大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和61年(行ケ)268号 判決

一 請求の原因一(特許庁における手続の経緯)、二(本件考案の要旨)及び三(審決の理由の要点)の事実は、当事者間に争いがない。

二 そこで、原告主張の審決の取消事由の存否について判断する。

1(一) 成立に争いのない甲第二号証(本件考案の出願公告公報。以下「本件明細書」という。)によれば、本件考案の技術的課題(目的)、構成及び作用効果は次のとおりであることが認められる。

本件考案は、表面に釉薬を施された陶片を平焼きする場合に使用する匣鉢に関するものである(本件明細書第一頁第一欄第一五行、第一六行)。従来、この種の匣鉢には四角形の底板の周縁に側壁を設けた浅底の角鉢形のものが一般に使用されているが、底板の全周縁に側壁を設けているので資材を多く要し、被焼成物を収容し、これを積み重ねて窯内で焼成する際に燃焼ガスが匣鉢内に浸透しがたく、匣鉢に吸収される熱量も多く、加熱速度や焼成冷却速度が遅くて焼成時間がかかり、熱効率が悪くて燃料費を多く要すること、被焼成物を底板上に載架する匣詰めや匣出し作業に手数がかかり、匣詰めの自動化も図りにくく、また、焼成時に自重と被焼成物の荷重により匣鉢の底部が垂下するが、底板の中心部が一番深く下がつて球面状に湾曲し、底板上の被焼成物に反りを生ずる等の欠点があつた(同第一頁第一欄第一七行ないし第三一行)。本件考案は、右知見に基づき、これらの欠点を除去し、焼成時間の短縮と熱効率の向上を図り、匣詰め作業の自動化を容易にし、かつ底板の反りによる焼成物の反りの発生を極減することを目的とし(同第一頁第一欄第三二行ないし第三六行)、焼成用匣鉢の底板の両側に同形断面の側壁を並設し、断面H型状に形成して両側壁を開放するという本件考案の要旨記載のとおりの構成を採用したものである。そして、本件考案は、右構成を採用したことにより、前後の側壁が開放されたため、熱効率の向上が図れ、燃料費が節約でき、また、匣鉢作製に要する資材も少なくてすむ上、匣鉢に吸収される熱量が少ないために加熱速度や焼成冷却速度が早く焼成時間が短縮され、製品や匣鉢の受ける熱衝撃も少なく、そして、被焼成物の匣詰め匣出し作業の自動化を容易にし、さらに、底板の反りに起因する焼成製品の反りの発生を減少し、また、底板の反りが大きくなつたときは匣鉢を引つくり返し、上下を逆にして使用することができるという作用効果を奏する(同第一頁第二欄第一九行ないし第二頁第三欄第四行)。

(二) 他方、成立に争いのない甲第五号証によれば、第三引用例記載の考案は、陶磁器等の焼成用匣鉢に関するもので、シヤモツト質、コージライト質、高アルミナ質もしくはカーボランダム質耐火物製の枠体と二つ以上に分割せられたプレートとを耐熱性接着剤により互いに固着して組み合わせると共に分割プレートの接合縁に切れ目を生じさせたものであつて、これにより枠体とプレートとをそれぞれ熱的変化に対して最も安全な耐火材質となし得ると共にプレート部分に亀裂を生じ難く、耐久力の良好な匣鉢を提供しようとするものであること、その実施態様には四角形底板の前後左右の四側に同型断面の側壁が設けられ、右底板を側壁高さの中央部に位置させ、断面H型状に形成して成るものがあることが認められる。

2 相違点の判断について

原告は、「第三引用例記載の考案に第一引用例及び第二引用例記載のものを適用しても、本件考案と第三引用例記載のものとの相違点に係る構成を得ることはできない」旨主張する。

しかしながら、原本の存在及び成立について争いのない甲第三号証、甲第四号証によれば、これらに掲載されている第一引用例中の<イ>のもの(別紙写真(一)B参照)及び第二引用例中の<イ>´のもの(別紙写真(二)B参照)を当業者が見れば、これらがいずれも陶磁器等の焼成用匣鉢に関するものであることは容易に理解し得るのであり、前項認定のとおり陶磁器等の焼成用匣鉢である第三引用例記載の考案とは技術分野を同じくするものであることが認められる。そして、第一引用例及び第二引用例各記載のものについての用法及び作用効果の説明はないが、これらはいずれも構成が簡単であるから、当業者であれば右<イ>及び<イ>´のものを見て、これらはいずれも断面U状で、四角形の平板の両側に相対して側壁を設け、その余の両側は側壁を設けずに開放したものであつて、これにより、材料費が節約され、加熱速度及び冷却速度が匣鉢のどの部分についても早く熱効率、耐熱衝撃性の向上が図られ、またその開放端からの匣詰め、匣出し等が可能となる等の作用効果を奏しているものであることを理解するにさしたる困難はなく、これらを第三引用例第4図、第5図記載の考案に適用して、その前後の両側壁を取り払うように構成すること、すなわち、本件考案のように構成することは極めて容易に想到できる程度のことであると認められる。したがつて、本件考案と第三引用例記載の考案との間の相違点についての審決の認定、判断に誤りはない。

3 作用効果の看過、誤認について

(一) 作用効果(ロ)

第一引用例及び第二引用例記載のものは、匣鉢の底板の両側に相対して側壁を設け、その余の両側は側壁を設けずして開放したものであつて、これにより作用効果(ロ)と同様の効果を奏することは、当業者に容易に理解し得ることであることは前記2で判示したとおりである。

したがつて、本件考案が、第一引用例及び第二引用例記載のものと同様、前後両側壁を設けずその部分を開放したことによつて、作用効果(ロ)を奏し得ることになると予測することは当業者にとつて極めて容易であると認められる。

(二) 作用効果(イ)

四角形の底板の周縁に側壁を設けた浅底の角鉢形をした従来の匣鉢は、焼成時に自重と被焼成物の荷重により匣鉢の底部が垂下するが、底板の周縁に側壁を設けていることから、底板の中心部が一番深く下がつて球面状に湾曲し、底板上の焼成物に反りが生ずるという欠点があり、本件考案は、右知見に基づいて、この欠点を除去することを技術的課題の一つとして考案されたものであることは前記1(一)で認定したとおりである。

そして、第三引用例記載の考案も、右従来の匣鉢と同様、四角形の底板の周縁四側に側壁を設けたものであり、断面をH型状としたものがあることは前記1(二)で認定したとおりである。したがつて、第三引用例記載の考案に第一引用例及び第二引用例記載のもののごとき底板の前後に側壁のない匣鉢を適用した場合、焼成時に自重と被焼成物の荷重を受ける匣鉢の底板は、左右両端は側壁で支持されているのに対し前後両短は側壁より開放されていることから、側壁に平行した底板の中心線部から二つ折り状に垂下ることは、前記した従来の匣鉢の変形態様から当業者であれば容易に予測し得ることであり、この中心線を境界にしてタイルを両側に並べれば、匣鉢の底板の反りがタイルに及ぼす影響が少ないという効果を得ることができるということも、当業者であればまた十分に予測し得ることである。

さらに、匣鉢を上下反転して使用することについてみるに、匣鉢を何度となく繰り返し使用した場合、その底板は自重と被焼成物の荷重とにより徐々に垂下することは技術上自明のことである。そして、第三引用例(第4図、第5図)記載の考案は四角形底板の前後左右の四側に同型断面の側壁を設け底板を側壁高さの中央部に位置させた断面H型状に形成させたものであり、第一引用例及び第二引用例記載のものは、断面U状で、四角形の平板の両側に相対して側壁を設け、その余の両側は側壁を設けずに開放した構成であるから、当業者がみれば、これらはいずれも、底板に垂下り反りが生じた場合、上下を逆にして使用し得るものであることは明らかである。したがつて、右効果は、すでに第一ないし第三引用例記載のものにおいて得られているものであつて、これが本件考案に特有の効果とはいえないものである。

したがつて、本件考案の奏する作用効果は、いずれも第三引用例記載の考案に第一引用例及び第二引用例記載のものを適用したものから当業者が通常予測し得る効果の域を出ないものであつて本件考案に特有のものではなく、この点における審決の認定、判断に誤りはない。

4 以上のとおりであるから、本件考案は第三引用例及び第一引用例、第二引用例記載の事実に基づいて当業者が極めて容易に考案をすることができたものとする審決の認定、判断は正当であつて、審決に原告主張の違法はない。

三 よつて、審決の取消しを求める原告の本訴請求は失当として棄却することとする。

〔編注〕本件考案の要旨は左のとおりである。

底板の両側に同形断面の側壁を並設し断面H型状に形成して両側端を解放した焼成用匣鉢。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!