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東京高等裁判所 昭和61年(行ケ)265号 判決

一 請求の原因一(特許庁における手続の経緯)、二(本願発明の要旨)及び三(審決の理由の要点)の事実は、当事者間に争いがない。

二 そこで、原告主張の審決の取消事由の存否について判断する。

1 請求の原因四、1の主張について

特許出願に係る発明の進歩性を構成の予測性の有無の面から判断するに当たつては、まず、当該発明と公知の発明(特許法第二九条第一項各号)との間に存する構成上の一致点及び相違点をそれぞれ確定した上、公知の発明と相違する構成を得ることが容易であるか否かを中心に検討すべきものである。

これを本件についてみるに、当事者間に争いのない審決の理由の要点(請求の原因三)によれば、審決は、引用例には、蒸煮した挽割大豆と蒸煮したはと麦とを混合し、八〇度Cに放冷し適量の納豆菌を添加し、これを一〇〇g容の容器に盛り込み、発酵室で発酵を行わせるはと麦納豆の製法に関する発明が記載されていると認定し、本願発明と引用例記載の発明とは、「別々に煮沸した大豆とはと麦とを混合し、適量の納豆菌を添加し、これを所定の容器に小分けし、発酵室で発酵を行わせるはと麦納豆の製法」である点で一致するとして、原料と工程上の一致点を摘示し、両者間には相違点(一)ないし(三)が存するとした上、右相違点に係る構成を得ることが容易であるか否かについて検討を加えているものであつて、右対比、判断の手法に誤りはない。

本願発明は、原告が主張するとおり、その要旨(請求の原因二)に示された手順でのそれぞれの構成が必須であるけれども、その各構成要件が結合して成るものであるから、審決が、両者の各構成要件を分説的に把握し、それを前提として前記のとおりの一致点及び相違点を確定したのは、対比、判断の手法として妥当な方法であつて、これを誤りであるとする趣旨の原告の主張は失当である。

よつて、請求の原因四、1の主張は理由がない。

2 同2の主張について

(一) 相違点(一)について

納豆の原料として、丸大豆及び挽割大豆を使用することが、共に本件出願前周知であつたことは当事者間に争いがない。

成立に争いのない乙第一号証の一ないし三によれば、株式会社朝倉書店昭和二五年四月一五日第三版発行「農産食品加工法」第一一五頁ないし第一二〇頁には、糸引納豆の製法について、精選、洗浄し、水浸漬した大豆を蒸煮し、この蒸煮した大豆に納豆菌を接種して容器に盛り込み、次いで発酵室に入れ、保温して発酵させるという一連の工程に従つて製造するものである旨記載されていることが認められ、右認定の事実によれば、右一連の工程が大豆納豆製造のための基本工程であることは、本件出願前周知であつたものと認められる。

そして、引用例記載の納豆製造法が、蒸煮した挽割大豆とはと麦とを混合し、これに納豆菌を接種して容器に盛り込み、次いで発酵室で発酵を行わせるものであることは当事者間に争いがないから、右工程は、大豆の蒸煮、納豆菌の接種、容器への盛込み、発酵室での発酵という、本件出願前周知の前記基本工程と異なるものではない。

以上の事実関係によれば、引用例記載の納豆製造法において、原料を挽割大豆に代えて丸大豆にする程度のことは、当業者であれば容易に想到し得たものというべきであつて、相違点(一)に対する審決の認定、判断に誤りはない。

原告は、引用例記載の発明は、水漬けした大豆を切り砕き任意の粒度にすることを必須としており、引用例記載の実施例では、大豆を一五時間も水漬けし、これを切り刻んで挽割状大豆を作り、種皮を除く工程を必要とするが、本願発明は右のような工程を全く必要としないから、引用例記載の発明に比べて非常に短時間、かつ、簡単な工程で目的物を得ることができるのであつて、この点は格別の作用効果であり、引用例記載の発明において、挽割大豆に代えて丸大豆を用いることは容易になし得ることではない旨主張する。

しかしながら、原告が主張する、本願発明は引用例記載の発明に比べて短時間、かつ、簡単な工程で目的物を得ることができるというのは、引用例記載の発明においては原料として挽割大豆を用いるために必然的に要する原料調整のための時間が、丸大豆を原料とする本願発明では不用であるという自明の事実に起因するにすぎないことは明らかであるから、両者間に右差異があることをもつて、引用例記載の発明において、挽割大豆に代えて丸大豆を用いることが当業者に容易に想到し得ない事項であるということはできず、原告の右主張は理由がない。

(二) 相違点(二)について

はと麦を食用に供する場合精白すること及び健康食化するために穀類を胚芽が残る程度に精白することが、本件出願前周知であつたことは当事者間に争いがない。

ところで、成立に争いのない甲第四号証(昭和五八年四月一六日付け手続補正書)によれば、本願発明は、大豆の消費をはと麦の混合により軽減するとともに、そのままでは食べにくいはと麦に納豆の粘液を被着して、納豆と同じように食べやすくし、その常食により便秘をなくすなどの健康食にするとともに、大豆にはと麦を混入しても、口当り、歯ごたえ、色沢及び香味が大豆だけの納豆に劣らないようにすることを目的とする(同補正書添付の本願明細書第一頁第一一行ないし第一八行)ものであることが認められ、本願発明の右目的と、健康食化するために穀類を胚芽が残る程度に精白することが本願出願前周知であつたことを併せ考えると、本願発明は、混入するはと麦に麦芽を残すことによつて健康食化の目的を達成せんとするものであり、はと麦の精白の程度を大豆の白さ程度にするということは、麦芽が失われない程度に精白することを意味するものと認めるのが相当である。

本件出願前周知の前記各事実及びはと麦を大豆の白さ程度に精白するということは、麦芽が失われない程度に精白することを意味することからすると、はと麦を大豆の白さ程度に精白して用いることは、当業者が容易になし得る程度のことと認めるのが相当である。

原告は、引用例には、はと麦を大豆の白さ程度に精白して用いることについての記載がないことを理由として、右の点は当業者が容易になし得ることではない旨主張しているが、採用できない。

次に、前掲甲第四号証によれば、本願明細書の発明の詳細な説明には、「大豆ばかりより大豆はと麦との混合の方が大豆と大豆との間隙より大豆とはと麦との間隙が小さいから乾燥がしにくいために納豆の発酵を良好にし、従来の大豆だけの納豆より時間的に早くて良質の納豆ができる。」(第二頁末行ないし第三頁第四行)と記載されていることが認められる。

しかし、同号証によれば、はと麦の混入量が一〇ないし五〇%である場合の各発酵時間及び粘着力についての実験において、はと麦を一〇%及び二〇%混合した納豆の発酵時間はそれぞれ一六時間、一六時間半であり、いずれも大豆だけの場合と同程度の粘着力を有するはと麦納豆が得られたが、はと麦を三〇%、四〇%混合した納豆の発酵時間はそれぞれ一七時間半、一八時間半、二〇時間であつて、はと麦を一〇%及び二〇%混合したものよりも長時間を要したこと、しかも、それらの粘着力は大豆だけの場合よりも劣つていたことが認められ(本願明細書の第一表参照)、右認定の事実によれば、はと麦を添加したことによる効果を達成する上で、本願発明がはと麦の混入量を一〇ないし五〇%と規定した点に格別の意義が存するものということはできない。

また、前掲甲第四号証によれば、大豆だけの納豆よりも大豆八〇%とはと麦二〇%との混合納豆の方が発酵の始まりが早く、発酵に要する時間も短いという実験結果を得たことが認められるが(本願明細書の第二表参照)、右実験結果のみから、本願発明がはと麦の混入量を前記のとおり規定したことに格別の意義があるとすることはできない。

右のとおり、本願発明において、はと麦の混入量を一〇ないし五〇%と規定した点に格別の意義を認めることはできないから、右の点は、本願発明の前記目的のために適当量のはと麦を混入することを意味するにすぎないものと認めるのが相当であり、したがつて、はと麦の混入量について本願発明と引用例記載の発明との間に格別の差があるということはできない。

原告は、本願発明は丸大豆とはと麦との混合率を具体的に明らかにしたものであり、右混合率に基づいて発酵時間、粘着力及び風味の点で格別の作用効果をもたらしているとして、右混合率による作用効果の顕著性、ひいて右混合率を採用することの困難性を主張する。

しかし、本願発明における丸大豆とはと麦との混合率が、発酵時間及び粘着力の改善のために格別の意義を有しないことは前記説示のとおりである。また、成立に争いのない甲第五号証によれば、引用例には、「必要によつて混合される、蒸煮しまたは焙煎後含水させた麦類、穂実類のものは、製品の風味を豊かにし、嗜好性を飛躍的に向上する。」(第二頁右上欄第一二行ないし第一四行)と記載されていることが認められ、右記載によれば、はと麦を混入したことによる風味の改善が本願発明に特有のものではないことは明らかである。

したがつて、原告の右主張は理由がない。

以上のとおりであつて、相違点(二)に対する審決の認定、判断に誤りはない。

(三) 相違点(三)について

前掲甲第四号証によれば、本願明細書には、煮沸した大豆とはと麦とが「冷却しないうちに」という要件について具体的な説明がないことが認められる。

ところで、前掲乙第一号証の一ないし三によれば、前記「農産食品加工法」には、蒸煮大豆への納豆菌の接種工程に関して、「納豆菌の胞子は熱に強いもので二~三分煮沸しても死滅しない位のものであるから蒸煮したての大豆に接種してもよいのであるが八〇度C以上の高温だと後の盛込の時水分の蒸発が多く乾燥に傾いて納豆菌が生え難くなるから少し冷した時が適当である。」(第一一八頁第六行ないし第八行)、発酵室への室入れに関して、「納豆菌の繁殖は温度四〇度C位で良く行われるから室に入れ保温して醗酵させる。盛込んだ大豆は品温が四〇度C以下にならぬ様に室の温度をそれより多少高い様にして置く。」(同頁第二二行、第二三行)とそれぞれ記載されていることが認められ、右各記載によれば、大豆等の原料蒸煮物に納豆菌を接種する場合に、原料蒸煮物をどの程度の温度まで冷却するかは、盛込み時の水分蒸発による乾燥を防止するための冷却と、発酵適温を維持することの双方の必要性を併せ勘案した上で当業者が適宜決定すべき事項であると認めるのが相当である。

右認定の事実によれば、本願発明における「冷却しないうちに」という要件も、発酵適温以下に冷却しないうちにということを意味するものと解するのが相当である。

他方、引用例記載の発明においても、納豆菌の添加を納豆菌の繁殖に適する四〇度Cより高温の八〇度Cで行つているのであるから、この点で本願発明との間に実質的な差異はないものというべきである。

したがつて、相違点(三)に対する審決の認定、判断に誤りはない。

以上のとおりであつて、請求の原因四、2、(一)、(二)の主張はいずれも理由がない。

三 よつて、審決の違法を理由としてその取消しを求める原告の本訴請求は失当としてこれを棄却することとする。

〔編註〕 本願発明の要旨は左のとおりである。

丸大豆と大豆の白さ程度に精白したはと麦とを別々に煮沸し、冷却しないうちに大豆にはと麦一〇ないし五〇%混合し、適量の納豆菌を添加し、これを市販用の所定の容器に小分けして、発酵室で発酵させて、はと麦に納豆の粘液を被着することを特徴とするはと麦納豆の製法。

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