東京高等裁判所 昭和61年(行ケ)235号 判決
一 請求の原因一(特許庁における手続の経緯)、二(本願発明の要旨)及び三(審決の理由の要点)の事実は、当事者間に争いがない。
二 そこで、原告主張の審決の取消事由の存否について判断する。
1 原告は、本願第一発明における耐火材は可撓性を呈するものであるのに対し、引用例記載のものにおける耐火材(グラフアイト)は可撓性を呈するものではないのに、審決は両者の右相違点を看過した旨主張するので、この点について検討する。
成立に争いのない甲第四号証(本願公告公報)によれば、本願明細書の発明の詳細な説明には、「この発明は、弾性排気シールにより課せられる厳しい作動条件に適合でき、横置きエンジン排気装置に使用するのに特に適し、この様な排気装置とこの説明にて当業者に明らかな他の多くのものに有効に利用できる排気シールを提供するものである。」(同公報第四欄第三一行ないし第三六行)、「この発明に従つた排気シールの重要な利点は、横置きエンジンを有した車両の排気マニホルドと尾管を互に接合する可撓排気継手に使用するために特に適するようにする大きな弾性にある。この弾性は弾性継手に設けられるときに大きな回転応力をシールが吸収できるようにする。更に、軸受面の比較的大きな円滑性にもとづいてこの発明の排気シールは軸受面に係合する管の相対的回転運動を許すが、なお接合された管の両方を流れる排気ガスに対する有効な封止を維持している。」(同第五欄第一行ないし第一〇行)と記載されていることが認められ、右各記載と前示本願発明の要旨を併せ考えると、本願第一発明は、耐火材がワイヤメツシユの目やすきまのすべてに充填され、かつ、ワイヤメツシユと絡み合い、両者が構造的一体性を有することによつて、排気シールに、可撓排気継手としての使用に適するような弾性を持たせることができるところに特徴があり、耐火材が可撓性を呈すること自体は技術的に重要な事項ではないものと認めるのが相当である。
ところで、引用例に審決認定の密封環状部材が記載されていることは当事者間に争いがないが、グラフアイトは、ウロコ状、塊状等の物体であつて、それ自体が織鋼メツシユの網目やすきまに充填して織鋼メツシユに絡み付くことのできるような性質のものではなく(これらのことは技術常識に属する事項と認める。)、したがつて、結合剤で結合された状態において充填が可能なものと解されるから、引用例記載のものにおいても、結合剤により結合された状態のグラフアイトが織鋼メツシユの網目やすきまのすべてに充填し、織鋼メツシユと絡み合つて構造的一体性をなし、グラフアイト含浸織鋼メツシユを構成しているものと認めるのが相当である。
そして、成立に争いのない甲第五号証によれば、引用例には、「この発明の目的は、マニホルド出口とヘツダ流入口とのまわりの環状シートに密封係合する密封環状部材を使用し、(中略)排気マニホルドとヘツダ言い換えれば尾筒との間の洩れ防止関節接続を提供することにある。他の目的は、環状部材に、マニホルド出口を画成する球状または円すい密封面に密封係合する球状密封面を備え、ヘツダの流入口端部が環状部材内に伸縮しかつ、環状部材の主軸に横方向をなす環状部材の環状密封面に着座する環状の半径方向に延長する密封フランジを備え、さらに、機関のロール軸に平行またはほぼ平行に延長する線上の球状密封面の中心の正反対側のカラーに係合するばね部材によつて、カラーがヘツダの流入口端の環状フランジに変形固定される、シールを提供することにある。」(第四頁左上欄第七行ないし右上欄第五行)と記載されていることが認められ、右記載によれば、グラフアイト含浸織鋼メツシユが、本願第一発明の排気シールと同様に、排気マニホルドと排気ヘツダ(尾筒)との間の可撓継手における密封材として用いられるものであることは明らかであるから、その使用に適するような性質、すなわち可撓継手における密封材としての使用に耐え得るような弾性が付与されているものと認めるのが相当である。
以上のとおり、本願第一発明において、耐火材が可撓性を呈すること自体は独自の作用効果をもたらすものではなく、耐火材がワイヤメツシユと構造的一体性を有することにより、排気シールに、可撓継手としての使用に適するような弾性を持たせることができるところに技術的意義が存するところ、引用例記載のグラフアイト含浸織鋼メツシユも本願第一発明の排気シールと同一の構成及び性質(弾性)を有するものである。
したがつて、耐火材が可撓性を呈するものであるか否かは、本願第一発明と引用例記載のものとの対比において取り上げる必要のある事項とはいえないから、審決が右の点に触れなかつたことに誤りはなく、原告の前記主張は理由がない。
2 次に、原告は、引用例記載のグラフアイト含浸織鋼メツシユはグラフアイトが織鋼メツシユの組織内部に浸み込んで一体化されている状態のものであつて、両者が別々に存在するものではないから、審決が、引用例記載の密封環状部材について、織鋼メツシユの目やすきまのすべてにグラフアイトが充填され、かつ、両者が互いに絡み合つて構造的一体性を具備しているとした認定及び右認定を前提としてなされた相違点に対する審決の判断は誤りである旨主張する。
しかしながら、右グラフアイト含浸織鋼メツシユが原告主張のとおりのものであるとすると、これを密封材(排気シール)として使用した場合、織鋼メツシユの目やすきまを通して排気ガスが漏洩し、密封材としての機能を果たすことができないことは明らかであり、密封材としての機能の点からいつても、右グラフアイト含浸織鋼メツシユは、織鋼メツシユの目やすきまのすべてにグラフアイトが充填され、全体として一体性を有する構成のものと認めるのが相当である。
したがつて、審決の前記認定、判断に誤りはなく、原告の前記主張は理由がない。
以上のとおりであるから、本願第一発明は引用例記載のものと同一であるとした審決の認定、判断に誤りはなく、審決に原告主張の違法はない。
三 よつて、審決の取消しを求める原告の本訴請求は失当としてこれを棄却する。
〔編註〕 本願発明の要旨は左のとおりである。
1 一対の相対向する排気管の一方の管端に装着され、他方の管端に形成された朝顔形の内周面を持つたフレアー部に密封支持され、排気管の両端間に生ずる角運動は許すが、軸線方向の動きを生じさせることのない可撓継手に使用される排気シールにおいて、ワイヤメツシユと、可撓性を呈する耐火材とから成り、これらのワイヤメツシユと耐火材とは、耐火材がワイヤメツシユの目やすきまのすべてに充填され、かつ、両者が互いに絡み合つて構造的一体性を有するように構成され、その縦断面がフレアー部に対応する円弧状の外表面を有していることを特徴とする排気シール。(以下「本願第一発明」という。)
2 一対の相対向する排気管の間に設けられる可撓継手に使用される排気シールの製造方法において、ワイヤ間に目を有するワイヤメツシユと、可撓性を有するシート状耐火材とを重ね合わせることと、これらを巻回して所要の直径と高さとを持つた円筒状の予成形体を形成することと、この予成形体を金型に入れ、予成形体をその高さのほぼ半分よりも小さくなるように軸線方向に圧縮することとから成り立ち、これによつて、ワイヤメツシユの目やすきまのすべてに耐火材を充填させると同時にワイヤメツシユと耐火材とを強固に絡み合わせて高度の機械的安定性と構造的一体性とを与え、その縦断面が実質的に円弧状の外表面となるようにすることを特徴とする製造方法。