものは全く考慮の外におかれていたのであつて、コースタについて後方引揚げの技術を構成したことは本願考案を嚆矢とする旨主張し(請求の原因四1(一)、(三))、成立に争いのない甲第九、第三一号証によれば、原告主張の日に各発行された前示文献に原告の引用する記載があることが認められる。しかし、これらの記載における引揚げ途中で動力が切れた場合等についての「客席部分が逆行する」、「車両逆行」との記載は、乗物が発進する方向と逆の方向に進む意味ではなく、引揚げられている方向と逆の方向に進むことを意味するにすぎないことは、前示各文献の記載に照らし明らかである。したがつて、右各文献に示されている従来のコースタと本願考案のコースタとがその引揚げ方向において相違するという原告の主張は採用できない。

そして、前示当事者間に争いのない審決認定の第二引用例の記載によれば、第二引用例には、遊園地等に設置する大ブランコについてであるが、乗物(揺らん)を軌条に沿つて斜面を引揚げ、これによる位置エネルギーを乗物の駆動手段とすることが示されていることが認められる。原告は、種々の理由を挙げて本願考案の宙返りコースタと第二引用例のブランコとは技術分野を異にする旨主張するが、前示甲第二号証により認められるとおり、原告自身出願人として、本願明細書の考案の詳細な説明中に第二引用例を本願考案についての「従来例」として挙示しているように、両者はいずれも遊園地等に設置される遊戯施設であるから、これを技術分野を異にするものということはできない。

また、前掲甲第九号証によれば、前示「遊戯施設の構造基準・同解説」は、昭和五〇年建設省告示五五八号「建築基準法施行令の規定に基づき遊戯施設の安全上必要な基準を定める件」により定められた遊戯施設の細部にわたる技術基準全般にわたる解説書であり、これら技術基準はコースタを含む遊戯施設の属する技術分野における当業者が知得しておかなければならない基準であることが認められるところ、この解説書中に、原告引用のとおり、「客席部分が軌条に沿つて斜面を引き上げられるもの、例えば、コースター等の施設においては」と、コースタにおいて客席部分すなわち乗物が軌条に沿つて斜面を引揚げられるものがあることを当然のこととして例示している事実に照らせば、コースタにおいて乗物を軌条に沿つて斜面を引揚げ、これによる位置エネルギーを乗物の駆動手段とすることは、本願出願前当該技術分野において周知の技術であつたと認められる。

したがつて、右周知技術を前提に第一、第二引用例を見れば、第一引用例に示されている前示構成の宙返りコースタにつき、その乗物を発進方向に引張る動力手段を前方斜面部に設ける点に代えて、乗物を軌条に沿つて斜面を引揚げ、これによる位置エネルギーを駆動手段とする公知ないし周知の技術手段を採用することは当業者が特段の困難性なく想到できる程度のことと認められ、また、この場合、乗物を引揚げるべき斜面が発進方向とは逆の後方の斜面でなければならないことは前叙のとおりであり、乗物を後方斜面部に沿つて引揚げるために谷部後半部に位置するプラツトホームないし後方斜面部に引揚機構を設けるべきことは当業者が必要に応じ考えることのできる設計事項にすぎないと認められるから、結局、本願考案の「軌条1を走行する乗物2を発進方向とは逆の後方に引揚げるための引揚機構9を該プラツトホーム8乃至後方斜面部5に設け」との構成は、当業者がきわめて容易に想到できたものといわなければならない。

以上のとおりであるから、審決の相違点(1)についての判断に誤りはなく、原告の取消事由(1)の主張は理由がない。

2  取消事由(2)について

前掲甲第二号証によれば、本願明細書の考案の詳細な説明中には、第一引用例のものが乗物を強制的に発進させるための発進装置を必要とすることに伴う欠点として「プラツトホームから宙返り部までの間に(このような発進装置を用いていたために)極めて長い水平の直線走行部を設ける必要があり、軌条が平面的に見て“冗長”となり広い敷設面積を要する欠点、及び、走行中にスリルを味わいたい乗客にとつて、長大な水平の直線走行部の存在は、間が抜けた感じを受けるという欠点」(甲第二号証訂正明細書三頁四ないし一〇行)を指摘していることが認められる。この記載から明らかなように、第一引用例のものの水平の直線走行部は強制発進装置を用いることから必要とされているのであるから、強制発進に代えて位置エネルギー利用の駆動手段を採用すれば、この水平の直線走行部をあえて必要としないことは当業者にとつて自明のことと認められる。そして、位置エネルギーの駆動手段を採用した場合に、水平の直線走行部をなお残置するか、また、プラツトホームを除いた部分を傾斜状に形成するかは、宙返りコースタの敷設面積や乗客に与える心理的効果等を考慮して当業者が任意に定められる設計事項であることが明らかである。したがつて、前叙のとおり第一引用例の宙返りコースタの強制発進装置に代えて位置エネルギー利用の駆動手段を採用し本願考案の引揚機構をプラツトホームないし後方斜面部に設ける構成に想到することが当業者にとつてきわめて容易である以上、第一引用例の水平の直線部に代えて、本願考案の「谷部後半部4aから、上記プラツトホーム8に対応する部分を除いた残部4c、4dが、水平の直線走行部をほとんど有さない略傾斜状に形成され」る構成とすることもまた、当業者がきわめて容易に考えることができることといわなければならない。

原告の取消事由(2)の主張は採用できない。

3  取消事由(3)について

本願考案におけるように乗物を引揚機構により軌条に沿つて後方斜面部の所定位置まで引揚げる構成を採用した場合に、この後方斜面部の乗物が実際に移動する範囲における最大傾斜角度をどのようにするかは、乗物の自重、乗物と引揚機構との係止部分の強度、引揚機構の駆動装置の駆動能力、駆動装置が故障等した場合の乗物の逆行を防止する逆行防止装置の能力、引揚げに要する時間の長短、傾斜が乗客に与える影響等を考慮して定めなければならず、また、このような点を考慮して当業者が任意に決定できる設計上の問題にすぎないと認められる。したがつて、このような考慮のうちにおいて、乗客に不自然な姿勢を強いないこと、乗物と引揚機構の係止部分に無理な力が作用しないことを勘案して、後方斜面部を乗物が実際に移動する範囲における最大傾斜角度と前方斜面部を乗物が実際に走行する範囲における最大傾斜角度との間に十分大きい角度差を設けて、後方斜面部を緩勾配として本願考案の相違点(3)にかかる構成を得ることは、当業者がコースタを設計するに当たりその効果を予測しつつ任意に定められる設計上の問題であり、そこに格別の考案力を要しないものと認めるのが相当である。前掲甲第二号証によつて本願明細書の記載を精査しても、本願考案の右構成に基づく効果が当業者の予測できない格別顕著な効果と認めることはできない。

したがつて、原告の取消事由(3)の主張も採用することができない。

4  以上のとおり、原告主張の審決取消事由はいずれも理由がなく、その他審決にこれを取り消すべき違法の点は見当たらない。

三  よつて、原告の本訴請求を失当として棄却することとする。

〔編註その一〕本願考案の実用新案登録請求の範囲は左のとおりである。

中間谷部4よりも後方及び前方を高位置となるように傾斜させて後方斜面部5及び前方斜面部6を形成しかつ該中間谷部4にはねじり状の宙返り部7を有する軌条1を敷設し、かつ該軌条1の全体は平面的に見れば有端の略直線状として敷設し、乗物2は前後方向に往復運動し、さらに、該宙返り部7と上記後方斜面部5との間の低位置をなす谷部後半部4aにプラツトホーム8を設けると共に、該谷部後半部4aから、上記プラツトホーム8に対応する部分を除いた残部4c、4dが、水平の直線走行部をほとんど有さない略傾斜状に形成され、さらに、上記軌条1を走行する乗物2を発進方向とは逆の後方に引揚げるための引揚機構9を該プラツトホーム8乃至後方斜面部5に設け、かつ、上記軌条1の後方斜面部5を乗物2が実際に移動する範囲における最大傾斜角度αと、前方斜面部6を乗物2が実際に走行する範囲における最大傾斜角度βとの間に、十分大きい角度差を設けて、上記引揚機構9を備えた該後方斜面部5を緩勾配とすると共に乗物2をリターンさせる上記前方斜面部6を急勾配に形成したことを特徴とする宙返りコースタ。(別紙第一図面参照)

〔編註その二〕本件に関する図面は左のとおりである。

別紙第一図面(本願明細書図面)

<省略>

別紙第二図面(第一引用例図面)

<省略>

(以下省略)

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